表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
201/1237

第八十一話 彼女なりの証明方法 その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


ごゆるりと御覧下さい。




 惨たらしい死を予感させる激烈な攻撃を受けた場合、人体は痛みから逃れる為に意識を失うのですが……。


 この体はどういう訳か。痛みに対する耐性が常軌を逸してしまっているので、体の拒絶反応に抗い意識を保ってしまっていた。



 飛翔速度が徐々に弱まり高度が地面と等しき高さになると、愉快な回転運動と跳躍運動が開始。


 目まぐるしく移り変わる景色とそれに比例するかの様に体の節々を襲う衝撃と摩擦熱。このまま地平線の彼方まで転がり続けるのかと思いきや、世の中は上手く出来ている訳で……。



「ぐぇっ!!」



 大変御立派な木の幹に衝突して漸く不本意な回転運動が停止してくれた。



 腹部に生じる猛烈な痛みに顔を顰め、無駄だと理解していながらも痛みが和らぐ様に左手で腹部を抑えつつ上体を起こして現在位置の把握に努めた。



「ゲホッ、ゲホッ……」



 どうやら楽しい運動中に口内を傷付けてしまったみたいだ。


 人に不快な想いを抱かせるあの憎たらしい味が口一杯に広がり、自責の念を籠めて吐き出してやった。



「くそっ!!」



 己の油断と慢心に腹を立て、それを力に変換して大地へと二つの足を突き立ててやった。



 一体、どの程度吹き飛ばされた??


 周囲をぐるりと見渡すが温泉処か、戦闘音さえ聞こえない静寂な森の中だ。


 美しく生い茂る自然豊かな緑の森なのですが……。


 方向は定かでは無いが此方に向かって明確な敵意を孕んだ視線を感じる。



「さて……」



 腰のベルトに短剣を収め、集中力を高めて周囲へと注意を払う。



 木々の合間、草の茂み。いつどこから襲って来るやもしれない。


 緊張の糸は切らすな。相手はこっちの様子を窺っているんだ。



 緊張の色を滲ませた生温い汗が目の淵に到達し、それを拭い去ると同時。




『――――、アハハ。さぁって、御楽しみの時間の始まりだなぁ』



 正面の木の影からゆるりとリューヴ擬きが現れ、憎たらしい表情を浮かべつつ不気味な両の瞳で俺を捉えた。



『おかしいな?? 何故立っている。かなりの強さで蹴ったのに……』



「丈夫さが取り得なんでね」



 俺が立ち上がり戦闘の構えを取っている事を不審に思っているようだ。



『まぁいい。何度でも殴って立て無くしてやる』


「それは困る。俺も黙ってやられる訳にはいかないからな」



 さてと……。どうする??


 宿主であるリューヴは近接戦闘に特化した傑物だ。


 素の状態で正面から打ち勝てる相手だろうか。それとも背中の筍を剥ぐことに集中すべきか……。


 いずれにせよ、増援は見込めないので。単騎で対処するしかない。



『ぐふふ……。いいぞぉ、そうやって強気な奴を組み伏せるのは興奮する』


「生憎、そういった趣味は無い」


『そう言うな。この体……。絶対満足すると思うぞ?? ほぉら、美味しそうじゃないか??』



 彼女が着用する黒のシャツの胸元を此方に見せつける様に指で開き、相応に育った双丘をちらつかせる。



 自分の意思とは無関係に操られる姿を見ると無性に腹が立って来た。


 悔しいだろ?? リューヴ。


 俺がこの糞ったれな状況から解放してやるからな!!




「ふぅぅ……。ふぅっ!!」



 体を斜に構え、左手は顎下に置く。そして右手も同位置!!!!


 さぁ、掛かって来い!!


 全てを賭して、お前を倒す!!




『ははは……。そろそろ……、行くぞ!!』



 来た!!


 正面から小細工無しで此方に向かって来る。



『はあっ!!』



 疾風の如く突き出された右の拳を左手で払うと相手の懐へと潜り込み。



「でやぁっ!!」


 がら空きの顎目掛けて、決意を籠めた右の拳を突き上げた。


 直撃すると思った刹那。



『ふっ』



 相手の上半身が後ろに反れ、先制の拳は虚しく空を切ってしまう。



「嘘だろ!? ぐえっ!!」



 攻撃に集中する事で防御が疎かになった右の脇腹へと激痛が走る。


 体の内部から込み上げて来る何かを堪え、偽物の間合いから後退してしまった。



 いってぇ……。君達は俺の脇腹に何か怨みでもあるのかね??



