第九十三話 悪天候でついお茶目になってしまった海竜さん
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それでは、どうぞ!!
刻一刻と闇が室内と侵食しようと黒を強め、隙あらば室内へと侵入しようと画策する。
しかし。
空を覆い尽くす分厚い漆黒の雲が広がる店外と比べ、机を取り囲む者達の雰囲気は対照的であり。彼女達が放つ光が闇を外へと押し退けてしまった。
腹も満たされ尚且つ味も満足のいく食事であったのだから当然と言えば当然か。
口の中に残る幸せな余韻を水で洗い流し、胃の奥へと送り込むと一つ大きく息を吐いた。
他人の作った料理を頂くのは……。あぁ、フェリスさん以来か。
偶には誰か作ってくれれば良いんですけども、それはそれで心配になるといいますか。俺の仕事を取られるみたいでちょいと心苦しいからね。
何はともあれ、皆満足のいく結果の味で何よりです。
『ふぅっ!! 味は良かったけど、量はイマイチね……』
七割方満足したお腹をポンっと叩いてマイが話す。
『良く言うよ。パスタ、三皿頼んだくせに』
ユウ、良くぞ言ってくれた。可能であればもう一声そいつに叱咤を送ってやってくれ。
『ぜぇんぜん足りないっ。まぁ――。でも、材料が無くなったから仕方がないわよねぇ……』
客足が途切れ、もう店仕舞いと考えていた所に俺達が来店。
女性店員さんと厨房の中の料理人さんは思いもしなかった来客に嬉しい汗を流し、此方は疲弊した体を癒す為に腹を満たしたのです。
「お客さん。お部屋は階段を上った二階にありますので好きに御使い下さい」
七人分の食事を運んで来てくれた女性店員さんが軽快な足音を立てて此方へとやって来る。
「急な申し込みですいません」
閉店間際に訪れ食事を注文し、剰え部屋を借りたいと申し出たのだ。
さて、帰ろうかと考えた矢先に訪れた客は見方によっては迷惑ですからねぇ。
「いえいえ!! 此方も商売ですからね。今日は全然お客さんが来なくて丁度良かったんですよ」
それは本音ですか?? それとも建前??
「所で、その制服はぁ……」
俺の上着を見て話す。
「えぇ、貧弱な体格をしていますがこれでも一応軍人ですよ」
「やっぱりそうなんだ!!」
やっぱり??
何だろう、俺達が来る事を知っていたような素振ですね。
「お客さん。あの屋敷を調べに来たんでしょ――??」
年相応。
二十代半ばの明るい笑みを浮かべつつ俺の肩を細い指でツンツンと突く。
「それは機密事項なので残念ながら教えられません」
「いいのいいの!! 多分、来るかなぁって思ってたから。ここだけの話、聞く??」
えぇ、宜しくお願いします。
彼女に対し、一つ小さく頷くと。ここだけの話という割には店内の四隅に響き渡る声量で口を開いた。
何でも??
