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第八十六話 そうだ!! お化け屋敷行こう!! その二

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それではどうぞ!!




 大変食いしん坊な彼女と聡明な彼女へと滞りなく此方の意思を伝い終え、大都会の中央から立ち昇る熱波を背に受け北上を続ける。


 上空に浮かぶ太陽は本日も人の目を気にする事も無く燦々と輝き、疲れを覚えない速度で歩いているのに汗がじわりと湧いてしまう。



 もう間も無く初秋に突入するってのに、貴方は元気過ぎやしませんかね??



 額に浮かぶ汗を手の甲で拭い彼をジロリと睨みつけるものの。


 自然の摂理はちっぽけな生物が睨む程度では揺るがず、寧ろこの動作が精神及び身体に余計な疲労感を与えてしまった。



 新しい任務地、フリートホーフ。



 そこに赴くのは構いませんよ?? 任務ですので。


 問題は任務の内容と経緯ですよ。


 お偉いさんに恩を売るのは大いに結構!! しかし!!


 態々公的な機関を使用してまでの内容ですかね!? 甚だ疑問が残ります!!



 文句、溜息ばかり吐いていても仕事が進む訳じゃないし。小腹を満たして図書館に向かいましょうかね。


 ど――せ、マイの奴は遅れて来るんだし。少し位寄り道しても構わないだろう。



 北大通に面する素敵なパン屋さんから流れて来る馨しい小麦の香りに手を引かれ、御贔屓にさせて頂いているお店の扉を開いた。



 店内に足を踏み入れると強烈な小麦の香りが鼻腔に先制攻撃を加える。


 想像していた以上に強力だった為、思わず膝から崩れ落ちてしまいそうになるが……。それをぐっと堪え。


 踏み心地の良い木の床の上を歩む。


 お昼を少し過ぎた所為か、大盛況とまではいかず。それ相応に混みあった店内にはこの店の象徴足る彼女が忙しなく接客を続けていた。


 本日も元気そうで何よりです。


 只、一つ気掛かりなのが……。


 あの受付に居る人は誰だろう??



「えぇっとぉ……。二千ゴールドになります!!」



 店員さんなのは勿論理解していますが……。新人さんかな??



「いらっしゃいませ!! ココナッツへ……。レイドさん!!」



 看板娘さんが此方の姿に気が付くと年相応の笑みを浮かべ、パタパタと軽快な音を奏でつつ此方へと向かい来る。



「こんにちは。今日はまずまずの入りって所かな」



 周囲をチラリと窺い、素直な感想を述べた。



「お昼時が過ぎてやっと一息付ける時間帯ですからね」


「一息、ね。ちゃんとお昼ご飯を食べないと夕方までもたないよ??」



「フフ、そうですね。後でちゃんと食べます」



 木の盆で口元を隠して笑う。


 何んと言いますか……。随分と御上品な笑い方ですね。


 どこぞの龍とは大違いだよ。



「所で、受付の子は新人さんかな??」



 木の御盆を使用して、大変見つけ易いかくれんぼをしている彼女へと問う。



「私の妹ですよ。臨時で手伝って貰っているんです」



「へぇ、若そうに見えるけど大丈夫??」



 顔立ちからして……。


 十代中頃から後半って所か。まだまだ垢抜けていない少女の面立ちに、頭にちょこんと乗っけている濃い青の三角巾が良く似合っている。


 看板娘さんは、忙しなく大好物をカリカリと食んでいた栗鼠さんも思わずハッ!! っとして胡桃を落としてしまう程に真ん丸な御目目ですが。


 受付のお嬢さんはちょいと鋭いって感じですね。


 どちらかの両親に似たのでしょう。



「まだ十五ですけど仕事は私より早いかもしれませんね。私とご……。むぅ!! 駄目ですよ!!」



 おやおや、どうしたのですか??


 自分は何も言っていませんよ??



