第八十話 鈴生りのモノ その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
それではどうぞ!!
痛む脇腹を気にして足場の悪い泥の上を歩き、尚且つユウを背負って歩くのはかなりの重労働だ。
額から疲労と痛みの混ざった脂汗が頬を伝い、顎先に到達すると歩む振動によって地面へと落下。泥の窪みに張った水溜まりに僅かな波紋を発生させた。
力のある男性が女性よりも肉体労働に適しているのは理解していますよ??
その点に付いて何も文句は言いません。
しかし、ですね……。
「んっ……」
背負っているお肉さんが心地良い夢を見ているのか知らないが、時折大変甘い声を漏らすのは想定外なのですよ。
しかも、凄く優しくて良い匂いがするし!!
疲れているこの体に激励を送ってくれていると考えるべきなのか、将又。要らぬ煩悩を捨て去る為の厳しい訓練の一環なのか……。
いずれにせよ、これ以上彼女の感情を悪戯に刺激する訳にはいきませんので。
終始無言を貫き。
敢えて口呼吸のみに呼吸を絞り島の北側へと向かって、行軍を続けていた。
「ねぇ――。カエデぇちゅわぁん?? 問題出していいかなっ??」
あ、あの野郎……。
自分が感染していない事を良い事に、ずぅっとカエデにネチネチと下らない口撃を続けやがって。
お前さんは楽しいかも知れないけどな?? 俺は肝が冷えまくってちっとも楽しくないんだよ!!
「構いませんよ」
ほ、ほら!! 滅茶苦茶怖い声色だし!!
「じゃぁあ……。ユウの両親の名前はぁ??」
「ボーさんとフェリスさんです」
「せいか―いっ。賢い海竜ちゃんはぁ、偉いでちゅね――??」
カエデの左隣から彼女の頭を撫でようと手を伸ばすが……。
「触れた時点で絶交します」
本日一番低い声でそれを拒絶してしまった。
「あはは!! ごめんって。いつもの揶揄いじゃない」
代わりに肩をポンと叩き、御来光も羨む明るい笑みを浮かべた。
「貴女は愉快かも知れませんが、私は大変不愉快です。後……。後ろで死にそうな呼吸を続けている人」
強面の不良も思わず背筋を伸ばして敬礼を行わせてしまう顔を此方に向けて話す。
「は、はいっ!!!!」
「歩行速度が減少しています。もう少し速く移動して下さいっ」
「りょ、了解しました……」
ほらね??
俺がアイツの代わりに怒られるんだよ……。
ケラケラと笑う朱の髪の女性と、一切の感情を消失させてしまった藍色の髪の女性に続き島の北側と思しき場所へと到達した。
夜営地から出発して島をぐるりと半周回ったけど、食料の痕跡は見られなかった。やはりこちらでは無いのか??
「カエデ、どうやらこっちじゃなさそうだな」
「そうですね。食料の問題はこの際無視しましょう」
「嫌よ!! 朝から何も食べて無くてお腹と足の裏がくっ付きそうなの!!」
それを言うならば背中、では??
「今現在、解決すべき問題はアオイ、ルー、リューヴ。この三名の感染状況です」
「無視か!?」
「あぁ、その通りだ。あの三人と一度落ち合って記憶を試してみるか??」
ブンブンと無駄に拳を上下へと振る赤き髪の女性の抗議を流してカエデに問う。
「そうした方が賢明ですね」
「カエデの感染状況も分かってないじゃん!!」
「あのな?? さっきからずぅっと質問を続けて、カエデが一度でも間違えたか??」
総問題数は……。数えるのも億劫だ。
それだけの数の質問を浴びせられ続ければ誰だって辟易しようさ。
ニヤニヤと笑みを零す女性から出題されるその問いに答え続け。俺が思わず首を捻ってしまう記憶の問いを提示されても彼女は見事に正解へと導いた。
全問正解だよ??
これはもう疑いようない証明ではないのかね。
「間違っていないわね。ん――。他に何かいい方法はぁ……」
腕を組み、のんびりとした歩行を続けるマイに対し。分隊長が耳を疑う検査方法を提示した。
「――――。彼に私の体液を与えれば良いのですよ」
「「ブブッフッ!?!?」」
あっぶねぇ!!
驚きの余り、ユウを落っことしそうになっちゃったじゃん!!
