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第七十八話 孕む疑心暗鬼 その一

週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂います。


それでは御覧下さい。




 朝の来訪を予感させる肌寒い湿った空気。


 毛布一枚だと心許ない空気なのは恐らく、本日は日が陰っているからであろう。


 しかし、どういう訳かその空気はたちどころに霧散し。代わりに体をどこまでも弛緩させてしまう温かさがずっしりと圧し掛かって来た。



 布団にしては重過ぎるし、何よりこの島には布団という存在が無いので。温かくなった要因からは除外しましょう。


 その原因を探る為に大変重たい瞼をゆるりと開けた。



「んやらぁ……」



 まぁ、凡その想像は大当たりですね。


 一頭の狼が俺の上に覆いかぶさり、寝惚けた寝言とは裏腹に大変顔を顰めている。


 その理由は彼女の鼻頭にあった。



「ガッフ……。ググゥ……」



 大きな黒い鼻の先端に一頭の龍ががっしりと掴まり、形容し難い鼾を上げているのだから。



 何でこの狼さんと寝惚け龍は天幕の中で眠っていないんだよ……。




 夜中にこっそりと天幕を抜け出し、寝惚けながら右往左往して此処に辿り着き。帰るのも面倒なのでそのまま寝入ってしまったのだろうか??



 理由は兎も角。


 覆い被さっている狼さんは獣の姿をしていてもちょいと力を籠めれば人の姿に変わってしまう。


 彼女とは親しき男女の仲では無いので添い寝は御法度。


 この姿を見付けた海竜さんから朝一番のお叱りの声を受けたくはないので、横着な狼さんを起こそうと手を伸ばすですが……。



「バッフ!! ガッビィィ……」



 鼻頭に止まる龍に触れると噛みつかれ、手を砕かれてしまう恐れがありますのでね。


 慎重に狼の耳の根元へと手を伸ばした。



「ルー、寝惚けていないで。天幕の中に戻りなさい」



 覚醒を促す為、優しく耳元を撫でてあげると。



「ふにゃらぁぁ……」



 たちどころに溶け落ちた表情に変わってしまった。


 いや、そうじゃなくてね??


 君達は本来の寝床を間違っているのですよ??



「起きなさい。もう直ぐ朝ですよ」



 中々仕事に行きたがらない布団の中の夫を起こす主婦様の口調でそう話すと、ルーの表情がきゅっと険しくなり。



「やっ……」



 俺の両肩を太い前足で抑え付けてしまった。



 おっも。


 人間の両足と変わらぬ重さに驚き、モフモフの狼の足を両手で押し返そうとしたのですが。どうやらそれが彼女にとって気に食わないらしく??



 何故だか分からんが、あ――んっと大きく口を開いてしまった。




「ん――」


「ちょ、や、やめっ!!」



 龍付きの鼻を此方の鼻頭にぎゅっと押し付け。


 ドデカイ狼の口を無理矢理此方の唇にちゅむっとくっ付け。



「いたらきまふ――」



 僅かに開いた空間からねっとりと唾液を含ませた長い舌を捻じ込んで来た!!



「うぶっ!?」



 く、くっさ!!


 言をたなく、くっさ!!!!



「や、やべで!!!! げものぐざいの!!」



 顔を背けようが、咬筋力を全開にして閉じようが。口と鼻から無限に押し寄せる獣臭。



 朝一番に嗅ぎたい馨しい香りは??



 そう尋ねられたら間違いなく、断トツで、ブッチギリの最下位の臭いに思わず目から涙が溢れ出て来てしまった。



「びぃやぁぁ!! も、もうやめで――!!」



 な、何でこんな朝っぱらからくっさい臭いを嗅がなきゃならんのだ!!


 何!? 俺に怨みでもあるのかい!?



「んがっ!? ん――……。は、はれ。私、何でこんな……。ってぇ!! ボケナス!! てめぇ!! 何で私とくっ付いてんのよ!!」



 俺の魂の叫びを受けて目を覚ました悪の権化が鋭い爪を生やして頬を引っ掻く。


 痛みは別に良い。もう慣れましたから。


 俺が逃れたい理由は貴女の背後にあるのです!!



「んぶ――!! んん――!!」



 両目から温かい雫を零しながら襲い掛かる狼へと指を差す。



「ぬっ!? そうか!!」



 やっと理解出来た!?


 寝起きでも遅過ぎるだろ!!



