表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
256/1235

第百二十一話 不穏の前兆

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


少々長めの文になっておりますので、砕けた感じでご覧頂ければ幸いです。


それでは、どうぞ!!




 己の嗅覚は正常なのかと思わず不安になる程の植物の強い香が鼻腔を刺激し、方々に存在する土の泥濘が足を遅らせ悪戯に体力を削る。


 目に写るのは緑と地面の茶色。


 同じ光景の繰り返しに多少なりに飽きたのなら、深い森の上空に垣間見える青を咀嚼して味を変え。それを力に変えて前方へと進む。


 只西へと向かう行程は単調であるが、その実。緊張感が途切れる事は無い。




「リューヴ、何か匂うか??」


「いいや、周囲には何もいない」


「そうか。何か異変を掴み取ったのなら教えてくれ」


「了承した」



 洞窟を出発して二日。


 視線の奥に映る緑の茂みの奥からオークが飛び出して来るんじゃないか。


 斥候に出た兵を絡めとる為に罠が設置されていないか。木の影で敵が此方の様子を窺っているのではないか。


 目に見えぬ存在、背負う物資、足場の悪い大地。


 様々な要因が複雑に絡み合い、単調な行程は他者が思う以上に疲労が募るものであった。




「方角はあっていますね。皆さん、此方です」



 カエデが地図と方位磁石を手に取り俺達を導いてくれている。


 華奢な後ろ姿が今は大変頼もしい。



「悪いね、先導して貰って」


「いえ、大丈夫です。おっと……」



 何でも無い倒木に足を引っ掛けそうになり、背嚢の重さもあってか。


 前のめりになってしまう。


 大分疲れが溜まっているみたいだし。そろそろ小休憩しようかな。




 行動開始とほぼ同時に。



『私が先導役、並びに隊長を務めます。この偵察任務は繊細な行動力が要求されますので御二人は私の指示に従う様に。良いですね??』



 齢十六の女性から有無を言わさずに指揮権を奪われ。



『給仕担当はレイド。移動中の哨戒担当はリューヴに一任します。では!! 行きましょうっ!!』



 そして、第一班の隊長殿から反論は許さないぞと厳しい視線を受けながら、名誉ある給仕担当の配役を

仕ったのです。



 深夜の警戒の任の時間帯、起床時間。事細かい時間配分は全て隊長の指示で決まっている。


 そりゃ疲れも溜まるはずだよ。





「少し休もうか」



 ここで闇雲に体力を消耗しても何も生まれない。適度な休息を取り万全を期すべきでしょう。



「分かりました」


「了承した」



 二人が背の荷物を降ろし、朽ちかけている倒木に三人仲良く腰を下ろした。



「ふぅ、大分進んだな」



 首から掛けている手拭いで顔に浮かぶ汗を豪快に拭う。


 この行程が始まってから何百回と繰り返している行為にちょいと辟易してしまうのは恐らく。見えない敵の存在と、疲労から発生する苛立ちの所為であろう。


 早く敵の存在が確知出来る場所まで移動しないと。


 向こうの班の様子も気になるし……。




「そうだな。主、荷物は重く無いか??」


「ん?? 大丈夫、これくらいなら何とか耐えられるよ」



 足元に置いた自分の荷物を叩いてやる。



「無理はするな」


「有難う。カエデは重くないか??」


「大丈夫」


「そっか……」



 ふぅっと大きく息を漏らすと共に。



「「「……」」」



 素敵な静寂が訪れてくれた。



 耳を澄ませば聞こえて来るのは野鳥の歌声、微風で揺れ動く葉の音、そして三名の静かな吐息。


 どちらかと言えば、口数の少ない二人と行動を共にしているので静けさが心地良い。普段がどれだけ喧しいか、それをこの森の静寂が俺達に教えてくれている様だ。



 目を瞑り胸一杯に森の新鮮な空気を取り込み、澄み切った空気で肺を満たして行くと体の中から活力が湧いてくるような感覚が生まれた。



 良いよなぁ。こうやって静かな中で行動するのも。



「……、静か。ですね」



