第七十九話 現れたモノ その一
お疲れ様です。
深夜の投稿になってしまい、大変申し訳ありませんでした。
それでは御覧下さい。
空は高く聳え立ち、澄み渡った青空の中から網膜の裏を強烈に痛め付けようと太陽が力強く輝くのだが、それでも森の中が随分と暗く感じてしまう。
それはまるで、現在の心情が視界に投影されているようだ。
一体誰が俺達の絆を断とうとしているのだろう??
第三者の線は……。有り得ない。
絶海の孤島に好き好んで来て、何も言わずに食料のみを奪う大馬鹿はそうはいまい。もうこの線は消えた。
次に複数犯か、単独犯か。
複数犯の場合、これが最も厄介だ。この島に居る女性陣は皆強力な力を宿している。単独犯ならば残りの六人で取り押さえれば難を逃れる事が可能だが。複数犯の場合はそうはいかない。
それ相応の疲労と負傷を覚悟しなければならないのだから……。
「はぁ――。何で朝も早くから食料を探さなきゃいけないのよ」
此方の隣を歩くマイも俺と同じ心情を抱いているのか、それとも只単に飯の心配のみをしているのか甚だ理解に及ばないが。溜め息混じりに苦言を吐く。
誰しもが心を暗くしている。そして、一番の問題は 『誰』 がその行為をしたかだ。
カエデの言う通り仲間に紛れそれを行ったとしか現時点では考えられない。それは勿論、俺達の仲間割れを狙い。感染を広げ易くする為だ。
そう考えるのが妥当だろう。
「あのクソ蜘蛛……。よりにもよって私を疑うのよ?? 心外にも程があるわ」
それは早くも功を奏していた。
コイツは行動を開始した直後からずうっとこの調子だ。
数歩歩けばアオイの文句を言い、数十歩歩けば腹が減ったとのたうち回る。
それを聞かなければならないこっちの心情も理解して欲しいものさ。
「そう言うなよ。アオイも謝っていたしさ」
「まぁ……。そうだけど……」
むぅっと唇を尖らせ俺から視線を逸らす。
「その……。さっきの事……。だけどさ??」
急に口籠って、一体なんだ??
「わ、悪かったわよ。怪我したんでしょ??」
「あぁ、怪我の事か。大丈夫だ、怪我は慣れているよ」
貴女と行動を続ける為には慣れなければならない、しかし。慣れたくは無い。
この相反する事象が大変歯痒い想いなのですよっと。
「そ、そう。それなら良かった」
「あんれぇ?? どうしちゃったのかなぁ?? 顔、赤いよぉ??」
マイの隣からユウが覗き込むようにして彼女の表情を確かめていた。
はは、絶妙な間の揶揄いだな。
きっとコイツなりに反省しているのだろう。良い傾向じゃないか。
「うっさい!!」
「いてっ」
ユウの顔をパチンと叩いて退かすと。
「カエデ!! まだ見つからないの!!」
分隊を先行するカエデの背に声をかけた。
「欠片も見つかりません。どうやらこちらでは無いような気がしてきました……」
人の足で探すのは骨が折れる面積の島だからな。
もう見つからないと腹を括った方が良いかもしれない。
犯人の特定を最優先すべきだと隊長殿に進言しようかしら??
あぁ、でも……。
『そんな事は十二分に理解しています』
大変冷たい瞳で此方の進言を一蹴されてしまう姿が容易に想像出来てしまいましたので。
黙って指示に従いましょう。
何とも言えない思いでふわっと揺れ動く藍色の髪を見つめながら、若干歩き難い泥状の地面を歩き続けていると。
その隊長殿が前方に顔を向けつつ徐に声を放った。
「マイ」
「ん――?? 何ぃ?? うぇ、しまった。此処の地面泥だらけじゃん……」
「レイドと会った時もこんな森の中だったんですよね??」
あら??
藪から棒に、随分と前の事を話し始めますね??
「そうよ?? コイツったら呼びもしないのに勝手に出て来たから面食らっちゃってさぁ。余計な攻撃を貰ったのよ」
こちらを見上げ、クイっと片眉を上げつつ話す。
「おい、そこまで言わなくてもいいじゃないか。大体、槍の投擲に気付かなかったのが悪いんだぞ」
全く、余計な手出しだとは思ったが。あのままではマイも危なかったかも知れないのだ。
身を挺して守ったのにその言い方は良くないと思います!!
