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第百四十一話 狐の女王様からの召集命令

お疲れ様です。


週末の夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それではどうぞ。




 何とも言えない匂いが複雑に絡み合い言葉では形容し難い香となり。


 それが鼻腔を潜り抜け、体内の覚醒を司る機能の肩を掴んで揺らすと朧な意識が徐々に現実の下へと帰還する。



 う……、ん……。


 何だろう。この甘い様な酸っぱい様な……。そして、微妙に獣臭い香りは。



 匂いの発生源を確認する為、糸で何重にも縫い付けられた様な重く硬い瞼を徐々に開いた。




「……」



 え、えぇっと。


 これは一体どういう状況なのでしょうか??



 目を開けて先ず飛び込んできたのは大きな灰色の狼の顔。



「ふにゃらぁ……」



 眉は無いけども眉らしき肉の箇所の角度、並びに人懐っこい寝姿から察するに。俺の胴体をヒシと抱いて眠っているのはルーで。


「んっ……」


 此方の右隣り。


 朝一番に視界の中に入れるのは憚れる色香を放つ寝相をお披露目する桜色の髪の女性が確認出来た。



 ルーは兎も角、何でエルザードが??



「ぅぅうう……。巨大な岩石が……」



 狼の顎下には黒き甲殻を備えた蜘蛛が蠢き、八つの足をワチャワチャと動かして重さから逃れようとするが。



「えへへ――。美味しい鼠さん、逃げちゃ駄目――」



 寝坊助狼によって再び顎の下深くに捉えられてしまった。



「あ……ん。レイドぉ、もっとぉ……。私のイケナイ所を食べて……」



 白いシャツが大胆に開き、破壊力抜群の双丘をお披露目しつつけしからん夢を見る桜色の髪の女性には後で倫理観を説いてやるとして。


 これ以上、この場所で眠っていたら体内の奥底に潜むアイツが物凄い勢いで筋力鍛錬を開始してしまうので起きましょうかね。



「よいしょ……。ん??」



 狼と蜘蛛を起こさぬ様、ベッドの脇へそっと退かして上体を起こす。



 寝ていて気付かなかったが、額に濡れた手拭いが置かれていた様ですね。


 膝元に落ちたそれを手に取ると、水気を含んだ手拭いは随分と温く感じてしまう。



 誰かが看病してくれていたのか??



「ぐぐぅ……。おいちゃん、唐揚げ安く……。してよ……」


「すぅ……。すぅ……」



 珍しく人の姿でマイが小さな尻を床へ付けてペタンと座り、ベッドへ上体を預けて寝言を放ち。その隣ではユウが同姿勢で柔らかい寝息を立てていた。



 寝相は兎も角、夢の中でも食い物が出て来るのか。


 きっと幸せな夢を堪能している事だろう。粘度の高い涎が口の端から零れ落ち、己の腕を侵食しているのが良い証拠さ。



「お嬢さん。安くしますよ――……」



 誰も見ていない。


 そう考えて、夢の中のマイへ語りかけてやる。



「うふぇふぇ……。二百個全部割引だぁ……」



 商談が成立して大変宜しゅう御座いますね?? しかし、現実世界では絶対に二百個も買わせないぞと断固たる決意を胸に秘め。



「ん……。ふぅ」



 上体をぐぅんっと伸ばすと、大分目が覚めて来た。


 大きな御口を開けて新鮮な空気を胸一杯に取り込み。その所作のついでにカーテンで仕切られている窓を見ると。


 まだ日の出の時刻のようだ。頼りない太陽の明かりが朝の知らせを告げようと躍起になっていた。



「…………。お早うございます」


「っ……!? カ、カエデか。おはよう」



 朝に相応しい声を受けて振り返ると、そこには珍しく常軌を逸した寝癖では無い。普通の髪型のカエデが静かに立ちこちらを見下ろしていた。



「どうですか?? 体調の方は??」


「うん、もう大丈夫。怪我も痛く無いし、それに……。熱も無いようだ」



 この体を襲っていた気怠さと熱、そして関節に感じていた痛みも無い。


 それに……。


 顔に刻み込まれた裂傷の熱と痛みも無い。


 きっと、カエデが治療してくれたんだろう。いつも迷惑を掛けて本当……。申し訳無いよ。



「どれ……」



 おっと……。


 お嬢さん?? 急に接近してはいけないと御両親から習わなかったのですかね??



