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第八十六話 そうだ!! お化け屋敷行こう!! その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


中途半端な所で区切りたくは無かったので、長文になってしまいました……。


それでは御覧下さい。




 数えるのも億劫になる多くの人間共が大地を踏み均し右へ左へと忙しなく動いて行く。


 額に汗を浮かべ何やら急いだ面持ちのあんちゃん。


 夏らしくちょいと短めのスカートをフルンっと揺らし、男性の視線を一手に集めつつ高飛車な態度で進む姉ちゃん。


 そして、握り締めていた母親の手を振り切り、制止を促す彼女の声を無視して年相応の勢いで駆けて行くガキンチョ。



 よくまぁ――これだけの人間を集めたもんさ。


 私は人間を食べやしないけども、人間を捕食する魔物。若しくは化け物にとって此処は天国じゃあないのかい??


 ベンチへと腰掛け、小腹を満たした素敵な余韻を楽しみつつ。本日も大盛況な街の光景をのんびりと眺めていた。



『から揚げおいし――!!』



 左隣りに腰掛けるルーがキャインと叫びながら、私が取捨選択の末に選んだ唐揚げを美味そうに食み。



『最近は魚が多かったからなぁ。んまいっ!!』



 右隣り。


 油でテッカテカに潤った唇を動かしてユウが笑みを漏らす。



 久方ぶりの油と肉に舌鼓を打ち、溢れんばかりの笑顔を漏らすのは結構。


 しかし、もっとこう……。味わうべきというか、大切にして貰いたいのよね。


 冬眠明けで腹ペコになった熊が餌にむしゃぶり付くみたいにガッツいちゃって。これだから素人トーシロは。



 ――――。


 まぁ、私も既に平らげてしまったのでとやかく言う筋合いは無いんだけどね。


 美味過ぎてお腹がビックリしちゃったもんっ。



『あれ?? マイちゃんもう食べ終わったの??』



 顔をにゅっと伸ばし、空っぽの紙袋の中を覗き込んで目を丸くしている。



『気が付いたら胃袋の中に消えていたのよ』



 私も驚く程だ、人から見れば当然と言えよう。



『相変わらず食い意地が張っているなぁ』


『喧しい。久々に肉を食べたい気分だったのよ。誰かさんが食料を燃やさなきゃ飢える事も無かったのにねぇ――』



 モムモムと可愛く顎を動かす我が親友へと揶揄ってやった。



『へへ、悪いね。でも本当に何も覚えていないんだけどさ、あたし達そんなに派手に暴れていたのか??』


『そうそう。私も途中から記憶が無くて全然覚えていないんだよ――』



 いいわよねぇ、こっちの気も知らないで。



『殴られるわ、蹴られるわ、魔法で打ちのめされるわ……。正に踏んだり蹴ったりだったわ』



 ピーピー泣き叫んでいたボケナスを助け、その他諸々の劣化種族共の窮地を救ったのは他ならぬ私なのだっ!!!!



 これってさ、もしかして。私が最強である証明になったんじゃない??


 ほら、私がしっかりしていなければ恐らく全滅だったし。



 だが、まぁ――……。


 砂糖菓子よりも甘ちゃんであるボケナスの機転に救われたのも砂粒程度に含まれているだろう。


 まさか海竜ちゃんが感染しているとは思ってもみなかったからねぇ。




『ルー。アオイとの接吻はどうだった??』



 ケプっと。


 きゃわいい食後の吐息を吐いたユウが問う。



『え――?? ん――。アオイちゃんの唇が柔らかくてびっくりして……。その後、意識を無くしちゃったから良く覚えていなんだ』



 その場面を思い出したのかどうか知らんが、ちょいと視線を右往左往させ。少しばかり頬を朱に染めていた。



『という事は初体験がアオイって事か。ご愁傷様――』



 ユウがのほほんとした感じで話す。



『別にいいもん!! 女の子とのちゅ――は回数に数えないってアオイちゃんも言っていたし!!』



 あのきしょい蜘蛛と接吻、ねぇ。


 粘度の高い液体を纏わせた蜘蛛の舌が口内を蹂躙、至高の唇を覆う気色の悪い唇、そして目を開ければあの憎たらしい顔が……。



 ヴォエッ!!!!