 カエデが藍色の瞳を青空へ向け、体を弛緩させてふぅぅっと大きく息を吐く。


 随分と寛いだ姿勢に此方もそれに倣って肩の力がふっと抜ける感覚を覚えてしまった。



「あぁ。喧しい奴らがいないと心が落ち着く」


「はは、リューヴもそう思っていたのか。五月蠅いのは退屈しないけど偶にはこうして静かな雰囲気を味わいたいよな」


「全くその通りだ。ルーの奴が迷惑を掛けて申し訳ない」


「気にしていないよ」


「右に同じです」



 カエデが俺の意見に肯定してくれると、背嚢の中から一冊の本を取り出した。


 どんな本を読んでいるのだろう??


 自然溢れる光景にちょいと飽きて来た事もあってか。興味が湧いて来たので静かに本を読むカエデに体を接近させ、細い足の上に置かれた本に視線を落とす。



「何の本??」


「先日、購入した『野草、茸図鑑』 です。まだ内容を覚えていませんので……」



 だから野草の絵やら、茸の絵が描かれているのか。



「え?? 本の内容全部覚えるつもりなの??」



 随分と分厚い本ですけども……。



「はい、それが何か??」



 さも当然とばかりに言葉を発し、大きなお目目をパチクリと瞬きさせて此方を見つめた。



「どれ、私も見てみるか」



 ちょいと暇を持て余していたのか。


 リューヴがカエデの左肩に己が左肩をくっ付け、彼女が熱心に読む本に視線を落とす。



 大自然に囲まれた三人が仲睦まじく肩を寄せ合い、一冊の本を読む。


 図書館、或いは人工物の室内で行われる行為ならなんら違和感が無いのだが。此処では酷く似つかわしくない光景にも見えてしまいますね。



「この茸は食べられるの??」



 美しい白い茸が図鑑に描かれている。


 確か……。自然界で目立つ色は危険色だった筈。



「猛毒です。腹痛、嘔吐、下痢が発症しその後一旦は回復しますが……。食後約七日後に大量の血を吐き出しながら絶命します」


「こっわ。じゃあこれは??」



 今度はアイツの髪の毛の色にも勝るとも劣らない真紅の茸を指差す。


 地面から人間の五指が生えている様な、奇妙な形をした茸だ。


 此れを食べようとする人間等いるのだろうか??



『んひょっ!! 真っ赤で美味しそう!!』



 うん。


 一人だけなら思い当たる人物は居ましたね。



「これも猛毒です。触っただけでも皮膚が爛れ、食したら呼吸困難に陥り体の中が破壊されてしまいます」


「先程から毒ばかりではないか」



 リューヴの端整な眉間に皺が寄せられる。



「素人は茸に手を出すな、俺はそう教わったからな。森や平地で見掛けても口に入れないようにしているよ」


「それが正解です。私達魔物も基本的に、人間に有効な毒は効いてしまいます。例外はあるかもしれませんがね」


「例外??」



 何だろう??


 毒が効き難い種族も居るのだろうか。



「マイ……。彼女ならこういった茸を食べても翌日にはケロっとしていそうです。呆れた生命力の塊のような女性ですから」


「それ、アイツが聞いたら怒るよ??」


「普段の生活態度を鑑みれば容易く想像出来る光景です」



 あはは。


 随分と酷い言われようだな。



「カエデ、この茸はどうなんだ??」


 今度はリューヴが尋ねる。


「一晩で朽ちてしまう茸です。酒類と一緒に食すことは勧められていませんね」


「どうしてだ??」


「えっと……。酷い悪酔い状態に陥るそうです」


「酒は好かん。おぉ!! これは知っているぞ。故郷の森に良く生えている」



 茸の傘の可愛い丸みを指差す。



「味は良いのか??」



 アイツに影響されている所為か、効能云々よりも先に味を尋ねてしまった。



「母が良くスープにして作ってくれた。柔らかくて美味いぞ」


「へぇ。あ!! これは知っている。良く市場で売られている奴だ」



 自分が知っている茸を見付けると何故か嬉しくなってしまう。


 そして気が付かない内に俺とリューヴはカエデより前のめりになり、本の内容に夢中になっていた。



「これがまた美味いんだ」



 味を思い返すと口内に唾液がじわぁっと湧いてしまう。


 もう少しで秋だ。


 今度市場で見かけたら買おうかな??



