第百十九話 額に刻まれし悔恨 その二
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
では、御覧下さい。
明るい光景が何となく静まり返り、その静寂の中で彼女の返事を待ち続けていると。
「――――。貴女達も大魔の力を受け継ぎし者。自ずと感じた事はありませんか??」
少々の間を置いてシオンさんが室内の静寂を打ち破り。優しい声色からほんの僅かに変化した険しい声で口を開いた。
「ん――……。何か心の奥底にもやっとしたモノを感じた事はあるわね。それをどう使おうかは考えた事は無いけど」
「何だそりゃ?? あたしは感じた事ないぞ」
「私も――」
珍しく真剣なマイの言葉にユウとルーは気の抜けた声を出して返す。
「感じた事無い?? 継承召喚をした時。無茶苦茶腹が立った時。心のずぅっと奥深くに何かが蠢いている感覚。それが何かは分からんけども……」
マイはそのナニかを感じているが、ユウとルーはさっぱりって感じか。
勿論、俺もユウ達の立場です。
こちとら人間の身で産まれ、龍の力を分け与えられた中途半端な存在ですからね。その感覚を理解しろという方が難しいさ。
「マイ、ユウ。私と対峙した時を覚えているか??」
リューヴがいつも通りにムスっと眉を顰めて話す。
「勿論よ。あんな馬鹿げた力、忘れる訳無いでしょ」
「マイと共闘じゃなきゃどっちが勝っていたか分からなかったからなぁ」
実力者三人が衝突したあの激戦を間近で見ていたけども。勝負は拮抗し、ユウが話した通りどちらに勝利の栄光が与えられるのかは本当に僅かな差であった。
「――――。あれが私達に眠っている力の片鱗だ。私は未熟故その力を一割も生かせていないだろう。その結果があの暴走……。あのまま戦っていたら私は制御不能に陥り、自滅していたかもしれん」
「「「い、一割!?」」」
リューヴの力を間近で見た三名が声を合わせて驚きの声を上げた。
あの常軌を逸した力で一割にも満たないのかよ。
じゃ、じゃあ。十割解放したら一体どうなっちまうんだ?? この大陸が海中に沈み、地図上から消えちまうんじゃないのか??
「何人かはお気付きのようですね。それが貴女達に眠る力です。力を引き出す為には厳しい訓練と精神を鍛えなければなりません。未熟な時に使用すれば体は崩壊、精神が耐えきれず廃人と化します」
「私が感じていた力はそれだったのね」
己の中に眠る何かに納得がいったのか。
マイが一つ大きく頷く。
「今は時期尚早です。焦らずゆっくりと体を鍛え、技を磨き。それに耐えうる力を蓄えて下さいね」
「身の丈に合わない力は己を滅ぼすか……。リューヴ、下手に使うのは止めなさいよ??」
「分かっている。どうしようも無い時以外は使用せん」
血の気が多いリューヴだ。
強敵と対峙した時に皆の心配を他所に解放してしまうかも。そのどうしようも無い時が来ない事を祈りましょう。
「う――……。私も使ってみたいなぁ。でも、全然分からないしぃ……」
「ふふ、安心して下さい。直ぐにでも感じるようになりますよ」
シオンさんがルーを慰めるよう優しい声色を出す。
戦いが嫌いなルーはその力を見出すまで、優しい性格がそうはさせまいとして少し時間が掛るかもね。
「本当!?」
「えぇ、皆さんは優秀ですからね。直ぐにでも私を超えてしまうでしょう」
「世辞はいいわよ。それより前髪姉ちゃん!! 滋養の実ってある!?」
また急な話題転換だな。
「ありますけど……。今現在蓄えている実は熟し過ぎてしまい、発酵が進んでいますけど。それでも宜しければ……」
「構わないわよ!! 持って来て!!!!」
「余りお薦め出来ませんが……。持って来て頂戴」
シオンさんが給仕の方に指示を出すと。
「畏まりました」
前回も俺達の給仕役を務めてくれた彼女が静かに扉を開いて退出した。
「「滋養の実??」」
ルーとリューヴが双子……。じゃあなくて。ほぼ同一人物でしたね。
その二人が照らし合わせた様に首を傾げた。
「そう、見てくれは悪いけど体にいいのよ??」
「あれかぁ……」
「あれですか……」
