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第百十四話 立ち寄る街の取捨選択は慎重に

お疲れ様です。


お昼休みを利用しての投稿になります。


それでは御覧下さい。




 整理された大地を踏み鳴らす四つの蹄の音が鼓膜を楽しませてくれる。


 西から吹く風が残暑厳しい初秋の暑さを和らげ。青く澄み渡った空を横切る鳥達の歌声が、疲労が募る体に発破を掛け。間も無く到着する街への進行を速めてくれた。


 しかし。


 物言わぬ自然が体に力を与えてくれると言うのに。物言う生物が辟易を与えるとは一体どういう事なのでしょうか。


 甚だ理解に苦しみます。



「「「カラコロ……。コロコロ……」」」



「なぁ、さっきからずぅっと飴玉舐めているけど。そんなに美味しいの??」



 王都を発ち、レイテトールに到着する間。


 深紅の髪の女性は絶えず舐めていますからね。球体が口内を転げ回る音がずっと鳴りっぱなしだとそりゃあ辟易もするよ。



『美味しいよ――!!』


『マイの奴が馬鹿みたいに飴を買ったからな。それを消化しているんだよ』



 ふぅん、そうなのか。



「ヴォレバ、ヴィヴィニヴァヴェで!! ヴゥ達ヴァ!! ヴァメデイルヴォハ!!」



 ごめんなさい。


 俺は言葉を司る神様じゃないから、形容し難い言葉の羅列は理解出来ないのですよ。



「念話で話したら??」



 口の中一杯に飴を詰め込む大馬鹿野郎に向かってそう話す。



「っ!!」

『これは一日飴で!! ユウ達が舐めているのは安くて美味い飴よ!!』



 最初からそう言いなさいよね。


 理解するのにも労力が必要なのだから。



『レイドも一つ食べる――??』



 灰色の長髪の女性がニッコニコの笑みで茶色の飴玉を此方に差し出す。



「食べても大丈夫??」



 素直に差し出された飴を頬張ればいいのだが、如何せん。マイが選んだ飴というだけでちょいと疑念が湧いてしまうのは何故でしょうか。


 日頃の行いの差、という奴だな。



『大丈夫だって!! 味はあたしが保障するよ!!』



 ユウが話すのなら大丈夫か。



「それじゃ、頂きます」



 ルーから手渡された親指大の飴を口の中に収めると、砂糖の優しい甘味が口一杯に広がった。



「うん。美味いね!!」



 人の好意は素直に受け取るべき。


 この飴玉の甘さがそう教えてくれるようであった。



『素直に信じろよ。ったく……』



 お前さんの所為で何度もエライ目に遭わされているからね。


 石橋を叩いて渡る性格ですので、おいそれとは鵜吞みには出来ないのです。



『皆さん。間も無くレイテトールに到着します』




 分隊の先頭を行く御者席から諸注意を含めた念話が届く。その声を受け、視線を正面に向けると田舎と都会が混在する街。


 レイテトールの入り口が朧に見えて来た。



 何度か立ち寄らせて頂いておりますが、王都の様な大都会よりも俺はどちらかと言えばあの街の様に喧しさと静寂さが混在する街の方が好みだな。



「よし、じゃあ街に到着したら昼食を摂って。補給を済ませたら再び南下しよう」


『ついでに、ベイスさんへ挨拶は如何ですか?? 前回は素通りしてしまいましたし』



 そうだな……。


 挨拶程度なら時間も食う訳じゃないし。そして、カエデ分隊長殿が仰った通り。二度も素通りしてしまいましたのでね。



「南口から出発する時に立ち寄るよ。ウマ子、俺達は食事を済ませて来るから厩舎で待っていてくれ」



 彼女の脇に移動を果たし、逞しい前足の付け根をやんわりと触れながら話す。



『あぁ、分かった』



 よし、では早速街の入り口の脇に見えて来た厩舎へと向かおうとするのだが……。


 ルーが俺の服の裾をクイクイと引っ張る。



「どうしたの??」


『飴の味、変わった??』


「は?? あ――……。そう言えば、ちょっとしょっぱい……」



『マイちゃん!!!!』


『ガッテンでい!! おらぁ!! 口開けろやぁあああ!!』


「ウブブッ!?!?」



 突如として口の中に指を捻じ込まれ、その勢いに目を白黒させてしまう。



『おっしゃああ!! 見付けたわよ!!』



「ゴホッ!! な、何するんだよ!!」



 ユウとルーが待つ方へ駆けて行ってしまった横着者にそう叫ぶ。


 前歯が折れたかと思った……。



『主、大丈夫か??』


「あぁ、うん。有難う……」



 此方の姿が余りにも不憫に映ったのか。


 リューヴが珍しく優しい声色で労ってくれる。



『いい?? 見せるわよ?? せ――のぉっ!!!!』



 マイが俺の口の中から取り出した飴をユウとルーに見せると。



『あはっ!! やったぁああ!! 私とユウちゃんは一緒だぁ!!』


『はは、やっぱりあたしと相性が良いんだな!!』



 ユウと一緒?? 相性??