「ふんっ!! あんなの私の一息で地平線の彼方まで吹き飛ばしてやるわよ」
君の鼻息は真夏に襲い掛かる嵐の風をも超越するのですか??
「随分と強力な鼻息だな」
わざとらしく揶揄ってやる。
「冗談に決まってんでしょ!! 比喩よ、比喩!!」
分かっていますよ――っと。
「それからあんたと出会ったんだっけ……。懐かしいわねぇ」
そう話すと、ユウの左隣へとタタっと駆けて行き。
彼女の肩をポンっと叩く。
「そういやユウは腹を空かせて動けなくなっていたな。あれは傑作だったぞ??」
確か……。荷物を落としたと言っていたな。
「う、うるさい!! あれは荷物を落としたからそうなったんだ!!」
ふふ、そうそう。
頬を朱に染め、あからさまに狼狽えた表情で言い訳を述べている。
そして続け様に口を開いた。
「マイとレイドが肩を並べて歩いて来た時、最初は敵かと思ったぞ……」
――――――。
う、ん??
「………………。そうか??」
「あぁ、あの時はオーク達に囲まれていたからな。用心をしていたんだよ」
何だ??
今の違和感。
何か、そう。
物凄く大きな物質が喉の奥に引っ掛かる物を感じた。マイもそれに気付いたのか、眉を一瞬だけ寄せてユウを見上げた。
「…………。その後あんたの父親にも会いに行ったわよねぇ。それで人避けのオーブ貸して貰ったっけ」
成程。
そう言う事ね……。
「人避け?? 深緑のオーブだろ。父上達、元気にしているかなぁ」
郷愁の想いを感じているのか、瞳を優しく閉じてしみじみと頷いている。
「大体、あんたの家系は一体どうなっているのよ。カエデも聞いてよ、クレヴィスと戦っていた時なんかさ、コイツの父親が怒って巨大化するとアイツを吹っ飛ばしたんだから」
「それは是非とも拝見してみたいですね」
「あれは派手に飛んだよなぁ。で、その後カエデと出会った。マイが連れて来た時なんか美少女が来た!! って、素直に驚いたもんさ」
この会話の中に含まれる違和感がやっと分かった。
いや、分かってしまった。
「そうですね。あの時、ユウは日光浴をしていたので日焼けをしないかいらぬ心配をしていたものです」
カエデもこの違和感の正体に気付き、彼女の矛盾を突く質問を始めた。
「いらぬって、素直じゃないなぁ。確かに私の肌は強いけどさ、一応女の子なんだから心配してくれてもいいじゃないか」
乾いた笑いと共に明るく返事を返す。
その姿は、どこからどう見てもいつものユウだ。
何で?? どうして彼女が……。
これが最終確認だ。
この四名の記憶に残る強烈な出来事を提示してやった。
「そうそう!! アレクシアさんを倒したカエデの魔法。あれは凄かったよな!! 水と暴風が吹き荒れて街にいた敵を一網打尽にしたんだからさ」
頼む!!
間違えないでくれ……。本物のユウである事を証明してくれ!!
「あぁ!! 確かに凄かった。あれを見てあたしももっと強くならなきゃ。そう考えさせられたもんさ……」
あぁ。
くそっ!!
待っていろよ、ユウ。今、助けてやるからな!!!!
