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第九十八話 突入前準備運動 その一

お疲れ様です。


少々長くなってしまったので、前半後半分けての投稿になります。


それでは御覧下さい。




 え――っと。


 清潔な布三枚、水筒七個、持ち運んだ物とボロボロの物置から拝借した物も含めて計三つのランタン。



「おらぁ!! 避けんなぁぁああ!!」



 比較的綺麗なお部屋の中で突入に向けての装備一式を確認していると、玄関口からけたたましい叫び声が聞こえて来る。


 恐らく、マイとユウが元気溌剌と体を動かしているのだろう。


 元気過ぎた行動が崩れかけの廃墟に追い打ちを掛けないかが心配なのですが。その点については賢い海竜さんがいらっしゃる限り大丈夫でしょう。



「すいませんね。ランタン御借りしちゃって」



 鏡の中で此方の様子を物珍し気に観察しているソラアムさんに話し掛ける。



「いえいえ!! どうせ使用していない物ですからね。こういう時にこそ使うべきなのですよ」



 年相応の笑みを浮かべてウンウンと頷く。


 死人にしては元気過ぎる笑みにどこか違和感を覚えてしまいますよっと。




 彼女から聞いた所によると、この部屋が綺麗なのは地下に潜むシシリョウさんが地上に出て来た時に使用するからだそうな。


 シシリョウさんの研究している内容は、ソラアムさんの器となる物を目下制作中との事。


 二階部分で発見した木偶はその失敗作だと追加で教えて頂けた。そして、偶に料理をする為に包丁が研がれていた。


 つまり、この屋敷は彼女達の生活圏であり。未だ見ぬ地下は研究の為にシシリョウさんが増築。


 上部と地下で上手く使い分けているのだ。



「シシリョウさんって、友人想いで良い人ですよね」



 よし!!


 携行食も包み終えたし!! 向こうと合流しましょうかね!!



「えぇ、私を連れ出し剰え故郷に帰れなくなるのを覚悟して禁術を盗み出してくれたのですから……。感謝しても感謝しきれませんよ」



「鏡の中で生活を続ける様になって何年位になります??」


「ん――……。多分、五十年以上は経過しているかと」



 五十年も此処で過ごしていたのか……。


 ソファから立ち上がり、何気なく周囲を見渡す。



「ふふ、窮屈ではありませんよ?? 彼女が盗んで来た絵画を眺めたり。下らない雑談や彼女から街の様子を窺い悠々と過ごしていますからね」



 俺の視線の意味を正確に捉えた返答が帰って来る。



「絵画を盗むのは犯罪ですから……。余り肯定出来ませんが、友人の為に時間を割く事は素敵だと思いますよ」


「私もそう思います。その、レイドさん。一つ質問を宜しいでしょうか??」



 何だろう。


 急に言い難そうにして。



「えぇ、どうぞ」


「レイドさんは……。どちら側の存在なのですか??」



 どちら側の存在??



「貴方の魂は……。人の部分もあれば、魔物の部分も感じ取れますので」



 あぁ、そう言う事。



「実は訳あって魔物に力を与えられて……。ほら、見えます??」



 龍の力を解放し、黒き甲殻が覆う右手を見せてあげる。



「わぁぁ……。凄い力ですね!!」


「彼女達に比べれば自分なんてちっぽけな存在ですよ」



 元の右手に戻し、彼女達が手に取り易い様に荷物をキチンと整えてやった。



「ううん。あの人達となんら遜色ない魂の強さですよ??」



「――――。それは、龍の魂の部分の話ですよね」



「その通りです。余計な詮索、若しくはこれ以上踏み行ったら私の魂が消失してしまう程に真っ黒に燃え上がった魂です。黒き炎の源は余り宜しく無い感情。余計なお世話かも知れませんが、その力の多用は控えた方が宜しいかと……」



 よもや初めて出会った人に注意を促されるとはね。


 魂には魂にしか理解出来ない事情があるのでしょう。此処は一つ、真摯に受け止めましょうか。



「心配してくれて有難う御座います。可能な限り善処しますね??」


「い、いえっ」



 柔らかい笑みを浮かべ、彼女の温かい配慮に礼を述べると部屋を後にした。





「おっしゃあ!! 食らえやぁぁああ!!」



 ユウ……。では無くて。


 マイが右腕の先にくっ付く凶器の塊をユウへと叩き込む為、何の遠慮も無しに馬鹿力を解き放つ。



「おっそ。んだよ、マイ――。もっと本気で打って来いよ」



 それをサラリと躱し、呆れた顔で元の体へと話す。



「やってるわよ!! この無駄に、不必要に、馬鹿デケェ胸が邪魔で真面に動けないの!!」



 うん、それは分かったから一々持ち上げなくでも良いですよ??



