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第九二話 出発の朝 見知らぬ街

お疲れ様です。


本日の投稿になります。一から書き直した部分がありましたので、長文になってしまいました。大変申し訳ありません。


飲み物片手にごゆるりと御覧頂けたら幸いです。




 木々の合間から零れ落ちて来る素敵な朝の光。一日の始まりとしてはこれ以上何を望むのかと問いたくなる素晴らしき光の筋を見上げると、此方の首の筋にピリっとした痛みが駆け抜けていく。



「……」



 森の隙間から覗く青く澄み渡る空から視線を平行へと戻し、右側の首筋に手を添えて軽く解してやった。



 素敵で最高な静寂を咀嚼しながら眠りに就けるかと考えたのに。蓋を開けてみればとんでもない夜であった。


 あの方々が我を失い、暴れ回るのはもう慣れた。


 ――――。


 慣れる方も変ですけども、兎に角。派手に好き勝手に暴れていた人達は目を覚ますと思い思いの姿勢で、人の気持ちも知らずにスヤスヤと素敵な睡眠を享受していたのです。



 狼二頭は互いの体を枕にして眠り。


 力持ちで優しいミノタウロスの娘さんは、龍の頭を抱き枕代わりにして廊下で爆睡。



 因みに、胸に挟まれた彼女の頭部を救出しようとしましたが……。万力によって締め付けられていたので、二階の廊下で放置しました。


 人の力ではどうにもできないのでやむを得ず、といった感じです。決して見殺しにした訳じゃないのですよ??