 端整な顔が不意打ちで目の前に迫る。


 魂までもが吸い込まれそうな藍色の瞳、緑深い森の木々の中で此方を見つめるリスの様な愛苦しさを覚えさせるクリクリの御目目。


 そして、女の子らしい甘い匂いが心を騒がしくしてしまう。


 ひんやりとした手の平が額に添えられると、それに拍車をかけてしまった。



「――。うん?? ちょっと熱くなった??」


「だ、大丈夫だから!!」



 添えられている手を優しく下げてあげる。


 これ以上添えられていたらまだ熱があると勘違いされて、不必要な拘束を受ける破目になってしまうのでそれは御免被りたい。



「そう。なら、良かった」



 ニコリと柔和な笑顔をこちらに見せ、安堵の息を漏らした。


 う――む。


 これは何んと言えばいいのやら。


 普段見せない笑顔をこうして、いきなり見せられると……。


 準備が出来ていない心が羞恥に耐えられず慌てて逃げ出してしまいそうですよ。



「と、所で。どうしてエルザードがここにいるんだ??」


「説明しましょう……」



 狼やら淫魔やら蜘蛛が犇めき合うベッドの僅かな空間に腰かけ、昨日の一件を話し出す。



 どうやら俺は命辛々此処へ辿り着いて、直ぐに倒れてしまったようだ。


 そして、マイ達。それにエルザードが寝ずの番で看病をしてくれたらしい。



「……。そっか、悪い事したな」


「いえ。こういう時こそ、頼って下さい」


「ん。甘えさせて貰うよ」



 口ではそういうものの、真面目な自分は彼女達に迷惑を掛けるのは金輪際しない様にと厳しい声を放つ。


 頭では理解していますけども、体調不良だけはどうにも出来ないからなぁ……。


 以後、気を付けましょうかね。



「…………。もっと甘えても良いですよ??」


「へ??」



 これは冗談と捉えていいのだろうか??


 可愛い曲線を描く頬を僅かに朱に染め。手をまごつかせている彼女の横顔をぼうっと見つめていると……。



「う――ん……。あぁ!! レイド!!」



 俺達の会話が目覚まし代わりになった様ですね。



「よ、おはよう。ルー」



 金色の瞳をキュゥっと見開き、左右に激しく尻尾を振りまくる一頭の狼さんへ朝一番に相応しい台詞を放つ。



「良かったぁ!! 元気になったんだね!!」


「お、おい!! 重たいって!!」


「いいの!! うりうり!! 目覚めの舌じゃ!!」


「お止めなさい!!」



 野太い狼の前足にガッチリと頭を固定されると。毎度御馴染生温かい舌が顔面を蹂躙し、酸っぱい獣臭が強制的に体内へと送り込まれてしまった。



「いたた……。獣臭い岩に押し潰される夢を……。レ、レイド様!! 御目覚めですか!?」


「ふぉうも。おふぁふぇふぁふぁめ」



 灰色の毛、生臭い香、そして人によっては嫌悪感を覚えてしまう長い舌が口を塞ぎ支離滅裂な言葉でアオイに返答する。



「この……!! ケダモノ!! レイド様は病み上がりなのですよ!!」


「え――。いいじゃん、こうやって私があっためているんだから……。ね――??」


「どふぃふぇくれ」


「え!? もっと!? いいよ――!!」


「そんな事言ってふぁい!!」



 俺の言葉を受け嬉々とした前足の拘束力が強まり、更なる毛並みの奥地へと誘う。



「お退きなさい!!」


「ん――!! い――や――!!」


「ぷはっ!! はぁ――。苦しかった……」



 元気な事は大変好ましいが、もう少し抑えてくれないだろうか??


 人の姿に変身したアオイがルーの尻尾を掴みベッドの外へ。


 新鮮な空気が顔を覆い、それを胸一杯に吸っ……。



「おはよぉ。レイドぉ……」


「んんっ――――!!」



 こ、今度な何!?!?


