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第百四十二話 困難な旅路へと向かう前の準備行動

おはようございます。


休日の朝にそっと投稿を添えさせて頂きます。


朝食、又は温かい飲み物でも飲みながら御覧下さい。




 私の大変御堅い心を容易く蕩けさせる甘い香りが体に纏わり付き、それが鼻腔を突き抜けるとどうだろう。この店の中の品を全て買い占めたいという強欲な心が湧いてしまうのは極々自然の事だと思わないかい??


 だけど。


 ここで後先考えず、逸る気持ちのまま好き勝手に手に取るのは愚の骨頂!!


 玄人の中の玄人である私は体が真に欲している物を選び抜かなければならないのだっ。



『うむむ……。実に迷うわね……』



 敢えて焦がした焼け具合が視界を独占してしまうサクサクのクッキー、口に含んだら歯が溶けちゃうのではと恐ろしい想像を抱かせる色の濃い飴。


 女性が好きそうな形や色が店内を華やかに飾る中、私は鬼の形相でそれらを見下ろしていた。



 恐らく、と言いますか。十中八九あのボケナスは嬉々として狐に指導を請うので私達はほぼ強制する形でそれに付き合わされる筈。


 馬鹿みたいに疲れた体にあまぁい味は必要不可欠な訳で??


 私はこうして悩みに悩み続けているのよ……。



『マイ――。決まったか??』



 我が親友の、のんびりした念話が頭の中で響く。



『まだよ!!』

『早く選べよ、集合時間に遅れちまうぞ』



 全く……これだから素人とーしろは……。度し難いわね。



『あのねぇ。向こうに着いたらおいそれと甘味とは出会えないのよ?? しっかり考えて買わないときっと後悔する事になるわ……』



 う、むぅ……。


 主人公である一日飴を買う事は確定しているからぁ。


 主役の脇を固める脇役を選ばなければならないのか。



 くっふぅ――!! 実に悩ましいっ!!


 そして贅沢な悩みねっ!!



『大袈裟だって』



 私の頭をペチっと叩き、溜め息交じりにそう話す。



『ユウはもう決めたの??』


『ほれ』



 既に会計を済ませたようだ。


 慎ましい膨らみを描く紙袋を此方に向かって翳す。



『少なくない??』


『どうせ馬鹿みたいに食わされるんだ。沢山買っても残すだけだし』


『貧弱な腹ねぇ、両方共食べ尽くしなさいよ。ン゛っ!? このクッキーいいわね……』



 可愛い小麦色に焼けたクッキーちゃんが私の手を取ってと。道端に捨てられ此方に向かって何かを請う子犬の様な瞳で私を見上げていた。



『お前さんと違って、あたしは慎ましい量しか食えねぇんだよ』


『ユウちゃ――ん。買って来たよ――』



 のんびりした声の次は、能天気な声ですか。


 焦げ茶色の子犬へ伸ばしていた手を止め、お惚け狼が持つ紙袋へと視線を動かした。



 お、おいおい。


 こいつらは正気か??


 何でそんな量で、しかも即決出来るのよ……。是非機会があればその愚かな決断に至る経緯を小一時間程指南して頂きたいものね。



『あれ?? マイちゃんまだ選んでいないの??』


『中々選べないんだとさ』


『ふぅん。いつも適当に選んでいる訳じゃないんだ』



 こ、この……。



『黙れっ!!!! 小娘がっ!!!!』


『びゃっ!!』



 私がどれだけ苦労して選んでいるのかその空っぽの頭では理解出来んのか!?


 甚だ疑問が残るわね!!



