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第百十八話 分隊長殿の命令は絶対です

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 蜘蛛の御姫様が人目も憚らず強引に俺の体を引っ張りながら通路を進み。少し古ぼけた扉の前で彼女はその歩みを止める。


 ちょいと鼻息を荒げてその扉を開くと前回と変わらぬ光景が俺を迎えてくれた。


 剥き出しの岩肌の室内には長机が設置されそれを囲む様に椅子が整然と静かに建ち並んでいる。



「懐かしいなぁ。前と変わっていないや」



 北に展開するオーク共と戦うべくカエデとアオイが作戦を立案した部屋にお邪魔すると懐かしき思い出が頭の中を過って行く。



 ふっと、肩の力を抜いて何気なく机の上に手を置くが。埃一つ見当たらない面に思わず舌を巻いてしまった。


 掃除担当の人の仕事振りが机、並びに周囲の状況から滲み出て来るようだ。



 お疲れ様です。綺麗に使わせて頂きますね??



 心の中で感謝の言葉を述べて静かに椅子を引いて着席した。



「此処で作戦を練りレイド様と記念すべき初陣を飾った……。良い思い出ですわねぇ」


「良い思い出ばかりじゃないけどね。色々と失敗を重ねて負傷したからさ」



 オーク共を統率していた淫魔の人も見つかっていないし。それに、彼女の真の思惑も判明していない。


 掴み取れそうで掴めない、そんなもどかしさが残る戦績だったよな……。



「レイド様が受けた傷は私が癒しますので御安心下さいましっ」



 右隣りの席に着いたアオイがふっと笑みを浮かべてそう話す。



「これから先ずぅっと失敗し続けるだろうから大変だよ??」


「ず、ずっとで御座いますか!?」



 え、えぇ……。


 自分は出来が悪く、要領も悪い人なので……。



「そ、その御言葉は。求婚の言葉と捉えても構いませんわよね!?」


「いや、飛躍し過ぎて地平線の彼方まで飛んでるよね??」



 何処をどう捉えたら求婚に辿り着くのだろうか。時間があればアオイの思考を探ってみたいよ。


 何だか妙に機嫌の良い端整な御顔とお肉が首を傾げたくなる距離を構築しようと、ズズっと迫って来るので。


 それと同距離を移動し正常な距離を保ち続けているとマイ達が遅れて室内にやって来た。



「ごめん!! お待たせ!!」



 ユウが両手を合わせ、片目をパチンっと閉じてそう話す。



「別に構わないけど……。何かあったの??」



 その仕草が異様に似合う彼女へと問うた。



「ちょっといざこざがあったのよ」



 いざこざ??



