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第百二十話 出立の朝 その二

お疲れ様です。


日曜日の午後にそっと投稿を添えさせて頂きます。


少々長くなってしまったので更に文章を分けさせて頂きました。


それでは御覧下さい。




 移動によって上昇した火照った体の熱を冷まそうと洞窟の奥から柔らかくそして少しだけひんやりとした風が体内を通り抜けて行く。



 岩肌に乱反射する三名の歩行音。


 対面、若しくは後方から追い抜かしていく蜘蛛の兵士達の足音。


 薄暗い通路内には様々な音が乱反射していた。



 仕事場へと向かいぐぅたらと歩んでいたうら若き蜘蛛の女性兵さん達を恐ろしい雰囲気と圧力で、文字通り。


 蜘蛛の子を散らしてしまう力の持ち主の背に続いて通路の奥へと進んで行く。




「リューヴ、シオンさんの力はどうだった??」



 明るい野外に居た所為もありまだ視界が微妙に暗い。


 薄暗い通路内の暗さに慣れようと、目を細めてそう話す。



「素晴らしいの一言に尽きる。柳の如く躱すと思えば、雷にも勝るとも劣らない攻撃を加える。攻守共に一分の隙も見当たらない」



「褒め過ぎですよ」



 その割にはちょいと高揚した声色ですよね。


 褒められる事に慣れていないのかしら??



「攻守隙が無い、か。組手を見ていて何となく感じたんだけど、アオイの戦い方に似ていなかった??」



 相手に重心を悟られまいとする身の置き方。


 前後左右、四方八方からの攻撃に備えて体の力を弛緩させる構え。


 防御に特化した構えかと思いきや。


 奇をてらって急激に攻撃へと転化させて襲い来る。


 綺麗な顔を浮かべていてもその実、強力な力を有しているのだ。綺麗な花には棘がある。


 これを体現した戦い方なのです。



「あぁ、言われてみればそうだな。だが、両利きの分。アオイの方が厄介だぞ」


「そうですか、アオイ様が……」



 何だろう??


 妙に嬉しそうな声を漏らしていますけども。



 その事を尋ねようとした時、八つの穴が広がる分岐点に差し掛かり。親しみのある声がそれを阻んだ。



「よぉっ!! おっはよう!!」


「リュー!! おはよ――!!」



 ユウとルーが朝に相応しい笑みで此方に向かって挨拶を放つ。


 ぐっすり眠った御蔭か、いつもの二割増しの明るい笑みに思わず手を翳して明かりを避けようとしてしまう。


 本日から始まる任務に対し緊張感も、気負い過ぎている感も無い。


 普段通りの姿である事に安心感を覚えてしまった。




「おはようございます。御二人共、何処へ行かれていたのですか??」



 物理法則を無視した寝癖をキチンと直した藍色の髪の女性が此方に問う。



「俺は外の天気を、リューヴはシオンさんと組手だよ」


「そうなんだ!! シオンさん!! 有難うございますっ。リューの我儘を聞いてくれて」


「いえいえ。此方も大変有意義な時間でしたからね。それでは、私は仕事が残っていますので……」



 失礼しますと。


 見本にしたくなるお辞儀を放って一つの穴の中へと進んで行ってしまった。


 そして、それを見越したかのように白き髪の女性が静かな足取りで歩み来る。




「レイド様。おはようございます」


「うん、おはよ……。って、大丈夫??」


「どうかされましたか??」



 余り寝付けなかったのか。


 いつもよりちょっとだけ目の下が青い。



「ほら、目元にクマが浮かんでいるからさ」


「久し振りに静かな場所で休みましたからね。その所為で御座いましょう」



 その気持は痛い程分かる。


 俺も寝付くまでは静か過ぎて何だか落ち着かなかったし……。



「所で、マイの奴はどうした??」



 リューヴが喧しい存在が見当たらない事に怪訝な表情を浮かべて問う。



「あ――。一応起こしたんだけどさ」


「何かねぇ、気持ちが悪い。だって」



「「気持ちが悪い??」」



 おっと。


 リューヴと仲良く首を傾げてしまいましたね。



 朝一番の食事に気を遣っているアイツが、朝食に現れないのは不自然過ぎますからね。



「じゃあ俺達だけで朝ご飯に……」



 そう話し、食堂へと向かおうとしたのだが。




「ま、待て……。わ、わ、私も朝ご飯、クウわ……」



 クッタクタに草臥れ果てたワカメが通路から滲み出て来た。



 目元は空もひぇっと慄く程に青く染まり、深紅の髪はしっちゃかめっちゃかに乱れ、呼吸は整わず。不規則に吸っては吐いていた。


 恐らく、あの症状はアレだな。




「マイ、二日酔いで苦しいのなら眠っていても良いのですよ?? 幸い。まだ時間もありますし」



 賢い海竜さんの診断結果の通り、彼女は二日酔いを罹患してしまっていた。


 昨日、あれだけ沢山の発酵した実を食らったのだ。幾ら頑丈なアイツでも流石に酒の力は克服出来なかった訳ね。



「い、イヤ。アサ、メシ、クウ……」



 それ、何語です??



