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第百三十二話 皇聖様からのありがた迷惑な贈り物 その二

お疲れ様です。


本日の投稿なります。


それでは御覧下さい。




 我が相棒を預ける為、文明社会の中では少しだけ違和感を覚える獣臭が漂う厩舎へとお邪魔させて頂いたのだが。



 幸か不幸か。



 帽子姿が大変良く似合うルピナスさんは不在であった。係の人が言うには彼女は休暇を頂き生まれ故郷へ帰省し、帰りは数日後の予定だそうな。



 久しぶりの再会に雑談でも一つ、と考えていたからちょいと残念でしたね。


 しかし、俺が薄寂しい想いを抱く反面。



『ワハハハ!! 奴は居ないのか!! 快適に過ごせそうだなっ!!』



 彼女を敵視している牝馬は大変上機嫌であり。



『おっ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ』



 何度か厩舎に通う内に顔見知りとなった強面熟練調教師さんを見つけたからさぁ大変。



『いつもの奴を頼むっ!!』


『分かっているよ、そう焦るな……』



 彼は馬の弱点を心得ているらしく?? 



『そ、そうだ!! 足の付け根を重点的に頼むっ!!』



 長い移動で蓄積された疲れを木製のブラシの素晴らしい手捌きで解し始めると、心地良い嘶き声を上げてしまったのだ。



 ルピナスさんが帰って来た時。彼女のイケナイ感情を刺激してしまう様な堕落した姿に変わり果てない事を祈ろう……。



 荷物一式を背負いつつ厩舎から大通りへと向かい、もう間も無く差し掛かる手前。



「――――。っと」



 この体も長きに亘る移動によって疲労が蓄積されているのか。ちょいとふらついてしまった。


 おかしいな。


 今日は御者席に着いて移動していたからそこまで疲労を覚えるとは思えないんだけど……。


 それに何だか顔がちょいと暑い。



 早めに帰還の報告を済ませて、宿を取り。そして!! 憎き敵を討ち滅ぼしてゆっくり休もう……。



「休息まで後少し、頑張りましょうか」



 己にそう言い聞かせ、家屋の壁を頼りに立ち上がると西大通りへ頼りない足取りで躍り出た。



「ふぅ……」



 相も変わらず、馬鹿みたいに人が多いですなぁ。


 王誕祭の時程では無いが、それでも森の中や海岸線等。自然溢れる姿との雲泥の差に目を丸くし、この中を移動しなければならないと考えると辟易してしまう。



「ちょっと聞いてよ!! うちの旦那ったらさぁ――」


「あら、そうなの??」



 亭主の愚痴を話す主婦達。



「やっべ!! 間に合わない!!」



 待ち合わせか仕事か、焦ったように額に汗を浮かべ走り去る青年。



「ふふ、美味しい」



 そして焼きたての香ばしい香りを放つパンを幸せそうに頬張る女性。



 こうやって改めてじっくり見ると……。


 平和だなぁ。


 常日頃から危険と相対する俺にとって、この光景は正にそう映った。



 貴方達の幸せな日常生活は俺達が死に物狂いで得た任務の結果によって成り立っている。この事実を理解しているのは数多蠢く人々の中で米粒程度の人数だろう。


 先の前線調査に携わった十四名の勇士達はこの平和な光景を守るために命を散らした。



 可能であればこの幸せ溢れる光景を彼等に見せてあげたいよ……。



 そして、何んとか生き永らえている俺達はこの当たり前の幸せを守る為に汗を流しているのだが。


 俺達が死に物狂いで戦っているのに貴方達は感謝の言葉も放たず。のうのうと生きているのですか??


