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第八十五話 きな臭い任務説明

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 地平線の彼方から風に乗って届く潮の香り、森の木々から放たれる大地の麗しい香。


 風光明媚な香りとは真逆の香りを嗅ぐと文明社会に帰って来たのだと実感させられるな。


 朝一番だというのに西大通りには思考と感情を持つ大勢の動物達が二足歩行で各々の目的地へと移動し、石畳の上に薄く積もった土埃を巻き上げていた。



 皆様、朝も早くからお疲れ様です。


 本日は晴天で御座いますので頑張って経済活動を活性化させましょう!!



 忙しなく西へ、東へと向かう馬車達の途切れを待ち。



「ちょっと――!! そこは横断禁止ですよ――!!!!」



 交通整理を続けるお姉さんのお叱りの言葉に対し、軽く手を上げて謝意を伝えつつ大通りを横断。


 本部へと続く生活感溢れる狭き道を進む。




 十日程度の休みでしたが……。


 全く体が休まらなかったのが本音です。それは全て、あの筍擬きの所為だよ!!!!


 あ、いや。アイツの食欲も多少影響はありますけども……。


 休暇とは本来心と体を休める為に存在しているのに、全くその意味を成さなかった。


 そして、休まらぬ体のまま本日から再び激務が始まるのです。



 少し位愚痴を零しても良いよね??


 雀の涙程に零しちゃうべきですよね!?



 それでも口に出さない自分の意気地のなさに辟易していると、普遍的な建造物の玄関口へと到着した。



 此処に来るのも久しぶりな気がしますね。


 レフ准尉、元気にしているかな?? 



「レイドです。只今戻りました」



 傷が目立つ木の扉を叩き、休暇からの帰還を告げる。



「ん――。入ってよ――しっ」



 またこの人は……。


 軍属足る者、覇気ある声で返答すべきなのです!!



「はっ!! 失礼します!!」



 清々しい朝に相応しい歌を奏で続ける雀さん達が驚いて飛び立ってしまう声量の声を放ち、若干心配になる軋む音を放つ扉を開けて入室を果たした。



「よっ、どうだった?? 初めての休暇は??」



 ちょっとだけ寝癖が目立つ黒い髪、夏服の灰色の軍服を普遍的に着熟し。


 机の上には読みかけの新聞と雑誌、その他諸々。


 紅茶片手に欠伸を放つ姿は変わっていないな。元気そうで良かったです。



「まぁ、程々に休めましたよ」



 勿論これは嘘です。


 疲労が更に蓄積されてしまったのが本音ですから。



「ほぉ――。そいつは結構。ん――……」



 報告書ですよね??


 勿論、理解していますけども。せめて一言二言言葉を添えて頂けたら幸いです。普通の人は手招きだけでは理解出来ません。



「此方が前回の任務の報告書と……。此方が!! 偽造書になります!!」



 背嚢から二種類の紙を取り出し、後半部分の書類を渡すときに敢えて大袈裟な声を放ってやった。




「確認するからちょっと待ってろ」


「はっ、了解であります」



 彼女の前に直立不動の姿勢で待機の姿勢を保持し続けていると、この姿勢が大変癪に障ったのか。



「目の前で立つな鬱陶しい。椅子に座って新聞でも眺めてろ」



 報告書に目を通しながら此方の脛をちょんっと蹴ってしまった。



「では、失礼します」



 レフ准尉の対面の席に着き、本日付の新聞の一面へと視線を落とす。



 西の防衛線の状況、最前線での兵士達とオーク共の小規模な戦闘、経済状況云々。



 ふぅむ……。


 これといって目に付く事件は見当たらないな。




「レフ准尉。オーク達の動きは大人しいままですか??」


「ん――?? あぁ、そうだよ。本部に御用聞きに伺った時、アレコレと情報を仕入れているけども。これといって目立つ動きは無い」



 誰から、何処で、その情報を仕入れているのかは伺いません。余計な詮索をしたら恐らく、共犯にされてしまいますからね。



「ちょっと不気味ですよね……」



 後半部分だけを掬い取って彼女の言葉に答えた。



 勢いが下火になるのには何か理由がある筈。しかし、その理由が分からないのだ。


 気味が悪いと思うのも当然だろうさ。



「あぁ、その点に付いてだがな。ほぉ……。蜥蜴擬きはこんな外観をしているのか。実に有意義な情報だな……」



 血と汗と涙の結晶体である俺の報告書を満足気に頷きながら眺めている准尉が口を開く。



「お前さんが南海岸線から不帰の森を北へと抜けて、ファストベースへと向かっただろ??」


「えぇ……。そうですけど……」



 報告書に記載したのはアオイの里から若干離れた位置から、北へ抜けたと記載しましたね。




「奴らに反旗を翻す為。その下拵えとして、不帰の森の中に潜む奴らの前線調査に向かった少数精鋭の決死隊があるみたいだぞ」



「ほ、本当ですか!?」



 う、嘘だろ!?


