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第百三十二話 皇聖様からのありがた迷惑な贈り物 その一

お疲れ様です。


休日の昼間にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 大海原から押し寄せる潮風、天高く広がる空から轟々と降り注ぐ雨、そして過ぎ去りし時の経年劣化。


 人里離れた僻地に並び立つ廃墟群は自然の力によって打ちのめされ、多くの家屋はその原型を保てずに大地の上へと骸を築き上げていた。



 知的生命体からその存在を忘れ去られた街の中に一陣の風が吹き抜けて行くと、乱雑に生え伸びた雑草の大地の上に廃墟群を飲み込んでしまう程の巨大な光輝く魔法陣が出現した。


 頭上に光り輝く太陽の光量さえも凌ぐ強烈な発光が収まると、光の中から百を超える人々が姿を現した。




「――――。これだけの人数をたった一度の空間転移で移動させるとは、流石で御座いますね。ミルフレア様」



 潮風を受けて嫋やかに波打つ紫色の長髪の女性へと向かい、一人の女性が尊敬の念を籠めて話す。



「これくらい出来て当然よ」



 紫色の髪の女性が懐かしむ様に周囲へと視線を送る。


 その瞳の色は柔らかく、郷愁の色が深く滲んでいた。



「我々がこの地へ帰還するのは約百年振り。故郷へ戻るのは決して咎められるべき事態ではありませんが……。狐の一族、そして淫魔。我々の行為を看過しますでしょうか??」


「ライネ……」



 彼女が気に障る単語が含まれていたのか。


 ミルフレアと呼称される人物が明るい橙の髪の女性を、まるで蛇の様な冷酷な瞳で睨んだ。



「出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」



 ライネが己の失態を詫びつ為、頭を下げると。ミルフレアの冷酷な表情が消失。


 代わりにまるで己の家族を眺める様な温かい瞳で彼女の謝意を受け止めた。



「気にしていないわよ。――――。私達の家は向こうの大陸じゃなくて、此処なの。アイツ等がちょっかいを出して来ても私が撃退するわ」


「はっ」


「じゃ、私は自分の家を補修するから。貴女達は自分が住む家を決めて補修しなさい」


「ミルフレア様の御屋敷は我々が……」



 ライネが彼女の後を追おうとするが。



「自分の家位、自分で面倒見なきゃね。その分貴女達の疲労が減るじゃない」



 上に立つ者として相応しい柔らかき笑みを浮かべて部下の労を労った。



「それじゃ、宜しく」



 ミルフレアが廃墟の中で一番大きな建物へと向かって行くと、周囲の若き女性達が喜々とした声を上げた。



「流石ミルフレア様ねぇ……」


「強くて、賢くて、本当に頼り甲斐があるわ」


「さ、お前達。この廃墟を生活感溢れる街へ戻すぞ」



「「「はぁぁ――いっ!!」」」



 うら若き女性達の掛け声と共に、青天の下で静かに時を止めていた生まれ故郷の復興作業が開始された。




 その様子を街の外れ。


 地平線の先まで及ぶ鋭い視力を持った鷹でさえも確知出来ない距離で監視していた一人の女性が静かに立ち上がった。




「――――。ったく……。何勝手に帰って来てんのよ」



 桜色の髪を搔き上げ、静かに言葉を漏らす。



「面倒な奴が戻って来たわねえ……。私が今から文句を言いに行ってもいいけど。絶対喧嘩になるし」



 華奢な姿には似合わない、腕を組んだ男らしい姿でその地で暫くの間思考を繰り広げ。



「あ、そうだっ!! 私の旦那に頼めば良いじゃんっ!!」



 要領を得たのか。


 女神も羨む美しい姿には似合わない所作で一つポンと柏手を打つ。



「っと、その前にあのクソ狐と相談しとくか。無視すると絶対面倒な事になるしっ」



 彼女が集中力を高めると嫋やかな体から濃い魔力の波動が溢れ。


 必要最小限の範囲に留めた魔法陣が彼女の足元へ出現し、強烈な発光が迸ると同時に彼女は平坦な平原からその姿を消したのだった。
























 ◇




 蒸し暑く湿った空気にお別れを告げ、長きに亘る移動の末に懐かしき第二の故郷が整然と整理された街道の先に見えて来ると……。肩の力がふっと抜け落ちたのを自分でも容易に理解出来てしまった。



 滞りなく任務を終えた事に自ずと心が安らいだのだろう。



 しかし、正確に言えばまだ任務は終えていない。


 不帰の森から帰還する道中立ち寄った街で伝令鳥を飛ばし、簡易的な任務の報告はしたが任務の結果の詳細は情報漏洩を危惧する為に記していなかった。


 つまり!!


