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第八十七話 つい最近にも感じてしまう懐かしき思い出 その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 森の中は夜の帳が降りるのが早い。


 平地では太陽が赤く染まり、一日の終わりを知らせている頃なのだが。深い森の中では既に闇がそこかしこに存在し、夜営の設置を続ける俺達の手を妨げる。


 薄く頼りない茜色の光が森の隙間から差し込み、それを頼りに作業を続けるのは自分で考えている以上に重労働だ。



 だけど……。


 能書きを垂れる前に手を動かす!!



 訓練施設で受けた教示を反芻し、ちょいと腰の太い人参を裁断した。



「んふっ。レイド様、見事な御手前で御座いますわね」



 右隣り。


 ジャガイモの皮を器用に剥き続ける蜘蛛の女王様の娘から及第点の御言葉を頂く。



「有難う。アオイも大分様になってきたね」



 料理を教える前の腕とは雲泥の差に思わず舌を巻いちゃいますよ。


 元より彼女は俺とは違い、将来一族を統べる立場にあるのだ。覚える必要は無いのにこうして手伝ってくれる事は本当に嬉しい。



「まだまだ修行不足ですわ。ほら、皮に身がこぉんなにくっついていますし」



 此方の右腕に体を接着させ、薄く剥いた皮にくっつく乳白色の身を指差す。



「刃物を使用している時は危ないので離れて下さい」



 勿論、刃物を持たない通常時でも駄目ですよ??


 男心を擽る甘い香りと柔肉から離れ、作業を続けた。



「も――。離れたら料理が出来ませんわっ」



 倫理観を重んじるべきだと言えば良かったな……。



「作業に支障をきたし、皆のお腹が大変な事になっちゃいますからね。よっと……」



 クツクツと煮え滾る琥珀色の液体に根菜類を投入し、木のお玉で魅惑的な色の液体を掬って口へと運ぶ。



 ――。


 うんっ!! 美味しい!!


 只、ちょいと塩気が足りないから塩を足してっと。



「ほう?? 良い匂いだな」



 一塊に置いた荷物の傍ら。


 そこで寛ぐ一頭の狼が面を上げ、微風に乗って香る匂いを嗅ぎ取ろうと鼻をスンスンとひくつかせる。



「味は保証しないよ。さて!! そろそろ出来上がるし、天幕を設置しているマイ達を……」



 折り畳んでいた膝を伸ばし、開けた空間の端に顔を向けると同時。



「いやっほぉぉおおい!!!! 今日の晩御飯はスープだぁ――!!」



 言うが早いか。


 ずんぐりむっくり太った雀が一陣の風を纏い、颯爽と馳せ参じてしまった。



「わ、わぁ――……。鳥姉ちゃんの出汁が効いてて美味しそぉ――」


「マイ。彼女は煮て食べられませんよ??」



 焚火ともう消えてしまいそうな茜の光を頼りに読書を続けるカエデが話す。




 この夜営地を設置する少し前。


 いつまでも止まない五月蠅さは無理矢理にでも目を瞑り、心の中に浮かぶ憤りを力に変えて順調に行程は進んでいたのだが。




『レイド――!! 御馳走捕まえて来たよ――!!』



 口元を真っ赤に染めた金色の狼さんが野鳥を捕らえ、森の奥から飛び出して来た時は思わず心臓がきゅっと萎んでしまった。



『凄いじゃないか!! ルー!!』


『へへっ。もっと撫でて!!』



 猟師さんが猟犬を撫でる所作を模倣して彼女から頂いた戦利品を親切丁寧に捌き。


 森の中で得られる貴重な食材に感謝を述べ、本日の夕食に花を添える形となりました。




 鳥の大腿部の骨を煮込み、灰汁を取って醤油と塩で味付け。


 そして!! 鳥肉と根菜類をふんだんに使用した贅沢な一品なのです!!



 決してアレクシアさんを煮た訳ではありませんのであしからずっと。



「鳥姉ちゃん煮たら美味そうじゃない??」



 マイの一言を受け、ちょいとその姿を想像してみる。



『あっつ――い!! ちょっとマイさん!! 私は鳥ではありませんよっ!?』



 顔を真っ赤に染めて堂々と憤る姿は想像出来ましたが……。美味そうな想像はちっとも湧いてこなかった。



「馬鹿な事言っていないで、お前さんも少しは手伝えよ」



 ユウがマイの頭をポンっと叩き、荷物の中からもう間も無くえた匂いを放ってしまうであろう人数分のパンと。



 円形状のチーズを手に取って戻って来る。



「私は食う専門なの!!」


「あっそ。なぁ、レイド――。チーズは火に当ててパンに掛けていい!?」


「あぁ、それでいいよ」



 元からそうやって食べようと考えていたし。



「では、早速ぅ!!」



 ユウが俺の目の前とは別の箇所で燻ぶる煙を放つ焚き木へと向かい。



「ふんがっ!!」



 大人の胴体程の面積、並びに厚さの固形チーズをいとも容易く手で引き千切り。


 彼女なりの大胆な料理方法の実戦を開始した。



 え??