『出来る事なら、ここにある物全て買ってあげたいけど……。悩み、泣き咽び、絶望の中に見付けた一縷の光……。耐えがたい苦難を乗り越えた先に見えた光を掴み取らなきゃいけないの。あぁ、ごめんね?? 本当はあなた達全員連れてって行きたいのよ??』



 眼の奥から溢れ出る血の涙を必死に飲み込み。奥歯をこれでもかと噛み締めて苦渋の選択を行い。盆の上に慎ましい量のクッキーをちょこんと乗せてあげた。



 うん……。全然足りないっ……。



『お菓子一つに偉そうな事を口に出しているけども』


『そのお金を貸したのは私達なんだからね??』



 はいっ、都合の良い御耳ちゃんだから聞こえませ――んっ。



『外で待ってるからな――。ルー、行こうか』


『マイちゃん早くね――』



 ふんっ。


 向こうに着いて、私の物を強請ってもあげないからね!!


 選ばれない子達がワンワンと泣きじゃくる声に後ろ髪をギュウギュウ引かれ、取捨選択の末に選び抜いたお菓子ちゃん達をお会計へと運ぶ。



「うふぇふぇ。いつも御贔屓に有難うねぇ……」



 出たわね。


 インチキ臭い魔法使い擬きの店長さん。



「おやおや。今日も一日飴をお買い上げで?? 余程好きなんだねぇ……」



 しゃがれた声、そして皺の目立つ御手手で綺麗な紙袋へと御菓子を詰めていく。


 そして、その最中。ふと手を止めてしまう。



「おぉ、そう言えばぁ。これもお薦めだよ??」



 店長さんが受付の下から取り出したのは……。


 小さな木箱だ。


 その箱をカパっと開くと、琥珀色の飴が七つキチンと整列して並んでいた。



「キヒヒ……。この飴はねぇ?? 若い子の間で占いが流行っているって前も言ったろう??」


 あぁ、あの色が変わる飴の事か。


「沢山だと売れないと考え。丁度良い個数で売り始めたらかなり売り上げが伸びてねぇ?? 商売繁盛しちゃっているのさ」



 ほぉ、つまり。この七つ入り飴を私に買えと??


 残念ながら現在は玉葱一つ買うのにも苦労してしまう財布事情なのよ。そんな木箱に入った御菓子なんて早々……。



「お嬢ちゃんはいつも御贔屓にしてくれているから。この限定品である七星飴を……。五十ゴールドで……」



 買うわっ!!!!


 店長の手よりも速く箱に蓋を被せ、半ば強引に紙袋の中へと突っ込んでやった。


 七つで五十ゴールドよ!?


 女性は安い、そして限定という言葉に弱いのだっ。



「ヒッヒッヒッ。毎度ありぃ……。七つの内、二つはたぁいへん酸っぱい味になっていてねぇ。他の飴は脳が溶け落ちてしまう程にあまぁい味さ」



 つまり。その二つの飴を舐めた奴等が、相性が良いと??



「もうお分かりの様だね?? では、意中の人と同じ味を選ぶように祈っておくさぁ……」



 ふ、ふん!!


 わ、私は甘い飴を食べる為にこれを買ったんだからっ!!


 占いとか。全然信じていませんからね!!


 御釣りの無い様にキチンと現金を払い終え。



「またのお越しをお待ちしておりますぅ……。イィッヒッヒッ……」



 ちょいと背筋がゾクリとする店長さんの笑い声を背に受けて店を後にした。












 ◇





『どうして……。私がこのような場所に相伴しなければならないのだ??』


『いいじゃない。見せ合う人が増えればそれだけ選択肢が増えるし』


『そうですわよ、リューヴ。貴女はどこぞの卑しい赤とは違いそれなりに整った体をしています。良い物を着用しないと、形が崩れてしまいますわよ??』



 そうは言うがな……。


 淫魔の女王とアオイに促され店内をぐるりと見渡す。



 自然界では妙に浮く明るい色、そして機能性に富んだ暗い色まで。多様多種な女性下着が店内に所狭しと陳列されていた。



 カエデは本を求め、マイ達は甘味を求めて巨大な街の何処かへと向かって行った。


 主は厩舎に向かって行ってしまったのでついて行く訳にはいかず。取捨選択の末、苦渋の選択として此処へ訪れたのだが……。


 もう既に嫌気が差してしまう。



 棚の上に寂しそうに転がり。下半身に装着する下着を適当に一枚手に取って指先でその肌触りを確認。


 これは……。絹で作られているのか。触り心地も良く、滑らかな手触りだ。



『う――ん。これ何かどうかしら??』



 淫魔の女王が手に取ったのは……。


 紐??


