表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
241/1237

第百十一話 中々素直に纏まらない事前打合せ

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは、どうぞ!!




 窓から差し込む赤き日がもう間も無く訪れる一日の終わりを告げてくれる。


 人は必ずやって来る明日に備えて夕食に舌鼓を打ち、家族と温かい会話を繰り広げ。安寧を与えてくれる睡眠の準備を整えるのだが……。



 此方の場合。


 与えられた責務の進捗状況はまだまだ序盤も良い所なので睡眠の準備処か、本日中に寝れるかどうかも怪しい。



 宿の予約は滞りなく取れたのだが、図書館へ向かう時間も貴重だとの考えに至り。急遽予定を変更して机にしがみ付いて作業を続けているのです。



 仲間達に次なる任務の内容を伝える事は勿論大切ですが、二人に伝えた後。マイ達にも伝えるとなると二度手間になりますから。


 どうせなら全員が揃っている時に説明した方が手っ取り早く。尚且つ体に圧し掛かる疲労も軽減されるのです。



「ふ――……」



 まぁまぁ背の高い山の麓に羽根筆を置き、凝り固まった肩の筋肉を解す。


 すると、宿の壁の向こう側から一日の労働を終えた方々の剽軽な声が聞こえて来た。



「ギャハハ!! 今日は何処で飲むよ!?」


「あそこでいいんじゃね!?」


「安くて美味い酒が飲めるからなっ!!」



 一日の労を酒で洗い流すのですか……。


 酒類は好きじゃないが、今から友人達と楽しい会話が待ち構えているその状況は羨ましいです。


 彼女達との会話は楽しい処か、少々……。じゃあないな。会話を続けるだけで多大に疲労が蓄積される場合が多々ありますからねぇ。



 ほら、もう直ぐやって来るぞ。


 俺の体に巨大な疲労を蓄積させる諸悪の根源が。






「よ――!!!! やってるかぁ!?」



 ごめんなさい。


 ここは場末の酒場では無いのですよ……。


 一切躊躇なく扉を開き、威勢の良い第一声を放ち入室を果たした深紅の髪の女性に対し。



「程々、にね」



 机から一切振り返る事無く端的に返事を返してやった。




「レイド只今――!! 沢山食べて来たよ――!!」


「今日こそはレイド様の御隣のベッドを!!」


「ごめ――ん。ちょいと通るねぇ――」


「きゃあっ!? ユ、ユウ!! 貴女という人は!! 偶には私に譲りなさい!!」



 そして続々と入室を果たすうら若き女性達が一堂に会すると、もうここは安寧が存在出来ぬ混沌と混乱が犇めき合う場所へと変化してしまうのだ。



 皆様、静かにしましょうね――。


 俺は仕事中なのですよ――っと。



「ねぇねぇ!! 何しているの!?」



 早速狼の姿に変化したルーが大きな足を此方の肩に掛け、巨大な顎を頭の天辺に乗せて話す。



「仕事です」



 端的且作業を開始した手を止めずに頭上の狼へと返事を返してあげた。



「うっわ。冷た――。あんまり楽しそうじゃないから向こうに行ってるね??」


「それは構わないけど。爪で木の床を傷付けないようにね」


「えへへ。はぁ――い」



 全く……。


 本当に理解しているのか怪しいものだよ。元気良く尻尾をフルっと左右に揺らして去り行く狼を横目で見送り。


 小さな溜息を零しつつ登頂を続けた。



「レイド様ぁ!! 胸に余計な脂肪分を蓄えた牝牛に撥ね飛ばされて足を怪我してしまいました!!」



 先程の衝突音はその所為だったのか。


 ユウに撥ね飛ばされて怪我程度だったら御の字でしょうに。



「大変だったね?? 所で、どの足を負傷したのかな」



 今は八つもあるので理解出来ませんよ??



「右足で御座いますぅ。ほら、御覧になられますかっ??」


「見ようにも、近過ぎて見えないので。またの機会にお願いします」



 顔面に貼りついた大人の手の平大の大きさの蜘蛛の胴体を掴んで引っぺがし、マイの右隣りのベッドで休んでいる強面狼さんの下へと投擲してあげた。



「あっ、はぁ――んっ!! 茜色に光る空に曲線を描きますわ――」


「アオイ。邪魔だぞ」


「うふふ。御免あそばせ」



 はぁ――……。


 五月蠅くて仕事処じゃなくなったし。丁度良いや。



「皆、今度の任務の説明をするからちょっと来てくれ」



 重い腰を上げ。アイリス大陸の地図を手に持ち、部屋の中央へと移動を開始した。




「ユウ――。パンとってぇ」



 集まってくれと頼んでも君はどうして龍の姿に代わり、ベッドの上で羨ましい姿で寛いでいるのかな??



