第七十九話 現れたモノ その二
お疲れ様です。
大変お待たせしました!! 本日の投稿になります!!
中途半端な所で区切りたくはなかったので、少々時間が掛ってしまいました。
それでは御覧下さい。
頭上に浮かぶ太陽も羨む素敵な笑みは消失し、人に憎悪と嫌悪感を抱かせる表情を浮かべた敵が此方に向かってやって来る。
『うえへへ……』
歪な角度に首を曲げ奇妙な笑い声を上げるその様は、本物の優しくて朗らかで……。万人が認める素敵な彼女の面影の欠片さえ見出せなかった。
アレは、敵だ。
そう……。敵。
頭では理解しているものの、体は彼女に敵意を向けた攻撃を加える事を躊躇してしまっている。
俺の間合いに堂々と踏み込んでも攻撃を繰り出せないのが良い証拠だ。
「ユ、ユウ。聞こえているか??」
精神、若しくは記憶を乗っ取られたとしても。本物の彼女はあの中で抗っているかも知れない。
そう考え、無防備で歩み寄る彼女から距離を取りつつ声を掛けた。
『残念でしたぁ。コイツの意識と体はもうワタシの物だよ』
ちぃっ!! やはり駄目か!!
どうする!? 正面突破か若しくは左右に展開するマイ達と協力して一気苛烈に制圧すべきなのか!?
無防備で歩み寄る彼女との距離を維持しつつ思考を張り巡らせていると。
『それじゃあ……。無理矢理にでも、こっちに引き込んでやるよぉおぉ!!』
ユウ擬きの腕の筋肉が膨れ上がり、堅牢な大地へと何の遠慮無しに剛拳を叩き込んだ!!
耳を疑う轟音と共に大地が抉れ飛び、拳大の土や赤子程の大きさの石が周囲に飛び散り。偽物であってもその力は健在であると証明されてしまった。
「くそっ!!」
何て膂力だよ!!
此方に向かって飛翔する土や石から身を守る為、両腕で防御態勢を取った。
「馬鹿!! 視線を切らすな!!」
マイの声を受け、ユウ擬きへ視線を戻すと思わず我が目を疑ってしまった
「ぃいっ!?」
彼女の傍らに立つ大地の栄養を受けて育ちに育った木を何んと……。馬鹿げた両腕の力で引っこ抜くではありませんか!!
『くらえぇぇええええ!!』
人の体等易々と吹き飛ばせる質量を持つ木が地面と平行になって襲い掛かる。
「御断りしまぁぁす!!!!」
こんな時でも丁寧な言葉を放つ俺もどうかとは思いますが。
叫ぶと同時に飛蝗の飛翔よりも素早く屈み、強烈な力技を回避。
遅れて届く空気の塊が吹き飛ぶ音がその技の衝撃を物語っていた。
あ、あぶねぇ……。
マイの言葉が無ければ直撃を受けていたよ。
だけど、この一撃が俺の体の迷いを吹き飛ばしてくれた!!
そっちがその気なら……。此方も全力を出し尽くす!!!!
「カエデ!!!!」
「分かっています。水よ、激しき流れで敵を制せよ。水鎖拘束!!」
俺が叫ぶと同時にユウ擬きの足元が淡く水色に光り輝き。
円状の魔法陣の中から水の鎖が現れ、彼女の四肢に絡みつき行動を制限した。
流石、カエデ!!
絶妙な間で援護してくれるな!!
『う、ぐぉあ!!』
今だ!!
「だぁっ!!」
カエデの強力な魔法による拘束だ。腕力のみで解く事は困難な筈。
この機を逃すまいとユウに向かい決意を籠めた拳を握り締め、突貫を開始した。
「レイド!! 危ない!!」
カエデの珍しい大声が響いたと思った刹那。この突貫は大変軽率な行為であると猛省する事になってしまった。
『ふんがぁぁああ!!!!』
「嘘だろ!?」
四肢に絡みつく水の鎖を何んと、魔力を解放せずとも。地力で解放するではありませんか!!
力技にも程があるって!!
