第八十四話 度を越した悪戯
お疲れ様です。
本日の投稿なります。
それでは御覧下さい。
分厚い鉛色の雲が空一面に広がり太陽が一番高く昇る時間帯であるというのに、森の中には至る所に闇が生まれていた。
鉛色から漆黒に変化した雷雲から鼓膜をつんざく雷鳴が轟く。
そして、強風に揺られ森の木々が放つ掠れた音が悪天候の中で行進を続ける男性二人に不安感を与え続けていた。
「うわっ!!」
地面の泥濘に足を取られた男性は意図せぬ声を上げてしまう。
「おいおい、こんな所で転んで怪我でもしてみろ。俺はお前を見捨てて帰るからな」
軽快な笑い声をあげ、彼の驚く様を見てもう一人の男は笑った。
「うるせえなぁ。こんな大雨……。いや、嵐か。悪天候なんだから仕方がないだろう??」
吹き荒れる上空へと指を差して話す。
「へいへい。でもさぁ――。お偉い方さんの依頼だからって、何もこんな日に出掛けなくても良かったんじゃない??」
「俺達は所詮、下働きが似合うんだよ。不帰の森の中に建設した屋敷を見て帰って来るだけで数十万もの金が貰えるんだぞ?? ぼろ儲けじゃねぇか」
「お前なぁ――。この森の中にはオークやら、魔物が住んでいるから立ち入り禁止区域に指定されているって知らないの??」
「知ってるさ。だから俺達以外、この仕事を受ける奴等が居なかったんじゃん」
男がそう話し、雨と汗。そして不必要に握り締めた所為でクシャクシャな折れ目が目立つ地図へと視線を落とした。
「方角、合ってる??」
「ん――……。多分……」
「多分!? 折角ここまで歩いて来たのに遭難しちゃいましたぁ――ってオチは勘弁してくれよな!?」
「うるせえ!! だったらお前が……。っ!?」
男達が吹きすさぶ風に負けない声量で叫んでいると雷鳴が轟き。眩い閃光が放たれた。
そして、その閃光が森のずぅっと奥にひっそりと建つ屋敷の一角を照らした。
「あ、あれか」
固唾を飲み込み、屋敷が存在するであろうと思しき方向へ男が進む。
「お、おっかねぇなぁ……」
泥濘に足を取られまいと慎重に歩みを進めていくと、遂に彼等が探し求めていた古ぼけた屋敷が出現した。
経年劣化した外壁には至る所に穴が空き、室内から漆黒の闇が彼等を窺う。その闇から今にでも異形の存在が飛び出し、彼等の命を奪い去ろうと画策している様にも見えてしまう。
所々破壊されて風と雨を防ぐ役目を終えた窓硝子、屋敷全体を複数の蔦が覆い尽くしその外観はさながら。
「お化け屋敷。だな??」
「止めろって!! 縁起でも無い!!」
「あの屋敷には魔物が住み着いて俺達を食おうと待ち構えているのさぁ――」
震えあがる男へと獣の手を模し、大袈裟におどろおどろしく話す。
「ば、馬鹿野郎!! そ、そ、そんな奴が居る訳ねぇだろう!!」
「冗談だって、真に受けるなよ。さて!! 後は中をちょろっと確認して帰る……」
男が二階部分へと視線を向けながら話していたのだが、不意に言葉を切ってしまった。
「どした?? 早く入ろうぜ」
「い、いや。止めよう……」
「はぁ?? 何で??」
「い、今。二階の窓から、誰かが俺達を恐ろしい瞳で見下ろしていたんだよ」
男が二階にある一つの窓を指差す。
彼はそれに従い、視線を送った。
「――。誰も居やしないじゃん。どうせお前のみまちがっ……」
雷鳴が響き再び閃光が迸ると、屋敷全体を刹那に照らす。
そして、窓の奥から赤く染まった恐ろしい二つの光を彼等は捉えてしまったのだった。
「「ぎ、ぎぃぃやあああああああ!!!!」」
大気を震わせる雷鳴よりも、そして渦巻く風の音よりも大きな叫び声を上げて踵を返す二人の男性。
二つの恐ろしき光は彼等を見届けると、背後に潜む闇に紛れる様に姿を消してしまったのだった。
◇
優しい風がふわりと吹くと草が擦れ合い、春の訪れを予感させる音が鼓膜を刺激。
柔らかい光が体中を包み込み、その光の力は心の奥底まで届き。体の中に存在する精神までをも弛緩させてしまった。
王都に帰還したのは休暇最終日の夕刻。
そこからいつもの宿に訪れて、耳を塞ぎたくなる喧噪の中で顔を顰めつつ報告書を作成していたのに……。
何時の間にやら眠っちゃったのかな??