 一体彼女達は何を話しているのだろう。



『レイド様っ。お馬鹿さん達は放っておいて、私達で行きましょう。何より、交通の邪魔になりますので』


「了解。ほら、置いて行くからな――!!」



『マイちゃんは何色だったの??』


『し、知らんっ!! もう飲み込んじゃったからね!!』


『ふぅん……。ねぇ!! その飴頂戴!! 勿体無いじゃん!!』


『はぁ!? これは捨てるのよ!! ボケナスの厭らしい唾液がわんさか付着した飴玉なんか舐めたら……。妊娠しちゃうわよ!?』




「「「……」」」



 そんな訳があるか。



 先頭を行く四人が訝し気な目を浮かべ、大地の彼方へと飴玉を放り捨てた横着者を睨む。


 俺達の表情がちょいと恐ろしく映ったのか。



「ごめんなさいね――。通りま――す」



 沢山の物資を積載した荷馬車の御者席に座る恰幅の良いおじさまがちょいと足早に俺達の脇を通り抜けて行ってしまった。












 ――――――。




 暑さには慣れて来たが今日は特に残暑が酷い。


 降り注ぐ太陽の陽が体の芯から温めているようだ。雨続きの日々は彼の笑顔を求め、照らし過ぎた日には睨みつける。


 感情を持つ生物は全く以て自分本位ですよねぇ……。


 頬を伝う汗を手拭いで拭い取り、ふぅと息を漏らす。この何度繰り返したか分からない行為に多少の苛つきを覚えてしまった。



「ごめん!! お待たせ!!」



 一足先にウマ子を厩舎に預け戻って来ると、レイテトールの入り口から覗く主大通りは昼過ぎの時間帯もあってか人の往来は多く。活気溢れる姿が心に高揚を与えてくれた。



 しかし、その一方で人混みが苦手な人はちょいと億劫になるようで。



『ねぇ――。結構人多いよね??』


『あぁ、全く……。これだから人が多い街は嫌いだ』



 雷狼の御二人さんは眉をきゅっと顰めて行き交う人々を眺めていた。



「よし、此処で食事を済ませて。物資を補給したら出発しようか。マイ、お前さんの鼻はどのお店を所望している??」


『わぁぁ……。素敵な街の光景ねぇ……』



 街の光景というよりも、通りに建ち並ぶ店舗に対しての言葉だろうな。



「おい、聞いているのか」


『あぁ、わりぃわりぃ。私が入りたい店は勿論、あそこよ!!!! さぁ付いて来い!! 腰抜共っ!!』



 街の入り口から大股で、堂々と中枢へと入り込んで行く深紅の髪の女性。


 若干の溜息を漏らしつつ俺達はその男らしい背に続いて街へとお邪魔させて頂いた。




「いらっしゃいませぇ!! 本日はパンが安いっ!!」


「うちのお店の野菜は新鮮!! 獲れ立てシャキシャキだよ――!!」



 少しでも客の興味を引く為。店主達の熱き争奪戦の声を受けると只歩いているだけでも高揚した感情が湧き。


 そして、高揚した感情が視線へと乗り移り。店舗沿いの通りを歩いている人達が手に持つ物へとついつい視線が泳いでしまう。



 これから大切な人に食事でも提供するのか、大事そうに大人の腕の長さのパンを胸に抱く女性。


 目尻がトロントロンに垂れ下がり、おにぎりを豪快に食む男性。


 太陽にも負けない程明るい笑顔で果実をかぶりつく頑是ない子供……。



 これだけ素敵な光景をまざまざと見せつけられれば否応無しにも腹は減る。



 つまり、俺がそう感じると言う事はだよ??


