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第百三十七話 彼女が思い描く近未来予想図

おはようございます。


休日の朝にそっと投稿を添えさせて頂きますね。


それでは御覧下さい。




 彼女に勧められたまま高価な馬車に足を踏み入れると思いの外室内は広く、大の大人が悠々と過ごせる快適な寛ぎ空間を提供してくれていた。


 とは言っても?? ある程度の高さはあるがちょいと屈んで行動しなければいけませんけど。


 進行方向に革張りの座席が一つ、そして丁度対面する形でもう一対の座席が設けられているのですが。その何んと言いますか……。



 物凄く良い匂いがする。



 強張っていた肩の力がふっと抜ける花の香、とでも言えば良いのかな。


 塵一つ無く更に匂いも格別。高価な馬車に相応しい車内と香りですね。



「どうぞ、お掛け下さい」


「あ、はい。失礼します」



 静かに扉を閉めたシエルさんに促され進行方向側の座席へと静かに腰を掛けた。



 ほぉ……。これはまた随分と座り心地の良い座席ですなぁ。



 座席の低反発が臀部を優しく受け止め、背もたれの革も腰と背を確実に受け止めてくれている。


 任務中、この馬車で移動出来たら楽だろうなぁ。ウマ子に牽引させて移動し、馬車の中では力の有り余る六名の女性がいつも通りに暴れ回ると……。



『ギャハハ!! ユウ!! こっち座ってよ!!』


『ちょっとマイちゃん静かにして!!』



 あ、駄目だ。


 頭の中で彼女達の戯れを軽く想像した結果、三日と持たず座席の高価な革は狼の爪でズタズタに引き裂かれ、お値段の張る扉は龍の突撃によって見るも無残な姿に変わり果ててしまった。


