第八十三話 非日常の夜明け
お疲れ様です。
本日の投稿になります!!
それでは御覧下さい。
木々の合間から一日の始まりを告げてくれる陽射しが音も無く降り注ぎ、磯と緑の混ざり合った馨しい香りが心を落ち着かせてくれる。
何の心配もする事無く、溶けた牛酪の様に体を弛緩させて朝を迎えるのはこの島に来てから初めてかも知れない。
最高な朝だ……。
今日で帰るのは勿体ないよ。
「ふぅ……」
休暇本来の朝の姿、並びに静かな時間を満喫して寝返りを打つと。
白き髪の女性が俯せの姿勢となり、苦悶の表情を浮かべている姿を捉えてしまった。
「くっ……。うぅっ!!」
「アオイ、二つの林檎を動かさないで下さい。治療に専念出来ません」
カエデが俯せの状態の彼女の桃尻に対し水色の魔法陣を翳すと
「分かっていますわ!! き、傷が染みて……。きゃんっ!! 勝手に体が動いてしまいますのよ!!!!」
刺痛を感じてしまったのか、上体をビクンッ!! と上下させ。治療を続ける彼女に対し苦言を呈す。
「見事なまでに真っ赤に腫れ上がっているな……」
カエデの治療を物珍し気に眺める翡翠の瞳の狼が話す。
「あ、あ、あのまな板めぇ……。恐らく、この美麗で、眉目秀麗の体に嫉妬して不必要な攻撃を加えたのですわ!! 私の意識が無い事を良い事にぃ……っ!!」
あ、あはは。
そんなに眉を寄せたら端整な御顔が台無しですよ??
昨晩。
あの筍擬き事件を解決してから、疲弊して今にも泣き叫びそうな体を駆使し。マイとユウ、三名で各地に横たわる女性達を協力して夜営地へと運んだ。
暫く様子を窺っていると各々が目を覚まし、今回の事案を説明すると皆等しく目を見開き驚愕の様を表していた。
そりゃあそうだろう。
良く分からない生物に体を乗っ取られ、仲間に対して襲い掛かっていたのだから。
記憶があるのかどうかと尋ねた所、これまた皆等しく明瞭には覚えていないとの事。
この症状もあの手帳に記されていた通りであった。
ある程度の事情を説明し終えると、徹夜明けに米俵一俵担いで数十キロ走破したかの様な疲労感が襲い掛かって来たので適当に毛布を敷いて眠りに就いたのです。
腕に巻かれている包帯を見る限り、俺が眠っている間にカエデが治療を施してくれたのだろう。
彼女の藍色の目の下には珍しく青いクマさんがどっしりと腰を据えているのが良い証拠です。
「しかし、アオイ……」
「何ですの!? リューヴ!!」
「この下着擬きは一体どういう仕組みなのだ??」
此方からは死角になって見えませんが。恐らく、着物の裾をガバッ!! っと開き下半身全てを剥き出しにして治療を受けているのでしょう。
「これは下の水着ですわ。普通の下着を着用すると負傷箇所が擦れて痛いのです」
成程、あの紐状の水着はそういう使い方も出来るのか。勉強になります。
「本来であればレイド様に美麗な二つの桃を召し上がって頂くつもりでしたが。この様に腫れあがった醜い果実を見せる訳には……」
っと。
目が合っちゃいましたね。
「おはよう、皆」
上体を起こすとあの桃を捉えてしまうので、多少行儀が悪いかと思われますが仰向けの姿勢のまま。
朝一番に相応しい台詞を三名へと放ってあげた。
「レ、レ、レイド様!! 此方を向かないで下さいまし!! レイド様の御目を穢してしまいます!!」
真っ赤に染まったアオイの顔も珍しいな。
懸命に着物を閉じようとするのですが……。
「リューヴ、アオイの手を抑えて。治療が出来ないから」
「あぁ、了承した」
リューヴが人の姿に変わると、主治医の指示に従い強面の助手さんがアオイの手を拘束してしまった。
「は、放しなさい!! この醜い姿を見られる位なら、私は潔い死を選びますわ!!」
腫れあがったお尻を見られた位で自害するって……。
女性という生き物は大変繊細なのですねぇ。
「見ないから安心しなよ」
地面に敷いている薄っぺらい毛布に顔を埋めようと躍起になっている彼女から視線を上空に向けてそう話す。
「さ、左様で御座いますか……。し、しかし!! これは逆に良い機会なのでは!?」
良い機会??