だが、まぁ……。眠ったのなら仕方ないよね!!
この心地良い状態を言い表すのなら、正に夢心地。
可能であるのならいつまでもこの感覚に身を委ねていたいのですが……。
何故だか理解出来ないが。
心地良い感覚が急に悪い方向へと転換してしまい、頭の中に血が上るあの閉塞感にも似た症状が発生。
鼻から何かが飛び出してしまいそうな感覚に顔を顰めつつ、上瞼を地面の方向へと向けて開いてやった。
「……。あ、起きましたね。おはようございます」
視界の先には満面の笑みでセラが此方を悠々と見下ろしていた。
煌びやかな金の髪の女性の背後には美しい水面が僅かな凪を放ち見る者の心を躍らせ、深緑の木々が湖を囲うように生えている。
深緑と青色と麗しき女性。
正にぐうの音も出ない程に完成された光景だ。
只、この光景が正反対になっていなければの話です。
「おはよう……」
ニッコニコの笑みを放つセラへと声を放つ。
「ふふ、まだぼ――っとしていますね」
そりゃそうでしょう。
逆さまになっているのだから。
俺の前にちょこんとしゃがみ込むと。人差し指をピンっと立て、鼻頭をツンツンと突く。
その笑みはどこか少女のような明るい雰囲気を与えてくれるのですが……。問題は何故、俺が逆さまになっているのかだ。
その問題を問う前に、先ずは挨拶っと。
「久しぶりだね、セラ」
「はいっ!!」
空に浮かぶ太陽も思わず嫉妬してしまう明るい笑みで此方の挨拶を受け取る。
「元気にしてた?? それと……。どうして俺は背の高い鉄棒に足を括り付けられているのかな??」
空へと視線を向けると、鉄棒の天辺に膝の内側が括り付けられている。
しかも、拘束方法は光の輪によってだ。
決して逃さないぞと物言わずとも、光の輪によって言い表していた。
「仕事が忙しかったので元気では無いです……。その所為でレイドさんと中々会えなくて。その負の連鎖が続き、もうクタクタなんですよぉ」
緑の絨毯の上にペタンと臀部をくっつけ天を仰ぐ。
金色の長髪が風に揺れ、彼女はそれを抑えるように細い指で耳に掛けた。
いや、そうじゃなくてね??
俺が干し柿みたいに吊るされている理由が知りたいんですよ。
「その、セラ。何で俺はこうしてぶら下がっているのかな??」
恐らく、というか。
十中八九貴女が括り付けたのだろう。
「え――。分からないんですかぁ――??」
天を仰いだまま、此方に一切視線を送らずに話す。
はい。分からないから尋ねているのですよ。
「まぁ、突然呼び出されて。天井から糸を垂らしてぶら下がる蜘蛛みたいになっていたら驚くのは当然でしょうね――」
呼び出すって。
これは俺の夢だから呼び出すもなにも……。
「まぁったそうやって私の事を信じないのですか?? 私は天使なんですよっ」
もうその台詞は若干聞き飽きましたね。
「聞き飽きても信じて貰えるまではずぅぅっと言い続けますからね!!」
「分かったよ。セラ天使様は一体全体どうして俺を呼び出して、吊るしているのかな??」
適当に肯定しておけば気分も直るでしょう。
「直りませんっ!!!!」
「距離感っ!!!!」
此方に向かって急に上体を起こすものだから危く鼻頭が接触してしまいそうだったじゃないですか!!
「へぇ――。あの海蛇さんとは鼻頭をくっ付けてもぉ――。私とはくっ付けたくないんだぁ――」
ウミヘビじゃなくて、海竜さんね。
もしかして、あの島の一部始終を御覧に??
