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第百五話 障壁を抱えたままの戦闘

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは、どうぞ。




 鋭く空気を切り裂く烈蹴の音。


 勝利を予感させる固形物が砕け散る音。


 いつもなら、薄暗い通路内に響く戦士達の戦音が心に闘志を焚き付かせてくれるのだが……。



 体は大変正直ですね。


 絶不調を訴えて一向に調子が上がってくれない。



 右腕を上部に翳すべきであったのに、左腕を上に翳して巨大骸骨の馬鹿げた攻撃力を防いだのが不味かった。


 左腕の手首、肘の中間地点辺りの猛烈な痛みが発生し。


 折角。



「やぁ!!」


「ルー!! 遅いぞ!! 確実に敵を殲滅しろ!!」


「やってるけど効かないの!!」



 皆が善戦してくれているというのに強烈な闘志が燃え上がろうとしてくれない。


 又、これには他にも理由がある。



「ボケナス!! 助かったわよ!!」


「お、おう。無事で何よりだ……」


「はぁ?? どうしたのよ。待ち望んだ休みの前日。ウキウキ気分のまま浴びる様に酒を呑んだものの、爽やかな朝一番に居間で響き渡る二日酔いでのたうち回るお父さんみたいな声を出して」



 それ、意外と的を射てるかもね。



「そこまで酒を飲んだ事は無いから、そのお父さんの気持ちを共感出来ないけども。その症状に近いものはある」



 体の自由が利く様になったマイが此方の隣に並び、俺の顔色を窺うと。



「うっわ。顔がすっごい青いけど……。何か変な物でも食べた??」



 食べてはいません。


 正確に言えば、体内に直接注入されてしまったのです……。



 真っ赤な闘志が心に灯らない理由。


 それはあの無色透明な液体の所為だろう。一瞬でも気を抜くと胃袋が裏返って、体内の水分という水分を地面に零してしまいそうですから。


 左腕の骨には恐らくヒビが入り、尚且つ体調は絶不調。


 そして、普段は頼りになる狂暴な龍は優しきミノタウロスさんの体に収まり。本来の実力を発揮出来ないときたもんだ。



 果たして、この馬鹿デカイ骸骨に俺達の力が通用するかどうか。


 多大なる不安が残りますよ。


 巨大骸骨、並びにその背後で構えるシシリョウさんは俺の登場によって戦況が此方側に傾くと予想したのか。



「…………」



 分厚い警戒心を構築し、静かに俺達と対峙していた。


 可能であるのならば会話から説得を試みてみようか??


 燃え上がった戦場の熱が冷めやらぬ今、それは遅過ぎるかも知れないけど。無益な血を流すよりかはマシであろう。



「う、嘘。絶対起き上がれない量を注入したのに……」


「体の頑丈さが売りなんですよ」



 緋色の三白眼をキュっと見開き、信じられないといった表情で此方の様子を見つめる彼女がポツリと言葉を漏らす。



「注入?? あんた、ヤバイ物でも口から捻じ込まれたの??」


「後で説明する。先ずは、正面のデカブツを叩くぞ!!」


「その通りです!! マイとレイドは巨大髑髏と。我々は骸骨兵の殲滅を担当します!!」



 ほら、我等が分隊長も俺と同じ考えの様ですし。



「シシリョウさん。どうしても攻撃を止めてはくれませんか??」



 説得を試みる為。


 何やら細かく肩を震わせている彼女へと問う。



「す、す、す……」



 す??


 お腹が、空いたのかな??



「素晴らしいっ!! キシシ!! 被験体!! やはり貴様は私の所有物になるべきだっ!! 生身の体で骸骨の一撃を受けても原型を残す屈強な体。常人なら真面に歩ける筈も無いのに颯爽と駆けつける脚力」



 生身では無くて、龍の力を解放していますけど……。



 粘度の高い液体を纏わせた舌でペロリと上唇を舐め。



「優秀な雄は務めるべき役目を果たせ……」



 役目??


 毎日頑張って御飯を作る事かしらね??


 料理の腕の上達は日進月歩と呼ばれている様に日々精進しているのだが、目に見えての上達ぶりを感じ取れない事が大変歯痒いです。



「毎日作るのは大変なんですよ?? 時に趣向を変えて飽きない様にするのも大変ですし」


「クフフッ!! 毎日ときたか……。それはそれは……。精力にも長けた雄である証明だな」



 毎日食事の用意をするのは本当に骨が折れる。


 偶に提供時間が遅れると本物の骨が折れそうな勢いで殴られる時もありますけども。持ち前の体力でそれを補っていますからね。



 俺が世の主婦様達を尊敬するのはその理由もあるのです。



 毎日家事でクタクタになりつつも、仕事から帰宅する子供と夫の胃袋満たす為に疲れた体に鞭を打ち。台所で熱き戦いを続ける。


 しかも!!


