第一話 初めての任務説明
第一話の始まりです。
それでは、御覧下さい!!
人で溢れかえる大通りから北上し、薄暗い道をひた進む。
配属書に記載されているこのパルチザン独立遊軍補給部隊の住所へと向かっているのだが……。
どう考えても軍の施設がこんな普通の家が立ち並ぶ場所にあるとは考え辛い。
俺の相棒もそう考えているのか。
上下に頭を揺らしつつ、初めて見るであろう街並みに視界を送り続けていた。
「よ。どうだ?? 初めての街は??」
『普通だ』
こちらに振り返り、一つ大きく唇を揺らす。
「物珍し気に見つめてるの、丸分かりだぞ。そりゃそうさ、ここは人間が住む街で一番デカイ街なんだからな!!」
アイリス大陸の東に位置するここレイモンドは人口約二百万人。
総人口の約半数がこの超巨大な街に住んでいる。
街の作りは至って簡単。
円の内に十字を描く。その十字が主な道路だ。
東西に一直線に伸びる約十数キロの道路、丁度半分に切り分けられた北側には主に軍事施設や裁判所、図書館、行政に携わる施設、そして所得の高い方々が住まわれている。
対し。
南区画に住む方々は俺と同じく一般庶民が大半を占めている。
外敵からの侵入を阻止する為か、巨大な壁がこの街そのものをグルリと囲み。緊急時には城門を閉め徹底抗戦の構えを取る。
国王がそして政治家が働く街でもあり、庶民が生を謳歌する街でもある。
この街がこの大陸の政治を決定付け、この街が経済の中心を担っているのだ。
俺が仰々しく説明するものの……。
『そうか』
そう言わんばかりに正面を向いてしまった。
「何だよ、冷たいな。折角説明してやったのに」
『求めていた訳ではない』
左様で御座いますかっと……。
饒舌に動かし、乾いた舌を潤していると目的地であろう家が見えて来た。
あそこが、俺の所属する部隊の本部か。
その扉の前で下馬し、扉の前に立つ。
う、うん。
どこからどう見ても普通の家だ。
若干傷が目立つ木の扉、二階建ての屋根にはよぉく見ると綻びも見える。
さて、と。
初日の挨拶だ。真面目な態度で挨拶をせねばならぬ!!
木の扉をノックし、覇気のある声を上げた
「失礼します!! 本日、パルチザン独立遊軍補給部隊に配属されたレイド=ヘンリクセン二等兵であります!!」
さぁて、どんな屈強な声が返って来る事やら。
形容し難い感情が心臓を高鳴らせ、返事を待っていると。
「入れ」
俺の想像とは真逆の女性の声が小さく聞こえた。
「失礼します!!」
彼女の指示に倣い、少々不安な音を鳴らす扉を開き、入室した。
先ず、目に飛び込んできたのは黒髪の女性。
一般家庭に広く普及している四人掛けの机の前に座り、馨しい香りを放つ珈琲を片手に新聞を読んでいる。
額の真ん中でキッチリと前髪を分け、そこから現れた瞳は文字を追いかけ今も泳ぎ続けていた。
彼女の後方にはこれでもかと詰め込まれた書類と本の棚。
その横には更に奥へと続くであろうと思わせる扉。
落ち着かない状況を指し示す様に忙しなく視界を動かしていると。
「よぉ――。来たな、レイド二等兵」
彼女が新聞から顔を上げ、柔和な笑みをふっと浮かべてくれた。
「はっ!!」
彼女の前に立ち、背骨の一本一本を天へと伸ばし。直立不動でそう答える。
「あ――。堅苦しい挨拶は苦手だ。直ってよし」
「了解しました」
腕を後ろに組み、休めの姿勢で答えた。
「だから……。まぁいいや。私の名前はレフ=アーネッタ准尉だ」
准士官、か。
俺よりもかなり上の階級だな。そりゃそうか。こちとらピカピカの兵卒なんだから。
「一応、この部隊を指揮する者だ」
「我々以外に隊員は居るのですか??」
流石に二人だけの部隊なんてあるまいて。
「居ない」
お、おぅ。
超端的な言葉で俺の考えを打ち砕きましたね。
「我々の主な任務は……。そうだな。雑務とでも言えば良いか」
「雑務、ですか」
「ん。人に見せられない指令書、並びに書簡を遠方へ届けたり。上からの指示にはヘコヘコと頭を下げ、手を擦り、無理にでも口角を上げて指示を請うんだよ」
御用聞きじゃあないんですから……。
「今、御用聞きじゃないと思っただろ??」
にぃっと笑みを浮かべて仰る。
「無きにしも非ずという所です」
「んだよ――。冷たいなぁ――。まっ、いいや。さて!! 着いて早々悪いんだが、早速任務に付いて説明させて貰うぞ」
待っていました!!