「普段は小振り、且月も羨む湾曲する私の臀部ですが。こうして熟れた林檎の状態になるのは稀。つまり!! レイド様が大きなお尻の私を眺めて発奮する可能性も捨てきれませんわ!!!!」
天才科学者も降参してしまう滅茶苦茶なこじ付けですよ、それは。
「大きさに対して拘りはありませんので、あしからず……」
寝返りを打ち、アオイ達に背を向けながらそう言ってやった。
「あ――ん。レイド様ぁ――。素敵な横顔をお見せ下さいましぃ――」
朝っぱらから何て甘い声出すんだよ。
この素晴らしい光景に則した声色で話しなさい。
此方を振り向かせようと躍起になる甘い声と、時折悲鳴にも似た痛みを我慢する声が交互に届き。溢れ出ようとする笑みを我慢していると本家本元。
騒音の発生源が大手を振って西の方角から帰って来てしまった。
「ち、畜生がぁ!!!! ま、また釣れなかったじゃない!!」
深紅の髪の女性は己の不甲斐無い釣果に対し、牙を剥き出しにして釣り竿を担ぎ。
「だから言っただろう?? お前さんじゃ無理だって。わっ、ちめてっ!!」
三名の内、真ん中を歩く深緑の髪の女性は木の桶の中から放たれた海水をモロに浴びて顔を顰め。
「へへ――ん。マイちゃん、また私の勝ちだね!!」
長髪の灰色の髪の女性が満面の笑みで不必要な煽りを彼女に放った。
食料調達の為に朝も早くから釣りへと出掛けていたのか。
道理で姿を見かけない訳だ。
「うぎぎぃ……!! 戦い以外は器用なお惚け狼めぇ……」
もう少し優しい顔したら??
鼻頭に皺が残っちゃいますよ??
爽やかな森の中から恐ろしい顔を浮かべて帰って来る彼女達を何とも無しに見つめていた。
こうして、さ。
何も心配する事なく下らない事でギャアギャア騒げるのも事件が無事解決したお陰。
特に、アイツの文字通り身を砕く尽力が功を奏したのだ。
普段はお茶らけて、馬鹿食いして、口喧しい奴だけれども。いざという時、誰よりも頼りになるのかも知れないな……。
「ぬっ!? ボケナス起きたのね!!」
まだ眠気醒めやらぬ此方の顔を見付けるなり、パァッと満面の笑みを浮かべてくれた。
「おはよう」
たった一言に万の意味を込めて放つ。
もう仲間を疑わなくていい。そして安心して傍に居られる。
そう思うだけで心が救われるようだった。
「おら、起きたのなら私に飯を作れ。それがあんたの役割よ」
はい、前言撤回します。
今回一番の功労者か何だか知らないけども。もう少し相手を労わる態度と声を掛けなさいよね。
カエデさんの治療を受けてもまだまだ重症患者なのですから。
だが、まぁ……。
今回の功績を加味した結果、コイツには好きなだけ飯を食らう権利はあるだろう。
「焼いて食うのか??」
「刺身っ!!」
ユウが手に持つ木の桶へと豪快に手を突っ込み、見事な石鯛を持ち上げて話した。
了解ですよ――っと。
食料は消失したものの。調理器具、並びに調味料一式は残存してしまっているのだ。
嬉しいやら、悲しいやら……。
幾分、痛みは和らいだとは言えまだ体全体に痛みが残る。少しばかり足を引きずりながら此方に向かって手を招いている調理場へ、ピチピチと元気良く跳ねる石鯛の尾を掴んで向かった。
「レイド、大丈夫??」