 蜘蛛の女王様の娘さんは天井に張った蜘蛛の巣で体を休め、賢い海竜さんはユウの部屋で一人だけちゃっかりフカフカのベッドを使用して幸せな寝顔を浮かべていた。



 各々状態を確認後。


 体のあちこちに付着した獣臭を洗い落とす為、朝一番の御風呂を頂き。私服に着替えて今に至るのです。



 ユウ、起きて来るかな?? 寝過ごさなきゃいいけど。



 指定した時間と場所で彼女が来るまでの間。


 体の節々に残る違和感を消し去る為に軽い運動を続けていると、屋敷の扉が大きな音を立て。


 上空に浮かぶ太陽と肩を並べる明るい笑みを零しながら待ち人が現れた。



「ごめ――ん!! ちょっと遅れた――!!」



 本日の御召し物は半袖の煉瓦色の上着に、中は白のシャツ。


 そして紺色のズボン、ね。



 ユウらしい落ち着いた配色の服と、威勢よく駆けつつ手を振る様に朗らかな気持ちが湧いてしまいますが。


 先ずは昨晩の確認っと。



「おはよう、ユウ」


「おう!! おはよう!! 今日もいい天気になりそうだな!!」



 きゅうっと口角を上げ、素敵な空の様子を仰ぎ見るこの快活な笑み。


 これをおかずにしてお茶漬け七杯程度ならサラサラと頂けそうです。



「出発に相応しい朝だよね。所で、昨日の晩について聞きたい事があるんだけど??」


「あ――。何か、目覚めたら廊下だったな。何で??」



 いや、あの……。


 それを伺う為に此方が質問を投げかけたのですけども……。



「覚えていないの??」


「風呂に入ったまでは覚えているんだけどなぁ――。ん――……。まっ!! 歩きながら話そうか!! 時間が限られているしっ!!」



 里の家々が連なる方へと軽快な足取りで向かうので、慌ててその後を追った。



「風呂に浸かった記憶はあるけど。それ以降の記憶が明瞭では無い、と??」


「そっ。なぁんか宙に浮いているみたいにフワフワしちゃってさ。記憶が白い靄に包まれているみたいな感じかな」



 そ、そうか。


 ユウの記憶が曖昧なら、他の方々も等しく不明瞭なのでしょう。



「あたし達の身に何が起きたか。知っている感じだよね」



 此方の様子をチラリと窺う。



「あぁ、実はね……」



 昨晩起きた事件の大まかな内容を伝えてあげる。


 勿論、淫らな内容は伏せてです。あれはやはり、我を失っての行動だったのでしょう。



「へぇ――。そんな事があったんだ」


「もう大変だったんだぞ?? 好き勝手に暴れ回って」



 お陰様で此方は絶賛筋肉痛で御座いますよ。



「へへっ。悪いね、迷惑かけちゃって」



 いつもの様に、口角をニッと上げて謝意を述べる。この笑みで何だか報われた気がしますよ――っと。


 それから。


 下らない日常会話と、目的地への簡易的な行程の話を続けていると里の主大通りへと到達した。



 朝も早い時間帯なのに通りを行き交う人々はユウと同じく快活な笑みを浮かべ、思い思いの場所へと向かって行く。


 あちらの方々は農作業だろうか。


 ちょいと目を疑いたくなる農作業道具を担いでいる姿に目を奪われていると。



「おはよう!! ユウ!!!!」



 心臓の弱い方なら今の一言で心停止してしまうだろうと此方にそう思わせる声を受け、足を止めた。


 木造一階建ての建物の軒先には木彫りの作品が棚の上に幾つも並べられ、寂しそうに此方を見上げている。


 此処は……。


 玩具屋さんかな??



「おはよう!! 何?? これ??」



 狸なのか……。何だかよく分からない物をユウが物珍し気に手に取って眺めていた。



「たぬ……、き??」


「違う!! 猫だ!!」



 作品を生み出した主は大変ご立腹。


 彼女の一言を受けると、地面を悪戯に踏みつけ。大地の上に転がる矮小な砂粒が揺れ動いてしまう振動を発生させた。



 声も大きければ、力もデカイ。


 種族特有の力に驚いてしまいます。



「玩具屋さんなんだからさぁ。もうちょっと子供に分かり易い物を作ったら??」



 品を戻し、少しばかり呆れた口調で話す。


 やっぱり、玩具屋さんだったのか。



「ん――……。分かり易いねぇ」



 首を捻り、唸る店主を他所に軒先に並べられている品々を見下ろすと……。


 そのどれもが一見で明瞭に形の答えを言い当てられない姿をしていた。



 これは……。狐??


 あ、いや。狐はもうちょっと顔が尖っているし、違うか。



「それより、今日はレイドとデートかい??」



 前回の一件もあり、俺の名前がある程度街に広がっているのは大変光栄です。


 しかし、ユウと行動しているのはあくまでも食料を分けて頂く為であり。その点に付いて、訂正させて頂きましょうか。



「へへっ。実はそうなんだぁ――」

「今日出発するので食料の調達ですよ」



 肩をガッツリ組んで来た彼女の腕をやんわりと押し退け、至極冷静を努めて言葉を返した。



「ほぉん。てっきり俺はそうかと……」



「結構恥ずかしがり屋なんだよ、うちの旦那さんはっ」


「では、先を急ぎますので失礼しますね」



 意味深な笑みを浮かべるユウを他所に店主さんへと頭を垂れ、通りの先へと足を運んだ



「あ、おい!! 待ってよ!!」


「末永くお幸せに――」



 玩具屋さんの店主の揶揄う声を背に受け。



「も――。少し位ノッてよ」



 むすぅっと唇を尖らせる彼女と肩を並べて歩いていると、件の店が見えて来た。



「いらっしゃい!! ユウちゃん!!」



 これまた首を傾げたくなる大きさの木箱の中に積載された野菜の数々の隣。


 その隣で柔和な笑みを浮かべている中年の女性がユウに負けない位の明るい笑みを浮かべて俺達を迎えてくれた。



「おはよう!! おばちゃん、元気にしてた??」


「もう元気も元気!! 旦那に変な物食ったんじゃないかと心配される程だよ!!」


「アハハ!! おばちゃんらしいよ!!」


「それで?? 今日はどんな入り用だい??」



 俺とユウを交互に見て話す。



「えっと……。古米と草臥れてもう廃棄寸前の野菜を頂けますか??」



 地産地消じゃあないけども。里で獲れた作物は里で消費すべきですからね。


 余所者である俺が堂々とした顔で新鮮な食料を所望する訳にはいかんでしょう。



「と、言うのは冗談で。あたし達、今日からまた出て行くからさ!! 適当に十日分の食料を見繕ってよ!!」



 ユウが俺の体をグィっと押し退けて勝手に注文を伝えてしまった。



「いや、だから悪いって」


「いいの!! じゃあ出発する時に取りに来るからね――!!」


「ちょっと!! 引っ張らないで!!」



「あはは!! はいよ――。用意しておくね――!!」



 今来たばかりの道を引きずられる様にして進んで行く。



「あはは!! ユウ――!! 速攻で旦那さんを尻に敷いているのかぁ――!?」


「やい、レイド!! 貧弱な腕だなぁ!! ボー様に鍛えて貰え!!」


「子供は沢山拵えろよ――!!」




 此方の姿を見付けた人々が俺達に対して指を差し、又は満面の笑みを浮かべて揶揄って来る。


 その台詞の数々の中にはとてもじゃないけど了承出来ないものもありますが……。



「この里の人って皆優しいよな」



 通常通り、二足歩行に戻り。


 揶揄われ過ぎてちょいと頬が赤いユウの横顔に向かって話す。



「そうだなぁ。オークも撃退して里に平和が戻って、いつもの活気が戻ったって感じかな?? あたし達ミノタウロスはどちらかと言えば大人しい種族だからさ。こうやってのほほんと生きているのが性に合っているんだよ」