そう言わんばかりに前のめりになるのを必死に堪え、短く返事を返した。
レフ准尉が立ち上がると、後方の棚へと向かい。アイリス大陸の地図と一通の書簡を手に戻り。
机一杯に地図を広げた。
「今回の任務は、ここ。大陸南南西に位置するルミナの街へ書簡を届ける事だ」
ルミナ……。聞いたことが無い街だな。
そして、その街が位置するのは……。
「お前さんが顔を顰めた様に、この街は大陸の西寄り南海岸線上に位置している。だが、どういう訳か。オーク共の襲撃が無く。安否を知らせる定期的な知らせが届いていたが……」
「それが届かなくなったと??」
「その通り。人口数千人と小さな港町で、経済的政治的にもどちらかと言えば何の影響も与えない街だが人命が危ぶまれている以上、看過は出来ん」
「つまり、ルミナの街に書簡を届ける事と偵察を兼ねているのですね??」
「正解だ。我々パルチザンの兵の殆どが西方の前線に張り付いている。最近になって奴らの行動が大人しくなって来たが……。油断は出来ん。そこで!! 我々の出番という訳だ」
「レフ准尉が仰った雑務、ですね」
何でも屋とでも呼べばいいのか。
「そうだ。指令書には、レイド。お前が単独で行動する様にと指示が出ている」
へ??
たった一人で向かうの??
准尉から差し出された指令書に目を通すが……。
「確かに……。単独で向えとの指示ですね。――――。ん!?」
「はっは――。気が付いたか。更に、その指令書にはアイリス大陸の謎めいた森を突き抜けて向えとも書いてあるだろ??」
この大陸には広大な森が北と南に存在する。
それはもう本当に広く、大陸の西から東へと横断する形で連なっている。
一度入ったら出て来られない。
『不帰の森』
と、呼ばれていた。
しかも、この不帰の名には更なる意味が含まれている。
我々人間以外にも同じ生命を持った存在する。
そう……。
『魔物』
と呼ばれる存在だ。彼等が北と、南の森の中で活動しているとまことしやかに噂されているのだ。
森の近くで光る目を見た。
獣が嘯く声を聞いた。
空を飛ぶ人を見た。等々、耳を疑う噂は枚挙に遑が無い。
古い文献では以前人間と魔物は共に手を取り、煌びやかな生活を営んでいたらしいのだが。その名残は一切無く。
平地では我々人間。
森では魔物。
互いの生活圏が確立されてしまっていた。
俺自身も見たことが無いし、本当に存在するのかどうか怪しいんだけどね。
「ま、待って下さいよ!! 不帰の森は確か、立ち入り禁止区域に指定されていますよね!?」
「ん――。そだね」
「で、でしたら!! 不帰の森を通るより、ここから東へ向かい。森を迂回するように海岸上を進めば……。それに、海上に出て船で途中まで向かう手もあります!!」
考え得る選択肢を解き放つ。
「その迂回している時間が余分だと、上の連中は考えているんだよ。それにルミナへと向かう航路は現在閉鎖中――。ここから南へ直進、レイテトールの街で補給をして……。更に南進……」
俺の考えを打ち砕く為、准尉が定規を使い。
到着までの簡単な日数を割り出して行く。
「最南端の街で補給を済ませ、いざ不帰の森へ突入するだろ?? んで――。お前さんの馬鹿みたいな体力を加味すれば。森は五日間で抜けられるっと。森を抜け、砂浜かな?? ここは。砂浜を西進。ほいでもって、ガンガン進めば七日間で到着っと!!」
「て、適当に話さないで下さい!! 何でも思い通りに進むと思ったら大間違いです!! 後、どうして自分が体力馬鹿と御存知なのですか!!」
魔物とオークが潜んでいるかもしれない森の中に単騎で突入するのだ。
予想以上に行程は遅れるだろう。
「だから、言っただろ?? 時間が惜しいって。お前さんの情報は全て掌握済みだよ。えっと……。レイド=ヘンリクセン二等兵。ここから少し西へ進んだ街、ランバートの孤児院で生まれ育ち。二十歳で入隊。二年間の訓練を経て、目も当てられない最低限の成績を残し。先日晴れて正式に我がパルチザンの部隊員として加入。 地獄の卒業試験で歴代最長記録を余裕で更新し、記録を塗り替えた。つまり!! お前さんの評価は、頭と剣の腕は下の下。 しかし、体力は化け物級という評価を与えた。それに誂えた任務に就けという事なんだよ」