 そう言ってやりたいと考える者も少なからず居るであろう。しかし、この仕事に就いたのは自分自身の意思で決めた道。


 そんな考えがお門違いなのさっ。



 いかんなぁ。


 最近、考え方が年寄りじみて来た気がする。



『これだから最近の若い者は』



 聞き飽きてしまった大人達の定型文が徐に、そして如実に頭の中ではっきりとした形を形成してしまう。



 こうして苦労と辛酸を舐め続け、酸いも甘いも嚙み分け。


 経験に富む大人達の仲間に歩幅は小さくとも、徐々に近付いて行くのだろう。




 自分自身の人生観についてアレコレ考えていると、いつの間にか本部の前に到着していたので勢いそのまま。



「レイドです。失礼します」



 少々情けない声質で扉を開けて足を踏み入れた。



「良く帰ってきたな」



 レフ准尉が読みかけの雑誌を机の上に置くと、此方の労を労ってくれる大変柔らかい表情を浮かべてくれる。


 犯罪紛いの報告、若しくは大切な指令書をぽぉんと机の上に放る時に見せる意地悪な顔と百八十度違う表情に少々驚いてしまった。



 恐らく、俺が無事に帰還した事が嬉しいのだろう。


 彼女にとって俺は初めて出来た部下らしいし。



「只今帰還しました」



 痛みが少々目立つ木の床へ荷物を置き、彼女の前で姿勢をキチンと整えて帰還の第一声を放った。



「どうだった??」



 此方の言葉を受けると、百の意味を込めた一言を投げかけて来る。



「危険と隣り合わせの森の中でしたからね。個人的な感想としては、良くぞ生還出来た。この一言に尽きます。」



 俺達の班とマイ達の班の情報を合わせた結果。


 不帰の森の中には平地では見られない姿の化け物共の存在が確認出来た。



 単純に強化された個体、弓を持ち人と同等の思考を持つ弓兵、飛翔する事を可能とした種、物理攻撃を受けると分裂する異種、魔法を使用出来ない人類にとっては脅威になりうるカエデとアオイ曰く下手糞な魔法使い。


 そして……。


 あの巨大なオーク。


 敵前線で得られた情報は恐らく、人類にとって大変有意義な情報となり得るだろうさ。



「そうか。御苦労だったな」


「そして、これが……。敵前線で得た情報になります」



 背嚢の中から血と汗の結晶体の束を取り出し、早く寄越せと嬉々とした表情を浮かべている准尉へと差し出した。



「どれどれぇ?? 軍部の最高機密になりかねない獲れ立てピチピチの新鮮な情報を拝読させて頂きましょうかねっ」



 俺からほぼ奪い取る形で紙の束をふんだくると、大好物をがっつく犬の様に貪り読み始めてしまう。



「ほ、ほぅ……。強化種と分裂種は先遣隊の報告にあった通りだな」



 あぁそうですかと頷きそうになってしまいましたが……。



「ちょっと待って下さい。今、何んと仰いましたか??」



 ちょいと首を傾げたくなる情報が含まれていたので、美味しそうに文字を咀嚼する横着なワンちゃんに問うてみた。



「ん――?? いや、本部へ御用聞きに赴いた時にさ。某大佐の御部屋に質の悪い雀が侵入してな。誰も居ない御部屋で雀が暴れ回ったら本部の人が御咎めになるだろ??」


「えぇ、それが真実であればそうなりますね」



 見え見えの嘘、容易に看破出来る虚言ですけども。



「だから私が悪い雀を追い払う為に御部屋にお邪魔して……」


「追い払うついでに情報が偶然!! 視界に入ってしまったと??」


「正解っ」



 人に指を差さないで下さい。


 お行儀が悪いですよ??



「常々言っていますよね?? いつか捕まりますよって」


「逃げ道は常に確保してあるから気にするな。先遣隊が得た情報、そして今回お前さんが得た情報を重ねると……。たった一人で生還を果たした奴の情報に信憑性が帯びて来るって事さ」



 ん?? 信憑性??


 どういう事だ??



「分からないって感じだな」



 えぇ、理解に及びませんね。



「自ら死地へ赴く変態野郎は早々おらん」



 御免なさい。


 その変態野郎は自分が知る限り、ずんぐりむっくり太った雀を含め。かなりの数の知り合いが居ますよ。



「お前が前線に向かわず、適当に過ごして自分の想像で作り上げた情報を寄越したのなら。先遣隊が文字通り死に物狂いで得た情報と合致しないだろ??」



「――――。そういう事ですか」



 俺が恐れをなして逃げ帰り、普通の個体しか確認出来ませんでしたと報告したら。コイツは前線に向かわなかった可能性もあると上層部の方々は考えるだろうが。


 本来、機密情報である新たな敵の情報は俺が知る由も無いので。


 俺から機密情報と見事合致する情報が報告されたのなら、確実にその地へと向かったと確定出来る訳だ。



「そう言う事」



 まぁ、慎重に事を進めたいとは理解出来るけども。



「彼等と同じく死に物狂いで得た情報を信頼してくれないとは……。少々心外ですね」



「まぁそう言うな。敵の詳細な情報程有益な物は無い。情報の共有が出来れば初見でも目ん玉をひん剥いて慌てふためく事も無く対処出来るからな。その為に確固たる信憑性を得たいのさ」



