第百二話 至高の体
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それでは、ごゆるりと御覧下さい。
深い眠りに就くと人は夢を見る。
世間一般で広く知られている普遍的な現象が目の前で起きていた。
『よぉ、ボケナス!! 今日は私が御飯を作ってあげたからね!!』
燦々と光輝く太陽も思わず。
『うおっ!?』 と。
顔を背けてしまう程の光量が含まれている満面の笑みを浮かべ。とんでもない角度で首を傾げたくなる台詞を堂々と放つ彼女を見れば、これは夢だと確知出来ようさ。
御飯?? お前が??
取り敢えず、全然似合わない白の前掛けを着用する彼女に問う。
『そっ。ほら、食べてみてよ』
そう言いつつ此方に差し出したのは……。
この世に存在する素材を使用した料理では無い事に、直ぐに気付いてしまった。
丼の中にたっぷりと詰まった紫色の液体。その液体の表面に蠢く蚯蚓擬きの何か。
そして、等間隔にプクプクと気泡が弾けて形容し難い臭いを放つ。
えっと。
この星に存在するモノで作ったのか??
差し出された丼をやんわりと押し退けてそう話す。
『私の故郷の味よ!! ほら、あ――んっ』
いや、結構です。
心が嬉しくなる温かい笑みを浮かべてくれるのは結構な事なのですがね。
『私があんたの為に丹精込めて作ったんだから。食べないのならぁ……』
彼女がニィっと恐ろしい笑みを浮かべると場面が暗転。
四肢及び体全体が硬過ぎるベッドに括りつけられ、全く動けない状態に陥ってしまった。
『無理矢理にでも食べさせてあげるからぁ!!』
い、いや……。
止めて……。そんなもの食ったら腹が溶け落ちて中身が背中から飛び出ちまうよ。
『私の心が籠った料理だからそんな心配無用よ?? ほれ、ど――ぞっ』
匙の先端に乗っかる異物が唇に当てられると同時。
鼻の奥をツンっと刺激する独特の臭いが襲った。
た、食べ物じゃないだろ!! これは劇物だ!!
『あっそ。食べないのなら鼻の穴から捻じ込んでやるから。ほれ、飲め』
体の自由が利かない事を良い事に、ニッコニコの笑みを浮かべて俺の口を指で摘み。鼻の穴へと何の遠慮も無しに劇物を流し込む。
刹那。
鼻の中の粘膜と、喉の奥が焼けるような痛みに襲われ。常軌を逸した臭いが脳を麻痺させてしまった。
くっせぇぇえええ!! そして、まっずぅ!!!!
これは体内に取り込んではいけない代物だ!! 直ぐに吐き出せ!!
体が咄嗟にそう判断し、吐瀉物を撒き散らそうと胃が軽く痙攣を開始。
可能な限り威勢よく吐き出す為に上体を勢い良く起こしてやった。
「…………。ハァッ!!」
人生の中で五指に入る悪夢から目を覚ますと、夢の世界と似たような形……。いいや、全く一緒だ。
木製の台の上に体が丈夫な鎖と、頑丈な縄で体が固定されてしまっていた。
額、四肢、腹部、両太もも。
まるで獰猛な野獣を拘束でもしているのかと問いたくなる厳重な態勢に思わず顔を顰めてしまう。
此処は、どこだろう??
拘束されて動かし難い頭を器用に動かして部屋の観察を開始した。
土の壁に添えられた燭台の橙の明かりが揺らめき、薄暗い室内を照らす。
此方から向かって左側には木製の扉がひっそりと佇み、他の場所に扉が確認出来ない以上。出入口はあそこだけ。
首に力を籠め、僅かに浮かして足先の景色を見つめると。視線の先には背の高い机の上に薬品類が並べられており。薄暗い室内をより不気味に装飾していた。
右手側には妙に人体に近い形をした木偶と、人体の解剖図が描かれた絵が壁一面に貼りつけられている。
そして、部屋に充満するこの臭い……。
病院内で嗅ぐ薬品の香りだよな??
恐らく、夢の中で掴み取ったあの恐ろしい臭いはこの部屋の所為だったのだろう。
地下に転げ落ち、気を失った後。誰かが此処に俺を運んだのは理解出来た。そしてその人物こそ、俺達が探し求めているシシリョウさんであろうさ。
マイ達が心配しているだろうし。
此処から脱出して、合流を図ろう!!
拘束具を破壊する為。右手に力を籠めると、左手の扉が耳障りな音を立てて開かれた。
「ふ、ふふふ……。良いわよ、良いわよ……。素晴らしい被験体が手に入ったわ……」
一人の女性が俯きがちに室内へと足を踏み入れ、ぶつくさと独り言を放ちながら足先の机へと向かって行く。
そして、机の前に到着すると。
彼女の小さな体には不釣り合いに見える大きな椅子に腰掛け。取り憑かれた様に机の上の書類に羽筆を走らせた。
彼女が放った言葉の中に大変恐ろしい単語が含まれていたのは気のせいでしょうかね??
被験体って……。
ま、まさかだよ?? それって俺の事じゃないよな??