 それが評価される事はほぼ皆無。


 得られるとしたら僅かな感謝の言葉位だ。



 きっと、主婦様達は家族団欒の中に存在する笑みの為に日々格闘を続けているのでしょう。



「シシリョウさんも宜しければ一緒にどうですか?? 皆で囲めば楽しい雰囲気になりますので」


「な、何!? ふ、複数名と関係を持つというのか!?」



 御飯は皆で食べれば美味しい。


 折角の御馳走も一人で食べたらなんだか味気が無いし。



「シシリョウさんさえ宜しければの話ですけども……」


「わ、わ、私は。そ、そのっ……。行為自体の知識はあるのだが、実戦経験は無い」



 ははぁん。


 ソラアムさんが仰っていた通り。人と接するのが苦手なんだな。



「安心して下さいっ!! 自分がシシリョウさんを必ずや満足させて見せますから!!!!」



 ドンっと胸を叩いて話したのだが。


 強く叩き過ぎた所為で喉の奥から何かが遡って来そうだったので、それを喉の奥に留めながら話す。



「た、多人数を相手した後でか!? な、何んと言う精力の強さだ……」



 う――ん??


 何で色白の御顔を真っ赤に染めてモジモジしているのだろう??


 一時停止した骸骨さんの向こう側の彼女を見つめて首を傾げていると、更に角度が増加してしまう攻撃が左方向から襲い掛かった。



「くだらねぇすれ違いしてんじゃねぇ!!」


「いっでぇ!! な、何すんだよ!!」



 本当に首が折れたらどうしてくれんだ!!




「私の所有物に手を出したな……」


「はぁ?? 何言ってんのよ。コイツは私達専用の飯炊き係なの。よって、しょゆ――権はこっちにあんの」



 ユウの豪拳で俺の胸を叩きつつ話す。



 ごめん、軽く叩いているつもりなんだろうけども。貴女が今宿っている御方は大変力強いので。軽く叩いているつもりでも物凄く痛いのです。


 そして、吐瀉物を吐き散らかしてしまいそうなので出来れば今直ぐにでも止めて頂ければ幸いです。



「貴様等にはこの被験体の価値が分かるまい。安心しろ、私が一生この地下で飼い馴らしてやる」


「あっ?? だったら私の美味い飯は誰が用意してくれんのよ??」



 やれ飼い馴らす。やれ美味い飯を作れ……。


 お嬢さん達?? 俺の体の所有権は俺自身にあるのですよ?? 先ずはそれを踏まえた上での所有権譲渡の話をしましょうか。


 だが、横槍は入れません。


 入れたとしてもどうせ威勢良くポッキリとへし折られてしまいますので。



「もういい、面倒だ。貴様等を消して被験体を取り戻す」


「出来るもんならやってみやがれ!! 色白病弱野郎がぁあ!!」


「マイ!! 来るぞ!!」



 シシリョウさんが右手を翳すと巨大骸骨の上半身が、呆れる大きさを誇る拳を此方に叩き込もうと後ろに向かって大きく振りかぶる。



 コイツ、速さ自体は大した事ないんだけど。威力が桁違いに強いのが厄介なんだよね!!


 その一撃を例えるのなら、怪力無双であるユウの拳と比肩する位か。



「掛かって来やがれ!! 今の私の拳はぁ……。現時点で世界最強なのよ!!」



 もしもし??


 何故貴女は回避する選択肢を選ばないのでしょうか。


 真っ向勝負を所望するその心意気は買いですけどね!!



「馬鹿野郎!! 避けろ!!」


「はっ!! あんたが受け止められるのなら、私にも出来る筈っ!!」


「ガァァアアアッ!!!!」


「くらえぇぇい!! これが、爆乳娘の拳だぁああ!!」



 襲い来る拳に向かい、何の遠慮も無しに豪拳を叩き込む。


 人の体と等しき面積を誇る拳とユウの体の拳が衝突した刹那。



「「っ!?」」



 大気を震わせる衝撃音が発生し、何んと。骸骨の拳を跳ね返したではありませんか!!



