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第百三十話 母娘、そして義姉。我が腹上で相討つ その一

お疲れ様です。


本日の投稿なります。


それでは、どうぞ。




 満足の更に上を行く食事で腹を満たし、風呂に浸かって蓄積された疲労と汚れを流し落とし。超贅沢な夜のひと時を用意された部屋で堪能する。


 此れこそ、この体が待ち望んだ時間であると静寂な部屋の中で人知れず頷き。深夜の時間帯に差し掛かった今、堕落した姿勢へと変化しそうになってしまいますが。


 大変真面目な性格が顔を覗かせ、必要最低限の仕事を終える迄は眠らせないぞ?? と。お叱りの言葉を受け賜わり。



「よいしょっと……」



 帰還後に提出すべき報告書の草案を纏める為、ベッドの上で血と汗を注いで制作した地図と敵の資料を眺め始めた。



 あの地で命を落とした兵士達が得た情報、そして俺達が今回得た情報を重ね合わせてみると……。



「確実に西へと後退しているよな??」



 この理由は蜘蛛の一族の脅威を感じ取った物として決めつけるのは早計、だろうか。


 フォレインさんは何か他の案を懸念していたし。ちょいとその考えを御尋ねしたいけども、部屋にお邪魔する訳にもいかんし。



「ふわぁぁ……。ねっむ」



 久しぶりに胃袋が満腹になるまで美味しい御飯を食べればそりゃ眠くもなるさ。



「あの給仕の人には気の毒な事をしたな」



 何度もお代わりを所望する大馬鹿野郎に対し、彼女なりの作戦が此度発動された。



『んひゃぁぁああ!! お肉ちゃんだぁぁああ!! 肉といったら、米っ!! 米はどこ……』


『お待たせ……。しました!! 本日、皆様が召し上がって頂く御米は此方になりますっ』



 焼きたての鹿肉に目尻を下げる我々に対し、彼女は御櫃擬きを机の上にドンッ!! っと置いて勝ち誇った笑みを浮かべたのだ。



 そう、あれは御櫃ではなくて。ドデカイ木製のタライであった。



 直径約一メートル程度だっただろうか??