「人体の致死量を超える麻痺性の霧を吸い込んでも生命活動を続ける素晴らしい生命力、強い衝撃にも耐久を可能とする人体構造……。器として、これ以上ない素材」
器??
何の話だろう……。
このままじゃ埒が明かないし、ちょいと話し掛けてみましょうか。
「――――。あ、あの――。すいません、今宜しいでしょうか??」
背後から驚かせない様、柔和な口調でそう話すと。
「っ!?!?」
上下に激しく両肩をビクっと揺れ動かし。
「…………」
上半身をぎこちなく捻って、此方へと顔を向けた。
猫背且俯きがちの姿勢もあってか、若干暗い印象を人に与える。
細い肩に良く似合う黒の長袖のシャツに、これまた黒の長いスカート。
服装の隙間から見える肌は日に当たっていない所為か。随分と色白くそして病弱に映る。
蓬髪気味の色素の薄い黒の髪の隙間から覗く緋色の三白眼が俺の顔を捉えると、その瞳がきゅっと見開かれた。
「え、えっと。シシリョウさんですよね??」
相手に警戒心を抱かせない声色でそう話すと。
「…………」
コクッと。
本当に注意して見ないと分からない角度、並びに揺れ幅で頷いてくれた。
「初めまして、自分の名前はレイド=ヘンリクセンと申します。えっと……。先ずは事情を説明させて頂きますね」
此処に至った経緯と、地上で起こったあの摩訶不思議な体験を説明し終え。
シシリョウさんのお力を借りるべく此処に来たと伝え終えた。
「――――。と、言う訳なのです。理解頂けましたか??」
「…………、ぅん」
声、ちっさ!!!! 地面の上で齷齪働く蟻さんが咄嗟に足を止め、耳を傾けてしまう声量ですね!?
ソラアムさんから伺っていた通り、人見知り性格なんだろうけども。
もうちょっと大きな声で話して欲しいものだ。
「有難うございます。では、彼女達を元の体に戻してくれますか??」
彼女の数倍の声量で此方の本意を伝えた。
「――――。嫌」
「へっ!?」
今、嫌って言ったの??
「折角手に入れた理想の被験体をみすみす逃す手は無い」
え――っと。
今ので二度目の不穏な単語ですけども。その被験体ってまさか……。
「貴方の体は私の物」
御免なさい。
俺の体の所有権は自分にありますので、所有権の譲渡は了承出来ません。
そう口を開こうとしたのだが、彼女の所作が大変気になり。口を閉ざしてしまった。
彼女が上半身を元の位置に戻すと、机の上に置いてある円筒状の物体を手に取る。
「キシシ……。ずぅぅっと私が求めていたモノが転がり落ちて来たんだ。誰にも渡さない」
彼女が手に持つ透明な硝子製の円筒状の物体の先には細く鋭い針が繋がっており、薬液がたぁっぷりと詰まった瓶にその針を挿入。
手元の器具を引くと透明な円筒状の物体に無色透明な液体が吸引されていく。
「そ、その!! シシリョウさん!! それを使って何をするおつもりですか!?」
「これ?? 注射器」
それは知っています。
問題は、それに入っている中身ですよ!!
「い、一体何の為に使用するのですか??」
己の満足のいく量を注射器に満たしたのか。
背筋が凍る笑みを浮かべて椅子から立ち上がると、此方に向かって静かな足取りで向かい来る。
「貴方の体の中にこの液体を注入する為……」
手元の器具を少し押し込むと、先端の針からピュッと液体が噴き出て来た。
「因みにぃ。その液体の効果は??」
「説明する必要は無い。どうせこれを注入したら三日間は目覚めないから」
ちょ、ちょっと!!
勘弁して下さいよ!! こちとら、折角悪夢から目覚めたってのに!! またあの悪夢の続きを見ろと!?
「手違いで此処に来た事は謝罪しますから!! そ、その液体を注入するのは止めて下さい!!」
左腕の肘の内側。
そこに浮き出た血管に狙いを定める彼女にそう話す。
「駄目。被験体にそんな権利はないから」
く、くっそう!!
絶対刺されてなるのもか!!
全身の筋力を総動員して暴れ回り、拘束を解こうと試みるが。
「動いたら……。死ぬよ??」
「へっ?? いたっ!!」
刹那に止まった動きを見逃さず、注射器の先端が体内に侵入。
注射器の中の液体が血管を通り、体全体に行き渡ると意識が朦朧としてきた。
な、なんだよ。これ……。
体が全く……。
「クフフ……。安心して?? 私がずぅぅっと管理してあげるから……」
緋色の三白眼がグニャグニャに混ざり合い、何だか不思議な色に見えてしまう。
あぁ、ちくしょう。
またこの感覚かよ……。
体が宙に浮かぶ感覚に身を委ね、再び白む世界へと意識が旅立って行ってしまった。
――――。
ふぅ、やっと意識を失った。
注射器を抜き終え、身動き一つ取らない被験体を見下ろして一つ大きな息を吐いた。
被験体の名はレイド、か。
名は必要ないけど一応観察記録に記しておこう……。
机の上に注射器を置き、安らかな吐息を立てて眠る被験体の下へと戻る。
「すぅ……。すぅ……」
あ、あはは。
ふふ、クフフ!!!!
