第百三十六話 功労者への惨たらしい仕打ち
お疲れ様です。
週末の夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
それでは御覧下さい。
良く晴れ渡った空の下。
高貴な物と整然と整理された街並みに圧倒されつつも、街の景色を堪能する為。決して街の皆様のお邪魔にならない歩道の隅に足を止めて見学させて頂いた。
美しい家屋並びに絢爛豪華な店舗が歩道沿いに建ち並び、行き交う人々が身に着けている服装そして装飾品類は一般庶民の視線からは随分と高価な印象を受けてしまう。
まぁ実際、高いのだろうけど。
機能性に重きを置いている俺にとっては全く興味が湧かない服ですのねで。例え大金が手に入ったとしても先ず購入はしないでしょう。
大通りの端をせせこましく目立たぬ様に歩きながら、後方へと過ぎ去っていく店舗を何気なく見ていると。どの店舗も大変優雅な佇まいを醸し出している事に否応なしにも気付かされてしまう。
まるで透き通った水面の様に、そこに存在しないのではないかと首を傾げたくなる透明度のガラス越しに陳列されている装飾品。
貴族御用達の高級絹を使用し、美の女神の素肌の手触りを現実世界で体現した高級感溢れるドレス。
飲食店からは店主達の客を呼び込む熱き戦いの喧噪は無く、物腰柔らかい店員が御客相手に頭を下げていた。
一応、武器屋もあるが……。興味を惹かれてしまう殺傷能力が高い武器は置いていませんでしたね。護身用の武器が偶には此方へ振り向いて下さいと、通りを歩く人達を物寂し気に眺めていた。
はぁ。
何か、静かだなぁ……。
王都の中央広場の屋台群みたいに、けたたましい叫び声や人が蠢きそこから発せられる耳を覆いたくなる喧噪が見受けられない。
人が優雅に歩き、まるで自分が歩く空間を確保されているみたいだ。
人の波をかき分けて進む事をしなくても良いのは助かるが。ど――も自分には不釣り合いな気がする。
もっと、こう……。言葉と騒音の波に飲まれながら買い物を楽しみ、襲い掛かる店主達の甘い声を吟味しながら品定めを繰り返す。
街とはそういうもの。と育って来たので開いた空間が目立つ静かな通りを歩きながら心に違和感を覚えていた。
「こんにちは」
随分と気品溢れる服を身に纏った若い女性二人組がすれ違いざまに声を掛けて来たので。
「あ、どうも。こんにちは……」
たどたどしい声で一応返答をしたが、果たしてどう思われたのやら。
いや、返答するのも許可が必要なのかな??
「クスクス……。ね?? 言ったでしょ」
「フフ……。可愛い人だったじゃない」
空気の中に漂って消失してしまいそうな小さな笑い声が遠ざかって行く。
俺の格好、やっぱり可笑しいのかな??
まぁでも制服で構わないと言っていたし……。早いとこ用事を済ませて街を出よう。
そんな慙愧に堪えない思いで歩いていると、一軒の装飾品の店で歩みを止めた。
おぉっ!!
この指輪、かっこいいな。
ガラス越しに見る美しい銀細工の指輪。十字の模様が指輪に刻まれ、細かい職人技が見る人を否応なしに惹き付けてしまう。
えっと……。幾らだろう。
指輪の下に敷いてある値段を見つけると思わず口から変な声が出てしまった。
「ご、五十万ゴールド!?」
高過ぎるだろ!! 機能性以外を気に入って久し振りに欲しいと思った商品だってのに……。
止めだ。
こんなものを買ったら腹ペコ龍に何を言われるか分かったもんじゃない。
『はぁ!? こんなチンケな指輪が五十万!? あんたねぇ。五十万もあったらどれだけ御飯が食べられると思っているのよ!!』
その通りで御座います。
それだけのお金があれば俺達は、数か月は食い物に困らないであろう。
勿論?? それは龍の腹の機嫌次第だけどね。
王都に比べ、物価が一桁違う事に肩を落とし。
室内の壁際を無音且それ相応の速さで移動し、妙に光沢のある黒光りが特定の人に嫌悪感を与えてしまうアノ昆虫の動きを模倣して歩道をせせこましく歩いていると。
「おい、そこの男」
背後からやたら高圧的な男の声が俺の背を掴んだ。
ん?? 俺の事かな??
