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第二十七話 烈戦の果てに

お待たせしました!! 夜の投稿になります!!

少々……長めの御話しになりますが御了承下さい……。


それでは、御覧下さい!!




 森の香りをふんだんに閉じ込めた新鮮な空気が口から侵入すると、朧な意識が明確な形を形成しようとする。



 その形が徐々に形成されるにつれ、激増して行く全身の筋力を襲う疲労感と激痛。



 痛みを感じる事はつまり、俺の体は嬉しい事に生命活動を続けているという証明だ。



 余り嬉しくない証明ですけどね……。


 出来る事ならもう少し、優しい痛みが良かったよ……。





 痛みに悶え、動かないでいると。


 鼻頭に何かが乗る感触が瞼を反応させた。




「おはよう……」



 俺の言葉に驚いた普通の雀さんが驚いて飛び立つ。




 降り注ぐ太陽の柔らかい光、空を舞う鳥達と彼等が奏でる歌声。


 そして、体全身を襲う痛みが此処は現実の世界なのだと俺に言い聞かせていた。



「い、いてて……。こんな所まで流されたのか……」



 どうやら俺の体は南門を抜け、その先の森まで流された様だ。



 水圧によって傷ついた里を囲む壁、流された木片が形容し難い形となって大地に散らばり。それが此処から南へとまだまだ続いている。




 上体を起こし、この馬鹿げた状況を確認。改めて、カエデの魔法の威力に感嘆の吐息を漏らしてしまった。





 彼女一人の魔法で、里が半壊か。


 お可愛い顔とは裏腹に中々にえげつない攻撃力ですね……。




 激しく痛む首を動かし、周囲を窺っていると。



「……」



 俺と同じく、水浸しの地面に横たわっているアレクシアさんの存在を確認出来た。



 そうだ!!



 重い腰を上げ、静かに横たわるアレクシアさんの下へと駆け寄り。先ずは呼吸の確認を行った。




 ふぅ。

 良かった、呼吸は正常だ。




 静かに、そしてゆっくりと。濡れたシャツが上下している事に安堵の息を漏らすが。



「アレクシアさん。少々痛みますよ??」



 そう。

 コイツを引き抜くまでは安心出来ない。



 しっとりと濡れた白い肌に打ち込まれた醜い結晶体。


 戦闘中よりも輝きは失せているが、今も固体の奥で僅かな光を灯している。



 右手に力を籠め。


 この事件の犯人を掴み、一気に引き抜いてやった。


 引き抜かれた肉の合間からは血が湧き出て、淫らに濡れる柔肌の上を伝い重力に引かれ落ちて行く。




 これで、大丈夫だと思うけど……。



 後は意識が回復するまで、ゆっくり安静に眠っていて下さいね??



 粉々に砕け形状崩壊を果たした結晶体を地面に捨て。



「よいしょっと……」



 驚く程細い体を腕に抱き。


 少々遠くに見える里の入口へと進み始めた。




 皆はどうなった??


 流石に俺よりかは悪くなっていないと思うけど……。





 右肩を貫いた鋭角な木の先端。大殿筋を穿った鋭い木の破片。


 左肩に刺さった包丁と、首元に打ち込まれた牙。


 全身余す所無く激痛が今も襲い……。歩くのも億劫だ。




 でも。


 心地良い痛み。


 勝利の痛みと呼ぶべきでしょうかね。




 里の入り口付近に差し掛り、情けない声を放つ腕の筋力に喝を入れて上下に動かすと。



「ん……」



 この刺激によってアレクシアさんが目を覚ましてしまった。



 お、お願いします。


 どうか襲い掛かって来ないで下さいね??



