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第百十六話 女王様の右腕 その二

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


中途半端な所で区切るのは少々流れが悪くなるとの考えに至り、長文になってしまいました。


大変申し訳ありません。


それでは御覧下さい。





 森の中の気温は以前通った時と比べて多少は過ごし易く変化したのかと淡い期待を寄せたのだが……。


 初秋を迎えた季節であるのにも関わらず高温高湿のままであった。


 平地では残暑厳しい季節と呼ばれる暑さだが此処では。


 今日も暑いですね――と。慣れ親しんだ者にとってはたった一言で片づけられてしまうであろうさ。



 俺達を率いて先頭を歩む女性の速度が変化していないのがその最たる証拠。



 森に入ってからというものの、一度たりとも歩む速度が落ちていないし。アオイにとっては故郷の気温だ。


 ちっとも苦にならないのだろう。


 額から零れて来る汗を拭いその後ろに続いて懸命に進行を続けていると、しっとりと水気を含んだ土の上に横たわっている枯れ木を踏みつけてしまった。



「むぅっ!?」



 この乾いた音に過剰反応を示した深紅の髪の女性が此方へと振り返る。



「枯れ木を踏んだんだよ」


「ふんっ!! 気を付けて歩けや!!」



 敵に囲まれている訳でもあるまいし。そこまで注意を払わなくても構わないでしょうに。



 白い霧が漸く晴れ渡り、森の中には上空からの陽射しが木々の合間を縫って降り注いでいる。


 暑さを除けば綺麗な景色なのだが……。



「ぬぅっ……。居ない、わね」


「あぁ、注意して進むぞ」



 マイとユウはどういう訳か視線を左右に動かして何かを探っている様子だし。


 そして、ルーに至っては人の姿で俺の袖を掴んで放そうとしない。



「なぁ、何かあったのか??」



 ちょいと前を歩くマイに聞いてみる。



「べ、別に?? 何にもないわよ??」



 その様子が確実に何かあったと此方に伝えているのですが……。



「あ、そう。ルー。袖を離して、歩きにくい」


「やっ!!」



 そうですか……。


 この中で比較的真面な状態なのはアオイとカエデ、そしてリューヴだけ。


 アオイは先頭に立って皆を導き、カエデは最後列でウマ子の手綱を引いて歩き、リューヴはもしもの時に備え翡翠の瞳を光らせて警戒を続けていた。


 この三名の警戒を掻い潜って急襲を仕掛けられるのは相当な実力を持った者のみ。


 もう間も無く到着するであろう目的地に安心して進めるのは有難いですよね。



 様子が可笑しな三名はこの三名の様子を見習って頂きたいものです。



「なぁ。カエデ」



 ユウが何とも無しに話しかける。



「何??」


「森の中を進みながらずぅっと気になっているんだけどさ。あの影……。カエデが何かをしたんだよな??」



 おっかなびっくり、森の奥に潜む何かを探るようにして問うた。



「影??」



 少々怯えた深緑の髪の女性に対し、チョコンと小首を傾げて答える藍色の髪の女性。


 その仕草がちょっと可愛いな――っと思ったのは内緒です。



「そうよ、カエデ以外にあんな器用な事が出来る奴なんていないし」


「私は何も知りませんよ?? 見間違いでは??」


「いいや!! あれは見間違いなんかじゃない!!」


「そうよ!! 私もはっきりとこの目で見たんだから!!」




 カエデは白を切る、いや本当に事実を知らないのか。今にも肩を掴んで脅して来そうな二人に対して目を丸くしていた。




「もうその話は止めようよぉ……」


「正体を確認するまで諦めないぞ!!」


「ユウ、良く言った!! 帰りは幽霊退治よ!!」



 何を見たのか知らないが、どうやら会話の流れから察するに霧の中に影のような物を見たらしいな。



「幽霊退治って言うけどさ。この世に体が存在しない相手にどうするつもりだ??」



 誰しもが思い描く普遍的な問題であろう。


 パッと思いついたのが……。カエデの恐ろしい話の中で出て来た慰霊碑。つまり、鎮魂の祈りを捧げてこの世に未練を残す思いを晴らしてあげる事かな。


 まぁ……。


 今にも襲い掛かって来そうな理を外れた存在に対して、祈る余裕なんて無いだろうけど。


 と、なりますと。有効な対抗策はたった一つだな。


 そう、兎に角逃げる!! 


