第二十一話 勝利の女神様??
ごゆるりと御覧下さい!!
街の入り口。
鳥箱の横を通ると彼等の矮小な歌声が耳に届く。
大きく息を吐き、海から届く塩気と湿気が含まれた空気を肺一杯に閉じ込め。
月から届く怪しい光を反射させ。見る者全てを魅了する海の方へと歩み続けた。
後、数十分後には出発か。
間も無く始まる作戦行動。
その結果如何でこの街の住民、そしてハーピーの皆さんの運命が決まる。
そう考えると……。己の双肩に圧し掛かる責任感に押し潰されそうだ。
俺達が作戦を失敗すれば恐らく、軍が動く。
此処に兵士達が訪れるのは一か月を優に超える。
その間。
捕らえられた住民の体力は持たないだろう。
「ふぅ……」
一人になってもう何度目だろう。
こうやって溜息を吐くのは。
沖へと続く桟橋の上を進み、終着点に到着すると。座り心地の悪い板の上に腰を下ろし。ダラリと両足を海へ投げ出した。
空を見上げれば美しい丸顔の彼女が呆れた顔で俺を見下ろし。
正面を見つめれば雄大な彼が広大な姿を通して語り掛けて来る。
『情けないぞ』 と。
そんな事は分かっているのですよっと。
海から空へ。
桟橋の上で横になり。雄大な海から、心を鷲掴みにする満点の星空へと視線を動かした。
星の女神様。
どうか……。お願いです。
俺達の作戦を成功に導いて下さい。
祈る神様は持っていないが。
この美しい星空には俺の願いを叶えてくれる力さえ宿っている様にも見えてしまった。
お。
流れ星だ。
俺の願いを叶えてくれる返事かな??
「――――――――――――。こんな所で何をしているのですか??」
こりゃあ、驚いた。
本当に星の女神様がやって来たよ。
俺の顔を覗き込む様に両膝に手を乗せ、長い藍色の髪が重力に引かれ顔に掛かると嫋やかな手付きで右耳にすっと掛ける。
美しい夜空の半分を覆う、星の女神様。
欠けたそれを補って余りある姿に、思わず息を飲んでしまった。
「??」
二度瞬きをして、此方の様子を窺う様がまぁ心臓に悪い事で。
「星の女神様も、憎い事をするなぁって」
「はい??」
おっと。
変な言葉が漏れてしまいましたね。
「ちょっと、緊張してね。よっと!!」
腹筋に力を籠め、上体を起こす。
「隣、宜しいですか??」
「どうぞ――」
少しだけ距離を空け、此方に倣って足を海向かって投げ出して座った。
「ハーピーの里まで少々時間が掛かります。今から緊張していると体が持ちませんよ??」
「えっと。カエデさん」
「はい、どうしました??」
「本当に今年で十六なの??」
俺が彼女の時分、此処迄しっかりした性格では無かった。
世間一般で言うひねくれた餓鬼に分類されていたのかもしれない。それなのに彼女きたら……。
「そうですよ。年齢を詐称する意味はありませんからね。所で……。少々お時間を頂いても宜しいですか??」
はい、どうぞ。
了承を籠めて一つ大きく頷いてあげた。
「ベルトさんの地下室での出来事についてです」
「出来事?? 何かあった??」
パッと思いついたのは……。
あぁ、ベルトさんとピナさんのちぐはぐな会話か。
「何かあった?? そんな態度では困りますね」
お、おぉ。
ごめんなさい。
眉をきゅっと寄せ、俺の顔をジロリと睨む。
「私が言いたいのは、軽率な行動は控えて下さいと言いたいのです」
「軽率??」
「彼の前で、あなた自身が取った行動を鑑みれば自ずと答えは導き出される筈です」
えぇ――っと……。
先ずは地下室に案内されただろ??
それからピナさんが起きて成立しない会話に痛々しい想いを抱いて……。
「――――。あっ」
思い出したぞ。
「思い出せましたか??」
「魔物と会話が可能な事を、此方から勝手に告げた事かな」
「正解です」
はぁぁっと。
大きな溜息と共に正解を告げてくれた。
「いいですか?? あなたは魔物と人間を繋ぐ大切な存在なのです。軽率な行動の結果、人に知れ渡り。人間から異形の存在だと確知されて行動が制限される。それならまだしも……。捕縛され、最悪極刑の可能性も捨てきれません」
耳が大変痛いです……。
「この大陸は今、非常に繊細な時期である事は理解していますよね。只でさえ異形の存在に頭を悩ませているのに、魔物の言葉を理解してしまう珍妙な人物が出現したらどうなるか。分からないあなたではないですよね??」
「それは……。はい。十二分に理解しているつもりです」
喉の奥から反省の言葉を絞り出す。
「つもり?? つもりでは困ります。我々にとって、そしてこの街に住む人間にとって。あなたは人と魔物。その両者を繋ぐ貴重な存在なのです。それを胸に確と刻み、二度と軽率な行動は私の前で行わないで下さい。良いですね??」
「はい、了解……」
ん??
