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第百十二話 贈り物は慎重に選びましょう その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。


それではごゆるりと御覧下さい。




 静かな室内に響くのは外から何とかして侵入しようと画策する歩行者達が奏でる環境音と、己の僅かな呼吸音。そして、羽根筆が上質とも劣質とも呼び難い紙の上を通過する静音のみ。


 喧しい人達が存在しないとこうも静かになるのだと改めて認識すると同時に、耳を心地良くしてくれる会話音程度なら肯定しても良いのかなと考えている新しい自分も発見出来てしまう。



 問題なのは程度ですよ、程度。



 喧し過ぎるのは宜しくありませんから……。



「腹、減ったな」



 解放してある窓から入って来た一陣の風がお腹さんに心地良い安寧を与えると、我慢していた食欲が首を擡げて出現し可愛い音を奏でてしまった。



 飲食店を営む人達が押し寄せる客に対して放っていた漲る力をふっと抜いて一段落する時間帯に差し掛かり。此方もゆとりを持って行動出来ますので、そろそろ腹を満たしておくか。



 そのついでと言っちゃあ何だが、フォレインさんに贈る土産も見ておきたい。


 ミノタウロスの里へ赴いた時には手ぶらで伺っちゃったし。


 同じ失態を繰り返す訳にはいかんのですよ。



 いつもお世話になっています、ささやかな贈り物ですが……。是非ともお納め下さいと。蜘蛛の里を一手に纏める方の地位に相応しい品を探すか。


 それに。


 蜘蛛の里の兵士さん。つまり、シズクさんに借りた刀も折っちゃったし。そのお詫びも兼ねて彼女の分の手土産も購入しておこう。




「よし。そうと決まれば行動開始!!」



 己の膝をポンっと叩いて椅子から立ち上がり、必要な身支度を整えて宿の部屋を後にした。




 フォレインさんへ贈る土産、か。



 女性に対して贈り物を頻繁にした事が無いのでこういう時に即決出来ないのが辛い。



 一般的に男性が求めているのは機能性溢れる実用的な物だろ??



 それを俺に当て嵌めると……。


 大陸を横断しても機能性を保つ頑丈な靴。鼻の穴の中が凍り付く冬でも温かさを保ってくれる丈夫な上着等々。


 これらの品を貰ったらきっと諸手を上げて喜ぶであろう。



 しかし。



 これらは女性に当て嵌まらないのが世の常。



 女性はやれ可愛い柄が装飾された服だ、やれ季節感を無視した装甲の薄い服だ。


 首を傾げたくなる物を所望するのだよ。



 全く……。


 服の使用用途を履き違えているのも甚だしいぞ。


 服は機能性豊かな物を選択すべきなのだ。




「いらっしゃいませ――!! 間も無く訪れる秋に備え。新作の服を御用意致しました――!!」



 あら、もう西大通りに到着してしまいましたか。



 裏通りを通り抜け、服屋の女性店員さんの威勢の良い声が主大通りに到着した事を告げてくれた。




 ふぅむ……。服、か。


 フォレインさんとアオイは着物、だっけ。それを好んで着用しているから偶には趣向を変えて王都で流行っている服を着るのも如何かしらね。



「そこのお兄さん!! 彼女に一着どうですか!?」



 ごめんなさい。


 生まれて此の方、その様な人物が出来た試しがありません。



「あ、いえ。見ているだけですから」


「そんな事言わないで!! ほら!! これなんかどうですか!?」



 店頭に並べている一着のスカートを手に取り、これ見よがしに此方へと掲げる。



 冬の訪れを予感させる秋に着用するべきとは言えない短さの丈。そして、材質も頼りない程に薄く。木枯らし前に吹く風に対して何ら抵抗出来ないのは一目瞭然だ。



「ちょっと短くありませんか??」


「それがい――いんですよ!! 彼女さんに着せてぇ。可愛い足を眺めるのです!!」



 成程。


 そういう使い方の服でしたか。



 しかし、俺が贈ろうとしている方には無用な品でしたね。



「先を急いでいますので」



 適当にお茶を濁し。



「また来てくださいね――!!」



 接客業を営む人物として、及第点の笑みを浮かべて俺を見送って頂けた。



 服は駄目だな。


 と、なると装飾品関係か。


 はぁ――……。贈り物を二つ選ぶだけでも重労働だよ。



 女性は物を購入しなくても買い物は楽しい物だと、思わず耳を疑いたくなる台詞を放つ。



 疲れる思いをして、更に!! 何も買わなくても楽しいと言うのですよ!?



