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第八十九話 熱にあてられた雌達 その二

お疲れ様です。


大変お待たせしました、本日の投稿になります。


上手く区切られなかったので長文になってしまった事をお詫び致します。


それでは御覧下さい。

 



 選ばれし四名の戦士達。


 各々が滾る闘志を漲らせ、一触即発の空気が何の変哲もない女の子の部屋の中央で膨れ上がる。



 朱の髪の女性はさも私が最強であると高を括った態度で三名を眺め。


 深緑の髪の女性は既に勝利を確信しているのか、口元に柔らかな笑みを浮かべ。


 灰色の髪の女性は溢れ出る力を誤魔化す為に拳を開いては閉じていた。



 超前衛に出るのが大好きな人達の中に紛れた俺はというと……。



 緊張感によって口の中が乾き、それを誤魔化す様に生唾を送り込み。軽い準備運動を続けてその時を待っていた。



 ここで何か言ってみろ。


 それが刺激となって膨れ上がっている空気が破裂して今にも取っ組み合いが始まってしまいそうですからね。


 静かに経過を観察しましょう。



 準備運動を続けていると固い緊張感が解け始め、高揚感が少しだけ混入された心地良い緊張感へと変化する。



 うん、これなら大丈夫そうだ!!


 僭越ながら、俺の雄度を披露しましょうかね!!



「よぉ――。あたし達、四名が残った訳なんだけど。あたしは誰から捻じ伏せればいいの??」



 っと。


 いきなり大胆発言ですね??



「はぁ?? あんたは私に、けちょんけちょんにブっ潰される運命なのよ」


「ユウ、貴様は私が倒す」



 ほ、ほら。


 この人達は直ぐ挑発に乗るんですから!!



「まぁ――。三人纏めて掛かって来てもいいけど、ね??」



 三人……。


 つまり、その中に俺も含まれている訳だ。



「はは、ユウ。無理は良くないぞ?? レノアさん、ボーさんと連戦で筋疲労が募っている腕で俺達相手に勝てると思うなよ」



 俺も一人の男。


 女の子に挑発されて黙っている程慎ましくは無いのですよっと。



「デカイ口叩いて後で、阿保面をかいても知らないわよ??」



 いやぁ、太った雀さんよ。実に惜しいですね。



「それを言うなら吠え面だ、馬鹿野郎」

「マイ、間違っているぞ」

「惜しかったな」



 中央に集まった三名の総突っ込みを食らい。



「べ、別に良いでしょ!! 何となく分かればっ!!」



 頭から流れる朱の髪よりも更に真っ赤になって叫んでしまいましたとさ。



「簡単な言葉も覚えられ無いとは……。呆れを通り越して、憐れに思いますわぁ」


「そうだねぇ。今のは私でも分かったよ」


「おらぁ!! 外野ぁ!! うっせぇぞ!!!!」



「マイ、喧嘩は後でして下さい。では皆さん、二回戦といきましょうか」



 金色の瞳をきゅっと見開き、後ろ足加重になっている狼さんへと向かって行くマイをカエデが制す。



「ちっ。んで?? どうやって組み合わせすんのよ」


「この箱の中に四名の名が記された紙が入っています。私がクジを引いて組み合わせを決めます」



 ふむ、至極簡単な合わせ方ですね。



 問題は……。


 誰と当たるかだよな。


 ユウは連戦で疲労困憊、マイの右腕はほぼ無傷でリューヴもまた然り。


 つまり、決勝戦へ進む為にはユウと戦った方が良いのか??


 あ――、でも。大分回復しちゃったみたいだし……。



「ふぅ――。緊張してきたなっ!!」



 ほら、不必要にグルングルンって腕を回していますもの……。



「では、引きます」



 カエデが次なる組み合わせの為に木箱の中へと手を入れる。


 そして、名前が記された紙を俺達に分かり易い位置へと示した。



「先ずは……。俺か」



 残るはマイとリューヴと、ユウ。この三名。


 誰が相手を務めてくれるのやら


 ぎゅっと拳を握り、対戦相手の名を待つのですが……。



「お相手は……。マイです」


「げっ!!!!」



 名を提示されて瞬間、思わず辟易した声を放ってしまった。



 う、嘘でしょう!? よりにもよって、食欲と暴力の権化と戦わなきゃいけないのかよ!!