「おらぁ!! 阿保狼!! 朝っぱらかくっせぇ息嗅がせんなやぁ!!」



 右の拳でルーの顎を跳ね上げ。



「てやっ!!」



 宙へと舞い上がり、クルっと回転する要領で尻尾の追撃を鼻頭に叩き込む。



「ふっ、決まったわ……」



 そのままルーが地面に倒れると思いきや。



「おきゃわりぃ……」


「へっ?? きゃぁああああ!!!!」



 俺の口の身代わりとして、マイの体を両前足でガッチリ確保。


 そして……。



「ンブブブブ!! く、くっさぁ!! な、なにぃ!? これぇ……!!!!」



 口寂しい狼さんの餌食となってしまいましたとさ。



 はぁ――……。


 朝っぱらかエライ目に遭った。



 顔を洗ってさっぱりさせよう……。


 上半身を起こし、水の張った桶の方へと視線を移したのだが。




 ――――――。



 その右後方にある筈の物が無い事に気が付いてしまった。



 え?? あっれ??


 食料を詰めておいた箱が無くなってる??




「なぁ、マイ」


「んぶぶぅぅ!! ヴァメデ!! 目玉はヴァメナイデ!!!!」


「食料を詰めておいた箱が消えているんですけど……」



 今はそれ処じゃ無いだろうけど。


 取り敢えず、一番怪しい犯人に先ずは尋ねてみた。



「ヴァ!? 飯がヴァイの!?」


「う、うん。綺麗さっぱり消えているんだ……」



 周囲に視線を送るも、見えて来るのは食料以外の荷物のみ。


 一体、何があったんだ……。



「ヴそでしょ!? こ、ごの!! いいヴぁん!! 放せやぁぁ!!!!」



 マイが横着な狼さんの横っ面に強烈な平手打ちを叩き込み、拘束から逃れ。


 食料を詰めていた木箱の設置場所へヨレヨレと飛翔し。ちいちゃな手で顔に塗りたくられた獣の唾液を振り払って見下ろすものの。



「おえっ!! くっさぁ!! そして…………。本当に無くなってんじゃん!!!!」



 そこには虚無が待ち構えていた。



「だろ?? 誰かが移動させたのかな」



 顔中から放たれる狼さんの臭いに辟易しながら夜営地内を捜索するものの、その痕跡すら発見には至らなかった。



 参ったな……。


 仲間の誰かが気を利かせて持ち運んだのだろうか。それとも第三者が訪れて食料だけを??



「ねぇ、どうすんのよ。御飯が無くなったら私死んじゃうでしょ」


「いや、迎えの船が来るのは明日だ。一日程度じゃ死にはしないよ」


「死んじゃうわよ!!」



 君は死ぬ寸前まで厳しい修行として、断食していたドブネズミか何かかい??



「問題はそれじゃない。何故、食料が無くなったかだ」


「まさかと思うけど……。これってさ……」



 マイが声を震わせて話す。



「あぁ……。多分、マイが考えている通りだと思う」



 手帳に記されていた記憶が強烈に掘り起こされ、今の状況と重なってしまった。


 彼等は食料を失い狼狽えた。そして此方もまた然り。


 心が窄んでしまう恐ろしい序章が奏で始められ、鉄よりも硬い固唾を喉の奥へと送り込んだ。



 お、落ち着け。


 こういう時は先ず冷静さを保つ事が大事なんだ。



 静まり返った水面に荒れ狂う凪が発生。


 慌ただしい心を鎮めようとしていると、此方の空模様と等しき色を放つ鉛色の空から大粒の雨が降り注ぐ。



「雨、か。取り敢えず天幕の中に移動しよう。そして、ユウ達を起こして詳細を聞くべきだ」


「そ、そうね」



 小雨から土砂降りの雨に変化した気紛れの天候に顔を顰めつつ。



「えへっ。冷たくて気持ちいいよ――……」



 この状況でもだらしなく口角を上げて眠り続けるお惚け狼さんを脇に抱え、雨から逃れる様に天幕の中へと向かって行ったのだった。







 ◇








 顔に付着した獣臭を洗い落とそうと躍起になる大雨から避難し、天幕の中にお邪魔したのはいいのですが……。



「「「…………」」」



 今も心地良さそうに眠る女性達から発せられるあまぁい女の香が男の性をググっと刺激してしまった。



 アオイはキチンと毛布を被って静かな吐息を立てて眠り。


 リューヴは狼の姿で丸まり、寝息を立て。


 そしてユウは……。



「んが……」



 意外や意外。


 毛布を蹴飛ばして眠りコケ、剰え上半身の服を脱い……。



「見んな!!!!」


「ヘブチッ!?」



 詳細は龍の拳の所為で見られませんでしたけども。概ね良好な寝相で幸いで御座います。



「あ、あのなぁ。視線を逸らそうとしたのに何で殴るんだよ……」



 冷静な狼さんの脇にお惚け狼さんを添え、痛む頬を抑えつつ人の姿に変わったマイを睨んでやる。



「ここは女の園よ。つまり、女が実権を握ってんの」



 左様で御座いますか……。



「ん?? あれ?? カエデは何処??」



 毎朝素敵な髪形を披露してくれる彼女の姿が見当たらない事に気が付く。



「あっれ?? 眠る前はユウの近くで寝ていたのに」


「まさかとは思うけどさ……」



 カエデが何処かへと食料を持ち去ったのか??