 エルザードの甘い声と共に視界が再び暗闇に覆われ。何とも言えない女性の香りを胸一杯に、強制的に吸わされてしまう。



 何だ?? ここはどこだ??


 見渡す限りの闇。


 頬に感じる女性特有の柔肉の柔らかさがイケナイ心を刺激し、このままでは奴が目を覚ましてしまう。


 このもがけばもがく程、沈んで行くやわらかぁい底なし沼から脱出を試みる為。横着なお肉の両肩へと腕を掛けてやった。



「ぬぐぐ……!!」



 必死に引き剥がそうと腕を張るが……。


 寝起き、且病み上がりの体では力不足の様で??


 押そうが突っ張ろうがびくともしなかった。



「だ――め……。もっとぉ……。私とあそぼぉ??」



 やめて!! お願い!!


 そんな甘い声を誰かさんに聞かれたら洒落にならないの!!



 甘い言葉通り、体に絡みつく女性と四苦八苦しながら格闘を続けていると。件の親分が目を覚ましてしまった。



「――――。お――いおい。君達は一体、公衆の面前で何をしとるのかね??」


「っ!?」



 通常時よりも数段低い声を受け、体が鉄の様に硬直してしまう。


 これは最早、条件反射だな。



「ん――ん!! これふぁ!! ごふぁいふぁ!!」


「やんっ!! もぉ――。そこが弱い事、知ってたの??」



 こ、こいつはぁ!!!! 絶対ワザと言ってるだろ!!



 慌てて手を振り、お前の誤解だと伝える。



「ア、アハハハぁ……。楽しそうだなぁ?? えぇ??」



 乾いた笑い、そして感情の籠っていない悪魔の声が背筋を泡立たせてしまった。



「ふぁって!! ふぁめて!!」


「んぁっ。もう……。暴れちゃ、やだよ??」


「へぇ――ふぅ――ん。そぉかぁ……」



 何かを理解した親分が大袈裟な声を放ち、その数秒後。


 肝が冷えに冷えまくる恐ろしい悪魔の声が朝一番の部屋に響き渡った。



「てめぇら、死にてぇんだな??」



 あぁ、駄目だ。


 黄金の槍が現れる音が聞こえる。


 穂先は勘弁してくれないかな……。



「地面に奥深くにぃ……。沈めぇぇええ!!!!!!」


「はいっ、残念っ」



 マイの攻撃を感知したエルザードがするりと攻撃を躱す。


 当然、死角にいた俺はどうする事も出来ない訳だ。



 お願いします!! どうか、痛くありませんように!!