 土鍋で様々な食材と共にコトコトと煮込んで、それを囲んだ仲間と共に食す。


 秋らしい風景だものねぇ。



「ほぉ、是非とも味わってみたいものだ。む……。これまた奇妙な形をした茸だな」


「本当だ!! 何、コレ……。人間の顔みたいな茸じゃないか」



 本の持ち主よりも大いに盛り上がりつつ図鑑の内容に一喜一憂していると、持ち主さんから静かな声が届いた。



「――――。あの」


「どうした??」


「何??」



「御二人共。図鑑の内容に夢中になるのは理解出来ますが、そこに頭を置かれると私が見えませんっ」



 リューヴは左肩、そして俺は右肩。


 三名が肩を寄せ合い、お互いの吐息を感じてしまう。そんな距離に身を置いていれば暑くもなりますよね。



 色白の頬がぽぅっと朱に染まっていますもの。



「おぉ、すまんな」


「御免ね??」


「いえ。お気になさらず」



 束の間の休息をこうして肩を寄せ合い、互いの時間を共有しながら過ごすのも悪く無い。辛い筈の行軍も沖融たる思いだ。


 さて、向こうは一体どうしているのやら。此方の様に微笑ましい行動に努めているのだろうか??


 要らぬ杞憂かもしれないが……。


 休息中にも、そして行動中にも心配の種は尽きる事はないのだから。






















 ◇







「ユウちゃ――ん。干し肉取ってぇ――」



 左後方からお惚け狼の甘える声が届き。



「ユウ、私にも――」



 あたしの頭上からは、姉妹に何の遠慮も無くおやつを強請る。そんな若干鼻に付く声が放たれてしまった。



「はいはいはい!!」



 右手に掴んで持ち運んでいる荷物の中から先ずは一つ目をお惚け狼へと向かって投擲。



「とうっ!!」



 続いて、取れるものなら取ってみろと言わんばかりに頭上へとお目当ての品をぶん投げてやった。



「甘いっ!! うんぬぅっ!!!!」



 出発してからというものの……。


 どういう訳か、あたしは給仕役に収まってしまい。こいつらの世話で躍起になっていた。


 余計な体力を使うこっちの身にもなってくれよな……。



「えへへ。美味しいよねっ」


「絶妙に塩っ辛いのがイイ!!!!」



 ルーは狼の口でカチカチのお肉を受け取り。


 マイは馬鹿げた速度で干し肉へ向かって飛翔し。小さな御手手にキッチリとお目当ての品を収め、そして!! 態々!! あたしの頭の上で食う始末。


 食べ滓が落ちて髪の毛が汚れちまうっつ――の!!



「お――。二人共ぉ上達したなぁ??」



 この二人は真面に言っても聞きやしないし、それならと考え。


 精一杯の皮肉を込めて言ってやった。




「んっふふ――。こういう事は得意なのだっ」


「わふぁににふぁかせなふぁい」



 皮肉、何だけどなぁ。


 中身がスッカスカの頭では理解出来なかったのかな??




