第七十六話 駆逐作戦開始 その二
お疲れ様です。
昼休みに中にそっと投稿を添えさせて頂きます。
それでは御覧下さい。
西へと向かう道中。
汗水垂らして索敵を遂げてくれたマイには悪いけども。
森の中に竹が生えていないか。注意深く周囲へと視線を送りながら進んで行くが、視界に映るのは森の方々で生える木々と遜色ない木のみ。
心配性の自分が顔を覗かせたと言えば良いのか……。
残すは一箇所だから、そこまで気を配る必要は無いのですけどね。
間も無く夕刻に差し掛かる為、木々の枝の隙間から昼のそれとは比べ物にならない位弱々しい赤き日が顔を照らす。
一刻も早く片付けて夕食の準備に取り掛からなければならない。
「ボケナス、そろそろ着くわよ」
そう、夕食の準備が遅れると。竹よりも恐ろしい彼女が襲い掛かって来る恐れがあるのですよ。
俺が心から尊敬する、この世に数多多く存在する主婦様達が常々心に思い描く。夕暮れ時の心情を共感しつつ彼女へと言葉を返した。
「もう着くのか?? 見えないぞ??」
前方へと鋭い視線を送るが、蒸気の欠片さえ見えてこない
そんな中、温泉の存在を嗅ぎ取るとは。恐れ入りますよっと。
「こんな分かり易い匂い、他には無いわよ」
「あぁ、匂いか。便利なもんだなぁ」
ユウも彼女の嗅覚に太鼓判を押す。
「何よ、ユウ。私の鼻を信用していないの??」
「そんな訳ないって。お、見えて来たぞ」
木々の隙間から差し込む夕陽が白濁の水面で揺らめく蒸気を赤く装飾し、見る者全てを魅了する光景が俺達の到着を祝ってくれた。
こんな状況じゃなければ心行くまで眺めていたい風景なのですけどね。
右へグルリと迂回すると、竹藪を正面に捉えた。
これが、この島に残る最後の竹だ。
待ってろよ。直ぐに焼却してこの世から存在を消し去ってやるからな??
「レ――イド――!!」
「へ?? おわっ!!」
竹藪の中から灰色の何かが飛び出して来ると同時に、此方を押し倒して覆い被さってきた。
「えへへへ!! 驚いた!?」
「びっくりするも何も……。心臓が止まるかと思ったぞ、ルー」
胸の上でハァハァと息を荒げ、左右に元気良く尻尾を振っている横着な狼さんをを見上げて言ってやる。
「先に着いたからさ、驚かそうと思って待っていたんだ!!」
「はいはい。重たいから退きなさい」
「お、重たい!? 最近食べ過ぎかもしれないけど……」
耳をピンっと立たせ、灰色と白の毛で覆われているお腹さんへと視線を送った。
「冗談だって。それよりカエデ達は??」
「カエデちゃん?? あっちにいるよ!!」
俺達よりも先に到着したのかな??
体に付着した土を払いつつ立ち上がり、狼さんが顎で指した先へと進み始めた。
「ルー。レイド様に余り近付かない様に」
「へ?? 何で??」
「レイド様のお体は私との共有財産なのです。ですからそれを傷付けるという事は私をも傷つけるという事になります。もう少し節度を持った応対をしなさい。しかし、従者としてなら迎えてあげても宜しいですわよ??」
私達の食事の世話、掃除洗濯と。家事全般を任せてあげましょう。
勿論!! 育児は私が担当させて頂きます。
ふふ……。
レイド様の御子ですか……。きっと真面目に真っ直ぐ育ってくれる事でしょうねぇ。
今から楽しみで仕方がありませんわっ。
「なぁ」
ユウが静かに私に言葉を掛けて来ますが……。此処は敢えて無視をします!!
お惚け狼さんに私とレイド様とのあつぅい関係を説かなければなりませんのでね!!
「大体あなたはリューヴを見習ったら如何です?? お惚けた貴女には時に、厳しい鍛錬も必要かと思いますが……」
「なぁ!! 皆行っちまったぞ」
「え?? ちょっと!! お待ち下さい!! レイド様ぁ!!」
そ、そんな!!
妻である私を置いて行くなんてぇ!! これも愛の試練なのですわね!?
