第百二十四話 束の間の平穏
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それでは、御覧下さい。
「ユウちゃ――ん。お腹空いた――」
木々の合間から降り注ぐ陽光が灰色の毛並を照らすと一本一本の毛が美しい輝きを帯びる。
誇り高く美しい獣。
その見た目とは裏腹に陽気な性格が四つの足を器用に動かしながらあたしに向かって情けない声色を放つ。
「私も腹ペコなのよ!! 飯!! 飯を寄越せ!!」
そして、突如として生まれた好機に乗じようと。狼の背に乗る丸々と太った朱の雀が呼応した。
この二人……。緊張感というか、真摯にまでとは言わないが任務中くらいは気持ちを引き締めて欲しいと常々思う。
あたしが言うのも何だが、相応の態度というものがあるだろうに。
「良いか?? 良く聞け、二人共」
普段よりちょいと声質を落とし、ドスを効かせた声色を放ち。あたし達の前で揺れ動く白き髪を見つめながら口を開く。
「なぁに――??」
「何よ」
ほぼ同時に返事を返すあたり、随分と息が合ってきたもんだ。
「お前さん達があたしに隠れてバクバクと飯を食っちまった所為で我が隊の食料はほぼ壊滅状態に陥っているんだ」
餌を取られまいと目を光らせて警戒を続けていたのだが、事飯に関しては卓越した能力を持つ龍を筆頭にあたしの隙を窺っては飯を盗み食い。
向こうと合流を果たすまでどれだけの日数が掛かるか不明瞭だから止めろと言ってもてんで聞きやしなかった。
お陰様であたしを含め、四名の腹はぐぅぐぅ鳴り続けているのさ。
「私じゃないよ?? マイちゃんが主犯格だもん」
「黙れ!! 小娘めがっ!!」
「いたっ!!」
ちいちゃな拳がルーの背中に突き刺さると、生肉をブッ叩く鈍い音が静かな森の中に響く。
「いい!? 私はこの隊を守る為に栄養を摂って力を付ける必要があるのよ!! 即ち!! ユウは私に飯を提供する義務があるのだ!!」
腕を組み、偉そうに頷く姿がまぁ――腹立たしい事で。
「お前さんじゃなくてもあたし達は敵をブチのめせる力を持っているんだよ。自分の失態を正当化するんじゃねぇ」
「うっわ!! そういう事言う!? 大体ねぇ!! 私は御飯を沢山食べて大きくならなきゃいけないのよ!!」
ルーの背中からふわりと浮き、あたしの目の前で小さな翼をはためかせながらそう話す。
ブンブンブンブンと飛び回って視界を塞ぎやがって。
蠅叩き様に相応しい大きさの木の棒が落ちていないかな??
「ふぅん」
「理解したのなら!! 胸の中に仕舞ってあるかた焼きを提供しなさい!! 私の鼻は全てを見通しているのよ!?」
ちっ。
気付きやがったか。
もしもの時に備えこれだけは渡すまいと、大切に保管していたのに。
「分かった。残った食料はこれだけだからな?? 大切に食べろよ??」
胸の谷間に仕舞ってある五枚のかた焼きの中から一枚を取り出し。
「ほっほっ!!!! は、早く寄越せ!!」
大好物を差し出された犬みてぇに激しく尻尾を左右に振り続ける深紅の龍へ差し出してやった。
「い――やほっっう――!!!! 食料だぁぁああ!!」
ちいちゃい両手でかた焼きを確と掴み、早速口へ運ぼうとするが。一頭の狼が待ったの声を掛けた。
「マイちゃん独り占めはズルイよ!! 私も食べたい!!」
「知るかボケ!! これはぁ、私が食べるのよ!! 頂きま――っすぅ!!」
鋭い牙が生え揃った口をあ――んと開き、鉄と同等の硬さを誇るかた焼きへと齧り付く。
「ガッチィン!!!!」
ひっでぇ音だな。
とても食い物に齧り付いた音じゃないよ。
「あぁ!! 私も食べる!!」
「ファッ!?!?」
灰色の狼が後ろ足を器用に動かしてぴょんと跳ね、大馬鹿野郎が口に含むかた焼きの反対側へと齧りついた。
「ぬぅっ!! ぜっふぃにふぁなさんぞ!!」
「ふぉれはふぉっちの台詞ふぁもん!!」
「「ガルルルルゥゥウウ!!」」
互いの鼻頭に皺を寄せ、地面付近で龍と狼の綱引きが開始されてしまった。
歯が欠けてもし――らねっと。いや、いっその事折れた方がコイツ等の為になるのかも??