「えぇ、レイドさんの行動は四六時中把握していますからねぇ。前回も言ったじゃないですか」
「見ていたのなら助言をくれれば良かったのに」
天使さんであるのならば、生物を超越した力を御持ちの筈。それを利用してあの筍擬きの危険性を知らせてくれれば、余計な怪我を負う事も無かったんだし。
「そうしたいのは山々ですけどね、人との干渉は出来るだけ避けるようにとの通達が来ているのですよぉ」
それならこうして呼び出すのは不味いんじゃないの??
しかも、鉄棒器具付きで。
「安心して下さい。ここはレイドさんを呼んでもばれにくい場所ですから。そう、悲鳴を上げても誰も来ません……」
淫靡で淫らな唾液を纏わせた舌で唇を舐め、怪しい艶を帯びた唇を動かしてそう話す。
「え、えぇっとぉ……。背筋がゾクっとする視線を向けて、どうしちゃったのかなぁ――??」
「まだ気が付かないんですかぁ??」
ごめんなさい。皆目見当も付きませんよ。
俺達は只、あの島に休暇へと向かって。訳も分からん騒ぎに巻き込まれただけのだから……。
「おっかしいなぁ?? それじゃあ胸に手を当てて聞いてみましょうか」
俺の前に立ちふさがり、腹部に手を当て。此方の体をゆぅぅっら、ゆぅぅっらと揺れ動かす。
すいません。
体、揺らすの止めよう??
「揺れ動かすのを止めて欲しければぁ。休暇中に起こった出来事を詳しく言っていきましょうか」
休暇中の出来事??
ふぅむ……。
「無人島に行って、魚を釣って。あの刺身は美味かったな」
「綺麗でしたよね!! 私も食べたかったなぁ」
「それから筍に襲われて……」
「はい、そこで止まってくださぁ――い」
俺の口に細い指を宛がい、言葉を止める。
「何??」
「抜けていますよぉ??」
抜けている??
あぁ、そう言えば。海でも遊んだな
「あの泥棒猫共の水着姿に見惚れたのは百歩譲りましょう。若気の至りも然りです。しかし、まだ言う事は残っていますよねぇ??」
おっとぉ。
この顔はかなり不味い。嗜虐心の塊のような悪い笑みだ……。
「いや、特に無いと思うけど??」
「困ったなぁ?? 私の決まりによると、嘘付きさんにはお仕置きしないといけないんですよぉ――」
困った人はそんな悪い顔は絶対浮かべません!!
「まっ、折角苦労して吊るしたんだし。使わなきゃ勿体無いですよねっ。さ、いらっしゃい。私の可愛い玩具達っ」
セラが指をパチンっと鳴らすと。
彼女の背後から長い木の棒の様な二体の物が現れ、長い体を波打つように動かして移動し。
「「……っ」」
二体同時にセラ前でキチンと整列を果たした。
「んふふ。良い子達ですね――。調教した甲斐がありますよ」
うっとりとした表情で二本の棒擬きを見下ろして話す。
や、やだ。何、アレ……。
外観は肌色の棒なのに蛇みたいに動いてちょっと怖いんですけど。
そして、最も危惧すべきなのはアレの使用用途だ。
棒状の形から察するに、柔らかそうな体を硬化させ。物干し竿からぶら下がった布団をブッ叩く要領で俺の体を酷く痛めつけるのか。
将又。
此方の体を絹豆腐と見立てて突き刺すのか……。
「安心して下さい。その二つの使用用途は外れていますから」
「安心の意味が違う!!」
「真の安寧を求めたければぁ。あの島で起きた事を思い出せば良いんですよ――??」
セラは何が気に入らないんだ??
水着の事は許してくれただろ??
いや、別に水着を見たって罰が当たる訳でもあるまい。もっと他の事に怒りを覚えている筈だ。
腕を組んで、唸り。
記憶の海から彼女が求めている記憶を探るのですが……。残念ながら全く思い浮かびませんね。
「中々思い出さない悪い旦那様にはお仕置きです。さ、お行きなさい」
彼女が此方に向かって指を差し、指令を放つと。二体の棒擬きが目を疑う速さで大地の上を這って来た!!
「な、何ぃこれぇ!! やだ怖い!!」
「「っ!!」」
ぶら下がって標高が低くなっている俺の顔に飛び掛かろうと、地面を勢いよく蹴る。
いや、棒擬きに足は無い。正確に言えば跳ねた、だ。
「あっぶねぇ!!」
腹筋を限界まで稼働させ、上体を起こして棒擬きの体を躱す。
「うふふ。いつまで続くかなぁ??」
「ちょ……!! あぶっ!! やめて!!」
「「っ!!!!」」
何度も何度も俺の顔にしつこく飛び掛かろうとする棒擬き。
得体の知れない奴に触られるのは好ましくない。そっちがその気なら……。
お前さん達の跳躍力と、俺の腹筋力。どっちが上手か根競べをしようじゃないか!!