少し前。俺達が調査に向かう前に屋敷へと傭兵が向かい。何もせずに踵を返してこの街に帰って来たそうな。
彼等の顔は顔面蒼白、肩は細かく震えまるで何かに怯える様に駆けて来た。
それは任務の説明の時に伺ったから知っているのですけども。
肝心要な話は此処からであった。
「それでぇ。あの人達が、屋敷の中で怪しく光る眼を見た!! って言っていたんですよ!!」
「光る眼、ですか」
大方、窓ガラスに反射した光を眼と見間違えたのだろう。恐怖心は人の思考と視覚を惑わしますからね。
「だぁぁれも近寄らない、近寄れない森の奥にひっそりと佇む屋敷。ボロボロの景観、そしてぇ。光る眼っ!!」
御免なさい。ちゃんと聞こえていますからもう少し離れて話しましょうか。
丸顔でどことなく親近感を湧かせてくれる顔をグィイっと此方に寄せて話す。
「絶対何かありますよ、あの屋敷には」
「この街の人達は立ち入り禁止区域内の森に入る事はあるのですか??」
話に熱を帯びてしまった彼女からさり気なく距離を取りつつ話す。
このままでは要らぬ攻撃をアチコチから食らう虞がありますので。
「植樹造林である森以外には入らないようにと通達が来ていますし。勝手に入ったら法律違反で、しかも魔物やオークが潜んでいるという噂もあります。普通の人は足を踏み入れはしませんよ」
普通の人はそうでしょうね。しかし、俺達は彼女が話す普通の理から外れた存在ですのでそこへと参らなければならないのです。
聞きもしない街の余計な情報をあ――てもない、こ――でも無いと女性店員さんが得意気に話していると。
彼女の後方から、俺達以外の最後の客である壮年の男性が静かな足取りで此方に向かってやって来た。
「ちょっとそこの坊主、立て」
「え?? えぇ、分かりました」
長い白き髪を後ろに束ね、職人気質の面持ちを持つ彼から促され。言われるがままにすっと立ち上がる。
すると、彼は懐から巻き尺を取り出し。俺の背中側へと移動。
「ふぅむ……。幅、四百六十。長さ……。千七百六十、か」
「あの、すいません。何故、俺の肩幅と身長を??」
手際の良さに舌を巻いてしまいますが、問題はそれじゃありませんからね。
「急に棺が必要になるかも知れんだろ?? 予め、寸法が分かっていれば直ぐにでも作れるからな」
「ひ、必要ありませんよ!!」
な、何て縁起の悪い事を言うんだ!! この人は!!
『ギャハハ!! ボケナス――。あんた専用の棺ぃ、作って貰ったらぁ??』
『あはは!! レイドぉ、安心して?? 私達がちゃぁんとお墓建ててあげるからぁ――』
大飯食らいの龍とお惚け狼め。他人事だと思って……。
「何、俺の悪い癖だ。それじゃあ、御馳走様」
「あ、はい!! 有難う御座いました――!!」
店員さんと俺の体に別れを告げ、風が強くなって来た店外へと出て行ってしまった。
「それじゃあ私達も家に帰ります」
「従業員さん達は此処に宿泊しないのですか??」
ぴょこんと頭を下げた彼女へと問う。
「家族で営業していまして、家は別にあるんです。二階、一階部分は好きに使用して構いませんよ。新聞、雑誌、本はあちらの隅に。井戸と御手洗いは裏手にあります。そして、就寝する時は店内の蝋燭を消して下さい。一階の扉の施錠は私達がしますけど、外へ出て戻って来たのなら内側から掛けて下さい。それでは!! 失礼しますね!!」
捲し立てる様に言葉を放つと、店の奥にある扉の向こう側へと向かって行き。
「おやすみなさ――い!!」
夜に不相応な明るい笑みを残して扉を閉めてしまった。
「元気な姉ちゃんだったわねぇ」
「でも、明るい雰囲気だったから気が紛れたよ!!」
気が紛れる、つまり少なからず形容し難い重く暗い雰囲気をルーは察知しているのだろう。
