第百二十二話 変異した獣達 その一
お疲れ様です。
本日の投稿なります。
それでは御覧下さい。
私達を取り囲む深い緑の中。
「おっしゃぁあ!!」
否応無しに目立つ朱の髪が視界から視界の端へ移動したと思うと、思わず耳を疑いたくなる打撃音が深い森の中に響いてしまう。
生まれ故郷で幾度となく経験したお父さんとリューの速さ。
それに匹敵する速度に私は只々呆気に取られていた。
マイちゃん速いなぁ。ひょっとしたらリューより速いのかも……。
「――――。見えているよ!!」
私がマイちゃんの動きに集中して御留守にしたと考えていたのかな??
「グァッ!!!!」
黒い豚さんが右手に持つ手斧が空気を切り裂きながら私に襲い掛かる。
「やぁっ!!!!」
私の命を閉ざそうとする恐ろしい攻撃を半身の姿勢で躱し、隙だらけのぽっこりお腹を左手の先に生え揃った岩をも切り刻む鋭い爪で引き裂いてあげた。
「グギギ……」
おぉ――っ!!!!
私の攻撃も捨てたもんじゃ無いね!!
お腹を切り裂かれたオークは自分のお腹を抑えて黒い土へと還ってしまう。
生き物のお肉を切り裂いている感覚じゃ無くて、何か硬い物を引っ掻いている感覚だね!!
よぉし!! うじゃうじゃ居るから、じゃんじゃん切り裂いてあげよう!!
そして、レイドに褒めて貰うんだ!!
沢山倒したらきっと私が満足するまで頭を撫でてくれると思うからさっ。皆には内緒だけども、ちょっとしたご褒美目当てに頑張るのも悪くないよねっ!?
――――。
視界に入れる事にも嫌気が差してしまう醜く黒い塊が槍を中段に構えると、将来確実にレイド様の子を宿す素晴らしき部屋目掛けて鋭い穂先が襲い来る。
「危ないですわねぇ。女性には優しく接しろと教わらなかったのですか??」
愚かな豚へ向かって半歩前に踏み出し、此方に向かって来た相手の勢いを利用して体の横を風に揺れる柳の如く通過。
「グルル……」
「まぁ。怖い顔です事」
幾百、幾千の殿方がイケナイ想像を膨らませて私の背を見つめる様に。
見返り美人ではありませんが、淫靡な想像を掻き立てる女の所作で振り返りつつ周囲の敵数を確認した。
ふぅむ……。
私の周囲には十体ですか。
手短に範囲魔法で片付けても良いのですが……。遠くの敵に私の魔力を検知されては厄介ですからねぇ。
「アオイちゃん!! 後ろ!!」
「ゴァァッ!!」
陽気な狼さんが私の背から襲い掛かる敵の存在を知らせてくれますが。
「あぁ、お気になさらず」
既に処理は済んでおりますので、何の心配も要りませんわよ??
「ア、アググゥ……」
優しい彼女が私を助けようと踏み出したが。此方の背を襲おうとしたオークはニ、三歩歩くと口から白い泡を吹き崩れ落ちる様に倒れた。
「へっ!? 何で倒れちゃったの!?」
「安心なさい。先程、通り抜ける際に少々傷付けておきましたから」
ポカンと口を開いて呆気に取られている彼女へ手元の得物を見せてやった。
さてと、これ以上此処で足止めを食らう訳にはいきませんので早々に決着を付けてしまいましょうか。
――――。
はぁ――……。凄いな、アオイちゃん。いつの間に攻撃を加えたんだろう??
こっちから死角になっていたから全然見えなかったのか。
それともアオイちゃん自身の器用さなのか。
外見は物凄く綺麗なお姉さんなのに中身は本当に恐ろしい蜘蛛さんみたいに強いよねぇ。
「ルー、アオイの心配をするより自分の心配をしろ。奴さん達、まだまだ来るぞ」
ユウちゃんが此方の様子を横目で見て心配してくれた。
「うん!! 分かった!!」
普段のだらしない姿からは全然想像出来ない姿に只々驚くばかりだ。
でもね?? 私も負けていられないよ!!
「ガァァッ!!!!」
「遅いよ!? そんな攻撃当たらないもんっ!!」
地面と平行に襲い掛かって来た剣の軌道を容易く見切り、地面へと屈んで回避。
「ハァッ!!!!」
上半身を支えに、広大な大地で鍛えに鍛えた下半身に装備する左足で敵の顎を跳ね上げてやった!!
「コァァッ……」
変な角度に首が折れ曲がり、力無く倒れた黒豚さんが黒い土へと還って行った。
私の周囲に響くのは普段のおちゃらけた明るい声では無く。
硬い何かが弾け飛ぶ音、空気を切り裂く甲高い音、そして自分の激しい呼吸音と闘志を燃え上がらせてくれる覇気のある叫び声。
乱戦がこうも耳に残る音を奏でるとは思いもしなかった。
これが……。戦いの音なんだよね。
やっぱり私は苦手だなぁ――。
皆でワイワイと騒いでいた方が楽しいもの。
「グルァッ!!」
私の前に残った最後の一体が槍を構え、此方に向かって鋭く突いて来た!!