 祈る想いで彼女を見下ろしていると。



「…………。あ、れ?? 此処は??」


 森の緑も嫉妬する美麗な緑の瞳を左右に動かし状況を把握する姿に、先程までの狂気は見受けられなかった。




 はぁぁぁぁぁ……。


 良かったぁぁ。


 正気に戻ってくれたのですね。



「目が覚めましたか??」



 人知れず大きな息を吐き、ぼぅと惚ける瞳の彼女へと問う。



「あなた、は??」



 何と答えればいいのやら……。


 詳細を話してもきっと今は理解出来ないだろうし……。



「通りすがりの一般兵ですよ。今はゆっくり休んで下さいね」



 当たり障りの無い笑みを浮かべつつ、アレクシアさんにそう話してやった。



「通り、すがり??」



 大きなお目目がきゅっと開かれると。



「レイドさ――ん!! 此処でしたか――!!」



 ピナさんの元気な声が届いた。


 良かった。


 彼女も無事だったんだな。



「お疲れ様です!!」



 此方に向かって元気良く駆けて来る彼女へと、この場に相応しいと思われる言葉を返す。



「あぁぁああ!! アレクシア様!! 御無事でしたか!?」



 此方の腕の中にすっぽりと納まる彼女に向かって叫ぶ。



「えぇ、無事でしたけど……。一体何が起こったのですか??」



「今は眠って下さい!! 後で事情を説明しますから!!」


「で、すけど。私は……。里を……」



 重たい瞼が徐々に塞がって行くが。


 襲い掛かる眠気を跳ね除けようと必死に抵抗を続けている。


 きっと現状を早く把握したいのでしょうね。



「ピナさんの仰る通りです。今必要なのは休息です。もう里は安全ですので、ごゆっくりお休み下さいね」


 疲労を残しては体に障る恐れがある。


 しっかりと休んでも宜しいのですよ??



 危機は去ったのですから。



「そ、うですか。あなたが……」


 眠っちゃった。


 此方を見上げ、ふっと笑みを浮かべると体が弛緩。


 一気に重くなった体を落とすまいと再び腕に喝を入れてやった。



「アレクシア様は此方でお預かり致します!!」


「え、えぇ。宜しくお願いします」



「さぁ!! 屋敷で休みますよぉ!! とう!!」



 彼女を抱えたまま。


 先程まで激しい戦闘が繰り広げられていたってのに、それを感じさせない飛行速度で北へと向かって行ってしまった。



「はは、元気ですね」



 俺なんかより、よっぽど頑丈じゃあないのかな??


 羨ましい限りです。




 海竜さんの強力な魔法によって破損個所が目立つ家屋の屋根から水滴が一滴、水をたっぷり吸い込んでぬかるんだ大地に滴り落ちて行く。



 朝の陽射しに映るそれは、森の木々の枝からポトリと落ちる朝露の雫にも見えてしまう。



 勝利の美酒に酔いしれる訳では無いけど。



 作戦が無事に成功したからこそ美しくも映るのだろう。


 本当に……。勝てて良かった。



 腰に手を当て、勝利の光景を満喫していると。



「此処に居たのか」



 黒髪から一転。


 普段通りの深紅の髪に戻ったマイが軽快な足取りで此方にやって来た。



「南門の外まで押し流されたからな。ユウ達は??」


 しっとりと水気を含んだ深紅の髪へと問う。


「ん」


 マイが後ろに親指を指すと。



「よ――!! 大丈夫だったかぁ!!」


「お元気そうで何よりです」



 いつも通り元気な深緑の女性と、ちょっとだけ眠たそうな藍色の髪の女性の二人が歩み来る。


 そして二人共、例に漏れず。

 しっとりと髪を濡らしていた。



 曙の光に良く栄えていますよ?? 御二人共。



「お陰様で。それにしても……。派手にやったなぁ……」



 流されて来た流木が家屋の壁に突き刺さり、地面には食器類が散乱。


 そして、アレクシアさんの飛翔によって粉々に砕け散った幾つもの木片が水気を含んだ大地に横たわり此方を見上げている。



 たった数時間でよくまぁ此処迄まで見事に破壊出来たものだ。



「その大半はカエデと、傍迷惑な女王様だけどね」



 マイが片眉をクイっと上げてカエデを見つめる。



「必要な犠牲です。ですが、人命は損なわれていません。そこを評価……。ふぁ……」


 あらあら。


 珍しい大欠伸ですね??