 そ、想像するんじゃなかった!!


 さっき食べ終えた唐揚げちゃんが喉の奥から出ちゃいそうだったじゃん!!


 体が震え上がり、全身隈なく鳥肌が立ってしまった。



『ユウ!! ほら、見て!! 鳥肌!!』



 超カッコイイ赤いシャツの袖をペロっと捲り、右隣りに座る我が親友へと鳥肌を見せてやる。



『は?? 何で急に鳥肌立ってんの??』


『いや、さ。あのきしょい蜘蛛に接吻を迫られた姿を想像したらこうなっちゃったのよ』


『気色悪くは無いだろ。寧ろ、綺麗な部類に入るんじゃない?? アオイの顔は』



 ア、アイツが綺麗!?


 何処に目ん玉付けてんのよ、あんたは!!


 誰がどう――みたってきしょいじゃん!! だって、蜘蛛よ!? 


 節足に細かい毛がビッチリと生え揃っているのよ!?



『そう言えばさ――。ユウちゃんもカエデちゃん達としちゃったんだよね??』



 唐揚げを食べ終えたお惚け狼がそう話す。



『まぁ、そうだろうな』



 あら??


 意外とさっぱりした言い方ね??



『ユウ、気にしていないの?? 三名の女性と接吻キスした事に対して』


『ルーが話した通り、女同士は数えていないし。大体、その行為自体を覚えていないんだ』



 ほぉん。


 豪胆な性格のユウらしいっちゃらしいわね。



『でも……。何んと言うかぁ。初めての接吻は大切に、ちゃんと記憶の中に留めておきたいからね』



 おやおやぁ?? ユウさんや――い。


 急に頬を赤く染めてどうしちゃったのかなぁ――??



 私と同じ考えに至ったのか。


 お惚け狼が私越しに揶揄いの攻撃を開始した。



『ん――?? ユウちゃんは誰としたいのかなぁ??』


『そ、そりゃぁ、まぁ……。男性と?? したいとは思うけど……』



 う、うぉぉ……。


 この羞恥に染まるユウの顔で味噌汁十杯飲めるわ。


 べらぼうに可愛いじゃねぇか!!!!



 ついでにもうちょっと赤らめてやろう!!



『ほほん?? お相手は誰を所望しているのかなぁ??』



 さぁって、どんな風に赤く染まってくれるかなぁ――っ!!



『えぇ!? う――……っ。秘密だ!! 秘密!!』



 あ、駄目だ。


 これ以上揶揄ったら多分、羞恥が炸裂してこの街の家々が数件地平線の彼方まで吹っ飛ぶわ。


 真っ赤を越えた赤に染まった顔の天辺から湯気出てるし。


 今、夏真っ盛りよね?? 外気温を容易く超える蒸気って。どんだけ恥ずかしいのよ。



『別にいいじゃん!! 教えてくれたって!!』


『言わん!!!! じゃあ、逆に尋ねるけど。ルーは決まっているのか??』




 狼の接吻相手ねぇ……。


 世の中とんでもなく広いんだし。獣くせぇ息の事が好きな、狂いも狂った酔狂な男もおるやも知れぬ。


 あの獣臭。


 目玉を舐められた時は失神しかけたし。身近には存在しないだろうさ。



 まぁ――……。居るとしたらアイツだけか??


 寝起きに襲われ、昼飯食った後にも圧し掛かれ、剰え寝る前にも襲われても頑として拒絶した事は無いし。


 あ、でも。思いっきり涙流して止めてと懇願しているから一応拒絶はしているのか。



 獣に襲われた野郎の姿を思い出し、溢れて来てしまいそうな笑い声を堪えていると。何を考えたのか知らんが。お惚け狼が私とユウの想像の遥か頭上を通り越した言葉を放ちやがった。














『私?? うん!! レイドとしたいよ!!』


「「ブフッ!!」」



 ば、馬鹿じゃねぇのか!? コイツは!!


 お陰様でユウと一緒に吹いちゃったじゃん!!