「んっ!!」
右足を軸にクルっと華麗に回ってぇ……。
「やっ!!!!」
最後は格好良く左足の甲で顎を吹き飛ばしてやった!!
あはっ!!
自分でもちょっと格好良く決まったと思う会心の一撃に心の中がスッキリしてしまった。
よっし!! これでお終い!!
「ふぅっ!! こっちは終わったよ!!」
額にじわぁっと浮かんだ汗を左手の甲で拭い、皆の方へ振り返りながら私の素晴らしい戦果を伝えてあげた。
んふふ――。
対オーク戦の初陣にしては上出来だよね!!
「おう、こっちも終わったとこだ」
ユウちゃんが手に付着した黒い土をパパっと払って話し。
「ユウ、何をチンタラやってんのよ。もっと早く倒せたんじゃないの??」
マイちゃんは街中でたまぁに見掛ける怖いお兄さんの座り方でユウちゃんを見上げ。
「そうですわ。ユウは力任せに事を運びすぎなのですよ」
「うっせ」
アオイちゃんはいつも通りに綺麗な立ち姿で周囲を警戒していた。
私にとってはちょっと緊張した戦いだったのに、マイちゃん達にとってこれは準備運動だったんだねぇ。
うぅ――……。
戦い慣れ過ぎている皆にちょっと嫉妬しちゃうよ。
戦いは大っ嫌いだけど、大切な友達を傷付ける敵はもっと嫌いだから私もマイちゃん達みたいに早く戦いに慣れないとなぁ。
うんっ、弱気は駄目だよね!! 強気が大事なのですっ!!
頑張ろっと!!
――――。
熱き勝利の余韻が残る戦場で一つ大きく息を吐き、四名の猛者が巻き起こした熱波を吸い込むと私の魂が震える。
久しぶりにコイツ等を蹴散らしたけども、私の友人達との戯れに比べ特に得る物は無い程に脆弱だったわね。
だが、これはまだまだ戦いの中盤なのだ。
私の戦闘意欲を掻き立てるナニかが此方へと向かって来るのが手に取る様に理解出来てしまう。
さぁ……。早く掛かって来い。
此処にあんた達を越える大悪党が居ますよ――っと!!
「ユウちゃん、何か……。来るよね??」
「あぁ、一直線に向かって来てるな」
我が親友とお惚け狼もその存在を掴み取ったらしい。
ちょいと硬い表情で森の奥へと鋭い視線を向けていた。
何となぁく雰囲気がカチカチになってしまったので、こういう時こそ!! 隊長である私が場を和ませないといけないのよね。
「よぉ――。あんた達、まさかビビってんの??」
幾多の戦場、チンプンカンプンな経験を過ごした私達にとってそれはまず有り得ないけども。
強過ぎる緊張感によって戦いに後手を取るのは望ましく無いからね。
こうして普段通りの声を掛けてあげるのがデキル指揮官なのだっ!!
「ん――。大丈夫――!!」
お惚け狼は普段通り。
「うっせ。そういうお前さんこそ震え上がってプルプル震えているんじゃないのか??」
そして、ユウはこれまた普段通りに嬉しい返しをくれた。
こんな何でも無い会話を交わしながら戦うのが私達らしいのよねぇ。
「冗談。早くぶちのめしたくてウズウズしてんのよ」
「マイちゃんはすぅ――ぐに手を出すからねぇ……」
「そうそう。そのお陰であたしの体が傷物になっちまうんだよ。お嫁に行けなくなったらどうしてくれんだよ」
「私が飼う!!」
左隣りで今も戦闘態勢を継続させているユウのお胸ちゃんをパチンと豪快に叩いて言ってやった。
「牛じゃねぇっつ――の」
「お――。良い音だねぇ」
うむっ。
音が良いのは確かなのだが……。この手に返って来る反動は一体全体どういう仕組みなのかしらねぇ。
優しく揉めばその形に変化し、勢い良く叩けば鉄みてぇに硬い反応を示す。
人体の不思議って奴か。
「下らない雑談はそこまで。集中しなさい」
キショイ蜘蛛が少しだけ硬い声を上げた。
「はっ、余裕余裕――。百体でも二百体でも掛かって来やがれってんだ!!」
グゥルグルと肩を回し、ちょいと強そうな相手が現れるのを待つ。
さっきの戦いで体も温まった所だし、腕が鳴るわ!!
舌で小振りの唇をペロリと舐めて渇きを癒し。その時を今か、今かと待ち続けていると……。
「来るぞ!!」
「「「……」」」
ユウが声を上げると同時に私の前に三体のオークが現れた。
その内の二体はてんで普通の奴。
しかし……。
「グゥゥウウ」
最後方に堂々と立つ一体の背中には……。
なぁんと!!
蝙蝠の翼に似た翼が背に生えており、肉体も通常の奴より一回り程大きいではありませんか。
ぷっくりお腹に無駄にデカイ体付きに翼。
豚か蝙蝠か……。どっちかにしろ!!