 彼女は此方の数倍以上に腹が減ってしまうのだ。



『グルルゥ……。今の野郎……。すっげぇ美味そうにおにぎり食べていたわね……』



 獲物に襲い掛かる肉食動物の瞳を浮かべ、今し方通り過ぎて行った男性の背を視線で追う。



『マイちゃん。目が怖いっ』


『喧しい!! 我慢よ……。そう、我慢ぅ!! 誰かさん達の所為で二度も!! 私は悔しい想いをしてあの店を通り過ぎたのだから!!』



 そう話すと、先程よりも更に尖った瞳で俺とユウをキッと睨みつけた。




 先日。


 あの幽霊騒動があった屋敷に赴く時、そして帰還する時にこの街を通過したのだが。


 いずれもどういう訳か昼と夕の中途半端な時間でした。


 食わなくても良い時に食うと要らぬ眠気が襲い掛かって来る。先を急ぐ必要もある。


 数々の理由があって端的に補給を済ませて立ち去ろうとしたのですが……。




『い――や――だ――!!!! 私はっ!! 絶対!! この店に入るんだかぁ!!』 と。




 深紅の髪の女性がとある店舗の角っこにしがみ付いて中々離れようとしなかったのです。


 店先に掲げてある藍色の暖簾の奥からは水気を含んだ馨しい蒸気が零れ出て、人並みの嗅覚を持つ俺でさえも思わず暖簾を押し上げ。



『店長、やっていますか――??』



 一見さんの定型文を放ちながら戸を引きたかった……。



 しかし。


 暖簾よりも美しい藍色の髪の女性の指示により俺とユウが。



 夏の終わりに差し掛かり、子孫を残そうと躍起になってシャアシャアと叫ぶ真っ赤で巨大な蝉を引っぺがしたのです。



 勿論、後で横っ面を叩かれましたよ?? 行きも帰りも殴られる如何ともし難い俺の気持ちを少しは汲んで欲しいと分隊長殿に進言したいのですが……。



『私の指示に従わないのですか??』 と。



 恐らく冷酷な瞳で一蹴されてしまいますでしょう。


 ガツンと言えないこのもどかしさ、どうにかならんものか。


 とても十六の子が浮かべる瞳じゃあありませんよ……。




『いやぁぁっほぉい!! 見えた!! 見えたわよ!!』



 先頭を行くマイが主大通り沿いに建つ一軒の店舗を指差す。


 ちょっとお昼を過ぎた時間もあるのか、店先に行列が出来ている事も無く。安心して店内に入れそうですね。



『はわわぁ……。二度も入れなかった私を許してね?? で、では!! いざっ!!』



 年季の入った暖簾を潜り抜け、ちょいと傷が目立つ戸を開くと。


 活気溢れる店員さんの声が空気を大きく震わせた。




「いらっしゃいませ――!!!! お客様は何名ですか!?」


『七人よ!!』

「七名です。席、空いていますか??」



 念話が通じる訳無いだろう。


 コイツが横着を働く前に。彼女の前へと少々強引に出て、白の割烹着が良く似合う女性店員さんにそう話してあげた。



「はい!! 空いていますよ!! あちらの八人掛けの席を御利用下さい!!」


『まぁっ、レイド様っ。八、ですって。縁起が宜しいですわ』



 アオイは八の数字が好きだからねぇ。


 お気に入りの数字が提示されて気分が高揚したのかどうかは知りませんが。他にもお客さんがいますので、此方の体にピッタリとくっつくのは止めましょう。



「じゃあ、移動しようか」


『あんっ』



 食欲を擽る香りが漂う食事処だというのに、男心を悪戯に刺激する女の香を放つ体をやんわりと押し退け、指定された席へと向かう。