「アオイ、どうだ??」
北へ進み続けて約三日。最初の戦闘以外は起こっていなかった。何故なら……。
「前方にはいませんわ。西に……、そうですね。数百メートル先に敵の魔力を感じます」
数百メートル先の位置ね。
「はいよっと……」
敵が此処に居るぞ――っと分かり易い印を地図上に描き終え再び歩行を開始した。
索敵能力に優れたアオイが敵の力を探りつつ、そして。
「ゴッファ!! ア゛ァ!! ガッデェ!!」
「フォントだよね――。ふぇも、このふぁたさがふぉいしい!!!!」
お前さん達は何を噛んでいるのかと問いたくなる咀嚼音を奏でている二人の鼻を活かして進行を続けている為、敵に発見されずに此処まで来れたのだ。
許可無く飯を食う事は許さんが、その面に関しては褒めてやっても良いだろうさ。
「最初の戦闘は不意打ちだったけど。それ以外は楽なもんだよな」
ちょいと歩みを早め、アオイの隣に並んでそう話す。
「そうで御座いますねぇ。五月蠅い者が居なければもっと楽なのですが……」
「ヴマイ!! 絶妙ヴァ、甘さヴァゲンが堪ダン!!」
「唾液とがらみ合うと……。ぷはっ!! より甘さが増すよねぇ――!!」
喧しい音を奏で続ける両名をジロリと睨んでそう話した。
「でもさ、この任務。人間側だけじゃなくてアオイ達にも有益じゃないのか?? 相手の位置が分かる訳だし」
「この周辺の敵は里の者達が抑えていますので恐らくは良い知らせになるかと思いますわ」
「流石に大魔の力を持つ相手に喧嘩を売る訳にもいかないし。そうなると前線を下げざるを得ないって訳か」
それだけフォレインさんの力、そして蜘蛛の人達の力が強大という事だ。
この体の中にも脈々と受け継がれ、体内に流れる血の中に存在する大魔の力か……。
あたしの両親とフォレインさん。どっちが強いのだろう?? 頭の中で戦わせてみる事にした。
ん――。
母親が負ける姿は想像出来ないし、父親もまた然り……。
勝負は決着がつかぬまま流れてしまった。
父は数えるのも面倒な程母に叩きのめされた事はあるけど。父は大魔であるが母は違う。それなのに父が勝てぬ理由が分からない。
まぁ、あれだろ。一種の愛情って奴だ。
彼女の逆鱗に触れぬ様、父は母にだけは優しくしているからな。他の女に優しくしようもんなら……。
想像するだけで寒気がする。
「…………。止まりなさい」
あたしが父の泣きじゃくる情けない顔を思い出していると、突然アオイが緊張感を持った表情で歩みを止めた。
「私に命令すんな」
またコイツときたら……。いい加減和を重んじろよな。
「虫は黙っていて下さいまし。前方に強い魔力を感じます」
「あぁ!? 虫はテメェだろうが!!!!」
嫋やかな背中に噛みつこうとする横着者の尻尾をむぎゅっと掴み。
「放せ!! 馬鹿乳娘がっ!!」
「敵か?? 迂回してもいいぞ??」
ギャアギャアと騒ぐ雀の声を放置してアオイへと話し掛けた。
あたし達の力を感じ取った敵がやって来る恐れもあるし、不必要な戦闘は避けた方がいい。
「ガルルゥ!! 鬱陶しい蜘蛛めぇ……。後頭部の髪、全部噛み千切ってやるからな!?」
それに、戦闘を開始したらコイツの満腹度が減少してあたし達が更なる飢餓状態へと陥る可能性が高いからね。