「先遣隊の情報、そして私が持ち帰った情報を照らし合わせ。信憑性を得た情報で何か作戦でも考えているのでしょうか??」



 容易く想像出来るのは、人の命を刈り取る醜い豚共を駆逐する為の大規模な反抗作戦だが……。


 アイツらを相手にするのには人員も装備も不足している筈。


 それに、その作戦の為の資金も足りないだろう。



「知らん」



 せめて考える振りでもして下さい。



「安心しろ。そんな大規模な作戦が展開されようとしるのなら、嫌でも私の耳に入って来るから」



 何故准尉の耳に入るのか??


 そんな疑問が湧いてしまうが、此処で一々問うていたら押し問答が始まり。幾ら押しても肩透かしを食らう確率が高いので問いません。



「よくもまぁ一人で帰って来られたな?? この飛ぶ奴だったり、えっと……。火の玉を放つ奴と……。お、おいおい。巨大なオークも確認出来たのか??」



「森の中で発見した巨大なオークは正体不明の部隊と戦闘中でした」



 アイツの情報だけはアオイと口裏合わせ、じゃあないけども。


 蜘蛛の里の方々の存在を仄めかす程度なら、情報提供を良しとの了承を得ましたからね。



 まぁ、その代償は高くついたけど……。



『ささ、レイド様っ!! 情報の提供は許可しますので、私の腰を揉んで下さいましっ』



 ぱぁっと明るい笑みを浮かべて横たわり、整体を所望する女性に一時間みっちりと整体を施しましたからね。



 勿論、アオイの里の場所は伏せてありますのであしからずっと。



「巨大オークと戦闘していたのは、えぇ――っと?? 刀を持った人と変わらぬ兵隊達で、人間の数倍以上の膂力と素早さを持った個体。その兵士一人の戦力を人間に換算すると凡そ十人程度の力に相当する、か。へぇ……。じゃあ、コイツと戦っていたのは森を守護する魔物達ってとこだな」