 捉え方によっては巨大オークより、そして怒り心頭状態の我が師匠よりも恐ろしい報告書という最大最強の敵が待ち構えているのだ……。



 どうしよう。


 そう考えると帰還するのが億劫になって来たぞ……。



『うふふ……。もう直ぐ、もう直ぐよ?? だから落ち着きなさい?? 私のきゃわいいお腹ちゃん』



 本日もウマ子が御自慢の体力を発揮して牽引する荷馬車の後方。


 もう既にあの常軌を逸した人口密度の屋台群の存在を心待ちにしているのか。


 マイが不気味な笑みを浮かべて巨大な城壁の下にある門を眺めている。



 心待ち、では無くて。腹待ちと言った方がしっくりくるのは俺だけでしょうかね??



「頼むから慎ましい量を食べてくれよ??」



 こうでも言わなきゃな無尽蔵に食料を食っちまうからな。



『それは私にとって慎ましい量?? それとも、あんたにとって慎ましい量??』



 薄い唇に良く似合う角度でキュっと口角を上げて話す。



 それは当然。



「俺にとって慎ましい量だよ。毎度毎度渡した現金を全部使って……。ユウとルーから聞いたぞ?? 幾らかお金を借りているんだってな」



『ちゃんと返しているから問題無しっ!!!!』



 友人にお金を借りる事自体が問題だと思うんだよねぇ。


 皆に渡している額は、屋台群の安い金額の食料では到底消費出来ない額の現金を渡しているってのに……。



『レイドの言う通りだよっ。お前さんは少し浪費を控えろ』



 大きな荷物を背負うユウがマイの頭をポンっと叩く。



『そうだよ、マイちゃん。今回は絶対お金貸さないからね??』



『はぁ!? 何でもう私がお金を全額飯に使って、しかも!! 借金を催促する体で話を進めているのよ!!』



 ユウの手を邪険に払い、続け様に目の前を歩くルーの後頭部をパカンと叩く。



『いった!! ちょっとマイちゃん!! 馬鹿になったらどうしてくれるの!?』


『ぎゃはは!! 安心しろ!! てめぇはそれ以上馬鹿にならねぇからさ!!』


『お馬鹿さんのマイちゃんだけには言われたくないな』


『こ、このっ……。体だけ大人になって、頭はチンチクリンの狼めがっ!!』



 朱の髪の女性が灰色の髪の女性に襲い掛かる。


 傍から見れば大変和やかな光景に映るのか。



「「「…………」」」



 王都から出て来る人々、若しくは俺達を追い抜かしていく市井の方々は大変朗らかな笑みで彼女達のじゃれ合いを眺めていた。



『はぁ……。朝も早くから夜鷹が無き止む深夜まで。良くもまぁ無意味に騒げますわねぇ』


『ルー、喧しいぞ』



 対し、此方の事情を知っている方々は険しい瞳で朱と灰色の乱痴気騒ぎを睨みつけ。



『後数秒以内で静かにしないと……。貴女達二人のお腹に大変立派な空洞が出来ますよ??』



 我等が分隊長殿は誰よりも低く、恐ろしい声色で二人を御してしまった。



『は――い!! 大人しくしていま――す!!』


『ちっ。暴れ足りない分は御飯を食べて誤魔化すか』



 はぁ……。


 やっぱり凄いよな、カエデって。



 空一面に広がる青よりも濃い藍色の髪の女性の覇気ある声と圧に思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう。