 普段は物静かな彼女が放つ欠伸は柔和な印象を与えますが。



「ふがらぁ……。あぁ――……。ねっみぃ……」


 見慣れた欠伸は何処か気が抜けて見えます。


 顎間接を最大限まで開いてマイが欠伸を放つと……。



「「ふあぁ」」


 俺とユウも釣られて欠伸を放つ。



「すっげぇねっみぃ……」


「だな……。夜通しの行軍と、明け方の戦い。眠くならない方がおかしい」



 目を擦るユウにそう言ってやる。



「どうする?? 何処かで休ませて貰おうか??」


 誰とも無しにそう話す。



「休んでも良いけどさ。多分、この辺一帯は水浸しだぞ」


 あ、そうか……。


 じゃあ、浸水していない場所を探して……。



 いや、それよりも前にハーピーの皆さんの無事を確認して。それから南へと戻って住民の皆さんの安否確認。


 そして、レイモンドへと伝令鳥を飛ばし此度の任務の成功を……。


 あぁ、くそう。


 やる事が山積しているじゃあないか。


 おちおち眠ってもいられないな……。




 里の中央へと重い足取りで向かう彼女達の後を追いつつ。


 自分に課せられた仕事量の多さに一人頭を悩ませ、爽快な一日の始まりである朝日に似合わない足取りを続け。列に置いて行かれまいと必死に食らいついて行った。










 ◇








 激しい運動によって額から零れ落ちる汗が体に纏わり付き、疲労感がしっかりと此方の体に抱き着くが。それを短い声を発して跳ね除け。


 気合をこれでもかと注入し、木材を肩に担ぐ。



 里の東。



 森に近い場所では今も作業が続けられ、その中央では賢い海竜さんがハーピーの方々。


 そして里の修復作業に携わる俺達に的確な指示を与えていた。


 木々を伐採し、加工。


 加工された木材を運ぶ為、力自慢の男連中は今日も元気良く汗を流している次第であります。



「よいしょっと……」


「それは西区画に運んで下さい」


「了解」



 カエデの指示に従い、腰に疲労感を与える重さを誇る彼を担いで移動を開始した。





 激戦から二日経ち、起き上がる者も増えては来たが。


 まだ床に就いている者も多いのも事実。


 その穴を埋める為にこうして汗を流している訳です。



「あ、レイドさん。お疲れ様!!」



 俺と同じく労働の汗を流すハーピーの男性とすれ違うと、気持ちの良い笑みと共に労いの声を頂く。



「お疲れ様です!! えっと、まだ運搬する木材が山積みですので。東の作業場へと向かって下さい」


「了解です!!」



 傷も癒えていないのに……。


 本当、大変だよな。




 あの後、此度の事件の首謀者を隈なく捜索したが。結局の所、その痕跡さえ発見出来なかった。


 男性なのか、女性なのか。


 それすらも分からない事に言い知れぬ不安を感じてしまう。



 どうして此処を襲ったのか。


 何故、此処なのか。


 真相は全て闇の中へと消失してしまった。



 賢い海竜さんは考察を重ねていた御様子でしたので、さり気なくその考えを問うてみると。




『ユウの里、そしてここ。何か……。意図的な物を感じてしまいますね』



 その意図を尋ねると。




『結晶体を使用した実験……。ですかね。ユウの里の場合はオーク。そして、此処では魔物。両者を利用しその効果を確かめる。ほら、そう考えると辻褄が合いますよね??』



 辻褄は合いますけど。


 何故、相手は実験を行ったのかと聞いたら。




『私はその人では無いので分かりません』




 と。


 大変恐ろしい瞳で睨まれてしまいました。



 何も睨まなくても良いよね?? 尋ねただけなのに……。



「あ!! レイドさん!! そろそろ休んで下さいよ!? ずっと動きっぱなしじゃあないですか!!」



 里の中央に差し掛ると、薄い水色の髪を揺らしてピナさんが軽快な足取りでやって来た。



「頑丈なのが取り柄ですので安心して下さい。それより、アレクシアさんの容体はどうですか??」



 修復作業が始まり、二日。


 その間、ずっと床に伏せているらしいのだ。


 何でも??