『あ、でも狼の姿で顔とか舐めているし、それも回数に数えるの??』



 私達の様子を不思議に思ったのか、小首を傾げて話す。



『んな訳あるか!! 人の姿でした時のみだよ!!』



 漸く顔の熱が冷め、真面な顔に戻ったユウが話す。



『ふぅむ。今度頼んでみようかな!?』


『どうせ断られるわよ。よっと……』



 空になった唐揚げの紙袋をクシャクシャに丸め、道端に併設されている箱の中に放ってやる。


 私の思い描いた軌跡通り。美しい放物線を描き、見事円の中に納まった。



『お、上手いじゃん。いや、でも分かんないぞ?? ほら、レイド優しいしさ。頼めばしてくれるかもよ??』



『適当な事言わないの。大体ねぇ、そんな事信じる奴なんてそうそういないわよ』


『そうかぁ??』



 ユウが私の隣に座るお惚け狼をじぃっと見つめているので、何気無く視線の先を追ってみた。



『え、えへへ。頼んだらしてくれるかもしれないのかぁ』


『お――い。いかん、こりゃ完全に頭が御花畑ね』



 惚けるルーの目の前で私が手を振っても、妄想に耽っている所為か。これっぽっちも気付きやしねぇ。



『ちょっと、責任取りなさいよ??』


『いやいや、大丈夫だって。レイドなら恥ずかしがって断ると思うし』



 その思う、が不安なのよねぇ。


 アイツはちょっと流されやすいというか、押しに弱いのよ。





 あの時もカエデと……。


 岩穴で発見してしまったあの光景がふと頭に過った。



 すると、何故だか分からんが。


 胸の奥底がチクリと痛みを覚えた。もしも、私があの時止めに入らなかったらそのまま……。していたわよね??


 カエデと……。


 勿論、体を乗っ取られていたと理解はしているのだが。


 それでも、ボケナスとカエデがくっついている光景が今も脳裏に焼き付いている。


 払拭しようとすればするほど心に纏わりつき、離れようとしない。


 訳も分からない痛みを覚える己の心の弱さに怒りを感じると共に、どうして私が悩まなければいけないのか。そんな憤りが湧いて来る。



 折角美味い御飯を食べて良い気分だったのに台無しよ。この怨み、どうしてくれよう……。


 あの野郎の首をへし折ってぇ、捻じ切り、その穴の中に手を突っ込み。胃袋を取り出して野生の狼に食わせてやろうかぁ??


 あぁっん!?


 噂をすれば影とは良く言ったもので?? 件の男から念話が届いた。



『皆、聞こえるか??』



『聞こえます』

『聞こえるわよ』



 カエデと私が直ぐにボケナスへと返事を返す。



『本日から任務へと向かうのだけども……。目的地へ向かうのに幾つかの行路があるんだ。それを皆で決めたいから、そうだな。図書館に集合してくれるかな??』



『分かりました』

『分かったわよ』



 良く考えれば……。カエデって可愛いもんね。


 何でも出来て、下らない話も聞いてくれるし。


 自分で言うのも何だが、ガサツな自分とは正反対な気がする。


 ああいう感じの女の子が男にモテるのだろう。こっちの大陸に来てからそれに気付かされた。



 けれど、私は不器用だ。無理をしてまで他人に合わそうとは思わない。


 自分は自分、他人は他人。


 ありのままの自分を見てくれる、どんな我儘でも聞き流してくれる。そして、笑い合う。そんな素のままでいられる人の方が私は好ましい。



『……。マイ、どうした?? 元気無いぞ??』


『ふぁっ!?』



 ン゛ッ!? 私、普通に返答したわよね??



『いや、元気ならいいんだが……。何か言葉の端に疲れ?? いや違うな。何か迷っている、そんな感じがしたんだけど??』


『な、何でもないわよ!! 私はいつも通り元気漲りお腹ペコペコなんだから!!』


『ふぅん、それならいいけど。食い過ぎて倒れるなよ??』



『うるせえ!!』


『はいはい……。適当に食ったら足を運べよ――』



 そう話すと、野郎の念話が途切れてしまった。



『ったく……。あのボケナスときたら』



 何も皆の前で言わなくてもいいじゃない。


 それでも……。正直びっくらこいた。


 共に長く行動を続けているとは言え、あれだけの会話で察知されちゃうなんてねぇ……。



 心の痛みがスっと和らぐと同時。


 腹立たしいナニかが霧散すると代わりに優しい気持ちがゆっくりと胸の奥に広がって行く。



 たかが一言二言でこうも楽になるとは。ボケナスの会話術も大したもんね。



『うふっふ――。なぁ――に嬉しそうな顔してるのかなぁ??』


『な、何よ……』


『マイちゃんってす――ぐ顔に出るから分かり易いもんねぇ』



 二つの端整な顔がこちらを揶揄い、挑発するような視線を向けやがる。



『う、五月蠅いわね!! ほら、次の御飯食べに行くわよ!!』



『あ、おい。待てって!!』


『待ってよ――!!』



 慌てふためく二人を他所に私は人波の中へと進んで行った。



 この気持ちのままならいくらでも食べられそうだわ!! 