「お前さんが御飯を強請った、とか??」



 俺の真正面の席に腰掛けた深紅の髪の女性にそう話したのが軽率でしたね。



「私は四六時中腹を空かせている野良犬か!!!!」


「いでぇっ!!」



 彼女が己の荷物の中取り出した親指大の飴が見事に額へと命中。



「わっ。飴だ――」



 机の上にコロコロと転がる茶の飴を左隣に腰掛けた陽気な狼さんが御自慢の顎を器用に動かして、ひょいと口に迎えた。



「えへへ。おいしっ」



 そりゃよう御座いましたね……。こっちは要らぬ攻撃を受けて額がジンジンと痛みますよ。



「リューヴが前髪姉ちゃんにちょっかいを出したのよ」



 前髪姉ちゃん……。あっ、シオンさんの事か。



「リューヴ、今の話は本当か??」



 ムスっと眉を顰めて此方側の壁に寄りかかっている彼女へ視線を向けると、そのちょっかいの余韻か。


 白く肌理の細かい肌にまるで鋭利な刃物で傷付けられた様な傷跡が首筋に残っていた。



「あぁ、そうだ」



 俺の言葉を聞くと、右手で傷跡を隠してしまう。



「実はね?? リューがさぁ……」



 狼の御口で器用に飴を舐め続けるルーが言うには。


 リューヴがシオンさんに組手を申し込み、その態度が不味かったのか。彼女を少し怒らせてしまったらしいのだ。



「まぁ呆れました事。シオンに喧嘩を申し込むなんて」


「ふん。手合わせを願っただけだ」



 腕を組み、俺の視線から逃れる様に明後日の方を向いてしまう。



「リューヴ。ちょっといいか??」


「……」



 明後日の方角から此方へと静かに顔を元に戻す。




「遠慮会釈、という言葉がある。相手に対する優しい思い遣り、相手の意向を考え思い遣る事なんだけど……。リューヴがシオンさんに対して行ったのはこれとは真逆の傍若無人足る態度だ。シオンさんは良く出来た人だからこそリューヴの無礼に対して優しく対応してくれたのかも知れないが、あくまでも俺達は他所の者。此処に居る人達全員に対してとまでは言わない。でも、それ相応の態度と節度を守って過ごしてくれないか??」




 俺が話している間、彼女は真剣な面持ちで反論する事無く。此方を直視してくれていた。


 偉そうな事を言っているかもしれないが、今後共に行動するなら俺の気持ちを少しは汲んで欲しい。


 人をそして魔物を敬う温かい心を持ち行動を共にする。その事をリューヴに理解して欲しかったから。



「……。了承した」



 少しだけ困ったような表情を浮かべ小さく頷いてくれた。


 こうやって人からアレコレと言われた事が無いのかな??


 自分より強い人に説くのも如何な物かと思うが……。



「後で一緒に謝ろうか」



 そう言いつつ立ち上がると、機を伺ったかのようにシオンさんが部屋に入って来た。



「皆さん、失礼します。小腹が空いたかと思いまして御茶菓子をお持ちしました」



 盆の上に乗せた人数分の湯飲みと焦げ目が食欲をぐぅっと湧かせてくれる御煎餅を机の上に優しく置いて頂けたのですが。



「うひゃぉっ!!!! パリパリの御煎餅だぁ!!」



 腹ペコの愚か者が誰よりも早く複数枚の煎餅を手に取り、早速パリッと軽快な音を立てて食み始めてしまいました。



 後でアイツにも礼節って言葉を教えてやらないと……。だが、その前に!!



「シオンさん!! その、申し訳ありませんでした」



 彼女の前に立ち、反省の意を籠めて深く頭を下げる。



「いえいえ。久しくあれ程の殺気を受けていませんでしたので、私も身が引き締まりましたよ??」



 優しい息をゆっくりと吐きながらそう答えてくれた。



「ほら、リューヴ」



 彼女の袖を少しだけ引っ張りシオンさんの前へと促す。



「その……。申し訳無かった」



 自分の行いを反省してもどかしい思いを抱いているのか。シオンさんと視線を合わせる事無く翡翠の瞳を地面へと向け、目線を合わせずに話してしまう。



「こら、謝る時は相手の目を見て感情を伝えるんだ」


「――――。済まなかった」



 翡翠の瞳が確実にシオンさんの顔を捉え。彼女はその真剣な眼差しを受けると前髪の隙間から柔和な視線をリューヴに向けた。



「はい、良く出来ました。私も少し大人気なかったかもしれないですね。仲直りの印に皆で御茶菓子でも摘まんで下さいな」



 はぁ――……。


 これで取り敢えず、此方の粗相は解決したな。


 人様の家で、しかも。重臣の方へ敵意を剥き出しにするのは不相応だからね。大事に至らなくて御の字って所か。




「ふぉう頂いていふぁ――す!!」


「マイちゃん!! 皆の分食べちゃ駄目だよ!!」


「卑しいですわね。レイド様の分も残しておきなさい」


「こうふいものふぁ、ふぁやいものふんなのふぉ」



 そうですかっと。こっちの気も知らないで良くもまぁバクバクと平らげられますね?? 貴女は。



 美味そうに御煎餅を食むアイツの姿を何とも無しに眺めていると……。




 シオンさんが皆から離れた所で、此方に向かって笑みを浮かべ手招きをしていた。



 はい?? 何でしょうか??