 両足の筋肉が引き千切れても構わない勢いで駆け、口から泡を吐き続け、地平線の彼方まで走り抜けば幽霊もきっと根負けして諦めるだろうさ。




「取り敢えずはったおす!!」

「一発ぶん殴る!!」



 貴女達は恐らく物理的手段を取るでしょうねぇ……。


 そしてこの二人に睨まれた幽霊も可哀そうだな。


 怨み、辛みを晴らそうと近付いたのなら。それを余裕で超える恐ろしい顔で襲い掛かって来るんだぞ??


 きっと幽霊も裸足で逃げ出すだろうよ。



 ――――。


 あれ?? 幽霊に足って生えてたっけ??


 そんな下らない事を考えながら、何気なく振り返ると……。



「……っ」



 最後尾にいるカエデがマイとユウのやりとりを見て悪戯な笑いを浮かべていた。


 そして、俺の視線に気付くと美しい曲線を描く口元に人差し指を当てて片目を瞑った。



『黙っていて下さいね』



 恐らく、そういう意味でしょうね。


 カエデも随分と茶目っ気が出て来たな、良い傾向だ。



「何!? 後ろに何かいるの!?」



 俺の視線を勘違いしたマイが慌てふためいて振り返る。



「何もいませんよ??」



 カエデが飄々とした態度で話すのでうっかり笑い出してしまう所であった。



「さては……。幽霊の正体が近くにいるのね!?」



 それ、正解。


 犯人の正体は大変可憐な女性ですよっと。



「私は逃げも隠れもしない!! さっさと出て来い!!」


「ふわっ……」



 戦闘態勢を整え厳しい表情を浮かべる龍に対し。賢い海竜はのんびりと欠伸の一つでもしながら悠々と散歩感覚で森を進んでいた。


 こうした下らない会話が移動によって与えられる疲労を紛らわしてくれるのだと、心の中で僅かな感謝の念を抱いていると。



 左腕に細い物体がすぅぅっと撫でて行く感覚を覚えてしまった。



 森の中を進む事四日。


 遂に蜘蛛さん達の縄張りへと到達した訳だ。



「わぁっ。蜘蛛さんの糸だね!!」



 ルーが木々の間に張られている蜘蛛の糸を物珍し気に観察し、触ろうかどうか迷っている。



「ルー、やめておいた方がいいわよ。それ糸だから」


「へ?? わわっ……。くっついちゃった……」



 興味を持つ事はいいのだがそれの良し悪しを見極める力が必要だな。


 今、彼女はそれを養っているのだろう。



「うえぇ。レイド、頭にくっついたぁ……。取って!!」


「はいはい……」



 灰色の長い髪の毛が抜けないようにそっと優しく糸を取ってやる。


 これが狼の姿だったら大変だな。体中の毛に絡みつき最悪毛皮を切り取らなければならない所ですよ。



「取れたぞ」


「えへへ!! 有難うね!!」



 どういたしまして。


 ニッ!! と明るい笑みを浮かべる彼女に一つ頷いて再び歩み始めた。



「この陰湿な感じ。久々ね」



 周囲に張り巡らされた白き糸に対し、マイが顔を顰めつつそう話す。



「陰湿なのは兎も角……。フォレインさん達元気にしているかな??」



 前回共に戦った事もあり、蜘蛛の兵士さん達の顔が浮かんでくる。


 皆元気にしているといいけど。



「レイド様。私との婚姻を母に報告なさるのですか??」



 一字一句合っていませんよ??