 中々に広い店内には四角い机が複数設置されており席に着く客達は皆一様に白が美しい丼から白き麺を啜っていた。



 そう……。


 此処はうどん屋さんだな。



 一人の男性客がチュルンっと一本の長き麺を口に迎えると、麺にコシがあるのか。角ばった顎を幸せそうに動かして噛み砕いた麺を喉の奥へ送り込み。



 丼に唇を密着させて醤油を基調とした汁を豪快にズズっと飲み干す。



「ぷはぁっ!! 美味いっ!!」



 端的且一見さんにも分かり易い説明を有難うございました。



 さてと!!


 俺も選ばないとね!!



 八人掛けの席に着き、真正面に置かれている品書きを手に取り。



『レイド様っ。私も一緒に見ますぅ』



 左腕へと不必要に女の体を密着させた白き髪の女性と共に品定めを始めた。



 ふぅむ……。


 出汁は一種類で、麺の多さ。並びに具材を選択する仕組みなのね。


 麺の多さは小盛り、並盛り、大盛り。


 選択出来る具材は鶏肉、鰹節、人参、ホウレンソウ、葱大盛。餅なんかもある。


 選ぶだけでも楽しい店だな。



『よぉ、マイ。どうする――??』



 此方の席の反対側。


 そこに座るユウが正面でそこまで悩む必要があるのかと問いたくなる顔を浮かべている彼女へと問う。



『選べる具材、か。全部乗せは確定ねっ』



 確定、なんだ。


 味が混ざり合い、麺の味を楽しめないとは考えないのだろうか??



『問題は……。麺の多さね。ほら、此処にご希望があれば追加の玉をお入れしますと書いてあるでしょう??』



 マイの言葉を受け、品書きの左下を眺めると……。


 確かにそこには彼女が話す通りの文字が慎ましい大きさで書かれていた。



『大盛一玉だけで満足しろよ』


『嫌よ!! リューヴ!! あんたも沢山食べたいでしょ!?』



 彼女の左隣りに座り、店内の奥から漏れて来る香りに対して焦燥感に苛まれている表情を浮かべるリューヴへと問う。



『私は……。麺大盛、鶏肉入りを所望しよう』


『じゃあ私はリューと一緒――!!』




『レイド様っ。私は並盛りで構いませんわ』



『了解。カエデはどうする??』


『んぅっ。辛辣ですわねぇ』



 左腕に己が体を密着させ、ムニュリとした柔らかさを与えて来る体をキッチリと押し退け。


 俺の正面に座る分隊長殿へと問うた。



『麺は並盛り。葱大盛で』



『何よ、カエデ。そんな量じゃおっきくならないわよ!?』


『これが適量なのです』


『どこぞの誰かさんは無駄に食べても、一切大きくなりませんわよねぇ――』


『あぁっ!?!?』



 こらこら、お嬢さん達。


 此処は人が営むお店の中なのですよ?? 御戯れは外に出てからしなさい。



『ユウはどうする??』



 背を仰け反らせ、アオイの背中越しに問う。



『ん――。麺は大盛で、具材は鰹節と葱大盛と御餅で!!』



 よし、決まったな。



「すいませ――んっ。注文お願いしま――す!!」



 少し離れた位置で俺達の様子を窺っていた先程の女性店員さんへと声を掛けてあげた。



「はぁ――いっ。ご注文はお決まりですか??」


「えぇっと……」



 今し方決めた各自の注文を伝えて行く。


 そして、大御所の番となり。改めて彼女が所望する量を尋ねた。



『おい、何玉食うんだ??』


『十!!!!』



 他の机の上を見て御覧なさい??