『ふふ……。レイドさんも大変ですね』



 あぁ、そういう事ですね。



『えぇ。戦闘だと皆大変頼りになるのですが、処世術と申しますか……』



 シオンさんの意外と小さな御耳へ同じく耳打ちを返す。



『私は気にしていませんので、もし手合わせを願いたいのならいつでも宜しいですよとお伝え下さい』


『分かりました。重ね重ね申し訳ありません』



 リューヴは頼り甲斐がある一方で、世間に疎いというか……。少々外れた感情を持ち合わせている。


 人里離れた深い森の中から訪れたのだからそれは仕方がないのかも知れないが。他人様の領域でそれは通用しない。



 自分を変えてまで他人に合わせろとまでは言わない。しかし、人を敬う気持ちだけは持って接して欲しいのが本音かな。


 急いで拵えても身に付かない、少しずつ世の常を学び。咀嚼して体内に取り込んで血肉に変えて、それがいつしか彼女にとって当たり前になればいいと思う。



 彼女は俺達から日常を学び、俺達はリューヴから今回の様な非常を経験する。


 互いに学び成長する良い関係だと思うんだよね。




「レイド様!! 早くこちらへいらしてください!!」


「分かったよ!! すいません、喧しくて……」


「構いません。それでは食事の用意がありますので失礼致しますね」



 綺麗な一礼をすると足音を一切立てずに退出された。


 どうやったらあんな風に移動出来るんだろう?? 何かコツでもあるのだろうか。



「なんふぁって??」


「口に物を入れて話すな」



 奥歯でパリポリと小気味の良い音を奏でる横着者に向かってそう話す。



「んんっ!! 何だって??」


「手合わせならいつでも大丈夫だから気兼ねなく頼んでいいよ、だってさ。良かったな、リューヴ」



 まだ少々気まずいのか。俺達から少々距離を置いている彼女の肩に手を置いてやった。



「あぁ!! よし、食事を済ませたら早速願おうか!!」



 それは気が早いんじゃないのかな??



「たふぇた後ふぁゆっくりふぃたいふぇよ」



 こいつは礼節云々よりも、元の性格から叩き直さなければならないな!!


 ですが!! 俺には出来ない事が歯痒いです!!



 口から零れ落ちた御煎餅の欠片がカエデの机の前に転がると。



「食べ滓を落とさないで下さい」



 それをカエデが邪険に払ってしまった。



「あ――ごふぇん。んでっ?? 明日から何でしょ?? 醜い豚ちゃん達の前線に偵察へ向かうのは」



 悪びれる様子も無くカエデに尋ねる。



「その通りです。索敵範囲は広範囲に亘っていますので人数を分けて行動しようかと考えています。レイドから班分けは私に一任されていますので、今から班の発表と各班の行動行路を説明します」



 此処に来るまでに考えてくれと頼んでおいたのだが、果たして我が分隊長殿はどういった作戦を提案されるのでしょうか。


 カエデが無言で席を立つと、背後の壁に掛けられている地図を手に取り机の上に置き。


 続け様に俺の顔を藍色の瞳でじぃっと見つめる。



 え?? 何??


 何か悪い事したのかな……。



「地図」


「っ!! は、はい!! 只今!!」



 たった一言で全てを察し、慌てて荷物の中からアイリス大陸南部の簡易地図を取り出して分隊長殿の前に広げた。



「どうも。我々が前線の偵察を行う前に、南部に展開する不帰の森の北側から彼の仲間が足を踏み入れ。三分の一程度の範囲の偵察を終えました。そして、我々のお仕事は残りの三分の二の範囲を偵察する事」



