第八十九話 熱にあてられた雌達 その一
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それではごゆるりと御覧下さい。
橙の色に染まり掛けた光が右手の大きな窓から差し込み、踏み心地の良い廊下を照らす。
熱き魂の激戦の余韻なのか。ついつい腕に力が籠ってしまう。
ボーさんも、そしてユウも格好良かったよなぁ……。俺もいつか、あんは風に雄を滾らせる力を身に付けたいものさ。
「あ――。腕の筋肉が破裂しそ――」
「あんたは腕じゃなくて、そこが破裂して萎みなさいよね」
「萎んだ分はお前さんにやるよ」
「何ですと!? じゃ、じゃあ景気付けに一発ぅ!!」
大変お馬鹿な彼女が右腕を抑えている彼女の双丘を力の限りに叩いてしまう。
生肉を勢い良く地面に叩き付けた生鈍い音が響き渡った後。
「強く叩き過ぎだ!! 馬鹿野郎がっ!!」
「ンブッ!? ヴァ、ヴァナゼ!! 顎ヴァグダゲル!!!!」
痛む右手でマイの頬を掴み、市場で大安売りしている牛蒡みたいに顔を細くしてしまった。
それ以上力を籠めてたら潰れちゃうよ??
「ン゛――――ッ!! ン゛ン゛ッ!!!!」
横着者の顔を掴み、痛みから逃れようと暴れ回る体を引きずり。
幾つもの扉の前を通過してユウの部屋の前で各々が歩みを止めた。
「取り敢えず、あたしの部屋で休んでくれ」
そう言いながら顔の拘束を解いて部屋の扉を開き、皆を促すが……。
堂々と女性の部屋に入る程俺は愚かでは無い。
「じゃあ俺は前使用させて貰った部屋を使うよ」
ユウの部屋から手前側の部屋へと進む為に踵を返すのだが。
「駄目だっ!! レイドも来るんだよ!!」
「おわっ!!」
力配分を間違えた右腕に腕を引かれ、ほぼ宙に浮かぶ形でユウの部屋へとお邪魔させて頂いた。
まだ先程の余韻が残っているのだろうか??
もうちょっと手加減して欲しかったのが本音です。
「へぇ――。ここがユウちゃんの部屋かぁ」
ルーが狼の姿に変わり、金色の瞳をちょいと輝かせて物珍し気に周囲を見渡す。
「お、前来た時はちょいと汚かったけど。今日は片付いているじゃん」
人様の部屋であるのにずかずかと歩みを進め、扉から左手側に見えるソファへ。
もう少し慎ましい速度で腰掛けなさいよと説きたくなる速さでマイが着席を果たした。
以前来た時は椅子だったのに。
模様替えでもしたのかしらね。
「あはは!! そっちの方がユウちゃんらしいかもねぇ!!」
以前訪れた時は、もう少し片付けたら合格点を差し上げられる散らかりようでしたから。
及第点並みの散らかりようだったから悪くはないけども……。
女性だからってそれを押し付けるのは良くないよね??
「おら、お惚け狼。獣くせぇからもっと向こうに行けや」
「え――……。カエデちゃん、もうちょっと詰めてだってさ」
「お断りします」
「へっ!?」
ソファは鮮やかな華達が咲き誇っていますので、邪魔にならない様に壁にもたれていようかな。
あそこに体を捻じ込む勇気はありませんので。
「少しくらい散らかっていた方が落ち着くんだよ。母上が片付けたんだな……。ったく、余計な事を」
大きなベッドに寝転がり、体を弛緩させて話すのだが。
その声色には一切の怒気は含まれていなかった。
文句を言いつつも、家族を想う温かい感情が籠った声色だ。
「レイド様……」
壁にもたれながら。
コロコロとベッドの上を寝転がるユウを何とも無しに眺めていると、アオイが何やら真剣な面持ちでススっと近付いて来た。
「ん?? どうかした??」
「以前、この部屋に来たと仰っていましたが……。まさかとは思いますけど。ユウとそういう関係を持っていませんよね??」
「あ、当り前だろ!!」
初対面の女性とそういった関係を持つのは良くありません!!