 馬車の購入という無駄な出費よりも、皆の健康を考えた食料調達に資金を捻出すべきでしたね。


 そんな下らない妄想に耽っていると馬車が静かに移動を開始した。



「おっと……」



 進行方向は背中側。その結果、馬車が動いた反動でシエルさんの方に体が動いてしまう。


 慌てて体を元の位置へと戻し。キチンと姿勢を整え彼女と対峙した。



「本当に大丈夫ですか??」



 常闇も羨む漆黒の瞳が心配そうに見開かれ俺の顔をじぃっと覗き込む。



「えぇ、相手が素人で助かりました。訓練されている者ではこうはいきませんから」



 何気なく袖口で顔を拭うと……。



 うっわ。結構出血しているな。



 深紅の液体が茶の上着に染み付いてしまった。



 腫れぼったい左目の瞼、熱を帯びた両頬、そして苛つく痛みを放つ顎先。


 鏡を見ないと自分が今どれだけ惨たらしい顔をしているのか理解出来ないが。恐らくすれ違う人々は俺の顔を見付けるや否や。


 ひゅっと息を飲み込み、驚愕の瞳を浮かべて俺の顔を見つめる事だろうさ。



 今も心配そうに大きなお目目をパチパチと瞬きを繰り返して此方の顔を見つめる彼女はそれを見越して俺を馬車の中に収納したのでしょう。



「でも、その出血……」



 シエルさんがススっと此方側に身を寄せ、小さく白い手を俺の頬に添えた。



「よ、汚れてしまいますよ」



 予想だにしなかった行動に慌てて身を引き、通常且健全な男女間の距離感を構築する。


 びっくりしたな……。


 急に触れられたから心臓が驚いちゃったじゃないですか。ほら、何とも言えない顔でキャアキャア騒いでいるし。



「私の事はお気にせず。それより、ちょっと滲みますよ??」



 折角健全な距離感を捻出したってのに、有無を言わさず再び距離を削り取り。


 純白のローブのポケットからハンカチを取り出し俺の傷口に添えると、チクリとした痛みが肌を襲う。



「ぃっ……!!」


「出血を拭きとっているだけです。じっとしていなさい」


「……。分かりました」



 彼女の言霊には人を従わせる力でもあるのだろうか?? 又はこの吸い込まれそうな漆黒の瞳の効力なのか。


 母犬が心地良い昼寝を享受している側で子犬が暴れ回っていた所。


 睡眠を阻害されて不機嫌な母犬にこっぴどく叱られてしまった子犬の様に大人しくなり、傷の処理を受けていた。



「うん、綺麗になった。傷口が塞がるまで無理をしない事、良いですね??」



 すっと伸ばした人差し指で此方の鼻頭をちょいと突く。



「了解しました」


「はいっ、良く出来ました」



 俺の言葉を受け止めると、尖っていた眉が美しい弧を描き。万人に受け止められるであろう柔和な笑みを浮かべてしまう。


 その笑みは年相応の、どこにでもいる普遍的な若い女性の笑顔その物であった。



 シエルさんってこんな笑みを浮かべるんだ。



 求心力の塊の様な指導者だから人を安堵させる笑みを浮かべる事が出来るのか、それともこの笑みこそが包み隠さない彼女本来の感情なのか……。


 その両方の意味に捉えられる笑みだな。



「レイドさんがその気になれば、あの三人くらいどうとでもなったのでは??」



 シエルさんが通常の姿勢並びに距離感へ戻り一つ大きな溜息を吐くと。此方から見て左側の窓へと視線を送りつつ話す。



「仰る通りなのですが……。普通の人に手を出す訳にはいかないので」



 軍属の者の拳は世間一般の方々からは凶器として認識されているのだ。その俺が感情のままに手を出したら不味いでしょうに。



「ですが……。幾ら訓練を積んでいないとしても相手は大人の男性、命の危険もあったでしょう」



 彼女の右手に握られた、己の血で穢れたハンカチに視線を動かすと……。


 何だか猛烈に虚しい気持ちが心を埋め尽くして行った。




「シエルさん。自分達は最低の人種を守る為に戦っているのでしょうか??」

「え??」




「今も前線や任務地ではパルチザンの兵達がこの国の為に血と汗を流しています。国を守る為、愛する人を守る為にです。 しかし、今日自分を傷付けた者達は只、庶民と言う理由で。そんな下らない理由で無抵抗な人間を傷付けたのです。偏見と卑俗な価値観を持った人間を守る為に命を落とした仲間、そして先輩方に申し訳無くて……」




 そこまで言うと言葉を切った。いいや、切ってしまったとでも呼ぶべきか。


 心の中の痛みを伴った虚しさが言葉を放ち、悔しさと憤りが心を侵食。


 自分の心の中を言葉で表現するのが余りにも苦痛に感じてしまったからだ。



 自分の両手に違和感を覚えてふと視線を落とすと、そこには無意識の内に握られた怒りの塊が二つ形勢されていた。


 この塊を誰に使用する訳でも無い。


 しかし、形成されてしまったという事は自分がどれだけ悔しい思いをしたのかと。無意識の自分が真の己へ理解させようと生み出したのだろうさ。



「レイドさん」



 シエルさんが両手で俺の憤怒の塊を優しく包み込むと、彼女に負の想いを悟られぬ為に拳の形を解除。


 すると……。自分でも驚く程に体全体が強張っていた事に気付かされてしまった。



「少しは落ち着きましたか??」


「え、えぇ。まぁ……」



 俺がどれだけ怒っていたのか。


 それを見透かされた事に羞恥を覚え、柔和な瞳から逃れる様に外の景色へと視線を移した。



「人は皆等しく、赤い血が流れています。人間は誰しもが平等、そう考えられていますが現実はそう甘くはありません。現に、こうして普通の人が許可も無く入れない街もありますし……」



 そう言うと、シエルさんは寂しそうな瞳で俺と同じく窓の外を流れる景色に視線を向ける。


 窓が映し出すのはこの大陸の一部の権力者達しか住めぬ安全が保障された街並み。


 数える程度の優雅な服の歩行者、そしてすれ違う高貴な馬が引き連れた馬車。


 見方によっては人情に欠け、酷く無味乾燥な景色に見えてしまうのは気のせいだろうか??



「私は、人は平等であるべきだと考えています。魔女との戦いが終われば法の改正を進め、出来る限り貧富の差をそして身分の差を無くし人が笑って過ごせる世界を構築したい。私の様な若輩者が生意気だとは思いますがこれは……。私の本心です」



 彼女が言い終えると、互いに視線を元の位置に戻し。互いの瞳の奥を真っ直ぐに捉えた。


 シエルさんの瞳の奥には鋼鉄をも越える硬度の決意の色が色濃く滲んでいる。


 漆黒の瞳を通して彼女の強い意志が此方の体内に直接伝わって来る。そんな風に感じてしまった。




「法の改正ですか」


「人が作った法に人が従う。少しばかり滑稽だとは思いますが、それでも法は法です。秩序をもたらす為、清く美しい世界には必要不可欠な物なのです」


「例え……。それが悪法であっても、ですか??」


「悪法もまた法なり。悪法が法的拘束力を持つ以上、人はそれに従わなければなりませんね。万人に平等で在るべき法。法の下の平等には法内容の平等までを意味していると捉えています」