だが、此方も突き出した拳は止められない!!
先に届けぇぇええ!!
決意を籠めた熱き拳がもう間も無く届く。
先手は貰ったか!?
しかし、現実は猛烈に非情であると。言葉の代わりに激痛がこの体と頭に教えてくれた。
『であぁぁ!!』
「うぐぉっ!!」
彼女の右の拳が左の肋骨に直撃すると、体内から乾いた音が響き。そのまま俺の体は、鳥の羽の様に軽やかに後方へと吹き飛ばされてしまった。
「ボケナス!! この馬鹿力め!!」
『掛かって来い!! ワタシが相手だ!!』
前衛が留守番になっては不味いと考えたマイが俺の代わりに怪力な彼女の下へと向かって行く。
一撃でまさかここまでの損傷を受けるとは……。
「うっ……。ゴフッ!!」
地面に叩きつけられた衝撃が背骨を軋ませ、脇腹に生じる激痛が燃え上がった闘志を萎えさせるが。
こ、こちとら。
毎日馬鹿みたいに殴られて耐性が出来ているんだ。たった一発でオシャカになる程やわじゃないないんでね!!
「フンッ!!」
あら?? 休まれても宜しいのですよ?? と。
大変甘い囁き声を放つ足の筋力に別れを告げ、大地の上に二本の足を突き立ててやった。
立てたのは良いですけども……。
龍の力を解放しない素の状態で食らったのが不味かったな。
肋骨の数本がひび割れたかも知れない。息を吸う度に肺がピリっとした痛みに襲われるが。
『痛みがある内はまだ大丈夫!! 死にはしないって!! 俺を信じろ!!』
痛みは大丈夫……。大丈夫な筈……。いや?? かなり不味い??
訓練施設内で指導教官から受けた怪しい訓示を心の中で唱えながら、遠くで交わされているマイと偽物の激しい攻防を眺めた。
「せやっ!! だぁあ!!」
『…………』
丹田、顎、鎖骨、人中。
人体の急所に攻撃を当て続け偽物の体を後退させている。一見優位には見えるが……。どうも雲行きは怪しい。
マイ自身の拳に何か迷いがあるように感じ取れてしまい、いつもの衝撃音よりも随分と軽い音に違和感を覚えた。
ユウの体を労わる為、手加減しているのか??
『……、軽いんだよぉ!!』
「ぬっ!?」
右の足が頬を捉えようとした時、偽物がそれを左手一本で受け止め。
そして、足を掴んで体ごと浮かせ。うっそうと生い茂る枝と草々が両手を広げて待つ森の奥へと力を込めて投げつけてしまった。
『吹き飛びやがれぇぇええ!!』
「てめぇぇ!! 覚えてよろおおおおおぉぉぉぉ――…………っ!!!!」
俺が感じていた怪しい雲行きの正体はこれか。躊躇いが拳を軽くしていたんだ。
『あはは!! 小さいとよく飛ぶなぁ!!』
マイが吹き飛んでいた軌道を満足気に眺め、勝ち誇ったかの様に高笑いをしている。
「風よ、一陣の風となり刃とかせ!! 風刃烈風!!」
その横っ面が彼女の気に障ったのか。
海竜さんの右手に新緑の魔法陣が浮かぶと同時、鋭い風の刃が偽物へ向かって放たれた。
風の刃が木々の枝を通り抜け、切り裂かれた枝の断面から水が滴り落ちる。
『嘗めるなよぉ!? だぁっ!!』
それ程の切れ味でも偽物の拳は砕けない。
右の剛拳で正面から襲い来る風の刃を迎え打ち、易々と霧散させてしまった。
「呆れた力ですね。ですが……!!」
次なる魔法の詠唱を始めようと右腕をユウに翳すが、その隙を偽物は見逃さなかった。
『があぁぁぁ!!』
猛り猛った猛牛の後ろ足で地面を激しく蹴り、常軌を逸した加速でカエデに突進する。
その突撃を寸での所で躱すが……。
「くっ……!!」
着地で態勢を崩してしまった。
『遅いぞおぉ!!』
カエデが振り返る頃には偽物が彼女の間合いへと侵入し、丹田の位置に左の拳を鋭く突き上げる。
「うぐっ……!!」
防御の為に拳と体の間に人の手の平大の結界を張るが。剛拳は結界ごと体を押し上げ。カエデの小さな体は軽々と宙を舞ってしまった。
「う……。ぐぅっ……」
「カエデ!! くそぉお!!」
地面に横たわる彼女を放ってはいられない!!
