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第百二十話 出立の朝 その三

お疲れ様です。


続きの部分の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 短剣、抗魔の弓、食料に必要最低限の生活必需品。


 よし!! 忘れ物は無いな!!



 朝一番に比べ、随分と太陽が高く昇った空の下。整然と並べた此方の分隊の荷物に不備はないかの確認を終え、大きく頷いた。



 西へ向かって三日。


 そして、敵の存在を確知しつつ南へと下り第二班と合流。そこから東へと戻る行程だ。


 不備があっては偵察の任を途中で断念せざるを得ない状況に追い込まれてしまいますからね。


 転ばぬ先の杖、じゃあないけども。不必要な位の確認が丁度良いのです。




「あ――。くっそ。朝飯、茶碗一杯しか食べられなかった……」


「良くもまぁゲーゲー吐いた後に食えたな」


「朝ご飯は大事なのよ!! あつつっ……。駄目だ。まだ出来の悪い大工が居るわ……」



 大切な荷物に背を預けて寛ぐ二人が普段通りの会話を放つ。



 朝食を摂った所為か、普段の元気過ぎる顔色の良さをほぼ取り戻してはいるが。まだまだ修行中の大工さんが下手糞な金槌で釘を打っているのか。


 こめかみに両手をむぎゅっと押し当てて二日酔いの威力に降参していた。



 昨晩の食い過ぎが仇となったと、これに懲りて食う量を減らして頂ければ万々歳なのですが……。


 アイツの場合はこれに当て嵌まる訳はないので、己の身を以て経験した辛さを糧にしてくれれば何も言うまい。



「ユウちゃん。私の飴玉何処にしまったっけ??」


「ルーの荷物の中身をあたしが知る訳無いだろ。自分の荷物の中にあるんじゃない??」


「今探したけど無くてさぁ……」



 狼の姿に変わり、折角整然と並べた荷物をモフモフの前足でちょいちょいと崩し。袋、若しくは背嚢の中から零れて来る匂いを嗅ぎ取る事に躍起になっていた。



 あちらの班の荷物も先程確認したから大丈夫だけども……。


 もう一度確認しておこうかな?? でも、これ以上ウロチョロするなと怒鳴られてしまいそうだし。



「フンフンフンっ……。あぁ!! マイちゃん!! 何でマイちゃんの荷物の中に私の飴が入っているの!?」


「ちっ。鼻の良い奴め」


「返して貰うよ!!」



 マイの荷物が入った背嚢の中に大きな鼻頭を突っ込み。



「これは……。違うっ。ん――。これも違うっ」



 服、塵、使用用途が理解出来ない物体、そして……。



「おぉっ!! この下着真っ赤で可愛いねぇ!!」



 彼女の下半身に装着する布を引っ張り出し、大きな顎で咥えて天へと掲げてしまった。



「てめぇ!! 何勝手に人様の下着をお披露目してんだよ!!」



 猛烈な勢いで立ち上がると、横着な獣さんの脳天に鋭い拳を捻じ込む。


 おっ。


 乾いた良い音がしましたね。



「いった!!!! 何で叩くの!? 言葉で言えばいいじゃん!!」


「あんたの場合、口で言っても理解出来ないからこうして体に教えてやってんのよ!!」


「これ以上叩かれたらマイちゃんみたいに馬鹿になっちゃうよ!!」


「てめぇにだけは馬鹿と言われたくないわっ!!」


「あ――……。うるせっ……」



 喧しさから逃れる様にユウが両耳を塞ぎ、コロンと寝返りを打つ。


 その後方で右往左往する朱の髪の女性と、今も下着を食んで逃走し続ける陽気な狼さんを眺めていると猛烈な不安が募るのは俺だけでしょうか??



 だがまぁ……。


 良い方に捉えるのなら、アイツが二日酔いから復活の兆しを見せた事を御の字としよう。


 マイが自分の荷物をそして物資を運べばその分皆が運ぶ荷物も少なくなるからね。



「レイド様、御安心下さいませ。物資は全て揃っていますから」



 気もそぞろな俺の状態を見越してか。


 アオイが小さな笑みを零して口を開いた。



「心配性な性分だからね。何度も確認しないと落ち着かないからさ」


「ふふ、有難うございます。此方の心配をして下さって」


「あ、うん……。どういたしまして」



 今の柔らかい笑み。


 異常なまでに似合っていたというか、凄く綺麗といいますか……。


 嫋やかに着こなす黒い着物の上に現れた一輪の美しき白き花の笑みを直視出来ず。込み上げて来る何かを誤魔化す様に頬を掻いて視線を逸らした。



 不意打ちは卑怯で御座いますわよ??