 体力と魔力の消耗が激しく、安静が必要なのだが……。本人は大丈夫だと言い。ベッドから起き上がり俺達と同じく作業に携わろうとしているそうです。



 幼馴染、且女王の右腕であるピナさんの制止によってそれは叶わないとの事。



「食事も採れるようになり、体力も魔力も回復していますが……。まだ安心は出来ませんのでベッドで休ませています」


「はは。少し位なら外の空気を吸っても宜しいのでは?? 気分転換じゃあないですけど」



 ずっと寝ているのも飽きるだろう。


 まだ傷が目立つ屋敷の三階へと視線を送りつつ話す。



 ん――……。


 窓は開いているけど、カーテンは閉まっていますね。



「駄目です!!」


「お、おぉ……。そうですか」


 丸顔がずずいっと近付いて来たので、思わず一歩引いて答える。



「動いて傷が開いたらそれこそ大事ですからね!!」



 彼女よりも。


 俺の方が重傷だと思うんですけどねぇ……。



 右の肩口には傷が開かない様に白い布を巻き、空の女王様から受けた牙で傷ついた左の首元にも同じ種類の布を巻いていますので。



「レイドさんも傷が開いたら直ぐに重傷者リストに載せますから!!」



 彼女が右手に持つ書類の束に目を移す。



「里の重傷者は何名??」


「えっと……。昨日までは五十六名でしたが。本日で、三十名にまで減少しました」



 回復の兆しが見られて喜ばしい限りです。




「火傷、裂傷、打撲、骨折。凡その怪我は把握出来るのですが……。一名だけ、首を傾げたくなる傷を負っているのですよ」


「どんな傷です??」



 興味本位で尋ねてみた。





「えっと……。あった、これです。臀部に激しい攻撃を受け、臀部の皮膚が真っ赤に染まってしまい。パンパンに腫れた皮膚の所為で座るのも億劫になり、ずっと俯せの姿勢で眠っていますね」




 書類を捲り、その不幸な患者さんを発見して話す。



 …………。


 多分、アイツの所為だな。



「きっと屋根から落ちたんですよ。ほら、お尻からズドンって」



「あぁ!! 成程ぉ……」



 納得して頂けて光栄です。


 後であの太った雀には厳しく言ってやらんとな……。



「それより!! また通訳を頼んでも宜しいですか!?」


「構いませんよ」


「良かった!! じゃあ、この紙に書いてある文字なのですが……」


 書類の束から一枚の紙を取り出し、すすっと此方に体を近付けて見せる。



 いや、ちょっと。


 距離が、ですね……。



 鼻腔を擽る女性の香に惑わされる事無く、普遍的な文字を言葉に訳した。



「魚……。これは鯵ですね。蜂蜜を頂く代わりに鯵を提供してくれると書いてありますよ」


「有難う御座います!!」


 どういたしまして。そんな意味を籠めて一つ大きく頷いた。



 さて、と。此処で油を売っていたら怖い海竜さんに睨まれてしまいますからね。移動しましょう。



「では、作業を再開させます」


「はいっ!! 頑張って下さいね!!」



 心地良い笑みを背に受け、西側へと移動を開始した。





 全く……。


 アイツめ。手加減って言葉を知らないのか??


 記憶が無い事を良い事に無茶苦茶して……。


 重傷者の方の心にトラウマを植え付けなければいいんだけど……。




 里を移動している間。


 行き交う人々に挨拶を交わしつつ、目的地である西の居住区画の入り口へと到着した。




「よぉ――!! お疲れぇ!!」


 頭上に光り輝く太陽も思わずほっこりする笑みを浮かべているユウが此方を迎えてくれる。



「お疲れ様。木材、ここで良い??」



「おう!!」



 大きな通りの脇に積まれている木材の脇へ。


 俺の背丈よりも大きな木材を優しく下ろした。



「そっちはどう?? 順調??」


「お陰様で。でもさ――。やっぱり木を切り倒すのはちょっと心が痛むな」



 東ではカエデが率先して切り倒された木材を風の刃で加工。


 西ではユウが木々を大戦斧で切り倒し皆さんで協力して加工している。



 これもカエデさんの指示通りなのです。


 何でも??


