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第九十六話 お呼びでない魑魅魍魎

お疲れ様です。


週末の丑三つ時の投稿になります。


帰宅時間が遅れに遅れ、そのまま眠りに就こうかと考えましたが……。


何はともあれ、御覧下さい。




 重苦しい埃と饐えたカビの香りが入り混じった空気を吸い込むと肺が顔を顰め、此処から早く立ち去れと叫ぶが。窓の外では雷鳴と豪雨が楽しく手を取り合って素晴らしい音を奏でているのでそれは残念ながら叶いそうにありません。


 屋敷の外は相変わらずの超悪天候でありそれは見ようによっては、俺達を此処に足止めしようと躍起になっている様にも見えてしまう。



 一階の調査を滞りなく終え玄関口に戻って来たが……。



『無理ぃ――!! マイちゃんが先に入ってよ!!』


『ふっざけんなクソ狼がぁ!! てめぇが先に入れやぁ!!』



 二階部分は現在も調査中であり、あの叫びようだとまだまだ時間が掛りそうだとの考えに至り。荷物の中から手帳を取り出して一階の調査で得た情報を書き記す。



「ん――……。内部は朽ちて、荒れ果て。とても人が快適に過ごせる場所では無かった。外壁、室内は風雨に晒され微かな振動でも崩壊してしまう程に痛んでしまっている。そして、そしてぇ……??」


「如何されました??」



 風に靡く柳の様に嫋やかに立つアオイが首を傾げる。



「あ、ほら。包丁の件についてどう説明しようかなぁって」



 食堂から出て見付けた物と言えば、他と変わらぬ朽ちた部屋のみであり。恐ろしい殺人鬼は勿論発見には至らなかった。


 まぁ、例え発見したとしてもアオイとカエデが瞬き一つの間に退治しちゃうだろうし。それ自体は脅威では無い。


 一階で発見した唯一の特異があの包丁……。


 これを単純に報告しても良いのかと疑問が湧きますのねで。



「先程の包丁で御座いますか。ふぅむ……。確かに気にはなりますが。この屋敷に居座り、生活を行っているのならばその痕跡が見つかる筈。しかし、隈なく調べた結果は……」



 言わなくても分かりますよね??


 そんな意味を含ませた視線を此方に送る。



 そうだよなぁ。


 慧眼を持つ二人が小さな痕跡を見落とす訳がないし。


 包丁の件については保留に留めておきましょう。



「それよりもぉ、レイド様ぁ。折角の暗闇ですので、私と真夏の火遊びをしませんかっ??」



 しませんよっ。



「アオイ、荷物は踏まないで」



 座って作業を続ける此方から少し離れた位置で壁の滲みを観察しながらカエデが話す。



「無粋な言葉ですわねぇ。そう思いませんかぁ?? レイド様ぁ」


「人の荷物を踏んだら怒られるよ??」



 しかもそれは強面狼さんの荷物だし。


 狼の牙に噛まれて出血しても知りませんよ??