此方の目の前には誰も歩いて居ないし。
その声に反応して大変落ち着いた速度で振り返るとそこには三人の男がにやけ面で此方を品定めするように見つめていた。
「何か御用でしょうか??」
門兵さんが言っていた様に、問題を起こす訳にはいかん。
出来るだけ大人しく、そして丁寧な口調でそう答えた。
「用が無ければ話し掛けてはいけないのかな??」
「いえ、その様な決まりごとは……。っ!?」
げぇっ!!!!
こ、コイツって!! い、今気付いたよ!!
キチンと整えた金の髪、この街に相応しい上等な背広を着用し。右手の人差し指には俺の十年分の年収の価値があるであろう美しい輝きを放つ宝石が装飾された指輪を嵌めていた。
悪戯に人の感情を逆撫でする高飛車な声、そして人を見下す下劣な瞳……。
「やっぱりそうだ。何処か見覚えのある後ろ姿だと思ったよ」
御主人様……。じゃあなくて!!
レシェットさんの屋敷で俺と一悶着を交わしたあの男じゃないか。
「ど、どうも」
向こうも俺と考えて声を掛けたみたいだし。やっべぇ、どうする??
此処で問題を起こす訳にはいかん。と、取り敢えず!! 用件だけ伺ってみましょうか。
「あ、あの――。一体どういった理由があって声を掛けたのですか??」
「あぁ?? ルパートさんが尋ねる前に何答えてんだよ」
出たよ、黒髪の御供その一。
前回は地べたに膝をくっ付けて見上げていたけども。立って見ると御供その一は随分と背が低く、御供その二は俺より少し背が高い位か。
「はぁ、申し訳ありません……」
「君、確かアーリースター家で僕に恥を掻かせた人だよね??」
自分でやった行為をまだ反省していないのかしらね。この人は。
あれはお前さんが俺に足を引っ掛けて、尚且つ大勢の前で人の頭に酒をぶっかけた行為をベイスさんに咎められたのですよ??
よっぽどそう言ってやろうかと考えたが。
「その様な覚えはありません」
大変遜った態度で鼻に付く笑みを浮かべる御供その一とルパートを交互に見て口を開いた。
「ふぅん。まぁいいや。今日はどうしてこの街に来ているの??」
「とある任務を拝命致しまして。今はその任務の行動中であります」
「任務?? 内容は??」
「えっと……。申し訳ありません。部外者の方には情報を提供してはいけない決まりですのでそれは話せません」
「お――い、おいおい。ルパートさんが尋ねたらお前さんは答える義務があるんだよ」
「あいたっ」
背の低い御供その一が此方の腹を少々強めに叩いて来る。
「情報漏洩は立派な軍規違反ですから。自分としましても説明したいのは山々なのですが……」
「あぁ!? 言う事が聞けないって言うのか!?」
「まぁ良いよ。僕は寛大だからね、話せないのなら許してあげる」
「――。はぁ」
えっと……。貴方は一体全体何様なのでしょうか??