命令を無視し続ける体に喝を入れると無我夢中で突進を開始し、偽物の側面へ情けない体を衝突させてやった。
カエデの体から遠ざける事には成功したが……。
その代償として脇腹に気が遠くなる程の痛みが走った。
「はぁ……はぁ……。仲間に、手を出すな」
痛みで気を失わない様、必死に立ち続け。敵意を籠めた瞳で相手を睨みつけてやる。
『あはは!! いいよ、レイド。お前から仲間に入れてやるよぉ!!』
「あぐっ!!」
両手で俺の首を掴むとそのまま宙に浮かされてしまい、彼女の万力によって気道処か。首の骨が折れて皮膚を突き破られてしまいそうだ。
く、くそっ……。
い、意識が飛んじまいそうだ……。
『知ってるか?? この体の主はなぁ。お前と一つになりたい、そう願っているんだぞ??』
「かっはっ……。ユ、ウ。負けるな。お、お前は……。こんな、奴には負けない。そう、だろ??」
た、頼む。
もし、まだほんの少しでも意識があるなら答えてくれ!!
『無駄だよ。安心しろ、その願いを叶えてやる。今からその体へ唾液を流し込んでやるからな……』
「あうっ!!!!」
血管が浮き上がる程に筋力が膨れ上がった両手で俺の首を締め上げる。
そして俺の顔を偽物の顔に接近させると。
『…………、ジュルリッ』
大好物を食むのを堪え切れないのか。淫らな舌に纏わせた唾液を己の唇に塗りたくり。
妖艶で末恐ろしい艶が偽物の唇に宿ってしまった。
この拘束から逃れるには龍の力を解放して腕を跳ね除けるか、それとも腰から抜剣して……。
だ、駄目だ。友人の腕を切り落とすなんて、俺には出来ない。
龍の力を解放しても繊細な力使いが可能であるかどうかは分からない。そして、短剣を使用して彼女の腕を切断させてしまう自責の念が決断を躊躇させた。
「ユウ……。根性、みせ、ろ!!」
お前はそんなやわな奴じゃない。そうだろう……??
俺の声に反応しろ!!!! ユウなら出来る筈だ!!
『しかし、おまえ……。美味そうだな……。この体を苗床として利用……。な、なんだ?! おい暴れるな!!』
突如として微細に振動を開始した右腕を抑え込もうと、対の左腕で抑え付けた。
「ゲホッ!! ゴホッ!! ぜぇ……。ぜぇ……」
何が起こっているんだ??
拘束から解かれ、地面に片膝を着けながら様子を窺い続けていると。
「…………っ」
偽物の右目に一瞬だけ、そうほんの刹那にユウの優しき瞳が戻って来てくれた。
「ユ、ユウなのか!? 頑張れ!! そんな奴に負けるな!!」
『こ、この野郎!! うぐっ!?』
此方声に反応した右腕が大きく暴れ出すと、右の手が首に襲い掛かった。
『くっぁっ……。アァァァ!!!! この野郎!! 大人しくしやがれ!!!!』
己の右腕と戦う偽物。
傍から見ればあの人は何をしているのだろうと首を傾げたくなる姿だが。
あれは正真正銘。
ユウが内に孕む悪と戦っている姿なのだ。
『ぜぇ、ぜぇ――……。ちっ、しぶとい奴め』
だが、刹那に戻った輝きは消失し。元の禍々しい瞳が俺を睨みつけた。
『待たせたな?? さぁ……。私と一つになろう……』
「はは、是非ともそうしたいんですけどね?? 生憎、それを許さない人がこの島には居るんですよっと」
さぁ、好きなだけ大暴れして下さい!!!!