「法内容の平等??」



 聞き覚えの無い言葉だな。



「行政、司法といった法律を適用する人だけではなく。立法者も平等な内容で法を作る必要があるという意味です。悪法が存在するのなら、善の心で清めれば良い。私がそれを含め、この国をより良い方向へと変えてみせますから」



 先程から平等を、そして法の改正等と説いているが彼女の口から魔物に対する言葉は出て来なかった。


 俺はそれを怪訝に思い、尋ねてみる事にした。



「……。そこに魔物は含まれていませんよね??」


「これはあくまで、人を対象とするものです。レイドさんが報告してくれたあの大蜥蜴や数々の魔物、そして歴史的見地から魔物と私達の間には言葉の壁、そして意思の疎通が図れないという途轍もなく高い壁が聳え立っています。魔物に対して法を施行する行為、それこそ独善なのでは??」



「確かに、そうですが……」


「人と魔物は相容れない。まるで水と油の様な、そんな悲しい関係です」



 俺は魔物と会話を可能にしていると、声高らかに言ってやりたかった。


 しかし、今胸中を打ち明けるのは得策では無い。彼女達、イル教に全幅の信頼を寄せる訳にはいかないからだ。


 シエル皇聖の考えはあくまで個人的であって、教団全体の意思では無い。


 マイ達の命を預かっている以上、おいそれとは信頼出来ないからね……。



「どうかしました??」


「あ、いえ。別に」



 長い沈黙が気になったのか、こちらを包み込む様な声で話す。



「いっその事……」



 再び、窓の外に視線を動かす。



「全ての魔物を人間が管理すれば魔物達も楽になるのでは?? 自由を奪い、限られた場所で生活を強いる。そうすれば魔物も人も互いに危惧せずとも宜しくなりますし」



「それこそ独善ですよ!! 魔物達だって意思を持っている筈です!! 此方の考えを押し付け、いいようにして。人と魔物は対等であるべきなんだ!!」



 しまった……。


 つい、語気を強めて話してしまう。


 シエルさんが思い描く、人が魔物を管理する社会を想像するとどうしても我慢が出来なかった。



「声が荒くなっていますよ??」


「あ、いえ。申し訳ありません」



 くそっ。


 これじゃあ魔物を擁護していると認めているような物じゃないか。



「気にしないで下さい。それも一つの考え方です。多様多種な考えが生まれ、それらを纏めてこそ最良な考えが生まれるのです」


「自分の考えは少数派だと考えていますが、人間の中にはこういう考えを持っている者がいる事を頭の隅に留めておいて下さい」


「分かりました。ふぅっ、何だか……。難しい話で肩が凝っちゃいましたね」



 そう言うと、肩を小さく回す。



「そうですね……。いたた……」



 話に熱が入っていた所為か、汗が頬を伝う。


 それが傷口に滲み、ひり付く痛みを発生させていた。



「レイドさん。今日は一部の愚かな人間によって嫌な思いをされたかもしれませんが、どうか人を嫌いにならないで下さい。人は互いに助け合わなければ生きていけない、広い世界で多くの人は矮小で脆弱な生き物です。強い心、それに相手を愛しむ心を持つ者が人を導きより良い世界を構築しなければなりません。そして……。私は数多の人に含まれています」



「随分と弱気な発言ですね??」



 多くの信者を抱える教団の教皇。


 それが今は弱気を吐く、一人のか弱い女性に映った。



「私も弱い人間ですよ。レイドさんの様な逞しさ、人を想う心。そのどれも敵わない。先程の一件でそれは確信に変わりました」


「はは、只の控えめな一般人ですよ」



 表向きの姿はそう映ったかも知れませんが……。本当の自分は腸が煮えくり返る程怒り。身の毛もよだつ恐ろしい殺害方法を想像していたのですから。



「ううん。そんな事ない。その……。レイドさんさえ宜しければ」



 何やら、言い淀んでいる様子ですね。



「何でしょうか??」



 彼女が続きの言葉を言い易い様に陽性な感情を込めて話す。



「私と……。共に、皆を導いて頂けませんか??」



 頬をぽぅっと朱に染め、年相応の羞恥を感じている表情でそう話す。



「共に?? それは教団に入れって事ですかね」



 それはご遠慮願いたいな。


 その事を仲間達に伝えると同時に、首と胴体がお別れしてしまいまうので……。



「ふふ……。違いますよ?? 私の傍で……」



 おっと。


 そういう意味でしたか。


 四角四面であった漆黒の目に色香と艶が帯びて来る。


 こういった目を浮かべる女性は特に危険です。今まで痛みと引き換えに培った経験が警告音を鳴らし始めた。



「レイドさん、私……」



 ちょぉっと近いかなぁ??