「ちょっと貴女達……」



 アオイが憤りの感情を込めた声を最後方から放つ。



「なぁにぃ??」


「何よ」


「もう少し緊張感を持って行動したら如何です?? 食べては遊んでの繰り返し。レイド様にご迷惑を掛けても宜しいというのですか!?」



 そりゃまぁ……そうなるわな。



 普段、レイドとカエデの監視の目が光る中。バクバクと菓子や物を食う訳にはいかない。


 要は監視の目から解き放たれた凶悪な囚人達、という訳だ。



 あたしが預かった二羽の雛鳥は日がな一日、ピィピィ鳴いてうるせえからなぁ。


 可能な限り満足させる量の餌を与えなければならん。


 一応、食料は抑え気味に与えているがいつ底を尽きてもおかしくない。それだけが心配だよ……。




「んな事分かっているわよ。おらっ、ユウ。もうちょっと早く歩けっ」


「誰に物を言ってんだ??」


「無駄に乳がデカイ女っ!!」



 はい、口から臓物を吐き出させま――すっ。



「そうそう、アオイちゃんはちょっと厳し過ぎるよ??」


「私が言っているのは任務に対する態度や姿勢の事ですわ!!」


「もう……。五月蠅いなぁ……」



 お惚け狼が、ぷんすかと怒るアオイからプイっと顔を背けた刹那。




「う、う、う、五月蠅いですって!? ちょっとルー!! 今の一言は頂けませんわよ!!」


「誰が無駄にデカイってぇ!? さっきから好き勝手に文句を吐いて、人様の頭の上で食い散らかしやがってぇぇええ!!」




「や――!! 尻尾放して!!」


「おぶぶぅぐっ!?!? は、放せっ!! 鼻の穴からは、腸がこ、零れちまうっ!!」



 アオイはお惚け狼の尻尾を掴んで引きずり回し。


 此方はずんぐりむっくり太った雀の体を両手で掴み、万力でこれでもかと締め付けてやった。



「こ、殺す気かっ!?」



 ちいちゃな御手手があたしの手の淵をペシペシと叩く。



「もう二度と、あたしに逆らわないと誓え」


「せ、宣誓っ!! わ、私マイ=ルクスは……。おぇっ……。今後、ユウに逆らわないかも知れない事を此処に宣言しますっ」


「ちっ……」



 いざ戦いの時に動けない様じゃ困るし。ここいらで解放してやっか。



「あべちっ!!」



 口からきったねぇ涎を零し、ほぼ白目の龍の体を雑草の上に放って更に北上を開始した。




 あたし達が洞窟を出発して四日。一度南南西へと下って、綺麗な海を拝めた後に北上を開始。


 ここまで何事も無く、驚く程順調に進んでいる。本当にオークがいるのかどうかさえ怪しく感じてくる程だ。



 そしてレイドの配慮か、カエデが予想していたのか分からないが荷物の配分はあからさまに食料だけが多い。


 ま、あそこで痛そうに尻を撫でている大馬鹿野郎は気付いていないだろうけどね。



「こ、このケダモノ!!」


「ん――!! 尻尾引っ張らないで!!」



 アオイはルーの尻尾を引っ張り、それ以上引きずられまいと前足の爪を地面に突き立てていた。


 こうなるとどっちが喧しいか分からないな。




「ったく……。ひっでぇ目に遭ったわ」


「お前さんが慎ましく行動すれば酷い目に遭わなかったんだよ」



 人の姿に変わり、あたしの左隣りを歩くマイへと話す。



「あ――ん。ユウちゃん、アオイちゃんに尻尾取られかけちゃった……」



 お前さんも静かに行動しろと言い聞かせようとしたその時。











「静かに!!」



 突然マイが緊張感を持った面持ちで鋭く声を上げる。


 そして深紅の瞳をきゅぅぅっと鋭く尖らせて前方を睨みつけ、スンスンと細かく鼻を動かしていた。



「どうした??」



 歩みを止め、彼女の指示従い声量を普段のそれから数段落として問う。