お膳立ては十分したぞ!!!!
「…………。どぉぉぉぉりゃああああああああ!!!!」
『ぐぁっ!!!!』
森の中から怒りの炎を瞳に宿して現れた深紅の髪の女性の激烈な烈脚が、隙だらけの偽物の背に何の遠慮も無しに突き突き刺さった。
アイツがこの絶好機を見逃す筈は無いからね!!
『あぐっ……。ぐぇっ!!!!』
激しく地面に叩きつけられ、土埃を放ちながら転げ回り。
大きな木の幹に衝突した所でその進行が止まった。
『うぐぐ……。き、貴様ぁ』
御自慢の筋力が備わった足で立つものの、相当な痛みを受けた様だ。
先程までの余裕が消失した顔で、怒りに震える恐ろしき龍へと憎しみの瞳を向けて話すが……。
どうやら彼女の怒りは偽物の憤りを容易く凌駕する程に燃え上がっている御様子ですね。
「この野郎ぉ…………。よくも吹き飛ばしてくれたわね?? 足腰立たなくなるまでぶん殴ってやる!! おらぁ!! さっさと向かって来いやぁ!!!! この三下がぁぁぁぁ!!!!!!!!」
自分の躊躇い、そして軽々と吹き飛ばされた事によって感情が高まり。それは正に怒髪天を衝かんばかりであった。
こ、こっわ。
あの姿を見たらきっと、獲物まで後少しまで迫った腹ペコの獰猛な鮫だって尻尾を千切れんばかりに振って逃亡を図るだろうな。
「マ、マイ。相手は一応ユウの体だからある程度……」
好きなだけ大暴れして下さいと思いましたけど。さ、流石にヤリ過ぎは駄目ですよ??
「あぁ!?!? そんな事関係あるか!! 手加減無用!! 奥歯が喉の奥から飛び出る勢いでぶん殴る!!!!」
駄目だ。
まるで人の話を聞きやしない。
『ワタシを倒すだと?? アハハぁ、その小さい体で良く言うなぁ??』
斜に構えた態度でマイを見下ろし、さもお前には無理だと決めつけた口調で話す。
あ……。
その態度はちょっと如何なものかと……。
この状態の彼女をこれ以上刺激しない事をお薦めします。
「二回……」
『はあ??』
おっと。
吹き飛ばされた際にも聞いていたのか。相変わらず、地獄耳ですね。
「私に……。二回も小さいと言ったなぁぁ!! 風よ!! 一陣の吹き荒れる嵐となれ!! 風爆足!!」
淡い緑色の魔力が彼女を包むと同時に、常軌を逸した連続攻撃が狼煙を上げた。
「くたばれぇぇええええ!! このニセ乳野郎がぁぁああああ!!」
『くらいやがれ!!』
偽物の右の拳が最短距離を真っ直ぐに駆け抜けるが、マイはそれを余裕で見切って躱し。
「遅いんだよぉ!! はぁっ!!」
相手の懐に侵入すると、怒りの拳を顎先へとブチ上げた。
『何!? ぶぁっ!!』
遠目で見てやっと確認出来る程の速さに呆れちまうよ。間近で見たら恐らく俺も偽物みたいに綺麗に顎を跳ね上げられてしまうだろうさ。
そして、そこからは反撃の余地さえ許されない彼女の独壇場であった。
「はぁあぁあぁ!! でやぁあああああ!!」
『うぐっ……。がぁあぁっ!!!!』
前後左右、四方八方から拳と足技が襲い掛かる。
その都度偽物の体は跳ね上がり、屈み、揺らぐ。
頑是ない子供の手が玩具の人形を悪戯に振り回す様に偽物の体は奇妙な跳ね方を続け、宙へと浮かされて行く。
そして、恐ろしい攻撃の豪雨が止み。偽物の体が地面にストンと着地したのだが。
『……』
当然、その足元は覚束ない。
隙だらけの構えを取り、虚ろな表情でぼぅっと宙を眺めていた。
