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第百十六話 女王様の右腕 その一

お疲れ様です。


休日の午後にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 健康的に焼けてちょいと柔らかいお肉にへばり付くと、体が途端にホワホワしてくる。そしてついでに恐怖心に侵されて冷たくなっていた私の心も春の温かさを取り戻して来た。


 下着の紐に後ろの両足を突っ込み、紐に尻尾を絡みつかせてより強固に体を固定。


 更に!!


 両手をズバっと広げて我が親友の背のお肉にしがみ付けばあら不思議。


 くらぁい外に比べ此処はまるで陽光が差して微睡を与えてくれる縁側に早変わりするではありませんか!!



 ユウと一緒にリューヴを揶揄うつもりが海竜の横着の所為でとんでもねぇ目に遭ったわ。



 別に?? 怖がっている訳じゃないの。


 この行為は……。そう。


 長きに渡る移動によって疲弊した体と精神を安定させる為に行っているのよ。



 彼女の地肌に鼻頭をピタリとくっ付けてスンスンと鼻を動かせば、大変優しい香りが肺一杯に広がるしっ。



 ユウはきっと私に安寧を与える為に生まれて来たのかも知れないわね。


 絶対違うと突っ込まれそうだけども……。




「皆、出発の用意をしてくれ。馬車は此処へ置いて行くからな」



 私が世界最高の居場所を満喫していると、ボケナスの声がユウの服越しに聞こえて来た。


 それと同時にウマ子の嘶く声が響き。



「あ、こらっ。くっ付いてきたら作業が出来ないだろ??」



 御主人様に甘え、そして当の御主人様は困った様な。でも、そこまで苦労していない様な。そんな中途半端な声色を放って身支度を整える音を放った。



 もう森に到着しちゃったのか。


 可能であれば霧が晴れる迄この中に引き籠ろうと画策していたのに……。




「ウマ子は意外と甘えん坊ですからね。久しぶりにレイドと遊びたいのでは??」



 おやおやぁ??


 海竜さんやい。



 妙に優しい声色ですね――。


 さっきのくっだらねぇ話とは真逆の声色じゃねぇか。



「遊びたいのは山々だけどさ。ほら、仕事を終えないとずぅっとこの霧の中で待機する事になっちゃうからな」



 ボケナスもカエデの優しき声を受けると満更でも無い声色を放つ。


 ちっ。


 あんたは任務中の身である事を忘れているのではないか??


 任務中はクソ真面目な性格が更に大真面目になり。ドデカイ金槌で砕こうとしても決して破壊出来ない程に硬くなってるってのによぉ。


 可愛い海竜ちゃんの声色で容易く破壊されちゃいましたね――。



 後で奴の耳を龍の牙で穿ってやろう。


 公私混同は由々しき事態であると、聡明な私が教えてやらねばならぬからなっ!!




「おい。いい加減あたしの背中から出て来い。くすぐったいんだよ」



 ユウの御手手が器用に背に回り込み、私の体を服越しにペシペシと叩きつつ話す。



「う、うむ……。何も居ないわよね??」



 多分、大丈夫だと思うけど。一応、ね??



「あはは!! マイちゃん、居ないから安心して出て来なよ――」



 ビビリのお惚け狼の声色を受け、えっこらよっこらとユウの背中を登って行き。


 彼女の肩越しに周囲の様子を窺った。



「…………」



 ほぉん……。


 昼間だってのに相も変わらず薄暗く、鬱陶しい白に囲まれているわね。


 シパシパと瞬きを繰り返し。今も作業を続けているボケナスの隣へと視線を動かすと……。


 な、なんと!!


 バカデカイ何かが佇んでいるではありませんか!!



「っ!?!? い、居るじゃん!!!! デッカイ何かが!!」



 速攻でユウの背中へと舞い戻り、再び緑色の下着にあんよをぶち込んでへばり付いてやった。


 こっわ!! あ――!! こっわ!!



「ウマ子だよ!! ちゃんとよく見ろ!!」


「見んっ!! 私はこの霧が抜けるまで、此処から一歩も動かんぞ!!」



 この逞しい背中が私の心を守ってくれるのよ!!


 それを自ら手放す等、愚の骨頂っ!!