「この纏わりつくような鬱陶しい匂い……。どうやら奴さんが近くにいるようね」


「……、本当だ。居るね」



 鼻の利く二人が同時に険しい表情になるという事は奴らが近くに居るのは確かだな。



「成程……。ここですね」



 アオイが地図を取り出し、地図上に素早く印をつけた。



「アオイ、距離はどれ位か分かるか??」



 印を書き終えた彼女に尋ねる。



「そうですね……。凡そ百メートル、と言った所でしょうか」



 マイ達が見つめている方向に手を翳すと、手元に淡い光の魔法陣が浮かぶ。


 以前見たカエデと同じような術式が浮かんでいた。


 便利なもんだなぁ。あたしには出来ない芸当に思わず舌を巻いちまうよ。



 さて、此処で幾つかの選択肢が生まれた訳だ。



 一つ、奴等の顔を拝んでから北上を開始する。


 二つ、存在は確認出来たので奴らに確知されない様にこのまま距離を取って北上する。


 三つ、背後からの追跡の恐れを断つ為、有無を言わさずに急襲して殲滅。



 あたし一人じゃ決められないし。


 尋ねてみるか。



「どうする?? 迂回するか??」



「冗談。奴らの顔を拝んでからでも遅くないでしょ」



 可能であるのならば、お前さんは敵に接近させたくないのが本音だよ。


 直ぐにぶっ放そうとするからね。



「ん――。偵察だし、一応確認してからの方がいいと思うなぁ」


「戦闘は避け、相手の戦力を確認してから迂回しましょうか」



 興味本位で近付かない方が良いと思うけど。


 ま、そういうあたしもどんな奴らか気にはなっているのが本音さ。



『おら、私に続け。無能共』


『こっちが風下だから私達の後に付いて来て』



 見様によっては気持ち悪く映る小声を放つマイとルーを先頭に、極力物音を立てずに奴さん共の方へと向かって移動を始めた。



 こういう時に鼻が利く奴が居ると助かるよな。


 茂みから突然こんちには、なんて溜まったもんじゃないから。



 中腰の姿勢からほぼ這う形に変化した姿勢で森の中を進んで行くと……。




『――――。居た』



 マイが屈んで茂みの奥を鋭い瞳で見つめる。あたしもそれに倣い、彼女の隣に並んでその視線を追うと……。



『本当だ。見えるだけで……。四体か』



 敵に聞こえない様、囀る小鳥の声よりも矮小な声量で話す。



 黒く濁った様なドス黒い体。そして醜い豚の顔……。


 以前会敵した時と変わりない姿で武器を持ち、汚れた瞳で周囲を警戒していた。



『五体ですわ。見えない所にも一体いますわね』



 視界が届く範囲ではあたし達。


 見えない所はアオイの魔法とマイ達の嗅覚。これ以上ない布陣だ。



『どうする?? やっちまうか??』



 コイツ等がアオイの里を襲わない確証は無いんだし。


 例え五体だとしてもやっておいて損は無いだろう。



『レイド様の指示を忘れたのですか?? 戦闘は極力避けろと仰っていたでしょう?? このまま離れて北進しますわ』


『ちっ……。あんな奴ら瞬殺なのに……』


『マイちゃん、顔怖いよ??』


『決定だな。下がるぞ』



 先程よりも更に静かに移動を開始し、奴らの視界が届かぬ所で歩行姿勢を取り一つ大きく息を吐いた。




「ふぅ――……。ちょっと緊張したな」


「ヤルなと言われたら余計ぶちのめしたくならない??」



 マイが片眉をクイっと上げてあたしを見上げる。



「触るなと言われたら、触りたくなる奴だろ?? 気持ちは理解出来るけども。万が一見つかったらエライ目に……」



 緊張感から解き放たれた。


 肩の力を抜いた。



 そんな時、突如として森の茂みから黒いナニかが飛び出て来たら誰だって飛び上がっちまうよね??