 この台詞を受け、女性は同じ人でありながら別種の生き物だと俺は認識したのさ。



 眉間に眉を寄せ、腕を組み。他人から見ればこんな昼間から何をそんな悩んでいるのだと問いたくなる姿勢を貫きながら歩いていると。



 ふと、ある店舗に視線が留まった。



 此処は……。装飾店か。


 店先に見事なかんざしや櫛、耳飾り等が慎ましい大きさの机の上にキチンと並べられ。頭上から降り注ぐ太陽光を受けて美しい輝きを放っていた。


 

 おぉ、この簪。結構綺麗だな。



 髪留めの部分は滑らかな木で出来ており、その先端に銀で作られた美しい牡丹の花が存在感を放っている。これ程精巧に作られているのだ、値段もそれ相応の額であろう。


 様々な角度から眺め、まるで古美術の鑑定士バリに品定めをしていると女店主が店の中から出て来た。



 年は俺より少し上だろうか、艶のある長い黒髪を後ろで纏め。纏めてある髪の束には俺が手に持つ簪と似たような種類の花が美しく咲き誇っていた。



「いらっしゃい。お客さんお目が高いね、それ私の自信作なんだ」



 女店主が手に取っている簪を見ると柔和な顔付きで話しかけて来た。



「凄い綺麗ですよね。その……。お値段は幾らほどで……」



 いきなり値段を問う方もどうかとは思いますが。如何せん、値札が刺さっていないのでね。


 気になるのは至極当然かと。



 もし手の届かない値段だったら違う品を買っていこう。


 いや、でもお世話になった方に値段で躊躇するのは如何な物か??




「それ?? ん――。二千ゴールドでいいよ」



 安っ!!


 思わず己の耳を疑ってしまった。



「安過ぎではありませんか??」



 商売を営む以上、利益を追求せねば食っていけないし。


 この出来栄えでこの値段はちょいと首を傾げたくなりますよ。



「あぁ、値段は別に気にしていないんだ。それにその制服、お兄さんパルチザンの兵士さんでしょ?? 戦っている人がこんな物を買うんだ。それなりの理由があるんだろ??」



 友人の母親のお土産ですとは言えず。



「えぇ、まぁ……」



 肯定とも否定とも言えぬ返事を返す。



「ははん?? やっぱ女絡みか。大変だよねぇ、任務ばかりで遊ぶ暇も無いんだろ?? それで女の気を惹く為に贈り物って作戦か」



 好きに想像して下さいな。



「じゃあ、これを一つ下さい」



 ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべている女性店主に提示された額を渡してあげた。



「毎度あり。包装しようか??」


「あ、お願いします」



 簪を手に取ると軽快な足取りで店の中へ戻って行く。



 値札が刺さっていないのは客を見て値段を決めるからかな??


 上等な服を着用する御方にはそれ相応の値段を、そして俺みたいな武骨感満載の服を着用する者には可愛い値段を提示するのだ。



 時間を持て余す様に整列してある品を何とも無しに見つめたり、悪戯に触ったりしていると店主が戻って来た。



「お待たせ、はいどうぞ」


「これまた綺麗な花が描いてありますね」



 何て花だろう??