「はぁ――。まぁいいや。アオイ、先導を頼む」



 私との押し問答を諦めたボケナスがきしょい蜘蛛に指示を出す。



「分かりましたわ。では、皆さん。出発しましょう」



 うっし!!


 これでこのまま移動出来る!!


 そう考えて、ほっと肩の力を抜いたのだが。



「ユウちゃん、荷物まだ残ってるよ??」


「カエデ――!! わりぃ!! ちょっと手伝って――!!!!」



 お惚け狼と無駄に胸がデケェ我が親友の仕事の要領の悪さの為に、この場に留まる事になってしまった。



「はぁ……。分かりました。申し訳ありません。直ぐに追い付きますので、先に行って下さい」



 ちょいと遠くからカエデの辟易した声が届き、重厚な蹄の音と女性の軽い足音が此方へとやって来る。



「主、行こうか」


「了解。ゆっくり歩いているからね――!!」



 ボケナス共は先行し、我々はそれを追う形になるのか。


 悪くは無いけどもどうせなら全員で行動した方が良いんじゃない?? ほら、団体行動って奴よ。


 それに!! この不吉な白い霧の中にか弱い女性を置いて進むなんてちょっと思慮が欠けているんじゃない!?



「おい、そろそろ出て来いって。自分の荷物位は自分で背負え」



 荷馬車の側に到着したユウが私に向かってそう話す。



「出なきゃ駄目??」



 すっげぇ良い匂いするし、出来る事ならこの匂いに包まれて移動したいんだけども……。



「マイちゃん、子供じゃないんだからそれ位しっかりしよ??」


「てめぇにだけは言われたくねぇ!!」



 お惚け狼の分際で生意気なのよ!!



「またそうやって……。出て来ないのならぁ……。こうだ!!」



 何を考えたのか知らんが、無駄にデケェ狼の頭をユウの背中へと突っ込み。何んと、私の下半身をハムっと咥えるではありませんか!!



「止めろ!! きったねぇ涎がつく!!」


「ルー!! 引っ張るな!! 下着の紐が解ける!!」


「ふぁいちゃんがふぇてくれば良いふぁなしふぁからね――!!」



 く、くそう!!


 こうなったら、何が何でも抗ってやる!!


 私を引っ張り出そうとする狼の力に対抗すべく、両手で緑色の紐の結び目を思いっきり掴んでやった。



「むむ……。ふぁかふぁか頑張るふぇ??」


「くっさ!! おらぁ!! 獣くせぇ息を吹きかけんな!!」



 真っ黒で大きな鼻に向かって左の拳を捻じ込むが。



「効かないふぉ――」



 私を引き抜こうとする力は衰える処か、より強力になってしまうではありませんか!!


 や、やばっ!!


 右手だけじゃ……!!


 咄嗟に両手で下着の紐を引っ張ろうと振り返ると、結び目がハラっと解れてしまいましたとさ。



「おわぁぁああ!!」



 緑の下着と共に土臭い大地へと引っ張り出されてしまった。



「あはは!! 何かおまけもついて来ちゃったね!!」


「ちっ。テメェ、いつか覚えていろよ??」



 人の姿へと変わり、ニッコニコの笑みを浮かべる狼を見下ろして言ってやる。



「ほら、ユウ。下着落ちたわよ??」



 可愛く頬をぽぅっと朱に染め、両腕で胸元を抑えているユウへ。何処の世界にこんな馬鹿げた大きさの下着を着用する奴が居るのかと首を傾げたくなる大きさの下着を渡す。



 何?? この大きさ??


 赤ちゃんを包んで移動させる為の布??