「これは……。うふふ、そういう事でしたか」
アオイが肩の力を抜くと春の木漏れ日を眩しそうに眺める様に、温かい感情を籠めて目を細めてしまう。
何だ?? 急に優しい顔をしちゃって。
出来る事ならその表情は金輪際浮かべないでくれ。可愛過ぎてついつい嫉妬しちゃうからね。
「んん!? この匂い……。レイド達だ!!」
お惚け狼が嬉しそうに一つピョンと跳ねると、彼女の言葉通り。
懐かしい面々が木々の間を縫ってあたし達の前に現れた。
「皆さん、お疲れ様でした」
「ルー、迷惑を掛けなかったか??」
「よっ、お疲れ様。そっちはどうだった?? 大変じゃなかった??」
レイドがちょいと疲れた表情を滲ませ、口角をふっと上げてあたし達へ向けて優しい笑みを浮かべてくれる。
その表情を捉えた刹那。
あたしの心臓ちゃんがトクンっと、一つ嬉しい悲鳴を上げてしまった。
カエデも、リューヴもそしてレイドも無事で良かった。
お互いの無事を祝い、あたしの心が満足してくれる距離へと近付こうとしたのだが。
「レ、レ、レイド様ぁぁああ――!! 私、寂し過ぎて死んでしまいそうでしたわぁぁあああ!!」
「ン゛ヴッ!?」
アオイが蜘蛛の姿に変わると、八つの足をガバっ!! と開いて彼の顔面に貼りつき。
「レイドぉ!! あはは!! 久しぶりだねぇ!!」
「んおっ!?」
それに続けとお惚け狼がレイドの両肩に両前足を乗せると、彼は態勢を崩して地面へ転倒。
「おらぁああ!! 飯炊き!! さっさと温かい飯を作れ!!」
「止めろ!! あばら骨が砕けるっ!!」
顔面にへばり付いた蜘蛛、胴体にしがみ付く狼、そして転倒した彼の横腹を蹴り付ける一人の女性か。
野道で偶然遭遇する野盗よりも質が悪い連中に絡まれて大変だな……。
「皆さん、再会を喜ぶのは後にして下さい。こうも五月蠅いと敵に発見されてしまう恐れがありますから」
はは、流石カエデだ。
はしゃぐよりも先に現在状況を優先するのは彼女らしいや。
「嫌ですわっ!! レイド様と離れてしまい、私の心は愛に飢えていますのよ!?」
「そうそう!! むっ!? リューの匂いが染み付いている!! こりゃ臭い付けが必要だねっ!!」
「退けや!! 雑魚共が!! 飯が食えねぇだろう!!」
あぁ、もう……。うるせぇなぁ……。
あたしだって久々にレイドと落ち着いて話したいんだよ。
「は――い。二人共、ちょいと退いてね――」
「や、止めなさい!! ユウ!! レイド様の愛を体全体で受け止めている最中なのですわよ!?」
「アオイ!! 足先の尖った所で顔を掴まないで!! 顔面の皮が剥がれちまう!!」
チクチクした毛が生え揃う蜘蛛の胴体を掴んで無理矢理顔から引っぺがして森の奥へと放り投げ。
続け様。
「ほっほっ。えへへ、どうだ――。狼の匂いだぞ――」
「交尾中の猿か」
「やぁっ!! ユウちゃん毛を引っ張らないで!!」
腰をヘコヘコと動かして、これは私の所有物だと匂い付けに躍起になっている狼の毛皮を掴んで宙へと放ってやった。
「ぶはっ!! はぁ――……。酷い目に遭った。有難うね、ユウ」
お尻に付着した土埃を払いつつ立ち上がり、あたしの目を真っ直ぐに捉えて礼を述べてくれる。
「お、おぉ。どういたしまして……」
うむ……。