 覆い被さっていた柔らかいお肉が過ぎ去り。明かりが一瞬瞳の奥を刺激すると。



「どぶぐぇっ!!!!」



 イケナイ感情をあっという間に霧散させてしまう超激痛が腹部を直撃した。


 俺の願い虚しく槍の石突が腹の奥深くめり込むと酸っぱい物が込み上げて来る。


 どうして何もしていないのに、そして何故いつも小さな願いすら叶わないのだろうか。



 あ……。願いは一つだけ成就しましたね。


 直撃したのは鋭い穂先ではなく、願い通りの石突でしたから。


 鋭い痛みで意識が遠のく中、そんな下らない事を考えていた。


















 ――――。



「…………。で?? 起きたのはいいけど、マイの一撃を食らってまたノビた訳だ??」


「わ、私は無罪なの!! こ、これは冤罪よ!! 無効なのよ!!」



 ユウが呆れる様な顔で暴力行為を働いた犯罪者甲を見つめる。



「カエデ!! いい加減に私達を開放しなさいよね!!」



 大変恐ろしい顔を浮かべる裁判長へと犯罪者甲が叫ぶが。



「却下します」


「そ、そんなっ」



 残念無念。


 犯罪者甲の処分性及び原告適格は認められず、理由が見えないとして却下判決を頂いたとさ。


 そして、厳正な処罰を下す為の公平な裁判が開始される訳ですね。



「折角、主が回復したのに……。再び怪我を負わせるとは何事だ??」


「そもそも、私に全てを任せて頂ければ丸く収まりましたのに」



 リューヴが鋭い視線を犯罪者乙へ向ける。



「あ、いや――。リューとアオイちゃんの言いたい事は分かるよ?? でもほら、起きて嬉しかったし??」



 犯罪者乙がリューヴの険しい視線をするりと躱し、隣の犯罪者丙へと受け流した。



「エルザードさん。大魔である貴女がこの様な狼藉を働くとは思いませんでした」


「やぁねぇ。ちょっと戯れただけじゃない。ねぇ――レイド??」


「あ、いや。うん……。そうだな」



 犯罪者丙から突然の話を振られ、傍聴席側から慌てて取り繕う様な声を絞り出す。


 何故なら、裁判長の冷たい視線が俺を捉えたからです。


 もう少し優しく睨んで下さいよ……。そして、俺は被害者であり。彼女達こそ真の加害者なのです。



「話を逸らさないで下さい。第一、大魔は私達のような魔物を導く存在なのでは?? それが戯れと話し、剰え一人の男性を誘惑しようものなど、言語道断ですよ」


『別にそれくらいいいじゃない』



 怒り心頭の裁判長に聞こえぬ様、大変小さな小声で愚痴を零す。



「何か言いました??」


「別に――っ」



 カエデも大変だな……。毎度毎度皆へ説教をしなければならないのだから。



 黄金の槍の一撃を受け意識が夢の世界へととんぼ返りをして暫く。ふと目を覚ますとカエデが可愛い腕を組んで大裁判を開始していた。


 脇を固める裁判員であるリューヴ、ユウ、アオイが。犯罪者甲乙丙へと厳しい視線を送り。


 そして、裁判を受ける三名はベッドの上でバツが悪そうに正座をしてカエデの裁判を受け続けていた。



『ちょっと。何で私が怒られなきゃいけないのよ』



 エルザードが小声でマイに話しかける。



『自分の胸に聞きなさいよ』



「えへっ。私の胸だとぉ……。中々声が届かなくて大変かもぉ。ほらっ、ちょっとだけオマケしてあげるっ」



 後方で裁判を眺める傍聴人席に向かい、敢えて見える様に白いシャツの第一拘束具を解除。



「そこ、卑猥な物は仕舞って下さい」


「はぁ――いっ」



 その態度が癪に障ったのか。


 野鼠も慌てて餌を抱えて尻尾を巻いて逃げ出すおっそろしい瞳で犯罪者丙の所作を咎めた。



「エルザードさんだけではありません。常々思っている事ですが、皆さんレイドに対して少々苦労を掛け過ぎです。彼の苦労を思う気持ちは分かりますが、それを矢面に出し過ぎです。一歩下がって見守る事も大切だとは思いませんか?? それだけではありません。任務中も折角作って頂いた食事を…………」



 耳に痛い話がカエデの口から次々と放たれるものの。



「くふぁ――……」



 犯罪者乙は眠そうに欠伸を噛み殺し。



「あ――。腹減った……。早く昼飯食べたい……」



 犯罪者甲は聞いている様な、聞いていない様な……。


 そして、この裁判の要因を作っているのは犯罪者丙の態度であろう。



「ん――ふふんっ。あはっ、カエデ。ちょっとおっぱい大きくなった??」

「知りません」



 どこ吹く風といった感じで彼女の許可を得ずに足を崩し、気が付けばコロンとベッドの上に寝転がりまるで休日のお昼といった感じで寛いでいた。



「ね――カエデちゃん。まだ続きそう?? 私、足が痺れてきたんだけど??」



 ルーが痺れた足を擦る。



「まだ……?? えぇ、勿論。改心して頂くまで続けますよ??」


「えぇ!? それじゃ終わらないじゃん!!」


「終わらない??」



 カエデの眉がぴくりと動く。



「それは……。改心するつもりが無い。そう捉えても宜しいですか??」


「いや。そのぉ……こ、言葉の繭だよ!!」


「難しい言葉を知っていますね。ですが、大変惜しいです。それを言うのなら綾ですよ」


「えへへ。惜しかったねっ」



 嬉しそうに己の間違いを喜ばないの。



「カエデ、皆反省しているし。これくらいでいいだろう」



 このままで裁判は翌日へ持ち越してしまうだろうし、何より。エルザードが此処へ来た理由を尋ねていないからね。



「む……。レイドがそう言うなら」



 渋々と言った感じで此方へ視線を向けてくれる。



「それに、腹も空いたし。昼ご飯にしようか」



 ベッドに乗せられた紙袋へ視線を移す。


 どうやら二度寝中にユウとアオイ、そしてリューヴが買い出しに向かってくれたようで??