 カエデの細い指が森の北部から侵入し、丁度その位置で指の動きをピタリと止める。



「アオイ。私が今指差している位置は、この里から真西に進んだ所ですよね??」


「えぇ、凡その位置は合っていますわ。そしてそこは歩き慣れた者であるのなら、徒歩で三日程度の場所ですわね」



 歩き慣れた者。


 つまり不慣れな者はもうちょっと掛かるって訳だ。



「分かりました。では、第一班は敵の位置を掴み取るまで真西へと移動。敵の存在を捉えたのなら、南下を開始します」



「は――い!! 第二班はどうするんですかぁ――!!」



 ルーがモフモフの左前足をパっと上げて話す。



「今から説明するから少々口を閉ざしていて下さい」


「はぁ――いっ。えへへ、怒られちゃった」


「人の話はちゃんと最後まで聞こうな??」



 ハッハッと息を荒げる狼さんの頭を一つ撫でて地図上へと視線を戻した。



「第二班は南南西へと移動します。そして、南海岸線へと到達すると同時に敵の位置を探りながら北上を開始……」



 カエデが第二班の動きを指の動きで示すので、それを目で追うと……。分隊長殿の崇高な考えが掴み取れた。



「――――。あ、成程。第二班が南端の敵の前線の位置を探りつつ北上。そして、北から南下してくる第一班と合流すれば……。敵の凡その位置を掴み取れるって訳だな」



「その通りです。二班が合流した後、互いに得た情報を合わせれば正確な前線の位置が把握出来ます。そして、合流後に安全な東へと移動して状況終了です」



 ぐうの音も出ない程に完璧な作戦ですね。


 流石ですよっと。



「カエデ、班の構成はどうなっていますか??」



 真剣な眼差しで地図を見下ろしているアオイが話す。



「第一班は私、レイド、リューヴ。第二班はアオイ、マイ、ユウ、ルーです。これで作戦の説明は終了しますが何か質問はありますか??」



 カエデがふぅっと一つ大きく息を漏らして皆に問うと。



「「っ!?」」



 狂暴な龍と狡猾な蜘蛛さんが同時に手を上げ、互いの顔を鋭い瞳で睨みつけてしまった。


 もっと仲良くしなさいよね。



「何ですか?? 御二人共」


「コ、コイツと一緒に行動するのはどうしてよ!!」


「レイド様と違う班なのは納得出来ませんわっ!!」



「この班分けは私が此処に至るまで何度も頭の中で練りに練った采配です。第一班は私が遠距離で指示、並びに援護。レイドが中、近距離で敵に対処し。近接戦闘はリューヴに一任します。 第二班はアオイが私の役割を果たし、ルーがレイドの。そしてマイとユウが近接戦闘を担います。魔力探知は私とアオイが担当。接近する敵の臭いはマイとリューヴで対処します」



 ほら、完璧ですよね??


