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第百三十五話 お高く留まった高貴な街へ その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 体内に籠る熱が熟睡を阻害し、宙に浮かぶ意識が現実と夢の世界を往来。


 今現在どちらに意識があるのか不明瞭の状態の中、鼓膜がニッコリと笑みを浮かべる大変澄んだ声を捉えた。



「レイド、起きて??」



 誰よりも勤勉で進んで纏め役を買う彼女の透き通った声だ。


 世話になった数、頑として決断できない女々しい心を怒ってくれた数、そして優しさを与えてくれた数は枚挙に遑が無い。


 我が心と頭は彼女の存在を大きく捉えているのか。


 カエデの声を捉えると同時にほぼ目が覚めてしまった。



「お゛はよう」


「物凄い声ですね。流石のレイドでもたった一晩で完治には至りませんでしたか」



 カエデにとって俺の体は不死にでも見えるのだろうか??



 シーツの中で重たい体をモゾモゾと蠢かせ、全身の筋力を稼働させて上体を起こす。



 体の節々が痛てぇ……。それにまだ熱も、喉の痛みも治っていない。


 無理をして仕事を終えたのが深夜だったのが悔やまれるな。



「起こしてくれてありが……」



 おっと。


 本日もとんでもない寝癖で御座いますね??



「どうかした??」



 可愛いご尊顔はそのまま。しかし、頭部から生える紺碧の海を彷彿とさせる藍色の髪の毛は秋の味覚の代表格。


 栗の外皮の棘の様に四方八方へと散開。


 栗の実は決して食べさせはせんぞ!! と。大変分かり易い主張を叫んでいた。



「あ、いや。凄い寝癖だなって」


「これから二度寝しますから気にしません。さ、これを飲んで??」



 彼女が差し出した木製のコップには美しい白む蒸気を放つ液体が並々と注がれており、寝起きで喉がカラカラに渇いた今。


 あれは飲むべきだと無意識の内に自覚した右手がコップを受け取る。



「これは??」



 あの苦い薬を溶かした液体じゃないよね??



「白湯、蜂蜜、そして細かく擦りおろした生姜を混入させた液体です。本で得た知識なのですが、風邪を罹患した時に体に良く効くらしいですよ」



 へぇ!! 生姜と蜂蜜か!!


 折角カエデが早起きして作ってくれたのに、嗅覚が機能していないのが大変残念であります。



「では、頂きます」



 舌を火傷せぬ様に優しく液体を口の中へと迎え入れ、彼女の労を味わうかの様に優しく喉の奥へ送り込んであげた。



「どう、かな??」


「――――。控え目に言っても最高だねっ」



 口内からふわぁっと香る生姜の香が直接嗅覚に届き、蜂蜜独特の甘さと白湯の優しさに真っ赤な喉は大変ご満悦であった。



「そ、そっか。初めて作成したから心配だったんだ」



 ちょいと頬を朱に染め、己のベッドの中へと潜り込んで行ってしまった。


 手料理を褒められる事に慣れていないのかしら??