普段なら此処で試合終了。
しかし、龍の逆鱗に触れた偽物は此処から更なる地獄を見る事になるのです。
「地平線の彼方まで吹き飛んで行きやがれぇぇええええ!!!!」
偽物の正面に堂々と立ち。
体を鋭く回転させ、強烈無比な回し蹴りを丹田の位置に放り込んでしまった。
『ぎぃゃゃああああ――!!!!』
体をくの字に曲げて後方へと飛翔し、太い木の幹に叩きつけられそのまま地面に力なく倒れた。
な、何て脚力してんだよ……。
「ふんっ!! 雑魚が!! 本物のユウの方がもっと強い!!」
金輪際コイツを怒らせるのは止めよう……。
あそこで倒れている変わり果てた偽物の様になりかねない。その姿を己と重ねると身震いしちゃうよ。
「ん?? どうしたの?? 変な目して??」
「あ、いえ。お気になさらず。――――。カエデ、立てるか??」
緑の絨毯の上に力無く倒れているカエデに近寄り話しかけた。
あれ程の攻撃を食らったのだ。相当の痛手を受けている筈。
「……、無事ですよ。好機を窺っていたのですがマイに手柄を奪われました」
此方の予想を裏切り、何事もなくすっと立ち上がってしまった。
刹那に展開した結界で相手の攻撃を防ぎ、隙を窺って対処する。
ふぅむ。
大変賢い戦略なのですが……。
「カエデも人が悪いよ。そういう作戦なら言ってくれればいいのに」
後もう少しで首をへし折られる所だったのですよ??
「申し訳ありません。念話ですと相手にも聞かれると判断しましたので……」
体に付着した土を払いながら、特に感情を変えずに話す。
「これで、一応一人はあぶり出した訳よね??」
「そうですね。向こうにも紛れているかどうか分かりませんが……」
そう話すと、うつ伏せに倒れているユウの服をガバっと何の遠慮も無しに捲ってしまった。
「うぉ……。本当に筍が生えているぞ」
まだ小さい芽だが、程よく日に焼けた健康的な肌の下から確実に筍の一端が垣間見えている。
「これが彼女を操っていた正体ですか……。マイ、抜いて下さい」
「任せて。ふんぬっ!!」
マイが指に力を込め、先端を引っ張る。
すると、背の肉を少しばかり傷付けてしまったが。
瘡蓋を剥がすようにサラっと引き抜くと。体から剥離した筍は刹那にボロボロと崩れてしまった。
「ユウ、ちょっと熱いけど我慢して下さいね」
カエデの手に淡い赤い魔法陣が浮かぶと、矮小な火が筍の芯を焼却。
燻ぶった煙が晴れると、痛々しく赤く腫れた肌が現れた。
これで体の筍は除去された訳だな。
後は起きてから再び記憶を確認すれば良いだけ。
「向こうに念話飛ばしておいた方がいいんじゃない?? ユウに取り付いていたって」
「分かりました」
『アオイ、聞こえますか??』
彼女が呼吸を整え、此方の作戦の成功を蜘蛛の御姫様へ送ったのですが。
『――――。カエデどうした??』
しかし、頭の中で響いたのはリューヴの声であった。
『アオイはそちらにいますか??』
『…………。おまたせしました。何かありまして??』
『ユウが感染していましたが、処置は滞りなく終えました。そっちも気を付けてくださいね』
『分かりましたわ。では打ち合わせの通り、島を探索し終えたら温泉付近で落ち合いましょう』
「向こうも大丈夫そうだな」
アオイも、リューヴも元気そうな声であった。
これで食料を隠したのはユウであったと証明された訳ですね!!
此れにて一件落着!!