 グイグイと大胆に距離を詰める彼女に対し、そそくさと距離を空け。



 手帳と横着な女性と一進一退の攻防を続けていると、玄関口から見て二階部分の左の扉から四名の女性がほぼ走る勢いで階段を下りて来た。



「皆――!! 只今――!!」



 その中から元気の塊が駆け抜け、今も此方に接近を図ろうとする彼女の体にしがみ付いてしまう。



「お退きなさい!! 私は今からレイド様と危ない夜を過ごす予定ですのよ!?」


「もう危険な夜は嫌っ!! これ以上しがみ付くなってリューに言われもんっ!!」


「しがみ付かれる身にもなって考えてみろ……」



 意外と疲れるんだよね、人一人を引きずって歩くのって。


 リューヴが顔を顰めるのも無理はないさ。



「た、只今――……」



 しっちゃかめっちゃかに絡み合う白と灰色から、辟易した声を放ったユウの方へ視線を向けると。



「お、おいおい。出血しているじゃないか!!」



 彼女の右肩の服には小さな出血痕が見られ、今も疼くのか。痛みを誤魔化す様に出血箇所へと手を添えていた。



「大丈夫??」



 手帳を仕舞い、応急処置の為。新鮮な水が入った竹製の水筒と清潔な布を手に取ってユウの下へと進む。



「誰かさんがあたしの肩を噛んだんだよ!!」



 あぁ、そういう事ね……。



「し、知らんっ。その怪我はほ、ほら。この屋敷はボロっちぃから崩れて飛び出た木の先端で傷付けたんでしょ……」



 怒り心頭なユウの背後から、子犬同士の喧嘩の最中に誤って親犬の太腿を食んでしまい。親犬から手酷く叱られた情けない子犬の声が届く。



「怪我の具合はどうだ??」


「ん――。別に大丈夫だと思う」



 深い緑色の半袖のシャツをクイっとずらし、女性らしい柔肌を晒して話す。


 数か所からの出血は既に止まり、これ以上の出血の恐れはないけども。一応洗い流しておこうかな。



「ユウ、少し滲みるぞ??」


「宜しく――」



 患部の少し下に清潔な布を添え、水筒から水をゆっくり垂らす。



「…………。うんっ、これで大丈夫」



 体が頑丈なだけあって怪我の治りも早いのかな??


 アイツに噛まれたら数日の間は疼痛と瘡蓋が残るのに、飄々とした表情だし。



「へへ、ありがとっ」



 どういたしまして。


 服を正し、いつもの快活な笑みを浮かべる彼女に対して一つ頷く。



 友人の体にしがみ付き、剰え負傷させるとは。


 発狂寸前の恐怖感による行動なのだろうが、何だか……。流石に気の毒になってきたな。


 この屋敷に訪れてユウは出血する程の怪我を負い、その元凶はといえば……。



「ね、ねぇ。もう大丈夫よね??」


「あぁ?? 大丈夫だからいい加減あたしの背中から離れろ」



 彼女の背中に顔面を密着させ、箸で矮小な小豆を摘まんだ時の指先みたいに細かく震え続けていた。


 酷い負傷と心に刻まれてしまった拭い去れない恐怖感の責任は俺にある訳だから、謝意を述べるべきでしょう。



「マイ、ユウ。悪かったな、こんな場所に連れて来ちゃって」


「べ、別に気にしていないわよ。怖い訳じゃねぇし」



 だったらユウの前に出ていつもの恐ろしい顔を浮かべて御覧なさい??



「へへ、いいって事よ。あたしは好きでついて来たんだしっ」



 普段通りの快活な笑みを受けると、自分でも驚くほどに心が温まるのを感じてしまった。きっとこの暗い雰囲気が知らぬ内に精神的苦痛を与えているのだろうさ。




「では皆さん。全員集合したので、最後の部屋を調べます」



 カエデがそう話し、ススっと腕を上げ。一際豪華な扉へと指を差す。


 一階、二階の調査を終え残るはあの部屋だけなのですが……。ど――も嫌な予感がするんだよねぇ。あの部屋。



 たった一つだけ豪華な扉の奥には恐らく特別な空間が待ち構えている筈なのだから。



「そ、そこを調べたら帰るのよね??」



 ユウの背中からマイが話す。


 いい加減離れたら?? 