私はどんな障壁も乗り越えて見せますわっ!!
竹は少なく見積もって十本程度、これなら今日中に片付けられそうだ。問題は地面に筍がどの程度生えているか。
その点に尽きる。
「カエデ、お疲れ様」
「いえ。向こうの竹は滞りなく処理しておきました」
竹林の中で静かに佇む藍色の彼女がそう話す。
ふ、む。
西から赤き日が差し込み、赤く照らされた自然豊かな環境の中に佇む美少女か。
物凄く絵になりますね。
「私が一番多く筍を掘り返したんだよ!!」
「何を言う、数え間違いだ。私の方が二本多かったぞ」
「そんな事ないもん!!」
二頭の狼さんがあ――でもない、こ――でもないと。
森の中で騒ぎ立ててしまう。
こっちでも、そしてそちらでも競い合っていたのですねぇ。
少々バツが悪くなり視線を逸らしてしまった。
「どうかしました??」
俺の視線の意味を理解していない彼女が数度瞬きを続けて此方を見つめる。
「いや、何も。それより、早く片付けよう。そろそろ日が暮れそうだ」
「分かりました。皆さん、ここが正念場です。疲れていると思いますが全力で筍を掘り返してください。竹は私とアオイが焼却します」
この場に居る全員に向かって普段のそれよりも強く声を張って話す。
戦闘でも無いのにそれだけ強く話すって事は、亡くなった方々に思う所があるのだろう。
「おっしゃ!! 第二弾と行きますか!! マイ、今度は大きい奴掘れよ??」
「当り前ぇ……。負けっぱなしは性に合わないのよ!!」
この二人はどうしていつも競うんだろうなぁ。
親友と言うか、まるで姉妹みたいだ。
「レイドぉ?? あたしに負けっぱなしでもいいのぉ??」
「冗談を言うな。沢山掘って、ここで巻き返してやるぞ」
「そうこなくっちゃ!!」
ユウから差し出された右手に己の手を合わせ、軽快な音を奏でると早速作業に取り掛かった。
俺もまだまだだな。こんな安い挑発に乗って。
でも、土に塗れる作業に明確な目標が出来るのは正直ありがたい。こうして素手で地面を掘っていても競い合う事で疲労が幾らか紛れるからね。
「とうっ!! ん――……。今一、か……」
マイが掘り起こした筍をじぃっと見つめ、大きさに満足がいかなかったのか。
竹林の中へと乱雑に放り捨てた。
「ユウちゃん!! これどう!?」
いつの間にか人の姿へと変わったルーが両手に筍を抱えて持って来る。
あ、そっか。
口に入れたら感染の恐れがあるんだったよな。狼の姿じゃ不味いのか。
「小さいなぁ。大きいってのは……。こういう奴の事を言うんだ。ふんぬぁ!!」
ユウが腰を落とし、竹擬きの先端を掴むと万力で持ち上げようと画策。
腕にミチっと太い血管が浮き上がり、両腕の筋肉が激しく隆起した。
おやおや、ユウさん??
貴女は大地を引っこ抜くおつもりですかい??
徐々に大地の中からその姿を現す竹擬き。
「おぉ!! ユウちゃん!! 後少しだよ!!」
「うぎぎぎぎぃ!!」
竹擬きと格闘を続ける彼女は黄色い声援を受けると、より一層両腕の筋肉が隆起し。まるでそこは山岳地帯かと思わせる姿の筋力を腕に形成してしまう。
目を疑う長さの筍……。かな??
兎に角、筍と竹の間の物体が地面から勢い良く引き抜かれ。俺達の前へと姿を現した。
「どぉぉぉっせぇぇぇぇい!!!!」
怪力娘さんが引っこ抜いたのは正真正銘竹です。
俺とほぼ変わらぬ身の丈に、青緑の太い幹の姿が良い証拠ですよ。
誰が、ど――見ても!! あれは竹だ!!