 たった一発で此方の気力を根こそぎ奪う攻撃に賛辞を送ってやりたいが、残念ながら敵に塩を送る訳にはいきません。



『いい攻撃だ。普通の人間なら今の攻撃で倒せるだろう』


「そいつは……。どうも」



 普通ねぇ。


 俺がいつも相手にしているのは人間じゃないんだけどなぁ。


 愚痴を言っても仕方が無い。大きく息を吸い込み、戦闘態勢を整えた。



『もっと楽しませてくれ。この体の持ち主は戦う事が大好きなようだ。私も高揚してくる……』



 息を荒げ、上下に大きく肩を揺らし感情の昂りと共にそれは激しさを帯びていく。


 まるで……。獣だな。


 宿主本体は素敵な狼さんだから、その影響を受けているのだろう。


 そして、弱った獲物をみすみす逃す狩猟者ではありませんよね!!




『はぁぁぁぁ!!』



 大好物に襲い掛かる獰猛な獣の速度で此方へと襲い掛かり、眼前で急停止すると右上段蹴りを放つ。



 工夫も無しに大技?? 単純な誘いか??


 だが、これは受けたら不味い……。


 上半身を反らし、鋭く空気を切り裂く烈脚を躱し。



「ふんっ!!」



 上体を戻す反動で偽物の体を狙いすました拳を放つ。



『そうだ、いいぞぉ!!』


「うおっ!!」



 やっぱり誘いだったか!!


 此方の拳を跳ね除け、お返しと言わんばかりに足元から拳が突き上がって来た。



『良く躱した!! そぉら!! もっといくぞ!!』


「いぃっ!?」



 長い両手、両足から目を疑う早さの連打が開始され。



「くっ……。ふぅっ!!!!」



 腕、拳、肘。


 凡そ体の全部分を総動員して必死に受け、往なしてはいるが拮抗が崩されるのは時間の問題であった。



 だ、駄目だ!!


 は、速過ぎて……。体がついて行けな……。



『そこだぁ!!』


「ぐあぁっ!!!!」



 偽物が独楽の要領でクルっと回転すると、まるで燃え盛る松明を腹部に押し付けられた様な激痛と熱量が発生。



「ぐはっ!!」



 面白い角度で後方へと吹き飛び。



 おいおい。お前さんの体を受け止める為に俺達は大地に生えているんじゃないんだぜ?? と。


 本日二回目の優しい抱擁を太い木の幹を交わした。



 四肢が弾け飛んでしまう、そんな痛みが全身を襲い眩暈を覚えてしまう。



「ゴ、ゴフッ!!!!」



 これは……。血か。


 喉の奥から元気良く駆け上がって来た異物を緑の絨毯の上へと吐き捨て、深い土の中から出て来たばかりの蝉の幼虫さんも心配になる弱々しい足取りで立ち上がった。



 カ、カエデさん??


 大幅に戦力が落ちているって言っていましたけども……。落ちる処か、上昇してやしませんかね!?


 膝の上に手を乗せ、荒い呼吸を整えていると……。



『いたぁ……』



 偽物が此方を見付けるなり、ニィっと歪な笑みを浮かべてしまった。



 も、もうちょっと休憩したかったんだけどな……。


 ですが!!


 闘志はまだまだ衰えていないぞ!!



『まだまだ遊び足りないんだ。もっと付き合えよなぁ!!』



 俺の闘志を掻き消したければ、魂ごとへし折ってみやがれ!!!!



「来い!!」


『ずぁっ!!』



 左の拳が突き上げられ、継ぎ目の無い右の拳が弧を描き顔面へと襲い掛かって来る。



 威力、速度。申し分無し!!!!


 だが……。


 何度も攻撃を受けた所為か、それとも目が慣れて来た所為か。


 偽物の攻撃の範囲、速さ、並びに攻撃の角度が掴めて来たぞ。



 リューヴの癖かそれとも、偽物の癖か分からないが。利き手である右を打ち終えると若干の隙が生じる。



『はぁっ!!』



 それは蹴りも同じ。今も放たれているこの蹴りの後……。



『…………っ』



 ここ!!


 やっぱりそうだ。これは誘い、なのか??



『どうした!? 手も足も出ないのか!?』



 守っていてもやられるだけ。それなら、熱き魂を籠めた乾坤一擲を見せてやるよ!!



『ずあっ!!』



 さあ、左拳が一直線に放たれたぞ。


 これは……。屈んで躱す!!