 貴女が所望する量の玉は、果たしてあの丼に収まると思いますか??



「すいません。大盛の玉なのですが……。何玉まで入れられます??」


「そう…、ですね。特注の丼がありますので七玉まではいけますよ」



『だとさ?? どうする??』



 まぁ、尋ねなくても分かりますけども……。



『じゃあ七玉!! それと、具材全部乗せね!!』



 はいはいっと……。



「じゃあ、大盛七玉。それとその無駄に馬鹿デカイ丼には具材全部を乗せて下さい」


「あはは!! お兄さん結構食べますね??」



 年相応にキャハッと可愛い笑みを女性が浮かべる。


 ごめんなさい。


 それを食べるのは向こうの女性です……。



「そして、最後に。麺は大盛、鰹節と葱大盛でお願いします」



 自分が希望する量、具材を伝え終えると。



「はい!! では、少々お待ち下さいね!!」



 女性店員さんが軽快な足取りで店の奥へと向かって行ってしまった。




 さてと、料理が運ばれて来るまで時間があるし。今の内にこれからの詳しい行路を決めておこうかな。


 椅子の脇に置いた背嚢の中からアイリス大陸の簡易地図を取り出し、机の上に広げた。



『カエデ、今いい??』



 机の上に置かれているやかんから湯呑に水を注ぎ終え、コクコクと飲んでいた彼女へと話し掛ける。


 上品に飲むね??



『コホンッ。どうぞ』


『今は……。此処、レイテトールの街に居る。この街を出て次の街までは凡そ三日。その先の分岐点はどっちに進もうか??』



 無難に進むのなら南進。


 此方の道は補給出来る街も多いので普通なら南進を選択するのだが。



『ユウ!! 此処を出たら寄り道するわよ!?』


『はぁっ?? そんな時間無いっつ――の』



 今現在は移動中でありながらも任務遂行中の身。


 道草を好んで食っている場合では無いのですよ。



 そして、最短距離を進むのなら南西方向だ。


 此方の道は南進の道よりも街が少なく、一気に距離を稼ぐのなら持って来いの道。



 果たして、分隊長殿は南か南西。どちらの道を選ぶのでしょうか??



『南西の一択です』


『でしょうね。私もその道を選択しますわ』



 左隣りに腰掛けるアオイも賛成、か。


 聡明であられる二人の意見が一致したのなら何も文句は言うまい。



『了解。じゃあ、南西の道を進もう。そして、迷いの平原の霧を抜けて……。森へと突入する際にウマ子の荷台を切り離すよ』



 森の中は大変な悪路ですのでね。


 苦しい思いをして荷台を押すよりも、背負って運んだ方が楽なのさ。



『荷台は帰りに回収。帰路はまた後で決めよう』


『分かりましたわ。では、森の案内は私にお任せ下さいまし』



 生まれ故郷の森だ。


 先導はアオイに一任すべきだな。



『最短距離を進む様にお願いするよ』


『んふっ、勿論ですわ。レイド様が道案内を所望するのなら、喜んで案内します。そして!!服を脱げと仰るのなら私はそれに従い!! 一糸纏わぬ、生まれたままの姿で!!』



 後半部分は一切理解出来ないですけど、前半部分は大変頼りにしていますよ??