 既視感を覚えてしまう大きさのタライに、これまた既視感を覚えてしまう量の白米を盛って参上したのだ。



『……』



 一同が唖然とした表情を浮かべ、その表情を受け取った給仕役の彼女は。



『――――。ふっ』 と。



 誰にも分からない様に勝ち誇った鼻息を放ってしまった。


 しかし……。


 その直後、彼女は腹ペコ龍の真の恐ろしさを知る事となる。




『わっわっわっ!!!! エ゛ッ!? こ、こ、これ全部食べていいの!?』


『――――。はぁ??』



 給仕役の彼女のあの時の呆れた声。


 思い出すだけで笑いが込み上げてきますよ。


 客人に対する声ではないし、それに加え。こいつは何を言っているんだという感じだったものね。



『で、では!! 頂きまぁぁっすぅ!!』



 田舎の御婆ちゃんが久し振りに帰省した孫に盛る量の御米を丼へと美しい角度で盛り付け。



『んっし!! 準備完了っ!!』



 左手に丼。右手に箸。



 戦闘態勢を整えると、給仕役の彼女の顔がサッと青ざめてしまった。



『ヴァッフォ!! ングゥブウ!!!! ヴァラヴァッタ!!!!』


『マイちゃん。落ち着いて食べよ?? まだ沢山お代わりあるんだから……』



 隣で慎ましい速度で食事を続けるルーが呆れた声を放ち、彼女を御すが。それはほぼ無意味。


 激しい箸の動きと、見ていて顎間接が痛くなる速さで咀嚼が続けられ。驚愕の速さで白い山が削れて行くのだ。



『ヴィヤヨ!! あれ、全部だべるんだがらぁ!!』


『こっち向いて話さないで!! 噛みかけの御米が飛んじゃう!!』



 アイツの食欲だけではなく、俺達も飢餓状態に陥っていた事もあってか。



『ウップ。ウ゛ゥ――。んまいっ!!!! 給仕の姉ちゃん!! おがわりっ!!』



 見事山を削り終えたマイが満面の笑みで空っぽになってしまったタライを彼女へと差し出してしまったのでした。



『――――っ!!!! か、畏まりましたっ!! では、これより少々少な目にして御持ち致しますねっ!!』



 柔らかい丸みを帯びた御目目の端っこに涙を浮かべて部屋を去る給仕の女性を見送ると。



『は――。やっべ。まだまだ食えそうだ』



 俺達は既に腹がはち切れんばかりに膨れているというのに、アイツは腹半分と言わんばかりに満面の笑みを浮かべて腹を一つポンっと叩いたのだった。



「ったく……。あれだけで満足しろってんだよ」



 ベッドの上に足を投げ出し、ちょいとお行儀の悪い姿勢で資料を見下ろしながらそう呟く。



 まぁ、でも。


 師匠の所にお邪魔した時はアイツの腹が俺達の主戦力になるのだ。


 モアさんとメアさんが提供する量は尋常じゃないからなぁ……。強くなる為とはいえ、もう少し考えて提供して欲しいものさ。



 一枚の資料をベッドの脇に優しく置き、次に現れた資料を何とも無しに見下ろしていると。











「――――。レイド様、少々宜しいでしょうか??」


「ヴァッ!?」



 頭上から突如としてシオンさんの優しい声色が降りて来たので思わず心臓が失神しかけてしまった。



「シ、シオンさん!?」


「ふふ、驚かして申し訳ありません。失礼しますね」



 八つの足を器用に動かし、天井から壁伝いに降りて来る。


 そして、ベッドの上に満点の着地を決めると。



「アオイ様との一件。此度はお力添えを頂き、真に有難う御座いました」



 静々と二本の前足を器用に折り畳み、蜘蛛流のお礼?? を親切丁寧に贈って頂けた。



「い、いえいえ!! 自分は只、きっかけを与えただけであって。頭を上げて下さい!!」



 お偉いさんがたかが一兵士に頭を下げるなんて。



「左様で御座いますか」



 俺の慌てふためく様を複眼で捉えると、超カッコイイ姿勢へと戻って頂けた。



 わ、わぁ……。すげぇ。


 シオンさんの蜘蛛の姿って。子供の頃、常に憧れていたアノカッコいい蜘蛛じゃないか……。



「レイド様には何んとお礼を申したら良いのか、考えに考え。直接礼を述べる事が最善との答えに至り。こうして深夜の時間帯にお邪魔させて頂いた次第であります」


「え、えぇ……。そうですか」



 全体的にやや扁平で、グワッ!! と八つの足を大きく広げてベッドの上に佇んでいる。


 体色は薄めの茶褐色で多少の美しいまだら模様がその色どりを装飾し、八つの黒色の複眼が観察している者の好奇心を多大に惹き付けてしまう。



「アオイ様と邂逅を遂げ、私の心は今。青天をも越える美しく澄み渡った空が浮かんでいるのです」


「はぁ……。そう、なのですか」



 頭胸部の前縁、そして眼の列の前には……。うふふ。褐色にはちょいと目立つ白い帯が入っていますね。


 全体を覆う細毛、何時何処から獲物が現れても即座に対応出来る様に前脚は前向きに。そして後ろ脚はやや後方に向いている。



 へ、へぇ。


 初めてじっくり見つめるけど……。この蜘蛛ってこんな形で、そしてこんな配色だったんだ。


 滅茶苦茶カッコいい!!!!



 子供頃、掴まようとしたらオルテ先生にぶん殴られて止められ。


 隙を見つけては探していたけども、物凄い速さで逃げて行くから結局捕まえられなかったんだよねぇ。


 夢にまで出て来た最強最速の褐色の蜘蛛が今正に手の届く所に居る……。


 分別の付く大人に成長しましたが。


 た、多少なら良いよね!? そう!! 多少だから!!




「実は、先程までアオイ様と話しに華を咲かせていまして。私もついつい首を傾げたくなる話が出て来て……」


「あ、あの!! シオンさん!!」



 駄目だ!! もう我慢出来ない!!