「返せ!! ったく……。お前さんが直ぐに出てくればつけ直す手間も無かったんだよ」



 上半身の服をささっと脱ぎ。


 ふ、ふ、双子の大魔王様の下半身をモキュっと持ち上げ、親切丁寧にその御身を緑色の布で包みながら話す。



「ね、ねぇ。ユウちゃん……」


「あ?? どうした??」


「そ、それってさ。持ち上げて、包まなきゃ駄目なの??」



 私の気持ちをお惚け狼が代弁する。



「そりゃそうだよ。しっかり固定しないと暴れ回って痛くなるし」



「「「暴れ回る……」」」



 カエデを含め、私達は口を揃えそして仲良く御口をあんぐりと放ち続けながら彼女の所作を眺めていた。



 そりゃあ……。あの大魔王様達が大暴れなされば、アバラもそしてみぞおちも痛むだろうさ。



「ジロジロ見るな。さて!! 荷物と言えば、あたしの出番さ!!」



 米俵に縄を器用に通し、軽々しく己の背に括り付け。更に、己が荷物を背負い。ついでと言わんばかりに残りの荷物を背負う。


 慣れ親しんだ所作に舌を巻いちゃうわね。



「どぉぉよ??」


「相変わらずの馬鹿力ね」



 ニィっとかっこよく口角を上げたユウに言ってやる。



 さてと、私もそろそろ仕事を開始しましょうかね。このままだと此処に置いてけぼりになっちゃうし。



「よっこらせっと」



 自分の荷物を背負い終え。



「マイちゃん!! 私の荷物も背負わせて!!」



 キャンキャンと喚く狼の背に荷物を乗せてやり、縄で適当に固定し終えると。



「カエデ――。準備出来たわよ――」


『早くして下さい』



 此方の様子を無言で睨みつけている海竜ちゃんへ向かって出発の準備が整った事を知らせてやった。



「では皆さん、出発します。多少遅れたので早歩きで向かいますよ」


「う――いっ」



 何日か進めばこの不気味な白い霧は晴れるのだが、今度はあのネチョネチョした蜘蛛の糸が私達を出迎えるのか……。


 何だかそう考えると、諸手を上げて喜べないのが歯痒いわね。



「それにしてもカエデ。さっきの話、結構怖かったぞ??」



 ノッシノシと歩きながらユウが話す。



「作り話って知っていても怖かったもんね!!」



 ルーが軽快な声色と共に一つ跳ねて話す。そして、海竜ちゃんは彼女の言葉を受けてその歩みをピタリと止めてしまった。














「……………………。作り話じゃありませんよ??」


「「「へっ??」」」



 カエデの声を受け、意図せずとも声を合わせてしまう私達っ。


 阿吽の呼吸とは正にこの事ね。



「あの御話は幼い頃、父から聞いた話です」


「な、何よ。じゃあ実際に起きた話……、なの??」



 自分でも情けない程に声が上擦る。


 ってか。カエデの父ちゃんも幼い子になんて話を聞かせているのよ。その所為で横着に育っちゃったじゃん。




「さぁ……。伝え聞いた話ですから何も確証を得られませんからねぇ」


「じゃ、じゃあ作り話と変わりないじゃないか」



 ユウが可愛く噛みながらそう話す。思いがけない話に狼狽えるのも当然よね。




「…………」



 だが、ユウの声を受けても此方に一切振り向く事は無く。


 正面奥の白き霧の彼方をじぃぃっと見つめていた。



 その小さな背中から何故か形容し難い恐ろしさが滲み出ているのは気の所為でしょうかね。



「な、何か言いなさいよ」



 痺れを切らしてカエデの背中に話してやる。




「…………。強ち、伝え聞いた話は間違いとも言い切れない事が起こります。ほぉぉら、あちらで手を振っている女性が良い証拠です」




 此方へ振り返らずに低い声を放ち、私達の後ろをゆっくりと指差した。




「う、嘘だろ!? 変な事言うの止めろよ!!」


「カエデ!! 嘘付くと怒るわよ??」



 私とユウが静かに白き霧の中へと向かって歩み始めてしまったカエデに向かって叫ぶ。



「マ、マイちゃん。振り返ってよ……」


「い、嫌よ!! 何で私が振り返らなきゃいけないのよ!! あんたが見なさいよね!!」



 クイクイと私の服を食む狼の頭を引っぱたいてやった。


 の、呪われたら洒落にならんしっ。




「じゃあ三人同時に振り向こう。それならいいよな??」


「は、はぁ!? 何で振り返らなきゃいけないのよ!! このまま進めば済む話じゃん!!」



 ユウのふざけた提案に声を荒げて抵抗してやる。



「だ、だって。気になるだろ??」


「ま、まぁ。ね……」


「う、うん。気になる、よね……」



 奥歯に物が挟まって取れねぇ。


 前歯の隙間に骨が刺さって抜けねぇ、手の届かない背の中央に突如として発生した猛烈な痒み。


 何とも歯痒い気持ちが払拭出来ないのは正直な気持ちよ。


 し、しかし……。見ても良いモノなのだろうか??