「ふふん?? 私を相手に出来る事を光栄に思う事ね」


「はいはい。でもな、手加減はしないぞ??」


「望むところよ!!」



 片眉をクイっと上げて此方を見上げる大飯食らいと対峙し。



「ユウ、手加減はせんぞ」


「あぁ、こっちも本気を出すよ」



「「「「……」」」」



 それぞれが戦士に相応しい雰囲気を醸し出し、正面に相対した。



「では、先ずはマイとレイドから始めます。残った四名は馬鹿みたいに力がありますので、机が耐えきれない恐れがあります」


「カエデ――。馬鹿は余分じゃない??」



 トッコトッコと軽快な足取りで机を退かすカエデへとマイが話す。



「二回戦、そして決勝戦は俯せの状態で開始して下さい」



 マイの言葉を無視し、早く用意しろと言わんばかりに冷たい瞳を此方に向ける。



 きっと俺が勝利を収めた事に憤りを覚えているのでしょう。


 何もそこまで睨まなくても良いのに……。



 急かされる様に俯せの姿勢となり。



「ふふん。こうしてあんたと本気でやり合うのは初めてね」


「あぁ、そうだな……」



 此方の手を誘う様に堂々と床の上に立つ手に右手を合わせた。



 うげっ……!!


 こいつ、強い……!!



 腕相撲は組んだ瞬間に相手の力量がある程度分かってしまうのですよね。


 彼女の手から俺の体の中に流れ込む力の波動……。これはもう間違いなく俺の体が無意識の内に認めてしまっているのだろう。



 そう、雄であると。



 俺が手を組んでいるのは雌では無く、雄。



 一切の手加減はしない!!


 全力でぶつかってやる!!



「はい、では力を抜いて下さい」



 がっちり組んだ雄の手の上にカエデが手を添えた。



 彼女の号令を今か、今かと待ち侘びる筋力が細かく震え始めてしまう。


 落ち着きなさい、俺の雄よ。


 カエデの澄んだ声が響くと同時に俺の空を……。いいや!! コイツを倒して。ボーさんが描いた宇宙を再現してやる!!!!




「……、始め」



「どぉぉぉぉりゃああああああ!!!!」

「はぁぁああっ!!」



 開始直後にとんでもない力の波が腕を襲う。



 う、腕が千切れちまう!!


 コ、コイツ。本当に女性か!?




「この……!! クソ雑魚がぁぁ!! さっさとくたばりやがれぇ!!」


「負けられるかぁ!!」


「「んぎぎぎ!!」」



 お互いの額には大粒の汗か浮かび、常軌を逸した咬筋力によって歯が擦れ合う乾いた音が灼熱の空気の中に響く。



 な、何て馬鹿力……。


 い、一瞬でも気を抜いたら負けるっ!!



「ぐぬぬぬぬ……!!」



 マイが手首をきゅっと折り曲げ、素晴らしい雄を燃え滾らせ勝負を仕掛けて来た。



「ま、負けられるかぁぁああ!!」


「嘘でしょう!?」



 傾きかけた腕を垂直に戻し、逆に向こうの手の甲を床へと接近させてやった。



 どうだ!!


 これが俺の雄……。



「ムッキィィイイ!! ま、負けられないのよぉ!! 最強の私はぁ!!」



 いや、うん。


 それは分かっているのですけども……。


 お嬢さん。


 申し訳無いが、胸元を直して頂けますか??



