第八十二話 傍迷惑な最後の感染者 その二
お疲れ様です。
日曜日のお昼にそっと投稿を添えさせて頂きます。
それでは御覧下さい。
直視されるだけで体の芯まで凍てつかせる力を持った禍々しい色の瞳。
彼女と対峙するだけで身が竦んでしまうのだが……。生憎、怖い物知らずの彼女は微塵も気にせず。
まるで大安売りの品を奪いに行く主婦様の足取りでカエデ擬きの真正面から襲い掛かった。
「行くわよ!!!! でやぁぁああ!!」
『何の工夫も無い突撃、か。あはは……。随分と嘗められたものだな!!!!』
偽物が右手を翳すと同時に水の槍が宙に浮かび、鋭く尖った先端をマイへと放つ。
「ふんがぁっ!!」
襲い掛かる水の槍を右の鋭い龍の爪で引き裂くと、大量の水飛沫が宙へと舞い。夕日の光を受けて矮小な時間虹を形成。
そして、その虹の円弧の下を素早く潜り抜け。偽物の懐へとたった一手で潜り込んでしまった。
「はぁぁああ!!」
勢いそのまま。
カエデ擬きの懐に潜り込むと左の拳を彼女の細い顎先へと放つのだが。
『遅い……』
流れる水の如くマイの攻撃を躱してしまった。
マイの奴め……。
当て気を見せるのなら、もう少し上手く見せなさい!!!!
仕方がない!! それに合わせるっ!!
「それはぁ、どうかしら……。ねっ!!!!」
「でりゃぁぁああ!!」
咄嗟にしゃがみ込んだマイの背後から飛び上がり。
『あ、あっしを使うんで御座いますかぁ!?』
泣き叫ぶ右足に喝を入れ、偽物の顎先へと烈脚を叩き込んでやった。
『な、何!? ぐぁっ!!!!』
右足の甲に骨同士が衝突する硬い感触が一杯に広がる。
どうだ!?
手応えは確かに合ったぞ!!
着地と同時に吹き飛んだ偽物の姿を確かめると……。
『くっ……。うぁぁっ……』
地面に激しく叩き付けられ、細かい痙攣を続けていた。
うっし!! 一本!!
カエデには悪いけど、この戦い……。是非を問わないからね!!
「やるじゃない!!」
「お前の事だ、絶対突っ込むと考えていたよ」
「当ったり前よ!!」
マイが突き出した拳に己の拳をトンっと合わせ。
『こ、この……』
覚束ない足でゆるりと立ち上がり、憎悪を込めた視線を此方に向ける悪と再び対峙した。
「はぁん?? 耐久力はそれ程って感じかしらねぇ」
「気を抜くなよ。紛いなりにもカエデの体だ、ある程度の耐久力は有している筈」
初撃で撃破するつもりで放ったのに……。
コイツに寄生されて身体能力が向上したのか??
あの恐ろしい圧を放つ偽物に対し、迂闊に手を出しては不味いと考え。見に徹していると。
『虫けら共がぁぁああああ!!!!』
四方八方に濃い青の魔法陣が展開され、逃げ場を失ってしまった。
「「いっ!?!?」」
や、やっべぇ!!!!
これって。カエデが得意とするあの氷の槍を放つ魔法だよな!?
それが全方位から放たれてしまう!!!!
「よ、避けろぉぉおお!!」
マイが切羽詰まった声を叫ぶと共に。
『死ねぇぇぇぇええええ!!!!』
俺の悪い予感通り。
大人の男性程の大きさの氷柱が上空、地上から襲来した!!