 ふんすぅ……、と。いつもより三割増しの長い鼻息を放った。




「ぐ、むむむぅ……」


「ちぃっ。あわよくばと考えていましたのにっ」



 はは、この完璧な采配を崩そうと躍起になっていますけども。何処にもその綻びが見つからなくて悔しいって感じだな。



「め、飯は!? 私達の飯はどうするのよ!!」


「偶には皆で協力し合って作るのも一考かと……」



 これで私の役割はお終い。


 そう考えたのか、小さなお尻を椅子にくっつけ。冷めてしまったお茶を美味しそうにズズっと啜ってしまった。



「だ、駄目よ!! 不味い御飯じゃ力でないもん!!」


「こんな喧しいまな板が繊細な行動が要求される偵察任務をこなせる訳がありませんわ!! 無能は其方に与えますので、レイド様を此方に加えなさい!!」


「んだと!? テメェこそ私の足を引っ張んじゃねぇぞ!?」


「足枷は貴女だと気付きませんか?? はぁ――……。今から気苦労で倒れてしまいそうですわねぇ」



 赤と白が仲良く喧しく喧嘩を始めても。



「…………」



 我関せずと、不動足る姿勢を保ち。コクコクと御上品にお茶を飲む分隊長殿に代わり仲裁の声を上げた。



「二人共、落ち着いて。作戦行動は長期に亘る訳じゃない。それに、其方班にはユウとルーも居るじゃないか」




「そ――そ――。あたし達、なんか置いてけぼりって感じだよな――??」



 ユウが右隣りの狼さんの頭の上にポンっと手を乗せると。



「同感――。私達よりマイちゃん達の方が問題アリって感じだよ?? ほら、放っておいてもすぅぐ喧嘩して五月蠅そうだし」


「あはは!! そうそう!! ルー、お前さんも言う様になったじゃん!!」


「えへへ!! そうでしょ――!!」



 両前足と両手繋いで仲良く上下にブンブンと振る。



 ルーが話した通り、問題なのはあの二人かもなぁ……。


 公私混同は避け。


 偵察には毅然足る態度で臨んで欲しいものだよ。



「言い忘れましたが。第一班の隊長は私、そして第二班の隊長は……」





「「「っ!!!!」」」


『当然私よね!?』

『あたしだろ!?』

『私に任せて!!』



 深紅と深緑と灰色が同時に己の顔を激しく指差した。


 残念だけども、間違ってもそれは無いかな。



「アオイです」



 まっ、無難な判断だろう。


 アオイは思慮に富んだ考えを持ち、状況に合わせて柔軟に行動出来る。


 マイと仲違いをしていますがもしもの時はきっと力を合わせて困難な状況を打破してくれるだろう。



「ふっ、当然ですわっ」


「各班は隊長の指示に従う事。私はアオイと今から詳しい行路の打合せをしますので皆さんは班の役割分担を決めて下さいね」



 さて、と。


 隊長殿が指示した通り、役割分担を決めましょうかね。



「リューヴ、俺達も打合せをしようか」


「あぁ、了承した」



「ユウ!! あんたが飯を作れ!!」


「はぁっ?? 皆で作るのに決まってんじゃん。あたしだけが作るのは御免だね」


「ルー!! あんたは私の荷物を持って、んでもって。私を乗せて移動しろ!!」


「嫌っ!!」



 あ、あはは……。


 あっちは前途多難だな。



「出発は……。アオイ、明日って朝食は提供してくれるのかな??」



 卑しい様だけども、一応確認しないとね。



「勿論ですわ。後で時間の確認をしておきます」



「有難う。じゃあ、出発は朝食後にする。各自は寝る前に荷物を纏めていつでも出発出来る様にしておいてよ??」



 ギャアギャアと騒ぎながら役割分担を押し付け合う三名の女性へと話し掛けたが、果たして耳に入っているのか怪しいものだ。



「向こうの班は悲惨だな。アオイが心労祟って倒れやしないか心配だぞ……」



 心配、か。


 ふふっ。リューヴから仲間を想う言葉が出て来ると、心に温かな感情が生まれてしまった。




「どうした、主??」


「あ、いや。リューヴが仲間を慕う気持ち抱いてくれて嬉しいなぁって」


「べ、別にそういう訳ではないっ」



 そう恥ずかしがらなくても宜しくてよ??