 先程からずぅっと腹が減る香りが漂っているのですよ。



「賛成!! もうさっきから腹の虫が五月蠅くて……」


「では、これにて御話は終了します。以後気を付ける様に」



 裁判が閉廷するとマイが龍の姿へと変わり、ちいちゃな御手手で紙袋の中を確認。



「おっほ――!! パンだ、パンちゃんだぁ!!」



 満面の笑みで紙袋から大事そうにパンを取り出し、天井へ掲げてしまった。


 そして、彼女の明るい声を皮切りにして昼食会が開催。



 小麦の香ばしい香りを漂わせる丸みを帯びたパンを一つ手に取り、ベッドへと腰掛けた。


 おぉっ!! やった!! クルミパンじゃないか!!


 昼一番からこりゃツイているな。



「エルザード、一体何の用事で此処へ来たんだ??」



 一口大にパンを千切り、大変お行儀よく食事を進める彼女に問う。



「クソ狐が貴方達を連れて来いって言われてさぁ――。私は御使いじゃないって言ってもギャアギャア騒いで……。五月蠅いったらありゃしない。 あら、このパン美味しいわね」



 師匠が俺達を??


 よっぽど火急の件なのだろうか。


 そうでも無ければこんな横着で、美人な使者を寄越す筈は無いし……。



「了解。師匠に呼ばれたら弟子は向かわなきゃいけないからね。ギト山へ向かう前にウマ子の世話を頼んでおきたいから、その後でもいいかな??」


「勿論」



 万人が納得する柔らかい笑みを浮かべてこちらを見つめる。


 優しい笑顔だなぁ。


 師匠と喧嘩する時は雲泥の差ですよ。



「失礼しますわっ!! はい、レイド様。あ――ん」


「あ、いや。一人でも食べられるから」



 アオイが隣のエルザードとの僅かな間に無理矢理割って入り、小さく千切ったパンをこちらに差し出す。



「ふふ……これは看病ですわ。病み上がりでお力も出ないでしょうから」


「も――らいっ!!」



 背後からお惚け狼が此方の両肩に前足を乗せ、頭越しにぬぅっと生えて来た狼の御口が眼前に迫ったパンを強奪する。



「んふ――!! 美味しい!!」


「ルー。主に乗るな」


「リューは口煩いなぁ。レイドぉ、重たい??」



 頭の天辺から陽気な声が降りて来る。



「いいや??」


「ほら!! 大丈夫だって!!」



「私達の甘い時間を邪魔しないで下さいまし!! はい、レイド様っ?? あ――んっ」



 看病してくれるのはありがたいけど、今の状況は駄目でしょ。


 カエデの話、聞いてた??



「またまたも――らいっ!!」


「もう!! このケダモノめ!! レイド様との甘い逢瀬を邪魔しないで下さい!!」



 看病じゃなくて、逢瀬になっていますよ?? 蜘蛛の御姫様。



 はぁ。


 ま、忙しいのは俺達らしい。


 それにこの雰囲気は嫌いじゃないし。放置しますか。



 あ、そうだ。


 ついでに……。



「エルザード、師匠の所で暫く滞在しても構わない??」



 皆に話そうと思っていた休暇の話を切り出そうと考え、彼女へ話し掛けた。



「別にふぃいんじゃない??」



 ちょいと大き目のパンを口に含みながら話す。


 ちょっとお行儀が悪いですよ??