 珍しく鼻息を荒げている彼女の端整な横顔を若干呆れた目で眺めていると、女性店員さん達が注文した品々を運んできてくれた。



「お待たせしましたぁ!! 麺大盛、鶏肉入りのお客様は!?」


『はいは――い!! 私とリューで――す!!』



 お惚け狼さん。


 もう少し慎ましく挙手しなさい。



「並み盛りの方は??』


『私で御座いますわ』



 腹を空かせた者達へ、ご期待通りの品が置かれて行く。



「麺大盛、鰹節と葱大盛の方は??」


「あ、はい。俺です」


「え?? お兄さんですか??」



 えぇ、そうですけども……。


 やはりあの馬鹿げた量は俺が食らうと考えていたようですね。


 キョトンとした顔を浮かべ、本当に貴方で宜しいのですよね?? と。


 再三の注意を瞳越しに浮かべながら目の前に丼を置いて頂けた。


 すると……。



「おぉっ……」



 食欲がこれでもかと湧いてしまう香りが含まれた白い湯気がふわぁっと漂う。


 琥珀色と白色、そして鮮やかな緑色。


 食は味もそうだがやはり色も大切だな……。



「じゃあ、頂こうか!! 頂きます!!」



 竹筒の中に収まってる箸を取り出し、熱々のうどんへ感謝の念を籠めて早速頂く。



 琥珀色の汁を纏った白い麺。


 それをチュルっと口で啜ると……。



「美味い……」



 汗を失った体に嬉しい塩気、そしてまろやかで奥行きのある出汁。


 小麦粉と水と塩。


 単純な素材を使った麺料理なのに……。こうも人を幸せにしてくれるとは、恐れ入りました。


 店主が納得のいくまで突き詰めた結果がこのコシと、食感と喉越しなのだ。


 この境地に辿り着くまで果たしてどれだけの挫折を味わい、苦悩で苛まれた事か……。



 店主の計らいに応える為に俺達客は余計な言葉の装飾を捨て去り。がっつり食べる事が店主様への感謝の印。


 アイツの行動は信用ならんが、鼻は信じて良いかもね。


 こんなに美味いうどんは早々食べられないのだから。



『リュー、美味しいね!!』


『あぁ、肉にも汁がしっかり染み込んで……』


『んおっ。んまっ!!』



 ふふ、皆さん。良い笑顔で食していらっしゃいますね。


 笑顔溢れる食卓の中。


 一人の女性だけが置いてけぼりを食らい、ポカンと口を開き。何度もパチクリと朱の瞳を開いては閉じていた。



『え、っと……。私のは??』


『知らね。もう直ぐ来るんじゃない??』



 麺の熱さに悪戦苦闘しつつ、ユウがハフハフと口を動かしながら念話を送る。



『そ、っかぁ。まだ、よね……。まだかぁ――。まだなの…………。おらぁぁああああ!! 早く持って来いやぁああああ!! こちとら、腹ペコで死にそ……』



 彼女が途中で言葉を止めたので、何事かと考え視線をその先に向けると。



「お……。もっ!! はいっ!! お待たせしました!! 馬鹿盛りを御持ちしましたぁ!!」



 丼、ではなくて。


 アレはもう『鉢』 ですよね。



 女性店員さんが食える物なら食ってみろと言わんばかりにマイの目の前に巨大な鉢をドンッ!! と置いてしまう。



「ご注文の品は以上で宜しいですよね??」


「あ、はい」


「それでは失礼しま――すっ!!」



 明るい笑みを残して奥へと進もうとするのですが……。


 彼女は聞き慣れない音を聞き取ると、その歩みを止めてしまう。



「ズビビビビ!!!! ジュボルルゥン!!」 と。



 百戦錬磨の店員さんも思わず不審に思って足を止めてしまう啜り音が店内に響き渡った。



 一啜りで何本のうどんを食らうんだよ、己は。


 もっと上品に食べなさい……。



『あっはぁ……。好きぃ、コレぇ……』



 恍惚の表情を浮かべ、モッキュモキュと麺を咀嚼する赤き髪の女性。


 その顔を見ると女性店員さんは満面の笑みを浮かべて有難うございますと、礼儀正しいお辞儀を放って店の奥へと姿を消す。


 そして、店内に残った人々は。


 見る見る内に鉢の中の麺が消失していく姿に茫然とした表情を浮かべて、彼女の食事の光景を眺めていたのだった。




最後まで御覧頂き誠に有難う御座いました。



就寝前に投稿しようかと考えていましたが、気が付いたら翌朝になってしまい。投稿が遅れてしまった事をお詫びさせて頂きます。


それでは皆様、お昼からも頑張りましょうね!!

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