「自分で取れよ、全く……」



 そして、ミノタウロスの娘さんよ。


 そうして甘やかすから増長するのです。新たなる任務地への移動経路、並びに受け賜わった任務内容の大事な話だってのに。



「は――い!! 皆さんっ!! 今から説明するから来てくださいね!!」



 俺は暴れ回る子供を御す指導者じゃないんだぞ。


 分別付く大人なんだからせめて聞く姿勢を取って頂きたいものさ。



 部屋の中央へと到着し、ドカッと腰を下ろし。皆に見えるように地図を広げた。



「皆さん、情報の共有は大切ですからね。集まって下さい」


「ちっ。しゃあねぇなぁ――」



 何でカエデの言う事は聞いて、俺の言う事は聞いてくれないのだろうか。


 統率力の差。とでも言えばいいのでしょうかね。


 カエデの一言を受け、女性陣が重い腰を上げて地図を取り囲む様に集まってくれた。



「何々?? 今度はどこへ行くんだ??」



 ユウが興味津々といった様子で隣に座り、俺とほぼ同じ視線で地図を見下ろす。



「今度の任務は敵の西部前線の偵察任務に当たる。不帰の森南西部に入り、奴らがどの程度東に進んでいるかを調べて来いとの事だ」



 地図上の森を指で指すと、アオイを含めそこを通った事のある人物が気付いたような表情を浮かべた。



「レイド様、そこは……」



「そう、アオイの生まれ故郷の近くを調査する事になったんだ。ここから離れている事もあるし、もし良かったら休ませてくれないかな?? 無理だったらそのまま通過するからいいんだけど……」



 我が物顔で人様の家に土足で入る訳にはいかないからね。


 里の出身、且そこを統率する女王様の子女である彼女に許可を取るのは必然です。




「是非寄って下さい。久々の帰省ですし、母もレイド様の御顔を見て喜ぶと思いますわ」



 良かった。


 これで敵の前線に到着する前に一息つく事が出来るな。


 適切な休息は作戦遂行上、必要不可欠ですから。



 いつの間にか俺の頭の上に乗っかている彼女から許可を頂き安堵の息を漏らした。



「レイモンドから出発し、レイテトールの街で補給。各地で補給を続けつつ南西に進み、迷いの平原の霧を抜けてフォレインさんの所まで向かう行程だ」



 地図上に人差し指を置き、簡単な移動経路を指でなぞりながら話す。



「霧の中を突破するのですね?? ギト山北部を迂回する経路も考えられますが……」


「いや、時間が惜しいから最短経路で進む」



 厳しい視線で地図を見下ろすカエデに話す。



「時間が惜しい??」


「あぁ、今回の任務は先も述べた通り前線の偵察任務なんだけど。俺達が向かう前に先遣隊を派遣したらしいんだ。そして、十五名の先遣隊は……。此処、森内部の凡そ三分の一程度を偵察した所で一人の生存者を残して全滅に至った」