「帰りませんよ??」



「「えぇっ!?」」



 マイとルーがほぼ同時に抗議の声を上げた。



「外は今も悪天候ですので、本日はこの玄関口で一泊しましょう!!」


「しましょう!! って……。カエデちゃんは楽しいかも知れないけどね?? 私は全然楽しくないんだよ??」


「さて、開けましょうか」


「私の話を流さないでぇっ!!!!」



 ルーの抗議の声を見事に透かし、豪華な扉の取っ手に手を乗せ。



「さぁ、行きましょうか」



 見様によっては恐ろしくも見える角度で口角を上げると扉を開け、一切の躊躇なく入室を果たしてしまった。



『ヤレヤレ……。仕方がない』



 全員が静かに大きな溜息を吐くと、彼女の後に続いて最後の部屋へと足を踏み入れた。




「――――。お、おいおい。何だ、この部屋は……」



 ボロボロに朽ち果てた部屋の想像したのだが、カエデが放つ光球によって照らされた部屋の内部は此方の斜め上をいく姿であり。思わず心の声をそのまま口に出してしまった。




 慎ましい大きさの机を挟む形で大きなソファが一対設置され、壁の上方にはキチンと整った角度で値が張るであろう絵画が飾られている。


 部屋の一番奥には朽ちていない丸形の机と椅子の存在が確認出来た。



「はぁ?? 何でこの部屋だけ綺麗なのよ」



 壁の燭台にカエデとアオイが火を灯し、明るさを取り戻した部屋に安堵したのか。


 久しぶりにユウの前へと出てマイが話す。



「あぁ、確かに違和感があるな」



 リューヴがマイの隣に並び、ソファの間に挟まれた机の前に屈む。


 違和感、か……。



 それならこの部屋で最も違和感を放つ正体に触れてみましょうかね。



「あの布が掛けられている背の高い物体は何だろうね??」



 此処からの距離と奥行きを計算して目測ニメートル弱。


 他の家具は橙の明かりに照らされ、普遍的な形を証明しているのにアイツだけがまだ己が持つ危険性を証明出来ていないのだ。



「ね、ねぇ。あの形からしてさぁ。宿屋で見付けたか、か、か……」



 もう少し。頑張ってその先を言いましょうね、ルーさん。



「鏡、ですかね??」



 布の前に颯爽と移動を果たしたカエデが話す。



「め、捲らなくていいよ?? 私は別に気にしていないからっ」


「マイ。たった一つでも違和感があると私は夜も眠れない質なのです。ですから、これは調べるべきなのですよ」



 世の中には知らなくても良い事実があるのです。


 まぁ賢い海竜さんは全てを知るまでその研究心を怠る訳がありませんよねぇ。



「明るいですから大丈夫ですよ。ではっ、捲りましょうか」



 彼女が床付近の布を摘まみ、勢い良く捲ろうとしたのだが……。



「え、っと。ごめん、皆。ちょっともよおして来たから屋敷の外に行くね!!!!」



 恐怖心に駆られた訳では無い。


 臆病だと罵られても構わない。


 此処で盛大に最低の行為を放つ前に、その処分をするべきなのですよ。



 実は二階に上った時からずぅっと我慢していたんだよね。



 分隊長の了承の声を受ける前に颯爽と扉を押して玄関口へと飛び出て、その勢いを保ったまま嵐吹き荒れる外へと駆けて行った。














 ――――――。



「な、何よ。アイツ……。捕食者に追われて忙しなく壁を登るヤモリみたいな足取りで逃げやがって」



 情けない足取りで出口へと向かうボケナスの姿を見送ると、生まれて初めて突如として湧き起こるアノ行為が羨ましいと思ってしまった。


 可能であるのならば私も御花を摘みに外へ出たいのだが……。



「皆さん、外へは行かせませんからね??」



 カエデが冷たい瞳を浮かべて私達の体に氷柱を打ち込んでしまった。



「分かったよ。逃げ出しはしないからさっさと捲ってくれ」


「分かりました。ではっ」



 ユウの声を受け、物好きの海竜が一気苛烈に布を捲るとそこには……。



 大変御立派な姿見が御開帳されてしまった。



 背の高い姿見なら広い世の中。探せば幾らでも湧いて出て来るのですけども。天下無双の大天才である私は気付いてしまったのよ。



 そ、そう。


 姿見の額縁の天井付近に天使と悪魔の装飾が施されている事にっ。



 街から此処に来るまでの間。


 郷土史に紹介されていた姿見には私が今も見つめる憎たらしい装飾が施されていると、ボケナスから聞いたのだ。



「しゅ、しゅ、しゅぅぅううっ……」



 変な空気が口から漏れても致し方ないとは思わないかい??