腹が立つ前によくもまぁここまで横柄に育ったなと思わず首を傾げてしまいますよ。
「任務の内容はもう良いよ。申し訳無いけどさ、この街から出て行ってくれないかな??」
成程ね。
街中で浮きに浮いた俺を偶然見付け、更に!! 以前レシェットさんの屋敷で一悶着あった俺だと理解してちょっかいをかけてきたのか。
面倒な奴に絡まれてしまったな……。
「現在任務行動中ですので、それは了承しかねます。では、失礼しますね」
男三名に囲まれた俺の姿を物珍し気に眺める者も居れば、様子を窺う様にじっと見つめている者も居るが……。
その誰もが救いの手を差し伸べようとしないのだ。
それ処か、この迫害擬きが当然だと言わんばかりに頷く者も居る始末。
居たたまれない気持ちと、集合時間に遅れてしまうという焦燥感が目的地へ向かって足を進ませた。
「おい、ちょっと待てって」
まだ納得して頂けないのか。御供その一の、背の低い黒髪が俺を呼び止める。
ちっ、面倒だな……。
「――――。はい??」
彼等に対して背を向けていたので。
大馬鹿野郎三名に悟られない様。刹那に面倒臭そうな表情を浮かべ、気分を落ち着かせてから振り返った。
「まだ話は終わっていないんだよ」
ルパートが頑張って威圧感を放とうと、細い腕を組んで話す。
「そうなのですか??」
「何で、一般人がこの街を歩いているだ。パルチザンの中でも権力のある人しか入れない街なんだぞ」
一度、こいつの頭を真っ二つに割って中身を覗いて見たい。
用があるから入って来たんだと言ったばかりじゃないか。
「許可を得た一般人が入ってはいけないのですか??」
「許可証でも持っているのか」
「えぇ、此方に……」
半信半疑の彼へ、シエルさんの印章が捺印された紙を差し出した。
「――――。お、おいおい。これってシエル様の印章じゃないか」
「任務の内容は伏せますけど。彼女の許可を得て自分は入って来ているのですよ」
お、おぉ!!
凄いじゃないか!! あの紙の効果は抜群だな!!
大馬鹿三人組は信じられないといった感じで不可能を可能にする紙を見下ろしていた。
「返して頂けますか?? もう出発しないと間に合いませんので」
「ふ、ふふ!! あはは!! そうか、そういう事か」
そういう事??
「お前……。これを偽造して街に入って来たんだな??」
「――――。はぁ??」
おっと、つい素直な言葉が出てしまいました。
どこぞの横着な上官と俺を一括りにしないでおくれ。
「お前みたいなド庶民が彼女の様な方から許可を得られる訳がないんだよ」
そう言うと何を考えたのか知らんが、大変お綺麗な石畳の上に我が上官の所作を模倣し。何の遠慮も無しにぽぉんっと紙を投げ捨ててしまう。
「ちょ、ちょっと!! 大切な書類なのですから止めて下さいよ!!」
な、何を考えてんだよ!! コイツ!!
上質な紙を拾おうと慌てて屈むが……。
「残念。遅いよ!!!!」
ルパートが上等な革靴で大切な許可証を踏んづけてしまうではありませんか!!
「おい!! 止めろよ!! 大切な書類なんだぞ!?」
彼の靴を掴もうと手を伸ばしたのが癪に障ったのか。
「おい、てめぇ。ルパートさんの足に触れるんじゃねぇよ!!!!」
「いてっ!!」
お供その一の爪先が額に衝突し、思わず仰け反ってしまった。
「いたた……。そんなつもりは無いのですが……」
もう本当に勘弁して下さいよ。大人しく、そして慎ましく行動するから見逃してくれ……。
「あぁ?? 何、生意気な口調してんだ。ここはなぁ、一般人が歩いていいような街じゃないんだよ!!」
背の低い黒髪さん??
もう何度もそれは伺いましたよ??