ユウとカエデが難色を示す。
彼女が言った通り見てくれは大変宜しくありませんが、味自体は確かに良い。
紫色の液体に食欲が湧くかどうかは本人次第って所だな。
マイの話題転換で真面目な話が流れ。明るい空気が戻って来たし、このまま食事を再開させましょうか。
残り三割程度の食事に手を付け、しっかりと味わいながら体に嬉しい栄養を摂取し始めた。
「あ――!! 早く来ないかなぁ。水気があって喉越し爽やか……。はれ??」
もう既に空っぽになってしまった己の皿の上を見て。
大粒の豆を顔面に投擲されてキョトンとした鳩みたいに何度も瞬きを繰り返していた。
「ね、ねぇ。ユウ……」
「ん――?? ふむ、偶には鹿肉も食ってみるもんだなっ」
「わ、わ、わ……」
後少し。
頑張って結果を言おうか。
「私の御飯が消えちゃってる!!!!」
惜しい。
消えたのでは無くて、貴女が全て食らったのですよ。
「全部食っただろ。アオイが残した御飯でも食べたら??」
「むっ!! そっか!! その手があったわね!!」
失意の底へと叩き込まれた表情から一転。
燦々と輝く太陽の輝きを取り戻した横着者が颯爽と俺の隣の席へと移動を果たし。
「アイツの残した飯だけども。飯を残すのは私の流儀に反するからねっ。二度目の頂きますっ!! はむっ!!」
本日二回目の夕食を再開させた。
「まぁ――……。大した食欲ですねぇ」
「シオンさん。これでもまだ三割程度しかコイツの胃袋は満たされていませんよ?? そうだろ??」
小さな口へと豪快に飯をかっこむ女性にそう話す。
「ふぇいかい!! ふぁらしの胃袋ふぁ!! ふぁらふぁら満たされふぇいふぁい!!」
お願いします。
人が理解出来る言葉を放って下さいよ……。そうしてもう少し慎ましく頂きなさい。
だが、一見行儀が悪そうに見える食べ方なんだけれども。丼の中には米粒一つ残さずに食べ尽くす所作は見ようによっては美しいよな。
これを例えるのなら……。
あぁ、そうだ。
愛犬に与えた餌が綺麗さっぱり胃の中へと収まり、それでもまだ食べ足りないのか。長い舌でペロペロと皿を舐め回し、汚れ一つ見当たらない美しいお皿を温かな心で眺めた感覚だ。
犬の場合。
綺麗に食べたね――と。口元をペロリと舐める愛犬の頭をヨシヨシと撫でてやるのだが。
コイツの場合。
そんな事をしたら手首から先が噛み千切られてしまうので、傍観するしか術がないのですよっと。
「シオンさん。アオイが力を解放したのはどれくらい前の話ですか??」
食事を終え、ハンカチで御上品に口元を拭くカエデが問うた。
「レイド様達と出会う凡そ二か月前の話ですよ」
「随分と最近なのですね」
「それまでにその兆候は何度も見られましたけどね。カエデさん、でしたっけ。貴女も経験があるのでは??」
シオンさんがカエデの小さな背に問う。
「――――。えぇ、一度だけあります」
「うっそ!! カエデちゃんもあるの!?」
冷静沈着なカエデがあの時のリューヴみたいに大暴れする姿はど――も想像出来ないな。
鋭い牙を剥き出しにして襲い掛かるカエデか……。
『がぉ――っ!!』
だ、駄目だっ。
此方をおどろおどろしく怖がらせようとして、逆に可愛く映ってしまう姿しか想像出来ないよ。
「お父さんに指導を受けている最中、私に対してちょっと鼻に付く台詞を吐いたので。物は試しと考えて試行してみたのですが……。私には分不相応の力でしたね」
「ふぉれで?? ふぉうなったのよ」
「……」
マイの口から数粒飛来した米粒を払い除け、これでもかと眉を顰めて口を開いた。
「僅か数十秒程度でお父さんに抑え付けられてしまいました。気が付いた時にお母さんからそう伺いましたね」
「ふぉ――ん。ふぃとに歴史ふぁりっ、か」
いい加減飲み込めよ……。
そう言い放とうとしたのですが。
給仕の女性が彼女の口の中身を綺麗さっぱり飲み込ませてくれる物を運んで来てくれた。
「お、お待たせしました」
毎度毎度すみませんね。コイツの食欲の所為で走らせてしまって……。
はぁっ、はぁっと。
給仕の方が若干荒い呼吸を続けながらあの紫色の果実を……。
んっ!?