 いや、賢い彼女の事だ。例え犯人だとしてもこんな分かり易い状況証拠を残す筈が無い。



「カエデが?? 動機は何よ」


『分かっているだろ??』



 その意味を含ませた視線を彼女に送ってやる。


 すると、マイも納得したのか。


「……っ」


 ほんの僅かに頭を上下に動かした。



 お、おいおい。


 勘弁してくれよ……。


 筍を成敗したってのに、何で彼等と同じ状況に陥らなきゃならないのだ。



 天幕の上部から聞こえて来る大雨の音が得も言われぬ不安感を増幅させ、気持ちの悪い感情が心の中に広がって行く。



 先ずは皆を起こして現場不在証明アリバイの確認だな。


 そう考えて踏み出そうとすると。



「――――。おや?? 夜這い、ではなくて。朝這いですか??」



 カエデが天幕の中へと静かな足取りでやって来た。



「カエデ!! ちょっと聞いてくれ!!」



 悪戯心満載の台詞を一切合切無視して、彼女のか細い肩を掴んで食料が消失した事を告げた。



「ふ、む。食料が無くなった事は些細な問題ですが。その原因は看過出来ませんね」


「だろ!?」



 細い顎に手を当て、深く考える姿勢を取る彼女にそう話す。



「ちょっと、カエデ。あんた今まで何処に行ってたのよ。それと……。何で服が濡れていないの??」



 人の姿に変わり、直ぐ後ろに立つマイが友人に向けるべきではない声色と顔色で話す。



「こうして……。体の上部に結界を張って移動していましたからね」



 彼女が指をパチンと鳴らすと、薄紫色の結界が天蓋状に張られる。


 便利なもんだな。指を鳴らすだけで雨具の完成なのですから。



「質問に答えなさい。何処に行っていたのよ」


「マイ、もうちょっと優しく尋ねろよ」



 友人に対してあるまじき声色ですからね。



「あんた……。あの手帳を見たでしょ?? 此処から先、私はあぁなりたくないから一切気を緩めないわよ??」



 恐らく、友人だろうが家族だろうが。信を置くことをやめたのだろう。


 それ程に険しい視線だ。



「それに答える義務は私にはありますのでお答えします」



 ぽぅっと頬を朱に染め、一度だけ此方に目配せをする。


 何だろう。


 言い難い事なのかな。



「おう、話せ」


 マイが眉を尖らせて話すと、彼女はすぅぅっと大きく息を整えてから小さく答えた。












「――――。お、御花を摘みに行っていました……」



 声、ちっさ!!!!


 そして、顔真っ赤!!!!



 今にも噴火してしまいそうな顔色で、大雨の音に掻き消されそうな声量でそう話した。



「ふぅん。んで?? 量は??」



 こ、こいつは馬鹿なのか!?


 い、いいや。馬鹿に違いない!!!!



「な、何でそこまで詳細に話さなければならないのですか!?」


「沢山出れば次出る迄時間が掛るでしょ?? 少なければ、若しくは嘘を付いていれば次の機会まで早くもよおすだろうし」



 あ――、なるほ……。


 って、なる訳ないでしょ。



「詳しい経緯は後でマイ話して。兎に角、全員を起こしてこの状況と夜中の行動を聞かなきゃ」



 眠りの世界へと旅立っている意識を現実の世界へと帰還させる為の行動を開始した。



 この中に犯人がいるのなら、それをあぶり出す為に猜疑心を含ませた瞳で質問しなきゃならないのか。


 辛い役目だよな……。


 しかし、先程マイが話していた様に甘えは捨て去るべきだ。


 例え見た目が友人だとしても、中身は全くの異質なるモノなのだから……。





最後まで御覧頂き誠に有難う御座います。


後半部分なのですが。


今から編集及び執筆を開始させて頂きますので、投稿は深夜。若しくは明日の午前中になる予定ですので。今暫くお待ち下さいませ。

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