「な、な、何て破廉恥な事言うのよ!!!!」
「そ、そうだ!! それは断じて認められない!!」
本当ぉに偶にだけど、カエデってとんでもない発言をさらっと放つよな。
「恐らく、マイとレイドが提示する記憶の問題で私は間違える可能性は微塵もありませんからね」
「じゃ、じゃあ。何。あんたはあのボケナスと……。ちゅ、チュ、チュッチュッ……」
何回噛むんだよ。
朝の訪れを告げてくれる雀みたいに唇を尖らせてやがって。
「えぇ、それしか方法が無いのなら構いません」
右手側に崖、左手側に美しい緑が広がる森。
その間を進行し続けている訳なのですが、大変宜しく無い方向に話が飛翔していきそうな雰囲気なので。
「そ、それより!! ちょっと休んでいいかなぁ――!! ユウを背負っていたから疲れちゃってさぁ!!」
敢えて大声を放ち、隊長殿へと休息を所望した。
「い、良いわね!! はぁ――!! あっついあっつい!!」
森が生み出す木陰へと軽快……。では無く。
右手と右足、そして左手と左足を同時に前に出して歩み行く彼女に続き。作戦行動を開始してから初の休息を始めた。
「よいしょっと……。ユウ、下ろすぞ――」
「んにゃらぁ……」
今も形容し難い寝言を放つ彼女を木々の根元へと優しく寝かせ、その傍らで男らしくドカっと座る。
はぁぁ――……。
つっかれたぁ。
何で休暇に来てまで重傷を負わなければならないのだ。
痛む左脇腹に手を当て、ひり付く痛みを誤魔化す様に撫でていると。
「負傷した箇所を見せて下さい」
カエデがいつもの表情で此方に指示を与えた。
「多分大丈夫だと思う……。う、っわ……」
その指示に従い服を捲ると、俺が想像した以上に悪い光景がそこにはあった。
赤く腫れあがっている程度だと考えていたけども。
ユウに殴られた箇所は青黒く染まり、今にもそこから血が滲み出してしまいそうな痛々しい皮膚の色に変色してしまっていた。
「うっひょ――!! 痛そう!! ねぇ、押していい!?」
人の怪我ってどうして触りたくなるのでしょうねぇ。
しかし、それを了承する訳にはいきません。
「駄目に決まってんだろ。馬鹿じゃないのか??」
此方に向かって。
「…………っ」
そ――っと、ピンっと立てた人差し指を接近させ続ける横着者に言ってやった。
「馬鹿は余分だ。おら、食らえや」
「いっってぇぇええ!!」
激しい痛みが脇腹を抜け、頭の天辺から足の先まで一気苛烈に駆け抜けていってしまった。
い、痛過ぎて思わず叫んでしまいましたよ!!
な、何!? 貴女に対しては口応えも許されないのですか!?
「ふ、む。その痛がる様はかなりの重傷と見えますね」
いやいや、カエデさん??
このドス黒い痣を見れば一目瞭然では??
横着者の攻撃を防いで欲しかったのが本音であります。
「万物の生命の源の水よ。癒しとなりその者の傷を取り払え……」
彼女が右手を翳すと水色の淡い魔法陣が浮かび、痣の上にそっと添えると若干だが痛みが治まってきた。
「はぁ、便利なもんねぇ。それどういう原理なの??」
マイが治療を施してくれているカエデに問う。
「生物が持つ治癒力を魔力で活性化させるのです」
あぁ、そう言えば以前もそう言っていたな。
「これはあくまでも応急処置です。この騒動が終わってからまた治療しますので」
「有難う、助かるよ」
「いえ……」
何だかカエデには頼りっぱなしだよなぁ。
怪我をしたら治療して貰って、こんな訳の分からない状況でも冷静さを失わずに各自に対して適切な指示を与える。
これで齢十六ですよ??
全く……。本当に頼れる隊長さんだよ。
「そろそろ出発するわよ。ボケナス、ユウを背負って移動しなさい」
貴女は怪我人にまた鞭を打つのですか??
だが、向こうの状況も気になるのもまた事実。このまま休んでいる訳にはいかないな。
「了解だ。カエデ、行こうか」
治療を続けてくれている彼女の手を優しく下げ、ゆるりと胸を上下させて心地良い昼寝に興じているユウを背負う為に立ち上がったのだが。
「彼女はここへ置いて行きます」
隊長殿が厳しい声色でマイの案を却下してしまった。
「は?? 何でそうなるのよ」
マイが怪訝な顔でカエデを見つめる。
「最悪の事態を想定しています。もし、アオイ達が三人とも感染していた場合此方も全戦力を以て戦う必要があります。意識が戻らない人を庇う余裕が無いからです」
「ユウを休ませているこの位置は俺達だけしか知らない。つまり、向こうの潔白を証明してから戻ってくれば良いだけだからさ」
カエデが話す通り、最悪の事態を仮定した場合。
あの三名を相手に戦わなければならないのだ。
大魔の血を受け継ぎし傑物……。ユウを抑え付けるのにこれだけの痛手を受けたのだ。それが三名もとなると。
ま、まぁ。この負傷は俺の甘さ故の結果ですけども……。
「ふんっ!! わ――ったわよ!! それじゃあ出発するわよ!!」
マイが意気揚々に西へと向かって歩き始めた。
「そっちは西です。温泉はこっちですよ」
お馬鹿さんに一切の視線を向けず、南へと無表情なままで歩き始めてしまう隊長殿。
「あ、こっちか。あはは……。いやぁ、腹が減ると方向感覚も狂っちゃうのねぇ――」
バツが悪そうに頭を掻きながらカエデの後を追い始めた。
「ユウ、行って来るよ。そこで少し休んでて」
彼女の頭を優しく撫で、そう声を掛けると。
「にしっ…………」
柔らかく口角を上げ、大変有難い激励を送って頂けた。
うっし!!
元気貰ったぞ!!
残るは三名の潔白を証明するのみっ!!
拳をぎゅっと握り締め気合を注入。
もう随分と遠くに行ってしまった赤と藍色に置いて行かれまいと、彼女達のそれと比べて少々遅い足取りで追い始めた。
最後まで御覧頂き誠に有難う御座います。
今から後半部分の編集作業に取り掛かりますので、次の投稿まで今暫くお待ち下さい。
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