実に心地良い声色の響きだね。
「荷物は重く無いか?? 移動するときは俺も少し持つから」
「へへ、助かるよ」
彼の瞳に捉えられると少しだけ鼓動が早くなるのを感じてしまう。
レイドは何んとも思っていないだろうが、あたしはこういう優しさの欠片が本当に嬉しくて溜まらないんだよねぇ。
可能であるのならば、そして出来る事なら。
この優しさを独り占めしたいさっ。
「レイド様ぁ、もう大変でしたのよ?? そこの大飯食らいのまな板が全然言う事を聞かなくてぇ」
いつの間にか森から帰還を果たしたアオイがレイドの右肩に留まり、彼の首筋へと毛を擦り付ける。
御馴染の光景が戻って来た事に安堵すると同時に、ちょいとチクンとした感情が芽生えてしまった。
アオイは自分に正直だ。対し、あたしはちょいと嘘つき。
あの甘える姿を参考にしようかと考え、頭の中でちょいと妄想を膨らませてみる。
『ねぇ、レイド。あたし、疲れちゃったなぁ――』
――――。
おえっ。
自分で妄想しておいて何だが、超絶怒涛に似合わなさ過ぎる!!
反面教師にしよ――っと。あたしには似合わないや。
「ユウ、地図を見せて」
「ん」
カエデがあたしの近くに寄り、二つの地図を確認している。
隣から見下ろすと、どうやら向こうもかなりの数がいたらしい。
カエデが持つ地図には多くの印が刻まれていた。
「レイド、完成した」
「アオイ、離れて。うん!! 凄いじゃないか」
此方とそしてあちら側の戦果に満足したのか。若干大袈裟に大きく頷きながら地図を見下ろしている。
その姿を見ると、頑張った甲斐があるというもんだ。
「皆、苦労をかけたな。今から東へ転進、フォレインさん達の里へ戻ろう」
「了承した。ルー、アオイ。そろそろ主から離れろ」
獰猛な肉食動物の背筋を凍らせる険しい表情でもう一人の自分へ言い放つ。
でもまぁ、ルーの気持ちは分かる。久々に会えて感情が炸裂しているのだろう。
それを矢面に出すのか、出さないかで子供と大人の差が如実に表れるのさ。
「え――。やだ、久々に会ったんだもん。それにリューの匂いがこびりついちゃっているから落とさないと」
「人の匂いを異臭扱いするな!!」
うん、やっぱこれだよな――。
マイ達との行動も楽しかったがこうやって全員揃って行動するのがしっくり来る。
「よし、移動しようか。アオイ、悪いけど先導宜しく」
「畏まりましたわ」
彼女が人の姿に変わり、静かに歩み始めるとそれを追うように面々が移動を始めた。
「洞窟までどれくらい??」
「そうですわね……。ここからですと、凡そ四日といった所でしょうか」
「そっか、ありがとう」
さらにここから移動して四日か。
慣れない土地で皆の疲労も溜まっているだろう。フォレインさんに頼んでもう一晩休ませて貰おうか??
レイドが言い難そうにしていたらあたしが頼んでも良いかな??
ほら、いつも迷惑ばかりかけて疲れているだろし。
「……」
「どうした?? 難しい顔しちゃって」
レイドがあたしと同じく険しい顔を浮かべていたので隣に並んで尋ねてみた。
「フォレインさんにどうやってお願いしてもう一晩お世話になろうか。その言葉を考えていたんだよ」
「っ……。あ、あぁ――。喧しい奴がいるからなぁ」
く、くぅ!!