「流石鍛えているだけありますねぇ」
「お、俺が一体何を。あっぶな!! したって言うんだ!!」
「いい目ですねぇ。レイドさんの狼狽える目、大好きだなぁ」
お願いします!! 話を聞いて!!
恍惚の表情を浮かべて俺が必死に抗う様を見続ける彼女へと問うた。
「じゃあもう少し分かり易く言いましょうか。あの島に温泉、ありましたよね??」
「あぁ。いいお湯だったよ??」
待てよ……。
セラがここまで怒るのにはそれなりの理由がある筈。
「「っ!!」」
あっぶねぇ!! 飛び掛かるな!!
今し方、彼女から発せられた言葉から連想される記憶は……。
「あ……」
成程。これなら合点がいく。
「思い出したようですね!!」
「あ、あぁ。アオイが無断で入って来た事だろ??」
「正解ですぅ。あはは……。やっと思い出しましたねぇ?? 偉い、えらい、エライィ……」
そう話すと彼女の顔から生気が消失し、乾いた笑みを浮かべてしまった。
その顔を捉えると頭に血が上っているってのに。さぁぁっと足元へと向かって血の気が引いていく感覚を見事なまでに捉えてしまう。
「あれは不可抗力だ!! 俺は悪くない!!」
「男の人はそうやってす――ぐ責任転嫁するんですよねぇ。そう本に書いてありました」
どんな本を読んでんだよ。
その著者を呼び出して小一時間程説教してやりたい気分になった。
「責任転嫁も何も、普通に入浴していた所に彼女が入って来たらどうしようもないじゃないか」
おっと。
ふふ、今のは危なかったぞ?? 棒擬きさん達。
「例えレイドさんが悪く無くても、私の気分が悪くなっちゃったのでこうしてお仕置きをしようとしているのですよ」
横暴だ!!!!
何で夢の中でも拷問されなきゃいけないんだよ!! 普通に寝かせてくれ!!
「あ――。も――!!!! 早く体に取り付きなさいよ。私、我慢強い方じゃないんだけどなぁ――!!」
地団駄を踏み。明らかに憤りを放つ彼女の言葉を受け、二本の棒擬きが焦り始め飛び掛かって来る回数が増えて来ますが……。
残念だったな。
お前さん達の跳躍力よりも、俺の体力の方が勝っているようだ。
幾度と無く腹筋を続け、回避行動を続けていると二本の棒擬きがふと動きを止めてしまった。
「……っ」
「っっ!!!!」
え?? 何してるの??
互いの頭部らしき場所を接触させて相談らしき所作を行っているけども……。
そして、お互い納得した答えが得られたのか。
頭部らしき場所を二度コクコクと頷き、一体の棒擬きが地面へと横たわった。
お、おいおい。
まさか、コイツ等!!
「っ」
「っっ!!!!」
や、やっぱりそうだ!!
一体が土台となって、もう一体がその上に乗り。更なる跳躍力を得る算段かよぉ!!
「止めろ!! 合体するな!!」
俺が叫ぼうがお構いなしに俺の体へと向け、キチンと角度を整える棒擬き。
そして、土台の棒擬きが激しく跳ねると……。
「っ!!!!」
「い、いやぁぁ!! なにこれぇ!! 気持ち悪い!!」
棒擬きが俺の背に飛び移り、服を掻き分けて背中へと侵入を開始した。
生温い生命体にも似た感覚が背中を這いずり、多大なる不快感を与えて来る。
「お、おい!! こいつ何をする気なんだ!!」
「うふふ……。その子は、男性の穴の中に潜り込む事が大好きなんですよっ」
あ、穴って。
ま、まさかぁ!!!!