 食事は俺が担当するとして。荷物の配分、並びに深夜の哨戒任務についてリューヴと意見調整に務めていると扉から乾いた音が響いた。



「アオイ様、宜しいでしょうか」


「入りなさい」


「失礼します」



 緊張した声色、そして面持ちで部屋に入って来たのはシズクさんであった。


 表情は大変御堅いですが、元気そうで何よりです。



 机の前へと無言で進むのだが、俺と目が合うと。



「「……」」



 互いに一つ小さく頷いて無言の挨拶を交わした。



「アオイ様、お食事の準備が整いました。食堂までお越しください」



 その声を受け、真っ先に席を立ったのは言わずもがな。



「いやぁぁっほぅ――う!!!! 待ってましたぁ!!」


「マイちゃん待って!!」



 予想していた通りの行動に出る龍と、ちょいと予想外の行動を取ってしまった陽気な狼さん。



 呆気に取られるシズクさんを置き去りにして前回使用した食堂へ向かって駆けて行ってしまった。



「驚かせて申し訳ありませんね??」



 椅子に腰かけたまま彼女の労を労ってあげる。



「い、いえ……。それでは失礼しますっ」



 いつの間にか蜘蛛の御姫様がシズクさんへと冷たい視線を向けていたので、彼女はそれから逃れる様に部屋を後にしてしまった。



 丁度いいや。


 シズクさんにもお土産を渡しておこうかな。



 徐に席を立ち、肩に鞄の紐を掛けて彼女の後を追った。



「――。えっと、シズクさん。今宜しいでしょうか??」



 通路の奥へと進んでいる彼女を呼び止め、ちょいと速足でシズクさんの下へと歩み寄る。



「はい?? どうかされましたか??」


「えっと……。前回御借りした刀を折ってしまって……。その詫びといってはなんですが。これを受け取って頂けますか??」



 鞄の中から美しい百合の花が描かれた包み紙を取り出し、ポカンと口を開いている彼女へと差し出した。



「ぇっ?? へっ?? これを……。私に??」


「高級な品ではありませんけど。気に入って頂ければ幸いです」


「あ、有難う御座います!!」



 光り輝く宝石も思わず参った!! と顔を背けてしまう程の輝きを放ち。時価千ゴールドのハンカチが入った紙袋を受け取る。



 フォレインさんは簪。


 シズクさんはハンカチ。



 これなら被らなくていいかなぁっと考えて購入したのですよ。


 包み紙と同じく美しい百合が刺繍されており、男の俺でも思わずほぅっと頷く程に綺麗だったからね。



「で、では失礼しますねっ!!」



 熟れた林檎さんが心配になる程頬を真っ赤に染めて通路の奥へと進んで行く。


 そして、此方の様子を窺っていた御友人達に捕まると……。



「うっわ!! ずるい!! 何でシズクだけ貰えるのよ!!」


「見せて見せて――!!」


「ちょ、ちょっと!! それは私が頂いた品なんだからねっ!!」



 う――む……。


 王都で流行っている物は此処だと珍しく映るから、あぁして取り合いになるのだろう。


 今度立ち寄る時はもう少し多めに購入しておこうかな?? でも、そうすると予算が……。



 キャアキャアと騒ぐうら若き女性達の姿を遠目で眺めていると、誰かさんの剛腕が俺の肩に掛けられてしまった。



「んよぉっ。奴さん、随分と嬉しそうにしてたじゃん」


「あ、あぁ……。シズクさんの刀、折っちゃったし……」



 ユ、ユウさん。


 急にどうしたのかしら?? 殺気と魔力、漏れてますよ――??



「あ――あ!! ずるいよなぁ――!! あたしは毎日重い荷物背負っているってのに!!」


「主は我々に対して少し配慮が無さ過ぎるぞ」



 おっと……。


 今度は強面狼さんの登場ですか。



 お願いしますから鼻頭に皺を寄せ、嘯く声を放って牙を剥き出しにするのは止めて頂けません??


 狼の姿ですごまれると心臓に宜しくないのですよ。



「ちょっと……。相談、しよっか」


「あぁ、そうだな。納得のいく答えを得るまでは解放せんぞ」


「止めて!! ちょっと!! 引っ張らないで!!」



 泣こうが喚こうが抗いようの無い怪力によってズルズルと会議室まで連行されてしまう。



「脇腹?? 頬?? それともぉ……。首ぃ??」



 ユウが手刀を叩き込む仕草を取ってそう話す。



「ユ、ユウの力で打たれたら死んじまうよ。それに明日から任務だから!! せめて、平手にして下さい!!!!」


「あはは――!! うんうんっ!! イイ感じにあたし色に染まってきたなぁ――!!」



 ケラケラと笑う彼女ですが。その目は一切笑っていなかった。


 それが意味する事は只一つ……。



 お願いします!! ど――か!! 火傷程度で済みますように!!



 通路内でキャアキャアと可愛く騒いでいた彼女達だが。


 部屋の中から肉が弾け飛ぶ音が響くと同時にその行動をピタリと止め、互いに顔を見合わせると乾いた笑い声を放ち。


 己が与えられた責務へ、そそくさと戻って行ったのだった。


最後まで御覧頂き誠に有難うございました。


こんな時間の投稿になってしまって申し訳ありませんでした。


書き上げた所で寝落ちしてしまいまして……。


それでは皆様、良い祝日をお過ごし下さいませ。

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