此方の様子を気遣い、ルーが覗き込んでくる。
いつもの軽快な瞳というよりかは、随分と金色の瞳が弱弱しく感じた。
「大丈夫。それより、話は聞いた??」
「あ、うん。ごめんね……。迷惑を掛けて」
だから弱気な表情を浮かべているのか。
「気にするなって、結果的に何事もなかったんだからさ。そこの包丁取って」
「はい。でもぉ、やっぱりさぁ……」
「あたしも謝るよ。すまなかったな」
海水と色とりどりの魚が入った木の桶を持ったユウも加わり、二人共に申し訳なさそうな顔で此方を窺う。
「二人共、どこから記憶が無いの??」
まな板の上に石鯛を乗せ。
今からあなたの命を奪いますよ、と。
細やかながらの祈りを捧げて鰓へと包丁を差し込み、調理を開始した。
「あたしはあの筍擬きを口に含んでから徐々にふわぁって気分になって……。んで、気が付いたら夜の森の中さ」
「それは恐らく、あの筍擬きの表皮から滲み出た液体を取り込んでしまったのが原因なのでしょうね」
此方の会話を伺っていたのか。
カエデが治療を続けながら持論をポツリと話す。
舌に乗せるだけ。
たったそれだけの行為でも感染してしまうのか。末恐ろしい感染力を持った奴等だな……。
水際で阻止出来て本当に良かった。アレが大陸に渡ってしまった未来を想像すると寒気がする。
「私は……。アオイちゃんにとリューに襲われて、そこから記憶が無いかな」
そうか。
感染していなかったのは三人だけだったんだ。
感染してしまったカエデの誘導でルーを、そして俺とマイを感染させる算段だったようだな。しかし、その目論見は脆くも崩れ灰へと還った。
「どうやって襲われたの??」
石鯛の鱗を剥ぎ取り、美しい白身を三枚に下ろしながら問う。
「んっとね?? 私が歩いていたら、突然リューが私を羽交い絞めにしてぇ。んでもって。アオイちゃんが私の唇を……」
直接粘膜接触させられたのですね。
「ちょ、ちょっとルー!! 私の唇はレイド様に捧げる為に存在しているのですわよ!? 決して貴女の様なケダモノに捧げられる訳では無いのです!!」
「え――。でも、むちゅぅってしてきたんだよ??」
唇、尖らせなくてもいいですよ?? 妙に生々しいので。
「そんな事は覚えていませんわ!! その接吻は無効です!! 誰がどう言おうとも無効なのですぅ!!」
「じゃあ今から私がお返しとして、ちゅ――ってしたらき、きせ――……」
「既成事実です」
「おぉ!! カエデちゃん有難う!! きせ――事実の完成だよね!!」
狼の姿に変わると、背後で治療を受け続ける彼女の下へと駆けて行ってしまった。
「ちょ、ちょっと!! お止めなさい!!」
「あはは!! や――っ。アオイちゃんの御顔、凄く美味しいもん!!」
「ひっ!! あ、アハハハ!! く、くすぐったいですわよ!!」
朝も早くから獣臭が含まれた唾液を塗りたくられて、アオイも可哀想に……。
「フンフンフンッ!! おぉ!! カエデちゃんちょっと退いて!!」
「治療を続けているのですけど??」
え?? 何をする気なの??
海竜さんの憤る声につられ、ちょいと振り返ってみると。
何と、桃尻に向かって巨大な狼が襲い掛かっているではありませんか!!