「うぉっ!?!?」



 心臓が可愛い声を上げ、それと同調する様にあたしの口から大変可愛い声が漏れてしまった。




「…………っ!?!?」



 互いに無警戒だったのか、共に驚いた表情を浮かべて小さくて黒い物体と対峙した。



 あの恰幅の良い醜いオークを一回り……。いいや、二回り程度か。


 小さくした個体があたし達を見つめている。




「な……、何!? なんだか妙にちっこいわね??」



 お前さんも十分小さいけどな。



 マイは虚を突かれ反応に後れを取ったが、相手が取るに足らない奴だと分かると肩の力を抜いた。



「こっちが風上だから気付かなかったのね」


「それに、魔力も大した事ありませんわ。まるで蟻のように小さなものですわ」


「この子……。子供かな??」



 姿形は醜いアイツらをそのまま小さくしたような姿をしているが、どことなくあどけなさを残している。




 だけど……。


 何だろう。この猛烈に嫌な予感は……。




「此処で処理させて頂きます」



 アオイが着物の裾からクナイを取り出す。



「駄目だよ。子供相手だもん」


「何を甘い事を言っていますの?? その甘い判断が全滅に繋がる事もあるのですよ??」



 あたしもアオイの判断に賛成だ。


 こいつ……。



「クルル……」



 さっきから全然動じていない。


 子供や戦闘経験が少ない者ならアオイの出したクナイに慄く等、必ず何らかの反応を示す筈。


 なのにコイツは寧ろ、こちらの戦力を冷静に分析するように凝視していた。



「おら、蜘蛛。さっさとヤレ。嫌な感じがするわ」



 マイもあたしと同じ感覚を受け取った様だ。


 緊張した声色と、いつでもおっぱじめられる姿勢を保持している。




「では、さようなら」



 アオイが投擲の構えをした刹那。


 小さいオークは大きく息を吸い込み、胸が張り裂けそうな程大きく膨らませてしまった!!!!




「キィィィィヤァァァァアアアア――――――!!!!!!」




 あたし達の鼓膜を穿つ勢いで雄叫びを放つ。常軌を逸した音の衝撃に思わず体がグラっと揺らいでしまったが……。。




「「うるせぇぇええ!!」」


「グッ!?!?」



 マイが挨拶代わりに腹に拳を捻じ込み。



「両親に怒られて来いやぁぁああ!!」


「っ!?」



 あたしが無防備な顔面へ向かって力の限りに剛拳をぶち込んでやった。



「おほっ!! 顔面、飛んで行ったわね――」



 此方に残された体は案の定黒い土へと還り、地面へと崩れ落ちていった。




「二人共。こっわ……」



「喧しいわよ!! そんな事よりもぉ……」


「そうみたいだな!! 来るぞ!!」



 あたしらの四方八方から茂みをかき分け、猛烈な勢いでナニかが向かってくる音が聞こえて来た。



 あの糞餓鬼は仲間を呼ぶ為に居たのか。


 敵に索敵され難い様に敢えて体を小さく、そして宿す力も矮小に……。


 参ったね。


 奴さん達、ちょいと戦いに関して考える様になってんじゃん。



 違うな、考えるじゃない。


 適応、だ。



 様々に変化する戦況に適応すべく新しい個体が生まれたのか??