 効率を最優先した結果、だそうです。





 ユウは森の中で育ち、森に教えられ、森から生を頂いて今日に至る。


 他人様の領域の森にまで心を痛めているのは優しい性格も相俟っているのだろう。



「ユウは本当に優しいからな。素敵な心だと思うよ。――――。所で、大飯食らいは何処に行った??」



 彼女から視線を外し、太った雀を探すが……。


 目立つ赤を捉える事は叶わなかった。



 アイツめ。


 きっとさぼっているな。



「あ、あぁ。うん。多分、民家の建築を手伝っているんじゃないのかな??」



 ふぅん。


 それなら……。まぁ。



「じゃあまた向こうに戻るよ。頑張って!!」


「お、おぉ!!」


 妙に顔が赤い彼女に別れを告げ、一路東へ足を向けた。




 此処は素敵な場所だけど、いつまでも長居をしてはいられない。



 お次は蜘蛛さん達の様子を窺わなければならないのだ。しかも!! 伝令鳥を送り、返事の結果如何では更なる移動も考えられる……。




 どんな返事が返ってくるんだろう……。



 レフ准尉に送付した内容はこうだ。





『ルミナの街はハーピーという魔物の襲撃を受けており、制空権を制圧された彼等は移動もままならず。陸の孤島と化した街で徹底抗戦の構えを取っており、住民達の戦いに参戦し魔物達の撃退に成功。 彼等は西へと逃れそれ以降の詳細は不明。多少の負傷者を出すものの、死者は出ていない。 敵の攻撃を受け、傷が癒えるまで此処で待機。傷が完治次第、レイモンドへと帰還予定。』



 ベルト町長と相談し、ハーピーとの関係は内密にとの事だったので伏せておいた。



 そりゃあそうだろう。


 魔物と親交がある街なんて聞いた日には大勢の軍人が訪れ、魔物を倒すんだぁ!! と彼等に刃を向ける虞がある。それだけ今は繊細な時期なのですよっと。



 ハーピーの逃亡先を西に指定したのは言わずもがな。



 住処を教える訳にはいかないし、且。あの醜い豚共が跋扈している西と指定しておけば早々手を出そうとは思わないだろう。





 俺が街の方々と手を取り合い、辛くも撃退。


 かくして、街には平和が訪れましたという内容なのです。




 でも、本当に良かった。


 嘘の報告を伝えてしまったが、此処には本当の平和が訪れたのだから。



「ん…………っ!! はぁっ!!」



 里の中央でグンっと両腕を伸ばし、新鮮な空気をこれでもかと肺に閉じ込めた。


 空気は美味いし、里の皆さんや街の住民達も良くしてくれる。


 良い場所だよな。


 美しい青が目立つ空から視線を下ろし続けていると。





「――――。ん??」



 アレクシアさんが住まわれている三階付近で何かが動いた気がした。


 それを証明する様にカーテンが少々大袈裟に動いている。



 女王様が下々の働きを観察していたのでしょう。



 そして、私は働き蟻。


 女王様の命に従い、今日も齷齪汗を流す次第であります。



「なんてね。馬鹿な事考えていないでさっさと次を運ぼう」


 下らない考えに別れを告げ、東の門へ目指し。力強い第一歩を踏み出した。

















 ◇





 び、び、びっくりしたぁ!!


 急に此方を見上げるから慌てて隠れちゃったじゃないですか。


 五月蠅い心臓を宥めつつ、窓の影からそっと外の様子を窺うと……。



「……」



 痛々しい白い布を巻く彼が東へと向かって歩き出してしまった。



 あ、行っちゃった……。


 残念です、もう少し様子を窺っていたかったのに。



「ふぅ」



 小さな溜息を吐き、いい加減寝飽きたベッドに腰掛け。五月蠅い心臓に注意を促す。



 きっと、発見されそうになったから驚いているんだよね??



「アレクシア様」



 あ、ピナの声だ。



「どうぞ」


 普段通りの声色で入室の許可を与えると、彼女が大きな紙の束を抱えて入って来た。



「重傷者のリストが完成しましたのでお持ち致しました」


「ありがとう。――――――。やはり、多いですね」


 回復の兆しが見られるものの。


 まだ三十名もの者達が床に伏せてしまっている。


 私の力が至らないばかりに皆を傷付け、剰え南の住民達にも被害を与える始末。


 もう、何処からどう手を付けていいのやら……。



「ん?? この負傷者は??」



 紙を捲って行くと、一人の症状に目が止まった。


 何でも??