「あはっ!! アオイちゃん!! プニプニだよ!?」
「いったっ!!!! 止めなさい!! 本当に痛いのですわ!!!!」
熟れた林檎よりも赤く染まった桃尻へ大きな舌を這わせ、巨大な鼻頭を当て続ける一頭の狼さん。
その下で苦悶と。
「っ!? レイド様!! み、見ないで下さいませ!!」
羞恥と激痛によって白き肌を朱に染める女性、ね。
和気藹々とする光景なのですが……。
「――――。はい、後二秒見たら首がもげま――すっ」
「二ぃ――、一ぃ――……」
「直ぐに取り掛かります!!!!」
怪力娘さんと大飯ぐらいさんの声を受け、刹那に首を元の位置へと戻し。所望通りに刺身を完成させてやった。
「やっほ――いっ!! 刺身だぁ!! これぜぇぇんぶ私のぉ!!!!」
刺身が盛られた皿を素早く強奪し、明後日の方角へと逃走を開始するお馬鹿な女性。
「ふっざけんな!! あたしが釣った魚だぞ!!」
そしてそれを許すまいと追撃する深緑の髪の女性。
何気ない日常の一部がこうも眩しく見えるとはねぇ……
やはり仲間を信頼するという行為は気持ちを楽にしてくれるよ。
朗らかな気持ちが自然と笑みを浮かばせ、心に温かな気持ちの芽が出てしまう。
これが俺の望んでいた結果なのだ。
そう考えると笑みが零れるのは当然の事かな。
だけど……。
「はむっ!!!! んみゃぁいっ!! 身がコッリコリ!!!!」
「んむっ!! 確かに美味しいな!!」
「おらぁ!! そこの飯炊き!! さっさと次の飯を作れやぁ!!」
俺にも我慢の許容量ってのがあるのですよ??
痛む体に鞭を打って作ってやったのに礼の一つも寄越さず、次なる飯を強請りやがって。
何か……。
奴に復讐する手立てはないかな??
木の桶の中で遊泳を続ける魚さん達に視線を落とすと、一匹の魚に目が留まった。
背に刺々しい針を持つ魚。
そう、虎魚さんです。
コイツを掴んで、手の中で暴れた振りを装って放り投げてやれば……。
うんっ!! 悪くないね!!
では、失礼して……。
虎魚さんのお腹を掴み、己が刺されない様に慎重に海水の中から掬い上げ。
「んっはっ!! 美味過ぎて涙がちょちょぎれそうよ……」
「大袈裟な奴め」
干し過ぎて腐り落ちてしまった干し柿みたいに蕩けている顔を浮かべ、無警戒のままで餌を貪り続ける傲慢な深紅の髪の女性へと投擲してやった。
「わっ!! 魚が暴れちゃったぁ――」
食らえ!!
これが、俺の怒りの代弁者だ!!
虎魚さんが美しい放物線を描き、横着な女性の頭の天辺へと到達。
「いっでぇぇぇぇええ!!」
頭皮に激痛を感じたのか。
虎魚さんを速攻で取っ払うと。
「ぎゃあ!! 胸の上に乗せんなよ!!」
虎魚さんがミノタウロスさんの胸の跳ね返りを受け、俺の後方へと飛翔。
と、言いますか。何で今、有り得ない跳躍したの??
「きゃあ!! 魚さんが飛んで来た!?」
「ル、ルー!! さっさと私のお尻の上の魚を取りさない!!」
「え――……。何か棘があるから痛そうだしぃ」
「は、早くなさい!! わ、割れ目に……!!」
何の割れ目かは問いません。
「仕方がないなぁ――。いったぁい!! 口に棘がぁ!!」
どうやらお惚け狼さんの御口の中で大暴れした様ですね。
虎魚さんの大逆襲の後。
俺の項にビチャっと生々しい魚の皮膚を感じた後、激痛が項から背筋へと駆け抜けて行った。
「いってぇえ!! ルー!! 何でこっちに放り投げたんだよ!!」
「仕方がないじゃん!! 口の中で暴れ回ったんだからぁ!!」
「おらぁ!! ボケナス!! てめぇ、ワザと投げただろ!?」
「うっわ。胸元ビチャビチャ……」
「レイド様ぁ!! 割れ目が濡れてしまって気持ちが悪いので拭いて下さいましぃ」
――――。
「カエデ、助けなくていいのか??」
アオイの治療を断念し、大きな木の幹に背を預けて本を読む彼女に問う。
「いつもの事。それに直ぐ終わるから」
「直ぐに?? 何を言って……」
主の顔に龍の小さき拳が綺麗に入り、上体が大きく仰け反ってしまう。
ほぉ……。
マイの奴め。中々良い拳を放つではないか。
「いってぇなぁ!! 首が折れたらどうするんだよ!!」
「そんな事より早く魚を食べさせなさいよね!! 餓死したらどうしてくれんのよ!!」