 その面積の少なさだと、隠せる場所が殆ど無いではないか。



『それは下着では無く。紐だ』


『ふふ、分かってないわね?? これを着けて迫れば……。男何てイチコロよ??』



 意中の男性を想像したのか、厭らしい笑みを口元に浮かべてしまう。



『主に手を出すなと言っているだろう』


『あらぁ?? 誰もレイドとは言ってないわよぉ??』


『ふんっ』



 私はどうもこのような性格が苦手だ。


 女の武器を惜しげも無く全面に出し、それを恥とも思っていない。


 戦士ならもっと礼節に重点を置き、相手を敬うべきなのに。


 その点。主は礼節に掛ける事無く誰に対しても敬意を払っていた。


 私はそれを見習うべきだと考え行動を共にしている。



 主の優しい瞳、ぎこちない笑み、時折見せる難しい表情。


 いつの間にか……。そのどれもが私の心の片隅に小さくではあるが。確実に存在してしまっている。



 主は……。


 女らしくない私をどう思っているのだろう??


 女性らしからぬ肉付きの体には傷跡が残っているし、アオイが勧めた様に良い下着も持っていない。



 女の武器。


 その威力は恐らく底辺に近いものだろう。



『どうか致しました??』



 隣で楽し気な表情を浮かべて下着を手に取っているアオイが此方を窺う。



『いや、別に……』


『レイド様は誰がどういった格好をしているか気にしていませんわ。外面の中に潜む、中身に重きを置く人で御座いますからね』


「……」



 私の想いを見透かされてしまった様だな。


 相手の心を傷付けぬ柔らかい口調で念話を送ってくれる。



『でも、どうせでしたら……。可愛い物を着用して、彼を喜ばせてあげたい。そう思いませんか??』


『そう……。だな』


『深く考える事はありません。私達は女、着飾る事も仕事ですわ』


『例えそうだとしても。やはり、苦手な物は苦手だ』



 戦士足る者、強くあれ。


 そう育てられて来た。今更それを変えようなど出来る筈が無い。



『もう、硬いですわねぇ。ちょっと此方においで下さい』


『お、おい……』



 アオイが私の手を取り、試着用の場所まで移動する。



『ほら。これを着けてみなさい』


『う、うむ……』



 無理矢理下着を渡され、仕切りを閉めると。こじんまりした試着室に閉じ込められてしまった。


 これを着けたら……。主は喜んでくれるのだろうか??