 不明瞭の大軍勢相手に無茶し過ぎだろ!!



「お前さんが焦る理由も理解出来る。例えば……。そうだな。此処に馬鹿デカイ岩があるとする」



 レフ准尉が手元の紙をクシャクシャに丸めて机の上に置く。



「このデカイ岩は平地から見れば一目瞭然だ。否が応でも目立つ。しかし、この小石はどうだ??」



 丸めた紙の手前に床から拾い上げた小石を置く。



「誰が、どう見ようとも馬鹿デカイ岩に目が向いてしまうだろ??」


「――――。成程、だから少数精鋭なのですね」



 大軍勢の兵力を集めて森の中へと向かえば相手に容易く察知されてしまうだろう。しかし、小石。いいや、砂粒程度の兵力で向かえば……。



「そういう事だ。だが、それでも生きて帰って来られる保障は無い。文字通り、決死隊なんだよ」


「彼等が向かった位置はどの辺りでしょうか??」



 まさかとは思うけども。


 アオイの里付近じゃないなろうな??


 以前提出した報告書には、魔物。つまりミノタウロスとオークが対立していると記載したからその付近には突入する利益は無い。



 問題はアオイ達の里だよな。


 あの森には恐ろしい蜘蛛の糸が張り巡らせられていたとしか記載していないし。



「私が仕入れた情報だと……。此処だな」



 レフ准尉が机の上に地図を広げ、アイリス大陸南方に広がる不帰の森のある地点を指した。


 そこは……。


 ふぅ、良かった。彼女達が住む森の随分と西へ向かった位置だ。



「第三次防衛線と第四次防衛線の間、ですね」


「平原から南へと向かって突入。森の中を南下し続けて奴らの位置を把握して帰還する任務だ」



 真面な人間なら決して首を縦に振りはしない。


 それ程に危険な任務だ。良く上層部が作戦の発令を許可したな。



「所属部隊、兵士の名、分隊の規模。その全てが記載されていなかった。危険度が高い任務だからな、公になったら不味いのだろう」



 そりゃそうだろう。


 態々死にに行けと任務を下したとなれば、各方面から批判が殺到し。軍部の名が失墜してしまうのだから。


 この繊細な時期に国民から信頼を失うのは痛過ぎる。



「彼等が無事に、そして吉報を届けてくれる事を願うばかりですね。それと……」


「どうした??」


「その情報。何処で仕入れたのですか??」




 パチパチと瞬きを繰り返す准尉に問う。


 聞きたくはありませんが、直属の部下である以上。ある程度の情報は共有しておきたのです。




「え?? 某大佐の部屋の扉を試しに開いてみたら、ぱっかぁんって開いちゃってさ。開いた扉を閉じようとしたら、運悪く足を引っ掛けて転んじゃって。コロコロ転がって向かった先にあった机の淵に手を掛けて立ち上がった時。偶々目に飛び込んできた情報なんだよ」



「何でそんな都合良く転ぶんですか!!!!」



 絶対嘘だし!!!!


 不法侵入じゃないか!!



「五月蠅いな――。地図を開いたついでに、次の任務の説明をするぞ――」


「金輪際止めて下さいよ!! 立派な軍規違反なんですから!!」



 停職処分ならまだしも、逮捕されて投獄される虞もあるんですからね!!