常軌を逸した非日常は過ぎ去り、耳を塞ぎたくなるありふれた日常が帰って来る。
この輝かしい光景は有限なのか?? それは誰にも分からぬ。
触れてしまったら火傷しそうな程、明るい光景。
私は、この光景を形成する一部に含まれているのだろうか……。
「このケダモノ!! 放しなさい!!」
「やっ!!」
アオイの着物に噛みつき、そして主から引き剥がそうとする私の分身。
いいや、もう一人の私か。
アイツの様に明るく振る舞えばもっと素直に溶け込めるのだろうか。甚だ疑問が残ってしまうな。
「リューヴ!! 見ていないで何んとかなさい!!」
アオイが瞳の淵に矮小な涙を浮かべ、私に向かって懇願する。
仕方があるまい。
奴の尻拭いをするのは私の役目だからな。
「ルー!! 離さないと尻尾を引き抜くぞ!!」
狼の姿に変わり、慣れ親しんだ感触の尻尾を食み。堅牢な大地に四つの足を突き立て力の限りに引っ張ってやった。
「やふぇるものふぁらやっふぇみふぉ!!」
「あはは!! リューヴ!! 本当に引き千切ってやれやぁ!!」
マイの軽快な声が私の心を潤す。
ふっ、どうやら私の杞憂の様だな。
私はもう既にこの中の一部だ。
これ程他人と関わっていて楽しいと思った事は無い。心が陽性の感情を抱き、喜び、踊る。
恥ずかしくてとてもじゃないが口に出せない。けれど、いつか主に言ってみよう。
仲間とはこうも楽しく、そして心躍る存在なのだと。
――――。
決まったかな。
「どあっ!!」
マイの強烈な蹴り技がレイドの顎先を捉え、彼は力なく地面へと横たわってしまった。
いつもの五月蠅い日常がこうも有難く感じるとは思いませんでしたよ。
私は昨日の事を何も覚えていない。けれどマイから話を聞かされて酷く落ち込んだ。
私の力が彼を傷付けてしまった。そして、直接は言わなかったけれど恐らく彼の唇を奪おうとした。
この唇で……。
「……っ」
本から手を離し、そっと己の唇に指を添えると。幻の接吻の感触にも似た感覚が唇一杯に広がっていく。
未然に防いでくれて本当に良かった。
こういった行為はやはり、それ相応の状況と関係の構築が必要ですからね……。
レイドは……。
私に迫られて迷惑じゃ無かったかな?? 雰囲気に流されてしようとしたのかな??
今となっては恥ずかしくてとてもじゃないが、聞けませんよ。
私と彼が甘く絡み合う姿を想像すると体温がぽぅっと上昇していくのを感じてしまう。
いけませんね、風紀を乱す行為は。
私がしっかりしないと、彼等は際限なく好き勝手に暴れ回ってしまいますので。
そろそろ静かにして貰おうと考え、さり気なく本を閉じ。大きな溜息を吐こうとしたその刹那。
「――っ!?」
青が眩しい魚の胴体が私の顔に衝突してしまった。
「あはは!! ごめ――ん!! カエデぇ!! 力有り余って投げたらそっちに飛んで行っちゃった――!!」
馬鹿げた御胸の持ち主が笑顔全開で此方へと手を振る。
「構いませんよ。受け取りに来てください」
私の膝の上で口をパクパクと動かし続けているブダイさんへと指を差しながら言ってやった。
「へへっ。わりぃねっ」
この快活な笑みも後少しの所で失われてしまい所だったのですね……。
事態は収束し、素敵な日常を謳歌しているのですが。
私は感情を持つ生物ですのでね。少なからず憤りという感情を抱いているのですよ。
「ユウ」
「ん――??」
「船酔いが心配じゃありませんか??」
元気良く跳ね続ける魚を手渡しながら話す。
「あ――。思い出したくなかった……」
「民間療法の延長線上の話ですが。本を読んでいると船酔いになり難いらしいですよ??」
「本当か!? じゃあ、その本貸してくれよ!!」
「構いません。主人公達が窮地に陥ると、英雄が何処からともなく現れ。素敵な口上を放つ場面が大変面白いですよ??」
「へへっ、それは楽しみだな!! あんがとね!!」
私のちょっとした意地悪だと知らず。
本と魚を持ち、ニコっ!! と心地良い笑みを浮かべる。
「それと……。恐らく、私達が天幕の中で眠っている時。ユウがルーとマイを除く三名を感染させたのでしょう」
「まぁそこしか感染する機会は無かったし、多分そうだろうさ」
あれ??