 だとしたら厄介過ぎるだろ……。



「うぅ――。ちょっと怖いかも……」



 ルーが人の姿に変わり戦闘態勢を整えるが、ちょいと心配になる台詞を口にする。



戦場ここじゃあ、甘えは通じないわよ??」


「そうそう、あたし達と一緒に行動する限り泣き言は言ってられないぞ??」


「同感ですわ」


「うん!! 分かった!! 私も頑張るね!!」



 互いに背を預け死角を無くし、四方からの襲撃に備える。


 何も言わずにこういう形を取れるのは互いを信頼しているという事だ。嬉しい事じゃないか。



「参ったわね……。囲まれているじゃない」


「アオイ何体か分かるか??」


「……、凡そ五十といった所でしょうか。でも、おかしいですわね」



 アオイが怪訝な顔を浮かべ、遠くを見つめる様な目で森の奥を睨んでいた。



「どうした??」



「オーク共は、個体差はありますが魔力はほぼ均一です。ですが、あからさまに力の強い者が混ざっています」


「どういう事?? しっかり調べなさいよ」


「五月蠅いですわねぇ。四方向に強い力が確認出来ます。そして……。一番後ろに特に強い力が一つ」


「ははん?? そいつが親玉か」


「だな。先ずは向かって来る雑魚を蹴散らして、親玉に挨拶といきますかね!!」


「その案乗った。…………、来た!!」



 マイが言葉を切ると緑の茂みから、そして木の影から続々とオーク共が姿を現す。


 口から薄汚い涎を垂らし、周囲に何の遠慮も無しに異臭放つ。


 汚ねぇ手には剣、槍、手斧。各々が得物を持ち今にもあたし達に向かって襲い掛かってきそうだ。




「マイちゃん。継承召喚しなくていいの??」



 少しだけ弱気な声をルーが上げる。



「こんな雑魚に使う必要無し!!」


「あぁ、肩ならしだ。全員纏めて叩く!!」



 あたし達の故郷だけじゃなく。


 アオイの里を侵そうとしているんだ。それだけは……。絶対させねぇからな!!



「ルー。オークとの戦闘は初めてですわね??」


「うん……」


「単調な攻撃しか仕掛けて来ませんが厄介なのはその物量です。周囲への警戒を怠らず目の前の敵に集中しなさい」


「分かった!!」



 弱気を振り払うと、アオイの指示に従い腰を落とし重心をしっかり取る。


 やっとこさ気持ちが入ったようだな。少し遅いけど、そこが優しいルーらしいよ。




「来るぞ!!」



「「「ギギィィアアアア!!!!」」」



 己の力を誇示する様に、これ見よがしに剣を大きく振りかぶり。


 目の前の三体のオークがあたし目掛けて襲い掛かって来やがった!!



「ふんっ!!」



 先頭の個体の胴体へと向かい、腰の入った渾身の拳を見舞ってやる。



 隙だらけなんだよ!!



「ギャッ!!」



 短く、そして低い声を上げ。体をくの字に曲げて後方に吹き飛んでいくと。後方に待機していたオークに直撃し数体を巻き込みながら土に還って行った。



「どぉよぉ?? 絶好調だ!!」



 此処まで大馬鹿野郎二人から受けて溜まりに溜まった鬱憤を晴らしてやる!!



「シャァッ!!」


「遅いわよ!!」



 マイが襲い掛かる斬撃を躱し、自分の間合いに相手を捉えた。



 んぉっ!!


 絶好の位置じゃないか。



 左足を軸に。


 そして右足の甲を相手の顎先目掛け、鋭く、そして最短距離を走らせて叩き込むと。



「カッ……」



 相手の首が壊れた玩具の人形の様に歪な角度に曲がり、短い声を放って土へと還った。



「さぁ、どんどん来い!!」


「その通りっ!! テメェら……。生きて帰れると思うなよ!?」


「マイちゃん。それ、本来なら私達が受ける台詞だからね……」



 それは一理あるかも知れんが、あたし達に喧嘩を売った事が間違いだと思い知らさせてやらないとね!!



「グァァァァッ!!!!」


「どぉぉっせぇぇええいっ!!」



 戦闘意欲が闘志に火を灯しあたし達の命を奪おうとする愚か者達を成敗する為に、ポッカポカに温まった体から迸る熱き一撃を目の前の個体へ何の遠慮も無しに叩き込んでやった。





最後まで御覧頂き有難う御座いました。


そして、評価して頂き誠に有難うございます!!


遂に来場者様が一万名を超え、より一層身が引き締まる想いの中。嬉しい励みとなりました!!


一万名様記念、じゃあありませんけど。活動報告にお知らせを乗せておきますので時間が在る時にでも御覧頂けたら幸いです。




そして、此処で一つ残念なお知らせがあります。


今週一週間は地獄の様な忙しさが待ち構えている為、投稿が遅れてしまいます。いつも通りに投稿出来ない事をこの場をお借りして謝罪させて頂きます。


真に申し訳ありません。


それでは皆様、今週も頑張って乗り切りましょうね!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