 前傾姿勢へと移行すると、潤んだ瞳を浮かべついつい触れてしまいたくなる何とも言えないか弱き女性の表情を浮かべて非日常的な男女間の距離を構築しようと空間を掘削し始めてしまう。



 艶を帯びた黒髪の長髪、頼りない肩幅が男性の守りたいという本能を悪戯に刺激。


 そして、それ相応に育った果実が重力に従い大きさを増している。


 そのどれもが魅力的に映り、折角一息ついていた心臓が激しい呼吸運動を開始してしまった。



『今直ぐに退避行動を開始せよ!!』



 心の中の衛兵さんが声高らかに退却命令を放つが……。


 此処は密室。どう考えても逃げ場は見当たらなかった。



「どうですか?? 私、魅力的じゃないかな??」


「えっと……。可愛いと思いますよ??」



 初めて顔を見た時も、そして今も。こんな綺麗な人が途轍もない権力を持っているとは思えないし。


 取り敢えず、超絶無難な答えを出しておいた。



「本当?? 良かった」



 困ったような、自信が無いような。


 そんな表情から一転、雲間から差し込む陽の光を浴びたような柔らかい笑顔に変わる。


 その笑顔に魅了されたのか、金縛りにあった様に動けないままでいると徐に馬車が停止した。



「――――。シエル様、失礼致します。本部に到着しました」



 馬車の運転手が扉を開け、安全地帯への退避成功の知らせを告げてくれると安堵の息を漏らす。



 はぁ――……。良かった。


 あのまま接近するようだったら扉を開けて飛び出していた所ですよっと。




「ありがとう。さ、レイドさん。行きましょうか」


「分かりました」



 彼女に促され、高価な馬車にお別れを告げて硬い石畳の上へと足を下ろす。



 肩書は宗教団体を一手に纏める皇聖さんだが、それを無くせば一人のうら若き女性。誰にも言えない悩みや仕事に追われ自由に時間を使えないだろうし。思う事も多々あるだろう。


 悩みの一つや二つ、聞いてあげた方がいいかな??



 ……、いやいや。


 個人的には聞いてあげたいが俺とシエルさんの立場を考えるとおいそれとはいかない。第一、末端の兵士に超権力者が相談したい事などあるのかしらね??


 何はともあれ、もう間も無く大切な報告が始まるのだ。



 今の一件を踏まえ。


 甘い香りに騙されて自ら捕食されにいく虫になるわけにはいかんぞ!!!!



 喝を入れる為に己の頬を両手で威勢良くぴしゃりと叩く。



「……、いっ!!!!」



 裂傷を負っていた事を忘れていましたね。


 鋭い針を刺すような痛みが両頬を襲い、この痛みが。



『おいおい。俺の事を忘れたら困るぜ??』 と。己の不注意を咎めている様に感じてしまった。



「どうかされました??」



 シエルさんが振り返り俺の様子を、丸々と太った鳩が喜々として大好物の豆を食らう時。


 その豆に両手が突如としてニュゥっと生え、強烈な往復ビンタを食らってぽっかぁんと口を開いて呆気にとられてしまったみたいな顔で眺めていた。



「お、お気になさらず」


「??」



 小首を傾げる姿は、頼りない小鳥のようで少しばかり愛苦しく映った。


 さぁ、任務達成まで後少し!!


 気合を入れて臨むとしますか!!



 純白のローブの上で楽し気に揺れる漆黒の髪に従い、遠くに見える大変御立派な建築物へと足を向けた。



最後まで御覧頂き有難うございました。


この御話を読んで下さっている方々の中には素敵な物語を執筆している方もいらっしゃるかと思います。


皆様はどの様な姿勢でプロットを作成していますか??


私の場合日曜の午前中は大体。人型の虎が描かれている青色を基調とした箱に入ったシリアルを頂きながらプロットの執筆活動していますね。


甘さに飽きたら苦い珈琲で舌を引き締め、苦みと甘さで気分を変えながら約一週間分のプロットを執筆しています。


それでは皆様、素敵な休日をお過ごし下さいませ。

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