「どうかしました??」



 ぷっくぅっと、お正月の朝食に相応しい御餅みたいに膨れ上がってしまった頬を浮かべる彼女へと問う。




「妹との年齢差で私の年齢を知ろうとしましたね!?」



 あぁ、そういう事ですか。




「御想像にお任せします」



 ここは敢えて、ニっと悪戯な笑みを浮かべておこう。


 慌てふためく看板娘さんの表情は貴重ですからね。



「もう!! 酷いです!!」



 ふぅむ……。


 パンに囲まれ、プンスカと憤りを表す美女か。


 食欲と憤怒。


 対となる感情を見事なまでに融合した絶景ですなぁ。



 ――――。


 馬鹿な事考えていないで、さっさとパンを選ぼう……。


 時間はありそうで無いのだから。



「お姉ちゃん!! 小銭切らしちゃった!!」


「は――い!! それじゃあ失礼しますね。沢山買って行って下さいねっ!!」


「うん、頑張ってね」


「はい!!」



 光を求めてスクスクと育つ向日葵も思わず振り向いてしまうであろうトビキリの笑みを残し、元気過ぎる所作で店の奥へと駆けて行った。


 営業用の笑顔とは言え、大変だよなぁ。


 お疲れ様です。



 さてと。それよりパンだ、パン!!


 俺の大好物さんよ、今から向かいますからねぇ!!



 クルミパンを追い求め、いつもの場所へと足を運んだ。


 …………。


 あったぁ!!!!


 見つけた瞬間、心が春の陽射しに似た温かい感触に包まれ。ホワホワした心で愛しむ様にクルミパンを見下ろす。



 うふふ……。恋焦がれていましたよ??


 そう心の中で呟き、大切に二つの宝物を盆に乗せてあげた。



 列に並ぼうと最後尾に向かう途中、チーズパンに後ろ髪をキュっと引かれたので。


 ついでにと思い盆に乗せて並び始めた。



 先ずは何から食べよう……。チーズの酸味から攻めるか、それとも無難にクルミパンから攻めるか。


 実に贅沢な迷いだ。



 盆を見下ろし、図書館までの移動時間を加味。口に運ぶ順序を吟味していると受付のお嬢さんからちょいとお叱りにも近い声が届いた。




「次の方、どうぞ!!」



 あら?? もう俺の番ですか??


 臨時で雇われている割には優秀で御座いますね。



 彼女のちょいと鋭い視線に従い、受付に盆を置いた。



「クルミパン二つ、チーズパン一つで……。四百ゴールドになります!!」



 相も変わらず良心的な値段に心が躍っちゃいますよ。


 財布を取り出し現金を取り出そうとしていると、妹さんが此方に向かって他のお客さんに聞かれない様に小声で話し始めた。



『お兄さんでしょ??』


「え??」



『お姉ちゃんのお気に入り』



 お気に入り??


 何の事だ??



「ふふん。店に入って来て直ぐ分かっちゃったもん。お姉ちゃんってす――ぐ顔に出るからさぁ。分かり易いったらありゃしない」



 会計をしている時は接客業に相応しい笑顔であったが、姉の様子を話している彼女は年相応の幼い笑顔だな。


 キュッと口角を上げる様が見る者の心を異様に惹き付けてしまう。


 臨時じゃ無くて常勤で会計を続けていれば看板娘さん同様、人気が出るでしょうね。



 怪訝な顔を浮かべ、話の意図を汲み取ろうとしていると……。



『ねぇ、ちょっと』



 チョイチョイっと、此方に向かって手招きを開始した。



『あのね……。実は……』



 はい、何ですか??