私の前??
それは一体どういう意味……。
そう問おうとすると。
「あ、いや。つ、つまり。自ら首を絞める行動は控えて下さいという意味です。分かりましたか!?」
「は、はい……」
ずずっと迫った端整な御顔さんから上半身を引いて答えた。
「はぁ。すっきりしました」
ふぅっと息を吸い込み。
海から吹く風に体を預ける。
「そりゃ結構」
俺は怒られてちょいと凹んでいますけどね。
「カエデは緊張してる??」
海から届くさざ波の合間を縫って問う。
「えぇ、適度にしていますね」
そんな風には見えないけどな。
「初めての実戦ですので」
「――――。はい??」
俺。
耳悪くなったのかな??
「初陣を勝利で飾りたいのが正直な気持ちです」
「いやいやいやいや。初の実戦だったらあんな風に作戦の提唱は出来ないでしょ??」
ベルトさんの家で堂々とした姿で的確な指示を送っていた姿が思い出される。
あれが実戦を経験していない者の姿とは到底思えませんよ。
「此処だけの話。実は、この街に足を踏み入れてからずっと緊張していたのですよ。そして、今も……」
地平線の先から此方へと視線を送って話す。
藍色の奥の瞳は年相応の女性の弱さを放っている様にも見えてしまう。
此方が考えている以上に、カエデは自分の思いを矢面に出さないのかしらね??
「そっか。緊張しているのは俺だけじゃ無くて良かったよ。あの二人は緊張知らずだからさ……」
「ふふ、そうですね。あの二人が緊張する姿があれば是非見てみたいものです」
ガチガチに緊張して震える太った雀、か。
何だか想像したら可笑しくなって来たぞ。
「はは。難しそうだよね」
「ええ。本当に……」
ふふ、と笑みを漏らす。
その姿には緊張欠片も見たらない。一人の女性の笑み、その物であった。
カエデの笑みって貴重なんだよね。
あんまり笑わ無いし。
二人。
月明かりに照らされながら下らない会話に華を咲かせていると。
「お――――い!! そろそろ行くぞ――!!!!」
後方からユウの声が届いた。
「分かった――!! よし!! じゃあ行こうか!!」
撥ねる様に立ち、カエデに手を差し出す。
「分かりました」
彼女の手を取り、力強く引くが。
「きゃっ」
「っと。カエデ……。軽過ぎるぞ……」
手に感じたそれは、大人の女性の半分程のものであった。
想像通りの軽さですね。
「これから色々と大きくなる予定なのです」
ふんす。と鼻息を漏らす様がまぁ、可愛らしい事で。
「それは……。ユウみたいに??」
あの標高は……。
挑もうとする者の心を用意にへし折りますよ??
「勿論です。彼女を越えてみせます」
絶対無理だからね??
そう言えば怒られそうだから言いません。
大海の使者様と、星の女神様。
両者から励みの声を頂き二人肩を並べて。勢い良く手を振るユウの下へと歩いて行った。
◇
深い闇の中で微かに聞こえる風の声。
彼等が通り過ぎていくと草木がそっと静かに囁く。
その声に耳を傾けつつ上空から差し込む柔らかい月明りを頼りに。細心の注意を払いながら森の中を進んでいた。
「ピナさん。目的地まで後、どれくらいですか??」
列の最後方からカエデの小さな声が響く。
「後三十分程です」
飛ぶのは慣れているが、歩く事には慣れていないのか。
ピナさんが少々荒い呼吸を繰り返しつつ答える。
「三十分か……」
いよいよその時が迫ると思うと、緊張するよな。
緊張感を誤魔化す様に、肩を一つ大きくグルリと回す。
「よっ。どした??」
右隣りを歩くユウが此方の肩を、普段の数倍以下の優しさで叩く。
「ちょっと緊張しててさ」
一切の装飾を付け加えずに話す。
「そっか。余り気負い過ぎるのも良く無いぞ?? 適度の緊張感が大事なんだって!!」
「あ、うん。そりゃどうも……」
そして、最後はいつも通りの力で背中を叩きましとさ。
だが、まぁ……。
感じ慣れた痛みに緊張の塊がすっと溶け落ちて行った気もする。
その痛みに慣れるこっちもどうかなぁって気がするけどね。
百三十名の人命と、百五十名のハーピー。
この両者を救う使命を背負っているんだ。
緊張しない方がおかしいって。
口腔に渇きを覚えつつ、左胸のポケットを見下ろした。
「…………。ぐぐぅ」
まだコイツは寝てるのかよ。
気負うって言葉は恐らくコイツの頭の中には存在しないのだろう。
街を発つ前。
『何か作れ!!』
と。
装備を整えている最中に背中を蹴られ、飯をせがまれてしまった。
私は、腹が減っている。早くしろ。
そう言わんばかりの態度に降参し。
態々炊いて、顔を顰めつつアツアツの御米を握って差し出した。
『ふぁむ……。あむ……。ふぅむ……。握り方は及第点をあげるけど。塩加減は今一ね』
そこはせめて!!