 アレって素手で引き千切れる物なの?? 下手をすれば人を撲殺出来る硬度の固形チーズですよ??




「ユウ!! 私にも寄越しなさい!!」


「あ――!! 何それぇ!! 楽しそう!!」



 金色の瞳の狼さんも加わり一日の終わりに相応しい夕食の始まり、始まりっと……。



 火の周りはちょいと騒がしそうなのでそれが収まるまで大人しくしていましょうかね。




 やれやれ、と。


 ギャアギャア騒ぐ子の姿を眺めて漏らす朗らかな母親の吐息を漏らし。



「ユウちゃん!! 私にもトロトロチーズ掛けてっ!!」


「ん――。了解――」


「…………」



 もう片方の己の一挙手一投足を見逃すまいと厳しい視線を送り続けているリューヴの隣に腰掛けた。



「もう直ぐ到着かぁ。へへっ、父上達元気にしているかな」



 家族の顔を思い出す様に、郷愁の言葉と共にユウが話す。



 ある程度の食料をユウの里で買っておこうかな??


 確か、ユウの里は物々交換だったから……。


 何か使える物があればそれと交換して貰おう。



「この荷物……。殆どが食料では無いか」



 尖りに尖った翡翠の瞳が木箱へと突き刺さる。



「俺達はアイツの為に荷物を背負って移動しているんだよ」


「自分が食らう物なのにマイの奴、背負う事はほぼ無く。主の胸ポケットやユウの頭でだらだらと過ごす。不憫であるとは思わないのか??」



 慣れたと言えば慣れた。


 しかし。


 この不憫になれてはいけないというジレンマ。どうにかなりませんかね??



「言っても無駄だし、そこは無理矢理目を瞑る事にしているよ。そう言えば、どう?? 久々の森の中は」



 人々の文明から離れ、今は自然に囲まれている。


 その雰囲気が自分に合っているのか。森へ入った後のリューヴは落ち着き払い、そして注意して見ないと分からないけど。


 ほんの僅かに陽性な感情を滲ませて四つの足を動かしていた。



「快適だな。喧しく無いし、それに空気が美味い。ユウ、ここは良い場所だ」


「だろ?? あたしの生まれた里はもうちょっと先なんだけどそこもいい場所だよ」


「ほぅ。それは楽しみだ」



 ミノタウロスの里の皆さんは皆等しく朗らかだし、訪れた事が無い者達もきっと気に入る事だろう。



 こちらの雑談が気に食わないのか、それとも空腹なのか。


 朗らかとは対照的な憤りを籠めた声を太った雀が上げてしまった。



「おらぁ!! そこの飯炊き!! くっちゃべっていないで、さっさとスープを用意しろ!!」



 はいはいっと……。


 貴女様の為に熱々のスープを御用意させて頂きますよ。


 だが、その前に。



「こっちを睨むのは一向に構わんが……。チーズ、黒焦げになるぞ??」



 鼻頭に皺を寄せ、敵意を剥き出しにしている犬擬きの鼻頭へとそう言い放ち、重い腰を上げた。


 ついでだし、全員分の用意をしましょうかね。



「ぎぃやっ!! やっべぇ!! こ、焦げる!!」


「あっつぅぅうう!! ちょっとマイちゃん!! 私の鼻に焦げたチーズくっ付けないでよ――!!」



 君達は静かに飯を作る事も出来ないのかな??