「かってぇぇええ!! けど、この体。つえぇええ!!!!」



 自分でも驚愕してしまったのか。


 はわわぁっと口を開いて己の拳を眺めていた。



「馬鹿野郎!! あたしの体なんだぞ!? もっと丁寧に扱えぇぇええ!!」



 骸骨兵共と戯れるユウが一旦攻撃の手を止めて叫ぶ。



「うっせぇ!! よぉしっ、威力は十分証明出来た。後はコイツをボッコボコのギッタンギッタンに叩き潰して。んで、後ろで縮こまっている病弱姉ちゃんにお仕置きをブチかます!!」


「お前さんのしたい事は理解出来た。その作戦はあるのか??」



 まぁ、多分無いだろうけど。



「無いっ!!!!」



 ほらね??



「骸骨兵はバラバラになったら活動を停止したからぁ、多分。このデカブツも粉々に砕いたら倒れるでしょう」



 これを……。


 粉々に??



「あのな。平屋二階建て程度の大きさの骸骨さんをどうやって粉々にするんだよ」


「あのほっせぇ背骨があるでしょ??」



 互いに戦闘態勢を継続しつつ、骸骨の背骨へと視線を送る。



「人の体と一緒で上体を支える背骨を砕けば大丈夫だと思うのよ」



 思う、じゃあ困るんだけどねぇ。


 だが、やってみる価値は十分あるな!! 此処で手をこまねいていても状況が変わる訳じゃないし。



「了解。じゃあ俺は右側から攻める。マイは左側から。挟撃の形で向かうぞ!!」


「おうよ!! 足ぃ、引っ張んなよ!?」


「それはこっちの台詞だ!!」



「キィィヤァァアア!!」



 来た!!


 正面から強大な拳が此方と拳の間に存在する空気を圧縮しながら迫り来る。



「ふんっ!!!!」



 右足に力を籠めて巨大骸骨の右の拳を回避。


 相手の右脇腹を攻撃可能な絶好の位置に身を置いた。



 先ずは、どの程度の攻撃で相手が怯むか。その様子を見ましょうかね!!



「でやぁぁああ!!」



 前方へと突貫を開始し、背の高い位置にある脇腹に攻撃を加える為に飛翔。


 龍の力と全体重を乗せた雷撃を肋骨へと与えてやった。



「ガァァッ!!!!」



 与えられた衝撃を吸収する為に左手で体を支え、骸骨の芯が僅かに左へと傾く。


 効いたか!?



「はっは――!! ボケナスぅ!! 丁度良い塩梅に倒してくれんじゃん!!」



 左の手の平だけでは俺の攻撃を支えきれないと考えたのか。



「グググ……」



 左肘を地面に付けて衝撃を吸収すると、角ばった顎が猛牛さんの目の前に下がってしまう。



「さぁぁって。さっきはよくも私に対して何の遠慮も無しに馬鹿デケェ拳を叩き付けてくれたわねぇ??」



 今のアイツの目は大好物を目の前にぶら下げられた猛犬の目だな。


 大人しくお預けが出来る性分では無いし、巨大骸骨さん?? 歯を食いしばって耐えなさいよ。



「カクク……」



 左肘を利用して元の位置に戻ろうとするが、それを見逃す程。あの御方は優しく無いのです。



「渾身のぉぉ……。一撃を食らいやがれぇぇえええええ!! ずぁぁああああ!!」



 上半身を捻りに捻り、只前へ向かうだけの姿勢を取り。


 一切の躊躇なく馬鹿げた力を解放して、右の拳を顎へと叩き込んだ!!


 強烈な炸裂音に思わず舌を巻いてしまいますが……。



 世の中は大変上手く出来ている。



 力を受けた物体は、その受けた方向へと進むのです。



「ガァッ!?」



 ほ、ほら!!


 こっちに向かって勢い良く傾いて来たし!!



 だが、これは絶好機!!!!



「ボケナス!! 打てぇぇええ!!」



 師匠、見ていて下さい。


 これが……。今現在、俺の!! 最大の攻撃力です!!!!



「はぁぁぁ……。すぅぅぅ……」



 心に宿すは澄んだ水面……。



「グゥゥガァァ……。アァァァアアアッ!!!!」



 されど、体に宿すは烈火の闘志っ!!!!



 今こそ解き放て。


 全ての力を。


 そして、燃え盛る魂の一撃を!!!!