 ぐぬっふふ――……。さぁって、私のお腹ちゃんを誘うワルイゴは何処だぁ??



 屋台が群れを成す熱き輪の中へと向かう為、湾曲する道路へと勢い良く飛び出し。



「すいません!! そこは横断禁止ですよ――!!」



 交通整理を続けるあんちゃんの言葉を盛大に無視して突入したのは良いものの……。


 私の慎ましい食欲を誘う数多の香りが周囲に漂い、悪戯に心を乱してしまう。いかん、これは実ぅに由々しき事態だ。



 肉がシュワッと焼けて食欲を増す弾ける脂の音。


 ピチパチと油が跳ね美しい衣を纏い、まるで今から舞踏会に出席するような輝きを放つ揚げ物の数々。


 限られた予算と時間でこの中から選ぶのは至難の技だわ。玄人である私をここまで惑わすなんて……。嬉しい誤算であると同時に、誘惑に負けそうになる己を戒める。



 妥協は駄目よ、絶対。



『ねぇ、マイちゃん変な顔しているね』


『子供の前に欲しがっていた二つの玩具を同時に出すとどうなる??』


『ん――。どっちを取ろうか迷う顔になっちゃう??』


『正解、奴の心の中は葛藤で揺れ動いているのさ』


『そうやって言われると納得――っ!!』



 聞いてないと思ったら大間違いだぞ?? 破廉恥な乳女と、最恐口臭狼めが。


 あんたらは後で私の素晴らしい牙の餌食よ。



 アイツは今日から任務だと言っていたわね。


 こうして迷っている間にも時間は無情にも過ぎ去っていく。残された時間内で心の渇きを潤す一品は見つかるのだろうか??



 この際、妥協してココナッツのパンでも食みながら図書館へと向かい……。





















『此処は決してぇ……。通さぬぞぉぉおおおおおお!!!!』




『ヴェヴェンゲイ!!!!』


『びゃっ!? ど、どうしたの!?』



 は、はぁ!? な、何なのよ。この香りはぁ!!


 ちょいと甘くも、決して軽々しくない重厚な香り……。


 それが鼻腔を一直線に突き抜け、脳がバルンッと直接震えてしまった。



 ど、どこだ!? 貴様は何処に居るのだ!!


 左右に激しく首を振り、地獄の底から悪魔をも召喚させてしまうスンバラシイ香りを放つ食材の元を探す。



『ルー、あんたは感じ無いのか?? この強者の圧を……』


『うん?? あ――。本当だ、良い匂いがするね』



 隣の狼、否。


 人間の姿のルーも鼻をスンスンと嗅ぎ、私が感じている香りを捉えた様だ。



 この数多溢れる匂いの坩堝から特定の香りを感じる事が出来るようになったのか。


 成長しているわね、いい傾向よ。



『おいおい、お前さん達と違ってあたしの鼻は普通なんだ。もっと分かり易いように説明してくれよ』



 へっ、雑魚めが。


 勿論言わないわよ?? 脳天におっそろしい頭突きが突き刺さっちゃうから。



『カラッ、と。そして、パリっと。これは揚げ物の香りね……』


『う――ん、それと甘辛い匂いも混ざっているよ』



 風に乗ってふわっと漂う香りに自然と体が吸い寄せられていく。


 こっちね……。



 鋭い鷹の目と最強の龍の鼻と狼の嗅覚を駆使し。


 匂いの元を辿って暫く歩いて行くと、屋台の前に人々が形成するちょいと長めの列を捉えた。



 ほほぅ、どうやらあの店のようね。



『マイちゃん!! あの店だよ!!』


『言わずもがな!! 早速並ぶわよ!!』



 最後尾に大人しいとは言えない速度で加わり、列の合間からチラリと見える屋台の看板の文字を注視する。


 何々……?? かつさんど??