「あはは!! マイちゃん!! 面白い顔と声だねぇ!!」


「う、うるせぇぞ。お惚け狼。頭の中でさっきからずぅぅっと……。出来の悪い大工の金槌の音が鳴り止まねぇんだよ……」



 つまり、美しい金槌の音では無くて。


 無駄に強く釘を叩いている音、なのだろう。



「そ、それに。この気持ち悪さっ。うぅっ!!」


「お、おい……。此処で吐くのは止めてくれよ??」



 沢山の方々の往来がある場所で吐瀉物を吐き散らかすのは止めて頂きたい。



「ら、らいじょうぶ。きっと朝飯食えば治るから」



 多分、だけども。


 食った瞬間に喉の奥からアレが噴火しますよ??



 さて、どうやってコイツの暴挙を止めてやろうかと考えていると。



「あ、そうだっ!! ニシッ!!」



 わっるぅい笑みを浮かべたユウが、死にかけの鶏の足で必死に体を支えるアイツの下へとルンルンっとした歩調で向かって行ってしまった。




「よぉっ!! マイ!!」


「な、何よ。指先一つでも触ってみなさい。アンタの馬鹿げた乳、全部噛み千切ってやるから」


「いやいや!! 触らないってぇ。それよりもぉ……。この前さ、王都で食べたアレ。覚えている??」



 あ、あぁ。そういう事ですか。


 船の上では大変お世話になりましたからねぇ。そのお返しを考えたのでしょう。



「アレ?? 何よ……」


「ほぉぉら。豚肉をカラっと揚げてぇ、パンに挟んだ奴さぁ――……」


「っ!!」



 大変悪い角度に上がったしまったユウの口元を捉えると、青い顔が更にサッと青ざめてしまった。



「美味しかったよな――。あのかつさんどっ。脂がほどよぉぉく舌に絡んでぇ……」


「や、やめろっ。それ以上……。うぅぷっ!! うぅっ。口を開くんじゃねぇ」



 さて、俺達は食堂に向かおうかな。



「ユウ。マイの世話、頼んだぞ」


「お――う!! 目玉の水まで吐かせて、スッキリさせてやるからぁ――!!」



 流石にそこまで水分を出してしまったら脱水症状で倒れてしまうのでは??


 まぁ優しいユウの事だ。


 程々に、吐かせてくれるだろう。




「クッチャクッチャとお肉を噛んでぇ。チュルンっと喉の奥に送り込めばどうでしょう!! お腹の奥がぁ脂とグチャグチャに溶けあったパンが絡み合ってそれはもう複雑な色に変身してぇ」


「ユ、ユウ。私が船の上であんたにした事は詫びる。だから、それ以上。うぐむっ!!!! ぜぇっ、ぜぇっ……。喋るんじゃねぇ」



「おほっ!! 口だけは達者な病人さんだなぁ?? 喋らなくても直接腹筋に拳をブチ込んで吐かせてやっても良いんだけどぉ。こっちの方が楽しそうじゃんっ!!」


「私は全然楽しくない!!」



 でしょうね。


 気分の悪さによって両足で自重を支えられ無くなったのか。


 巨木にしがみ付く蝉みたいな姿勢で壁に寄りかかっていますから。



「あ、そうだ!! あれも美味かったな!! 何だっけぇ、マイちゃん。ほらぁ――、たいやき。だっけ?? 衣をサクっと前歯で寸断してぇ、中のあまぁぁい小豆をクッチャクッチャと噛んでぇ。ゴクン!! と飲み干す!! 喉に絡みつくあの甘さ。素敵だったよなぁ――??」


「おぶぅっ!!!! も、もう駄目ぇぇええ!!」



「ギャハハハ!! 皆!! 見てみろよ!! アイツ、尻尾で肛門を抑えて道の脇に駆け込む雌犬みたいな足取りで外へ向かって行ったぞ!!」



 その犬さんは余程急にもよおしたのでしょうねぇ。


 友人として吐き気を取り除いてやりたい気持ちは理解出来るけど……。もう少し友人を労わるべきなのではないでしょうか……。


 まぁ、アイツの普段の行いの悪さが招いた結果だ。


 因果応報、じゃあないけども。アイツの普段の行いの悪さが招いた結果だからユウの行為は目を瞑るべきですね。



 両手で込み上げて来るモノを抑えつつ外へ向かって駆けて行くアイツの背を呆気に取られ。



「「「……」」」



 キョトンとした面持ちで見送っている蜘蛛の方々に対し、慙愧にたえない想いを胸に抱いて食堂へと向かって行った。




最後まで御覧頂き誠に有難う御座いました。


現在、続き部分を編集中ですので今暫くお待ち下さいませ。夕方頃には投稿出来る予定です。

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