「一字一句合ってないわよ。耳腐ってんのか??」



 俺の気持ちを完全完璧に読み取ったマイが先頭を行く彼女の白き髪を睨みつけながら話した。



「喧しい事。ほら、着きましたわよ」



 白が張り巡らされた深き森を抜けるとそこには、ぽっかりと口を開いて俺達を待ち構えている洞窟の脇が見えた。


 開いた空間の上空からは久し振りに見た爽快な青が此方の到着を祝福する様に空一面に広がり、知らず知らずの内に閉塞感を覚えていたのか。


 明るい空の下に出ると肩の力がふっと抜け落ちるのを感じ取ってしまった。



 懐かしいなぁ、ここも変わっていない。前回は到着した時に大群の蜘蛛に囲まれたっけ。



「アオイ様!!」



 肩の力を抜き、新鮮な空気を胸一杯に吸い込んでいると。こちらに気付いた門兵が目をぎょっと見開き、小走りでやって来た。


 蜘蛛の女王様の娘の突然の帰郷に驚いているのだろう。



「只今戻りましたわ」


「お帰りなさいませ。それにレイドさん達も遠路はるばるお越し頂きありがとうございます」


「どういたしまして」



 二人の兵の丁寧な挨拶に対して、こちらも礼儀正しくお辞儀を返す。


 兵士達の丁寧な挨拶もフォレインさんの教育の賜物か。



「母は居ますか??」


「はい、お部屋でお休みになられています」


「そうですか。レイド様、行きましょう」


「分かった。ウマ子、ここで大人しく待っているんだぞ??」


『あぁ、分かった』



 流石に洞窟の中に入れる訳にはいかないので、前回同様入り口で待機させよう。


 彼女に括り付けていた荷物を背負い、蜘蛛さん達の住処へとお邪魔させて頂く準備を整えた。



「馬は此方でお世話します。どうかごゆるりとお休み下さい」


「ありがとうございます」



 これまた一つお辞儀を返し、涼しい風が流れて来る洞窟の中へとお邪魔させて頂いた。



 剥き出しの岩肌に添えられた燭台の橙の明かりが闇の中でぼぅっと光り、行く先を照らしてくれる。


 森の中とは対照的にヒンヤリと涼しい風が吹き、汗ばんだ体の熱を拭い去ってくれる。


 見た目とは裏腹に本当に過ごし易い場所だよねぇ……。



 任務中じゃなければ日がな一日、皆さんと共に汗を流すのも一考だよな。


 体を鍛え、寝食を共に……。いや、寝は駄目だから。食を共にすれば自ずと成長しようさ。




「アオイ様!! お帰りなさいませ」


「お元気そうで何よりです!!」



 洞窟内ですれ違う全ての人達がアオイに対して態々足を止め、丁寧に頭を下げ。そして道を明け渡して行く。


 その姿を見てルーとリューヴは目を丸くして感心していた。



「何ですか?? 先程からじろじろと見て」



 蜘蛛の御姫様が怪訝な顔で彼女達の視線を見返す。



「いや――。アオイちゃんって本当に蜘蛛の御姫様だったんだなぁって」


「あぁ。これには驚きだ」


「はぁ……。あのですね、最初にそう言ったじゃありませんか」



 溜息混じりに話す。



「ん――。嘘かなぁって」


「虚言癖がある奴かと思ってな」



 酷い言われようだ。



「これで信じて貰えましたか??」


「まぁね!!」



 剥き出しの岩肌の通路を暫く歩き、通路を抜けると大きな空間が現れた。



 周囲を見渡せば八つの穴が開いており、その穴の中へと。あるいは穴の中から違う穴へと忙しなく蜘蛛の方々が移動して行く。


 皆さん大変お忙しそうですね……。


 仕事に追われる様を見ちゃうと、此方も何かしなければという使命感が浮かぶのは俺だけでしょうか??


 だが、その仕事を手伝う前にこの洞窟の主へと挨拶をしなければならない。


 確か、フォレインさんの部屋は正面の穴だったな。



「此方へ……」



 彼女は俺の予想通りに正面の穴へと進んで行く。



「アオイ様。どうぞお進みくださいませ」



 その後に続いて穴の脇に立つ二名の門番の方々に一つ頭を下げて足を踏み入れさせて頂いた。



「む……。この力……」 



 通路に足を踏み込んだ瞬間、リューヴが険しい表情を浮かべて穴の先へと視線を送った。



「やっと気付かれました??」


「この異様な力……。それも二つも……」



 二つ??


 一つはフォレインさんで、もう一つは誰だろう??



「余り会いたく無い人がいますわね……」


「会いたくない人?? 誰の事だ??」



 以前来た事もあってか、ユウが随分とのんびりとした口調でアオイに問う。







































「――――。私の、姉の様な方ですわ」



 えっ!?