 耳を傾け、彼女の次なる言葉を待つと。



「わぁぁああ――――!!!!」



 店の奥から看板娘が、屈強な戦士さえ道を譲ってしまうであろう速度で駆けて来た。


 そして心配になる位に顔を真っ赤にして、妹の手を乱雑に払ってしまう。


 良い音でしたね?? 手刀使いの素質があるかも知れません。



「よ、余計な事言わないの!!」


「え――。私はお姉ちゃんの為に言ってあげようかと思ったのにぃ」


「いいの!! はい、レイドさん。御釣りです!! 有難う御座いましたっ!! また来て下さいね!!」



「ど、どうも……」



 朱に染まった端整な御顔さんから少々乱暴に差し出された御釣りを受け取り、至宝の宝が詰まった紙袋を手に取って出入口へと向かった。




『弱虫……』

「五月蠅いっ!!」



 ふふ、仲の良い姉妹だなぁ。


 家族愛って奴かな?? それに姉妹の和気藹々とした会話って華がありますよね。


 店内に居るお客さん達も彼女達へと視線を送って朗らかな笑みを浮かべているし。



 素敵な宝物を引っ提げ、扉を開けるとほぼ同時にクルミパンを取り出して目的地である図書館へと歩み始めた。



















 ◇




 紙が擦れ合う乾いた音が心を落ち着かせ、古紙の匂いに混じった若干の埃の匂いが知識欲を刺激し否応なしに手を動かす。


 煩わしい雑踏が蠢く大通りとは隔離され、どこか尊厳ある雰囲気に誰しもが口を閉じてしまう。


 己が知識と教養を高める。ここはそれに相応しい場所ですわね。


 本当、素敵な場所ですわ。只、レイド様がいらっしゃらないのは残念ですけど……。


 ふぅっと息を漏らし、本から視線を上げると。



『カエデ。そのふざけた量の新聞は??』



 藍色の髪の女性が両手一杯に新聞を持って席に着く姿を捉えた。



『私達が休暇に出掛けている間に発行された新聞です。何か目ぼしい事件が起きていないか調べておきたいので』


 喜々とした表情で話し、その煌びやかな瞳は例えるのなら。新しい玩具を与えられた頑是ない子供といった感じですわねぇ。




『そうですか……』



 文明社会から隔離された土地で久しく真新しい文面と対面していなかったのだ。その欲求不満が今になって爆発したのでしょう。


 ほら、新聞の一面からもう既に嬉しそうな顔ですので。



 私の机の向かいに座り静かに、そして新聞を舐めるように読み始めた。



『ここは静かで……。それに紙の香りが心地良い』



 私と同じ気持ちなのか、左隣で何やら分厚い本を読んでいるリューヴがしみじみとした感じで念話を放つ。



 何の本かしら??


 えっと……。題名は……。


『体の鍛え方大全』 ??


 貴女は女性なのですから、もう少しそれ相応の本を読めば宜しいのに。



『五月蠅い通りを歩くのも一考ですが、こうして雑踏から離れ心安らかに知識を高めるのも乙な物ですわ』


『うむ。それに人の文字が読めるのはありがたい。カエデ、ありがとう。助かるぞ』


『……、いえ』



 新聞の記事から視線を外さず、リューヴの礼に答えた。



 何やら気になる記事があるみたいですわね。



「「「……」」」



 それから暫くは沈黙が続き、時折襲い掛かって来る睡魔の襲来を跳ね除け文字を読み漁る。



 はぁ……。


 この本は中々の出来栄えでしたわ。


 特に、女主人公が胸中の男に迫る場面……。俗に言う濡れ場という奴ですか。


 その描写が妙に生々しく、私の視線を釘付けにしてしまった。



 本を静かに閉じ。その場面を自分と重ね合わせる。



 男の手が彼女の嫋やかでそして、ほんの僅かな主張をしている双丘へと手を伸ばす。


 女が短く淫靡な声を上げて彼の手を迎え入れる。男の激情は彼女の昂る声と共に激しくなり、互いが互いを貪る様に食らい合い。


 天へと駆けて行くのですわ。



 いいですわねぇ。


 私もレイド様に触れて頂きたいものですわ……。


 彼の硬くそして傷跡が目立つ手と腕が私の体を貪り、そして艶やかで淫らな液体を纏わせた唇が私の双丘に到達。


 彼の寵愛を受けた私は声を荒げ、彼の大きな背中へと指先の爪を立て……。




 はぁ――。


 いくら想像しても実物には勝るものはありません。今、此処にレイド様が居ないのは真に寂しいですわ……。


 集合場所に指定されたので動こうにも動けないこのもどかしさ。



 レイド様はひょっとして、私を焦らそうとしているのでは??