「はい?? 如何為されましたか??」


「じ、実は!! 自分は幼い頃、シオンさんと同じ形の蜘蛛に強烈な憧れを抱いておりまして。そ、その……。是非とも!! 直接触れさせて頂いても宜しいでしょうか!!」



 断られる前提で己の思いを叫ぶと。



「まぁ、そうなのですか?? ふふ、私の体で宜しければどうぞ御覧下さい」



 あっけなく了承を頂けてしまった。



「で、では失礼しますね!!」



 八つの足を傷付けぬ様。


 大切な宝物を掬い上げる形でシオンさんの体を両手に乗せ、我が眼の前へと召喚した。



 うぉぉおお!!


 凄い!! この足って、意外と硬いんだな!!



 さり気なく前の足を指先でコリっと撫でると、ふわふわの毛に覆われた触肢の硬さを指先に感じてしまう。


 そして、ちょいとぷっくり膨れたお腹に指を添えると。



「――――。んっ」



 何やら甘い声が漏れてしまったが……。今はそれ何処では無いので、この機会を逃してなるものかと。


 シオンさんの了承得ずに、じっくりと。そしてねっとりとした観察を開始した。



 一歩目から全力疾走出来るのは、この逞しい八つの足の御業なのか……。


 前後左右、一本一本の足へ。人差指と親指を器用に動かして憧れていた蜘蛛の力を掴み取って行く。



「あっ……。ふぅっ……」



 おぉ……。


 硬い甲殻に包まれた中にある力強い鼓動を確かに感じるぞ……。



 この体に狙われた部屋の四隅をせせこましく移動する黒光りした昆虫も可哀想だ。決して逃れられる術は無いのだから。



 お次はぁ……。


 うふふ、やっぱり牙だよな!!



「ふぇっ!?」



 急に俺の顔が眼前に現れて驚いたのか。


 いつものシオンさんらしからぬ声が漏れてしまう。



「ちょっと失礼しますね」


「ふぁっ!? ふぅにどうふぃたのですか!?」



 んっんん――!!


 硬いっ!!!! 素晴らしく硬いぞ!!



 ははぁん??


 この牙で獲物の甲殻を穿ち、体内に毒を注入。そしてドロドロに溶けた肉の液体をちゅうちゅう吸い取っていた訳か。


 攻撃力、移動速度。


 まるで隙が無いじゃないか。これは蜘蛛界の中でも完成された姿ではないだろうか??


 この完成された形を言い表すのなら……。


 そう、完全無欠の狩人だ。



 室内に存在する餌という餌を貪り食い、民家に餌が消失したのなら次なる獲物を求めて旅立つ。


 うら若き女性はこの蜘蛛の姿を見ると口を揃えて絶叫を放つのだが、全く。失礼にも程がある。


 害虫を退治してくれる益虫なんだぞ??


 そりゃあ、ちょいと見てくれは恐ろしいですが。俺達の姿を見付けると驚いて逃げちゃう実は小心者なのさっ。



 物凄くイカツイ顔を浮かべていながらその実。


 乙女の心を持つ。


 格好良さと可愛さを持つ愛しき姿に惚れ惚れしてしまいますよっと。



「はぁ……。驚きました。人生で初めてですよ?? 殿方に牙を直接触れられるなんて」


「そう、ですか。よいしょっと」


「きゃああ!?」



 どうせなら。


 そう思い、シオンさんの体を裏っ返してみた。



 おっわぁ……。


 裏側はこうなっていたのか!!



 複雑に各部位が結合し合い、凹凸面が見事なまでに男心を擽るではありませんかっ!!