「はっは――!! こりゃあたしがまた一番だなっ」
「「いやいや。違うから……」」
マイと声を合わせ、イヤイヤ勘違いしないでよと手を横に振った。
「それは筍じゃないっつ――の!!」
「あぁ、竹だ。間違いなく、確実に、竹と呼ばれる存在だ!!」
「いいや!! 違わないね!!」
そんな下らなくも何処か朗らかな気分にさせてくれるやり取りを繰り返して行く内に、大方の処理を終えた。
ルーとリューヴが御自慢の狼の鼻を使って地面の匂いを嗅ぎ、筍が残っていないかの確認作業を続けている。
「どうだ?? 抜き残しは無い??」
パッと見、これで終了だけども……。
「フンフンッ……。うん!! 大丈夫!!」
「あぁ、周囲の筍は全て処理した。後は焼却するだけだ」
良かった。
これで、後は焼却するのみ!!
「アオイ、カエデ。宜しく頼む」
後方で待機していた彼女達へ指示を送り、竹林から離れその様子を見守る。
「畏まりました。カエデ、やりますよ」
「了解しました」
彼女達が肩を並べ竹に向かい手を翳すと、朱に染まった魔法陣が宙に浮かび。結界で包まれた地面から炎の柱が天高く突き抜けていく。
皮膚の表面を焦がす熱波が顔を襲い、押し寄せる熱から目を守ろうと細め。忌まわしき竹共が崩れ行く様を見つめていた。
そして亡くなった彼等に対し。哀悼の意を表して、再び黙祷を捧げる。
「…………」
皆さん、この島の竹は全て焼き払いました。
その無念は計り知りませんが、どうか静かに眠って下さいね。
「――――。これで終わりよね??」
燃え盛る竹を見つめているマイが徐に口を開く。
「そうだな。一時はどうなる事かと思ったけど、何事も無くて良かったよ」
ユウが筍を食べてしまう寸での所、それを防いでくれたコイツには感謝しないと。
それに。
島に存在する竹の位置も探ってくれた。
偶には役に立つんだなと言ってやりたいが、そんな言葉を放ってしまえば死よりも恐ろしい攻撃が待ち構えていますので。
コイツに出す本日の夕食はさり気なく皆より大盛にしてやろう!!
――――。
あ、それだといつもと変わりないな。
逆に……。減らしてみる??
そうすればお代わりをするだろうし。そこで!! 通常の量よりも多く提供すれば感謝するだろうさ。
「さぁて、走り回ったから腹ペコちゃんになっちゃった!! 今日は沢山食べるわよ!!」
今日は、じゃなくて。
今日もでは??
「いいね!! あたしも付き合うぞ!!」
食料は無限に湧いて出る訳じゃないからね??
見事に焼け落ちた灰と炭の山から踵を返すマイとユウを先頭に、皆一様に夜営地へと向かい歩み始めようとしたのだが。
ふと、背に視線を感じた。
「…………」
振り返ると。
賢い海竜さんが俺達の背を見続け、何やら難しい顔を浮かべているではありませんか。
えぇっと……。
何か問題でも??
「カエデ、どうかした??」
まさかとは思いますけど、今から説教ですか……。
もう少し要領よく探索を終えるべきでした、だとか。
余計な競争で無駄な体力を消費すべきではありませんでした、だとか。
頭に浮かぶのは耳が痛い言葉ばかり。
しかし、彼女は俺の想像を良い方向に裏切ってくれる台詞を放ってくれた。
「お気になさらず。これで状況終了です」
「ん、カエデもお疲れ」
「有難う御座います。お腹を空かせて、その憤りを惜し気もなく放つ彼女が睨みつけていますので行きましょうか」
えぇ、先程からヒシヒシと背中に突き刺さっていますからねぇ。
「おらぁぁ!! そこの二人!! さっさと歩けや!!」
その口調はお止めなさい。
いつか男と間違われる日が来るぞ。
何はともあれ、カエデが話した通り此れにて状況終了っと。
迎えの船が来るのは明後日の正午。
それまでのんびりと羽を伸ばすとしましかね……。
「んふふっ。今日の御飯はぁ、なぁにっかなっ」
おっと。
その前に夕食の支度だ。
全く……。休暇に来たってのに一向に気が休まらないよ。
半ば自棄になりながら後頭部をガシガシと掻き、今にも空へと飛び出して行きそうな勢いで弾む深紅の髪の女性の足跡を追い始めたのだった。
最後まで御覧頂き、有難う御座います。
深夜に投稿しようかと考えていましたが、気付けば翌朝になってしまったのでこの時間帯の投稿になってしまいました。
誠に申し訳ありません。