 きっとそうですわ!!


 レイド様の御体を恋焦がれて待ち続け、焦燥感に苛まれた私の体は自然と彼の体を求めてしまう。


 それでもレイド様は待てと私に命を下す。



 彼を求めるあまりに胸が張り裂けた私はレイド様の命令を無視し、大胆に。そして豪快に唇を奪い、絡みに絡み合い。


 夜が明ける……。いいえ!! 夜が明けて、沈むまで互いの体を貪り合うのですわ!!



 優しい御顔を浮かべながらも、複雑で冷徹な策を講じる。正に策士と呼ぶべきですわね。



 彼が講じた策に悶え打ちながら目を閉じ、レイド様の素敵な笑みを思い浮かべていると。



『お、やっぱりここにいたのか』



 何と、本物の彼の温かい気配を感じてしまうではありませんか!!!!



『レイド様ぁっ!!』



 少々はしたないかと思われますが、叫ばずにはいられなかった。



『よいしょ。アオイ、ここ座らせてもらうよ』



 し、しかも!?


 私の隣を選んで頂けたのですか!?


 は、ぁんっ。


 これはもう……。夫婦の契りを交わしたと同義ですわぁ。


 右隣りに着席された彼の肩にちょんっと肩を乗せ、肩口からふわっと届く男らしい香を捉える為に全神経を集中させた。



 若干の汗と女心を悪戯に擽る雄の香り……。


 いけませんわぁ。


 人目がなければ糸で雁字搦めに拘束して、机の上に押し倒して受胎してしまいますぅ。



『アオイ、ちょっと退きなさい』



 背嚢の中から取り出した無粋な紙を置きつつ仰られる。



『このままでいいんです。私はこのままでも本は読めますからっ』



 彼の左腕に体と腕を絡め、ちょっとだけ胸が当たるような角度で体を預けるとどうでしょう。



「……」



 レイド様の視線が一瞬だけ私の胸元を注視するではありませんか。


 ふふふ。


 可愛い瞳ですわ。レイド様さえ宜しければ穴が開くまで御覧になられても構いませんのよ??



『そういう問題?? 所で……。カエデ、その大量の新聞はどうしたのかな??』



 私の双丘から視線をふいっと外し、正面の海竜さんへと視線を向けてしまった。


 あぁん、もぉ――。


 レイド様の御好きな果実はここで御座いますぅ。



『読む??』



 まだ手を付けていない新聞を手に取り、レイド様へと差し出す。



『一仕事終えてから読もうかな。色々用意する物があるし』


『……、そう』


 レイド様の御声を受けると、カエデは特に気にする様子も無く再び新聞へと視線を落とした。



『主、ルーを見なかったか??』


『ルー?? いや、見ていないけど。何か用事でもあるの??』


『いや、用がある訳では無いのだが……。マイ達や人に迷惑を掛けていないか心配でな』


『あはは。子供じゃないんだから大丈夫でしょ』



『だといいのだが……。それよりアオイ、主から離れろ。迷惑している』



 全く。


 私が彼の香りを満喫している時に……。無粋な女性は嫌われますわよ??



『レイド様ぁ?? ご迷惑ですかぁ??』



 御主人に甘える子猫の如く。


 ニャンと可愛い猫撫で声を放ち彼の横顔を見つめる。



『糸で固定しなかったらいいよ。えっと……。指令書は此れで、簡易地図はっと……』



 特に気にする様子は見受けられず、私の柔肉を密着させたまま作業を続けて下さった。




『ですって??』



 完全勝利ですわ!!