 いや、見せる物では無いと思うが。それでも彼のぎこちなく喜ぶ顔が脳裏に浮かんだ。



『……』



 上着を脱ぎ、シャツを外して正面の姿に映った己自身の生き様を見つめる。


 傷が目立つ体、女らしくない筋肉の付き方だ。



「はぁ……」



 アオイ程肌も美しく無く、淫魔の女王程魅惑的な体では無い。


 男が求める体では無いと自分自身が一番強く理解している為、口から出て来るのは溜息ばかりだ。


 昔、ルーが言った言葉がふと脳裏に過る。



『女の子らしい生き方も考え方の一つだよ』



 我々は里の戦士。


 強く生まれたのなら強くそして気高く生きるべきだと教えられた私にとって、まるで逆な生き方に頑として頷こうとはしなかった。


 主達と出会い、我が半身は確実に女としての自覚を覚えつつある。


 その光景はまるで女としての失格の烙印をこの体に刻みつけられている様にも覚えてしまった。



 本当に……。不器用な生き方だな……。私は。



『着替えたかなぁ??』


『なっ!!』



 仕切りの隙間からエルザードの顔がぬぅっと生えてきたので慌てて体を隠す。



『まだ着替えていないのぉ??』


『今から着替える所だ』



 試着するもの面倒だ。


 アオイに勧められたこれを買って店を出よう。



『あっら?? その着け方、全然駄目じゃない』


『これか?? 下着は胸を固定する為の物だろう』



 戦闘中、何度邪魔かと思った事か。


 可能であるのならばマイ程度の大きさを所望したいものだ。



『駄目ねぇ。折角だし、指南してあげるわ』



 仕切りの隙間からぬるりと体を滑り込ませ、私の背後に立つ。




 こ、この!!


『入って来るな!!』


『まぁまぁ。キャンキャン吼えないの。ほら、外すわよ??』



 言うが早いか。


 私の下着を瞬く間の早業で外し、新しい下着を胸の前にあてがう。



『この下着可愛いわね。アオイが選んでくれたんでしょ??』


『そうだ』



 姿見越しに私の体を見つめる絶世の美女へとそう言ってやる。



『ふふ……。こうやってお肉を包んで……』


『…………っ!!!!』



 何を考えたのか知らぬが。エルザードの細い指が私の物を持ちあげ、下着の中へ丁寧に収め。


 そして、胸周りの肉を下着に寄せ集め始めた。


 くすっぐたさと羞恥心が入り混じり、形容し難い感情から逃れる為に体を捩る。



『何をする……』


『可愛い反応……。こうやって集めればぁ……。おっきくなるのよ??』



『は、離せ……』



 双丘の末端から中央の頂へと淫靡に指が這うと足の力が抜け落ちてしまい、立っているのも精一杯だ。



『肌もツルツルで……。感度も良い……。私が男だったら、我慢せず食べちゃうわよ??』


『止めてくれ……』



 耳元に熱を帯びた吐息がかかり正常な思考が揺らぐ。


 これが淫魔の女王の力なのか。抵抗する力が徐々に失われて行くのを感じてしまった。



『そう……。力を抜いて?? 私に全部委ねるの……』


『くぁっ……』



 こ、これ以上は駄目だ!!


 店内に人がいる手前、暴れるのは我慢していたが……。


 何かが溢れる前に淫魔の暴走を止めなければならない。


 拳に力を籠めて、放とうとした刹那。


 彼女が私の背後からふわりと空気のように離れた。



『はい、お終い。どう?? 見違えたでしょ??』


『え??』



 突然日常の体の感覚に戻った事に呆気に取られ、自分の胸元を見下ろす。


 そこには以前と比べ物にならない。程よく実った果実が鎮座していた。



『形も良いし、それに張りもある。そう謙遜しなくていいわよ。もっと自分に自信を持ちなさい』



 肩に優しく手を置き、姿見の中の私に優しくそう語りかけてきた。


 これが……。


 私の??

 