 爪の垢を煎じて飲む、じゃあないけども。


 この優しさ溢れる雰囲気をどこぞの龍の口に捻じ込んだら、彼女も優しくなるのだろうか??


 それを実践する前に此方の首を捻じ切られてしまうのでしませんけども。




「あ、今。マイとは大違いって思っただろ??」


「さぁ?? 想像に任せるよ。おぉ――。良い匂いだ……」



 踏み心地の良い土の通りを歩いていると、我儘なお腹さんを鷲掴みにしてしまう焼けた小麦の香りが漂って来た。



「丁度いいや、あそこのパン屋さんで食べて帰ろうか」


「フェリスさんは朝食用意していないの??」


「出て来る時に食べて帰って来るって言って来たから。それに、今から帰ってもどうせあたし達の分はマイが食べているだろうし」



『い――やっほぅぅうう!! ボケナスとユウの分はぜぇんぶ私の物だからねっ!!』



 くそう。


 安易に想像出来てしまった事が恨めしい……。



「食べて帰ったら丁度出発時刻、か。それなら軽く食べて行こう」


「へへ!! そういう事!! この店の蜂蜜パンはすっごい美味いんだぞ!?」



 燥ぐ子供足取りでお店へと向かって行く。


 久々の里帰りで嬉しさが弾けちゃったのでしょう。その気持は分からないでもない。


 実家に帰って来た時の安心感は人を朗らかにしますからねぇ……。



 彼女の後を追い、開かれている入り口の下を潜り。小麦の香りに包まれている店内へとお邪魔させて頂いた。



「いらっしゃい!!」



 二十代後半程度であろうか。


 朝に相応しい笑みを浮かべる女性店員さんが此方を迎え。



「今は誰も居ないし、好きな席に着いて良いわよ――」



 大きな空間の店内には五つの丸型の机が設置され、店員さんが仰った通り。どの机にも客らしき人は着席していなかった。



「皆作業に出たのかな??」



 窓際。


 一番身近な席に着いて話す。



「正解。朝早くに出て、夕方には里に帰る。そして、家族団欒の食事を始めて次の日に備えるのさ」



 先程の店員さんが運んで来てくれたコップの水をコクンと。喉の奥へと上品に送った後にそう話す。



 自給自足の生活、か。ちょっと憧れちゃうよな。


 四季折々の野菜を育て、汗水垂らして育てた作物の味は格別だろうさ。



 そして……。家族団欒。



 血の繋がった者達と同じ机を囲んだ事は無いので、心に何色の景色が浮かぶのか。それは理解出来ないが。きっと素晴らしい色である筈。



「――――」



 窓ガラス越しに通りをぼぅっと眺めているユウの柔らかい表情がその最たる証拠だ。


 概ね、里が平和で安心しているのだろうさ。



「素敵な光景だよな」



 彼女に倣い、此方も水を一口頂いてから話した。



「へへっ、だろ?? そ、の……。レイドさえ良ければさ」


「ん?? どうした??」



 急にマゴマゴして。



「この里で、一緒にどうかな――って!!」



 一緒にどうかな??


 それはつまり……。



「いつか、この世のが平和になったのなら。皆でこの里で生活するのも悪くないかもね」



 多分こういう事でしょう。



「あ――……。うん、そうだねっ!!」



 ほら、当たった。


 心地良い角度で口角を上げてユウが話す。



「俺も此処は大好きだし。可能であればずぅっと暮らすのも悪くないよなぁ……」



 だが、そうさせてはくれないのが世の常。


 オークに魔女。そして、イル教と。頭を抱えたくなる量の問題が山積みですからねぇ。ドンっと腰を据えて此処で生活するのはずぅぅっと先になりそうだ。



「ず、ずっと!?」


「え?? うん。それも悪くない案だなって」



 そこまで驚く事かしらね??