 北から南に向かって指を移動させ、彼等が終えたであろう調査範囲の箇所で指を止めた。



「ぜ、全滅!? そんな危ない場所に向かうの!?」



 ルーが両耳をピンっと立てて話す。



「たった十五人の人間が全滅したんでしょ?? 私達の力の足元にも及ばない戦力じゃん」


「いや、死地へと赴く任務だからな。ある程度の実力を持った人材を派遣した筈だ。油断はしない方が良い」



 ユウの頭の上に留まるマイへと言ってやった。



「では、レイドに与えられた任務は残りの三分の二の範囲の偵察ですね」



 その通り。


 その意味を含ませて一つ頷く。



「他に何か有益な情報は与えられていませんか??」


「いや、これといって情報は与えられ無かったな」


「ふ、む……」



 俺の返事を受け取ると、何やら考え込む姿勢を取る。



「カエデちゃん。何か考え事??」



 ルーがカエデの白いローブの裾をクイクイと食む。



「おかしいと思いませんか??」


「おかしい?? 何か気になる点でもあるのか??」



 要領を得ないな。



「生還した兵士が居るのなら、その者から会敵した敵情報が伝わって来る筈です。敵の規模、使用する武器、特徴。その一切の情報を与えない事に違和感を覚えているのですよ」



 そういう事か……。



「真っ暗な夜に襲われちゃったとか!?」


「鍛えられた兵士達です。例え夜襲を受けたとしても最低限の情報は得ている筈ですからその線は薄いですね」


「えへへ、外しちゃった。ん――、カエデちゃん。もう少し後ろ撫でて」



 狼の頭を撫でるカエデの手をペロリと一つ舐め、撫でるべき場所はそこでは無いと伝えた。



「この任務には何か……。裏がありそうですね」


「裏?? カエデ、もっと分かり易く言ってよ」


「彼の事を良く思っていない者からの指示。単純に人手不足。そして、レイドの力を試しているのか……」



 いつも通り片眉をクイっと上げて話したマイにカエデがそう答えた。



「試すって……。俺が誰かに試されているって事??」


「あくまでも推測の域を出ませんが。何か意図的な物を感じるのは確かです」



 意図的、ね。


 俺は単純に人員不足だと思うんだけどねぇ。レフ准尉もそう仰っていたし。


 仮に力を試されていたとしてもこの任務を達成出来れば御の字じゃないか。敵の現在位置が掴めるんだぞ??


 小さな労力で、大きな成果を掴み取る。


 正に濡れ手で粟だ。



「何はともあれ。今回の任務は『偵察任務』 だ。相手の戦力が分からない以上、極力戦闘は避けるように。いいな??」



 釘を差すじゃないけど、深紅の瞳を正面から見つめた。



「何よ?? 私がそんな狂暴に見えるっていうの??」



 その通り!!


 そう言えたらどれだけ楽か。



 心外だと言わんばかりにむっと口を尖らす。



「お前の場合、こうでも言っておかないと直ぐにドンパチ始めそうだからな」


「失礼ね!! 言われた事くらい守るわよ!!」


「どうだか……。レイド様の気持ちは痛い程分かりますわ」



 頭の上に留まる黒き甲殻を纏う蜘蛛さんが話す。



「あぁん?? おい、こら。それどういう意味よ??」


「あらぁ?? 言葉も理解出来ないのですか?? 滞りなく任務を遂行出来るのか、今から心配ですわねぇ」



 おっと。


 このままだと喧嘩が始まってしまいますね。



「ま、まぁ戦闘は必要最低限に留めておくこと。うん、何も戦うなとは言ってないから」



 出発前に喧嘩をして怪我でもされたら敵わん。



「ふんっ」



 ずんぐりむっくり太った雀さんが御機嫌斜めな表情を浮かべ、そっぽを向いてしまった。



「残りの三分の二の範囲を俺達七人で偵察する訳なんだけど……。二班に分けて行動しようかと考えている」



 二班に分かれれば偵察範囲も広範囲に及ぶし、何より。


 発見されてしまった場合の事も考えておかなければならない。一班が敵に発見されその追撃を振り切る為に割く時間。もう片方の班が偵察に割ける訳だ。


 逃げの一手、攻めの一手。


 相対する手を同時展開出来る実力を持っていますからね、彼女達は。



「班分け、並びに各班の行動範囲はどうしますか??」



 カエデが厳しい瞳を浮かべ、地図から一切視線を外さずに問う。



「カエデに一任するよ」



 俺が決めたら絶対文句が出るし。



「了解しました。アオイの里に到着するまでに決めておきます」


「出発は明後日。明日一日で必要な物を揃えて置くように。何か質問はあるかな??」



 広げていた地図を元通り、四つに折り畳みながら問う。



「特になぁ――し。ユウ、明日色々買い揃えておこうよ」


「ん――。了解っ」



 よし。


 此れにて説明終了っと。


 仕事を再開しましょうかね。




「アオイちゃんの故郷かぁ。どんな所だろう??」



 ユウが己のベッドに寝転び、大欠伸放った彼女の脇にちょこんと座る狼さんがそう話す。



「そうだなぁ。暗くて、湿気が強くて、強力な粘着力を持つ糸が張り巡らされている所だよ」



 眼前に迫ろうとする大きな狼の鼻頭を人差し指でピンっと撥ねてユウが揶揄う。


 強ち間違ってはいないけども……。もうちょっと言い方ってもんがあるでしょうに。



「うぇ。本当なの??」



 それを真に受けたルーがあからさまに不機嫌な表情を浮かべてしまう。



「何でも鵜呑みにするのは良くありませんわ。暑くて湿気が多いとは言えますけど、家である洞窟の中は涼しくて快適ですわよ??」



 何時の間にやら天井に貼りついた蜘蛛さんが仰る。




「ふぅん、それなら大丈夫そうかな??」


「気候等は特に気にならない。しかし、蜘蛛の一族か……。一度手合わせ願いたいものだな」



 翡翠の瞳を宿した強面狼さんが逸る気持ちを抑え、いつもより三割増しの勢いで一度大きく尻尾を左右に揺らした。



「止めといた方がいいわよ。多分、そいつの母親滅茶苦茶強いから」


「ほぅ……。それ程なのか?? 増々楽しみだなっ!!」



 休ませて貰う為にお邪魔するのに、腕試しを申し込むのはお門違いじゃないかい??