 お尻に酷い怪我を負ってしまったとか。



「レイドさんに御伺いしましたけど。屋根から落ちてしまったみたいですね」


「そ、そう……」


 彼の名が告げられると、トクンっと。


 一度だけ心臓が大きく鳴ってしまった。




 彼等が大怪我を負いながらも里を救い、そして街の住民達も救ってくれた。


 もしも。


 彼等が此処に足を運ばなければと考えると寒気がします。



 何でも??


 彼は軍人さんで、任務で訪れたとか。


 そして、彼の直属の上官さんからの返信を待つ間。ここの復興に力を添えてくれている。



 人が良過ぎるとは思いません??



 死んでしまう様な傷を負い、知り合って間もない街と里の復興を手伝い、しかも!!


 進んで通訳を買って出ている。


 私達魔物と会話が出来ると聞いた時は度肝を抜かされましたよ。




 紙を捲りつつも、頭に浮かぶのは彼等に対する謝意と。


 先程拝見させて頂いた元気な彼の姿。



 彼の怪我の回復も順調そうですので、喜ばしい限りです。



「――――。アレクシア様??」


「え??」


「ですから、食事の事を伺ったのですが……」



 聞き逃しちゃった!!



「え、えぇ。では、負傷者を優先させる事に専念して下さい」



 ふぅ。


 これで安心。



「はい?? 私が尋ねたのは南から魚が届きますので。それに対する返礼品と。魚の調理方法についてなのですけど」



 や、やだ!!


 全然違った!!



「ピナにい、一任します」



 は、恥ずかしくて顔から火が出てしまいそうです……。




「はぁぁ――……」



 ピナが大きく溜息を吐き、そして後ろの扉が閉まっている事を確認してしまった。


 あ、いつもの奴か……。



「アレクシア。今、ちょっといい??」


「駄目です」



 ベッドのシーツを被り、奥深くへとモゾモゾと潜っていく。


 そして体にこれでもかときつくシーツを纏い、白い蝸牛の完成です。





「またそうやって……。いいですか?? あなたは未だ若い女王です。手腕も、実力も、他の種族の長に比べれば月とスッポン。いや、スッポンさんに失礼か……。例えるのなら月と塵芥ですね」



「言い過ぎ!!!!」


 何でそこまで怒られなきゃいけないのよ。



「此度の事件は私達の力が至らず、あなたを守れなかった事に皆は大変心を痛めています。そして、今も此処に居る者全てがあなたの回復を望んでいます」


「そ、それって。彼等、も??」


「勿論です。『レイド』 さんも。あなたの回復を望んでいますよ」



 彼の名が告げられると頬の温度が二度程、上昇してしまった。



 良かった。


 シーツの中で。



「体の傷は癒え、後は魔力の回復です。あなた自身が考えている以上に体力と魔力の消耗は激しかったのです」


「もう大丈夫ですよ」



 多分、ですけども。



「あっそ。続けますね」



 うっわ。


 例え幼馴染の関係だとしても、今の立場の事も考えて欲しいですね。





「怪我が癒える事を望んでいる者達に対し、あなたは上の空。それは少々失礼だと思いません?? 女王の立場を鑑みて当然と頷ける行動に注力を注ぐべきなのに。 ポカンと口を開いて、私の言葉を聞き逃す。辛辣な言葉から逃れる為に尻のデカイ蝸牛に変形する……」




「言い過ぎですっ!! 立場!! 立場を考えて申しなさい!!!!」



 思わず白き甲殻の中から叫んでしまった。



「言い過ぎぃ?? 私は至極当然な意見を述べているまでです。療養を続けろと話しても、私が目を離した隙に窓際へと移動し……」


「へ??」



 え、えぇ!?


 もしかして……。






「とある人物を穴が空くまで、『視姦』 する始末。全く……。あなたは幾つですか?? 思春期真っ只中の子供じゃあないんですから」



「そ、そんな事してない!!」



「女王様が嘘って。大概にして下さい。直接会って礼を述べれば良いじゃないですか」



 彼に直接……??