 では、失礼して……。



「ひゃっん!? レ、レイド様っ!? そ、そこはぁ!!」



 おぉ……。


 硬さの中にも柔らかさが存在する裏側だ。


 指先で押すとフニっとした感触が此方の皮膚を楽しませ。



「ひっ!? んんっ!!」



 裏側にも生え揃った細毛をちょいちょいと指先で弾けば、心地良い感触が指先に伝わる。



「あぁっ……。ふっ、ん……」



 いやぁ……。


 真、素晴らしきかな



 憧れの蜘蛛さんをこれでもかと堪能してしまったぞ。



「シオンさん。有難う御座いました」



 表に返し、彼女の複眼を見つめるが……。



「はぁっ……。はぁっ……」



 どういう訳か。


 シオンさんは八つの足を細かく震わせ、へにゃぁっと我が手の上で崩れ落ちてしまった。



「シオンさん?? どうされ……。おっわぁ!?!?」



 左肩に何かがボトっと落ちて来た感覚に思わず驚愕の声が漏れてしまう。



「び、びっくりしたな!! アオイ!! 急に降って来たら駄目じゃないですか!!」



 黒き甲殻を備えた逞しい体付き。


 どんな獲物の装甲も貫いてしまうであろう、鋭い漆黒の牙。


 シオンさんの蜘蛛の形もカッコ良いけど、アオイの蜘蛛の形もカッコ良いんだよね。



 俺がじぃっと見つめていても、何故かアオイは複眼で俺を見上げるばかりであった。



「アオイ?? 聞いてる??」


「――――。うふふ。シオンを手籠めにする雄の指先……。是非、私も堪能してみたいものですわね」


「ブフッ!?!? フォ、フォレインさん!? し、失礼しました!!」



 シオンさんの体をキチンとベッドの上に置き。


 そして、これまたキチンと自身の足を折り畳んで己の粗相に対し。ベッド上でこれでもかと頭を下げた。



「お気になさらず。どうでしたか?? シオン。彼の指使いは??」



 黒き蜘蛛が今も痙攣を続けている茶褐色の蜘蛛の体をちょいちょいと前足で突く。



「ハァ……。ハァ……。つ、伝えてもいないのに。私の弱点を的確に攻めるあの指捌き……」



 あ、いや。


 そういう意味で触れていた訳では無いのですけども……。



「あ、危なかったです。もう少しで理性が吹き飛ぶ所でしたからっ」


「まぁっ!! それはそれは……」



「と、所で!! こんな深夜に何か御用ですか?? 御用があれば此方から御伺い致しましたのに」



 何かイケナイ雰囲気に向かいそうになってしまいましたので、慌てて面を上げてフォレインさんの真意と問うた。



「今日は一人の母として此方へ参りました。先程の一件、真に有難う御座いました」



 蜘蛛流のお辞儀をするので、此方もフォレインさんに倣って再び頭を下げた。




「先程、と仰いましたけど。聞こえていたのですか??」



 多分、シオンさんとアオイとの一件だと思うんだけどね。



「シオンから伺いました。以前からアオイとシオン、両者の仲をそして……。娘の身を案じていました」



 実の娘と、重臣の両者。


 どちらもフォレインさんにとってかけがえのない大切な人物だろう。



「私は娘を厳しく育て過ぎたかもしれません。レイドさんも存じていると思いますが私はアオイの心の内を知る事が出来ませんでした。その所為であの事件を起こしてしまって……。母親失格ですね」



 壁の方へと体の正面を向け、剥き出しの岩肌を複眼でじっと見つめてそう仰る。



「アオイ……。アオイさんから伺いましたが大魔の力、それを解放するのは危険な事ですか??」


「巨大な力は身を焦がし、心を焼き尽くします。私とあの子に宿る力……。制御するのには長い鍛錬と心、即ち精神の修行が必要です」



 未だアオイには分不相応という事か。



「例えば……。マイやユウにもこの力は宿っている。そう解釈しても構いませんよね??」


「えぇ、その通りです。あの子達全員にその力は宿っています。そして中には朧げにその力の在処を理解し、使用を可能にしている者もいます。ですが使う機会は余程の事が無い限り見られないでしょう」



 あの馬鹿げた力をそう易々と解放されても困るしね。



「アオイが力を解放した時、私が一番驚いたのは意識を保っていた事です。未熟な者なら冷静さを失い狂い、タガが外れ周囲を破壊し暴虐の限りを尽くします。」



 リューヴと戦った時は恐らくその段階だろう。狂暴な野獣の様に襲い掛かっていたし……。



「しかし、娘は冷静に戦いシオン相手に勝利を収めた……」


「制御出来ているのは良い事では??」


「制御していてもいずれは大き過ぎる力に飲み込まれ体を、血に乗っ取られてしまいます」



 あ……。


 血に乗っ取られる、その言葉を伺った刹那。アオイの言葉を思い出した。



『第三者の視点』



 恐らく、制御する事には成功したがその先にある力に酔いしれたのかもしれない。


 それとも……。彼女達の中には別の人格でも潜んでいるのだろうか??