 お姉さん!?



「えぇっ!!!! アオイちゃんお姉さんいたの!?」


「話の内容をしっかり咀嚼して捉えなさい。私は今、姉の様と言いましたわよ??」



 あ、あぁ。そうか……。


 びっくりしたぁ。本当に姉妹かと思っちゃったよ。



「その御方は蜘蛛の一族ではどのような地位ですか。そして、アオイとの関係性を教えて下さい」



 分隊の最後方を歩くカエデが問う。



「彼女は御母様の右腕として皆から頼りにされています。戦闘訓練、並びに仕事の采配も全て彼女が一手に請け負っています。戦闘の実力は折り紙付き。そして、私と彼女との関係性ですが……」



 何だろう??


 ちょっと言い難そうにしているな。



「アオイ、話辛いのなら言わなくてもいいよ??」



 誰にだって話したくない事実は一つや二つあるだろうし。



「ふふっ。有難うございます、レイド様。――――。彼女は私が物心付いた頃から私に対し、指導を施してくれた方ですわ。生活面、戦闘、並びにこの世の常識等々。それは多岐に渡る指導でした」



「成程――。お姉さんって感じているのは、アオイちゃんがその人を慕っているからなんだね!!」



「無きにしも非ず、とでも申しましょうか」


「なんか中途半端な答えだな――。全部教えてよ!!」



「ルー。人には例え仲の良い友人であっても踏み入って欲しくない領域があるんだよ。それを汲んであげなさい」



 アオイの肩をちょいちょいと突く横着な灰色の頭をツンと突いてやった。



「はぁ――い!! アオイちゃん!! 御話したくなったらいつでも言ってね!!」


「貴女に対して、その気持が湧く事は一生ありませんわね」



 冷たい言葉を投げかけるも、フフっと小さな笑みを浮かべる。



「うっわ!! 酷いな――」



 ルーはきっと頭では何となく理解出来ないけど、心で彼女の本当の温かな真心を掴んだのだから明るく接したのでしょう


 辛辣な言葉を放ったのに、言葉の端に棘は感じ取れなかったし。



「うっせぇなぁ。さっさと歩けや……」



 舌打ちして悪態を付く方にもその温かな真心を与えれば喧嘩は起きませんのに……。


 どうしてこうもあの二人は仲が悪いのやら。



 薄暗い通路を奥に進むにつれて腹の奥にズンっと質量を持たせる常軌を逸した力が掴み取れる様になってきた。



 マイ達はこの二つの力を掴み取ったのか……。


 俺ももう少し魔力を掴み取る訓練をすべきなのかな。



「御母様。只今戻りましたわ」



 俺達を迎えてくれた重厚な扉の前でアオイが静かに言葉を漏らすと。



「――――。入りなさい」



 背筋をゾクリと泡立たせる蜘蛛の女王様の声が届いた。



「失礼しますわ」



 アオイを先頭に女王の間へとお邪魔させて頂くと、此方から一段登った所から悠然とした態度で彼女の母親が俺達の事を見下ろしながら出迎えてくれた。


 少し派手な赤色の着物をお召しになり、彼女が足を組めばその隙間から垣間見える白く美しい足が目に宜しく無い。


 憂いを帯びた目元に細雪のような美しい白き髪。そして、しっとりと湿った唇が男心を悪戯に擽る。


 以前と変わらぬ姿に安心したのですが。


 前回とは異なり。フォレインさんの右手側に一人の女性が朧に立ち、俺達を長い前髪の間から厳しい視線を送り続けていた。




 黒き前髪を伸ばして目元を覆うように垂らしているので素顔は窺い知れぬが、彼女が放つ圧は桁外れ。


 まるで外敵に対する威嚇だ。


 後ろ髪を束ねそれが背中の中央まで伸びている。その髪に誂えた様に漆黒の着物がよく似合っていた。


 しっかりとした重心を保ち、堂々と正面で此方を捉える様は一分の隙が無く。もしもフォレインさんに襲い掛かるものなら、左腰に差す刀で女王に害をなす人物を両断するだろう。