「ふふ、それなら良かったですわ」
明るい笑顔に戻り、右腕にピタっと体を密着させて肩に頭を乗せ。それを懸命に押し返しているとリューヴが徐に、しみじみといった感じで口を開いた。
「それにしても先程の力比べ。こう……、何か滾る物があったな」
ふふ、そうでしょうね。
湧き起こる力を誤魔化す様に手を開いては閉じているのが良い証拠さ。
「本気出したんだけどなぁ。まだ父上には及ばなかったな」
ユウが天井を睨みつつ話す。
「あの宇宙に食い下がったユウの空には驚いたものさ」
互いの全てをぶつけ合い、そして認め合う。
相手を労わる家族愛もあれば、互いの全てをぶつけ合いそして認め合うのも一つの家族愛でしょう。
「は?? 宇宙?? 空??」
「んんっ!! 気にしないで」
訝し気な顔を浮かべるユウに咳払いしつつ、適当に誤魔化しておいた。
「ねぇ――。気になったんだけどさぁ」
ルーが何かを思いついたように話す。
「何よ??」
カエデの体に狼さんの毛皮を押し付けようと小さな足で孤軍奮闘を続けているマイが問う。
それ以上押し込んだら怒られるぞ。
「この中で誰が一番腕相撲強いのかな??」
「「「「「…………」」」」」
ルーが言葉を発した瞬間、互いを牽制しあう視線が飛び交い刹那の緊張感が生まれた。
恐らく、白熱した雄の証明方法を見た所為で興奮冷めやらぬのであろう。
そこへ、今の一言。
この次に行われる事は容易に想像出来た。
「ふん。勿論、私だ」
腕を組み、リューヴがさも当然とばかりに話す。
「ははは。冗談は寝てから言うんだな。あたしに決まってるだろ??」
「世界最強なのは龍って事、知らねぇの??」
「海竜が一番強い」
何んと、冷静沈着なカエデさんまで。
それだけあの戦いは見る者を魅了し、そして魂を滾らせたのだろう。
「じゃあさ、勝ち抜きで決めようよ!!」
「ちょっと待った。本当に腕相撲するの??」
夕食が始まる前までの楽しい余興となりそうなので制止する訳では無いが、これがきっかけで喧嘩に発展しかねないからね。
一応、確認を取っておかないと。
「勿論よ。私が世界最強である事を証明してやんのよ」
「マイ、虚勢を張るな」
「はぁぁ?? リューヴこそ怖いんでしょ?? この私がぁ」
「怖い?? 生憎、そんな感情は持ち合わせていないのでな」
翡翠の瞳を閉じ、大きな鼻息と共に話す。
「嘘おっしゃい。移動中、カエデの怖い話を聞いている時。ドデカイ犬を見付けてビビった子犬みたいに耳が情けなく垂れていたじゃん」
「あ、あれは耳の筋力を鍛えていたのだっ!!」
耳の筋肉を鍛えて何に使用するのだろう??
狼の姿になった事が無いので分かりかねますが……。
このままではやれ龍が、やれ雷狼がぁと収拾が付かないのでパパっと開催しちゃいましょう。
「分かった。じゃあ第一回、腕相撲大会といきますか!!」
「やった――!! 腕が鳴るね!!」
ルーが宙でクルンっと見事に一回転を放ってその嬉しさを表現すると。その隣。
静かに闘志を燃やすカエデが懐から小さな木箱を取り出した。
「決まり事を説明します」
カエデが立ち上がり、部屋の中央に進む。
「レイド、マイ、ルーがこの中からクジを引きます。クジには私、リューヴ、アオイの名前が書いてあります」
「あり?? あたしの名前は??」
「ユウはボーさんと一戦交えたので休憩です。二回戦から登場して下さい」
連戦は厳しいもんな。
それにまだ腕がパンパンに腫れあがっているし。
「各自が戦い、最終的に勝ち残った者が勝者です」
成程。
分かり易くて結構!! 実は俺もまだ雄の魂が燻ぶっているんだよね。
ここいらで一つ軽い運動でもして発散させたいのが本音です!!
「私も参加しなければいけませんの??」
周囲が盛り上がる中、アオイは少々乗る気じゃないようだ。
こういうの苦手そうだし。
「そうですね……。では、優勝者には何か褒美を……」
カエデが独り言の様に呟き、そして数秒後。
藍色の円らな瞳で俺の顔をじっと見つめて来た。
ちょっと。何?? その視線は。
「優勝者は今宵。レイドと同室……、では如何でしょう??」
「えぇっ!? ちょっと待ってよ!!」
勝手に景品にされたら困るんですけども!?
「な、な、何ですって!? レイド様と同室……」
珍しくアオイが声を荒げ、そして此方の体を舐める様な視線で上から下までじぃっと見つめる。
「…………。勿論、邪魔は入りませんわよね??」
「えぇ。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
「そう……。ですか」
もう既に彼女の頭の中では俺の悲惨な姿が浮かんでいるらしい。
ニィィっと。
背筋がゾっとする笑みを浮かべたのがその最たる証拠です。
「いやいやいやいや!!!! 人身売買は重罪なんですよ!?」
このままでは蜘蛛に捕食されかねない。釘を差しておかないと!!
