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第七十五話 見様見真似の料理は大怪我の元

大変お待たせしました!!


本日の投稿になります。


少々長文になりますが……。それでは御覧下さい。




 陽気な狼さんと寡黙な狼さんの後に続いて温泉の香がふわりと漂う地面の上を歩いていると、一頭の狼さんが軽快に声を上げた。



「もう直ぐだからね――!!」



 もう手を伸ばせば届く距離に竹林が見えるんだ。


 楽しそうに口角をきゅうっと上げ。態々振り返って報告しなくても分かっているよ。


 でも……。


 こうした何気無い行動って結構嬉しいんだよねぇ。



「ん。ありがとね」


「えへへ。どういたしましてっ」



 あたしの礼に答える様に一度だけ尻尾を左右にフルっと振る。


 良い性格しているよなぁ、ルーって。


 閉鎖的な地域で生まれたってのに、随分と社交的だし。片や、もう一頭の狼さんはというと。



「……」



 終始無言でルーの右隣りを静かに歩き続けている。


 こっちはもうちょい修正が必要かな?? まっ!! あたし達と共に行動を続けていれば直ぐに心を開いてくれるさ。



「え――っとぉ。どこだっけぇ??」



 竹林に到着すると同時にルーが探し物を求める犬が如く。


 焦げ茶色の土に黒くてデカイ鼻をくっ付け、フンフンと匂いを嗅ぎながら目当ての物を探す。



「そこでは無い。こっちだ……」



 強面狼さんが温泉側の竹林へと歩み出し。



「そっちだったか!!」


「使える様で使えない鼻だな??」


「ちょっとユウちゃん!! 酷くない!?」



 陽気な会話を続けながらその後を追った。



「ほら、これだ」



 季節外れの新芽の筍が地面からぴょこんと顔を覗かせ、大分遅い目覚めを体現している。


 里の近くにも竹林があるけどさぁ……。夏の季節はもうちょい育っていたよね??



 地面にしゃがみ込み、筍の先端を突くと。チョイと硬い皮の感触が指先に伝わり、慣れ親しんだ触覚を与えてくれた。



 これなら食べられるかも??



「スンスンッ。何んと言いますかぁ。土の匂いしかしないなぁ??」


「ルー、ここ掘れワンワンっ」



 あたしの隣で筍の周囲の匂いを嗅いでいるルーに指示を送る。


 そのふってぇ前脚にくっ付いた鋭い爪ならあっと言う間に掘り出せるだろう。



「あのねぇユウちゃん。私は犬じゃないんだよ??」



 地面から大きな鼻を外し。


 心外だと言わんばかりにムスっとした表情で此方を見つめた。


 鼻頭に皺を寄せるとちょいと怖いね??



「いよっ!! 大将!! 超カッコイイ狼の爪が頼りになるっ!! 素早く掘る姿が見たいなぁ!!」



 誰かさんと同じ様に、煽てればノってくれるだろうさ。


 金色の瞳の狼さんを見下ろして少々大袈裟に声を張り上げてやると。




「え、えへへ?? カッコイイ??」



 鼻頭の皺があっと言う間に溶け落ち、デヘヘとだらしなく口角を上げ。


 器用に前足を動かして耳辺りを掻く。



 それって照れ隠しの要領なの??



「おぉ!! 大地を捉えて疾走する為に鍛えに鍛えた剛脚!! いやぁ、正にこの為に存在すると言っても過言では無いっ!!」


「そ、そうかなっ!? よ、よぉし!! じゃあ掘ってあげる!!」



 ほらね??