「く、くそぉぉおお!!」
龍の力を咄嗟に解放。
真正面から最短距離を向かって来る氷柱を右の拳で破壊し、流れる体の勢いを利用して左足で二つ目を撃破。
襲い掛かる死の氷に向かい全神経を集中させて各個撃破していたのですが、形容し難いヘンテコな声が此方の集中力を掻き乱してしまう。
「おっわっ!! ぬぅっ!?」
あ、アイツ。凄いな……。
身の熟しだけで氷柱の襲撃を躱しているよ。
「まむっひょ!? ひゃんっ!!」
只、可笑しな顔で回避行動を続けるのは勘弁してくれませんかね?? 変な感情が湧いてしまいますので。
集中力が乱れた所為か、それとも俺の実力不足なのかは分からないが。
首を傾げたくなる大きさの氷柱の中に潜む、小さな悪意の塊を見逃してしまった。
「ぐぁっ!!!!」
左足の大腿部に氷柱の先端が突き刺さり、肉と氷の隙間から深紅の液体が溢れ出し。地面に敷かれている緑の絨毯を穢していく。
か、考えやがったな!?
巨大な氷柱は囮で、本命はこっちだったか!!
「こ、このぉ!! 抜けろぉ!!」
襲い掛かる痛みを無視して両手に力を籠め氷柱を抜き取り、それを地面へ放ると同時。
『それで終わりだと思うなよ!?』
抗う事を容易に放棄させる絶望的な光景が眼前に広がってしまった。
「う、嘘でしょ……」
右上方には青、頭上には黄。そして……。真正面には赤に足元には水色。
各属性による一斉放射、か。
さ、さぁって。
この体が爆散しない事を祈りましょう……。
『抗うな。潔い死を迎えろ……』
「あ、あはは。お生憎様。この体は自分で考えている以上に頑丈なのさ」
勝利を確信したカエデ擬きに上擦った声で精一杯の強がり放ってやった。
『さぁ、踊り狂え。私に死の舞踊を見せろ!!』
「うおっ!?」
足元から出現した水の鎖が体を拘束。
そして頭上から雷鳴が轟き、鼓膜をつんざく雷轟が響くと目の前が刹那に白一色に包まれてしまった。
「ぁぁああああ!!!!」
『フハハハハ!!!! いいぞ!! もっと絶望に打ちひしがれた声を聞かせろ!!』
両足に氷柱が突き刺さり、痛みから逃れる為。
まるで鎖に繋がれた野獣の如く暴れ回るが、真正面から迫り来る炎の塊によって無意味な抵抗は瞬時に取り押さえられてしまった。
「うぐぁっ!!」
炎塊の衝撃によって水の鎖は解除されたものの、気が遠くなる痛みと苦艱が訪れ。
荒れ果てた路傍に横たわる痩せ細った犬の死体の様に、地面へと叩き付けられてしまった。
焼却、雷撃、氷撃……。
カ、カエデさんの逆鱗に触れたらこのような仕打ちが待ち構えているのですね……。
い、いや。
本物の彼女が提唱した通りであるのならば、これでも戦力は大幅に低下しているのだ。
本気を出せばこの体なんて、塵一つこの世には残らないだろうさ……。
「ボケナス!! ちぃっ!! 調子に乗るなぁ!!」
上空から降り注ぐ氷の槍を蹴り払い、鋭い爪で吹き飛ばし。
目を疑うような身の熟しと素早さを生かし、回避行動を続けながらカエデ擬きへと向かって行く。
『はっはっはっ!! いいぞぉ!! 避けろ避けろぉ!!』
だが、彼女に接近すると。
互いの距離と反比例するかの様に降り注ぐ氷の槍の量が増えてしまう。
範囲を絞って詠唱しているのか??
あ、あの量は幾らなんでも無理だ!!
「マ、マイ!! 一度下がれ!!」
「はぁっ!? こ、このっ!! 目の前にぃ……。獲物が居るってのに今更下がれるか!!」
「馬鹿野郎!! 無理するな!!」
コイツが得意の付与魔法を使用しないのは……。いいや、使用出来ないのは恐らく。立て続けに三体もの筍擬きを撃退した所為であろう。
元よりカエデ達みたいに魔法を主戦力とする者に比べ魔力の容量が少ないんだ。
残り僅かな素の力で恐ろしい魔力の塊を跳ね除けていたのだが、遂にその時が訪れてしまった。
「あぁっ!!!!」
素晴らしい回避行動の源。
両足に槍が突き刺さると、血飛沫が四方へと飛び散り。衣服を、そして大地を朱に染めてしまう。
こちらからでも確認出来る程の出血量だ。相当な痛手を負った筈……。
そのまま力無く地面に伏せてしまった。
「マ、マイ!!」
く、くそ!!