――――。
かと思いきや。
どうやらまだまだ事件は解決していなさそうです。
「余り手放しで喜べそうにはありませんね」
カエデが数段声を低く落とし、残念なお知らせを告げてしまいましたから。
「何でよ??」
「アオイが直ぐに返答しませんでした。この状況です、彼女らしくないです」
「そうか?? 声色に変化は見られなかったけど……」
「まだありますよ?? 何故、あの元気の塊であるルーが返答しなかったのか。それが気掛かりです」
そう言われてみれば、確かに……。
今日も朝から元気だったからなぁ。無邪気に人様の顔を舐め回し……。
「じゃ、じゃあ何よ。ルーが感染しちゃったて言うの??」
「それは現時点では分かりません。彼女の記憶を確かめてなければ……」
「あぁ!! そうだ!! そうじゃないか!!」
あの横着な狼さんの今朝の行動を思い返していると、ある一つの事実が浮上した。
「ビビらせんな!!」
「ふぁいと、ルーふぁ感染ふぃていません」
気持ち良く頬を殴られてしまったので、若干噛んでしまいました……。
「続きをどうぞ」
「んんっ!! 今朝、ルーが寝惚けて俺の上に覆いかぶさって来たんだ。そして、お前さんはその鼻頭にくっ付いて鼻水を摂取していた」
「はぁ!? 私、そんな事していたの!?」
寝ている時なので自分自身の状態には気付かぬだろうけど。
普段はもっと酷い寝相だと、この際言ってやろうか??
ですが、時間が勿体ないので省略させて頂きます。
「あぁ、事実だ。その後、お前さんはワンパク狼に捕らえられ。目玉の奥まで舐められた。 男性は感染したら気を失う。俺は横着な狼さんの唾液を無理矢理摂取させられたが気を失っていない。そして、マイもまた然り。つまりこれは!! 俺とマイは感染していない何よりの証拠だ!!」
ふふ、身の潔白が証明されるってこんなに気持ちが良いのですねぇ。
自信満々で腕を組んで、しみじみと大きく頷いていたのですが。
「それは、つまり。私を遠ざけようとするが為に証明したのですよね??」
カエデがむっっすぅぅっと顔を顰め、スタスタと東の方へと進んで行ってしまった。
「あ、いや違うんだって!!」
「何が違うのですか?? 私は感染している恐れがあるので近付かないで下さいっ」
あぁ、もう!!
そういう意味で説明したんじゃないのに!!
「お、怒らないでよ!! ね??」
「怒っていませんよ。後、ユウを置き去りにしてはいけませんので貴方が背負って移動して下さいっ」
え??
複数の肋骨に亀裂が走っているのですよ??
「えぇっとぉ。ちょっと脇腹を痛めてぇ……」
「隊長の命令に背くのですかっ??」
冬の厳しい空気よりも冷たい空気を纏ったカエデが此方に振り向き、雪の女王様でさえも発狂してしまう冷涼な瞳で冷酷な指示を此方に送った。
「りょ、了解しました!! 直ぐに行動を開始します!!」
「宜しい……」
「あはは!! カエデ――。私は感染していないからねぇ――?? 疑っちゃや――よぉ??」
お願い!!
それ以上彼女を煽らないで!!
「それは結構。そこの人!! 早く行動しなさい!!」
ほら、こっちに矛先が向いた。
「た、只今ぁ!!」
「ふにゃらぁ……」
気持ち良く寝息を立てるユウを背負い、怒りに震える海竜様の背へと向かって駈け出した。
ユウ一人でこれだけ手を焼いたのだ。
もしも向こうが全員感染しているとなると……。
最悪の事態は想定しておかなければならない。
今も俺の背中で眠るユウの様に、これ以上仲間に負担を掛けさせたくないのが本音だ。
明日の正午には迎えの船が到着してしまう。それまでに感染者を調べないと……。こりゃ骨が折れそうだな。
いや、このあばらの痛み。本当に折れてるかも……。
一方は相手を煽り続ける陽気な背中、そしてもう一方はそれを受けて怒りを滲ませる背中。
楽し気にさぁっと揺れ動く朱の髪と、怒りで細かく震える藍色の髪を交互に見つめつつ。脇腹の痛みを悟られまいと奥歯をぎゅっと噛み締めて行軍を続けた。
最後まで御覧頂き有難うございます。
そして、ブックマークをして頂き誠に有難う御座いました!!
憂鬱な月曜日に大変嬉しい便りになりました!!
それでは、皆さん。ごゆっくりとお休み下さい。