 赤いシャツの胸元が開け、その中に着用するアレが見えてしまっているのですよ……。



「おぉ!! マイちゃん粘る……。んぅっ!? アハハ!! レイド――。そういう事だったのねぇ!!」



 俺の後方からお惚け狼さんが要らぬ一言を放つ。



「はぁ?? ルー、あんた何を……。っ!?!?」



 はい、不味いです……。



「て、てめぇ!!!! この姿勢を良い事に何覗いてんだごらぁぁああああ!!」


「ち、違っ!! うわっ!?」



 憤怒を雄の力に変えたマイの空が俺の手の甲を床に叩き付け。



「くたばりやがれ!! 覗き魔がああっ!!」


「や、ヤメ……。ドブグっ!!!!」



 真っ赤を越えた赤に染まった顔の女性からお叱りの拳を受け、右頬がきもちよぉく床と抱擁を交わしてしまいましたとさ。




「勝者、マイ」


「ふ、ふんっ!! 勝負にかこつけて卑猥な視線を送る色情魔に負ける訳にはいかないのよ!!」


「い、異議あり!! 今の勝負は無効だ!!」



「おぉっ!! もう立ち上がったね!!」



 此方に前足を向けてぴょんと飛び掛かろうとしたルーの体を押し退け、審判長に異議を申し立てた。



「聞きましょう」


「い、今のは。えっと、つまり……。ソコへ視線を向けた俺が悪いのですけれども。ルーの一言が無ければ、俺は勝利を収めていた訳であって」



 しどろもどろになりつつ釈明するのですが、何故俺の頭上に魔法陣を浮かべているのですか??


 カエデさん、自分は敵ではありませんよ??



「余計な所は見なくても良かったですよね?? 剰え鼻の舌を伸ばして、鼻息を荒げる始末」



 ちょっと!? そんな変態の紋切り型みたいな言い方止めて!!



「うっわ。レイド、最低――」


「あぁ、そうだな。戦いの場に持ち込むべきではない感情だ」



 ユウとリューヴが冷たい視線を此方に送り。



「レイド様――っ!! ほ、ほらっ!! 此方の水は甘いですわよ!?」



 大胆に着物の胸元を開こうとしているアノ御方は無視をして……。



「まっ、覗いたレイドが悪いって事で。お疲れ様ね――」



 ルーが労うように肩にポンっと前足を乗せ、勝負の行方はマイの勝利に確定されてしまった。



 気を抜いた俺が悪いのは分かる。


 しかし、その……。何んと言いますか。


 マイって綺麗な下着を着用しているんだな……。



「あ?? 何見てんのよ、ヘンタイッ」



 女性は見えぬ所で恐ろしい武器を装備しているのですね。一つ勉強になりました。



 ガックリと肩を落とし、部屋の中央から離れ。



「「……」」



 既に戦闘態勢を整えている両名へと視線を送った。



「おぉ。緊張感あるね!!」



 ルーが燥ぐのも頷ける。


 この二人は恐らく仲間内でも一、二を争う腕力の持ち主。


 それが雌雄を決しようとしているのだ。


 事実上の決勝戦と位置付けても良いでしょう。



「ユウ、手加減はするな」


「分かっているよ。あたしが気持ち良くぶっ倒してやるからさっ」



 恐らく、リューヴは開始の合図と共に勝負を仕掛けるだろう。


 素早さ、そして刹那の動きに一日の長があるのは明らかだからね。



 ユウがそれにどう対応するのかがこの勝負の明暗を分ける。



 さぁ、二人共。皆に君達の雄の証明を披露してやってくれ!!



「…………。始め」


「はぁああああああ!!」


「何ぃ!?」



 予想通り!!


 リューヴが右上腕筋を炸裂させると、ユウの手の甲を床まで後少しの位置まで押し込んでしまった。



「私の……。勝ちだなっ!!」



 勢いそのまま。


 勝利を確信したリューヴが後数センチの空間を閉ざそうとしたその刹那。



「ド、ド根性ぉぉぉぉおおおお!!!!」



 え?? 何、今の音……。


 分厚い生肉を指で無理矢理引き千切った生鈍い音がユウの背中から響き渡り。



「おらぁぁあああああ!!!!」


「何ぃ!?」



 傍から見れば決した勝負を力一つでひっくり返してしまった。



「くそっ……」



 リューヴが悔しそうに痛む腕を抑える。



「いい勝負だったな??」


「次は負けん」



 固い握手を交わして、互いの健闘を讃える。



 技?? 速さ??