今助けてやるからな!!
足に突き刺さる氷柱を捨て去り、もう痛みの感覚が一切感じ取れない足を大地に突き立て彼女の下へと駆け寄ろうとしたのだが。
『貴様はそこから動くな……』
「ぐっ!? うぅっ……!!!!」
カエデ擬きが光の輪が出現させ、マイを拘束し此方を制す。
「マイ!! 拘束から逃れろ!!」
『アハハ!! 無駄だよ。こいつの魔力はもう枯渇しているのだ。この体から放たれた魔力に抗う術は残っていやしないんだよ』
偽物が己の足で地面に横たわるマイの額をコツンと蹴る。
お、っと……。
その所作は止めた方が身の為ですよ??
「て、てめぇぇええ!! 誰様の額に蹴り入れてんだ!! あぁ!?」
ほ、ほら。
獰猛な熊も思わずストンっと尻餅付いてしまう顔になっちゃったし。
『弱者は強者に虐げられる。弱肉強食の世界を体現した姿だとは思わないか?? ん??』
「ガルルゥ!! ハグッ!! ガァッ!!」
カエデ擬きの足元へと噛みつこうとするのだが。届きそうで届かない距離に身を置いて居るのでそれは叶わなかった。
『そうだ!! 面白い遊戯をしようじゃないか??』
ゆ、遊戯??
「何だ、それは」
「カッチ!! カチチ!!!!」
数分前に聞いた恐ろしい音を無視して歪な口元の彼女へと問う。
『貴様が私に向かって歩いて来い。途中で倒れないで私の下まで来れたらコイツを解放してやるよ』
「触んなぁ!! 噛み殺すぞ!!!!」
まるで此れが景品であるかの様にマイの美しい朱の髪を掴んで持ち上げた。
「そんな下らない遊びに付き合うつもりはない。さっさと解放しろ」
『ふぅん?? いいのかなぁ?? 感染者が更に一人増えちまうぞ??』
は??
何をするつもり……。
「っ!?」
カエデ擬きがニィっと目元を曲げると。
「や、やめっ!! 止めんかぁ!! 私は女同士でそんな事をするつもりは……。ひゃっん!?」
『……』
たっぷりと淫らな唾液を含ませた舌で、マイの健康的な肌の頬を舐め上げてしまう。
その気になればいつでも感染させられるってか……。
「分かった。取り決めを教えてくれ」
「ボケナス!! くっだらねぇ遊びに付き合うんじゃねぇ!! あぁ、きったねぇなぁ!!」
首を器用に動かし、感染源である淫らな唾液を大地に擦り続けながらマイが叫ぶ。
首、取れそうな程動かしているけども。筋を痛めない様に気を付けなさいね??
『私の下へと歩いて来い。但し、地面には罠が仕掛けてある。貴様が一度でも膝を着いたら私の勝ち。私の体に触れる事が出来たのなら貴様の勝ちだ』
わ、罠って……。
設置型の魔法陣って奴だよね??
遊戯、つまり殺傷能力は抑えてある幾つもの魔法陣が十メートル足らず先の彼女との間に敷き詰められているのか。
ここで黙って見ていてもマイは感染させられてしまう。
しかし!!
俺が見事耐え抜き、カエデ擬きの下まで辿り着き。渾身の右で打ち抜けば俺達の勝ちだ。
大変分が悪い賭けだが、やってみる価値は十二分にあるな。
「分かった。今から向かう」
ふぅ……。
痛みなら耐えられる、痛みは恐ろしい物では無い、寧ろ朗らかな笑みを浮かべる親友だと思って付き合ってやろう。
龍の力を解放したまま、警戒を続けつつ憎たらしい笑みを浮かべる偽物の下へと歩み始めた。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
ガッツを入れ過ぎて長文になってしまった為、区切らせて頂きました。
その部分は編集後、本日中に投稿させて頂きますね。
今暫くお待ち下さいませ。