「主はどう感じたのだ??」


「フォレインさんの事?? ん――……」



 仕事の手を一旦止め、以前出会った時の姿を思い出す。



「どこか捉えようが無い人かなぁ?? 己の強さ、考えを表に出さないで内に秘める。そんな感じかな??」



 師匠の強さの底が知れぬ様に。


 俺達が未熟があるが故、彼女の強さの底を知れないのかもしれない。

 


「母は大魔の一人。私達全員がかりでも傷一つをつけられるかどうか……。怪しいものですわ」


「アオイちゃんのお母さん怖そう……。んぅ?? ユウちゃんどうしたの?? うつ伏せになって」


「あぁ、肩が凝ったからな。俯せで寝るとちょいと楽なんだよ」


「へぇ――。うっわぁ……。肩、カッチカチじゃん!!」



 親猫に遊びを強請る子猫の前足みたいにユウの肩を狼の足でコネコネと押している。



「ルー。もっと強く押して……」


「んっしょ!! よいしょ!! こんな感じかな!?」


「全然駄目。これっぽちも気持ち良くない」


「我儘だな――。この中で一番力強そうなのはぁ……。レイドぉ!! ちょっとこっち来てよ!!」



 いやいや。


 私、仕事中なのですよ??



「生憎仕事で両手が塞がっているからね」



 経費の書類を書き終え、次は……。移動経路の詳細か。


 はぁ……。


 一向に終わる気配が無いよ。



「あ――あっ!! いっつもあたしが大きな荷物を運んでいるからなぁ!! 肩が凝るのも仕方がないよなぁ――!!」


「……」



 いや、そんな事を急に言われましても。



「クッタクタになるまで運んでも、皆と同じ量の御飯で満足してさぁ!! 偉いなぁ!! あたし!! 頑張っているぞ――!!」


「……っ」



 くっ。


 そこにつけ込んで来たか。



『ユウちゃん、もう一押しだよっ』


「毎日毎日クソおめぇ荷物運んで!! 得られるのが簡単な謝意だけじゃ足りないっつ――のっ!!」


「――――。分かったよ、やればいいんだろ??」



 羽根筆をコトンと机の上に置き、降参した口調でそう話した。


 いつも率先して荷物を運んでくれているユウに対し、簡単な言葉だけじゃ足りないのは事実だし。


 それが俺の整体で解決されるのなら安いもんさ。



「へへっ。偶には言ってみるものだな」


「長時間出来ないけど良い??」



 己のベッドの下から厚手の布と、薄手の布を取り出しつつ話す。



「おう!! ってか、何してんの??」


「あぁ?? これ?? カエデ、悪いけど温かい水を出してくれるかな??」



 部屋の隅に置かれている木製のバケツを運び、本を読み漁っている彼女に請う。



「どうぞ」



 柔らかい橙の魔法陣が宙に浮かぶと、その円の中から此方の注文通りの温かい水の流れが床へと流れ落ちる。



「わっ……。有難う、そこで止めて」



 バケツに温かい湯を満たし、そしてその中へ薄手の布を浸し。


 しっかりと湯切りをしたら準備完了っと!!!!



「孤児院に居る時さ。オルテ先生に良く整体をしろってせがまれてね?? その時、温かい布で筋肉を温め。血の流れを良くした方が気持ち良くなると教えられたのさ」



 俯せの状態のユウの肩に乾いた厚手の布を被せ、更にその上に温かい水で湿らせた布を被せる。



「ほぉ――。結構本格的に習ったんだな??」


「習うと言うよりも、ほぼ仕事だよ。跨るけど良いよね??」


「ど――ぞっ」



 失礼します。


 ユウの背に跨ると、ベッドがキシッと軋む音を放つ。



「んぉっ。あったけぇ……」



 よしっ。


 下拵えはこれ位かな??



「じゃあ、失礼しま――す」



 ユウの肩に己が手を添え、先ずは軽く一揉み。



「お――。良い調子だ……」



 うっわ!!


 かった!!!!