 狼よりも、海竜よりもレイド様は私を選んだのですからねっ。



『フン。これ以上迷惑をかけるようなら力尽くで引き剥がすからな』



 あぁ、レイド様の優しさが身に染みます。


 このままずっと時間が止まってしまえばいいのに……。



『…………。レイド、ちょっとこれ見て』



 カエデが新聞の一面を私達に見えるように机の上に置く。



 レイド様の肩に頭を乗せたまま何気なく文字へと視線を送ると、その記事は三日前の物であった。



『えっと、何々??』



 新聞の見出しには大きく。



『メンフィスの街でイル教の施設が火災によって消失。教団に不満を持つ者の犯行か!?』



 と、記載されていた。



『やる事が派手だねぇ。何も燃やす事は無いだろうに。被害者が出なかったのは不幸中の幸いかな??』


『ひょっとしたら、魔物の犯行かもしれませんわよ??』



 レイド様の横顔を舐める様に見つめつつ話す。


 本当に舐めたらいけませんわよね??



『アオイの言っている事は的を射ているかもしれないな。人間がイル教に歯向かうとは考え難いし』


『どちらとも言えませんね。確固たる証拠が見つからない限り犯人を決めつけるのは早計です』



『所で……』


 私達があれこれ話し合っていると、リューヴが徐に声を上げた。



『そのイル教とは一体どんな奴らなんだ??』


『あ、そうか。リューヴは知らないんだよな。これには色々あってね……』



 レイド様が今まで経験した出来事を彼女に優しく丁寧に語りかけていく。



 む。


 その優しい口調と瞳は何ですか??


 私にも向けて下さいましっ。




『……と、言う訳で教団の理念としては魔物達の排斥、そして人至上主義を掲げているという訳さ』


『主を扱き使う処か我々を排除しようとしているだと?? 気に食わない女だな……。主さえ良ければその女、私が片付けてやるぞ??』



 また愚直で愚かな考えですわねぇ……。



『シエル皇聖を殺しても、直ぐに新しい指導者が現れるだけ。問題の根本的な解決には繋がりません』



 カエデが冷静に、そして憤る彼女を宥める様な優しい口調で話す。



『そして。例えリューヴが上手く事を進めたとしても、今はそれをすべき時では無いの』


『どういう事だ?? 我々を弾圧する者が居なくなれば良いではないか』



 カエデの言葉を流し、自分の考えが正当である。そう言い聞かせているようだ。



『いいですか?? 良く聞きなさい』



 このままではレイド様に迷惑をかけてしまう。


 私はリューヴをしっかりと見つめ話してやった。




『そういった暴力沙汰で解決をするのは好ましくないと言っているのです。現在、人間は魔女とオーク達との戦いに直面していますわ。戦うには装備や食料、そして資金が必要……。歯痒い事にレイド様の所属する軍部の最大の援助者はイル教なのです。そこから援助を受けられなくなった未来を想像出来ない貴女ではないですわよね??』



 私がそう話すと、彼女は静かに一つ大きく頷く。


 そしてレイド様が私に続いて御口を開いた。



『俺達の事を親身に考えてくれているリューヴの気持ちは本当に嬉しい。でも、今はその時では無い。いつか、この世に真の平和が訪れた時。彼女に向かって正々堂々とこう言ってやろう。魔物達は人間と変わらず、素敵な感情と思考を持つ生き物なんだって』



 あ、はぁっ……。


 今の御言葉、千の……。いいえ!! 億万の言葉よりも私の心に響きましたわ。


 時に身を痛め、焦がし、膝から崩れ落ちてしまいそうな時もレイド様は私達の事を一番に考えて下さる。


 素敵な言葉を送って頂き、誠に有難う御座いました。


 私は何があろうともレイド様について行きますわ……。




『分かった。主の言葉に従おう』




 強面の彼女が口を横一文字に閉ざし、大きく頷くと。聞きたくも無い足音と喧噪が同時にやって来てしまった。




『わりぃわりぃ!! ちょいと遅れたわ!!』



 ふんっ。


 私とレイド様の憩いの時間を邪魔する愚かなまな板め。私達の前に一生顔を見せなくても宜しいのですわよ??