「おひょう!! これこれぇ!!」
「いやいや。なんかさ……。ちょっと黄ばんでないか?? それ」
前回見た時は見事な紫一色だったのに、今視界に捉えているそれは若干黄みがかっているし。
食べても大丈夫なのだろうか……。
まぁ、コイツの腹なら問題ないと思うけども。
「大丈夫だってぇ!! よぉぉっと!!!!」
机の上に置かれた果物包丁で真っ二つに切り裂くと、室内に爽やかな香りが数舜の間にふわぁっと広がった。
「あふぁっ。んふっ、良い香りっ」
南国の美しい花が風に乗せて届けてくれる馨しい香りにも似た物凄く良い香りです。
意図せずとも鼻がスンスンと動いてしまいますから……。だけど、この馨しい香りの中に酒類独特のツンっとした香りも混ざっているよね??
「リュー、なんかお酒臭くない??」
「果実が発酵した所為だろう」
鼻が利く狼二頭も酒の香を捉えたので、俺の鼻は正常だと証明されましたね。
「酒が怖くて戦が出来るかっ!! いただきぃ!! あむっ!!」
一口大に切り取った紫色の果汁が滴る果肉を一口で口の中へと放り込み、ジュクッジュクッと。大変美味そうな咀嚼音を奥歯で奏でた。
「どう??」
若干呆れた声色でそう尋ねる。
「んま――いっ!!!! 程よく甘みが含まれてて、お酒独特のピリっとした感じが喉越しを刺激するぅうう!!」
そりゃよう御座いましたね。
さてと、アオイの様子を見て来ようかな……。
家族に対して宜しく無い感情を残したままで戦地へと赴くのは悔いが残るだろうし。お節介じゃあないけども、解決に至る補助程度なら手を差し出しても構わないだろう。
あっと言う間に一つ目の実を食い終え、二つの目の実へと手を伸ばした女性を尻目に席を立った。
「主、何処へ行くのだ??」
「ん?? アオイの様子を見に行こうかなぁって」
「あ――……。アオイちゃん、ちょっとプンスカ怒っていたからねぇ」
そういう事。
「シオンさん、アオイは今何処に居ると思いますか??」
静かに、そして他者に重心の位置を確知させない姿勢で立つ彼女へと問う。
「アオイ様は御自身の御部屋で休まれているかと思います」
「その部屋はどちらに??」
「フォレイン様の御部屋に繋がる通路。洞窟の入り口側から見て一つ右側の通路の先にあります」
一つ右ね。
「有難うございます。じゃあ、ちょっと様子を見て……」
「…………」
皆へそう話し、食堂を出ようとすると深紅の髪の女性の手が俺の体に待ったの声を掛けた。
「何?? ちょっと痛いんですけど……」
俺の左腕を掴む彼女の手を右手で押し退けようとした刹那。
猛烈な痛みが顔面を襲った!!
「淫らなふぉ――いは、御法度れ――っすぅ!!!!」
「うぶぐっ!?」
な、何!?
何で急に右の拳を顎に当てたの!?