外は暗く、強風によって窓ガラスが乾いた音を立てて微かに振動しているからね。
こりゃ明日は本格的に酷い天気になりそうだ……。
「後は明日に備えて寝るだけか。ん……?? カエデ、何処に行くんだ――??」
ユウの発言を受け、カエデに視線を送ると。
「――――。本と、その他諸々を取りに向かっただけですよ」
店内の隅に置かれていた棚から数冊の本と雑誌を手に取って戻って来た。
この状況でも己の趣味を優先させるとは、肝が据わっていますねぇ。
「主、明日は何時に出発するのだ??」
「ん――。此処で朝食を提供してくれるみたいだから……。装備と荷物を整えて出発するのは九時、かな。そして目的地まではぁ……」
足元の背嚢の中から簡易地図を取り出し、机の上に置く。
「北北西へと向かって街を出発。不帰の森を進み続け、順調なら到着予定は明日の夕方を予定。そして、今回の任務は屋敷内の詳細な調査だ。正面玄関からお邪魔して、屋敷内の状態を調べ。見取り図を完成させてから帰還する予定です」
「屋敷内で宿泊するのですか??」
カエデが文字の波へと視線を落としつつ話す。
「夜も遅い時間ならそれも一考かな」
「はい!! は――い!!!!」
どうぞ、ルーさん。
「お化け屋敷には泊まりたくありませんっ!!!!」
「お化け屋敷って……。大体こういう類の話は眉唾ものだから信じなくても大丈夫だよ」
「その通りです。それに、明日の天候は荒れ模様。野外で夜営地を張るよりも、崩れかけた屋内で過ごす方が快適ですよ」
「カエデちゃんはそう言うけどさ――。皆はどうなの?? お化け屋敷に泊まりたいの??」
ルーが机の上に顎をちょんっと乗せ、女性陣に問う。
「はっ。なぁにがお化けよ。もし、見付けたら私の鋭い爪で切り裂いてやらぁ」
「あたしは……。まぁ、ちょっとおっかないけども。皆と一緒なら大丈夫だろう」
「あぁ、愚問だな」
「レイド様と一緒なら私は例え火の中水の中……」
頼もしい事ですこと。
只、若干一名だけ如何わしい事を画策している様ですね。
「じゃあ、今決めた通り。明朝九時に出発だからね??」
「「「はぁ――――い」」」
ススっと体を寄せて来たアオイの肩をやんわりと押し返しつつ、打合せを終えた。
そして、言葉を伸ばさないの。一応、これは任務なのですからね。
「おっしゃあ!! ルー!! 部屋を見に行くわよ!!」
「うんっ!! 行こうか!!」
相も変わらず元気な事ですなぁ。
深紅の髪の女性と灰色の髪の女性が軽快な足取りで二階へと続く階段を駆け上がって行くのを見送ると少しだけ小さな溜息を吐いた。
「レイド様?? お疲れですか??」
「まぁ、程々にね……」
移動中の飯の支度、大荷物を背負っての移動。それに加えて口喧しい龍の世話等々。
気が休まる暇も無いからね。頑丈な体でなければ何度か疲労で倒れている事だろうさ。
「主、早めに就寝したらどうだ??」
「そ――、そ――。腹も一杯だし、直ぐにでも寝れるだろ」
「そうだな。そうさせて……」
明日からはいよいよ本格的に任務が開始される。リューヴとユウの提案に首を縦に振ると同時。
店の窓を元気良く叩き付ける雨音が響き始めた、それと遠方から微かに轟く雷鳴も耳に届く。
「うっへ。リューヴの言った通り、雨が降って来たな」
「嵐が近付いているかもしれませんわねぇ」
嵐、か。
暗い雰囲気に追い打ちをかける悪天候に各々が口を閉ざしていると、それとは真逆の明るい塊が帰って来た。
「只今――!! 部屋は三つだったよ!!」
「一番奥が四人部屋。んで、その途中にある左右の部屋が二人部屋ね!!」
それなら俺は三人部屋を使用させて貰おうかな。
女性と二人で過ごす訳にはいきませんのでね。
「後、四人部屋に大きな鏡があった!!」
鏡??