「皆、ちょっと聞いてくれ。実は……」



 本日から残り十三日間の長期休暇を頂いた事を口喧しく騒ぎながら食事を続ける者達へと伝えた。



「いいじゃん!! 食い倒れには持って来いの休暇じゃない!!」


「食い倒れはあれだけど。ゆっくり過ごすのも悪くないなぁ」


「マイちゃん!! 屋台行こうよ!!」



 陽気組はこの街で過ごそうと考えているのですね。



「レイド様。私と肌を重ね、この休みを利用して新しい生命を……」



 そして、貴女の願いは叶いませんのであしからずっと。



「体を鍛えるのも悪くないな」


「新しい本を探す絶好の機会到来ですねっ」



 それぞれがそれぞれの微笑ましい休暇の過ごし方を口にした。


 だが、残念ながらそうはさせませんよ??



「前回は、遠出をして大変な目に遭ったから……。今回は師匠の所で鍛えて貰おうと考えているんだ。師匠も俺達に何やら話があるみたいだし、そのついでって事で」



「「「「えぇ――っっ!!!!」」」」



 数名が一斉に、そして大変仲良く抗議の声を上げる。



「何も休暇を全部使おうと考えていないよ」



 ふふ……。


 これは勿論嘘です。


 休暇ぜ――んぶ師匠の所で過ごす予定なのさっ。



 向こうに着いたら此処へ帰って来られないし。否が応でも鍛錬に付き合う破目になるのさっ!!


 文句無しの素敵な休暇が始まる事は確定した訳です。




「……。本当かしらねぇ??」



 ずんぐりむっくり太った龍の猜疑心に満ち溢れた瞳が体に刺さる。



「勿論だ。食事を終えたら宿を引き払う。必要な物を揃えて西門を出て、小高い丘の裏へ集合しよう」



 あそこなら街道から死角になるし。


 明るい日中でも空間転移出来るでしょう。



「小高い丘??」



 パンを平らげ、大変寛いだ姿勢でエルザードが話す。


 御免なさい。双丘の末端が見えるからちゃんと服装を正して頂ければ幸いであります。



「マイ達について行けば分かるよ。後、くれぐれも買い過ぎないように」



 既に買い出しの行程を頭に思い描いている龍に釘を差してやる。



「ちゃんと考えて買い揃えるって」


「本当か?? ユウやルーにお金を借りるなよ??」


「あぁ?? 私の行動に疑問を抱く訳??」



「「うぐぐぐ……」」



 怪しい。


 こいつが素直に従う筈が無い。


 互いが牽制し探り合うように。猜疑心に塗れた視線を空中で大衝突させた。



「なぁにぃ?? 見つめ合っちゃって??」


「と、兎に角。予定は伝えたから」


「わ、分かったわよ」



 エルザードの揶揄う声を受け、互いに慌てて視線を外す。



「マイ、何買う??」


「そうねぇ。南通りに寄ってさ……」


「ユウちゃん!! あそこのお菓子屋さん寄ろうよ!!」



「新しい下着でも見に行こうかしら……」


「宜しければ、案内いたしますわ」


「あら。いいの??」


「際どい物から……。奇想天外な物まで選り取り見取りですわよ」


「本屋さん開いているかな」


「う――む。干し肉を安く売っている所は無いだろうか」



 女性陣は早くも買い物で盛り上がっていた。


 遊びに行くんじゃありませんよ??


 そう言いたいのをグッと堪える。この明るい雰囲気に水を差すのも野暮だからね。



 師匠へお土産用の品を購入、上からの指示は下っていると思うがウマ子の世話を頼む事。


 何だかんだで俺もやる事が山積みだな……。



 適当に荷物を纏め、街へ繰り出す準備を続けつつ。



『おぉ――!! これは良い品じゃなぁ!!』



 師匠から満点以上の満点の笑みを引き出す難解な土産の品を頭の中で思い浮かべていた。




最後まで御覧頂き有難う御座いました。


そして、ブックマークをして頂き。誠に有難うございました!!


狐の里で始まるアレの執筆作業に向けて嬉しい励みになります!!



さて、プロットの段階ではこの後直ぐに狐の里へ向かう予定でしたが……。


良く考えれば街に帰って来るのは暫く先になりますので、申し訳ありません。彼女達のお買い物に一話だけお付き合いください。


狐の里での出来事は買い物の後になりますので御了承下さいませ。



それでは皆様。


素敵な週末をお過ごし下さいね。

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