 そんなもの彼女の雄の前では無意味だ。それを証明した戦いに感銘を受け、熱い握手を交わす二人を見つめながらしみじみと頷いてしまった。



 いやぁ、ボーさんの戦いに続いて良い物を見せて貰った。



「さぁて……。マイちゃぁん。おいでぇ??」



 床の上にコロンと寝転がり、余裕綽々の構えで彼女を待つ。


 休憩等不要、か。


 そりゃそうだろう。


 速さでマイと肩を並べるリューヴを撃破したのだ。


 力で劣るマイの戦法は通用しないと今し方証明されてしまいましたからね。



「このっ……。そのにやけ面、くしゃくしゃにしてゴミ箱に放りこんでやるわ!!」


「いや――ん。こわ――い」



 両腕で己が体をきゅっと抱き、盛り上がったアレを強調しつつ体を左右に振る。


 その姿が彼女の何かを刺激してしまったのか。



「ふ、ふざけた乳しやがってぇ……。デカけりゃ良いってもんじゃねぇんだぞ!?」



 鼻息を荒げ、聳え立つ山の麓に俯せとなった。



 あの子。


 まさか、無策で聳え立つ山を踏破するつもりなのかしら??


 もう既にユウの勝利が確定している勝負が始まろうとした時。




「ユウ、ちょっと『足枷』 を付けてもいい??」



 カエデが何かを思いついたようにユウへと提案した。



「足枷?? あぁ別に構わないよ??」



 何だろう?? 足枷って。


 ユウの腕に重りでもくっ付けるのだろうか??



「レイド、ちょっと来て」


「俺?? 構わないけど……」



 カエデが手招きするのでそれに従い。



「ユウの後ろに立って」


「こう??」



 俯せの状態のユウの足先に到着した。



「そう。それで……。ユウの体に覆い被さって」



「いやいやいや!! おかしいでしょ!!!!」



 カエデさん!? 急に何を仰るのですか!?



「いいから。早く」



 そして、睨まないで下さい。


 心臓がキャアキャア叫んで五月蠅いんですよ……。



 先程の件もあって逆らえないのが恨めしい……。




「分かったよ。ユウ、お邪魔するね??」



 凍てつく大地を凍り付かせる恐ろしい海竜さんの視線に促され、恐る恐るユウの背中にお腹をちょこんと乗せた。



「ひゃっ!!」



 ユウの後頭部、若しくは項に此方の吐息が掛かったのだろうか??


 雄とは真逆の女々しい声が放たれてしまう。



「どうした??」


「べ、別に……」



「ちょっと!! ユウ!! 羨ましいですわ!! 代わりなさい!!」


「出来たらそうしているよ。カエデ、足枷ってレイドの事??」


「始まったら分かる」



 カエデさん?? 俺に何をさせるおつもりです??


 意味深な口角の上がり具合と、微妙に高揚した鼻息。


 もう既に嫌な予感しかしない……。




「二人共、準備はいい??」


「何か知らんが、あたしは大丈夫だ」


「こっちもいいわよ??」



 両者が真剣な表情に変わり、互いの視線が衝突すると熱い火の粉が舞い散る。


 一歩も引かぬ、あの朱色の目はそう叫んでいた。



「さぁ、来いよ」


「容赦しないからね!!」



「では……。力を抜いて下さい」



 いよいよ、始まるのか。


 紆余曲折あったがこうして最後まで残った二人だ。


 どちらが勝利を収めても文句は言わぬ。


 君達の猛々しい雄を放っておくれ。



「…………。始めっ」


「どおうりゃぁああぁ!!」



 開始の合図と共にマイが苛烈な攻めを見せるが……。



「ほぬがぁぁ!!」



 それは織り込み済みだよ!!


 そう言わんばかりにユウが御自慢の雄を披露して、彼女の進行を阻止してしまった。



 す、すげぇ……。


 こうやってお腹をくっ付けているとユウの筋線維の一本一本が手に取る様に分かる。



 これを言い例えるのなら……。そう、深い森の奥地にひっそりと聳え立つ大木だ。



 太い枝には鳥達が羽を休めて楽し気に歌声を放ち。


 大地の力を体現した幹には幾重にも蔦が絡みつき、悠久の時を過ごして成長したのだと知らせてくれる。


 大木の樹皮からは新鮮な森の香りが放たれ、それを嗅いだ人間は馬鹿みたいに口をポカンと開いて大木を見上げるのだろう。


 猛威を振るう自然に立ち向かう人間はいない。それは何故か?? どう足掻こうとも勝てはしないからだ。



 そう!!


 人間の細い腕一本でこの大木をへし折ろう等、烏滸がましい。


 へし折るのではなく、身を委ねるべきなのだ。



 さ、大木さん??