 紫色の美しい花びらだけど……。



「それ?? ライラックって花だよ。綺麗だろ?? その花が好きでね、包装紙に描いてみたんだ」



 これも自作ですか。


 女店主さんの器用さに思わず舌を巻いてしまった。



「ありがとうございました」



 綺麗に包装された品を大切に受け取り、肩から掛けている鞄の中に仕舞う。



「どういたしまして。また来てくれよ」


「えぇ。その時はお世話になります」



 さて!! これでフォレインさんの贈り物は入手した訳ですけども。


 シズクさんに対してのささやかなお礼の品は未発見のまま……。同じ店で購入する訳にもいかんし。どうするべきやら。



「ねぇ!! お茶しに行こうよ!!」


「良いわね!! あそこのお店安いし、この時間帯なら空いているから行こうか!!」


「いらっしゃいませ――!! 当店御自慢の宝石を是非ご覧下さい!!」



 軽快な声が方々で上がる一方、それとは対照的な表情を浮かべ。まるで戦地から帰還した兵士かと思わせる様な大変重い足取りで人で溢れ返る西大通りの歩道を進んで行った。
















 ◇





 人が司る本能の中の一つに食欲という本能が存在する。


 その本能が刺激されると人は生命活動を維持させる為に栄養を摂取しようと行動を開始。


 満足のいく食物が得られれば体は疲労回復に務めるのだが、得られない場合には生命活動を停止させては不味いと考えた脳が体に命令を下す。



『腹を満たせ』 と。



 この端的且超絶明瞭な指示に従い、逸る気持ちを隠す事も無く北上を続けていた。



 屋台群に突入しようかと考えましたけども、今の体の状況を加味した結果。それは自殺行為に等しいとの結果に至り比較的空いている道を進んでいるのですよ。



 あんな混沌とした人混みの中に平然と入って行けるアイツが羨ましい。


 我慢強さ……。じゃあなくて、アイツの場合。雑踏の鬱陶しさよりも湧き起こる食欲が勝っているのでしょう。


 苦労の末、フォレインさんとシズクさんへの贈り物も購入出来た事だし。後は腹を満たして報告書を完成させるのみ!!



 長きに渡る登頂に備えて栄養価の高い物を摂取しないといけませんからねぇ。



 ほぉら、もう良い匂いが漂って来た。



 若干の土埃が舞う空気に乗って小麦が焼かれた優しい香りがふわぁっと香ると自然に鼻がスンスンと動いてしまう。


 そして、この顔が余程滑稽に映ったのだろう。



「ふふふ……。ねぇ、今のお兄さん面白い顔していたね??」


「よっぽどお腹減っていたんじゃないの。ほら、結構いい体格しているし」



 向こう正面からやって来た女性二人組とすれ違いざまに笑われてしまった。



 えぇ、お嬢さん達が考えている通り。腹が減っているのです。


 そして!!


 俺の胃袋を満たしてくれる物が此処にはあるのですよ!!


 金銀財宝が仕舞われた宝箱を開ける様な。これでもかと高揚感に満ち溢れた感情の所作で木製の扉を開いた。



「いらっしゃいませ――!!」



 今日も元気で何よりで御座います。



 パンの名店、ココナッツの看板娘さんの第一声を受け温かい気持ちが更にぽっと温まってしまう。


 お店の雰囲気、店内に香る馨しい香り、期待を裏切らない味と値段、そして可愛らしい女性店員の笑み。


 三拍子処か四拍子揃った店ですからね。お客様が絶えないのも頷けますよ。



 お昼過ぎだってのに店内には数多くのお客さん達が好みのパンの取捨選択に勤しんでいた。



 さて、俺も選ばないとね。


 入り口脇に添えられている御盆を手に取り、私を選んでくれとニッコニコの笑みを浮かべて此方を見上げているパン達の下へと歩み出た。



「あ、レイドさん!! こんにちは!!」


「はい、こんにちは。今日も忙しそうですね」



 パタパタと軽快な足取りで、態々此方にやって来てくれた看板娘さんに当たり障りのない返事を返す。



「お陰様で繁盛していますよ。今日はお休みなのですか??」



 クリクリの真ん丸お目目で此方を見上げて話す。



「休みなのですけど、休みではありません」


「うん?? どういう事です??」



 小首を傾げる様がまぁ似合う事で。



「昨日任務から帰還しまして、大変ありがたぁい報告書を頂き。明日からまた任務へと出発するのですが」


「あぁ!! その報告書を仕上げる為に頑張っているんですね??」



 要領を得たのか。


 ポンっと手を叩いて話す。



「その通りです。帰ってからも仕事に追われるので、此処のパンを食らい。元気を分けて頂こうとの考えに至り参った次第であります」


「態々足を運んで頂き有難うございますっ。レイドさんの好物は……。あぁ!! ちゃんと残っていますね!!」



 ふふ、既にそれは捉えているのですよ。


 ふっくらと丸みを帯び、焦げ茶色が目に優しいクルミパンちゃん……。


 噛めば小麦本来の柔らかい甘味が御口の中に広がり、奥歯で咀嚼すれば胡桃の実がカリっと弾けて歯と心に嬉しい音を奏でてくれるのです。


 これがなきゃ始まらないよね!!