恥ずかしくないの??
「体が乗っ取られてちゃ仕方無い!! それに?? カエデ達ならあたしも構わない事は無いけども、特段嫌じゃないから。アオイが言っていた様に女の子同士は無効なのっ。お――い!! あたしも混ぜてくれ――!!」
行っちゃった。
初めての接吻に対して、あぁも豪胆に過ごせる彼女の性格が羨ましいです。
「はぁ――……。酷い目に遭った……」
彼女とすれ違う形で彼が私の下へと歩み寄り、隣に腰掛けて大きく息を漏らした。
「その様ですね」
「全く。加減ってものを覚えて欲しいものさ」
まだ負傷した箇所が痛むのか、包帯の上から腕を擦っている。
ごめんね?? 私の所為で……。
唇の裏まで出掛かった言葉を必死に飲み込み、違う言葉に置き換えて話した。
「治療しましょうか??」
これ以上彼に余計な心労を与えたくは無いのです。
「ううん、大丈夫。カエデもクタクタだろ?? 放っておいても治るし。休憩しなよ」
いつも自分を後回し。
私達を優先させてばかりで疲れないのかな……??
でも、安心して。私がどんな怪我でも治してあげる。
私の役目は貴方を守る事なのだから。
――。
あれ?? 何だろう、今の言葉。妙に引っ掛かるけど……。
「王都に帰還後、直ぐに任務ですか??」
目を細め、真正面で繰り広げられる日常を眺めている彼の横顔に問う。
「そうなりそうだね」
ふ、む……。
どうやら彼は大切な事を忘れていますね。
「こんな時に言うべき言葉ではありませんが……。出発してから一度たりとも報告書に手を付けていませんよね?? 宜しいのですか??」
私がそう話すと。
「…………っ」
彼の顔がサァっと青ざめてしまった。
あ、やっぱり忘れていたんだ……。
「こ、こうしちゃいられない!! い、今直ぐに取り掛からないと!!」
海面から飛び出る海豚さんの飛翔に模した動きで立ち上がると、猛烈な勢いで荷物の方へと向かって行く。
「おい!! 飯炊き!! 次の飯はまだか!?」
「喧しい!! 仕事優先なんだよ!!」
「レイド様っ。そぉんな紙は焼き捨て、私と夏の火遊びをしませんか??」
「離れろやぁぁああああ!! 飯が出来ねぇだろうがぁ!!」
はぁ。
また始まってしまいましたね。
これは少々長引きそうなので、読書でもして時間を潰しましょうか。
愛を育もうと草々の上で歌い続けていた虫達だが、六体の感情を持つ生命体が空に浮かぶ雲をも揺れ動かす音量を放ち彼等の歌声を盛大に阻害してしまう。
それに嫌気が差した虫達は、苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべ森の奥へ向かってそそくさと移動を開始。
しかし、それでも感情を持つ生命体の常軌を逸した音量は届いてしまい。彼等は大きな溜息を吐き尽くし、それが収まるまで待ち続けようと決心した。
流れゆく雲達も呆れた顔をで彼等を見下ろし、風が吹くまま気の向くまま。何処までも広がる青の空の彼方へと流れて行ったのだった。
最後まで御覧頂き誠に有難う御座いました。
さて、次の御話しから新しい御使いに出掛けるのですが……。その点に付いて、活動報告に記載させて頂きましたのでお時間がある人は御覧頂ければ幸いです。
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それでは、皆様。おやすみなさいませ。