「いや、だから。許可は得ているんですよ」
相手をこれ以上激昂させないよう、大変落ち着いた口調で語りかける。
「俺達は君みたいな庶民と同じ空間で、同じ空気を吸いたくないの。お分かり??」
え――っと……。それは難しいかな。
大陸に住んでいる以上、庶民と必ず同じ空間にいるだろうし。
それに大気は等しく人間に与えられ、生存する権限を享受する為に必要な物だ。
それをするなと言われれば、死ねと言っていると同義。
要領を得ない質問に怪訝な表情を浮かべていると、続け様にルパートが口を開いた。
「さっさとこの街から出て行けって言ってんだよ」
あぁ。
中々出て行かない俺に痺れを切らしているのか。
「分かったか??」
御供その一が馬鹿者を見つめる様な瞳を浮かべる。
「それでは失礼します」
もう許可証の事は諦めます。
変な人に絡まれて奪取されましたと伝えよう。
踵を返す様に本来の目的地、イル教本部がある北へと歩み出した。
「おいおい。酔っ払っているのか?? 出口はそっちじゃねぇよ。あっちだ」
御供その一が肩を掴み、行動を御する。
どさくさに紛れて行動しようとしてしまったのが不味かったようですね。
三人の瞳に小さな怒りが芽生え始めてしまった。
「なぁ。さっきから俺達の事、馬鹿にしているよな??」
「まさか。していませんよ」
御供その一が腹立たしい眉の顰め方で再び絡んでくる。
くそ……。
誰かの許可さえあれば、クソ生意気な横っ面に渾身の平手打ちを一発捻じ込んでやるってのに。
「帰れって言ってんだよ。大人しく俺達の言う通りにしろ」
「いや、だから用があって来ているんだ。頼むから行かせてくれ」
流石の俺も我慢の限界だった。
わざわざ来たくも無い街へ足を運び、こうして蔑まれ、理不尽な仕打ちを受ければ語尾も荒くなろう。
俺の口調が気に食わないのか。ルパートが大きな溜息を吐いた後。
「どうやら口で言っても分からないようだな。おい……」
「分かりました」
取り巻きその二がルパートの指示に従って俺の背後へと回り込み、拙い力で羽交い絞めにしてしまった。
これで拘束しているつもりなのだろうか??
ユウの力に比べれば……。あぁ、比べるのも失礼に値する程脆弱だな。
「何をするのですか??」
瞬時に拘束を解いても良かったが……。門兵さんとの約束を破る訳にはいかん。
彼と彼の家族の運命が俺の行動に掛かっている、そう考えると乱暴な行動は躊躇われた。
「へへ……。ルパートさん。この街の中なら手ぇ、出しても構いませんよね??」
「あぁ、少し痛めつけてやれ。君、僕の叔父はパルチザンの上層部に所属しているんだ。反抗したら……。分かっているよね??」
こりゃ、参った。
反抗しようものなら俺の首が飛ぶばかりか、所属部隊にも被害が及んでしまうな。
だから嫌だったんだよ!! こんな街に来るのは。
「歯、食いしばれよ!! 庶民!!」
掛かって来やがれ!! 高級金魚のフン野郎!!
無駄に大きく振りかぶった拳が到達する前に奥歯をぎゅっと噛み締め、襲い掛かる衝撃に備えた。
御供その一の拳が俺の左頬を捉えると、生鈍い音が頬を伝わり鼓膜へと到達。
歯と口内の肉が激しく接触し鬱陶しい血の味が口一杯に広がった。
えっ……??
これで殴っているつもりなのかしら??
殴られた反動で横を向いてしまっている顔を正面へと戻し。俺の力はどうだ?? と。満足気に腰に手を当てて俺の顔を眺めている黒髪の攻撃力に拍子抜けしてしまった。
「お。こいつ、中々頑丈だな。俺の拳を食らって立っているなんて」
御免なさい。痛みはありますけども、これっぽっちも芯に響きませんよ??
こいつの何百、いや数千倍痛い拳を体は知っている。
大らかで厳しく、そして時に優しく。俺を指導してくれる狐の女王。
師匠の拳に比べればこいつの放つ拳の痛みは、蝶が羽を休める為に止まったようなものだ。
決意を持たない拳は……。軽い。
それに対し。
相手を倒す、断固たる決意を持った拳は等しく重い。
こいつはそれが理解出来ていないな。出来る事なら硬い地面に正座させ、小一時間程説いてやりたい気分ですよ。
「ほらほら!! まだお代わりは沢山あるぞ!!」
俺が抵抗出来ないのを良い事に、口元に嫌な笑みを浮かべて左右の拳を放って来る。
体の開き方。重心の取り方。
そして拳の握り方。
どれ一つとっても素人丸出しの攻撃だ。
対処方法は単純明快。
攻撃が当たる瞬間、覚悟を決めればいいだけです。
その一が態々親切丁寧に説明してくれた通り奥歯をぎゅっと噛み締め、丹田に力を込めて可愛い攻撃に備え。
拳と頬が接触する刹那、武に通ずる者にしか理解出来ない程微かに芯を逸らして耐えてやった。
おっそ……。
リューヴとマイの攻撃の速さに慣れ過ぎた所為か。
コイツの攻撃が止まって見えちまうよ……。
「ねぇ……。あの人可哀想……」
「あの金髪、ビショップ家の次男でしょ?? 関わらない方が身の為よ」
無抵抗のまま無邪気な暴力を受け続けていると、流石にこちらを憐れだと思ったのか。憐憫を込めた眼差しが向けられる。
お嬢さん達。
派手な見た目と違って全く効いていませんので御安心下さい。そして、出来る事なら警察関係の人を呼んで頂ければ幸いで御座います。
「はぁ……。はぁ……。こいつの体、一体どうなっているんだ!? 全く倒れやしねぇ!!」
その一が可愛い連撃を終えると、顔を真っ赤に染め。肩で息をして今にも地面へとへたり込んでしまいそうな声色を放った。
そりゃ普段から体を動かしていないのだから疲れるだろうよ。
ましてや人を殴打するにはそれ相応の体力が必要だ。
「あ、終わりました??」
「調子に……。乗るんじゃねぇ!!」
おっ!! やっと気持ちが入った拳を打ち込んで来たな。
右の拳の軌道から察するに……。
鼻かぁ。
少しは痛いかな??