 淡い青に包まれた果実を両手でそっと触る。



 柔らかくて温かい。



 戦いの時や鍛錬に励む時、邪魔だと思っていた物がこうも輝かしく見えるとはな。



『どうですか……?? あら、見違えたじゃありませんか』


 今度はアオイの顔が仕切りから覗く。


『そうでしょ?? 私が思っていた通り、良い物持っていたわ』



『き、着替えるから出て行ってくれないか??』



 恥ずかしさを誤魔化す様に、両名から視線を外して話す。



『はいはい。次は私が使うから早く着替えなさいよ――』



 二人が姿を消し、私は大きく息を吸った。


 下着一つでこうも気分が高揚するとは……。


 私もまだまだ甘い。


 それとも、隠れていた女の部分が出て来たのかもしれない。


 いつか……。そういつの日か。


 空の頂上から一滴の水滴を地面に横たわる針の穴に通す様な、まず現実的に起こり得ない機会が訪れたのなら主に見て貰おう。


 その光景を想像してしまうと体が妙に熱を帯びてしまう。



『リューヴ、早く着替えて下さいまし。レイド様のお気に召す色と形を選ばなければなりませんので』



 そして、先程から早く試着室を空けろという催促が続けられているので。いつも通りの所作で着替えを始めた。













 ◇





 ふむ……。


 ここはやはりいいですね。


 南東区画の人通りの少ない路地にひっそりと佇む古本屋。


 私の大好きな場所だ。


 大分前に何気なく、本当に散歩がてら散策していたら偶然見つけてしまった。


 古ぼけた棚に埃っぽい空気。古紙特有の香りが心を落ち着かせる。


 それとも、生まれた家の匂いに近いから落ち着くのかな??



「いらっしゃいませ。おや、お嬢ちゃん。また来てくれたのかい??」



 私は口元を緩めて、軽く会釈した。


 柔和な顔付きのおばあちゃん。


 まるでこの場所に誂えたような人柄で、ここが好きな理由の一つにこの女性も含まれているのです。



「ゆっくり選んでね」



 肯定の意味を含めて小さく頷き。私に向かって手を招いている沢山の物語へと視線を移した。


 もし、人間と会話が可能になればいつかおばあちゃんに礼を言いに来よう。


 いつもお世話になっています、と。




 棚から一冊の本を取り出し、そっと静かに紙を捲って題を確認する。



『恋の流転』



 目次から察するに、幾度も生まれ変わり。そして幾度も同じ相手と恋に落ちる話のようだ。


 同じ相手……、か。


 ふと一人の男性の顔が浮かぶ。


 初めて会った時はちょっとだけ頼りなかった。けれど、彼は何事に対しても一生懸命だった。


 未だ見ぬ大冒険へと続く彼等の道が本当に輝かしく見えてしまい、私は彼等と行動を共にしようと決めた。


 行動を続ける内に彼の優しさ、甘さ、思いやる心が私に伝わり温かい気持ちにさせてくれる。



 でも……。


 それは私にだけじゃ無く、皆に対してだ。


 これは……。絶対に言えないけど。



 私にだけ優しくして欲しいと思った事は多々ありますね。



 我儘だとは十分承知している。無理強いは出来ない。嫌な気持ちと温かい気持ちが混ざり合い、どうしようか迷う時もあった。


 答えが無い問題の様に、それは今も心の中で私に問題提起を続けてしまっている。


 この超難解な問題が解ける日が来たのなら、彼の前で勇気を持って答えを言おう。


 そう考えていた。



「今日もありがとうね。おや、この本は……」



 受付の奥にちょこんと座るおばあちゃんが私の差し出した本の題を見ると、柔和な笑みを浮かべて此方を見つめた。



「この本はね。私が若い頃に書かれた本なんだよ。今は亡くなったおじいさんと付き合う前でねぇ。恋心が胸を締め付ける、そんな淡い痛みを感じていた時よく読み返していたの」



 その当時を懐かしむ様にそっと瞳を閉じた。



「人を想うのは大変甘いけど時々痛烈に痛む。どうしてだろうね?? 心地良い筈の恋心が痛む何ておかしいと思わないかい??」



 彼女の問いに確答を返す事は出来ないが、理解は出来る為。静かに大きく頷いた。



「痛くても全然嫌じゃない。寧ろ、嬉しいと思う時もある。想い人が笑えば私も笑い、悲しめば私も悲しむ。まるで映し鏡だね、人の心は。でも、伝わらない事があると苛立ちを誘い、傷つけたくないのに傷付けてしまう。複雑であって、単純だから困ったものさ。お嬢ちゃんにも想い人がいるの??」