「ルー、それは姿見??」
大きな鏡だから、多分そうだと思うけど。
先程と同じ席に着いた彼女へと問う。
「うん!! 私よりも大きかった!!」
身支度をする為に使用する姿見なのでしょう。
部屋割りについてカエデに相談を持ち掛けようと口を開こうとしたが。
「ふぅむ。皆さん。興味深い話を発見しましたよ」
海竜さんに先手を打たれてしまった。
藍色の瞳を煌びやかに輝かせ、ふんすっ!! っと荒い鼻息を放つ。
同じ時を長く過ごしている所為か、最近はあの鼻息具合で彼女の機嫌が分かる様になってしまった。この暗く重苦しい中での荒い鼻息が指し示す意味は恐らく、アレでしょうね。
「昔々、とある小さな田舎街の領主の娘が婚約者から鏡を貰いました。それはもう大きな鏡で娘は大層気に入り、毎日の様に鏡を見つめていました。そして、婚約者もお揃いの鏡を購入。二人は誰もが認め羨む仲だった。 けれど、男は物凄い浮気性で領主の手伝いさん、町娘と様々な女性に手を出していたのです。 それもその筈、婚約者の男は貴族の跡取りでその地位に目が眩んだ女性達はついつい体を許してしまった。領主の娘はその事を知らずに結婚をしてしまった……。男は結婚後も浮気癖は治らず隙を見ては女を家に連れ込んでいたのです」
ほら、やっぱり。
怖い話の始まりじゃないか。
「えぇっと……。カエデちゃん?? 私達は御話を聞きたい訳じゃないんだからね??」
ルーも俺と同じ気持ちの様だ。
情けなく眉を垂らし、得意気に話しを進めているカエデに忠告を放つが。当の彼女は素知らぬ振りで話しを続けてしまった。
「ある日、浮気現場を発見した妻は激昂しました。
『どうして?? 私だけを愛してくれると言ったのに!!』
『そんな事は知らないね。俺は好きなように生きたいのさ。それが嫌なら出て行けよ』
妻は落胆し、憔悴した精神と体で領主の家へと戻って行きました。家には男から貰った大きな鏡が……。毎日それを見ているといつしか愛情が憎しみに変わり娘は。
『殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる……』
と、毎晩呟いていました。それは雨の日も雪の日も欠かさずに……」
何んと言いますか……。
カエデの話し方がこちらを怖がらせようだとか、慄かせようかとか、そんな感情は一切感じられず淡々と話している様が逆に現実味を帯びて心の中に小さな不安が生まれてしまいますね。
「酷い男だ。私なら息の根を止めてやる……」
リューヴが憎しみの感情を籠めた瞳を浮かべ、拳をぎゅっと握って話す。
意外と感情移入し易いんだな。
「ある日、手伝いが娘の部屋に入ると……。鏡に頭を打ち付け、顔中から血を流した娘の遺体を見つけました。気が狂ったのでしょうか。何度も頭を鏡や額縁にぶつければそうなる事は明らかなのに。美しい女の顔は砕け、切り裂かれ……。自力ではぶつけたとは到底思えない程痛んでいたそうです」
「うへぇ。そりゃ酷いな」
隣の席のユウが気味悪気に声を出す。
「その日から暫くして……。男の家からすすり泣く女の声が毎晩聞こえてくると街で噂になっていました。なんでも鏡の中から聞こえてくるような気がする、と。ほら、聞こえて来ませんか??」
カエデが本から視線を外し、正面の窓を指差す。
隙間風が窓を揺らし、雨音が不気味に響き、遠方からの雷鳴が不気味さを増長させた。
「わ、私は耳が良いけど。き、聞こえないよ??」
ルーが情けない声を上げ、右隣りのリューヴの体に己が肩をピタっと密着させる。
「その声は日に日に大きくなり男を苦しませました。男は鏡という鏡を全て叩き割りましたがそれでも泣き声は止みません。やがてすすり泣く声は低い女の笑い声に変わっていきました。耳を塞いでもその声は頭の中に響いてきます。
『フフフ、アハハ……』
『頼む!! 止めてくれ!! おまえなんだろ!?』
男は懇願してもそれは止む処か、大きくなる一方でした。男は耳を塞ぎ家の中を駆け回りのたうち回って悶え苦しんでいたのですが、ある部屋に入るとどういう訳か。その声はピタッと止みました。その部屋は以前娘が使っていた部屋で、大きな鏡が割られずに残っていました。鏡は布が掛けられ不気味な想像を駆り立てました」
鏡という単語に各々が自然に二階へと視線を移した。
まさかとは思うけど……。
「男は恐る恐る鏡に掛けられていた布を外しましたが、鏡に映っていたのは紛れもない自分の姿でした。男は安堵の息を漏らし、肩の力を抜いて俯く。
『そうだよな。死んだ人間の声がする訳ないよな』
安心してふっと顔を上げると鏡に映ったのは……。何んと!! 顔中血だらけで腫れあがった醜い自分の姿ではありませんか!!