「っ!!」
右の拳が到達すると同時に顔が天を仰ぐ。
痛みと出血が同時に襲い掛かり、呼吸がし辛くなってしまった。
ふぅむ……。御供その一よ。
良い拳を持っているじゃないか。そうやって気持ちを込めて打つんだ。
「へへ……。やっとくたばり……」
「もう行っていいですか??」
「駄目に決まってんだろ!!!! な、なんだよ!! そのデタラメな体は!!」
その一が大粒の汗を流し、目に涙を浮かべて両の拳を擦っている。
見れば拳が赤く腫れあがり皮も少し捲れていた。
そりゃこんだけ好き勝手に殴れば手も腫れるわな。
ましてや訓練も行っていない一般人だ、無理をしない内に止めて正解だよ。
「退いてろ。君、見た目以上に頑丈だね」
ルパートがその一を押し退けて俺の正面に立つ。
「えぇ。良く言われます」
我慢強さ、耐久力、そして体力には人一倍自信があります!!
まぁ……。その主な使い道は彼女達の雑用に割いていますけども……。
「俺の拳に耐えられるかな!!」
ルパートが身を屈め、全体重を乗せた拳を何の遠慮も無しに顎先目掛け突き上げると。鋭い痛みと同時に何やら硬い感触を感じた。
くそっ。
指輪が当たったのか。
皮膚が裂け、皮膚の下の赤い身に空気が触れると鋭い痛みが傷口を襲う。
跳ね上がった反動で顎が定位置よりもガクンと下がり、顎先から滴り落ちる深紅の液体を無感情のままで観察していた。
どうして……。こうも理不尽な暴力を受けなきゃいけないんだ。同じ人間、ましてや言葉も通じて意思の疎通を可能にしているってのに。
マイ達、魔物と出会っても一方的な虐待を受ける事は無かった。初めて触れる彼女達の心は驚く程に優しさに溢れていた。
しかし、コイツ等ときたらどうだ??