手元の書類に目を通しつつ、仰る。
「経歴は頷けますけど、どうして成績まで御存知なのですか??」
「ん?? 本部に保管してある情報を盗み見したから」
「ぐ、ぐ、軍規違反じゃないですか!! バレたら軍法会議ものですよ!?」
さらっととんでもない発言をしたので、思わず声を荒げてしまった。
「細かい奴は嫌われるぞ??」
細かい云々より、軍規を守って下さい。
「ルミナの街に到着後、街の様子を書き記した伝令鳥を此処へ向かって飛ばせ。んで、街で再補給して戻って来い。以上!! 説明終わりっ!!」
はぁっと息を漏らし、だらしなく椅子にもたれる。
「突貫する者の気持ちも汲んで下さいよ……」
「危ないと考えたら踵を返しても構わん。お前の任務が失敗したら軍隊を動かすつもりだとさ」
「では、何故最初から軍隊を動かさないのです??」
「あのな?? 初めに言っただろ?? 現在、兵の殆どが西方に張り付いているって。そこから人員を割き、もしそこへオークが押し寄せて来たら??」
「――。あっ」
成程。
前線を突破され、折角構築した西方の防衛線がズタズタに切り裂かれてしまうのだ。
「そういう事だよ。必要な装備一式、食料は後ろの備蓄室に揃えてある。ここで準備を整え、出発しろ」
「了解しました」
「後、ほれ。これがルミナの街に届ける書簡だよ」
准尉が一通の書簡をぽぉんと机の上に放る。
上官に対して些か失礼だと思うが……。
「大切な書簡を投げないで下さい」
僅かばかりに眉を顰め、大切に鞄の中に仕舞った。
「はっは――。そう睨むな。それじゃ、着いて来い」
レフ准尉が立ち上がり、後ろの扉へと向かう。
それに続き、奥へと続く扉の下を潜った。
若干埃っぽい暗く湿った空気の部屋。
たっぷりと水を含んだ木製の樽、米又は小麦粉を詰めパンパンに膨らんだ麻袋、干し肉の塊に乾いたパンとチーズ。
そして、その中でも俺の目を惹き付けたのは……。
「おっ、中々御目が高いな」
「これ……。素晴らしい造りですね」
一本の短剣だ。
鋭く敵を穿てる磨き上げた切っ先、刃面を光に翳すと僅かな光量を更なる輝きを増して反射させる。
使い手の事を考え握り易い柄に、戦いに余分な装飾も一切ない。
正に戦う為に生まれた武器そのものだ。
「持って行っていいぞ」
「宜しいのですか?? かなり高価な代物の様に見えますけど……」
「大陸北部のストースの街で作られた逸品だからな。それなりに値は張るぞ」
「で、では御言葉に甘えて……」
皮製の納刀袋に収め、己の腰に巻く。
丁度腰辺りに柄が収まり、腰に右手を回して抜剣する感じだな。
左腰に収めてある剣の邪魔にならない設計だ。
超接近戦にはこの短剣が有利に働くぞ。
「後は適当に持って行け。ここでは適当でも構わんが、最終補給地点ではよぉく考えろよ?? 少なく見繕って飢え死にしました――では洒落にならんからな」
「その点は御安心下さい。自分の軍馬は俺に似て、どの軍馬よりも丈夫で体力がありますからね!! 大量の荷物を積載出来ます!!」
只、その分足が遅いのが気になる所です。
自分の相棒を褒め称え、むんっと胸を張る。
「体力馬鹿と丈夫過ぎる馬鹿馬。中々いいコンビじゃないか」
「馬鹿を連呼し過ぎです」
「あはは!! こいつ!! 言うじゃ無いか!!」
准尉が此方の後頭部を軽快な声と共に叩く。
「正直な感想を述べたまでですよ」
痛みが残る後頭部を抑え、早速搬出作業を開始した。
何はともあれ、初めての任務だ。
気合を入れねば……。
「あ、それと」
「何ですか??」
米が一杯入った麻袋を持ちつつ言葉を返す。
「その短剣。本部からパクった奴だけど。気にしないで使ってね??」
「ですから!! そいう事は最初に言って下さいよ!!」
折角気合を入れたのに……。台無しじゃないですか!!
「本部の倉庫で埃被っていたんだよ。そこから搬出する際に紛れ込んでいた。言い訳、並びに逃げ道はたぁくさん用意してある。安心して使え!!」
これからずっとこの人の下で働くのだろうか……。
今から心配で胃が痛くなる。
いつか准尉と肩を並べ、軍法会議に出席している姿を容易に想像出来てしまった……。
お疲れ様でした!!
第二話へと続きます!!