「あ、良かった!! 間に合いました!!」



 洞窟内から一人の女性が額に汗を浮かべ、此方に向かって小走りで駆けて来た。



「おはようございます。シズクさん。どうしたのですか?? 血相を変えて……」


「本日出立されると伺いまして。宜しければ、これを保存食として御持ちになって下さい」



 彼女が此方に差し出したのは、鮮やかな黄色い布に包まれた……。



「えっと……。これは何ですか?? 御煎餅にも見えますけど……」


「レイド様。それはかた焼きと呼ばれる保存食ですわ」



 かた焼き。


 名から察するに硬くなるまでこんがりと焼いた御煎餅擬きさんか。


 何とも無しに大人の手の平大の大きさの一枚を手に取り、物は試しと人差し指の第二関節で叩いてみたが……。



「物凄く硬いですね」



 関節に感じたそれはまるで鉄と同程度の硬化具合であった。


 食べ物、というよりも。湯呑の下に敷く受け皿と言われた方がしっくりきますね。



「極限まで水分を抜いてありますので物凄く硬いんですよ。水で柔らかくする。若しくは細かく砕いて口の中に含んで、柔らかくなった所で噛んで下さい」



 直接噛んだら歯が欠ける恐れもある。


 だけど、見た目と硬さに反して匂い自体は物凄く良い。


 原材料は小麦粉、砂糖、蜂蜜。恐らくこの三つは最低でも含まれている筈。



 ふぅむ……。


 原材料が手元にある時、食費節約の為に一度作ってみるか。



「おう!! ボケナス!! それ、一個頂戴!!」



 恐らく貴女は、食べ物に関しての差し入れは見逃さないと思っていましたからね。


 叫ぶと思いましたよっと。



「保存食だから一個だけだぞ」



 数十枚ある中から一つを手に取り。


 下着を仕舞い終え、随分と寛いだ姿勢に変化した彼女へと向かって投げてやった。



「とう!! ふぁむっ!!」



 口じゃなくて、手で受け取れよ。



「ふぉ――。こりゃ中々の装甲ね。では、早速!!!! 頂きます!!」



 両手でかた焼きを持ち、小さな御口に半分程度押し込み奥歯で鉄の硬度を誇るかた焼きと対峙した。



「ぐ、ぐぬぬぬぅ!!」


「あはは。無理ですよ?? マイさん。それは小さな木槌で細かく砕いて頂く……」



 シズクさんが上品な笑い声を上げてかた焼きと格闘するマイを見つめていたが。



「うんぬぅ!!」



 とても食べ物を噛んでいるとは思えない腹の奥を響かせる乾いた重低音がゴリっ、ゴリっと。周囲に響き渡った。



 そして、その姿を見たシズクさんは。信じられないと言う面持ちで口をポカンと開けてその様子を呆気に取られて見つめている。


 アイツの常軌の逸した姿は俺達にとっては見慣れた光景だが、彼女にとっては見慣れない光景でしたね。



「ふまいっ!! ほんのりとした甘さと丁度良い噛み応え!! ユウ!! ルー!! 食べてみてよ!!」



 岩を噛み砕いているのかと問いたくなる咀嚼音を奏でる彼女が隣で寛ぐユウとルーへ差し出すが。



「要らん。歯が欠けちまうよ」


「同感――。水でふにゃふにゃにしてから食べるよ」


「軟弱者めが!! 顎を鍛えないでどうする!! 玄人足る者、全てを食らい尽くす為に強靭な咬筋力が必要とされているの!!」



 顎云々の前に例えそれを噛み砕ける咬筋力を備えていたとしても。歯が耐えられ無かったら意味がないだろう??



「シズクさん。有難く頂きますね」



 黄色い布でかた焼きを丁寧に包んでそう話す。



「い、いえっ。素敵なお土産のお返しと捉えてくれれば幸いです。それでは仕事が残っていますので失礼しますね!!」



 数多多く存在する男性がぽぅっと見惚れてしまう爽快な笑みを残し。



「……っ」



 姫の御姫様の冷たい視線から逃れる様に洞窟へと戻って行くと、入れ替わりにシオンさんが日の下へと姿を現した。



「アオイ様。出立されるのですか??」


「えぇ、そうですわ」



 柔和な問い掛けに対し、少々不躾な態度で言葉を返してしまう。



「アオイ。シオンさんはアオイの事を想って見送りに来てくれたんだぞ?? 邪険に答えるのでは無くて温かい言葉で別れの挨拶を伝えるべきだよ」



 明後日の方角へと顔を向けてしまっている彼女の横顔へと話す。



「良いんですよ、レイド様。皆様、長く苦しく。そして危険を伴う偵察ですが……。貴女達なら必ずや成し遂げてくれると私は考えています。ですから、また元気な顔を見せに戻って来て下さいね??」



 彼女が口元を柔和に曲げて一路平安の言葉を授けて下さった。


 有難い御言葉に心が震えちまうよ……。



「はい。必ずや奴らの所在を確認して此方へと戻って参ります!! よし、皆。出発しようか!!」



 出立の声を高らかに宣言し、威勢よく振り返るが。



「あぁ?? あ――……。これ、食い終わってからね」



 残り半分になったかた焼きを食み続ける女性を捉えてしまうと、折角高まった士気が台無しになってしまうと思いませんか??