 正に女王の側近として相応しい人物である事が初見で看破出来てしまった。




「御母様、只今戻りました」



 アオイが片膝を着き、帰還の報告をする。


 俺達も彼女に見倣い、女王の前で頭を垂れた。



「お帰りなさい。アオイ」



 美しく、透き通る声が部屋に響く。



「それと……。お久しぶりですね?? レイドさん」


「突然の訪問をお許しください」



 此方の体全身を舐める様な視線で見つめ、その怪しい眼光を浴びせられると全身の肌が泡立ちそうだ。



「構いませんわ。レイドさんでしたらずぅっとここにいても宜しいのですよ??」


「は、はぁ……」


『おら、さっさと用件を伝えろや』



 俺がフォレインさんの応対に困っていると隣の龍が脇腹を己が肘で突っついて催促を促した。


 分かっているって。



「実は今回の訪問は……」



 承った任務の詳細を端的に女王様へと伝える。


 その間も女王様の怪しい視線と、もう一人の厳しい視線が前髪越しに浴びせられ。折角乾いた汗がまた吹き出して来ましたよっと。



「――。と、言う訳で此方へと足を運びお邪魔させて頂いた次第であります」


「まぁ。それは……。遠い所から大変でしたわねぇ……」



 彼女が放つ甘い吐息が部屋中に満たされると。


 体中にフォレインさんの言葉が甘く絡みつき、気が付けば動けなくなる。そんな錯覚さえ覚えてしまうよ。



「はい、大変失礼かと存じますが……。本日ここで休ませて頂けましたら幸いかと考えております」


「敵の現在位置が明瞭に把握出来るのは此方にとって利益しかありません。それに娘の将来の夫の願いを無下には出来ませんわね」



 いや、そんな事いつの間に決まったのです??


 聞き覚えが無いのですが……。



「フォレイン様、この方々が仰っていた……」



 この部屋に来て初めて隣の女性が声を上げた。


 俺が想像していたよりも綺麗で澄んだ声色だな。



「そうよ、彼等には大変お世話になったの。だから無粋な真似は駄目よ?? シオン」



「分かりました」



 彼女の名は、シオンさんっていうのか。


 確と頭の中にその名を刻んでおこう。



「アオイ、レイドさん達を部屋に案内しなさい」



「分かりました。レイド様、行きましょうか」



 アオイが静かにスっと立ち上がると俺達もそれに倣う。



「分かった。あ、そうだ」



 危ない。


 忘れる所だったよ。



「フォレインさん、ささやかな物ですがお受け取り下さい」



 肩から下げていた鞄に手を入れ、レイモンドで購入した簪の入った袋を取り出す。



「まぁ……。これを私に??」


「はい、喜んで頂けるかと思いまして……」



 値段は伏せておこう。


 女王様に献上するに相応しく無い値段ですからねぇ。



「開けても宜しいですか??」


「どうぞ」



 彼女の細く、白い指が袋を開放し。中から一本の簪を取り出した。



「綺麗な簪ですね。これは牡丹の花かしら??」


「えぇ。銀細工の職人が作った物です、気に入って頂ければ幸いかと」


「殿方から贈り物を頂いたのは何百年ぶりかしら?? 大事に使用させて頂きますわ」



 柔和な笑顔で此方を見つめる。


 その顔を見るなり、体温が急激に上昇するのを全身で感じてしまった。



「い、いえ!! それでは失礼します!!」



 フォレインさんって笑うとあんな優しい顔になるんだ。


 意外というか……。物凄く似合っているというか……。



「ちょっと。あんなお土産いつ買ったのよ??」


「レイド!! 私にも買ってよ!!」


「レイド様……。あれは結納の品と捉えても宜しいでしょうか??」



 しまったな。


 皆の前で渡すべきじゃなかったのかも……。



「そんなんじゃないって!! 手ぶらで来るのは如何なものかと思っただけだよ!!」



 ググっと眼前に迫った女性達に対してしどろもどろになり。情けない姿をお披露目しつつ女王の間を後にした。














 ――――――。



 彼等が立ち去り、重厚な扉が閉まっても明るい声が扉越しに私の耳へと届く。


 その間も彼から頂いた簪を手に取り、愛しむように見つめていた。



「――――。礼儀を弁えた男性ですね」


「そうでしょ?? 娘が気に入るのも頷けるわ」



 勿論、私も気に入っていますよ??