御馳走様だろ!?
と、叫べばいいのだが。俺も分別が付く大人だ。
己の憤りをしっかり飲み込み。体の奥へ、更に奥へと深く沈め。それを力に変えて街を出発したのです。
丁度良い腹具合。
間も無く初夏を迎える夜に相応しい気温。
そして、心地良い森の歌声。
重なっては不味い状況が重なり、太った雀はポケットの中で爆睡し続け今に至る。
「おい、起きろ」
誰がお前さんを運んでいると思っているんだ。
そう言わんばかりにポケットの外側から少々強めに突く。
「…………」
無視、ですか。
それとも大変心地良い夢の中で御楽しみの真っ最中なのかね??
満面の笑みを浮かべ、煌びやかな食事を前に舌なめずりを放つコイツを想像すると。
憤怒の炎が心に灯ってしまう。
「いい加減起きろ。もう直ぐ到着だぞ」
ポケットの中に指を突っ込み。
愚か者の頭?? 腹?? 辺りを指先で一気苛烈に弾いてやった。
「ふぁ!? ふぉれは!! ふぁたしの鳥ふぃく!!!」
愚か者が叫ぶと同時に……。
指先に火が灯った!!
「ぎっ……」
痛みから逃れる為又は誤魔化す為。
泣き叫ぼうとしたが……。
「駄目っ」
カエデが両手で俺の口を抑えてしまった。
「ん――!! んん――!!!!」
激しく顔を横に振るも。
「大きな声は駄目です。敵に気付かれてしまいますよ??」
だったら!!!!
俺の指を齧るコイツを何とかしてくれ!!!!
取れちゃう!!
「あ――あ――。しっかり食い込んでら」
「ふぅ!! ふぁやく!! 取っふぇ!!」
のんびりした声に肝を冷やし、目から零れる涙が視界を歪めて行くと。
「おっ。取れたっ」
ユウの軽快な声と共に、激痛が消失した。
「はぁっ!! ぜぇ……。ぜぇ……」
呼吸を整え。
指の関節の消失を心配しつつ、祈る想いで右の人差し指を目の前に掲げる。
「よ、良かった……。くっついてる……」
この涙はきっと。
安心の涙、なのかな。
真っ赤に染まる指先を見つめほっと胸を撫で下ろしつつ。
止血の第一手段として信じられている民間療法。
それを即座に開始した。
うん……。
しょっぱい……。
「ふふ、仲睦まじい光景ですね」
凄惨な光景の間違いじゃないですかね??
ニコリと笑みを浮かべているピナさんをジロリと睨む。
「丁度良かったんじゃない?? レイド。すっごい緊張してたし。おら、起きろ」
ユウが噛みつき蛙の頭を手でペシペシと叩きつつ話す。
もっと強く叩きなさい。
その威力じゃあ足りません。
「まぁ、緊張感は痛みを受けて。裸足で何処かへと向かって駆けて行きましたよ」
代わりに憤怒って感情がやって来ましたけどね!!!!