「レイドが勝てばいいだけの話です」
「あのなぁ。俺と同室なんて嫌だろ??」
親しき男女間の関係を構築していない男性と同室なんて、例え俺が良くても。相手が嫌がるだろうし。
「そうですかね?? 数名は妄想に耽っていますよ??」
彼女がスっと指を差すので、其方の方向へと視線を向けると……。
「え、えへへ。レイドと一緒の部屋かぁ――」
「べ、別に私は褒美目当てで頑張る訳じゃなくて。そ、そうよ!! 龍族の誇りにかけて……」
「あたしの部屋で……、一泊か」
「主と共に語らうのも……。悪くない」
「うふふ……。ひん剥いて、縛って、拘束させてからぁ……」
若干一名が特に危ない妄想をしていたので、後で訂正しておきましょう。
「俺が勝ったらその褒美とやらはどうなるんだ??」
「そうですね……。この中の好きな人と同室、で如何ですか??」
「「「「好きな人っ!?」」」」
カエデ以外のほぼ全員が同時に声を上げる。
「それ、絶対同室にならなきゃいけないの??」
「いいえ?? 自由ですよ」
「それなら個室を希望させて頂きます!!」
偶には静かに眠りたいのが本音ですからね!!
その機会を奪われて堪るもんですかっ。
「結構です、では……。クジを引いて下さい」
何だか訳も分からない内に景品にされ、そして。
「はぁ……。はぁ……。勝利を収め、レイド様と私の命を混ぜ合わせ。新しき命をこのお腹にっ」
身の危険がすぐそこまで迫っている。
是が非でも勝たないと……。
「じゃあ一番は俺が引こう」
「どうぞ」
頼む……。
リューヴは引くなよ?? 初戦はカエデかアオイでいきたい。
マイとリューヴには連戦で疲労が溜まった所を狙わないと俺に勝ちの目は無いからね。
こんな考え自体が女々しいのですが……。何はともあれ、予定通りの引きでありますように!!
「とうっ!!」
一枚の紙を勢い良く引き抜き、皆の前に差し出した。
「……。ふむっ、レイドとの勝負ですか。いいですね、海竜である私が相手を務めてあげましょう」
や、やったぁぁああ!!
幸運を司る女神様っ!! 有難う!!
俺の普段の行いを御覧になられていたのですね!?
申し訳無いが腕力ならカエデに勝てる。
御覧なさい?? この細い腕。
鳩の足元の様に細く、そして空に浮かぶ綿雲の様に白く、見ている者を心配させてしまうような頼りなさだ。
一回戦は勝ったも同然っ!!
「――。今、勝ったも同然と考えました??」
「い、いいえ?? 決してその様な事は……」
怒らせたら海竜の潜在力を引き出してしまう虞がありますので、これ以上刺激しない様に部屋の隅で大人しくしていよう。
鋭い藍色の瞳から逃れる様にそそくさと壁際へと移動を果たした。
「じゃあ次は私ね!!」
マイが豪快に箱の中へと手を突っ込む。
「てやっ!! ――――。げぇっ!!! きっしょ!!」
っと。
あいつは引いてはいけない紙を引いてしまったようですね。
「その減らず口を黙らせる時が来たようですわね」
「はっ。やれるもんならやってみろや」
この戦いは荒れそうだな。
喧嘩が勃発したら速攻で止めよう。
「という事は……」
ルーがリューヴを見つめ、あからさまに辟易した表情を浮かべてしまった。
「ルー、良い機会だ。どちらが至強か、はっきりさせようではないか」
「そのノリが嫌なんだよなぁ……。ねぇ、レイドぉ。クジ変えて??」
「申し訳ないが公正なクジの結果に従おう」
何があろうとも、この紙は絶対渡さん!!
「ずっるい!! 私もカエデちゃんとが良かった!!」
「余り私を嘗めない事ですね?? 能ある鷹は爪を隠すと言いますから……」
不敵な笑みを浮かべ、俺を睨みつける。
賢いカエデの事だ。何か秘策があるのかもしれないが……。
ふふ、単純な力の衝突に策もへったくれもあるもんかっ。
「よっしゃ!! 審判はあたしが務めよう!!」
腕相撲の台に使用する小さな机を部屋の中央へと置く。
「いいか?? 魔法は禁止だ。純粋に肉体のみで戦え」
ユウが全員を見渡しながら話し。
「レイド、カエデ。準備をして」
初戦を務める俺とカエデを中央へと呼んだ。
「宜しくお願いしますね」
「お手柔らかに……」
机の中央で彼女の手をしっかりと握る。
カエデの手……。柔らかっ!!!!