俺の存在が目障りだという稚拙な理由だけで俺を排除しようと敵意を剥き出しにして来る。
敵意……?? 違うな。
これは彼等にとっては戯れ。俺の様な存在は良い遊び相手だと思っているのだろう。
『生まれが全て』
コイツ等にとって俺は貧相な家に生まれ、彼等にとっては玩具同然の存在。
玩具は遊ぶために生まれて来る、きっとそう考えているのだろう。
金髪のクソ野郎に一方的に殴られ続けていると、その一発一発が温かい感情を消失させていき。
代わりにドス黒い感情が芽生え始めてしまった。
落ち着けよ……。今、この感情を開放したらきっと。
コイツ等を皆殺しにしちまう……。
「はぁ……。はぁ……。ふぅ、ここまで良く耐えたな。褒めてやるよ」
金髪の声が聞こえて来たので面を上げる。
「有難うございます。もう行っていいですか??」
「こ、こいつ。人間か!?」
恐らく血だらけになっているであろう俺の顔を、まるで異形の存在を捉えたかの如く目を丸くして見つめていた。
「正真正銘人間ですよ。あなた達も鍛えれば出来るかと思います」
見た目は、ですけどね。
「そんな訳無いだろう!!!!」
おっと。まだ殴り足り無い様だ。
俺の耐久力に驚愕の表情を浮かべ、再び暴力の狂宴が始まってしまった。
拳に装備した指輪の所為か、その一より痛みが大きい。
左右の拳が当たる度、肉が弾け、裂傷を負い、血が宙へと飛び散る。
こいつもよせばいいのに。
「くっ……!!!!」
拳が俺の体に当たると、手の皮が破れた痛みで顔を歪めている。
最も?? 殴られている本人が一番痛いのですけどね……。
鼻からの出血で呼吸がし辛い。それに、制服も出血で汚れてしまった。
これからシエルさんと会うのに……。この格好で会いに行くのは不味いよなぁ。どこか服屋さんで適当に見繕って貰おうか??
あぁ、でも。血だらけの姿で。
『すいませ――ん。服を見繕って下さい』 と。
買い物に来た女子の声色で店内に入ったらきっと警察を呼ばれて御用となってしまうだろうさ。
「はぁ……。はぁ……」
殴り疲れたのかな??
ルパートが膝に手を置き、大きく項垂れながら肩を揺らしていた。
「もう気が済みました??」
「こ、この化け物め!!」
化け物ねぇ……。
本当の化け物を知っているが、その化け物と呼ばれる存在達はこいつらよりも良く出来ている。
決して己の我儘で暴力を振るわず、弱者を蔑まそうとはしない。
寧ろ……。導いてくれる。
師匠、そして淫魔の女王……、はちょいと違うかな??
「いい加減……。くたばれよ!!!!」
悲痛な叫び、そして非力な己の拳を猜疑心で溢れかえった表情で打ち込んでくる。
自信が無いのならよせばいいのに……。
そんな拳じゃ幾ら打っても倒れないと思いますよ??
「くそっ!! くそっ!!!!」
これまでこうやって何人もの弱者を這いつくばらせて来たのだろうさ。
しかし、いくら殴っても倒れないモノが現れた。
こいつにとっては由々しき事態だな。暴力に屈せず、剰え倒れないのだから……。
コツコツと積み上げて来た下らない自信を俺の我慢強さが、足元から崩した訳ですね!!
常日頃から鍛えている成果が発揮された事にちょいと優越感を覚えていると。
地道な鍛錬と努力は嘘を付かない。
訓練所で指導教官から受けた訓示がふっと脳裏を過って行った。
まぁ……。こんな下らない事に発揮される事自体がおかしいんですけど。
「倒れろぉ!! 倒れろよ!!!!」
う、う――む……。
悲壮感全開で殴打する男の顔を見るとなんだか少しだけ不憫に思えて来たぞ。
気絶した振りをした方が良いか??
――――。
いや、駄目だ。
それではこいつの為にならない。世知辛い世の中は何でもかんでもお前さんの思い通りに事は進まないんだぞ!! っと教えてやらんといかん。
そんな事を考え、襲い掛かる拳に合わせて歯を食いしばって耐えていると……。
二頭の美しい馬が馬車を引き連れて此方に向かって来た。
栗毛色の毛が太陽の光の下、煌びやかに光り輝き小気味の良い音を響かせている。
馬車本体も豪華な作りで、外装は白くそして大きな物であった。
高そうな馬車だなぁ……。
あの中、何人乗れるのだろう??
扉に備え付けられている窓ガラスには日差し避けのカーテンがかかっており、外からは乗車している人の姿は窺い知れなかった。
情けない拳に耐え、横目で馬車が通過する様を見届けようと思っていたが……。俺の予想に反し馬車は金髪の隣で停車した。
か弱い一般庶民を虐待しているコイツ等に文句でも言ってくれるのだろうか。
淡い期待を胸に抱いて扉が開くのを待ち、そして。扉がゆっくりと開くと、そこから俺の想像が及ばなかった人物が降りて来た。
「くたばれ!!!!」
おっと。御免ね?? まだ攻撃の最中だったな。
ルパートの渾身の力を込めた右拳が顔を捉えると、大変美しい空を視界が捉えた。
これで顔が跳ね上がるのは何度目だろう……??