「え、へへ!! そっか!! それだけ気に入ってくれたんだな!!」


「皆優しいし、それにボーさんやフェリスさんに指導を請うのも悪くないからね」


「だ、だよね!! そうかそうか……」



 喜々とした表情で腕を組み、ウンウンと頷く。


 誰だって故郷を褒めてくれれば高揚した気分になろうさ。



「お待たせ――!! さ、たぁんと御食べなさい!!」



 女性店員さんが軽快な足取りと、陽気な声で素敵な朝食を運んで来てくれた。



 四角いパンの上にトロッと乗せられたあまぁい琥珀色の液体。


 その脇には白身と黄身が目に嬉しい卵焼きと、新鮮な葉類の野菜が添えられており。


 完璧な采配の朝食に思わず声が漏れてしまった。



「はぁ――。素敵な腕前ですね」


「あはは!! 簡単な料理だし、誰でも出来るって!! それじゃ、後は二人仲良く……」



 木の御盆で口元を隠し、意味深な声色を残してそのまま店の奥へと姿を消してしまった。



「じゃ、頂こうか」


「おう!! いただきま――っす!!」



 カリっと焼き上げられたパンの角を手に持ち、机の上に蜂蜜を零さぬ様。そっと大切に口へと運んであげた。




「――――。うっま」



 芳醇な小麦の香り、その後から来る花の香。


 アレクシアさん達の里で頂いた蜂蜜も悪くないけど、此処で獲れた蜂蜜も美味いな!!



「あたしも故郷の味は久々だから美味く感じちまうよ!!」


 でしょうね。


 物凄い勢いでがっついていますもの。



「慌てて食べると喉に詰まるぞ??」


「大丈夫ふぁって!! あたしは……。ングッ!?」



 言わんこっちゃない。



「ングムッ!! ン――っ!!」


「ほら、水」



 ユウの手元のコップの水は品切れ中でしたので、代わりに此方のコップを差し出してやった。



「ぷはっ!! は――。危なかった」


「卑しく頬張るからそうなるんだよ」


「そうだな!!」



「「…………、ふっ。あはは!!」」



 きっとユウも俺と同じくアイツの顔が浮かんだのだろう。



『じ、じぬぅぅ!! だれが!! み、みずっ!!!!』



 そうそう、今にも死にそうな感じで誰かさんの水を強奪していくのさ。



 暫し見つめ合った後、一切躊躇する事無く笑い声をあげてやった。それは朝の空気に酷く似合い、陽性な感情が室内を満たしていく。


 俺達の笑い声を聞き取った通りの人達が何事かと思い、窓ガラス越しにチラリと様子を伺って行くが。


 何だ、只の談笑か。


 そう確知すると、目的地へと向かって大股で進んで行ってしまった。












 ――――――。





 腹も膨れ、荷物も整え、補給物資の準備も整えた。


 後は任務地へと向かって出発するだけなのですが……。



「くぁ――……。はぁ――。食い過ぎてねみぃ……」



 屋敷の外でお別れの挨拶を待ち続けているが、肝心要の御二人が中々現れずに龍が眠気に降参。


 荷物を背もたれ代わりにしてだらんっと体を弛緩させてしまった。



「フェリスさんは起きていたんだろ??」



 だらしない恰好の女性に問う。



「ん――。朝食持って来てくれたし」



 と、なるとボーさんが起きて来ないのかな??


 それを起こす為に躍起になっていると??



「ふぁ――。マイちゃんが欠伸するから移っちゃった」



 金色の瞳の狼さんが限界近くまで口を上下にパカっと開いて欠伸を放つ。



「レイド様?? 少々宜しいでしょうか」


「どうした??」



 溢れ出ようとする欠伸を噛み殺し、本日も煌びやかな白い髪を揺らす彼女に返事を返す。



「今朝、あの馬鹿乳女と二人で。二人でっ!!!! 里に出掛けたと御伺い致しましたが……」


「あぁ、食料の調達を一緒にしたんだよ」



 何で二回も二人って言ったの??