な、何。この柔らかさ。
突きたてホヤホヤの御餅みたいな柔らかさに右手が驚いちゃったじゃん。
申し訳無いが……。決して手加減はしないぞ??
一瞬で決めさせて貰う!!
「はい……。力抜いてぇ」
ユウの号令と共に……。一気呵成に攻め、勝利をこの手に!!
「……、始め!!」
「でやぁぁああ!!」
「んっ……!!」
よし!!
幸先の良い出だしですね!!
カエデの手の甲を机の面まで一気に半分の距離まで押し込む。
このままいけるか!?
「ぐぐっ……」
そこまでは良かった。
想定外な事に、カエデの腕力が想像以上に粘りを見せてしまう。
それ以上押し込めずに中途半端な距離で耐えていた。
「このっ……!!」
見た目以上に頑張り屋さんですが、俺の一撃に耐えたのが精一杯って所か。
もう殆ど雄の魂が感じ取れない。
「あっ……。んっ……!!」
ですが、その。何んと言いますか……。
その堪える声を止めて貰えます??
甘く切ない、雌の声が俺の心の中の何かを刺激してしまった。
「ふんぬぅ!!」
「…………、んんっ!!」
顔を真っ赤に染め、そして自分の手が徐々に押されて行く様を悔しそうに歯を食いしばって見つめていた。
「レイド」
「何??」
机まで後少し……。
「私が勝ったら、レイドを部屋に招待する……、よ??」
カエデの小さな御口から脳まで蕩けてしまいそうな甘い声が、此方の雄を萎めさせてしまった。
「へ?? ぬおわっ!!」
此れを狙っていたのか、将又偶然なのか知らぬが。
腕が開始位置まで押し戻されてしまう。
「はは、いいぞ!!」
「もっと気合入れなさいよ!!」
「レイド様!! 負けても宜しいのですよ!?」
ええい!! 何をやっているんだ、俺は!!
煩悩退散!! 宿れ!! 雄の魂!! そして、弾けろ肉の塊ぃぃいい!!!!
「あ……。やっ……」
同じ手は二度食わん!!
燃え滾らせた熱き雄の魂を籠め、彼女の嫋やかな手を机の上にきゅっと押し付けてあげた。
「ふぅ。やりますね??」
右手の手首をプラプラと可愛く揺らしながら話す。
「カエデも中々強かったよ」
確かに、これは驚いた。
あの細い腕からこれ程の力を感じようとは……。カエデもしっかり鍛えているんだな。
これで取り敢えず、一勝だ!!
「よっしゃ!! 次は私ね!!」
「レイド様!! 私の活躍、見ていて下さいましっ!! 必ずやレイド様に勝利を届けてみせますわ!!」
お次は龍と蜘蛛か。
喧嘩に発展しないように見張らないと……。
でも、どっちが強いんだろう??