「はい、じゃあ説明を開始する」



 うっわ。


 サラっと流しちゃったよ、この人……。




「次の任務は……。此処、フリートホーフの街へと向かってもらう」



 レフ准尉が指した場所は王都レイモンドから南南東に向かった位置の街。



「人口約千名、主な産業は漁業並びに農業。そしてぇ……。棺桶の作成だってさぁ――。そこの街で作られた棺桶は立派でぇ。ホカホカの死人御用達なんだって――」


「死人がどうやって買い物をするのか、疑問が残りますね」



 おどろおどろしく話す准尉を半ば無視しつつ、地図に注視した。



 王都と街を繋ぐ延長線上には深い緑、つまり不帰の森が存在している。フリートホーフの街に向かうには……。



「王都から東へと向かい海岸線に出たら南下。それとも港町から乗船し、直接フリートホーフの街に乗り込む。この二択が手っ取り早いだろう」



 俺がパッと思いついた行程を准尉が代弁してくれた。



 只、一つ気掛かりなのが。最初の任務で不帰の森を南下したのだけれども、その行路を辿って行けば最短で到着出来そうなんだよね。



「お前さんも気付いているだろうけど。不帰の森を突っ切って大陸南海岸線に出て、そこから東へと向かう行路もある。お前さんが好きな行路を選択しろ」


「え?? それは何故ですか??」



「任務期間は約二十五日間の予定だし、それに特段急ぐ任務内容じゃないんだよ。ほれ、見てみろ」



 毎度御馴染、大切な指令書をぽぉんと投げる癖……。


 いい加減直してくれませんかね!!!!



 奥歯をきゅっと噛み締め、上質な紙を拾い上げ指令内容を確認した。



「え……っと。フリートホーフの北北西……。不帰の森の中にある屋敷の調査ぁ??」



「指令の内容は今読んでる通りだ。街の北北西、不帰の森を人の足で一日程度進んだ距離に建てられた屋敷の調査に向かってもらう。屋敷の位置を記した地図は後で渡す。 調査後、フリートホーフの街に戻ったら此方に向かい。屋敷内部の簡易的な様子を記載した紙を、伝令鳥を使用して送れ。どうだ?? 簡単な任務じゃあないか」



 移動時間が少々堪える程度で、任務自体はとても簡単で助かります。



 この任務の最大の問題は……。 



 何でそんな辺鄙な場所に屋敷を建造したのですか。




「一昔前、物好きな建築家が自然と文明の合体だぁ!! って訳の分からん事を叫んで建築したものの。立ち入り禁止区域に建築された建物なんざ、誰も住めやせん。買い手が付かぬまま建築家は他界。しかし、つい最近になって建築家の遺族に是非買い取らせてくれって打診があったんだとさ」



 あらら、此方の心の声を読み取られてしまいましたね。



「その物好きなお金持ちは誰です??」



「タンドア議員だ。指令書の下の方に書いてあるだろ」



 申し訳ありません。


 まだそこまで読破していないんですよっと。



 確か、タンドア下院議員って……。レシェットさんの屋敷に招待されていた、あの豪胆な議員さんだよね??




「傭兵を雇ったんだけど、そいつらが屋敷内部を見る前にビビって逃走。各方面に依頼を出すものの、どいつもこいつも尻窄んで首を縦に振りやしない。そこでぇ!!」



 何でも屋紛いの部隊。


 俺達の出番、って訳ですか。



「奴さんはそれなりの力を持った政治家だ。恩を売っておいて損は無い。そう考えて上層部の連中は指令を下したんだろうさ」



 恩を売って儲かるのはお偉いさん方。俺達働き蟻は本日も僅かな蜜を得る為に多大なる労力を提供するのですよ――っと。



「そう腐るな。任務を成功させれば私達の名前も向こうに行き渡る。それをコネにして色々と有益な情報を引き出せれば万々歳だろ??」


「末端も末端な軍人が有益な情報を得たとしても、使用する機会がありませんよ」


「馬鹿だな――。この御時世、最も大切な物は金と情報だ。その両方を得る絶好の機会だと捉えるんだよ」



 レフ准尉は良いですよね。


 本部でドカっと腰を据えて仕事するだけなんですから……。実際に向かう俺の身も考えて下さいよ。



「お前、今……。あ――あっ!! 貧乏クジ引かされちゃったな――。そして、俺の馬鹿上官は呑気に本部でグダグダと過ごすんだろうなぁ――!! って考えただろ??」



 大正解です!!


 そう言えたらどれだけ楽か……。



「砂粒程度も考えていません。荷物を整え、馬を連れて戻り。物資を乗せて行動を開始しますので失礼しますね」


「あっそ。これが地図ね――」



 再びポンっと無造作に放り投げられた地図を大切に背嚢の中に仕舞った。



 どの行路を使用するのか、一度カエデ達と相談しよう。


 出発はそれからでも遅くないでしょう。




「焦らなくても良いからね――」



 口とは裏腹に早く出て行けと、足元に絡みつく犬を追っ払う手を動きを放つ。




 今度の任務は森の中に建つ屋敷内部の調査、ねぇ……。


 公的機関の力を利用するよりも、私的機関を使用した方が手っ取り早いし。レフ准尉が仰っていた通り、態々借りを作る事も無い。


 あの大きな議員さん、何も考えずに依頼をしたのだろうか??