 別にビビっている訳じゃないのよ、此れは。形容し難い感情によって汗っかきの肺ちゃんが空気を欲しがっているから送ってあげているだけなの。



「ね、ねぇ。カエデちゃん。その姿見ってぇ……」



 ルーが細かく肩を震わせながら己の分身の背にしがみ付く。



「皆さんが考えている通りです。これは……。凄い発見ではありませんか!? あの郷土史に載っていた鏡が此処に在るのですよ!?」



 これは大発見だぁ!! って高揚した声を出すな。


 さっさと布を被せなさいよ……。



「いや、でも……。普通の姿見だよな?? コレ」



 ほっ??


 ユウさんやい。お主は怖くないのか?? それは呪物だぞ??



 カエデの隣に立ち、姿見に映る己が姿を見て話す。



「伝承は事実だったのかも知れませんよ?? これは、興味が湧きますねっ」



 ごめん、興味処か。私は今直ぐにでもこの屋敷から脱兎も辟易する速さで逃げ出したいわ。



 姿見の後ろに回りその背を詳しく調べる海竜。


 対し。



「……っ」



 姿見の正面に立つ我が親友は肩の傷口を鏡で調べ終えると、乙女の顔を浮かべて髪型を直し始めてしまった。



 ちっ、可愛い顔浮かべやがって。


 誰に見せる為なんですか――??


 さっきボケナスに傷口を治療して貰った時もそんな顔を浮かべていましたよね――??



「ユウ、ちょっと鏡を持ち上げて下さい」


「こう??」



 姿見の後方からの指示によってユウが鏡の淵を持ち、軽々と持ち上げる。



「そのまま角度をずらして下さい」


「ん――。こっちで良い??」


「えぇ。完璧です」



 ちょ――、っといいかしらねぇ。御二人さんっ。



「よぉ、ユウ。カエデ――」


「はぁっ??」



 声が冷徹ぅっ!!!!


 まだ噛んだ事を怒っているのかしら??



「わりぃけど。鏡をこっち向けんな」


「そ、そうだよ。そっちに向けて調べてよっ」



 私と同じ気持ちを抱いているのか。


 リューヴの背後からお惚け狼が声を出す。



「あのなぁ。宿屋で聞いた話は噂話の類だろう?? 気にする必要なんかないって」



 ユウが背後の鏡を指しつつ話す。



 それは十二分に分かっているけども、大変怖がりの私がそれを良しとして認めてくれんのよ。


 それをあんたは少し位汲み取れっつ――の!!



 さて、我儘に育ってしまった胸を持つ女性に対し。鏡を移動させる為の次なる口実を考えていると…………。






「――――。ン゛っ!?」



 ユウの背中がぼわぁぁっと揺らぎ始めてしまった。


 正確に言えば、ユウの背中が映る鏡の中。とでも言えば良いのか。




「な、何だよマイ。急に気色悪い声を出すなって」



 ごめん、私もそう思った。


 で、で、で、でもね??