「な、何するんだよ!!」
突然の理不尽な暴力に目を白黒させて立ち上がると……。
「あぁ――?? 何だぁ、おめぇ。私を置いて、うっぷ。ぅぅうう……。あの、きしょい蜘蛛の下へといこ――ってのかぁ!? あぁん!?」
定まらない視点、猛烈に真っ赤に染まった顔、そして呂律が回らない口元。
この症状から察するに。
「マイ。お前、酔っ払ってるのか??」
恐らく、というか十中十そうでしょうね。
「酔っ払ってらい!! ふぁんむぐ!! あひゃひゃ!! うまぁぁいい!!」
いやいや。
もう食べるのはおよしなさいよ。その所為で酔っ払っているのですから。
「それ以上食べると明日に響くぞ」
滋養の実にガブっと噛り付き、口の端っこから粘度の高い唾液と紫色の果汁を零してケラケラと笑う女性に向かってそう話してやった。
お酒の力って思いの外強くて翌日に残るから嫌いなんだよ。
「らいじょゆぶ!! おらっ、おめぇも食えっ。なっ??」
「いや、要らん」
切り分けてくれた物なら考えたが、お前さんの唾液がたぁっぷりとへばり付いた実はとてもじゃないけど食べようとは思わないからね。
そして、何より。
俺は酒類が嫌いなのです。
「食えやおらぁぁあああああ!!!!」
「おぐっ!?」
棒立ちの姿勢で、しかも!! 無防備なままでみぞおちに龍の熱き一撃を食らい。
情けない事にこの体はふわりと宙を浮き、天井付近まで吹き飛ばされてしまいましたとさ。
も、もう嫌……。
誰かコイツの暴走を止めてくれ……。
「えへっ。飛んだなぁ――……。カエデはっ!? 欲しい!?」
「要りません」
冷静沈着な姿勢のカエデに見切りをつけると。
「ちぇっ。ユウ!! ユウ――!! あんたなら食べてくれるわよね!?」
身の毛もよだつ薄笑いを浮かべてユウの下へと軽やかな歩みで向かって行ってしまった。
「きったねぇ唾が付いた果肉なんか食えるか!! 向こうへ行け!!」
「はぁっ!? だったら無理矢理口移ししてぇ、ふぇじこんでやるぅ!! ん――っ!!」
ユウの両肩をガッツリ掴み、唇で食んだ果肉をぐぐっと差し出す。
「止めろぉ!! 絶対要らんっ!!」
「うぎぎぃっ!! ムッキィィィィイイイイ!!!! ウキキャァァアアアア!!」
「――――。厳しい冬を乗り越え、種の保存を画策する発情した猿の雄叫びだな」
「あはは!! リュー!! 上手い事言うね――!!」
俺もポンっと手を打って納得したと言いたいのですが。
アイツがこっちに向かって来る恐れもありますので、このまま地べたに横たわって死んだ振りを続けましょう……。
「あらあら……。酔ったマイ様は随分と大胆なのですねぇ」
シオンさん。
静観するのならアイツを止めてやって下さいよ。
「後……。ふこしぃ!!」
「こ、この……。あたしを本気にさせるなぁ!!!!」
「ドランゴっ!?!?」
ミノタウロスの怒りに触れた龍が天井に一瞬だけ『横たわり』。
「あべっ……」
自然の法則に従って地面に落下すると、細かい痙攣を開始。普通の者ならそれでお終いなのだが、それはあくまでも普通の者の反応な訳で??
彼女にそれは当然当て嵌まる訳は無く。
「うぃっ。ありっ?? 私の果肉はっ??」
「あっちだよ」
「あったぁっ!! えへへっ、コレコレっ」
冬眠から目覚めたカエルばりにケロっとした顔を浮かべて再び豪快に果肉へとむしゃぶりつく。
きっと翌朝目覚めたら綺麗さっぱりこの暴挙を忘れているのだろうなぁ。
「んまっ。水気、最高っ!!」
真夏の縁側で育ちも育った大きな西瓜の真っ赤な果肉を食む。
夏の風物詩であるあの独特の音を奏でるアイツの背を見つめながらそんな事を考えていた。
最後まで御覧頂き誠に有難うございました。
お陰様で体調も上向きになり、もう間も無く風邪の症状も収まりそうです。
皆様も季節の変わり目には気を付けて下さいね。
それでは、おやすみなさいませ。