 おばあちゃんの問いに、少しばかり恥ずかしさを覚えて俯いてしまう。



「ふふ、その顔を見れば分かるよ。きっとその人に、自分の想いが伝わる時が来るから安心なさい。そして、その時が来たら包み隠さず自分の心を、想いを伝えるようにね」



 面を上げておばあちゃんの目を正面に捉えた。


 視覚に捉える事の出来ない、大変形容し難い心の悩みを理解してくれる大らかな瞳に捉えられると自分でも驚く程にスっと。何かが軽くなった気がした。



「うん、そう。真摯に向き合えば相手もきっと真剣に思ってくれるよ。やだねぇ、年を取るとどうも話し方が説教っぽくなっちゃって……」



 そんな事無いです。


 両手を軽く振り、優しい彼女へそう伝えた。



「ありがとうね。またおいで」



 はい、是非……。


 本の代金を支払い、彼女の歴史を受け取ると店を出た。



 真摯に向き合う……、か。


 薄暗い路地をゆるりと歩きながらおばあちゃんの話を頭の中で纏めていた。



 独り善がりの心じゃなくて。相手を思う心、愛しむ心が必要なのかな??


 経験の一つや二つあれば対象方法並びに解決策が構築出来るのですが。如何せん、私の人生の中で初めて出会った心の問題ですのでね。



 結局の所、心の中で漂い白む靄の中に潜む問題の答えは出ずにいた。




 随分と一人で考え塞ぎ込んでいた様ですね。気が付けば人が犇めき合う南大通りまで出ていた。



 はぁ……。


 答えが無い問題は苦手ですよ。



 沈んだ気分で通りを何気なく見つめていると。



「……」



 反対の通りから、レイドが何やら大事そうに物を抱えて出て来た。


 それを見付けると自分でも驚く程心が温かい気持ちに包まれ、二本の足が自然と歩みを速めてしまう。



「ふふふ。良い物を買ってしまったぞ。これで師匠の満点の笑みも拝めるだろうさ」



 あ、イスハさんへのお土産か。


 ちょっと驚かせてみましょう。



『…………。良い物??』



 彼の背後から忍び寄り。肩をポンと叩いてちゃんと前を向いて歩きなさいと注意を促す。



「どわっ!! カエデか……。驚かすなよ……」



 夢中になってお土産を見下ろしていたのは結構ですが。その不注意で誰かと衝突して大切なお土産が台無しになって知りませんよ??



「師匠にさ、お世話になるから饅頭を買ったんだ。喜ぶかなあって」


『そっか』


「カエデは……。本屋か」



 私が抱いている本に視線を移す。



「それ、面白い??」


『多分』


「ははは、多分か。読んでいないのにまだ分からないよな」



 私の何気ない返答にふと笑みを浮かべて軽快に笑う。



 沈んだ気持ちは何処へ。


 彼が浮かべた笑みが暗い心の空模様に光を与え、陽性な気持ちが溢れて私の心を埋めていく。



 レイドも……。楽しい??


 私と一緒にいて。



「このまま西門に向かおうか、集合時間には間に合うだろう」


『そうだね』



 彼と歩みを合わせ、只道を進んでいるだけで心地が良い。


 参ったな。


 笑顔を隠すのに疲れてしまいます。



「…………。どうした??」


『っ。何がです??』



 いきなり首を傾げて私の顔を覗き込むので、心臓が口から飛び出しそうになった。



「いや、ちょっと普段より寡黙?? だったからさ」


『普段通りだと思いますよ??』



 嬉しい心遣いですが……。


 突然は止めて下さい。


 私の心臓は衝撃耐性が整っていませんので、壊れやすいのですよ??



