第九十五話 御機嫌な分隊長殿
お疲れ様です。
週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きますね。
それでは御覧下さい。
少しでも力を加えたら粉々に砕けてしまいそうな装甲の窓硝子が雷鳴により微かに震え、朽ち果てた窓枠と壁の隙間から侵入した雨粒が頬を濡らし。
足の裏からは人の心を不安にさせる軋む音が奏でられ、一歩前へ足を踏み出させる事を躊躇させる。
以前、此処に訪れて踵を返した傭兵さん達の気持ちが今ハッキリ理解出来た。
この廃墟は人の気持ちを不安にさせ、恐怖感を増長させるナニかが潜んでいると俺の第六感が叫んでいるからね……。
だが、その恐怖感こそが人に幻影を見せる張本人。
理解はしているけども、払拭出来ずにそれを誤魔化す為。前方で楽し気に揺れ動く藍色の髪を見つめていた。
「あ、あ――。カエデ??」
「何ですかっ?? 間も無く、左へ曲がりますよ」
うん、物凄く小さな光球が恐ろしい雰囲気を醸し出す廊下を照らしているからね。それは理解しています。
「そ、その出来ればもう少し光量を上げてくれないかな?? ほら、廊下は痛んで至る所に穴が空いているし。それに足を引っ掛けて転んだら負傷しちゃうだろ??」
左へ九十度曲がる角を曲がりつつ話す。
「それは了承出来ません」
な、何故ですか!?
「え、っと。どうしてかな??」
「明る過ぎると雰囲気を破壊してしまいますからねっ」
勘弁して下さいよ……。
恐怖感を払拭する術を持っているのに何故貴女はそれを使用しないのですか。
だが、まぁ――……。全く見えない訳じゃないし。注意して進めば躓く事も……。
「うぉっ!!」
考えた矢先にこれだもの。
少し前に見えて来た扉を注視していたら、右足の爪先を穴に引っ掛けてしまいました。
「レイド様っ。大丈夫で御座いますか??」
「有難う、助かったよ」
痛んだ廊下に転ばぬ様、咄嗟に手を掴んでくれた彼女に礼を述べる。
「しかしぃ……。私、どうも暗い所が苦手でしてぇ。ほら、恐怖感が悪戯に私の鼓動を、トクッ、トクッと五月蠅くしていますの」
掴んだ俺の手をミノタウロスの娘様の次に標高が高い双丘へ誘おうとするのですが。
「深呼吸をして動悸を鎮めましょうね――」
甘く絡んだ指をやんわりと解除。
『下らない事をしていないで早く此方に来て下さい』 と。
凍てつく真冬の強風をも慄かせてしまう冷たい瞳を浮かべている彼女の下へ参じた。
「此処が第一の部屋か」
「えぇ、その通りです。見取り図では此方側は二つの部屋と、一つの大きな部屋。そして、曲がった先は一つ。反対側の廊下には計四つの部屋があります」
すっげ。
たった数分で見取り図の詳細を頭の中に叩き込んだのか。
「で、ではっ。お邪魔しましょうっ!!」
ふ、ふんすっ!! っと。
抑えきれない高揚感を鼻息に籠めて放ち。朽ち果てた屋敷の割にはちょいと豪華な取っ手に手を掛けて扉を開いた。
正面には大きな執務机がポツンと佇み、その裏には一昔前には高価な価値を誇ったが今は見るも無残な姿に変わり果てた椅子が所有者を待ち続けている。
部屋の両脇には仕事に必要な書類、資料を収めるであろう棚が設置。
椅子の向こう側には裏庭を見通せる大きな窓。
恐らく、屋敷の当主が仕事で使用する予定でこの部屋を作ったのだろう。
しかし、残念ながら使用される前に破棄され。家具達は己の無念を晴らそうと俺達を寂し気に睨んでいる様に見えてしまった。
「ふむっ。中々立派な造りですねっ」
「あぁ、きっと当主が使用する予定だったんだろう」
執務机の裏側に回り、何気なく裏庭を見つめると。その中央に大鷲を模った石像が見えた。
そして、中庭にも屋敷前で群生していた彼岸花が確認出来る。
あんな所に石像??
きっと建築した人が趣味で置いたのであろう。仕事で疲れた気分を紛らわす為、立派な椅子に背を預けて中庭へと視線を送る。
天から降り注ぐ光を浴びて、大空を飛翔する大鷲に心を潤して仕事を再開させるのだ。
だがあの大鷲さんもその役目を果たさずに一人寂しく放置されている。
そうやって考えると何だか悲しい光景に見ちゃうよね……。
「当り前ですが机の中には何もありませんねっ」
「勝手に開けて良いの??」
中庭から視線を戻し、何気なく壁際の棚へと移動する。
「今回の任務は屋敷内部の詳細な調査ですからね。調べるのは必然かとっ」
それはカエデの興味心から唆されて調べているんじゃないの??