 誰だって言葉じゃ説明出来ない事象が突如として発生したらすっとぼけた声出しちゃうって。




 鏡の中のユウの背中がグニャグニャに歪み始め。


 彼女の黒き影がうっすぅぅく白み始めると、青白く長い髪の女性の幻影が朧に浮かび出す。



 それはどこか悲し気に風に揺られる柳の様に映った。




「で、で、で……」



 ルーが窒息寸前の金魚の様にあわあわと口を開き。



「出ちゃったぁぁ……」



 私がその先の言葉を完成させてあげた。



「な、何が出たんだよ??」



 あの爆乳娘は私達の視線を理解していないようだ。



「ユウ、振り返らずゆっくりとこっちに来なさい」


「あ、あ、あぁ。マイの話す通りだ。絶対振り返るなよ??」


「若しくは振り返ると同時にその鏡を破壊しなさい」



 鏡の中の変化を確知したリューヴと蜘蛛が普段の冷静さを欠いた声色で話す。



「な、何だよ。あたしを怖がらせようったってそうはいかないぞ!!」



 私達の言葉を別の意味に捉えてしまった愚かで、破廉恥な胸の持ち主は意を決するように振り返ってしまった。





「――――。ふぁっ!?!?」



 そして……。鏡の中の異物を見ると岩の様に体を硬直させてしまう。



 鏡の中の青白く朧に揺れる女性の幻影が私達の視線が集まった事を確認すると徐々に……。本当にゆぅっくりとその形を明瞭に模って行く。



「ひゅ、ひゅ、ひゅぅぅうう!!!!」



 も、も、もう駄目ぇっ。


 怖すぎて失神しちゃいそう……。い、いや。寧ろ失神した方がいいのか!?


 そうすればあ、あの恐ろしい影を見なくてもいいのだから!!!!



「う、嘘だろ?? や、やめてくれ……」



 鏡の真正面で狼狽える女性の声を無視し、青白い影は完璧に女性の形を形成。


 女性らしい丸みを帯びた肩に一繋ぎの服を身に纏い、硬い拳でぶん殴られた時みたいに大きく項垂れている。


 腰まで伸びた長き髪によって顔は完璧に隠れ、その表情は窺ないが恐らく。死人も飛び起きて逃げ出してしまう程に狂気に染まっているのだろうさ。




「ユ、ユウちゃん。鏡壊して」


「無理っ。か、体が動かない……!!!!」



 可能であるのならば、心に一生酷い爪痕を残してしまう末恐ろしい現象は見たくはないので。


 己を無理矢理失神させようとする為、拳に力を籠めるのだが……。私の四肢、そして体全ては一切の命令を受け付けてくれなかった。


 こ、これが俗にいう恐怖に駆られた金縛りという奴か……。



「リュー……。全力で蹴飛ばして」


「だ、駄目だ。体が動かぬ……。アオイはどうだ??」


「お生憎様、指一本動かせませんわね」



 おかしいわね。


 私やお惚け狼なら兎も角。いや、認めてはいないけども。


 リューヴや蜘蛛まで恐怖で動けなくなるのはありえる事なのだろうか??



 だが、今はそんな事はどうでもいい!! 一刻も早くこの部屋から立ち去らねば!!