「自分もそう考えます。理解不能な言葉を口走って戦闘をしていましたので」



「深い森の中で人間の脅威と戦う魔物。まるでお伽噺の世界だな」



 現実に目の当たりにするまで、自分もそう考えてしましたからね。


 その感覚は共感出来ますよ。



「ふぅ――。後はこの情報の写し……。コホン。基!! 今直ぐに本部へと持参して献上しなきゃなぁ――」


「機密情報の複写は軍規違反ですからね!! 絶対止めて下さいよ!?」


「へいへい。ピーチクパーチク口喧しく叫ばれる前に、お前さんへ新しい任務を与えましょうかね」



 一切悪びれる様子を見せずに椅子から立ち上がると、後方の棚から随分と高価な一通の便箋を……。



「ほぉっら。次の任務だよんっ」



 敢えて俺に見せつけるかの如く。


 頭上高く放り上げて机の上に置いてしまった。



「拝見させて頂きます」



 大切な書類を放り投げないで下さいという言葉を必死に飲み込み、手触りの良い便箋の封を開けて中身を確認した。



「あはは!! 言い返してやりたいけど、上官に歯向かえないもどかしさが滲んだい――い表情じゃあないかっ」


「――――。えっ!? ちょっと待って下さい!! この手紙に書いてある内容は事実なのですか!?」



 悦に浸っている准尉の言葉を無視して手紙の内容の真意を問う。



「事実だよん。次の任務……。任務と称してもよいのか分からん内容だが、お前さんの次の目的地は行政特区レンクィストにあるイル教本部へ赴く事だ」



「確かレンクィストって……」



「普通の身分の者は足を踏み入れる事さえ許されない街。住んでいるのは一部の富裕層、貴族、政治家の家族、そして……、王族。大変高貴な方々が生活する街だな」



 レフ准尉の仰る通り行政特区レンクィストは俺達一般人の訪問は基本的に拒絶されてしまう街だ。


 あの街に住む為にはべらぼうに高い税金を納める必要がある。


 人口そして街の規模の詳細は伏せられている為、街の全貌は窺い知れないけど。城壁だけは遠目で見た事がある。


 そこから得た感想が……。王都の縮小版って所か。



 高貴な方々は庶民と違ってその財産を狙われて命を落とす事を懸念せなばならない。


 つまり彼等は高額の税金とレンクィストに住む権利の金を支払い、安全を買っているのだ。


 狙われる程の財産を有している層にはありがたい街なのだろう。



「レンクィストに赴けと仰りますけども。一般庶民である私はその街に入れませんよ??」


「その便箋の中にシエル皇聖様の印章が捺印されている許可証が同封されているだろ?? それを門番に見せて入るんだよ」



 ――――。


 あ、これか。



 召集の知らせの紙に重なっていたから気付かなかったよ。



「上からの指示では帰還後の翌日の正午に向こうに到着しろと伺っているからぁ。この報告書を出発までに仕上げて私に渡せ」



 レフ准尉が机の上に置いたのは……。


 俺の想像を良い方向で裏切ってくれる量の紙の束であった。



「上層部が喉から手が出る程欲しい情報はコッチ。お前さんの経費等、二の次だから少ないんだよ」



 俺の表情の真意を察した准尉が右手に持つ大切な情報をヒラヒラと動かしながら話す。



「シエルちゃんとイチャイチャし終わったら、特別休暇を与えるだってさ」


「特別休暇ですか??」



 前半部分を一切合切無視して問う。



「どうやらシエルちゃんはお前さんの任務達成に大層御喜びでな?? その功績を讃えて、訪問の翌日から十四日間の休暇を与える様。上の連中に釘を差したんだって」



「じゅ、十四日!?」



 いやいや!! 長過ぎですよ!!


 余りにも長すぎる休暇に耳を疑ってしまった。



「貰える物は貰っておけ。本来なら目ん玉が裏返る位の褒賞金が出ても構わない功績なんだぞ??」


「はぁ……。それなら有難く頂戴します」



 長い休暇は良いのだけれども、何をしたらいいのか分からんな。


 無人島へ赴く様な長旅は、あの馬鹿げた経験をしたお陰で億劫になっちゃうし……。カエデ達に相談して決めよう。



「レンクィストまでは、そうだな。馬で移動して三時間といった所か。午前中に出発すれば午後一番に間に合うだろう」



「そうですね。準備を整えてから出発します。あ!! 服装はこの制服でも構いませんか??」



 自分の上着に手をあてがいつつ話す。


 というか高価な背広なんて持ち合わせていないのだが……。



「軍の命令で動くんだ。軍服で構わないだろう。一応、上着だけは着て行け」


「了解しました」



 ほっと胸を撫で下ろすのだが、あの街は高価な服で溢れ返っている筈。


 浮いた存在になるのは目に見えている事を悟ってしまうと、途端に肩が重くなってしまった。




「報告書は出発前、午前九時頃で宜しいでしょうか??」


「ん――。それで構わんよ」



 フンフンっと。


 大変荒い鼻息を荒げながら情報の続きを読んでいる准尉がさも面倒くさそうに頷く。



「私は今から忙しくなるんだ。さっさと宿でも取って報告書を仕上げろ」



 足元に群がる愛犬をあしらう様に手をパッパッと振り払い、さっさと退出しろと此方を促してしまった。


 もう少し礼儀正しく見送って頂けませんかね??



「それでは!! 失礼しますねっ!!!!」


「うるさっ」



 背嚢を背負い終え、少しでも集中力を乱してやろうと画策した大声を放ち本部を後にした。



 想像以下の量の報告書の存在によって熱っぽい体が心なしか軽やかになった気がする。


 だけど……。


 やっぱりまだちょっと重たい、よな??



 本部から離れ、人通りの少ない道でちょこんとしゃがんで疲労を誤魔化していると。この姿が癪に障ったのか。



「これだから最近の若い者は……」



 通りすがりのお爺さんの一言が痛烈に胸へ刺さった。



 はっ!!


 進路妨害をしてしまい、申し訳ありませんでした!!!!



 心の中で謝罪を叫び素早く立ち上がると、宿の予約の為に南西区画へと向かって速歩で向かい始めた。




最後まで御覧頂き誠に有難うございました。


最近、本当に夜が冷えますので体調管理には気を付けて下さいね。


それでは皆様、お休みなさいませ。

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