 近接戦闘に長けた二人だ。


 直ぐに馴染むかと思いきや……。長年慣れ親しんだ己自身の体の癖が足を引っ張っているのだろう。



「ふぅ――。しっかし、暑いわねぇ……」



 マイがシャツの襟元を摘まみ、魔境の谷へと空気を送り込む。



 そして、その動きをピタリと止め。



「おほぅ……。すっげぇ…………」



 世界最高峰の山を覗き込み、あんぐりと口を開いてしまった。



「ちょっ!! 止めろよ!!」



 ユウが顔を朱に染め、慌てて自分の体の手を叩く。



「何よ、少しくらい良いじゃない。減るもんじゃ無いしぃ??」



 口元に嫌な笑みを浮かべてユウを見下ろす。



「時と場合を考えろ。大馬鹿野郎……」



 巨大な溜息を吐き尽くしたユウの背に近付き。



「マイ、ユウ。どうだ?? いけそうか??」



 二人の現在の状況を確認した。



「ん――。少し体が重たいけど……。うん、何とか」



 マイがユウの体の各部署を動かして、違和感の所在を確認するが。顔色から察するに好調の様ですね。



「しっかし、この体軽いなぁ。翼が生えたみたいだぞ」



 ユウがマイの体で軽く弾み、軽快な動きを披露。


 そしてついでと言わんばかりに室内を縦横無尽に駆け回る姿は、元のアイツの元気な姿を彷彿させるのですが。



 皆さんの姿と中身のあべこべ加減がややこし過ぎるのです……。


 せめて声が本人の声色であればここまで己の頭の中に混乱をきたす事はなかっただろう。


 ユウの体からは当然、ユウの声が発せられている。だが中身はマイなのだ。


 この二人だけならまだしも、カエデ達も等しく変わちゃっているし。地下へ突入する前に入れ替わった人達の姿と顔を頭に叩き込まないと。



「よっしゃ!! マイ行くぞ!!」


「来い!!」



 ユウが鋭く踏み込み、マイの体目がけて右正拳を突き出す。



「ありっ??」



 本人は当たると思っていたのだろうが、体と拳の間には大きな空間が空いていた。


 そりゃそうだろう。


 踏み込みの位置、腕の長さ、重心の取り方。


 全て別人の体で行う訳だ、いきなり上手く行く訳が無い。



「全然届いてないわよ?? 次はこっちの番ね。でやぁっ!! ――――。いっでぇ!!」



 マイもユウと同じく正拳を繰り出すが、重心を崩して床へと派手に着地してしまった。



「いたた……。ちょっと!! この重り何とかしなさいよ!! こんなんじゃ速く動けない!!」



 とてもじゃないけど手の平に収まりきらないお肉の塊を恨めし気に掴む。



「そんな事あたしに言われても……。後、その手を離せ!! 変な風に掴むなって!!」


「いやぁ……。そりゃ無理よ。触ってて面白いもん」



 そして、何を考えたのか。アレをむぎゅっと掴んで思い思いの方向へと動かしてしまった。



 あれは……。一体どういった仕組みで動いているんだろう……。


 人が認識出来る領域に収まらない仕組みに首を捻っていると、己自身の醜態に腹を立てたユウが右の拳をぎゅっと握り。



「止めろ!! いい加減放せ!!」



 ぷくぅっと膨らんだ焼きたての御餅さんの柔らかさを堪能している横着者さんの左頬へと捻じ込んでしまった。



 おっ、良い音。



「……、かっる!!!! 嘘でしょ?? 私の拳ってこんなに軽かったの!?」



 涙目で己の拳を大事に両手で掴んだ。



「それは恐らくユウの耐久力の所為だと思います」



 その様子を静観していたル……。カエデが話す。


 


「耐久力?? ユウ、ちょっと強めに打って来てよ」


「いいのか??」


「私が怪我する訳じゃないし」


「何か自分の体に目掛けて打つのって……。違和感あるよなぁ。いくぞ?? ふんがっ!!」



 ユウの拳がマイの丹田に直撃すると、生肉を強打した鈍い音が室内に響く。



「どう??」


「……。すっごい!! あんたこんな丈夫な体してんの!? 全然痛くないじゃん!!」



 自分の体を見下ろして目を丸くしていた。



「そりゃどうも……。マイの体も軽くて動き易いぞ?? 鍛え抜かれた下半身によってあの馬鹿げた速さを可能にしていたのか」



「ウンウンっ!!」



 もっと崇め賜え。


 マイの口元が波打ち、満更でもない表情でコクコクと頷く。



「そして、この抵抗を受けない胸!!!!」


「っ!!」



 ユウの言葉を受けた刹那。


 マイの眉がビクっと激しく揺れ動いた。




「いやぁ――。最初は違和感があり過ぎて慣れなかったけども。慣れたらすっげぇ軽くて、軽やかで、身軽で、真っ平らぁで!!!!」



 ア、アハハ。


 ユウさん?? 揶揄うのはその辺にしましょう??


 恐ろしい反撃を食らっても知りませんよ??



「ちょっと。それ、どういう意味……」



 猛牛に近似した鼻息を荒げ、ユウへと近寄る。



「えっと……。誤解と言うか、言い間違えと言うか……」


「ふぅん。それが、遺言??」


「あ、あのな。あたしに攻撃を加えるって事は、マイ自身も負傷するって意味であって」


「問答無用だぁぁああ!! てめぇの耳の穴から脳ミソ零してやらぁぁああ!!」


「ギィィヤァァアア!!!!」



 モキュっと盛り上がったマイの右手がユウのこめかみを掴み、そのまま常軌を逸した力で彼女の体を軽々と持ち上げてしまった。



「し、死ぬ!! 顔面が砕ける!!」


「ハッハ――!!!! いいねぇ!! あんたの体ぁ、馬鹿みたいに力が溢れて来るわぁぁああ!!」




 さてと、向こうは決着が付きそうだし。


 カエデ達の様子も窺いましょうかね。




「カエデ、私達もそろそろ始めましょうか」


「宜しく」



 無意味に足をジタバタと細かく揺れ動かす姿を尻目に、カエデとアオイが相対した。


 ほぅ。


 遠距離、近距離、そして中間距離。


 全て万能に熟す方と魔法に超絶長けた者の組手か。


 こりゃちょっと楽しみかも。


 静かに闘志を燃やす二人の姿を興味津々とした瞳を浮かべ、観察を開始した。




最後まで御覧頂き誠にありがとございます。


後半部分は現在編集中ですので、今暫くお待ち下さいませ。

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