『ごめんね――!! レイド――!!』


『わりっ!! ちょっと道が混んでてさ』



『構わないよ。さて!! 全員が揃った所で、今回の任務は……』



 彼が仕切り直し、机の上に広げた地図を見ろして皆へと念話を飛ばした。




 レイド様が仰るには、今回受け賜わった任務はどうやら森の中にひっそりと建つ屋敷の調査。


 態々彼が向かう事も無いのにと、考えていたのですが。ある程度の権力者からの依頼もあってか。恩を売った方が得策だとの考えに至った様ですわね。




『そして……。フリートホーフの街に向かうまでの行程は三つあるんだ。一つ、王都を東に出て港町からの航路。二つ、東へと出て不帰の森を迂回しつつ向かう。三つ、此処から南へと直進し。南海岸線へと抜け、東に向かう』



 レイド様が誰にでも分かり易い様に地図上を指でなぞりつつ仰る。



『任務期間は約二十五日。どの行路でも期日には間に合いそうだけど……。皆の意見を聞かせてくれるかな??』



『絶対船には乗らんっ!! あたしは二度と船には乗らないと決めたからなっ!!』



 ふふ、そう言えばあの島から戻って来る時も船酔いを罹患していましたわねぇ。



『何よ――。またゲ――ゲ――吐瀉物吐き散らかしている所みたかったのにぃ』


『うっせぇ!!』



 まな板の空っぽの頭を拳骨で叩く。すると、どうでしょう。


 何も詰まっていない空箱を叩いた音が響くでありませんか。



『いってぇなぁ!! 耳から何か飛び出たらどうしてくれんのよ!!』




『と、言う事は迂回と直進の二択に絞られた訳なのですが……。此処で提案なんだけども』


『レイド様っ、その提案を聞かせて下さいましっ』



 彼の左腕をきゅっと抱き締め、より柔肉の奥へと沈めつつ話す。



『アオイちゃん!! 私もそこに座りたい!!』



 ちぃっ!!


 折角、レイド様との甘い時間を堪能していますのに!!



『放しなさい!! レイド様は私の柔肉を求めていますのよ!?』



 此方の背を引っ張る愚かな狼へと話す。



『アオイ、皆で決める大事な事だからちょっと離れて』


『はぁいっ、レイド様っ』



 んふっ。


 困った様な、それでも私の身を案じて頂ける優しき瞳。


 真に優しき心に私は敬服していますわよ??



『俺は、南へと向かって一直線の行路を取ろうかと考えている』


『その理由を聞かせて下さい』



 至極冷静な瞳で地図を見続けるカエデが話す。



『最短距離である事が第一の理由、そして第二の理由が……。ユウの里へ立ち寄ろうかと考えているんだ』


『へ?? あたしの里に??』


『大事な娘さんを預かっているんだ。偶には里帰り、じゃあないけども元気な顔を見せてあげても罰は当たらないだろ??』


『まぁ――。レイドがそう言うのなら……』



 む、むぅぅ!!


 いけませんわよ!? レイド様!! 牛娘に良い顔を浮かべては!!