「そう、ですか。やましい事はしていませんわよね??」


「あのね。こんな朝っぱらからそういう行動に至る方が稀じゃないの」



 せめて、夜でしょう。


 ほ、ほら。明るいと色々見えちゃって恥ずかしいだろうし……。



「私は四六時中でも構いませんが……」



 ここに居ましたね。稀有な方が。



「ねぇ、ユウ――」


「ん?? どした??」


「さっき教えてくれたパン屋さん。後で寄って行かない??」



 そして、貴女の胃袋も十分稀有だと思います。



「まだ食う気かよ。あたし達の分も食ったんだろ??」


「いや、そうなんだけどね?? 食べ溜めというか。今から南へと向かう体に栄養をたぁぁくさん送っておきたいと考えているのよ」



 その理由は分からないでもないけども。お前さんの場合、量が尋常じゃないんだよ。



 いつもと変わらぬ陽性な会話が左右から飛び交う中。


 屋敷の大きな扉が開かれ、フェリスさん一人が慎ましい笑みを浮かべて此方に向かってやって来た。



「ごめんなさいね。主人は立ち上がるのも困難な程に疲弊してしまって……」


「そう、ですか。それは残念です。お別れの挨拶を是非ともと考えていましたので」



 寝不足、なのかな??


 里を纏める地位に就く御方だ。それだけ疲労が蓄積されているのだろう。



「父上どうしたの??」


「さぁ?? 何でも、物凄く腰が痛いって泣き叫んでて」



 あの屈強な巨躯を誇るボーさんが腰痛、か。


 きっと常日頃から募った疲労が今日に限って炸裂してしまったのでしょう。



「御体御自愛して下さいと、お伝えくださいね」


「うふふ。是非ともそうお伝えします。さて、ユウちゃん?? 今日からまた出発する訳だけど。皆さんに御迷惑を掛けないようにね??」


「あ――、分かってるって……」


「体が資本の仕事だから御飯は沢山食べる事。力仕事ばかりじゃなくて、レイドさんのお料理も手伝う事。それからぁ……」


「だ――!! 皆、行くぞ!! あたしに付いて来い!!」



 実の母親から耳が痛くなる言葉に背を向け。



「ぬぉっ!? ちょ、ちょっと!! ユウ!! せめて腕を掴んで進めやぁ!!!!」



 深紅の髪の女性の足を掴み、有無を言わさずに連れ去ってしまった。



「も――。恥ずかしがり屋さんなんだから。レイドさん、至らぬ娘ですが。何卒宜しくお願いしますね??」


「あ、い、いえ!! 此方こそ宜しくお願いします!!」



 キチンと頭を下げてしまったので此方もそれに倣い、慌てて頭を垂れた。



「猛牛の世話は任せて下さい」



 カエデさん。


 彼女は牛ではありませんよ??



「お――い!! 早く行こう――!!!!」


「分かった――!! それでは失礼しますね!!」



 もう豆粒大に小さくなってしまったユウへ大声を上げ、フェリスさんに再び頭を下げて出発を果たす。



「気を付けて下さいね――」



 此方の姿が見えなくなるまで、柔和な笑みを浮かべて手を振り続けるフェリスさんに見送られ素晴らしき里の中を進む。



 さぁ、気合を入れ直して進みましょうかね!!


 目的地まではまだ半分以上の距離が残っていますから!!



 心に嬉しい清涼剤を補給させて頂き。



「ユ、ユウ!! そ、そろそろ離して……。後頭部が禿げそう……」


「ぎゃはは!! いいぞ――!! ユウ!! もっと盛大に引きずってやれぇ!!」


「……っ!!」



 一刻も早く母親の温かい視線と、里の仲間から送られる揶揄の声から逃れようとして。大荷物を引きずりながら出口へと大股で向かって行く彼女の足跡を愉快な仲間達と共に追って行った。









































 ◇




 今にも大粒の雨が降り注いできそうな、厚く重量感溢れる鉛色の空の下。


 遂に目的地であるフリートホーフの街の入り口が見えて来た。



 王都を出発し、不帰の森を抜け、海岸線沿いを喧しい連中を引き連れて移動するのは思いの外疲労が募り。両足と心が悲しい悲鳴を上げていた。


 そして。


 街を見付けるなり浮かんで来たのは踏破した達成感では無く。これから漸く始まる任務の序章に対する誠実さ、忠誠感だ。


 先ずは件の屋敷の情報を得る為、街の方々に聞き込み調査を開始しましょうかね。



 力持ちで大変賢いウマ子を厩舎に預け、街の入り口で佇んでいる仲間の下へと駆け足で向かう。



「ごめん!! お待たせ!!」


『おせぇ!! 私は夕飯を食べたくて仕方が無いのよ!!』



 ここはせめて労いの言葉を一言二言掛けるべきでは??