 初めて聞く名前の料理だ。名前だけではどんな品か予想が付かないわね。



 人の列は凡そ十人程。その誰もが心急く思いで順番を待ち、店を見つめていた。



 けっ。


 ド素人共め。


 こうして並んでいる間にも玄人はやる事が山積しているのよ。


 屋台の奥で嬉しい汗を流しつつ調理を続ける店主の手元へと向かい、深紅の瞳をきゅぅっと尖らせて注目した。



 あれは……、豚肉か。それを食べやすい様に大人の手平大の大きさに切り分け。



 底が深い三つの皿へと、順序良く付けていく。



 一つ目は小麦粉ね、そして二つ目は卵黄、三つ目はパン粉だ!!


 鳥姉ちゃんの里であのボケナスが使用したのを今でも覚えているわ。あの鯵の揚げ物も美味かった。



 三種の神器を纏わせた豚肉をカラリと揚げれば至高の王が降臨し、その類まれなる存在感をこちらに知らしめた。



 まな板の上で一口大に切り分けると。平なパンの上に千切りにしたキャベツを敷いてその上にカラっと揚がった豚肉さんを乗せる。



 や、やめてくれ。


 見ているだけで腹が減ってしまう。



 そして、ここからが店主の腕の見せ所だ。


 とろりと粘度の高い焦げ茶色のソースをとどめと言わんばかりに上から掛け、もう一つのパンでキチンと蓋を被せた。



 私達が感じた甘辛い香りはあのソースのようね。



 だ、大丈夫かしら。


 アレを口に入れたら、美味過ぎて失神しない??



『あぁ……。美味そうだ』



 肉が余り得意ではないユウでも辛抱堪らんのか。


 口内から溢れ出ようとする液を手の甲で拭う。その仕草が私の予感を確証に近い物にしてしまった。



『あ――もぅ――。まだかなぁ……』



 ルーは子供の様に体を悪戯に動かし、時に背伸びをして店主の手元を覗く。



 お子ちゃまは無視をして、店員の接客態度でも観察しますか。



「はい!! お待たせしました!! 御一つ三百ゴールドになります!!」


「まだ沢山ありますので慌てないでくださいね!!」



 店員の接客態度、良し。


 覇気のある声に快活な笑み。喜び給え、諸君。私が及第点を差し上げてやろう。



 お次は客層ね、ふぅむ……。老若男女問わず幅広い層の人々が並んでいる。


 特定の層を狙った訳では無いのか。


 値段は少しばかり高いかもしれないがそれでも一般の方も手が出し易い良心的な価格設定。


 私好みの店だ。これは期待できそうね!!!!



「いらっしゃいませ!! 何個お買い上げですか!!」



 やっと出番だ!!


 店員の質問に無言で三本の指を元気良く立ててやった。



「三つですね!! 少々お待ちください!!」



 現金を支払い、私達が食べるであろうかつさんどが出来上がるまで。逸る気持ちを必死に抑え込んで再び観察した



 白い化粧で顔を美しく見せ、黄色の眩いドレスを身に纏う。そして上質な絹の上着を羽織れば絶世の美女のお出ましだ。


 油と手を取り二人は華麗な舞を披露する。


 彼は美女の手を取り、彼女の体温を上昇させ感情を高揚させる。


 それ程彼は踊りの手解きが上手く、美女は彼の腕の中に抱かれその寵愛を受け取っていた。



 しかし、永遠に続くかと思われた舞は突然の別れで幕を下ろす。



 颯爽と現れた二人の長い騎士が美女を掬い、私達の元に連れて来たのだ。



 有難う、騎士さん、油さん。そして……。美女よ。


 私はあなた達の事を忘れないわ。



「はい!! お待たせ!! 熱いから気を付けて食べてね!!」



 紙袋に包まれた美女を受け取ると私は人目も憚らず。



「ですからぁ!! 無断で横断は止めて下さ――い!!!!」



 泣きそうな声を上げるあんちゃんの声を無視し、最短距離を突っ切ってベンチに到着した。




 さ、さぁ……。


 出でよ、そして私の舌を満足させ……。



『軟弱者がぁ!! 退きやがれぇ!!』



 いってぇ!!