 私の記念すべき初孫は是非彼と。そう考えていますからねぇ。



「えぇ。それと……。中には腕の立つ者もいましたね。特に赤い髪の子と翡翠の目を宿した灰色の髪の子……」


「あら?? 藍色の髪の子も相当やるわよ?? 敢えて魔力を抑えて……。私達に遠慮したのかしら??」


「しまった!! 魔力探知を怠りました……」



 己の失態だと捉えたのか。


 黒き前髪で覆われた額を軽くコツンと叩いて話す。



「敵じゃあるまいし。シオン、あの子達の世話を頼むわ」


「了解しました」



 後ろで髪を束ね、簪で留める。


 木の部分もいい手触りだわ……。中々の出来栄えよね。



「どう?? 似合う??」



 久し振りに髪を束ねた己の姿をシオンに向けて見せてあげた。



「大変似合っております。その牡丹本当に綺麗ですね、まるでフォレイン様に誂えたようです」


「うふふ、ありがとう。彼、牡丹とこのライラックの花言葉を知って私に贈ってくれたのかしら??」



 包み紙にも見事なライラックの花が描かれている。


 これを作った職人の腕、そして熱意が制作物を通して伝わって来る様だわ。



「花言葉ですか?? 確か……、牡丹は。『思いやり』 『風格』でしたか??」


「そう。そして、ライラックは『恋の芽生え』 ……。うふふ、これはお返しをしないといけないわね。あぁ、夜が待ち遠しいわぁ……」



 己が胸をひしと抱き、彼との相瀬を想像する。


 以前と比べ格段に成長した強く逞しい雄の体。


 そして……。彼の内に潜む魔力も成長していた。


 あの黒き髪に私の手を通し、羞恥で真っ赤に燃え上がった頬にそっと口付けを……。



 ふふっ。


 何者にも染まっていない彼を自分色に染める。それは大人の女性の特権かも知れないわね。




「加減をして下さい。フォレイン様が本気を出したのなら彼は卒倒してしまいますよ??」


「あら?? 彼はそこまでやわではありませんわよ?? 今宵、『歳の離れた妹』 と『初孫』 が生まれるかも知れませんわ……」



 娘は奥手、なのかしら?? それともお邪魔虫の所為で受胎出来なかったのか。


 私の想像では此処に帰って来る時。既にその胸には可愛らしい初孫を抱えている予定でしたのに。


 この点に付いて、もう少し指導が必要なのかも。



「お戯れを……。それでは失礼します」



 シオンが扉を出て行く刹那。



「戯れ程度は許しますけど。娘の友人達を傷付ける真似は許しませんよ??」



 珍しく少し興奮気味の彼女の背に向かってそう言い放ってあげた。



「畏まりました、向こうの出方次第で判断させて頂きます」



 私に向かって丁寧に頭を下げ静かに扉を閉めると娘達の下へ。蟻の足音よりも静かな足音を立てながら向かって行った。


 あれだけの実力者が揃って訪れたのだ。


 きっと血が騒いだのでしょう。


 シオンの相手を務める事が出来る者は果たして何名居る事やら……。



 髪を解き、手元に簪を戻すと。


 彼の贈り物が指に与えてくれる心地良い手触りを堪能しながら、先程の娘の顔を思い出す。



 良い顔になって帰って来てくれたわね。


 良い経験、良い友を持った結果がなければあの様な充実した面持ちを浮かべる筈が無い。


 彼には感謝の言葉だけではとても尽くせぬ礼を作ってしまったわ。これは是非とも私の……。いえ、我々の体を以て彼に尽くしませんと。


 問題はその暇、ですわよねぇ。


 喧しそうな人々に囲まれていますので、中々その時が訪れない事が問題なのです。



 そして願わくば……。


 娘と彼女との確執を取り払ってくれたら……。もう娘共々この身を捧げても構いませんわね。


 手元の簪が放つ美しい銀の輝きを見つめながら、彼に対して行うありとあらゆる礼に付いての熟考を重ねていた。



最後まで御覧頂き誠に有難う御座いました。


ブックマークをして頂き有難う御座います!!


週の初めに嬉しい便りになりました!! 皆様が少しでも楽しんで頂ける様、精進させて頂きます!!


それでは皆様、おやすみなさいませ。

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