「早速、街の中に入ろう。雨も降りそうだし、それにもう日が沈む」



 日の明かりは分厚い雲に覆われ既に消失。


 目をぎゅぅっと凝らして前を見ないと周囲の光景を掴み取れない程の暗さだ。



『この匂い……。明日は雨が降るだろうな』



 街の中へ踏み込むと同時にリューヴが御自慢の鼻を利かせてそう話す。



 雨、か。



「どうする?? 一日程度の遅延なら目を瞑るけど……」


『雨具を装着して移動すれば大丈夫です。そして、私が皆さんの頭上に天蓋状の結界を張れば雨に濡れる事無く移動は可能になります』



 我が分隊長が先頭を歩きつつそう仰る。



「了解。それじゃ、そうしようか」



 残る問題は宿の確保と。



『ガルルルルゥ……』



 今にも他人様の御飯に襲い掛かろうとする恐ろしい女性を宥める為に、飯屋を探さないと。


 誰かを負傷させて捕まったらそれこそ洒落にならないし。

 


 フリートホーフの街の作りは大変簡単。


 南から北へと抜けて一直線に通りが突き抜け、その脇に家々が立ち並ぶ形を取っている。東へと向かえば海、西へと向かえば森。


 自然と人間の文明が見事に融合した街、なのですが……。


 頭上の鉛色の空ともう殆ど夜と呼んで差し支えない暗さがそう感じさせるのか。此方へと妙に暗い雰囲気を与えてくれる。



 それだけじゃなくて、この街にはもう一つの顔があり。それが暗い雰囲気を増長させているのでしょう。



「ふぇへへ。お兄さん、軍人さんだろう。うちの棺は天下一品だよぉ??」



 そう、棺の名産地として有名なんですよね。


 お伽噺の中の主人公達に劇物を与える萎れた魔法使いみたいな店主さんが名産品を勧める為に俺を呼び止めた。



『び、びっくりしたなぁ――。おばあちゃん、驚かさないでよね!!』



「すいません。この街で食事処と宿を探しているのですが……」



 プンスカと怒りを露わにするルーの念話を流してよく見れば気の優しそうな御婆さんに問う。



「この先へ歩いて行くと、食事処と宿屋が併設された店が見えて来る。そこを使うといいさ」



 ほぉ!!


 それは良い事を聞いた!!



「有難うございます!!」


「いえいえ……。所で、お兄さんの知り合いで亡くなった方はいないかい?? 死体を詰めるのに丁度良い棺が出来上がってねぇ……」


「知り合い、並びに友人達は今日も元気に野を駆け回っていますから!!」



 軽快に右手を上げ、棺屋さんを後にした。



『死人の商いを行っている街だとレイド様からお伺っていましたが……。予想よりも遥かに辛気臭いですわねぇ』


『そ、そうだよねぇ。街の人達と全然すれ違わないし、何か。遠くの方からカンカン聞こえるしっ』



 カンカン??


 きっと今も棺を制作している音なのだろう。



『ルー、ビビってんのかぁ??』


『べ、別に怖くないもんっ!! 私はもう子供も産める大人の女性なん……』



 ユウの揶揄いを受け。私は全然怖がっていませんよ――っと。傍から見ても無理をした歩調で前へと進むが。





『デメダリィィイ!!!!』


『ビャァッ!!!!』



 大馬鹿さんが大絶叫を放った刹那。


 灰色の長髪の女性が失神寸前の面持ちを浮かべ、もう一人の自分へとしがみついてしまった。



『ルー、離れろ』


『マ、マイちゃんやめてっ!! ほんっっとうに止めてよね!!!!』



『飯の匂いを嗅ぎ取ったんだよぉぉおお!! おらぁ!! ついてこいやぁ!!』



 若干草臥れた二階建ての建築物へと駆け出して行く朱色の女性の後を大きな溜息を吐き尽くして追う。



「先ずは食事を摂って、それから明日の予定を決めようか」


『分かりました。早く追わないとマイが先に店へと入ってしまいますよ??』



 カエデの話す通りでは無く、もう彼女は店の中へと入ってしまいましたよ――っと。


 街の食料、そして俺の財布の為にもアイツを野放しにする訳にはいかん。


 この雰囲気とは不釣り合いの馨しい香りを放つお店の扉を開くと。



「…………」



 既に着席を果たし、恐ろしい形相で品書きを睨みつけていた。


 その様を一同が見付けると全員仲良く、壮大に聳え立つ山を吹き飛ばせる容量の溜息を吐き尽くしたのだった。





最後まで御覧頂き誠に有難うございます。


それでは皆様、おやすみなさいませ。

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