 まるで金属の塊を掴んだかと思ったよ。


 俺が考えている以上に相当血の流れが悪くなってるな……。


 揉み解して流れを良くしないと休まる筋肉も休まらないさ。



 では…………。


 作業開始っ。



 十指に力を籠め、彼女の血の流れを促進させる手捌きを披露すると……。
























「あっ!! んっ!!」



 ちょいと宜しく無い声色が彼女の口から漏れてしまった。



 人差し指で肩の筋線維をコリっと刺激すれば。



「んぁっ……」



 首を傾げたくなる甘い声を漏らし。


 流れる動きで人差し指、中指、薬指を順次動かせば。



「はぁっ……。はっ、んっ……」



 ここはそういう店ではありませんよ?? と。


 思わず突っ込みたくなる喘ぎ声が続け様に室内に乱反射してしまった。



「お――い、おいおい。ユウさんやい。ここは牛の種付け場じゃあないんだぞい??」



 ベッドの上で大変寛いだ姿勢でパンを食むマイがそう話す。



「だ、だってぇ……。ひゃっ!! レイド、のぉっ!! 指捌きがぁぁっ……。やっ……。上手過ぎるんだもん……」



「へぇ――。レイドってこんな特技もあったんだねぇ」


「特技、というより。仕事から得た技量だよ。ってか、ルー。尻尾邪魔」



 ユウの肩の筋肉は思った以上に宜しく無い状態だからね。


 下半身を浮かし、上半身の体重を腕から手に乗せ。力を籠めて解き解さなければならないから。



 十指を巧みに動かし続けていると、矮小だが。妙に硬い筋線維の塊を捉えてしまった。



 ははぁん??


 コイツだなぁ。ユウの肩を辟易させていた横着者は。



 お待たせしました、ユウさん。


 今、少しでも肩凝りを楽にしてあげますからねっ!!!!


 昔取った杵柄じゃあないけども。段々と上り調子になってきた十指を巧みに操り。



 親指の腹でその筋線維の塊を下から上にコリっと押し上げてやった。



「はぁぁっん!!!!!!」



 はは、やっぱりそうだ。


 今日一番の声量が放たれたのが良い証拠さ!!



「ちょ……。やっ!!!! そ、そこはぁっ!!!!」


「ユウ!! 駄目だぞ?? 我慢したら。俺に……。全てを委ねろ!!」


「あっ!! んんんっ!! はぁっ……」



 うはは!!


 悪い肩凝りさんめっ!! 俺が成敗してやる!!



「も、もう良いからぁ!! こ、これ……。ひっ!! 以上は駄、駄目ぇ!!」



 よぉし、良いぞ。


 十指の巧みな動きによって鉄の塊が溶け始め、徐々に本来の肉の柔らかさを取り戻して来た。


 これで、止めだ!!



「何を言うか!! 安心しろ!! 俺が、肩凝りが存在しない桃源郷へと誘ってやる!!」


「ひゃ、ひゃぁぁああ!!!!」




 キシッ、キシッと。捉えた方によっては淫靡にも聞こえてしまう軋む音を奏でるベッドの上で激しい上下運動を繰り広げていた此方の姿が気に食わなかったのか。




「卑猥な声と動きを止めろや!!!!」


「アベビッ!?」



 ほぼ真正面のベッドから何か硬い物が顔面を直撃してしまい、その勢いでベッドから転げ落ちてしまった。



 こ、これは……。


 パン??



「お、おい。何で整体していただけなのにパンを投げるんだよ」



 床に落ちて破棄されるのが勿体ないので、ちょいと硬いパンを口に咥えながら立ってやった。



「アンアン、キャアキャアと嘶きやがって。盛った牝牛と雄牛じゃあねんだから。ここは静かに寝る為の宿屋なんだよ」



 静かに。


 君は一度でもそれを守った事があるのかい??



「ユウちゃん、どうだった!?」


「ひゃ、ひゃいこ――……」



 ホッカホカに蒸気した顔で、息も絶え絶えに話す。



 まぁ、ユウも満足した事だし。俺は仕事に戻りましょう!!


 これ以上の遅延は洒落になりませんのでね。



「グルルルゥ……」



 変な気は起こすなよ??


 そんな意味を含ませて只でさえ鋭い瞳を更に尖らせて此方を睨みつけている赤き龍の視線を受けながら机の前に到着し、コホンと一つ咳払いをして仕事を再開。



「レイド様ぁ――……。私ぃ、お胸が凝って、凝って仕方がありませんのぉ――……」



 頭の天辺から降り注いで来る妙に甘い声を断固たる思いで流し。



「レイドぉ。私の左後ろ足に整体してぇ――」



 左腕の下からニュっと生えて来た狼の顔を右手でやんわりと押し退け、まだまだ見えぬ山頂に向かって登頂を開始したのだった。




最後まで御覧頂き誠に有難うございました。


本日は生憎の悪天候でしたが、皆様。体調管理は整えていますか??


夜も大変冷えますので温かい恰好で休んで下さいね。それでは、おやすみなさいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