「はぁぁぁっ!!!! 食らぇぇええええっ!! これが、極光無双流の熱き一撃だぁぁああっ!!!!」



 龍の力を解放し続け、全身全霊を籠めた右の一撃を傾いて来た巨大髑髏の顎へと叩き込んでやった。



「ギャァアアアアアァアァ!?!?」



 巨大骸骨が美しい軌道を描いて後方の土壁にめり込み、常軌を逸した衝撃が地面を伝わり己の心を奮わす。


 ふぅぅ……。


 体格差をも克服する我が一撃。


 これぞ、極光無双流の力なりっ!!!!



 良しっ!!


 調子を取り戻して来たぞ!!



「すっげぇぇええ!! レイド、やるじゃん!!」


「あぁ、流石。主だな!!」


「カッコイイよ――!! レイド――!!」


「レイド様ぁぁああ!! は、早く私を救いに来て下さいましぃ!! ほ、ほらっ。骸骨兵共がぁ――」



 そして、此処が勝機だ!!



「マイ!! 止めを刺すぞ!!」


「わ――ってるわよ!!」



 流石だな!!


 俺が声を掛ける前から壁に叩き付けられた骸骨に向かって駆け出しているし!!



「「はぁぁああ!! だぁぁああああ!!!!」」



 二人の熱き魂が重なり合うと燃え盛る大炎となり、周囲を包もうとする闇でさえも払拭する光量を解き放つ。



「カ……。カカ……」



 懸命に起き上がろうとする巨体の中枢目掛け、二人の魂の一撃を穿つ為。


 足が砕けても構わない勢いで熱き突貫を続けた。



 貰ったぁぁああ!!


 コイツで止めだ!!!!







「―――――。キシシッ。させるか、馬鹿が。食らえ……。闇夜遮断ナイトインターセプト


「「うっ!?!?」」



 な、何だ。これは!?



 ま、前が見えない!?




「ボケナス!? こ、これは……。何が起こったのよ!?」


「分からんっ!!」



 し、視界が遮断されたのか!?


 目の前に広がるのは漆黒の闇。手を翳せど、掴むのは虚しい空気のみ。



「と、取り敢えず!! 適当にぶん殴るわよ!?」


「あ、あぁ!! 分かった!!」



 巨大骸骨は壁に叩き付けられたままの筈!!


 それなら!! 足を止める理由は無いっ!!



「だぁぁああっ!!」


「ふんがぁっ!!」



 マイの呼吸音に合わせ、何も存在しない虚無へと拳を叩き込んだが……。



「――――。は、外した!?」



 拳に捉えたのは硬化な骨の感覚では無く、攻撃の失敗を確定付ける土壁の感覚であった。


 そして……。



「――――。カカカ……」



 背筋が凍る恐ろしい骸骨の声が頭上から静かに降り注いだ。



「ぼ、防御しろ!! マイ!!」


「分かってる!!」



 前後左右。何処から向かって来るのか分からない攻撃に対し。


 両腕を交差させ、大防御の姿勢を取った。



「ガァァアアアアア!!!!」


「ぐぇっ!!」

「うがぁっ!!!!」



 マイの声が響くとほぼ同時に此方の体にも燃え上がった闘志が消失してしまいそうな衝撃が襲い掛かった!!



「あぐっ!!!!」



 背に感じる馬鹿げた衝撃が土壁に叩き付けられた事を証明し、そして体内から酷く乾いた音が響く。



 く、くそ。


 ど、どうすりゃいいんだよ……。


 視界を奪われて、勝てる相手なのか!?



 今まで誤魔化していた吐き気が与えられた衝撃によって目を覚まし、胃が痙攣を開始。



「ウグッ……!! ゴフッ!! ェェッ…………」



 四肢を地面に付けたまま、気道にひり付く痛みを与える液体を苛烈に解き放った。



 ち、ちくしょう……。


 意識がある限り、俺は決して諦めはしないぞ……。


 唇の端に残る鬱陶しい液体を手の甲で拭い去り、痛みから逃れる為。情けなく地面に蹲ろうとする体に喝を入れ。



 俺を倒したければ、命そのものを刈って見せろ!!



 闇の先に確実に存在する見えぬ敵に対して、両の足を地面に突き立てて堂々と対峙した。 




最後まで御覧頂き有難う御座いました。


寒い季節が訪れる前触れなのか、夜が随分と冷える気がしますよね。


体調管理に気を付けて下さいと申した矢先に風邪を罹患してしまいました。


皆様も季節の変わり目には気を付けて下さいね。


それでは、おやすみなさいませ。

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