 な、何?? へ!?


 紙袋を開けた刹那。


 眩暈を覚えてしまう香りが私の鼻をぶん殴って天へと駆け昇って行ってしまった。



 思わず数度パチクリ瞬きをして、彼が描いた軌跡を見上げ。目の裏を刺激する太陽の光を惚けた顔のままで見つめていた。



『だ、だからぁ!! 置いて行くなって言っているだろ!?』


『マイちゃんの後を追うこっちの気持ちも理解してよね!!』



『ほっ?? あ、あぁ。わりぃわりぃ……』



 い、いかん。


 匂いだけで惚けてしまった。


 これはかなりの危険物だと思う……。決して、軽んじて食んではいけない代物よ。



『ほぉ!! こりゃ美味そうだ!!』


 ユウが紙袋を豪快に開くと、トロォンっと目尻が下がる。



『ユ、ユウ。注意して食べなさいよ?? 丹田に力を籠め、気を保って食べないと……。恐らく失神するわ』



『劇物じゃないんだから。んじゃ、頂きますっ!! はむっ!!』



 大きな口を開け、かつさんどを前歯で齧り口内へと迎え入れた。



『どう??』



 今にも腰付近から灰色の尻尾がにゅっと生えてしまいそうなルーが、ワクワク感全開で彼女の感想を待ち侘びている。



『くっはぁ――!!!! めっっちゃくちゃうめぇ!! サクサクの揚げ物と微妙に甘いパン!! そしてこのソースがまた合う!!』



 ほ、ほう。


 気絶はしなかったか。



『じゃあ私も食べようかな!! あむっ!!』



『ル、ルー。どう??』



 果たして、狼さんの舌はどんな評価を下すのだろうか。



『もいひ――!!!! 肉汁がじゅわぁって染みて、それがパンと野菜さんとソースと絡み合ってぇ。噛めば噛むほど美味しさが増しちゃうよぉ!!』



 小鹿のはらわたが好きな狼も太鼓判を押す代物か!!


 百聞は一見に如かず!!


 私も続くわよ!!



『頂きますっ!! はぬぐっ!!!!』



 猛烈な勢いでかつさんどさんに噛り付き、前歯で寸断した欠片を恐る恐る奥歯でむぎゅっと噛み締めた。



『ふぉうだ?? マイ――』


『て……』


『て??』


『て……、天才よ!! この料理を思いついた人は天才に間違いないわ!!』



 可愛い咀嚼を続けるユウに向け心に浮かんだそのままの言葉を伝えてあげた。



 な、何よぉ。これぇ……。



 想像していた味を超え、いや。


 私が想像しうる味の限界の更に上に存在する限界を易々と突き抜けて行ってしまった。



 一口噛り付けばパンの甘味が舌へ始まりの挨拶を交わしてくれる。そしてそれを通り抜けると豚肉の肉汁とサクっとした食感の衣が手を繋ぎ、舌を驚愕させた。。


 肉もパンも衣も全てが美味い。


 だが、この料理の決め手は何んと言ってもこのソースだ。甘辛く、そして塩分が程よく効いておりそれが全てを統括し五臓六腑を狂喜乱舞させる。



 うふふ、私をお忘れ??



 勿論、忘れてはいませんよ。舌に感じた最後の触感は野菜の優しい甘味。



 油とソースで肥えた舌を優しく包み、胃の中へ洗い流してくれる。


 あぁ……、幸せ過ぎて心が何処かへ逸れて行ってしまいそうよ……。



 私の舌に新たな歴史が書き込まれたわ。計算し尽くされた旨味に心の中で万雷の拍手を送った。



『うんめぇ――!! おいおい!! 何だこれ!!』


『もいひ――!! ほっぺが落ちちゃうよね!!』



 ふっ、どうやら私の舌に間違いは無かったようね。


 一心不乱にかつさんどを頬張っている二人を温かい眼差しで見つめていた。



 おっと、へへ。ソースが指に……。


 人差し指についたソースをちゅぴっと舌で舐めとり食事を再開する。



 参ったわね、これなら無限に食べられるわ。後でボケナスに作り方を教えておかないと……。


 アイツの事だ器用に作ってくれるだろう。


 そんな楽観的な事を考えながらかつさんどを口一杯にいれ、仲の良い友人に囲まれながら食を共にする。



 何か大切な事を忘れているよ?? と。


 大人しくクソ真面目っぽいもう一人の自分が惚けている私の肩を揺らすのですが……。



 今はそれ処じゃねぇんだよぉ!!