 それとも調査以外に何か思う事があって上層部に持ち掛けたのか。



 そしてもう一つの心配事は……。敵の存在、か。


 ミノタウロスの方々がどっしりと腰を据えて森の中に住んでいますので、オークの襲来はあったとして小規模だろうし。



 此方にはあの醜い豚よりも血気盛んな人達が居るからその点に付いての不安は無いのが助かります。


 いや、逆説的に捉えると。血気盛んな人達を御す方が疲れやしないか?? 



 軋む音を奏でる扉を開け、彼女達と合流を果たす為。ちょいと首を傾げながら西大通りへと向けて歩み出した。






「おらぁ――!! 何処行ったぁ!!」



 喧しい足音を立てて廊下を駆けて行った朱の髪の女性を白き髪の女性が見送ると、彼女は隣の席で難しい表情を浮かべている彼に対して声を掛けた。



「レイド様っ。厳しい御顔を浮かべていますけど……。如何為されました??」


「いや、俺なりに頑張ったんだけどさ。先生の期待に添えられない結果だったんだよ」


「そうなのですか……。まぁっ!! 私と同じ問題を間違えていますわね!!」



 白き髪の女性が彼の答案用紙を覗き込み、煌びやかな瞳を浮かべて話す。



「良かったら見る?? 後で間違えた箇所を教えて欲しいからさ」


「で、では!! 下校時に図書館へと参りましょう!! 本日の部活動はお休みですわよね!?」


「どうして知ってるの?? まぁいいや、はい。どうぞ」



 彼は己の答案用紙を彼女へと手渡した。






 レイド=ヘンリクセン 得点 七十五点




 先生のコメント




 先生が教えた通り、基礎は完璧に仕上げてくれましたね!!


 うんうん!! レイド君のそういう真面目な所は好評価ですよ!!


 基礎がしっかりしている建物は崩れないと言われている様に、レイド君の基礎は素晴らしいです!!


 ですが……。


 応用が今一ですね。


 基礎ばかり勉強するのでは無く、応用にも手を加えるべきだと先生は思います。


 後!! 先日家庭科の授業で作ってお裾分けしてくれた肉じゃが。物凄く美味しかったです!!



 実は、ですね。先生の実家は養蜂を営んでいまして……。蜂蜜を生かした料理を教えてくれたらなぁ――って。


 レ、レイド君さえ良かったら一度見に来ますか!? 養蜂は奥が深いですよぉ。甘くて病みつきになっちゃいますから!!





「中途半端な成績だろ??」



 震える手で答案用紙を持つ白き髪の女性へと話す。



「レ、レ、レイド様……。期待に沿えるどころか。添い遂げているではありませんか!!」


「どういう事?? あ、そうだ。アオイの答案用紙も見せてよ」


「あ、ちょっと!!」



 机の上に置かれている答案用紙を何気なく手に取り。彼女の成績を確認した。









 アオイ=シュネージュ=スピネ  得点 八十八点





 先生のコメント



 アオイさんは基礎も応用も完璧です。


 正に非の打ち所がないと、先生は思っているのですけど……。どうしてレイド君と同じ証明問題を一字一句間違う事無く、間違えているのですか??



 カンニングを疑う訳ではありませんが、そういう事は良くないと思いますよ??



 手芸部の白雪姫と呼ばれ、全国大会にも出場し。品行方正なアオイさんは将来を期待されているのですからもう少しちゃんとしましょう。


 それに、席替えの際。


 何かと先生にいちゃもんを付けて彼の隣に居座ろうとするのも良くありません。


 アオイさんは授業以外の事にちゃんと目を向けるべきですっ。




「――――。さてと、自習をしようかな」



 彼は無言で彼女に答案用紙を返却、机の中から教科書を取り出し。


 間違えた問題の復習を開始した。



「ち、違うのです!! レイド様!! これには海よりも訳がぁ――……」


「あはは!! アオイちゃん!! レイドに叱られてるね――!!」



 灰色の長髪の女性が彼女の背中をツンツンと突く。



「喧しいですわよ!! これは……。そう!! 愛の試練なのです!!」


「また良く分からない事言って――。ねぇ!! レイド!! 私の答案用紙も見てよ!!」


「はいはい。了解しましたよっと」



 彼は彼女から差し出された答案用紙を致し方なく受け取り、その内容を見て驚愕したのだった。






最後まで御覧頂き誠に有難う御座いました。


それでは皆様、おやすみなさいませ。



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