 取り敢えず、三つ程クルミパンを御盆の上に乗せ。さて、次なる品を探し求めていると。



「レイドさん、実は明日から暫くお店は休業になるのですよ」



 後ろ手に手を組んだ看板娘さんから店休日の知らせを頂いた。



「お休み?? それはまたどうして」


「家族旅行です。東の港町にお出掛けするんですよ」



 東の港町……。



「それって……。イーストポートですか??」


「そうです!! 美味しいお魚さんが沢山溢れていると聞いて……。ふふ、今から凄く楽しみなんですよ」



 あの忌々しい島の出来事が無ければ街の記憶も楽しいままだったのに。


 それだけが残念だ。



「任務で赴いた時に立ち寄ったのですが、獲れた魚はどれも新鮮で……。見ているだけでも楽しかったですよ??」


「本当ですか!? あはっ!! それを聞いたら余計楽しみになっちゃいましたよ」



 そうでしょうねぇ。


 これでもかと口角が上がっていますので。



「あ、そうだ。街に訪れたら是非、松葉亭という店に立ち寄って下さい」


「松葉亭??」


「美味しい秋刀魚の炊き込みご飯を提供してくれるお店です。秋刀魚の身と味の滲みこんだ御飯を混ぜ合わせればあら不思議、あっと言う間に御馳走の完成ですよ??」


「わぁ……。美味しそうですね。お母さんに相談してみます。その店の詳しい場所って分かりますか??」


「えぇ、分かりますよ。街に入ったら……」



 松葉亭の店の場所を詳しく伝えると、眉間にちょいと眉を寄せ。頭の中に情報を詰めて行く。


 小難しい顔を浮かべているのは珍しいので、その御顔をしっかりと脳内に保存させて頂きましたとさ。



「――。分かりました!! 良い情報を伝えてくれてありがとうございます!!」


「いえいえ。では、会計をお願いしても良いかな??」


「はいっ!!」



 受付へと颯爽と戻り、その前に御盆を置くと熟練の手捌きでパンを紙袋へと詰めて行く。


 何気無い所作だけど。


 形を崩さず紙袋に入れるのって結構難しいんだよねぇ。それぞれ形も違うんだし。



「お会計はぁ……」



 ん??


 何ですか??


 此方に手招きをするので右耳を傾けてあげると。



『良い情報を教えて下さったので、特別に五百ゴールドでいいですよ』



 やっす!!


 安過ぎて周章狼狽してしまう!!!!



 他のお客さんが居るから聞こえない様に耳打ちしたのか。それなら……。


 こちらもチョイチョイと手招きをし。



『いくら何でも安過ぎだよ』



 右耳を貸してくれた彼女へと耳打ちを放った。



『良いんですよ。今日だけ特別ですっ』



 今日だけじゃ無くて、いつも割引して貰っている様な……。


 だが、人様の好意を無下に扱う訳にはいかん。



「で、では。どうぞ」



 他のお客から見えない様に現金をさり気無く手渡し。


 彼女もまたさり気なくそれを受け取り、商品を渡してくれた。



「有難うございました――!! また来て下さいね――!!」


「えぇ、贔屓にさせて頂きます」



 夏の太陽も思わず二度見してしまう輝きを放つ素敵な笑みを背に受け、お店を後にした。



 さ、さて!!


 宿屋に向かう前に取り敢えず一つ食べちゃおうかな!!


 紙袋の口を開き、何の遠慮も無しに右手を突っ込んでお目当ての品を取り出すと。ちょいとお行儀が悪いけども、食べ歩きを開始させて頂いた。



「頂きます……」



 前歯で柔らかいパンの装甲を噛み千切り、一口大に纏めた塊を咀嚼すればどうでしょう。



「ふ、ふまい……」



 思わず天を仰ぎ見てしまう優しい味が口の中一杯に広がった。


 こ、この店のクルミパンなら百個は平らげられる自信があるぞ。


 余りの美味さに足を止めて空を仰ぎ見ていると、通行人達が空に何かあるのかと見上げるが。


 何も見当たらない事に首を傾げ各々の目的地へと忙しなく移動を続けていた。



 よしっ!!


 元気、頂きました!!


 全身全霊の力を以て、報告書を仕上げてしまいますからね!!



 猛牛の足取りを模倣し、忌まわしき山が待ち構えている宿屋へと向かって行った。




最後まで御覧頂き誠に有難うございました。


後半部分なのですが、おまけ程度で執筆していた所。思いの他、長文になってしまいましたので分けての投稿になってしまいました。


現在編集中ですので、一時間後位に投稿予定ですので今暫くお待ち下さい。


おまけ、ですので何とも無しに御覧頂けたら幸いです。

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