「んぁ??」
「お――。起きたか。そろそろ到着だから人の姿に変われ」
ユウが夢現のマイの体を乱雑に地面へと放ると。
「いでっ」
ペタン、と。
情けない尻餅を付いた。
「ふぁ――……。ん――……」
限界まで顎間接を開いて、空気を取り込み。グシグシと目を擦りやっと御目覚めかと思いきや……。
「朝ご飯??」
「「ふざけるな!!!!」」
おっと。
大きな声は駄目だってのに、ユウと声を合わせてしまった。
「御二人共。静かにして下さい」
は、はい。ごめんなさい……。
大変冷たい御目目のカエデさんが俺とユウを睨む。
「あ――。もう直ぐ到着なのね。はいはい……っとぉ!!!!」
刹那に放たれた光の中から現れたのは。
「うっし!! 鳥退治に出発だ!!」
深紅の髪を揺らす一人の女性。
ペロリと小さな唇を舐めると。赤いシャツの袖を捲り、意気揚々と東へと向かい始めた。
「いってらっしゃい」
「おう!!」
愚か者の背中へそう話し。
俺達は一路、『北』 へと足を向けた。
「――――――――。ふっざけんな!! こっちじゃねぇじゃん!!」
「人の頭を許可無く叩いてはいけないと習わなかったのか??」
痛む後頭部を抑えつつ話す。
「習ったかもしれないけど忘れた。ユウ!! もっと速く歩いて!!」
「へ――へ――」
「遅い――!!」
「…………。申し訳ありません。お騒がせして」
早足で北へと向かう二人を見送り。
対照的に静かな二人へと謝意を述べた。
「これから戦闘なのです。沈んだ気持ちのままだと存分に力が発揮出来ませんよ」
程度にもよりますよ。
「気を緩め過ぎですね。足元を掬われなければ宜しいのですが……」
流石、カエデさん。
見事に的を射ています。
俺なんかよりよっぽど大人だ。
深紅と深緑を目印に暗い森を進み続けていると……。
「――――。皆さん、到着しました」
蚊の羽音よりも小さな声でピナさんが目的地付近に到着した事を告げる。
木の影から様子を窺うマイとユウ。
その背後へと足音を殺しつつ向かい、彼女達に倣って前方の様子を窺った。
地面から垂直に伸びる木の壁。
それが左右に展開し、奥へと続く。
問題の門は今もしっかりと口を閉じ、侵入者を通すまいとしていた。
閉じられた門の上。
人一人分が丁度収まる大きさの見張り台には松明の灯が灯り、暁の空に煙を放つ。
見張りは……。二人か。
彼等に対して矢を穿つ訳にはいかんし。
作戦通り、カエデの行動を待つべきだな。
『さて、皆さん。準備は宜しいですか??』
此方の心情を察したのか。
カエデが決意を滲ませた声色で俺達に語り掛けて来た。
『今一度、作戦の確認をします』
彼女が地面にすっとしゃがみ込み、湿った土に簡易地図を描いて行く。
『現在は……。此処。南側の門の手前の森に身を顰めています』
カエデの声に皆が小さく頷く。
『私があの門を破壊、そしてある程度敵を呼び寄せてから空へと逃れます』
『それを見計らって私達が突入するのよね??』
『その通りです。突入班の作戦は既に練ってありますよね??』
『マイとユウが敵を引き付けつつ直進。そして、中央へ到着する前に里の通り沿い左右に展開する居住区画に転進し、敵を左右へとおびき寄せ住民の避難経路を作る。俺は適宜敵を跳ね除けつつ、住民達を南門へと避難させる』
ユウと二人で何度も練り直した作戦だけど。
どうかしらね??
『悪くありませんね。いや、寧ろ最善策です』
ほっ。
良かった。
『では、皆さん……』
カエデがすっと手を前に差し出す。
『おう!!』
ユウがカエデの手の上に、己の手を重ね。
『さっさと片付けて、勝利の朝飯をたらふく食べるわよ!!』
マイがそれに続き。
『皆さんありがとうございます。この御恩はいつか、必ず返します』
ピナさんがおずおずと乗せ。
『俺達に課せられた使命は重く、立ちはだかる敵は大勢。多勢に無勢の状況だ』
静かに口を開き、皆に倣って手を伸ばす。
『だが、劣勢を跳ね除ける力を俺達は持っている。勝利の栄光を掴み取り、皆が笑顔で暮らせる生活を取り戻すぞ!!』
そう話し終え。
皆が重ねる手に、己の手を重ねた。
「「「「「…………」」」」」
言葉は交わさずとも熱い視線で互いを鼓舞し、手から溢れる勇気が皆に伝わって行く。
熱い心が体内に伝播すると闘志が真っ赤に燃え盛る。
絶対、負けない。
必ず……。作戦を成功に導いてやる!!!!
「カエデさん。行きましょう」
「えぇ。では、皆さん。行って参ります」
隠す必要が無くなったのか。
カエデとピナさんが正常な声量で出発を告げ、硬く閉じられている門へと進む。
その後ろ姿が少しだけ。
そう……。ほんの少しだけ。年相応の女性の頼りない背にも見えてしまった。
「カエデ」
「はい??」
俺の声を受け、静かに振り返る。
「初陣を……。勝利で飾ろうな」
「…………っ。はいっ、行って来ます!!」
僅かに口角を上げ。
明るい声を残して暁の空の下へ駆けて行った。
俺達に残した笑み。
カエデなら必ず作戦を成功に導いてくれる。
あの微笑みにはそんな不思議な力が籠められている様にも映ったのだった。
最後まで御覧頂き有難うございました!!
そして。
ブックマーク有難う御座います!! いや、本当に嬉しいです!!
カシスオレンジでビッタビタのカッピカピになった床の上で転げ回っても構わない位に嬉しいです!!
それでは、また明日お会いしましょう!!