全く同じ事を考えていたのか!!
それが例えどんな些細な事であろうが、彼と同じ問題を抱え。示し合わさずとも互いの頭の中で浮かんでいた事に心臓がトクントクンと鼓動を早めてしまった。
そして、さり気なく何気なく。レイドとの距離をすすぅっと縮めて声を掛けた。
「ま、道は長いんだし。気長に行こう」
彼の右肩をペチンと叩いて話す。
「気長は困るよ。まだ危険が去った訳じゃないんだし。最低限の注意は怠らない様に」
むぅ……。
馬鹿真面目な奴め。
あたし達が揃った今、もう怖い者無しなんだぞ??
「へいへい。了解しましたっ」
いつもの様にニッ!! っと笑みを浮かべ、いつも通りの喧しさに囲まれながら東へと移動を続けた。
◇
ユウ達と合流を果たして四日。
本日も上空に浮かぶ青の下に広がる緑一色の世界で二つの足を……。
「おぉっ!! 綺麗なお花さんみっけ!!」
「おらあ!! もっとゆっくり歩けや!! 昼寝が出来ねぇだろう!!」
基。
一頭のお惚け狼さんと、四六時中腹を空かせているお馬鹿な龍を除いた者達は荷物を背負い。懸命に両の足を動かしていた。
当初の予定では本日中に洞窟へ到着する筈。敵の前線から離れ、緊張から解き放たれた事もあるのだろうか。各々の足取りも軽い。
只、一応作戦行動中ですので欠片程度の節度と緊張感でいいから持って欲しいものだ。
「すんすんっ!! ほっほ――!! 良い匂いだぁ」
美しい橙の輝きを放つ花の花弁にむぎゅっと大きな狼の鼻を当て、大変満足がいったのか。
御口の端っこをきゅっと上げて尻尾を左右に一つフルっと動かす。
「ったく。狼の背中じゃあ満足に昼寝も出来やしねぇ!!」
一方。
彼女の動きに難色を示した戯け龍が翼をフヨフヨと動かし、お酒を呑み過ぎた休日前の深夜のお父さんの足元の軌道を描きつつユウの頭の天辺へと到達。
「なぁ――んか。眠気醒めちゃったな――。こういう時は歌でも歌うか!!」
仰向けの姿勢でゴロンっと寝っ転がると右足を上にして器用に足を組み。
俺達の了承も得ずに摩訶不思議な歌を奏で始めてしまった。
「お水とお粉をま――ぜて――。コネコネコネコネ捏ね繰り回してぇ。キュッ、キュッと伸ばしたら――。はいっ!! 美味しいうどんさんの出来上がりっ!!」
そんな簡単に美味しいうどんが出来る訳無いだろうと、前歯の裏にまで出掛かった言葉を飲み込み。馬鹿な言葉に突っ込む力を脚力に変えて前へと進む。
ユウも可哀想に……。
頭上から音程が外れに外れ、剰え無意味に頭皮をペシペシ叩かれて……。
そして、うどんという単語にお腹が反応してしまったのか。
大好物を目の前にした者の腹の音よりも数段上の音量を放った。
「ン゛ッ!? ね、ねぇ!! ユウ聞こえた!? 三十分前に昼ご飯食べたってのにもうお腹がぐぅって鳴ったわよ!?」
「そっか」
「きっとあそこのうどんを食べたい――って。私の体は判断したのよ!!」
「へぇ」
「ユウも今度は全部乗せにしなさいよ!! そしてうどんの玉は十よ、十!!」
「そうだな」
「さ、さっきから生返事ばっかりしやがって……。絶対聞いていないでしょ!?」
「そりゃあ凄いなぁ」
あ、マイさん??