抑え付けているドス黒い感情の制御にも限界があるんだよ。
このまま解放したらどれだけ楽か、そして俺の力を受けたらどれだけ愉快な悲鳴をあげてくれるのか。
自分でも首を捻りたくなる恐ろしい殺害方法を考えていると、件の人物が大変静かな歩みで歩道へと降り立った。
「――――。その人を解放して下さいませんか??」
「あぁ!? 今俺達はお楽しみの最中で……。あ……、あぁ……!!!!!!」
御供その一が透き通った声を放った彼女の方へ振り返ると、地面へペタンと腰を落とし。笑いが込み上げて来る所作で後退を開始。
「どうした??」
「ル、ルパートさん……」
その一の様子を怪訝に思った金髪が振り返ると……。
「「「シ、シ、シエル皇聖様!!!!」」」
ルパートを含めた三名が瞬時に、シエルさんの前にひれ伏してしまった。
すげぇ……。たった一言でコイツ等を御してしまったよ。
「男性三人が寄って集って一人の男性に暴力を振るう。この街はいつからそんな事を了承するようになったのでしょう」
石畳にこれでもかと額を擦り付けて謝意を表している三人に対し。
まるで汚物を見る様な冷たい視線で見下ろす。
「あ、怪しい男が街に侵入したと思いまして……」
「そこの男性は私が此処へ招いたのですよ?? よりにもよって、私の大切なお客様に手を出すとは……」
「も、申し訳ありませんでした!! どうかお許しください!!」
ルパートが面を上げず、地面と接吻を交わしながら叫んだ。
謝るくらいなら最初からするなよ。
ま、でもさ。自分達の過ちに気付いただけでも儲けもんかな。その代償として、俺は血だらけになってしまったけどね……。
「レイドさん、如何致しましょう?? 暴力行為を働いたとしてこの者達を街から追放する事も出来ますが??」
「そ、そんな……」
シエルさんの声を聞き、金髪達が慌てふためく。
と、言いますか……。シエルさんはそんな事も可能なのですか??
「いえ、急いでいますのでお気になさらず。只、二度とこの様な行為をしないと誓って頂ければ」
「ですって?? 良かったですね、彼が器の大きな男性で」
「あ、ありがとうございます!!」
先程までの傲慢な態度とは打って変わり、随分と下手に出て情けない顔になって叫ぶ。
こいつら、抗えない権力の前じゃ只の屑だな。
それとも今までこういった目に遭っていなかったから慌てているのか。ベイスさんに怒られたってのにまるで反省が生かされていませんよ。
何れにせよ、これ以上迷惑を掛けて来ないならそれで良しとしよう。
もう二度と、コイツ等の顔は見たくない。
「さ、レイドさん。行きましょうか」
シエルさんが馬車の扉を開き、此方に手を差し伸べる。
「いえ、服も顔も血で汚れていますので……」
高価な馬車の内部を俺の汚い血で汚す訳にはいきませんからね。
「目的地は同じです。それに、その怪我で移動されますと。街の方々にも要らぬ杞憂を与えてしまいます」
「わ、分かりました。それでは、失礼します……」
変に断っても後で気まずいし。
それに今から色々話を進めれば、時間の節約にもなる。己にそう言い聞かせ、大変御立派な馬車に足を掛けた。
「そこの三人。追って処分を言い渡します」
「「「は、はいっ!!!!」」」
「彼は許したかも知れませんが……。それ相応の罰が貴方達に与えられると覚悟を決めておいて下さい」
冬の大地も思わず体を震わせてしまう冷たい声を放ち馬車の扉を閉じ。
それを合図と捉えた馬車は目的地である彼女達の本拠地へと向かい始めたのだった。
最後まで御覧頂き有難うございました。
本日も大変冷える夜ですので、体調管理には気を付けて下さいね。
それでは皆様、良い週末をお過ごし下さい!!