「んふっ。せ――いかいっ」
嗜虐心全開の顔で此方の考えを読み取ってしまった。
「と、取って!! 取って下さい!!!!」
全身の筋力を駆動させ、棒擬きを振り払おうとしっちゃかめっちゃかに暴れ回るが。
「だ――めっ」
これ以上暴れないよう、大変悪い笑顔で俺の顔を両手で挟む。
背中の棒擬きは敢えて恐怖感を与えようとしているのか。
回りくどい軌跡を描き、腰付近を目指して登って行く。
「た、頼むよ!! 俺が悪かったからぁ!!」
「男の人は追い込まれるとそ――やって良い訳するんですって。ここで甘い顔をしちゃったらまた同じ過ちを繰り返すので。一度、キチンと罰を与えなきゃいけないんです。私も本当は心苦しいんですよぉ??」
絶対嘘だし!!
心苦しさとは掛け離れた顔浮かべてんじゃん!!
「地面に頭部が埋まる位に土下座するから許して下さい!! ――、ひぃっ!!!!」
棒擬きが腰辺りに到着し、ズボンの間に侵入しようと画策している。
むず痒い感覚と、これからどうなるか分からない恐怖が心を埋めていく。
「た、助けて!!」
声を張り上げ、最後の懇願を叫んだ。
誰か……。助けてくれ!!
「あはは!! さぁぁ、お行きなさい。私の……。チッ」
彼女が恐ろしい舌打ちを放った刹那。
何処まで落下して行く感覚が体を襲った。
「あ――あっ!! 残念だなぁ!! もう少しでお仕置き出来たのに――」
慎ましい態度で日々の生活を送りますので、どうか見逃して下さい……。
「次来た時はもっと素敵な歓迎方法を考えておきまね――」
温かい紅茶のおもてなしが良いですね。
「紅茶……。痺れ薬を混入しても宜しいですかぁ??」
駄目に決まってんでしょ!!
「冗談ですよぉ――。それでは、またの機会にぃ……」
心臓がきゅっと窄んでしまう笑みを浮かべる彼女に別れを告げ、深い闇へと落ちて行く感覚に身を委ねた。
――――――。
「…………。取ってぇぇええええ!!!!」
血液が入り混じった唾液を吐き出す勢いで叫び、跳ね飛びながら上体を起こすと
「は、はれ??」
いつもの安宿のベッドの上で目を覚ました。
全く……。
何て悪夢だよ。
休暇では筍擬き騒動に巻き込まれ、帰って来ては悪夢を見る。踏んだり蹴ったりの日々じゃないか。
荒い呼吸を整え、何気なく右隣りを見つめると。
「…………」
俺の叫び声で目を覚ましたのか。
カエデがシーツの中でもぞもぞと蠢き、ひょこっと目元だけ覗かせて此方の様子を窺っていた。
「酷い悪夢でも見たの??」
今日の寝癖は……。
あぁ、アレだ。蒲公英の種子だね。
「まぁね……」
ベッドから足を投げ出し、ちょいと汚れと傷が目立つ床に接着させて話す。
窓から差し込む光からして……。
そろそろ出発した方が良さそうだな。
「着替え??」
「うん。昨日の夜も言ったけど、報告書を提出して次の任務の説明を受けなきゃいけないから」
先ずは着替え――っと。
上半身の寝間着をパパっと脱ぎ捨て。壁に掛けている軍服の下へと向かった。
「直ぐ、街から出るの??」
「それは聞いてみないと分からないかな。任務説明に時間が掛るだろうし、好きに街中を散策すればいいよ」
まぁ、言わなくてもアイツは出て行くだろうけどさ。
「ガラッピィ……」
三つあるベッドの中央。
その真ん中で気持ちの悪い鼾と、涎を零し続ける深紅の龍。
脇で眠る狼さん達はというと。
「「……」」
二頭とも、ちょいと眉を寄せて眠り辛そうにしているね。
「カエデは図書館に出掛けるんだろ??」
「……」
ゆっくり、大変長い瞬きをして此方を見上げる。
恐らく、肯定の意味でしょう。
「久方ぶりの活字の海に胸を躍らせているんじゃない??」
「正解。ふわっ……」
欠伸を放ちながら話す声色。
ちょいと可愛いと思ったのは内緒です。
「じゃ、行って来るよ。皆にも今の事伝えておいて」
「任された……」
あはは、二度寝の姿勢ですか。
シーツの中に潜って行っちゃったね。
「行って来ま――す」
仕事に向かって家を出る家長の台詞を放ち、埃と木の香りが混ざった空気が充満する廊下へと出た。
さてと!!