 我が親友を贄として捧げ、部屋から脱出する算段を考えていると。鏡の中の女が面を上げ始めてしまった。



「や、や、止めてくれ……」



 鏡の真正面に立つユウが女の影に向かって懇願する。



「み、皆さん!! じょ、状況を教えて下さいっ!! そして、私にも幽霊を見せて下さい!!」



 鏡の裏側のカエデが此方に向かって駆けだそうとするのだが、どうやら彼女も金縛りによって体が拘束されてしまっている様だ。


 羨望の声が虚しく部屋に響いた。




「だ、誰か……。助けてぇ……」



 ルーの情けない声が放たれるとほぼ同時に女の顔が柔らかい橙の明かりに照らされてしまった。



 青白くて病弱な印象を此方に与えるが、まぁ可愛い部類に入るでしょう。


 問題はそこじゃなくてっ。


 あの姉ちゃんの瞳がピッカァっと強烈な光を放ってしまった事なのだ。 



 幽霊の目が光ると部屋中の蝋燭が一斉に消失し、真の暗闇が部屋を包む。


 それと同時にお腹の奥を揺れ動かす雷鳴が轟き……。




「「「ギャァァァァ――――――っ!!!!」」」




 私を含めた何人かが絶叫を上げて、恐怖と混沌に染まる部屋から逃げ出そうと扉へ駆け始めてしまった。




「あれ!? 開かない!!」



 扉の下へ、一番最初に到着した私が必死に扉を引くが……。



『ハハッ、此処は通さねぇぜ??』



 横着な扉さんは脱出を許してはくれなかった。 




「馬鹿!! それは押すんだよ!!」



 頭の中がゴッチャゴチャに混乱していて誰の声か分からないが、その声に従い扉を力の限りに押して恐怖から逃れる事に成功……。




「いってぇぇ!!」



 したのは良いが、ボケナスが丁度扉を開こうとしていたのか。


 私が勢い良く扉を押したので扉と顔が仲良く挨拶を交わしちゃったみたいね。



「うぅ……。何でこんな目に遭わなきゃならんのだ……」



 きったねぇ床に蹲り、出産間近の牝牛の様に低く唸っていた。




「ご、ごめん、ボケナス。大丈夫??」



 きっと私達の叫び声を聞いて駆けつけてくれたのだろうさ。


 開かれっぱなしの玄関の扉がその良い証拠だ。



「あぁ。それにしても、今の叫び声は何だ??」



 真っ赤に腫れあがった鼻頭を抑えつつ立ち上がる。



「それは……。そのぉ……」



 鏡の中の幽霊を見てビビリにビビッて逃げ出しましたぁ、とは言えず。


 私の誇りと尊厳を守れる言葉を探していると……。































「何だよ、ユウ。何か怖い事でもあったのか??」



 私の瞳をじぃっと見つめると、コイツが訳の分からない事を言い出した。



 何で私と怪力超乳娘を間違えるのよ。


 顔も違うし、体格も違うし、髪の色も違うじゃない。



 目ん玉腐って視力を失ったのか??



「あんた何言ってんのよ。私はマイよ??」


「は?? どっからどう見ても正真正銘ユウだろう。変な物でも食ったか??」



 はぁ??


 コ、コイツ。本気マジで頭がどうかしちゃったのかしら??


 恐怖感は人の思考と精神を蝕むのだが……。此処迄くると呆れを通り越して腹が立って来るわね。


 一発ぶん殴って正気を取り戻させてやろうか……。



 拳に力を籠め、何気なく振り翳そうとしたその刹那。




「いてて……。尻打った……」



 何千、何万回と聞いて慣れ親しんだ声が私の背後から届く。


 その声に違和感を覚えて振り返るとそこには…………。



「はぁぁ……。ビビったぁ。あたしの尻、四つに増えてないか??」



 痛そうに至高の臀部を両手で擦っている、『私』 が立っていた。



 は?? え……?? ハァァァァアアアアアア!?!?


 な、な、何で私が尻擦ってんのよ!!




「どうしたマイ?? 何かあったのか??」


「はぁ?? あたしはユウだよ。――――。うぇっ!? 何でそこにあたしがいるんだ!?」



 私はワタシを見つめて驚くと目を丸め、ワタシは私を見つめて指を差した。



 い、一体全体何が起こっているのよ!?



「お、おらぁ!! 私!! 人の前で堂々と尻を擦るな!!!!」



 他人の視点から自分の所作を注意するのもふざけた感覚だが、取り敢えず注意しておこう。


 まるで悪戯好きな狐に横っ面を思いっきりぶん殴られた感覚に陥り、私はワタシを穴が開くまで見つめ続けていたのだった。






最後まで御覧頂き有難うございます。


そして、ブックマークをして頂き誠に有難う御座いました!! 夜な夜な編集作業を終え、疲れ果てた体に嬉しい励みになりました!!


これからも慢心する事なく、精進させて頂きますので末永くこの御話を楽しんで頂ければ幸いです。



それでは、皆様。おやすみなさいませ。

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