『私は賛成だよ――!! ユウちゃんの里、見てみたいし!!』


『主の考えであるのなら了承しよう』


『ユウの母ちゃんの御飯美味いし!! 私は大賛成よ!!』



 概ねその流れになりそうですわね。



『カエデとアオイはどうかな??』


『勿論賛成ですぅ』



 ちょっとだけ大胆に体を密着させ、肯定を伝えてあげた。



『ちょ、ちょっと……』



 あんっ、逃げないで下さいましっ。



『私も賛成です。森の中を通る為、ウマ子に積載する荷物は最低限になります。各自、必要な物を揃えて南門を出た先で合流しましょうか』



『了解。俺はウマ子を取りに向かい、本部へ立ち寄ってから向かうよ』



 レイド様が背嚢の中に書類を仕舞いつつ、カエデに話す。



『レイド、任務の内容は理解しましたが……。その指令書を少し見せて頂けますか??』


『あぁ、別に良いけど……』



 彼が上質な紙を彼女に手渡し、それを受け取ったカエデはコクコクと頷きながら静かに読み耽る。



『カエデちゃ――ん。その紙に何て書いてるのかなっ??』



 机の上に顎を乗せ、陽性な感情を籠めてルーが話す。



『こ、これは……。皆さん、朗報ですよっ』



 あらっ?? 珍しいですわね。


 カエデが目を煌びやかに輝かせるのは。



『朗報?? その屋敷には一体何があるのよ』



 まな板がカエデに問う。



『今回の我々の目的地は……』



『『『目的地は??』』』



 陽性組が声を揃え、荒い鼻息を放つ彼女に問うた。










『お化け屋敷ですっ』



 しかし、カエデの言葉を受けるとあからさまに辟易した表情へと変化。


 それとは対照的に彼女の顔は何処までも輝き始め、終いには大きな目からキラリと輝く星が飛び出てしまいそうなまでに高揚してしまったのだった。





「カエデは何点だったの??」


 彼が直ぐ後ろの席に座る風紀委員に問う。



「何んと言いますか……。驚愕したのは事実です」


「驚愕??」



「どうぞ、御覧下さい」



 彼は彼女から差し出された答案用紙を見つめ、彼女が話した通り。驚愕したのだった。










 カエデ=リノアルト   得点 二億点




 正に驚天動地の頭脳に先生は驚きを隠せません。


 寧ろ、何故カエデさんが高校二年生の授業を受けているのか甚だ疑問が残ります。飛び級……。いいえ、超越級して大学で教授職に就いて難しい研究する事をお薦めしますよ。


 そして、点数を見て驚かれたと思いますが。この点数には訳があります。


 先日、全授業で各教科の先生に代わって教鞭を揮ったと伺いました。


 誤字脱字が目立つ。間違った公式。意味を履き違えた言葉等々。辛抱堪らず教壇に立つのはカエデさんの頭脳ならではだと思います。



 その点につき、先生は各教科担当の先生達にこっぴどく叱られてしまいました。先生でも間違える事はあります。


 完璧ではありませんからね。


 この点数を付与しますので、どうか教鞭を揮うのを堪えて頂きませんか??


 これは先生達からの細やかなお願いです。






「あ、あはは。確かに驚いたよ」


「間違えた知識を教えるのは我慢出来ませんからね。それを訂正する為に教鞭を揮ったのに……」



 ふんすっ!! っと。



 彼女が荒げた鼻息を放ち、憤りを示していると。


 先程、強烈な速さで廊下へと飛び出た朱の髪の女性が亀の歩みで帰って来た。



「よ――。マイ、お帰り――」


「どうしたの?? マイちゃん。頬っぺた抑えて」


「――――。いや、全力疾走で走っていたらさ」


「「ふんふんっ」」



 灰色の髪の女性と深緑の髪の女性が同時にコクコクと頷く。



「生徒指導のイスハに見つかって、思いっきりぶん殴られた……」



 彼女が手を離すと、真っ赤に燃え滾る溶岩さえも慄いてしまう赤く腫れあがった頬が現れた。



「ぶふっ!! あはは!! んだよ!! お前――!! イスハの前で走るのは駄目だろ――!!」


「アハハハハ!! マイちゃんかっこ悪過ぎぃ!!」


「喧しいわ!! 大体、私に対して悪口を放つあの姉ちゃんがわりぃんだ!!」



 大きな笑い声に包まれる教室。


 愉快軽快な音は廊下を乱反射して校舎の奥まで広がって行く。


 その音を聞きつけた生徒指導部最強の女性教師が現れる迄、彼等が放つ音は収まる事はなかったのだった。





 最後まで御覧頂き誠に有難う御座いました。


 後書きでの御戯れは此れにて終了で御座います。彼女達の両親が全て出揃いましたのなら、今度は家庭訪問編を執筆させて頂こうかと考えております。



 それでは、皆様。良い週末を。

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