気分を切り替えて任務に臨むとしますか!!
微睡む体に覚醒を促す為、両頬をパチンと叩き。
朝に相応しい光が射しこむ廊下を敢えて大股で進み、本部とは名ばかりの一軒家目指して宿を後にした。
「はぁ――い。皆さん、席に着いて下さ――い」
教師が両手一杯に答案用紙を抱えて薄い桜色の髪を揺らして教室に入って来ると、喧しく騒いでいた生徒達はそれぞれ複雑な表情を浮かべて女性教師に従い己の席に着く。
「先日行ったテストの答案用紙を返却します――。名前を呼ばれた取りに来て下さいね」
「おっしゃあ!! ユウ!! 勝負よ!!」
朱の髪を大袈裟に揺らし、隣の席の女性の肩口を何の遠慮も無しに叩く。
「点数が高い方が勝ちな?? 負けたらジュース驕れ」
「おうよ!! 今回の数学はぁ、私の第六感がビンビン冴えわたったのよ。もう返って来る前から勝利の予感がするわねぇ」
「お前さん。毎度同じ台詞吐いて、結局あたしに負けてんじゃん」
「喧しい!! 馬鹿乳女めが!!」
白いシャツと紺のブレザーの内側から外に飛び出ようと画策する彼女の胸に拳を叩き込む。
「マイさ――ん。取りに来てくださ――いっ」
「おうよ!! 待ってろ、姉ちゃん!!」
「私は貴女の姉ちゃんじゃあありません。はい、どうぞ」
深紅の髪の女性が答案用紙を颯爽と受け取り、瞬き一つの間に席へと戻る。
「ユウさん」
「う――い」
深緑の髪の女性が答案用紙を受け取り席に戻ると、互いに笑みを浮かべて相対した。
「先生は教室からちょっと外しますので、皆さんは自習をしていて下さいね」
教師らしからぬ所作で、ソソクサと教室を後にし。
それをきっかけに第一回戦が開始された!!!!
「おっしゃあ!! 掛かってこいや!! チンチクリン!!」
「ギッタンボッコンにしてやらぁ!! 乳娘が!!!!」
「「せ――のっ!!」
マイ=ルクス 得点 二十八点
先生のコメント。
目を疑いたくなる大きさのお弁当、誰が作ったのか問いたくなる誇大膨張したパン、甘過ぎて舌が溶け落ちてしまいそうな御菓子。そして何処から持ち込んだのか首を捻りたくなるカツ丼。
先生の授業は御飯を食べる時間じゃないのですよ?? 授業は勉強する為の時間です。もう一度、小学生からやり直した方がマイさんの為になるかもしれませんね。
そして、これは授業と関係無い話なのですが……。
購買の食料を食い尽くしたからといって、他校の購買部に堂々と足を運ぶのは止めて下さい。
隣の高校から本校に苦情が寄せられています。其方の生徒が普通に購買で御飯を買って、しかも無尽蔵に食い尽くして生徒が迷惑しているって。
その点について、小学生よりも。幼稚園から学んだ方が良いかも知れませんねっ。
寧ろ、幼稚園児から倫理観を学んで下さい。
ユウ=シモン 得点 五十八点
ユウさんは基礎も応用も後少しといった感じですね。授業中、部活の朝練を言い訳にグースカ眠らなければもっと得点は伸びると思います。
あ、後。
制服のサイズが合っていないと思います。
先生が購買部の方々に掛け合ってユウさんに見合う寸法の制服を特注しても良いですよ??
「ギャハハハ!!!! マ、マイ!! お前ぇ、何が自信あるだよ。赤点だし!! あたしの半分にも満たない点数じゃん!!」
「そ、そんな筈はっ……」
「し、しかも。幼稚園から出直して来いって……。アハハ!! 朝っぱらから腹筋いてぇ――!!」
「あの糞教師めぇ……。私に喧嘩売られると考えて、ソソクサと出て行ったのか!! 首根っこ掴んで引き戻してやらぁぁ!!!!」
深紅の髪の女性がけたたましい足音を奏で、教室から出て行く。
白き髪の女生徒が大きな溜息を吐き、その様子を見送ったのだった。
最後まで御覧頂き誠に有難う御座います。
まだまだ残暑厳しい季節ですので、体調管理に気を付けて下さいね。