それ以上彼女を刺激しない方が……。
声色は大変優しいのですけども、こめかみにミチィっと太い血管が浮かび。
鼻頭は怒りの皺で皺くちゃ、そしてフツフツと湧き起こる憤怒を誤魔化す様に右手を怪力以上の怪力で握り締めていますので……。
「良い!? ユウはどんな時でも私の話を聞く義務があるのよ!!」
俯せの姿勢へと変化を果たし、鋭い爪が生えた小さな手で残像が見える程の速さで数十回以上ユウの頭を叩き続ける愚か者。
それに対して直ぐに怒らないユウってやっぱり器が大きいよなぁ。
俺だったら速攻で文句の一つや二つ言うってのに。
「だから今度は絶対に全部乗せにする事!! 分かった!?」
「――――。あぁ、分かった」
声、果てしなくこっわ!!
地獄から惨たらしい死と心臓が凍り付く恐怖をお届けに参った使者も、お届け先を間違えましたぁ!! っと。
速攻で退却を決める声色だ。
「へっ、だったら最初っからそう言えや。ったく……。私の貴重な時間と体力を……。ウグェッ!?」
はい、一名様。地獄の谷へ御案内っと。
ユウがずんぐりむっくり太った雀を右手で掴み、彼女の眼前へと召喚してしまった。
「さっきから黙って聞いていれば、ピーチクパーチクうるせぇなぁ!! あたしは!! てめぇの分の荷物も背負っているんだよ!!」
「オゴガァッ!?」
常軌を逸した圧力により、体内の圧力が急上昇。
朱の瞳がちょいと膨れ上がり、鋭い牙が生え揃った口内に存在する舌がべぇっと外へと飛び出た。
「ひゅ、ヒュウはち、力もひで可愛いひゃら……」
「えっ?? か、可愛い??」
いやいや。
そこは頬をぽぅっと朱に染める場面ではありませんよ?? だが、その表情は圧死寸前の雀が話す通り可愛いですけども。
「そ、そう!! 可愛い!! 一度歩けばバインバインっと上下に弾み、世の男性は無駄にでけぇ胸の虜になる筈っ!!」
「あっそ。じゃあその無駄にデカイ胸の中でちょいと反省してろ」
そうです!!
い――い判断ですよぉ――。
「い、いやぁぁああ!! そこだけは嫌っ!!」
ユウがシャツの襟元を左手でクイっと広げ、バッサバッサと翼を動かす龍をギュウギュウと捻じ込んで行く。
「だ、誰かぁぁああ!! 誰か助けてっ!!」
「こういう時だけ救いの手を差し伸べるお人好しはいないよ。あらよっと」
最後に残った龍の頭を人差し指でちょいと押しこむと。
「ン゛――!!!! に、にぐがぁ!! は、鼻からヴぁいって来る――!!!!」
ユウのアレが物理の法則を無視して有り得ない動きを見せた。
アイツの頭の中には失敗から何かを学ぶという、思考はきっと存在しないのだろう。
多少なり知能が在る者ならアノ威力から逃れる為に全力を尽くすというのに……。
静かな森の中、一人の女性の形容し難い叫び声が響き渡る中。
各々は普段通りに歩みを進み続けていたが、先頭を行く大変頼れる分隊長殿と白雪も嫉妬する白き髪を持つ女性が不意にその足を止めた。
「皆さん、止まって下さい。この先に……。強力な力を持つ二体の存在を確認しました」
「え?? こんな場所で??」
敵の前線から離れて、此処はもう既に蜘蛛の領域だと断定しても構わない場所なのに……。
一体何が俺達の行く先に存在しているのか。
形容し難い黒い不安が心の中にふっと浮かび、周囲の明るい色を侵食し始めて行った。
最後まで御覧頂き誠に有難う御座いました。
秋も深まりいよいよ冬の足音が聞こえて来ましたね。
寒さが日に日に近付いて来る季節ですので体調管理には十分お気を付けて下さい。
それでは皆様、お休みなさいませ。