そう言いたいのをグッと堪え。
「有難うね。皆が手伝ってくれて任務も直ぐに終わりそうだよ」
咄嗟に別の言葉に置き換え、何気なく草臥れ果てた棚の扉を開くと……。
真っ黒で小さな黒い塊が飛び出して来た!!
「っ!!」
「ひゃっ!!!!」
驚愕のあまり心臓が可愛い声を上げてしまい、近くに立っていたお肉の塊にしがみ付く。
「――――。な、なんだ。鼠か……」
驚かせるなよ……。
『それはこっちの台詞だっ』
鼠さんが壁の穴の中に入る間際、此方に一瞥を放って壁の中へと入って行ってしまった。
はぁぁ……。
びっくりした……。
今度から扉を開けるときは二度三度叩こう。
「も、もっとキツク抱き締めて下さいまし……」
「へっ?? わぁっ!! ごめん!!」
此方の腕の中にスポっと収まっていたアオイから離れ、鼠さんと女性の肉によって激しく鳴り響く心臓を宥めて話した。
「うふふ……。恐ろしければお好きな時に私の体を使用して下さいまし。いつでもお待ちしておりますので」
下らない理由をダシにして女性の体に抱き着く訳にはいきませんからね。
注意しましょう。
「目ぼしい箇所は調査し終えました。次の部屋に向かいましょう」
彼女が納得する物が見つからなかったのか。この部屋に入る前に比べちょいと冷静になった彼女の声色を受け、移動を開始。
次なる部屋の扉を開けたが……。
「普通の部屋ですね」
足を乗せたら直ぐにでも形状崩壊してしまうであろうベッド。
四角い体を支える足が折れ曲がった傾斜の激しい箪笥。そして、服を収納する背の高い棚。
そのどれもがもう使用出来ない程痛んでしまっている。
「ふむ……。この部屋からでも中庭の大鷲を確認出来ますね」
カエデが痛んだカーテンを細い指で動かすとそこには確かに、雨風に晒されている石像が確認出来た。
「中庭も後で調べる??」
普遍的な部屋から廊下出て、遠くに見える闇へと向かって進みながら話す。
「そうですね。二階を調査している人達と合流、少し休憩したら調べてみましょうか」
「休憩??」
例え大きな屋敷だとしてもたかが数十メートルの調査だ。
馬鹿みたいに体力があるあの人達が疲弊するとは思えませんが……。
「肉体的にではなくて、精神的に疲弊しているでしょうからねぇ」
俺の腰付近の服をちょこんと摘みながらアオイが話す。
「そっちの話か。まぁ……。俺もさっき驚いちゃったし。声を大にして否定出来ないからなぁ」
体は鍛えれば鍛える程強くなるけども、潜在的に恐怖心を感じる心はおいそれとは鍛えられないからな……。
恐怖心を乗り越える厳しい鍛錬。
師匠に伺えば教えてくれるのだろうけども、それはきっと。恐怖心を克服する処か。廃人一歩手前まで鍛え抜かれる訓練ですので……。
おいそれとは伺えませんね。
いつもと変わらない精神状態の二人と共に次なる扉の前に到着すると……。
『ぎにゃぁぁぁぁああああああ……』
『いってぇぇええ!!』
狂暴な龍と、心優しきミノタウロスの娘さんの大絶叫が暗き廊下に響き渡った。
「……。あの二人、大丈夫かな??」
すっと天井を見上げ、耳を澄ませるが……。
鼓膜に届くのは窓の外から届く雨風の音と、遠方から鳴り響く雷鳴のみ。
「すぅすぅ……。ふふっ。イケイナイ香りですわっ」
訂正しましょう。
暗がりである事を利用して、此方の肩口に鼻頭をちょこんとくっ付けて香りを嗅いでいる人の荒々しい声も聞こえましたね。
「では、入りましょうっ」
「了解」
「あんっ」
手の平で優しく彼女のオデコを押し退け、三つ目のお部屋にお邪魔させて頂いた。
此処は……。食堂か。
先の二つの部屋に比べ、随分と幅の広い部屋の中央には長机が設置され。決して始まらない素敵な食事の為に黒く経年劣化した椅子が虚しく脇に添えられていた。
「燭台は銀製ですね」
カエデが机の上の燭台を手に取って話す。
「装飾も細かいし、きっと豪華な造りの屋敷に華を添えたかったのさ」
だが、使用される事無くその役目を終えるのはちょっとだけ不憫に見えてしまうな。
職人が心血注いで制作したのに。
「レイド様っ。次の部屋に行きましょうよ」
アオイが袖をクイクイっと引っ張り、退出を促す。
「カエデ、気になる点はある??」
相も変わらず素敵な輝きを放つ藍色の瞳に問う。