 その別の人格がアオイの体を利用して、彼女の意識は違う視点から己の悲しき所業を眺めていた。


 そう捉えると辻褄が合うよな。 



「自我は消え失せ破壊の権化と化す。当時のアオイは氷の様な冷たい心の持ち主でした。恐らく、どうなってもいい。そう考えて力を解放したのでしょう。あの子を見た時、私は……」



 言葉を切ると、大きく頭を項垂れた。



「酷く後悔しました。何て冷たい目なんだと、我が子ながら戦慄を覚えました。そして正気を戻す為に武器を……」



「断腸の思い……ですね」



「刀が当たる刹那、我が身を裂いているような感覚に陥りました。この悲劇を繰り返してはいけない。そう何度も、何度も自分に言い聞かせてきました」



 我が子を手にかける。幾ら体が無事だとは言え、その想いは如何程のもであろうか。


 己の身を痛めるより、辛かったであろう。



「そして、それから暫くすると……。レイドさん達が現れました。初めはあの子も興味本位で近付いたのでしょう。しかし、久方ぶりに帰って来たあの子の顔を見て私は息を飲みました」 



 こちらを正面で、複眼でしかと捉える。



「氷のように冷たかった心は全て溶けて乾いた大地を潤し、新緑の息吹が吹いたような澄み渡った心。私には見せた事の無い太陽のような……、素敵な笑顔。レイドさん、あなたには感謝してもしきれません。娘に、再び笑顔を与えてくれて感謝します。母親として、お礼を言わせてください」



 ま、また急に頭を下げないで下さいよ!!



「そんな、大袈裟ですよ。アオイには皆が頼っています。視野の広さは誰よりも広く。戦闘においては機転を利かせ、誰かが怪我をすれば知識を生かして治療に励む。これは全てフォレインさん、そしてシオンさんの指導の賜物ですよ?? 感謝するのは此方の方です」



 再び頭を垂れ、紛れも無い素直な気持ちを述べた。



「まぁ……。あの子が??」


「強くて、賢くて。本当に良く出来た人です。ですから指導の事は気に病む必要は無いかと思いますよ。彼女も彼女なりに楽しんで自分の任務に帯同してくれていますから」



 只、マイとの喧嘩は頂けないけどね。


 これは黙っておこう。



「本当に有難う御座います。至らぬ所もあるとは思いますが娘を今後とも宜しくお願い致します」


「あ、いえ。こちらこそ……」



 真摯な言葉に対し、姿勢を整えこの場に相応しいであろう所作でお辞儀を返した。


 蜘蛛さん相手に頭を下げる一人の男性、ね。


 何か妙な雰囲気だな。




「フフフ……。レイドさんがお優しい方で良かったですわ」


「優しいとは実感出来ませんね。皆には無駄遣いはするな等口喧しく言っていますから」


「そう……。なのですか?? うふふ、厳しく言うのも優しさの裏返し。ですよね??」



 黒き蜘蛛の前足を此方の左の太腿にちょこんと引っ掛け。



「シオン。貴女は反対側を」


「畏まりました」



 フォレインさんの言葉を受けると、超カッコイイ蜘蛛が右足の太腿の上に素早く移動。



「「…………」」



 左右の太腿の上に出現した蜘蛛の複眼が俺の体を確と捉えた。



 な、何でしょうかね??


 この奇妙な雰囲気は……。



「その温かい心に……。娘の氷も溶かされたのでしょう……。私は分かっています……」


「左様で御座います。レイド様は真に温かき心の持ち主ですから……」



 何んと言いますか。御二人の言葉の端に男の脳を蕩けさす甘い色が混ざっているような気がする。


 まさか……、ね。



 太腿から腰へ、敢えて見せつけるかの様な速度でせり上がって来る二体の蜘蛛の姿を固唾を飲んで見下ろしていた。






最後まで御覧頂き誠に有難う御座いました。


作中に出て来た褐色の蜘蛛は、大方の人は理解しているとは思いますが。アシダカグモです。


そう、あの鬼軍曹です。


私もあの戦闘に特化した形態は物凄く気に入っています。絶対に獲物は見逃さないと、断固たる構えをとって壁に貼りつく様は正に天晴の一言に尽きますよね。


それでは皆様。おやすみなさいませ。

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