 相対する気持ちが私達の歩みを止めてしまっている。


 つまり、これを払拭しない限り。ずぅぅっと付き纏って来る訳だ。



 一瞬の恐怖。


 継続されるもどかしさ。


 それを天秤に掛けた私達は意を決して大きく頷いた。




「じゃあ行くぞ??」


「「「せ――のっ!!」」」



 三人同時に声を合わせて勢い良く振り返り、背後に広がる白き霧へと視線を送った。



「「「……」」」



 目に飛び込んでくるのは相変わらず白い霧のみ。女の影など微塵も見受けられなかった。



「な、何だよ。驚かせて。何も無いじゃないか」


「はぁ――……。全くその通りよ」



 ユウと共に強張っていた肩の力を抜き、安堵の息を吐き散らした。



「ま、マ、ま、マ、マイちゃん……」



 ルーが私の袖を掴み、強引に引っ張って注意を促す。


 あわあわと口を開き、己が眼に映るモノが信じられない様な面持ちであった。



「何よ?? 親鳥に超必死で餌を強請る腹ペコな雛鳥みたいな顔を浮かべて」


「あ、あ、あれ!! アレ見て!!!!」


「はぁ?? あんたも私を……」



 ルーが指差す方を見ると……。



「―――――――。 ン゛ッ!?!?」



 一人の女性の影が霞の中に朧に浮かび。私達に向かって手招きする様に、ゆぅぅぅぅっくりと右手を動かしていた。




「ひゅ、ヒュウ。み、み。見えてる??」


「見えたくないけど、見えているよ……」



 や、やべぇ……。


 幽霊と初めて会敵しちゃったっ。



 ど、どうする!?


 先ずは挨拶代わりに一発ぶん殴ってみるか??


 あ、いや。でも!!


 物理は無理かしらね!?



 混乱の窮地に立たされ、金縛りをブチ食らって動けぬままその影を見つめていると。何かを思いついたユウが明るく務めようとした悲壮感溢れる声を放った。



「そ、そうだよ。カエデが魔法で何かしたんだろ!!」



 な、成程ぉ!!


 流石我が親友!! 賢いわねっ!!




「おらぁ!! カエデ!! 私達をビビらせようと魔法で……」



 私は振り返って絶句した。


 私達に対して横着を働き、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべているであろうカエデがそこに居るかと思いきや。


 振り返ってお目目ちゃんが捉えたのは白一色だったからだ。



 と、いう事はだよ??



 あれは魔法でも何でも無く、自然に発生した事象である訳だ。


 あ、あはは。いやぁ……。世の中には摩訶不思議な事も起こるものねぇ……。


 うんうん。


 息の合う仲間達とこうして不思議を体験していくのが、冒険の醍醐味さっ。



 ――――。


 ってぇ!! 陽光が差す縁側でのんびりお茶でも飲む御婆ちゃんの気持ちを抱いている場合じゃねぇえええ!!!!



「ヴァレガダズゲデ!!!! ヴァクリョウ!! ヴァイザン!!」



 私は人目も憚らず悪霊退散の声を放ち、ポカンと口を開き続ける二人を置いて森の中へと走り出した。




「ちょ、ちょっと待てよ!!」


「ヤダ!!!! 二人共置いて行かないで!!」



「…………」


 喧しさが消失した白き霧の中には只静寂が存在するのみ。


 慌てふためく若い女性達を見送ると静かにその影は霧の中へと同化するように姿を消したのだった。





最後まで御覧頂き有難う御座いました。


現在、後半部分の編集作業を継続中ですので今暫くお待ち下さいませ。



そして、ブックマークをして頂き誠に有難う御座います!!


此れからも精進させて頂きますので末永くお付き合いして頂けると幸いです。



それでは引き続き素敵な休日をお過ごし下さい。

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