「いえ、特にありませんね。ではっ、次の部屋へ向かいましょう」
食卓を取り囲む素敵な家族の幻の光景を想像し終え、お邪魔した時とは異なる扉を開き廊下へと出た。
「次は……。大きな部屋になりますねっ」
左へと曲がりつつカエデが口を開く。
玄関から向かって、中庭を挟んだ正面の部屋か。
彼女が話した通り見取り図上では一階で一番広い部屋だが。今はその広さが恨めしいですよ。
何が詰まっているか分かったもんじゃ無いからねぇ……。
角を曲がり終え、直ぐに出現した扉に海竜さんがピョンっと軽快な足取りで向かって行き。
「失礼しますねっ」
まるで大好きな食べ物屋さんにでも来たのかと此方に錯覚させる足取りで姿を消してしまった。
「まるで鹿を追う者は山を見ず、ですわねぇ……」
「集中する事は良い事なのだけれども。問題は、その種類だよなぁ」
外から入る風によって揺れ動き続ける開かれっぱなしの扉を見つめながら話す。
超自然現象、心霊現象、未確認生命体。
カエデはこの手の類の御話しが三度の飯より好きなのは知っていますけども、今回の調査は仕事なのですから。
此処に来てからというものの、カエデの姿はいつもの冷静さを欠如させている。
目を離した隙に何処か遠くへ脱走してしまう飼い犬みたいな雰囲気だし。
任務と、私情。この線引きだけはしっかりして欲しいです。
勿論、面と向かって言える勇気はありません。どうしてかって??
「二人共、早く来てください」
ほら、眉をぎゅむぅって顰める顔が現れた。
あの顔に文句を言える人が居たら是非教えて欲しいものさ。
「了解。アオイ行こうか」
「はぁ――い。レイド様っ」
そして貴女も少々距離感を間違えていますよ??
腰に腕を回し、距離感を消失させようと画策する横着なお肉と格闘を続けながら新たなる部屋に足を踏み入れるとそこには。
『どうです?? 素敵だとは思いませんか??』 と。
高揚しきった感情を隠せずに口元を波打たせ、今にも場違いな明るい歌を奏でてしまいそうな彼女が部屋の中央で待ち構えていた。
正面には爪の先が掠っただけでも崩れてしまいそうな石窯、その脇には本来の姿であれば一流の料理人が涎を垂らして飛びつくであろう広い料理台と調理道具が置かれていた。
「台所、か」
「その通りです。恐らく此処で調理した品々を先程の食堂へと運ぼうとしたのでしょうねっ」
石窯の前にちょこんとしゃがみ込み、中の暗闇をじぃっと見つめながら話す。
「だろうな。遠くに作るよりかは近くに……。んっ??」
調理台の上に置かれている包丁を何気なく手に取ると……。
「これだけ綺麗に研がれているな」
太い柄の先に怪しく光る刃先に指を乗せてすっと動かすと、指の腹が鋭角に研がれている感覚を掴み取った。
それだけじゃない。
先端の切っ先も器用に研がれまるで先程まで研がれていた様な触感に違和感を覚えた。
「か、貸して下さいっ」
「お、おぉ……。どうぞ……」
半ば強奪される形で包丁を渡す。
「確かに綺麗に研がれていますね」
「だろ?? 他の包丁は錆びて使い物にならないのに……」
他にも鉄鍋の成れの果てや、腐り落ちて面積を縮小させたまな板等々。
廃墟に相応しい品々が横たわる中に異彩を放つ包丁に何だか形容し難い感情が浮かんでしまう。
「誰かが……。此処に居たのでしょうかね??」
俺の右隣りに立つアオイが調理台の上を眺めつつ話す。
「その線が濃厚なのかな?? 兎に角、他の部屋も調べてみよう。結論を出すのはそれからだ」
まさかとは思いますけども……。
この屋敷の何処かに恐ろしい殺人鬼が潜んでいる訳じゃないよね??
五月蠅く鳴り始めた心臓を宥めつつ。
喜々とした瞳で包丁を眺める彼女に対して調査続行の声を上げ。
やれ、持病の癪が――。
やれ、邪気が背中を撫でていった――と。
何かと理由を付けて体を密着しようと画策する蜘蛛の娘さんに説教じみた口調で諭しながら台所を後にした。
最後まで御覧頂き有難うございます。
そして!! ブックマークをして頂き誠に有難うございました!!
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それでは皆様、良い週末をお過ごしくださいね。おやすみなさいませ。