 弱点である頭部が下がる。当然、右の拳を打ち降ろしてくるよな??



『ふんっ!!』



 予想は見事的中!!


「くっ!!!!」



 奥歯が砕け散っても構わない力で噛み締め、上体を起こして攻撃を回避。


 刹那に生じた隙に乗じ、泣き言を喚いている両足に喝を入れて偽物の左側面へと身を置いた。



 好機到来!!


 ここで決めるぞ!!



「はぁっ!!!!」



 偽物の左脇腹へと向かい、熱き魂を籠めた左の拳を放つ。



『安易だぞ!!』


 返しの右が遠くから弧を描き、恐るべき速度で襲い掛かって来た。




 ま、待っていましたぁぁああああ!!!!


 いいか!? 絶対外すなよ!?



 脇腹に打ち込んだ左の拳を途中で止め、前傾姿勢へと移行。


 筋肉が引き千切れても構わない勢いで腰を捻り、右の拳を偽物の顔面へと放ってやった。


 しかし、軌道を変えた偽物の攻撃も眼前へと迫り来る!!


 当たったもん勝ちだ!! 先に届け!!





「食らええええ!!!!」



 ――――。


 全体重を乗せた拳に、硬い感触を感じた。



『ぶあっ!!』



 相手も予想だにしていない俺の反撃だ。



 予想外の攻撃には想像以上の効果が得られるのさ、現に。



『くっ……。ぁぁっ……』



 脳が揺れて足に力が入らないのか。大地に膝を着いて項垂れていた。



 よしっ!! 今の内に筍を……。



 素早く背後に回ろうとした時。



『……』



 何事も無かったかのように偽物がスクっと立ち上がってしまった。




 俺を捉えた瞳は怒りで包まれ、その中で炎が激しく揺れ動いていた。



 う、嘘でしょ!? もう回復したのかよ!?




「あ、あはは。効いてないの??」


『に、人間風情がぁ!! 調子に乗るなよぉ!!』


「ぐあぁっ!!」



 今までは遊びだと言わんばかりに攻撃の速度が跳ね上がり。狂気を孕んだ拳が腹を捉え、常軌を逸した威力により体が宙に浮いてしまう。



『がぁあああ!!』



 浮いてしまった体に追撃を画策。


 右の烈脚で此方の腹部を何の遠慮も無しに蹴り上げると、高度が更に上昇してしまった。



 俺の体はこんなに軽いのか……?? それともコイツの攻撃力が並み以上なのか……。



『だあっ!!』



 偽物の体が宙で半回転し、止めの一撃を無慈悲に叩き込んできた。



「があぁぁぁぁっ!!!!」



 痛みで意識が飛ぶ……。


 五臓六腑が破裂したような感覚が体内を駆け巡り、そして景色が目まぐるしい速さで移り変わっていた。



 鋭い木の枝の先端が皮膚を裂き、堅牢な大地が体の至る所に与える追撃が闘志の熱を奪って行く。



 数えるのも面倒になる程大地の上を跳ね、転がり続け。土の臭いと潮の香りがふわりと漂う場所で止まってくれた。



「ゴホッ!! ゴハァッ!!」



 何度目の吐血だ?? 正直、ここまで打たれて良く死なないと思いますよ……。


 いや、死んだ方がマシに思える痛みだ。



 何度も非情な暴力を受け続け、気が付けば島の最北端に来ていた。



 うねりを伴った白波が岩壁を叩きつける轟音が崖下から此方の鼓膜へと届く。


 この音が心地良い眠りへと誘うのですが……。







『――――。さぁ、そろそろ幕を引こうか』



 非情な現実をまざまざと見せつける恐ろしい声が俺の意識を現実へと留めた。



 こ、この野郎。


 いいように殴りつけて来やがって。ただじゃ負けないぞ……。


 足に喝を入れ、必死の思いで立ち上がり此方を捉え続ける恐ろしい瞳を睨み返してやった。



「まだ……。まだいけるぞ」


『アハハ!! 満身創痍のその体で勝機は掴めないだろう!!』


「ふ、あはは。あぁ、ククッ……。そうだな!!」



 こんな時だってのに笑えちまうよ。


 コイツは俺の甘さを、暴力という名の指導方法で教えてくれた。



 そうさ。


 友人の体を労わるあまり、俺は勘違いをしていたのかも知れない。




『何だ、貴様。急に笑い始めて』


「すぅぅ……。ふぅぅ……。リューヴ!! ごめん!! ちょっと痛いかも知れないけど我慢してくれ!!!!」



 一瞬で、ケリを付けてやる……。




「ずぁぁぁぁっ!!!!」



 龍の力を解放し、前へ……。前へと出ようとする体にたった一つの命令を下す。



 奴は敵だ。


 何の遠慮も無しに叩き潰してやろう!!!!