「ふぅん。お腹は……、空いていないか。さっき食べたばかりだし。あ、でもマイの奴だったら小腹が空いた――とか言いそうだな」



『…………。そうですね』



 そこで彼女の名前が出ますか……。


 やはり、おばあちゃんの言う通り、伝わらないと苛立つ物ですね。


 折角ぱぁっと晴れた陽性な心が陰りを見せてざわつき、ちくりとした痛みを発生させる。


 この痛みが嫌いなんですよ。



「厳しい訓練が待っていると思うけど、頑張ろうな」


『えぇ。分相応に力を出そうと思います』



「後……。あの世話焼き狐の御二人さんが滅茶苦茶な量を出さない事を祈ろう」


『私の分、レイドが食べますか??』



 暗い気持ちを少しでも晴らす為、ちょっとだけ意地悪してあげよう。



「えぇ!? それは勘弁してくれよ。胃がはち切れんばかりに食べさせられるこっちの身にもなってくれ」


『冗談ですよ』



 先程のお返しです。


 十二分に驚いて下さい。



「何だ、冗談か。カエデが言うと本気に聞こえるからなぁ」


 あははと笑い、正面を見つめた。


 その声を聞くと再び、明るい気持ちが芽生えてくる。


 私の心はこんなにも単純なのですね。



 もっと複雑だと思っていましたが……。意外と人の心は単純に出来ているのかも知れません。



『あ――レイドだ!!』


『何だ、あんたもこっちに用があって来たの??』


「まぁな。師匠のお土産を買って来たんだ」


『へぇ。見せてよ』



 西大通りに差し掛かろうとした時、マイ達がこちらを見付け駆け寄って来る。


 その手には意外や意外。大変慎ましい量の紙袋が収まっていた。



「駄目だ。師匠に渡すまで開ける訳にはいかん」


『いいじゃん。減るもんじゃあるまいし――??』



 ユウがレイドの腕を取り、御饅頭が入った木箱を奪おうとしている。



 彼の腕に絡む女性の腕を見ると……。



「駄目ですっ!! これは師匠に渡すまで絶対開けないからな!!」


『え――。けちぃ――』



 またもや痛みが発生してしまった。


 素直に断ればいいのに。


 早く、その腕を振り払って下さい……。



『カエデちゃん、どうしたの??』



 ルーが不思議そうに瞬きを繰り返し、ちょこんと小首を傾げて私の顔を見つめる。



『いえ、何でもありません。皆さん、時間が押しています。先を急ぎましょう』



 卑しい気持ちを見透かされる前、そして不機嫌な顔を見られる前に。


 誰よりも先に目的地へと向かって速歩で向かい始めた。



 はぁ。


 この痛みを取り除くにはどうしたらいいのですか??


 胸を開いて心を砕いたら消えるのでしょうか??



「マイ、偶には慎ましい量に抑える事が出来るんだな。見直したぞ」


『ふっ、玄人である私に掛かればざぁっとこんなもんよ』


「所で、そのお金は何処から出たんだい??」




『――――。ユ、ユウのおっぱいの中に隠しておいたへそくりで……』


『あたしの胸はそこまで便利じゃねぇ。あたしとルーがお金を貸したんだよ』


「お、お前っ!! あれ程借りるなって言ったばかりだろ!?」


『はぁ――い。聞こえませ――んっ』



 彼等の戯れる声が形容し難い痛みを心へ与える前に、そして弱虫の自分から逃れる様に。私は人で犇めき合う賑やかな通りをぶっきらぼうな表情を浮かべつつ突き進んで行った。




最後まで御覧頂き有難うございました。


お買い物の話は区切って投稿すると流れが悪くなると考え、少々長めの文章になってしまった事をお詫び申し上げます。



そして、ブックマークをして頂き誠に有難うございました!!


次話から開催されてしまう狐の里での御話のプロット作成に嬉しい励みとなりました!!



本日はこれから部屋の掃除、並びに日用生活品そして食料等々。必要なお買い物を済ませた後にプロット作成に取り組むのですが……。


狐の里の御話がかなり長い御話になってしまいそうな展開に頭を悩ませています。


出来る限り短く纏めて投稿する予定ですので今暫くお待ち下さいませ。


それでは皆様、良い休日をお過ごし下さいね。

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