大方の予想はマイが有利何だろうけど、アオイは継承召喚で小太刀二刀を使用する。
小太刀を使用するからにはそれ相応の腕力が必要であり、しかもその実力は折り紙付き。
この勝負、意外と縺れるかもな。
「おら、びびっていないで早く用意しろや」
「弱い犬程良く吠えますわねぇ」
渋々といった感じで左手を台の上に差し出す。
アオイは両利き、対してマイは右利き。そこを突きにきましたか。策士ですなぁ……。
「はぁ?? 何で左手出すのよ」
「右手で貴女の手を掴むと馬鹿が移る可能性がありますのでね」
「ぶ、ぶ、ぶちころ……」
「お――い。喧嘩じゃなくて、腕相撲なぁ――」
鋭い牙を剥き出しにして今にも襲い掛かろうとするマイをユウが宥める。
「左手でやってやろうじゃないの!! てめぇのぉ……。クソほせぇ腕。ぶち壊してやんよ!!」
「早くしてくれませんか?? 貴女が吐く息にも身が竦んでしまう量の馬鹿が含まれています。私は、猛烈な馬鹿に感染したくは無いのです」
「こ、殺してやらぁぁああああ!!」
アイツを怒らせるのは何か策があっての事か。それとも只単に罵り合っているだけなのか。
いずれにせよ、一触即発の雰囲気には変わり無いですね。
殺し合いが始まりそうですもの……。
「いいか?? 恨みっこ無しだぞ――??」
審判役を務めるユウが最終警告を放つ。
「おらぁっ!! 早く掛かってこいやぁ!!」
「喧しいですわねぇ。貴女の手に触れること自体、大変な勇気が要りますのよ??」
「あぁっ!?」
アオイが渋々といった感じでマイの左手を掴み、肘を机の上に置く。
そして、勝負が開始されると思った刹那。
「…………、アオイ。糸引っ込めて」
カエデが不意に声を上げ、勝負に待ったの声を掛けた。
「ちぃっ。気付きましたか」
「ちょっと!! 何よこれ!!」
マイの己の手の甲を見て、ぎょっと目を見開く。
そりゃそうだろう。
左手の甲から壁に向かってよく見ないと見えない蜘蛛の糸がくっ付いていたのだから。
恐らく、あの糸を引けば自分が有利になる仕掛けだろう。
「この卑怯者がっ!!」
「勝てばいいのですよ、勝てば。蜘蛛は狡猾な生き物なのですから……」
不敵な笑みを浮かべ、マイの怒りを透かす。
「じゃあ、始めるぞ――」
仕切り直してユウが声を上げ、再び両者が手を組むと。
「「……」」
共に緊張した面持ちへと変化した。
「それでは。……、はじめ!!」
「死ねぇぇぇぇええええ!!!! クソ蜘蛛がぁぁああ!!」
「くっ……」
「「「おぉ!!」」」
マイが押し込むかと思いきや。予想に反し、両者の腕は一歩も譲らずその場から動かない。
「こ……、のぉっ……!!」
「レイド様との……。添い寝は譲れませんわっ!!」
誰も添い寝をするとは言っていないんだけどなぁ。
「ぐぐぐ……!!」
「こ、この……。絶壁直角垂直残念女めっ!!」
おぉ!!
マイが押して来たぞ!!
「てめぇの腕をぉ……。水平にぃ、ぺっちゃんこにしてやらぁぁああ!!」
「キャッ!!!!」
激しい音と共にアオイの手は奮闘虚しく、机に着いてしまった。
「はっは――!! 超楽勝っ!!」
「くっ……」
「ぷくく……。雑魚過ぎて欠伸が出ちゃうわぁ――。ふあぁぁ――」
「レイド様ぁ――!! 是非私の左手を掴んで下さいましっ!!」
「っと。急にどうしたの??」
半分涙目になったアオイが俺の手を取り、己の左手に甘く絡める。
「ふぅ――。これで、馬鹿が移る事もありませんわっ。レイド様っ、有難う御座います」
「どうも」
アオイの理論からすると、今。その馬鹿が俺にうつってしまった事になるんだよね??
下らない理論に首を傾げていると、雷狼の娘達が机を挟んで相対した。
「私の出番のようだな」
「はぁ……。まぁ……。程々に頑張ろうかなぁ」
お次はリューヴとルーか。
ルーには可哀そうだけどリューヴの勝利は揺るがないであろう。
問題はどうやってリューヴが勝利を収めるのか。その点に注目しましょう。
「はい、力抜いて――」
「容赦はしないぞ」
「いいもん!! こうなったらやけだ!!」
「始め!!」
ユウの号令と共に、両者が力を込める。
「はぁっ!!」
「ちょっ……。待ってぇぇ!!」
勝負は一瞬で決まった。
ルーが力を込めても、いとも簡単にそれを捻じ伏せてしまう。
その間、瞬き一つの出来事であった。
「とほほ……」
狼の姿になると、情けなくピスピスと鼻を鳴らし。皆に背を向け、耳を垂れて床に伏せてしまった。
威勢よく挑んだものの、瞬き一つの間に負けてしまったその悔しさ。
その気持は分からないでも無い。
「まぁ……。相手が悪かったよな」
労いの意味を込めて、フサフサの頭を撫でてやる。
「う――。次はもっと頑張るっ」
子犬が飼い主に甘える時に放つ甲高い声と共に、此方へと顎をクイっと上げた。
「その意気だ」
さぁ、これで一回戦は終了!!
己の身を守る為の戦いへと身を投じるとしますか!!
彼女の頭を撫で終え。
「「「……」」」
真の猛者達が待ち構える部屋の中央へ。
空に浮かぶ雲を霧散させる程の熱量を帯びた雄の魂を以て相対した。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
週末の天気は荒れ模様になりそうなので、お気を付けて過ごして下さいね。