「おいおい。こいつ、飛ぶつもりかよ」
「そのようですわね」
ユウと蜘蛛の前にも二体の黒豚と翼付きの黒豚が、という事はだよ??
お惚け狼の前にも同じ奴が――。
「ア、アオイちゃん!! 何かブヨブヨした奴が来たよ!!」
ブヨブヨ??
聞きなれない言葉に視線を動かすと、彼女の言葉の通り。柔らかそうな体をしたオークがルーの前に立ちはだかっていた。
「グップ。グププゥ」
体表は通常個体と同じく真っ黒で、四肢はものの見事に膨れ上がり。
そして顔面も興味本位で蜂の巣を突っついて、兵隊蜂に刺されてエライ目に遭ったワンパク小僧みたいにパンパンに腫れ上がっていた。
まるで肥満体ね……。これでもかと御米ちゃんを詰めた袋のような体付きだ。
私達の前には三体、ルーの前には一体か。
このまま戦闘をおっぱじめても構わないのかしらね??
様子見は私の性分に合わんし、何より奴さん達が今にも襲い掛かって来そうなのよ。
「ど、どうしよう。普通に戦ってもいいのかな??」
「先ずは様子を見なさい、何か特殊な能力を持っているのかもしれません」
「え――。私も普通の相手が良い……」
「文句を言わない!! 来た!!」
「キシャアッ!!!!」
私の前の個体、並びにユウ達の前に居た蝙蝠擬き共が一斉に翼を二度三度羽ばたかせるとふわりと宙に浮いてしまう。
ほわぁ、本当に飛んだわね……。
「げぇ。あたし対空戦は苦手なんだけど!?」
「冷静になりなさい、相手は武器を所持していますわ。攻撃を加える瞬間を狙えば造作もない事ですわ」
キショイ蜘蛛め。
私がユウに助言を与えようとしたのに……。
まぁいい!!
第二回戦のぉぉ……。開始でぇぇっす!!!!
先ずは正面の二体を叩く!!
「そういう事!! おりゃぁあ!!」
誰よりも先に前へと飛び出し、私の世界一の速さに呆気に取られている一体の腹に拳を捻じ込むと。美しい穴がぽっかりと開くではありませんか!!
うぅん……。
これ以上無い、最高に心地良い感覚が拳にじぃんと広がる。
「一つ!!」
「ガアアァァッ!!!!」
右隣りの奴が生意気にも剣を振り翳して私の顔面に振り下ろして来たので、相手の首に右足を叩き込んでポッキリとへし折ってやった。
「ふたぁつっ!!」
右足に感じる反動が何んと心地良い事か!!
さぁ、仕上げに御馳走を平らげましょうかね!!
「ガァァァァ!!」
蝙蝠擬きがまぁまぁの速さで私目掛け、上空から突貫。
大人の男性程の長さを誇る槍の穂先が右頬を掠め、勢いそのまま。私の背後へと蝙蝠擬きが通過して行く。
「ふぅん。速さは下の上、か」
頬から顎先へと伝い落ちる深紅の液体を指先で掬い取り、舌でペロリと舐めて独特の味を味わう。
「ゲヒヒ!!」
「うっぜなぁ、てめぇ。私が、敢えて!! 攻撃を食らってやったのに何調子こいてんだゴラァ!!!!」
豚の口角がニィっと上がりやがったので、その顔面へと向かって言い放つ。
「ギヒャッ!!」
蝙蝠擬きが上空に浮かんだまま私に向かって鋭く槍を突き下ろして来た。
「ふんっ!! はぁっ!!」
一度、二度、そして三度も同じ位置から突き下ろして来やがる。
馬鹿の一つ覚えとは良く言ったもので??
私は槍を手元に戻す、その瞬間を狙った。
「シャッ!!」
「よっこらせっと!!!!」
右手で槍を掴むと同時。
掴んだ槍を支点に、渾身の力を込めて体を上空へと向かって上昇させ。
「これぞ必殺……。上向き蹴りだぁぁああ!!」
体を上昇させた勢いそのまま。相手の横っ面に体の回転、並びにすんばらしい脚力を籠めた渾身の一撃を叩き込んでやった。
「グベッ!?」
曲芸紛いの攻撃だけども……。何でもやってみるもんね!!
「三――つぅっ!!」
「クァァ……」
宙から後方の木へと叩き付けられた体はそのまま力無く倒れて黒い土へと還っていく。
「だははは!! ざっとこんなもんよ!!」
世界最強の龍の力ぁ、思い知ったか!!
私は満足気にこんもりと盛り上がった土を見下ろしてやった。
やっぱり私は偵察等というせせこましく、みみっちい行動は苦手ね。
こうして悪党相手に大乱闘を繰り広げていた方が性に合うっ!! 今更だけど痛烈にそう感じてしまった。
最後まで御覧頂き誠に有難うございます。
多忙の中の投稿になってしまいましたので、少々短めの文になってしまい申し訳ありません。
そして、評価して頂き有難う御座いました!!
これで今週は乗り越えられそうですよ!!
それでは皆様、おやすみなさいませ。