「でも、私が此処を滅茶苦茶にして。しかも、彼が負った傷の大半は私から受けた傷なのでしょう??」



 そう。


 その事が私の心を傷付けて来るのだ。


 ヘナヘナとベッドに崩れ落ち、情けない心が悪戯に体をコロコロと……。左右に揺らす。



「その点について朗報ですよ、蚕の繭」



「繭じゃないです!!」



 今度は跳ね起きて叫ぶ。



「外に聞こえてしまいますよ?? 彼はその事について砂粒程度も気にしてないようです」


「ほ、本当?? はぁぁぁ。良かったぁ……」



 それなら、里を救って頂いたお礼を述べてもいいのかな??



 安堵の息を漏らし、再びベッドに横たわる。




「あれ程良く出来た男性も珍しいですよね……。私が通訳の仕事を頼んでも嫌な顔せず了承し。倒れてもおかしくない怪我を負っているっていうのに、里の者と共に修復作業に携わる。うん……。本当に……」



 あれ??


 ピナ??


 駄目ですよ?? そんな声色しちゃあ。



「一段落したら、そうですね……。彼と共に空のお散歩も一考かな??」



「だ、駄目です!!」



 ガバっと起き上がり、普段の三倍以上の声量で叫ぶ。



「五月蠅っ。病人は寝てて下さい」


「だから!! もう回復しました!! いい加減、外に出たいの!!」


「本当に回復したのですか??」


「はいっ!!」



 そうだと言わんばかりに大きく頷く。


 勿論、シーツの中からです。



「その一言、後悔しませんね??」


 あ、うん。


 多分……。



「では、本日の夕食を御楽しみにしていて下さい」



 ピナが扉方向へと進みながら話す。



「え?? 夕食??」



 私の好物が出て来るのかな??


 それとも意地悪で、嫌いな物を出してくるのかも……。


 ピナなら有り得ますからね。






「はい。――――――――。彼に、夕食を運ばせますので」


「だ、駄目に決まってるでしょ!!!!」



 無理!!


 絶対無理!!


 きゅ、急過ぎてどんな表情で顔を合わせればいいのか分かんないもん!!!!



「これはもう決定事項ですので、あしからず……」


「ま、待って!! お願い!! きゃあ!?」


 ベッドから飛び出そうとしたら思わず転んでしまった。



「ふふ。やっと出て来ましたね??」



 私の失態を見て柔らかい笑みを浮かべる。



「その御顔を見せれば、レイドさんもきっと一発で堕ちますよ」


「っ!! そんな事しませんからねっ!!」



 再びシーツを被り、お馬鹿さんにそう言ってやった。



「若い男女、密室、素敵な雰囲気。さぁさぁ、どうなる事やら……」


「だから!!」



「あ、そうそう。あなたは『一応』 里を代表する者ですからね。失礼の無い恰好で迎えて下さい。淫らに胸元が開いた御召し物では彼も辟易してしまいます」



 え!?


 ピナの言葉を受け、慌てて自分の服を見下ろす。


 ――――。


 あ、うん。


 流石にこれは駄目ですね。


 傷跡も見えちゃいますし……。



「それでは、夜までの悶々とした時間を御楽しみ下さいませ……」



 そう話すと同時に扉が閉まってしまった。





 ど、どうしよう……。


 いざ、彼が此処に来ると考えると……。



「そ、そうよ!! お礼!! お礼を述べるだけだから!!」



 蝸牛の甲殻を颯爽と跳ね除け、慌てて自分の立場に相応しい服装の捜索に取り掛かった。



 これも……。駄目っ!!


 これは?? ん――……。ちょっと、攻め過ぎですね。


 あ――もう!!


 ピナの意地悪っ!!!!



 嬉しくも困った。


 羞恥が歓喜を上回った感情、なのかな??


 部屋の中で布が舞い散る中、自分でも理解不能な感情に振り回され続けていた。


如何でしたか??

皆様の心が温まれば幸いです。


明日に続きます!! 

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