 俺の代わりにあの細い腕を粉々に粉砕しておくれ……。




「おらぁぁ!!」


「手加減しろや!! 体の横からはみ出た淫らな乳女めがぁぁ!!」



 態々言わなくても結構で御座いますよ??


 そこは敢えて触れない様にしましたのに。



 俯せの姿勢だから前にではなく、押しつぶされて横に伸びちゃったのですからね。



「レイド、ユウの耳元で応援してあげて??」


「――――。はっ??」



 カエデから突拍子も無い発言が飛び出て来たので思わず声を出してしまった。



「いいから。やりなさい」



 その目を止めなさい。


 分かったよ、やればいいんでしょ。



『――――。ユウ』


「うひゃぁ!!」



 形の良い耳に小声で語り掛けると、ユウの肩がビクンと上下に動く。



「隙ありぃ!!!!」


「どわぁぁっ!!」



 その瞬間を見逃す程、龍は甘くは無かった。


 ほぼ負けの状態から息を吹き返し、開始位置へと手を戻してしまう。



「ず、ずるいぞ!! あ、あたしの弱点を……」


「これくらいの方が盛り上がる」


「そ、そんな……。むぎぎ……!!」


「嘘でしょ!?」



 筋力を隆起させ、敗北の二文字に傾き始めた流れを堰き止め。再びマイの手を押し込み始めた。



 腕、背中、足。


 全ての筋肉を総動員しての行動に思わず目を丸くしてしまった。


 何て、煌びやかな筋線維の輝きだ……。


 男として素直に憧れるよ。



「レイド、もう一回。今度はもっと近くで」


「や、やめろ……。レイド!! 絶対やめりょよ!!」



 簡単な言葉に噛んでしまう程にユウは耳が弱いのか。



「ユウ!! お願いします!! 代わりなさい!!」


「か、代わってやりたいのは……。山々なんだけどさ……」


「レイド。早く」



 はいはい!!


 分かったから魔法陣を閉じなさい!!



『ほら、頑張れよ?? もう少しで勝てるぞ』


「はっ……。んっ……!!!!」



 甘い吐息と共に声を放った瞬間、耳が朱に染まり。頭の天辺まで赤さが伝播してしまった。


 どんな表情をしているか分からないけども、恐らく燃え滾る耳と同じ位に赤いのでしょう。



「はっは――!! もらったぁぁああああ!!!!」


「やばっ!!!!」



 ユウの手の甲が床に接着するまで残り髪の毛数本程度。



 もうこうなっては、勝負はついたも同然かな。



「ふっ……、ふっ……。ふぅぅぅ!!!!」


「うぎぎぃ!! このくたばりぞこないがぁ!!」



 だがそのほんの僅かな距離をマイは押し込めなかった。


 ユウは手首だけの力でマイの全体重を支え、剰え。先程リューヴに放ったあの輝きを見せようとするではありませんか!!



「この……。負けやがれぇぇええ!!」


「やられてたまるかぁぁああ!!!!」



 男なら誰しもが憧れる筋肉の輝きでマイの手を開始位置へと戻してしまう。


 これはもう……。数多存在する男子達は、彼女の雄を手本とすべきであろう。


 何度も襲い掛かる危機を己の筋力だけで戻したのだから。




「マイちゃん頑張れ!!」


「ユウ!! ここが正念場だぞ!!」



 狼さん達から歓声が上がると、二人の戦いは最高潮に燃え上がり。ユウの背中から熱き魂の熱波が体を付け抜けて行った。


 き、決まるか!?



「お前さんのほっせぇ腕の骨ごと……。へし折ってやらぁぁああ!!!」


「ムキャァ!! や、止めろ!! う、腕が引き千切れっ……」




「レイド。止めいっちゃって」



 白熱した戦いが最終局面に向かう中でカエデさんからとんでもない言葉が出て来る。



「いや、これに水を差すのは如何な物かと……」


「これは命令です。早くしなさい」



 どうしてそう冷たい目をするのかねぇ。


 逆らうと頭上から氷柱がこの体を貫く恐れもありますので。



「レ、レイド。やめて……」



 懇願する彼女には申し訳無いが。


 ここは非情になり、体調命令に従いましょう。まだ死にたくはないし。



『ユウ、そのまま。もうちょっとで勝てるからな??』



 耳に唇をやんわりと当て、敢えて此方の吐息が耳の穴の中に吹き込む角度でそう呟くと。



「んぁっ……。やっ……」


「もらったぁぁああああ!!!!」



 激しい衝突音と共にユウの手が床に叩き付けられてしまった。



 さて!!