するとその顔は徐々に亡くなった娘の顔に変わり……。
『アナタモコッチニキナサイ……』
鏡の中から血だらけの手が伸び男の頭を鏡に、何度も、何度も、何度も!! 打ち付けました。鏡が割れてもそれは止まず男が絶命するまで続けられ、息を引きとった男の顔は鏡に映った醜い自分と瓜二つでした……。おしまい」
カエデが話し終え、指をパチンと鳴らすと室内の蝋燭の明かりが全て消え去り真の闇が訪れた。
同時。
親指大程の大きさを誇る豪雨が降りしきる中、堅牢な大地を揺れ動かす雷鳴が響き渡り心臓に追い打ちをかけて来た。
「イニャ――!!!! む、無理ぃ!!!!」
「ングッ!?」
真正面からフワフワの毛皮が襲い掛かり。
「ぬぉぉっ!?」
「イ゛ッ!!!!」
左隣りの怪力無双さんが俺の腕を引き千切れんばかりに引っ張り。
そして。
「今ですわっ!! はぁんっ!! レイド様ぁっ!! 通りすがりの邪気が私の背筋を撫でていきましたのぉ――!!」
絶対嘘だろと首を傾げたくなる台詞を放って横着なお肉が右側から襲い掛かり、椅子から転げ落ちて床へと投げ出されてしまった。
「どいふぇ!! ルー!! しんふぁう!!」
細かく震える毛皮が鼻と口を覆い。
「いやっ!! 明るくなるまでは絶対放さないもんっ!!」
「皆さん、怖がりですね??」
しっちゃかめっちゃかになった俺達の様子を満足気に見下ろすであろうカエデの得意気な声が響く。
「ふ、ふん。別に私は何とも思っていないぞ。それと、マイ。顔から離れろ」
「ち、ちげぇし。多分、それは蝉だしっ……」
何処の世の中に真っ赤な蝉が居るんだよ……。
「満足したので明かりを付けます」
お茶目な海竜さんが指を再び鳴らすと、室内に温かい明かりが戻った。
勿論、これは予想です。
「ウ゛――……」
今現在、顔面には狼さんがしがみついているので目を開けても見えて来るのは闇と。
「ちょ、ルー!! お退きなさい!! 夏の嵐の中の私は大胆なのですわっ!!」
右側から何とかして狼と体の隙間に己が肉を捻じ込もうとする蜘蛛さんが明かりを確知させてくれませんからね。
「い、いや――。実に良く出来た作り話だったなぁ――」
ユウが此方の体から離れ、惚けた声を出す。
「…………。強ち、作り話では無いかも知れませんよ??」
「「「へ??」」」
カエデの言葉に何人かが同時に声を上げる。
そして、狼さんの体を何んとか払い除け。カエデが皆に見やすい様に題目を示しているのでそれを眺めると……。
『フリートホーフの郷土史』
古びた大きな文字で確実にそう書かれていた。
あ、あはは。どこぞの誰かさんが調べた歴史の本を読んでいたのですねぇ……。
「ね、ねぇ。マイちゃん……」
ルーが机の下に向かって声を掛ける。
「あによ……」
「さっき見た姿見ってさ。布が掛けられていたよね??」
「あぁ、そうね……」
「じゃ、じゃあさ。あの本に書かれている鏡ってぇ」
「し、知らんっ!! 私は絶対あの部屋にはいかん!!!!」
震える声が気になり、机の下を屈んで見ると。
「――――っ」
一頭の太った雀が机の体を支える幹にぎゅっとしがみ付き、ぎゅぅぅっと瞳を閉じていた。
しがみつかれた机も可哀想に。コイツの爪は酷く痛いですからねぇ。
「部屋割りはどうします??」
誰とも無しにカエデが話す。
「レイド様と二人部屋を所望しますわ!!」
「ユウとマイ。ルーとリューヴ。そして俺とカエデとアオイが三人で四名の部屋を使用しようか」