 俺が彼女の様に声を掛けるものなら……。



『あぁ!? 首捻じ切って馬の餌にすんぞ!?』



 不必要な暴力を受け、地面に惨たらしく叩き付けられ、超追撃の効果によって脇腹がエライ目に遭ってしまう姿が容易に想像出来てしまう自分が情けないよ。



『どうかしたの??』



 御者席の隣を軽快に歩くカエデが此方を見上げる。



「え?? あぁ――……。ちょっと疲れたなって」



 これは間違いなく本心で御座います。



 王都を出発したのは八ノ月の終わりで、本日は十ノ月の三日。


 凡そ一月にも亘る間。



『んぉっ!! ユウ!! 今の見た!? 野菜がこんもりと積載された荷台!!』


『初秋らしく美味そうな色合いだったよなぁ』


『ぬ、ぬふふぅ。こりゃあきっと屋台群も大盛況且!! 美味い飯に溢れている筈よ!!』



 口喧しい御方の声を四六時中聞き続けて来たので休まる暇が無かったのですよ。



 暇を見つけては誰かさんにちょっかいを出し、小腹を空かせては飯を請い、挙句の果てには頼んでもいないのに立ち寄った街で不要な食料を買う始末。



 彼女の御両親は一体全体あの横着者にどんな教育を施したのか、一度面と面を向き合わせて問うてみたいですよ。




『これから本部へ向かうのですよね??』


「ウマ子を厩舎に預けてね」


『その後は……。あぁ、アレですか』



 そう、アレですよ――っと。



 カエデ達は傷付いた羽根を休ませる事は出来ますが、こちとら。その最中にも仕事に追われる嵌めになるのです。



「そういう事。皆、俺は本部へ戻って帰還の報告をしてくるよ。その間自由に行動してくれ。宿の予約、並びにこれからの予定が決まったら念話を送るからね」



『分かり切った事を一々言わんでも良い!! さぁ……。皆の者!! 我に続けぇぇええ!! 敵は街の中枢に巣を張っているぞっ!!』



 大馬鹿者が満面の笑みを浮かべ、人の往来が増えつつある街道の先へと駆けて行ってしまった。



『マイちゃん待ってよ!!』


『わりっ、レイド!! 先に行ってるよ!!』



「行ってらっしゃい。アイツのお目付け役お願いね??」



 二人の後を追い始めたユウへそう話すと。



『へへっ、任せなって』



 快活な笑みをニッと浮かべ、片目をパチンと閉じて先を急いで行った。



『ユウが居るのなら大丈夫でしょう。さて、我々は図書館へ向かいますよっ』



 ふんすっ!! っと。


 蟻の行列程度なら払い除ける事を可能にした鼻息を荒げ、カエデが珍しく速足で街道を進んで行く。



『五月蠅いのは叶わんからな。相伴しよう』


『レイド様っ。暫くの間、御留守にしますが……。浮気は駄目で御座いますわよ??』



 そんな暇はありませんし、何より。


 草臥れ果てて今にも死にそうな男に声を掛ける酔狂な者も居ませんよ。



「了解。楽しんで来てね」


「はいっ!! それでは、失礼しますわ」



 白く長き髪をフルっと左右へ揺れ動かし、藍色と灰色の髪の女性を追って行った。


 アオイが振り返る所作に見惚れた数名の男性が街道上でその歩みを止めるが……。




「ちょっと!! 早く行くわよ!!」


「あ、あぁ。御免……」



「今の人、滅茶苦茶綺麗だった……。わぁ!! 待てって!!」




 付き添い、若しくは乗っていた馬に半ば強制的に移動されてしまった。



『ふぅ……。漸く静かになったな??』



 ウマ子が小さく嘶き声を上げると此方に目配せをする。



「そう言うなって。偶に訪れる休みだ、好きに行動して貰うのが一番だよ」


『まぁ、そうだな……』


「ウマ子もゆっくりしろよ?? だが、まぁ――……。こわぁい調教師さんが休ませてくれないかも知れないけどね」



 前回の指導は提供される餌をウマ子が大っ嫌いな人参のみにしたのだが、果たして今度はどんな策を講じるのか。


 大いに興味が湧きますよね。



 悪戯っぽくそう話し、手綱をちょいと強く打ってやると。



『厩舎を変えろ!! 私はあの厩舎は好かん!!!!』



 手綱の動き、若しくはルピナスさんの熱き指導が気に入らないのか。


 面長の頭をグワングワンと上下に激しく揺さぶってしまった。



「お、おい!! 落ち着けって!!」



 人の往来が多くなりつつある街道上で横着に頭を揺れ動かす馬を必死に宥め、他所から突き刺さる他人の視線に対し。


 喧しくして大変申し訳ありませんという謝意を籠めて頭を下げ、人と文明で溢れ返る王都へ帰還を果たした。





最後まで御覧頂き有難う御座いました。


そして、ブックマークをして頂き誠に有難うございます!!


この御話から第二章、最終話が始まる為。嬉しい励みになりました!!


現在、後半部分の執筆並びに編集作業中ですので投稿まで今暫くお待ち下さいませ。



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