「はぁ……。アオイ、そっちの班は任せたからな??」


「レイド様の願いであるのならば従いますが。大変骨が折れそうで今から草臥れてしまいますわね」



「かたっ!! んまっ!!!!」


「マイちゃん。ガリガリ五月蠅いからあっちで食べてよ」


「うるふぁい!!」


「こっち向いて叫ぶな!!」




「「はぁ……」」



 危険な道に踏み入る前だというのにいつも通りの姿勢を貫く彼女達を見つめて彼女と共に大きな溜息を吐いた。



「レイド。行きましょう」



 先に荷物を背負い終えたカエデが西の森の入り口へと向かって歩んで行く。



「あぁ、分かった!! リューヴ!! 行こうか!!」



 いけねっ。


 グズグズしていると怖い海竜さんに置いて行かれちまうよ。



「了承した。ルー、皆の足を引っ張るなよ??」


「うん!! リューも頑張ってね!!」


「レイド――!! そっちも頑張れよ!!」



「おう!! じゃあ行って来る!!」



 満面の笑みを浮かべて此方を見送ってくれたユウに右手を上げて応え、もう随分と小さくなった藍色の髪の女性の背に向かって歩み出そうとしたのだが。



『――――。私も行くぞ』



 ウマ子の分厚い唇が背の服を食んで待ったの声を放ってしまった。



「こら、ウマ子。放しなさい」


『私も行くと言っているのだ!!』



 右手で払おうとしても唇は離れる処か、より強固に食んでしまう。



「リューヴ、先に行ってくれ。ウマ子にちゃんと言い聞かせて追い付くから」


「あぁ、了承した」



 彼女にそう告げると、彼女の面長の頬に優しく手を添えて振り返った。



「良いか?? ウマ子。俺達は今から危険が潜む場所へと赴くんだ」



 やっと服を放してくれた面長の顔の両頬に両手を優しく添え、語り掛ける口調で話す。



「俺や、カエデとリューヴ。皆は己を守る術を持っているがもしもの時、お前を守ってやれる確証がないんだ」


『だ、だが……。私は……』


「安心しろ。俺の頑丈さを知っているだろ??」



 面長の顔を胸元へと引き寄せ、己の額を彼女の額に密着させ。彼女の体内に直接言葉を送り込んでやる。



「俺達が帰って来ない時は此処の人達に面倒を見て貰え」


『あぁ……』


「無理はしないから安心しろ」


『その言葉は信じられんなっ』



 一つ大きく鼻を鳴らし、俺の嘘を容易く見破ってしまった。



 この森で亡くなった人達の無念を、俺が……。いや、俺達が晴らさないと。


 彼等の死は決して無駄では無いと証明しなければならない。だから、死と隣合わせの危険な場所から何んとしてでも結果を持ち帰らないといけないんだ。



「必ず帰って来る。俺が約束を破った事が一度でもあるか??」


『ふんっ。今回だけは見逃してやろう』


「あはは!! こらっ!! くすぐったいって!!」



 此方の心の声が彼女の心に届いたのか。長い舌で俺の頬を一つ大きく舐め、出発のお許しを頂けた。



「心配してくれて有難うな?? じゃあ、行って来るよ」



 お別れの挨拶を済ませ、大きな体をポンっと一つ叩くと。



『しっかりと務めを果たして来い!!』



 天へと届けと言わんばかりに面長の顔を空へと掲げ、美しい嘶き声を放ってくれた。



「おう!! じゃあ、皆行って来るよ!!」



 このままじゃ名残惜しさに囚われて決意が鈍ってしまう。


 そう考え、完全に姿を消失させた二人の背を追う為に森へと駆け始めた。



「いってらっしゃ――い!!」


「気を付けてな――!!」


「レイド様――!! 御達者で――!!」



 友人達の声が何んと心強い事か。


 そして、何んと勇気を奮い立たせてくれる事か。



「飯炊き!! 五体満足でこっちと合流しなさいよ!? さもないと、私が飢え死にしちゃうから――!!」



 俺はお前さんの専属飯炊きでは無いと何度言えば理解してくれるのだろうか。


 だけど……。うん。


 元気貰ったよ。



 彼女達の声が俺の背を押し、目の前に待ち構えている緑の海へと向かって何の躊躇いも無く突入を開始した。



最後まで御覧頂き有難うございました。


それでは、引き続き素敵な休日をお過ごし下さいね。

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