蜘蛛のお嬢さんの提案をきっぱりと、ばっさりと切り裂いて提案した。
「ふむ、分かりました。異論はありません」
「私はありますわっ!! ささ、レイド様っ!! 私と愛の巣へ参りましょう!!」
「ちょっと引っ張らないで!!」
アオイに半ば強引に引きずられる形で店の奥に設置されている階段へと向かい、キシッと。
耳に違和感を与えてくれる音を奏でる階段を上って行く。
「先程の郷土史の本の中に出来た鏡なのですが」
アオイの手の拘束から逃れ、三名で階段を上り終え。狭い廊下をちょいと距離感を間違った間隔を維持しながら奥へと進む。
「鏡がどうかした??」
「頑丈な額縁の天井部分。つまり、頂点に天使と悪魔の装飾が施されている様ですよ」
「じゃあ部屋にある姿見にその装飾が施されていたら……」
「そうなりますねっ」
何でそんなウキウキした口調で話すのかしら……。
カエデはこういう類の話が大好きだものねぇ。ほら、今も。
「……っ」
待ちに待った休日に、お目当ての品を買いに行く女子の足取りで向かっていますもの。
単に部屋へと向かうだけなら彼女はこんな足取りをしませんからね。
誰よりも先に一番奥にひっそりと佇む扉の前へと到着し、俺達に対して了承を得ずアッサリと扉を開き。問題の布が掛けられている姿見の前へと到着した。
「へぇ。確かに大きいな……」
目測ニメートル位だろうか。
男の俺がちょいと見上げる高さの姿見が部屋の隅でその役目を果たす為に静かに立っている。
「ルーはこれをちょっと捲って……。鏡の部分を見て姿見だと確知したんだな」
姿見だと言われればそうだし。見様によっては馬鹿デカイ絵画にも見えるからね。
「では、早速……」
喜々とした表情で一気苛烈に布を取り外すと……。
「――――。な、なんだ。普通の姿見じゃないか」
部屋の壁に設置された燭台の炎に照らされた、四名の姿がくっきりと映し……。
よ、四名!?
「っ!? リューヴ!?」
び、びっくりしたぁ!!
何で後ろにいるの!!!!
「あぁ、驚かしてすまん。マイとルーがどうしても二階に上がりたくないとごねてな。それならば放置するのも手だが……」
龍と狼が店内をうろついていたらそれこそ大事だからなぁ。
「分かった説得しに行くよ」
「すまん」
リューヴと共に廊下に出ると。
「い――や――!! 私は絶対二階に行かないもんっ!!」
「わ、私は!! この机が気に入ったのよ!! 抱き締めて離したくないくらいにねっ!!」
「阿保な事言っていないで、二人共机の下から出て来い。その姿で怯えられたら迷惑なんんだよ」
怯える二人と、辟易する一人の女性の声が届いた。
『聞こえただろう??』
リューヴが溜息を吐き、そんな意味を含ませた視線を此方に送る。
「マイちゃんが先に行ってよ!!」
「止めろ!! 爪を剥すな!!!!」
「あたしが付いて行ってやるから……。それと、机が壊れるからそれ以上強く握るな馬鹿野郎」
あの二人を説き伏せるのは骨が折れそうだ。
要らぬ精神攻撃を与えてしまった海竜さんにちょいと苦言吐きつつ、再び違和感を覚える階段を降り。
欲しい玩具を強請る為、売り場で泣き叫ぶ子供を説得する親の面持ちを浮かべるユウと合流を果たし。深夜一歩手前まで彼女達を説得していた。
最後まで御覧頂き誠に有難うございます。
季節の変わり目は体調を崩し易いので、体調管理にはお気を付けて下さいね。
それでは皆様。おやすみなさいませ。