凄い、凄いよ!! この体ぁ!!
常人なら全身の筋力が麻痺して呼吸困難に陥り、死に至る量の薬液を注入しても平然として眠っている。
私が求めていた理想の体だぁ……。
ソラアムは病弱故、その肉体を失った。魂と肉体は別個の存在として捉えられているが。
『水は方円の器に従う』
そう言われている様に、魂にも元の病弱さが影響してしまっている。
今の彼女の魂を普遍的な機能を持つ器に入れても恐らく、直ぐに肉体が朽ちてしまうだろう。
しかし、この体なら……。
だが、ここで一つの問題が浮上してしまう。
彼女は女性であり、この被験体は男性。
性の差異は魂にどれだけの影響を与えるのかまだその研究が進んでいない……。
「――――。もう少し、体表を観察しましょう」
拘束具を解除し、被験体が着用する服を剥ぎ取ると。
「――――っ」
もう一生使用する事は無いと考えていた女性の性が首を擡げて出現してしまった。
上半身に刻まれた数多の傷跡、程よく積載された筋力、そして雌を呼び起こす雄の香。
「す、素晴らしいっ」
生暖かい唾をゴクリと飲み干し、被験体の腰付近へと跨った。
ん??
この腹の傷は??
刻まれた傷の中でも特に目立つ傷跡に手を添えると、被験体の温かい魂の欠片を手の平が捉えた。
温かい、けれど……。
「もう一つ、居るね」
被験体の魂は温かく、それはまるで陽の光。
対し、もう一方の魂はこの世に存在する負の感情を全て吸収してしまい。もう取り返しのつかない程ドス黒く染まってしまった魂だ。
この魂に触れてはいけないのか??
触れてしまったら恐らく私の魂が黒に飲み込まれ、二度と自我を取り戻す事は無いだろう。
参ったわ……。
これじゃあ、器の役割を果たせないじゃない。
顎に指を添え、安らかな吐息を吐く被験体の体を観察していると。とある案が急浮上した。
「そうだ……。私の体に新しき命を宿せば……」
昏睡状態に陥る霧を吸い込んでも僅か数時間で覚醒してしまう呆れた強さの体。
これを受け継いだ体なら、病弱な彼女の魂の器の役割も果たせる筈。
只、もう一つの問題は。必ずしも女性が産まれて来る訳ではない事だ。
しかしそれは女性が産まれて来るまで生殖行為を続ければ何の問題も無い……。
「ク、クフフ……。喜べ、被験体。私が貴様の子を孕んでやるぞ??」
被験体の頬に手を添え、そして右胸の皮膚を鋭い爪で裂く。
薄く切り裂かれた皮膚からはまるで芳醇な赤ワインを彷彿させる魅惑的な液体が染み出て来た。
「――――。ハァッ……。フフ、味も良い……」
被験体の皮膚に唇を当て、舌を器用に動かして液体を啜ると体の奥に潜む性が大いに刺激されてしまう。
さぁ、始めよう……。
この世に新しい生命を誕生させるのだ……。
被験体のズボンへ手を伸ばし、逸る気持ちを宥めながら作業を続けていると。
ふと、一つの疑念が湧く。
えっと……。
生殖行為は理解している。
女性が腹に宿す部屋に男性の御柱を迎え入れる事だ。
だ、だ、だけど……。
いざ実戦ともなると流石の私も億劫になるというか、勇気が要るというか……。
私の体を穿つのだぞ?? 御柱が……。
その痛みは恐らく、想像を容易く越えるものであろう。
「ちゅ、躊躇すべきではない!! これは、そう!! 器を制作する為なのだから!!」
腹を括り、被験体の最終防衛線へと手を伸ばそうとした刹那。
「――――。ちぃっ!! 鬱陶しい侵入者め!!」
最後の部屋に設置していた罠の発動を感知してしまった。
親切な警告を無視して足を踏み入れるとは、何たる無能な輩共だ!!!!
先に侵入者を片付け、そして新たなる命を腹に宿そう。
何も焦る事は無い。被験体は暫く目を覚ます事は無いのだから……。
そ、それとも。
被験体が意識を戻してから行為に及んだ方が良いのか??
求めていない子を宿してしまう。
後悔、無念、そしてほんの少しの劣情が心に浮かび。目に涙を浮かべつつ私の腹に命を注ぐのだ。
「――――っ」
だ、駄目っ!!
想像したら私の心臓が破裂しそうだった……。
意識が混濁している内に済まそう。
それが被験体にも。そして私に最も適した状況なのだから。
荒ぶる気持ちを宥め、愚か共を駆逐する為に我が至高の研究室を後にした。
最後まで御覧頂き有難うございました。
そして、評価をして頂き誠に有難う御座います!!
皆様のご期待に沿えるよう。此れからも着実に更新を続けて参りますので、是非とも温かい目で見守って頂ければ幸いです!!
それでは、素敵な週末をお過ごし下さいませ。