 キャインッ!! っと。


 悲痛に苦しむ狼さんが鼻頭に密着した焦げチーズを取る為に豪快に頭を振った所為か。


 焼けたチーズの酸味豊かな香りがふわぁっと香る。



 おぉ。良い香りだ……。


 お腹の虫を否応なしに起こしていまう香りに包まれ、木製の御椀に液体を注ぎ。皆へと配膳を開始した。



「ほほぅ?? このスープ……。あんたも腕を上げたわね」



 右側の片眉をクイっと上げ、ちいちゃな龍の手で受け取る。



「そりゃど――も。ほら、ユウとルーの分」


「おぉ!! 有難うな!!」



 どういたしまして。


 ニッ!! と豪快に口角を上げる深緑の髪の女性に沈んだ心が僅かに浮かんでしまう。


 疲れている時に見るユウの笑みって、特効薬にも似た力を持っていやしないか?? 重病、若しくは重傷を負った時は是非とも眺めていたいものだ。



「ね――……。レイドぉ。私の鼻、火傷してない??」



 両の耳を情けなく垂らし、ピスピスと鼻を鳴かせて此方へ真っ黒の鼻をクイっと上げる。



「ん――。特段変化は見られ無いけど??」


「そっかぁ――……。マイちゃんの側に居ただけで酷い目に遭ったよ」


「飯の事になると見境が無いからな、アイツは。食事中は近寄らない事をお薦めするよ」




「いっただきま――すっぅぅうう!! はむっ!! ガッフォ!! あんうぐぅぅ!!!!」



 大きく口を開け、溶けたチーズがふんだんに盛られているパンに噛り付く。そんなに大きく口を開けてよく外れないな。



「あむっ!! あつっ!! はふっ!! んむ!! んまい!!」



 熱さに目を白黒させながら食事を楽しむ。


 好みの焼き加減、そしてチーズの味にご満悦なのか。


 彼女の尻尾は常時千切れんばかりに激しく左右に揺れ動いていた。




「そうする――。スープ有難うね!!」



 どういたしまして。


 火を取り囲む陽性組に別れを告げ、お次は静かな真面目組っと。



 食事中は静かに飯を食らい、疲弊した体に栄養を与えて体力の回復に専念すべきなのだが。黙っていても飯が出て来る訳では無いし、誰かが汗水垂らして用意せねばならぬ。


 長きに渡る移動時間、四方八方から襲い掛かる喧噪と理不尽な暴力。


 心労祟って倒れやしないかと毎度思うのですが、頑丈な体の御蔭で今のところは問題無い。只、いつか限界を迎えて倒れちゃうかも知れないけど……。


 その時は誰が飯の世話をするのだろうか??


 それだけが心配の種ですね。



 雑談と笑い声が炎を囲む。


 こうして気の合う仲間同士で語り合う食事は良い物だ。


 喧噪の中、騒ぎながら食事を楽しむのも一考だが俺はどちらかと言えばこうして仲間で火を囲む方が好きですね。



「はぁ……。本当、五月蠅いですわぁ」


「聞こえてんぞ!! クソ蜘蛛がぁ!!」



 言い争う龍と蜘蛛。



「にしっ。んまっ」



 豪快にパンを口に放り込むミノタウロス。



「ねぇ!! リューもこっちおいでよ!!」


「断る」



 性格が正反対の二頭の狼。



「頂きます……」



 そして、物静かな海竜。


 一人が欠ければこうして楽しく語り合う事は出来ないだろう。いつまでも続いて欲しい、俺はそう切に願っている。



「レイド、食べてないよ??」



 口を閉ざし、この好環境を温かい眼差しで眺めていた此方を心配したのかカエデが話し掛けて来た。



「あぁ、ちゃんと食べるから」



 こういう事には直ぐ気が付くよな。


 分隊員に気を配る様は正しく隊長の器の証明、ですよね。



「何?? 二人して語りあっちゃってぇ??」



 ユウが嫌な笑みを浮かべ、こちらを揶揄う。



「飯を食っていないぞって釘を差されただけだよ」



 鉄鍋の中から魅惑的な色と香りを放つ液体をお椀に注ぎ、食に礼を述べて体の奥へと流し込んでやった。



 うむっ!!


 我ながらいい味!!




「けぷっ。ふ――む……。腹三分って所かしら??」



 一番初めに食事を終えた龍が中途半端に膨れた腹をポンっと一つ叩き、地面の上にコロっと横になる。



「食べてすぐ横になると牛さんになるんだよ??」



 ルーが器用に舌を動かしてお椀の中からスープを啜りながら話す。


 ちょいとお行儀が悪いけども、アレが狼さん本来の食事風景なので文句は言いません。しかし、獣唾液が塗りたくられた食器を洗う此方の疲労度も考えて欲しいですね。




「ならないわよ。それに牛はあっち」



 休日の食後の父親の姿勢を保持する龍がユウの方を指差す。



「あたしはミノタウロスだっつ――の。牛じゃない」


「どっちも似たようなものじゃない。ルー、私の荷物の中からクッキー持って来い」


「え――。自分で動いてよ――」


「あんたが近いから頼んでいるのよ」



 この上、まだ食うのか。


 常々思いますが、アイツの胃袋に満腹って言葉は存在するのか??



「――――。これでいいの??」



 ルーが渋々腰を上げ、荷物の中に頭を突っ込み。そして……。


 数枚のクッキーを 『咥えて』 マイの下へ運んで来た。



「てんめぇ!! くっせぇ涎が付くだろうがぁ!!」


「持って来てあげたのにそれは酷いよ!!」


「手で持って来なさいよ!!」


「前足じゃ無理だもん!!」



 はぁ……。


 こりゃ夜遅くまで静まりそうにないな。


 御馳走様でしたとポツリと漏らし。



「んふぅ……。食後の一服でありませんが。この香りを嗅ぐ為に私は生きているのですわねぇ」



 此方の後頭部にベッタリと張り付いた蜘蛛の胴体を掴み、火の周りから発せられている喧噪に背を向けている強面狼さんの逞しい背中へと向けて投擲して一足早く後片付けへと取り掛かった。




最後まで御覧頂き誠に有難う御座います。


後半部分については現在編集中ですので、今暫くお待ち下さいませ。

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