「後、薬も飲んでね??」



 シーツの中からあの苦い薬を包んだ紙がニュっと生えて来る。



「これと一緒に飲むよ」



 飲まないと出発の許可を頂けないだろうし……。


 包み紙を開放し、舌が降参してしまう苦みを持つ粉を一気苛烈に口内に迎え入れ。カエデの真心が籠った液体で胃袋の奥へと流し込んでやった。



「ぶはっ!! うぇ……。まっずぅ……」


「良薬は口に苦し、ですよ。ふぁ……」



 シーツの中から目元だけを覗かせ、何の遠慮も無しに大きな欠伸を放つ。


 いつものカエデの姿に重たい体も随分とご満悦の様で?? 立ち上がる力が込み上げて来た。



「さてと。そろそろ出発しようかな」



 このままだと彼女の姿を眺めながらぐっすりと眠っちゃいそうだし。後一日頑張れば大変長い休暇が待ち構えているのだ。


 そう、たった一日の辛抱なのですよっと。





「風邪が辛かったら寝ていても良いんだよ??」



 悪魔の甘い囁き声よりも甘美な声色が頭の中を侵食してしまうが、それを強き意思で跳ね除け。


 ちょいと冷える室内の空気へ素肌を晒し、男らしい所作と速さで制服へと着替え終えた。



「上着、着るんだね??」


「上等な街には上等な背広。だけど、残念な事にお高い背広は持ち合わせていないからね。上官にも上着は着て行けって言われたし」



 白のシャツに茶の皮の上着。


 後、数か月もすれば寒くなるし。濃い灰色の夏服はもう仕舞おうかな??



「半袖よりもそっちの方が似合うかも」


「カエデと初めてあった時はこの制服だったからね。よいしょっと……」



 お、おいおい。


 軽い筈の鞄でさえある程度の重量を感じちまうよ。


 こりゃ早く帰って来ないと不味いな……。



「行くの??」


「さっさと用件を片付けてぐっすり眠りたいからね。皆の世話役、お願いします」



 報告書、そしてレンクィストの入場許可証が入った鞄を肩に掛けて部屋の扉へと向かう。



「…………」



 出ましたよ。妙に長い瞬き。


 もう返事を返すのも辛い位に眠たいのだろうさ。



「あはは。有難うね。それじゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃい。ふわっ……」



 モゴモゴと蠢くシーツに見送られ、朝の陽光が差し込む廊下へと出る。


 本日は此方の体調と反比例する程に爽快に晴れ渡った空ですか……。自分の心理状態と比例する様に空模様も変わってくれよと。


 決して叶わぬ願いをぼやきながら上官が待つ普遍的な家屋へと向けて足を進めた。







 ――――。



 行ってらっしゃい、か。


 何でも無い凡庸な言葉を口に出した事に嬉しさと恥ずかしさ。相対する感情が芽生えてしまう。



 もっと、気の利いた言葉を掛けてあげれば良かったかな??



 でも…………。私では凡庸な言葉が限界かも。


 それでもちゃんと見送ってあげたかった。一人寂しく出発するのは良くないと思う。


 私なりの気遣いを嬉しく思ってくれたかな?? それとも迷惑、だったのかな……。



 彼の様子は昨日の夜から豹変してしまっていた。



 いつもは沢山……。といっても皆の様子を見ながら食べていますけど。いつもより全然食べなかったし、何気なく見せる表情にも陰りが見られどことなく疲れている感じだった。



 レイドは自分の事を優先しないから、無理をしてでも私達を優先しちゃう悪い子なのです。



 誰かが彼の無理を気付いてあげなくちゃいけないんだ。


 その役目は…………。私が良い。


 他の誰でも無い、私。それは我儘かな??



 彼と行動を共にする内に、胸の奥底に妙な痛みと柔らかい気持ちが同席するようになってしまった。


 こんな気持ちが複雑に絡み合うなんて、今まで感じた事が無い。そして、それに戸惑っている自分にも驚く。


 どうしたらいい?? どうすればいい?? どうしたいの??