 ユウにぶん殴られる前に退散しましょう!!




「ら、楽勝!!」


「ズルいぞ!! 普通にやっていたらあたしの勝ちだったのに!!」



 ユウが憤りの声を放ちつつ立ち上がる。


 顔、耳、そしてなんと。指先まで茹で蛸のように真っ赤になっていた。




「第一回腕相撲大会の優勝者はマイです」


「マイちゃんおめでと――!!」



 ルーが歓喜の声を上げ、嬉しそうに四つの足を器用に動かして何度も床の上を跳ねる。



「ふふん。らくしょ――過ぎっ」


「あたしは認めないからな!!」


「私が王者よ?? 第二回までに腕を磨いておきなさい」



 第二回大会が開催されるのだとしたら景品は考えておいて欲しいのが本音ですね。



「では、勝者はレイドの部屋で一泊の権利を授与します」



 カエデが俺の腕を掴み、きゅっと高く持ち上げ。


 これが商品ですよ――っと分かり易くマイに提示した。



「えっと……。うん、まぁありがたく?? 頂戴しておこうかしら??」



 僅かばかりに頬を朱に染め、やんわりと肯定する。



「龍の姿なら問題無いだろう」


「そ、そうね。問題無いわね……」



 こいつらしくないな。


 いつもポケットに入って塵擬きの石を枕に使用して、ダラダラと昼寝をしているのに。



 お互い慣れたというか、それが当たり前のようになっている。


 今更一晩共に過ごせと言われても特別苦にはならないかな。



「ユウちゃ――ん。御飯出来たわよ」



 白熱した死闘を繰り広げ、皆が一息ついているとフェリスさんが首を傾げたくなるアレを上下に揺らしつつ部屋にやって来た。



「どうしたの?? 皆汗かいているけど??」


「ちょっと腕相撲をしていまして」



 友人の母親に向けるべき笑みを浮かべてそう話す。



「あら?? 誰が勝ったのかしら??」



「私よ!!」



 マイがシュッ!! と素早く腕を上げ、優勝を高らかに宣言した。



「まぁ!! ユウちゃん負けちゃったの??」


「卑怯な策略の所為でね!!」



 ふんっと鼻息を荒げ、そっぽを向いてしまう。



「負けちゃったもんはしょうがないわね。それより、御飯食べてゆっくりなさい」



「御飯!! ユウ!! 行くわよ!!」


「へいへい……」



 龍の姿に変わったマイに連れられ、文句を言いつつもその後を追う。


 何だかんだいって仲が良いんだよね、あの二人。



「レイド様!! 私にも、耳元で囁いて下さいまし!!」


「それはまたの機会に。それより、御飯食べに行こうか」


「は――い!!」



 ルーの陽気な声を合図に、ユウの部屋を後にした。



 たかが腕相撲でこれ程まで盛り上がるとは思っていなかった。皆の実力を推し量るのに最適な遊び、且鍛錬にもなりそうだ。



 今度、師匠の所にお邪魔したら第二回大会を開催してみようかな??




『なはは!! 何じゃ!! お主!! 儂に挑もうというのか!?』




 ――――。


 

 いいや、やめておこう。


 どうせ俺がロクな目に遭いかねない。それに、師匠に勝てる姿が思い浮かばなかった。



 いいように打ちのめされ、見下され、情けない体を徹底的に鍛え直すと仰り。大量の胃液を吐き散らかしてしまう厳しい鍛錬を受ける破目になりそうだ。



 沈黙は金、雄弁は銀。


 そう言われる様に大人しくしていましょうかね。


 心に固く誓い、ほぼ走る速度に近い移動速度で廊下の奥へと向かって行くマイ達の後をのんびりとした歩調で追った。





最後まで御覧頂き有難う御座います。


それでは、皆様。お休みなさいませ。

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