「それから……。どうした、レイド?? おっかない顔して」
こちらを見つめ不思議そうに首を傾げている。
深緑の髪に優しい笑顔。そして物腰柔らかな口調。
俺の知っているユウが目の前にいる。しかし、中身はユウでは無い。
別の 『何か』 だ。
「ユウ、動くなよ??」
腰から短剣を抜き、正面に構えて話す。
「お、おいおい。何だよ、藪から棒に」
右手に持つ刃物を見ると慌てふためき、俺から一歩後退した。
「マイ!! レイドの奴を止めてくれよ!!」
「ちょっとだけ痛いかもしれないけど安心しなさい。すぐ楽にしてあげるわ」
マイも俺と同じ考えに至ったのか。
右手の指先から鋭い爪が伸び、戦闘態勢へと移行した。
「ちょ……!! 何だよおまえら!! 私が何かしたって言うのか!!」
「いい加減にして下さい。その鬱陶しい演技を見るのはもう我慢なりません。これ以上私の大好きなユウの体を、いいようにさせる訳にはいきませんね」
明瞭な敵意を向けた声色を放ち。カエデがユウに向けて瑠璃色の魔法陣を浮かべる。
「お、おいおい!! これはいつもの奴だよな?! 驚かそうって算段だよな!!」
「…………。あんたと初めて会った時、私はレイドの肩に乗っていた」
そう、始めに覚えた違和感の正体はそれだ。
肩を並べて歩くとは言えない。
「そして、クレヴィスを倒したのはユウの母親だ。まだ訂正してやる、カエデを連れてきたのは俺だし、その時ユウは海の中にいた。そして、アレクシアさんを倒したのは、地下から水を召喚して村を洗い流した……」
こんな強烈な記憶を間違える筈は無い。
つまり……。コイツはユウの皮を被った偽物だ。
「あ、あれ?? そうだったか?? そんな怖い顔されちゃ思い出すのも思い出せないって!!」
こいつ、まだ白を切るつもりか。
「昨日の夜からなぁぁんか怪しいと思ってて。私の思い違いだと自分に言い聞かせていたんだけどさ……。テメェ、自分の事何度か 『私』 って呼んでいたよな?? ユウの一人称は 『あたし』 だ、ボケ。だから今日一日私はあんた呼ぶ時。ユウって一度も呼んでいないの」
「この状況下じゃ。間違える事だってあるだろ!?」
「温泉での会話。刺身を食った事を覚えていなかったな?? ボケナスが作った美味い飯を本物の優しいユウが間違える筈は無い。まだあるわよ?? いつもの優しい瞳をたった一度たりとも私に向けていないし。歩き方の所作にも違和感がある。私の親友は黙って立っていても優しさが滲み出て来るのよ。それが、今のテメェからは微塵も感じねぇんだよ」
すげぇ、コイツ。本当にユウの事を良く見ているな。
その目をアオイにも向ければいいのに……。
彼女が証明してしまった悲しい事実。その中にたった一つだけ嬉しい言葉が混ざっている事に。こんな時だってのに高揚してしまった。
「レイド。食事の事を褒められて嬉しいのは分かりますが、集中して下さい」
「へっ?? あ、あぁ。了解だ」
カエデの声を受け、緩んだ気持ちを引き締めて今も狼狽え続けるユウ擬きと対峙した。
乗っ取られたユウがどんな抵抗を見せてくるか分からない。
手帳に記されていた通りだと人間が感染した場合、人一人を軽く吹き飛ばせる程の力を発揮する。
それが怪力のユウだとどうなるんだ?? 想像も尽かない。いや、想像したくないのが本音だ。
俺達がユウを取り囲もうと移動を開始した時。
「…………」
ユウの表情がふっと消失し、無表情のまま大きく項垂れた。
「注意しなさいよ……」
マイの硬い声を受けると、ピンっと張り詰めた緊張の糸が周囲へと張り巡らされた。
『――――――。あ――あ、そっか。ばれちまったか』
「うっ!?」
な、何だよ。あの目は!!
『はぁ……。はぁ……。アハハァ』
瞳孔は血よりも赤く、そして本来白目である部分は闇よりも黒く染まり禍々しさを放つ目へと変化。
歪に曲がった口からは生温い温度の吐息が漏れ続け、獲物を求めるかの如く。獰猛な獣の呼吸を続けていた。
『凄く気分が良いんだ。お前達も味わってみろよ?? なぁに恐怖を感じるのは一瞬だ。直ぐに気分は良くなるからさ』
何て声だ。
地の底から蠢き届く悪魔の声は人の心を容易に脅かし恐れを抱かせてしまう。
こ、これがあの優しかったユウの声??
絶対に……。俺達が元のユウに戻してやる!!
優しさの欠片も見当たらない歪んだ顔を睨みつけ、一気苛烈に集中力を高めた。
「そいつは勘弁願いたいわ。安心しなさい、あんたを正気に戻してあげる」
マイが首を左右に傾け、戦闘の準備を整える。
「えぇ、私達で解放させてあげます」
カエデも準備完了だな。
よし!! これならいける!!!!
「皆!! 集中しろよ!! 間違ってもユウの命を奪う真似はするな!!」
不殺を心掛け短剣を納剣。
左腕を正面に、体を斜に構えた。
ふぅぅ……。
いいぞ、美しい水面が心に浮かび。澄み渡った空気が広がって行く。
集中力を高めたまま維持させろ。俺達の敗北は皆の、そして人間の敗北に繋がるのだから。
俺達はケタケタと無意味に肩を震わせながら此方に歩み寄る彼女に対し明確な敵意を向けて対峙した。
最後まで御覧頂き有難うございます。
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