 悪鬼羅刹も慄く勢いで肩を揺さぶる腕を払い除け、一心不乱に手元の宝物へと齧りついたのだった。






 長髪の灰色の髪の女性がさも自信満々といった感じで胸をムンっと反らす。



「えへへ!! 今回は何んと二桁得点を得たのです!!!!」


「んおっ?? 珍しいじゃん。ルーが二桁得点なんて。あ、そう言えば選択問題が多かったな……」



 深緑の髪の女性が彼の机の上に何の遠慮も無しに腰掛けて話し。


 その堂々とした態度にちょっと顔を顰める彼と共に彼女の答案用紙を見下ろした。



「でしょう!? ユウちゃん、もっと褒めてよ!!」


「いや、褒めてないから」








 ルー=グリュンダ  得点 十八点




 毎日元気良く挨拶してくれて先生はルーさんの笑顔に癒されています。


 どんな人にも分け隔てなく接する性格は大変素敵ですよ??



 しかし。


 ルーさんはも――少し勉強に対して勤しむべきだと先生は考えています。


 せめて、お願いですから簡単な掛け算くらいは理解して下さい。


 それと……。


 先日、ルーさんがこのクラスの飼育係に立候補した事に対し。


 数名の生徒から少々首を傾げたくなる声が寄せられていたので、先生はルーさんの立候補を却下させて頂きました。


 その声とは、ほら。校庭に飼育箱がありますよね??


 その中で飼われている校長先生の伝書鳩を見つめ。


 御馳走だぁってポツリと漏らした様なので……。


 生物は生き物の命を頂いて生きています。それは自然の摂理。ですが、校内で血液滴る腸を食む女生徒が居たと報告を受ければ大問題に発展しかねません。


 愛玩動物は愛しむ為に生きているので、それを履き違えないで下さいね。




「「…………」」


「どうしたの?? 二人共。私の答案用紙見て固まって」


「なぁ、ルー」



 彼が震える声を御しながら話す。



「なぁに?? レイド」


「この前、行方不明になった一羽の鳩。まさかとは思うけど……」


「あ、あはは!! ち、違うよ――!! ねぇ!! そうだよね!? リュー!!」



 彼女の右隣り。


 むすっとした顔で答案用紙を睨みつけている灰色の髪の女性へ取り繕う様に話す。



「あぁ、脱走したのだろう」


「リューヴは何点だったの??」



 彼が彼女に問う。



「主、見るか??」





 リューヴ=グリュンダ  得点 七十二点




 先生のコメント



 ルーさんと顔は全く同じなのに、点数は天と地との差で先生は驚いています。妹さん……。いや、お姉さん??


 どちらか分かりませんが、先生の代わりに指導を施してあげて下さい。


 ルーさんは私が教えようとすると、全力疾走で廊下を掛けて行ってしまい。私の足では追いつけませんから。



 それ、と……。



 先生、授業中に悪い事したのかな??


 いつも先生を睨んでいるけど……。もし何か気に障った事があったのなら、教えて下さい。


 空手部のリューヴさんから睨まれたら先生ちょっと驚いちゃって授業に集中出来ませんからね。






「ギャハハ!! リューヴ!! お前さん、先生に怖がられてんじゃん!!」


「ユウ……。貴様……」



「ま、まぁ落ち着いてよ」



 彼が両者の間に入り、嘯く声を放つ灰色の女性を宥めた。



「――――。コホン。皆さん、今は自習の時間であって。自由時間ではありませんよ??」



 藍色の髪の女性が静かに放たれると。



「う――い。マイの奴が戻って来る迄、間違えた箇所直すか――」


「ユウちゃん!! 私も一緒にやる――!!」



 各々が風紀委員である彼女の声を受け、特に気に掛ける様子も無く普段通りの速度で移動を果たした。





 最後まで御覧頂き誠に有難う御座いました。


 それでは、皆様。


 おやすみなさいませ。

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