 自問自答を繰り返しているがその答えは見つからないままですね。




「ふぶんがった!? ン゛――……。くぁっ」



 耳を疑いたくなる寝言と共に一頭の龍が目を覚まし、見ていて心配になる角度で欠伸を放ってしまった。



「ン゛ァ――……。ア゛?? なぁんか、良い匂いがするわね……」



 先程の私特製白湯の匂いの尻尾を嗅ぎ取ったのか。



「スゥ――。スピ――……」


「フンフンッ……」



 マイの左隣りのベッドの上で心地良さそうに体を丸めて眠っている狼のルーの頭にムチュっと鼻頭をくっ付て匂いを嗅ぐが。



「おぇっ!! 獣臭ぁっ!! これじゃねぇ!!!!」



 彼女の野生の香りに大変ご立腹な彼女は狼の頭を一つポコンと叩き、己のベッドへと戻って行ってしまった。



 ルーも可哀想だな。


 普通に眠っているのに頭を叩かれて。



「ア゛――?? 何処だ?? この匂いの発生源は??」



 背に生える翼をフヨフヨと動かして室内を巡回。



「ン゛ッ!? ユウの奴め。私が起きてるってのに随分と心地良さそうに眠りやがって」


「すぅすぅ……」



 キチンとシーツを被って眠るユウの下へ横着な瞳を浮かべて狙いを定めてしまった。


 このままでは気持ちが良い早朝に似つかわしくない乙女の絶叫がこだましてしまうと考えた私は。



「マイ、おはようございます」



 世界最高峰の頂に鎮座した深紅の龍へと朝の挨拶を放ってあげた。



「はよ――。起きてたのね」


「えぇ、先程目が覚めました」


「所でボケナスは??」



 空になった彼のベッドを見つめる。



「先程出発しました。本部に書類を提出してから発つ様で、早く起きたんだと思います」


「ふぅん。んで?? そのコップは何」



 レイドのベッドの上で物寂し気にその存在感を放つコップへと視線を移し、小首を傾げた。



「体調が優れないと考えていましたので、私なりに考察した飲み物を提供したのですよ」



 常日頃から蓄積している知識はこういう時にこそ発揮すべきなのです。


 日頃の努力が実を結んだ結果に私も少しだけ鼻が高いですね。


 皆より早起きして生姜を擦りおろし、水を煮沸させて、昨日の内に購入しておいた蜂蜜を混ぜ合わせ……。


 ふふ。


 彼が何気なく放った言葉。



『美味しい』



 あの一言で全ての苦労が報われた気がします。



「――――。そっか」



 少しだけ意味深な言葉と視線をコップへ向けて放つ。



「どうかされました??」


「ん?? ん――……。ううん、気にしないで。それより!! 朝ご飯だ!!」



 そして何を考えたのか。



「ユウ!! 起きて!! 朝ご飯行くわよ!!」



 熟睡中のユウの胸に拳を捻じ込むではありませんか。



「んむ――……??」



 胸の上の違和感に気付いたユウが面倒くさそうに目を開けるが……。



「朝一は割引してくれるお店が沢山あるのよ!? そう!! 実はお得な時間帯なのだっ!!」


「まだ寝るぅ――……」



 キッラキラに瞳を煌びやかに輝かせる龍の姿を確認すると寝返りを打って彼女の願いを拒絶してしまった。



「ちょっと!? 朝食は大事なのよ!!」


「分かった。だからもう少し……」


「お――き――ろ――!!!!」



 朝からユウも大変だな。五月蠅い雀さんに絡まれて……。


 いつもと変わらない光景を目の当たりにし、陽性な感情を抱くと騒音から逃れる様にシーツの中へと潜って行く。



 私は二度寝の時間ですからねっ。




「起きてよ!! 起きないとあんたのお尻噛むわよ!!」


「そんな事したらお前さんの首を捻じ切って、背骨を引きずり出し。部屋の壁に飾ってやるからな……」


「こっわ!! だが……。私は恐れん!! いざ!! 突入開始ぃぃいい!!」


「はっ?? あははは!! バ、馬鹿野郎!! どこに頭突っ込んでんだ!?」


「ふはははは!! 手が届かぬだろう!? 悔しかろう!? 貴様の尻の隙間に敗北の印を刻んでやるわぁぁああ!!」



 もうちょっと静かに出来ないかな??


 でも、この明るさが私達らしいと言えばらしいかな。私達に静かな雰囲気は似合わないのですから。


 二人の爽やかな笑い声と時折響く肉が激しく衝突する音をおかずにして、温かいシーツの中で幸せな二度寝を享受した。




最後まで御覧頂き有難うございました。


後半部分は現在編集作業中ですので、今暫くお待ち下さい。


そして、ブックマークをして頂き誠に有難うございました!!


第二章の最終に向け、大変嬉しい励みになりました!!!!

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