「はぁっ!!!!」



 一陣の風を纏って偽物の背後へと到達。



『な、何ぃ!? だぁっ!!』


「遅い!!!!」



 振り向きざまの攻撃を避け、丹田の位置へと熱き龍の拳を叩き込んでやった。



『グァァァァ――――……!!!!』



 風に吹かれて飛翔し行く藁よりも軽やかに森の中へと消失する姿を見送り、勝利を確信して追撃を画策したのだが……。



「っと……」



 蓄積された攻撃の所為で膝を着いてしまった。


 ちょいと休憩……。


 あの攻撃を食らって直ぐに立てはしないだろう……。



 血と汗が混ざり合った形容し難い色の汗を拭いつつ、美しい緑を眺めていると。その中から藍色の髪の女性が静かな歩みで日の下へと姿を現した。




「――――。御見事です」


「カエデ……。向こうの戦闘は終了したのかな??」



 大方、恐ろしい龍が暴れ回って状況終了って所だろうさ。



「マイは一人で戦っていますよ??」


「え!? アイツ一人で大丈夫なの!?」


「彼女一人でも十分です。さ、怪我を見せてくれますか」



 此方の了承を得ず、所々破れたシャツを捲る。


 そこから覗く肌ときたら……。背後に広がる紺碧の海も驚くような青痣が体中に広がっていた。



「頑丈過ぎですよ」



 痛々しい傷跡に顔を顰めながらも治療を開始。


 傷口に当てられる淡い水色の魔法陣から彼女の温かい力が伝わって来る様だ。徐々に和らぐ痛みがその効果を物語っていた。



 カエデにはいつも助けられてばかりだな。


 傷口を真剣に見つめる藍色の瞳をぼぅっと眺めていると。



「…………、何??」


「い、いや。別に」



 傷口から視線を外さずに話しかけて来たので驚いてしまいました。



 視界が大変御広い事で……。


 心の中に生まれた羞恥を誤魔化す為、何気なく森へと視線を送ったのですが。





『…………』



 お、おいおい。嘘だろぉ!?


 森の中から虫の息のリューヴ擬きが現れた。



 肩口を抑え、俺達に対して憎悪の目を向けている。



 偽物に対抗すべく立ち上がろうと足に力を籠めた刹那。奴が此方よりも素早く突貫を始めてしまった。



『死ねぇぇ――――!!』



 鋭い爪を伸ばした右の拳が無防備なカエデの背を襲う。



「や、止めろぉおおおお!!」



 俺はカエデを咄嗟に抱きかかえると、背後の崖へと飛び降りた。


 あのままでは鋭い爪がカエデの体を貫通してしまうのでは無いかと思われたから。




 耳をつんざく風の音が体を包む。



 そして、その数秒後。



「んぶっ!?!?」



 大量の海水と白む泡が体を襲った。


 穴という穴から海水が侵入しようと画策し、体力の限界を迎えた体が新鮮な空気を吸い込もうと藻掻き足掻く。



「…………。ぶはぁっ!!」



 海面から顔を出すと同時。頑張りを見せてくれた肺へ新鮮なご褒美を贈り、空を仰ぎ見た。



 どうやら崖の中腹が海側に少し飛び出しているようだ。

 

 上から見下ろすと死角になっている筈。



 ここなら安全、か??



 崖の中腹の下側に存在する矮小な面積の淵にしがみ付き。



 カエデの小さな体を海面から持ち上げて、その淵へと乗せてあげると。



『よっ。ちょいと早い時間帯だけど来ちゃった!!』



 呼んでもいない睡魔さんが訪れてしまいました。




「ケホッ。レイド、大丈夫??」



 だ、駄目だ。眠い……。これ以上、動けな……い。



「だ、大丈夫。ちょ、ちょいと猛烈に眠たいだけだから……」



 頭の命令を受け付けない上半身を淵に預け、妙にひんやりとする海水の布団に包まれ。



『おっしゃ!! 一名様ご案内――――っ!!!! 行ってらっしゃ――いっ!!』



 やたら元気溌剌な声を放つ睡魔さんに半ば強制的に夢の世界へとご招待されてしまった。




最後まで御覧頂き誠に有難う御座いました。


週末の天気は荒れ模様なので、気候の変化に気を付けて下さいね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