 チョロ狼の出来上がりっと。




「十分過言だぞ……」



 土の中に眠るお宝目掛けて懸命に掘り進める陽気な狼さんの傍らで、大人しく座るリューヴが静かにそう言い放つ。


 あはは。


 この戦法はリューヴには通用しないのね。覚えておこ――っと。



「ほっ!! ほほっ!!」



 両の爪先で器用に動かし、掘り出した土をお尻の後方へと吹き飛ばしていく。



「ルー、手伝うか??」



 リューヴが興味津々といった感じでそう話すが。


 当の彼女は穴掘りに夢中の様だ。



「ふんふんふん!! あ、大丈夫!! 私一人で十分だよ!!」



 美しい灰色の前足、整った鼻頭を土で汚しながら彼女へそう答えた。



「そうか……」



 フンっと一つ大きな鼻息を漏らすと、あたし達が心地良く休息を取っていた温泉の対岸へと戻って行ってしまった。



 リューヴの奴、そこまで筍に興味は無いのかな?? それとも、あたし達の明るい空気が苦手なのか……。


 己の心境を自ら話さないから分かり辛いんだよねぇ。


 こういう時は明るい狼さんに尋ねるのが一番。


 そう考え、しっちゃかめっちゃかに土を掘り進める彼女に問うた。



「リューヴってさ。どんな事に興味があるんだろうな??」



「とうとうとう!! へ?? ん――……。里では鍛える事ばかり考えていたけどもぉ。最近はある人の事をじっと見ているのがリューの趣味じゃない?? あ、ちょっと削れちゃった」



「ある人??」


「もう、分かるでしょ。レイドだよ。正確に言えば、皆かな?? 里を出て初めて接触した人達だから。興味津々だと思うけどなぁ」



 その気持は凄く分かる。


 あたしも初めて話した人間がレイドだ。あ、いや。完璧な人間じゃあないから、半分魔物、半分人間の中途半端な存在か。



 最初はちょっと頼りなかったけど今は見違えるように逞しくなっている。それに、行動を共にする内に色んな仲間が増えてさ……。


 あたしは今が本当に楽しい。その証拠に毎日があっと言う間に過ぎちまう。


 マイに勧められて故郷を出たのは大正解だった。 



 レイドと馬鹿みたいに飯を食う龍と出会ってからの温かい記憶を思い出していると、自然に笑いが込み上げて来る。



 これからもずぅっと、一緒にいたい。沢山の輝かしい思い出を共有したいなぁ。




「ユウちゃん!! 掘れたよ――!!」


「あ、あぁ。そうか、ありがとうね」



 突然話しかけられ、ふと我に返る。


 これがアオイやらカエデだと直ぐに見透かされちまうけども、ルーの場合は安心出来るから楽チンだね。



「おぉ!! 見事な筍だ!!」



 焦げ茶の硬い皮。そして肝心要の中身は皮を剥がさないと見られないが、恐らく立派な肌色をしている事だろう。


 土の中からその正体を現した筍を右手で掴んで引っこ抜き、天高く掲げてやった。



「とぉうっ!!」


「上手に抜けたね――!!」


「あたしの力に掛かればイチコロさっ」



 さて!!


 先ずはアオイ達に見せてやるか!!


 きっと嬉しそうな笑みを漏らす事だろう。



『わ、わぁっ!! 美味しそう!! 早く食べようよ!!』



 クッチャクチャに顔を緩ませてしまったマイの顔が浮かぶが……。


 生憎、あそこで休む二人は筍一つでそこまで盛り上がらないと思います。それでも慎ましい笑み程度は漏らしてくれるだろうさ!!




「匂いは普通の筍だよねぇ??」



 右手に持つ筍に向かって、物珍し気に顎をクイっと上げて匂いを嗅いでいる。



「正真正銘。偽りなき、これが本物の筍だ」


「ややこしい言い方止めてよ。リュー!! 掘れたよ――!!」



「どうだ!! 大きいだろ!?」



 二人の場所に戻って来ると今しがた獲れた筍をこれ見よがしに差し出してやった。


 さぁさぁ!!


 慎ましい笑みを浮かべなさい!!




「何ですの?? 普通の筍ではありませんか」


「ルー。その前に足を洗え。汚い足で主の前に出るつもりか??」



 あんれまぁ……。


 こいつらときたら……。笑み処か、呆れた顔を浮かべちゃったよ。


 ちょいとばかし遊び心というのが欠如していませんかね!?


 人生は長いようで短いんだ。もっと色んな事を経験すべきなのに……。



「ふんっ!! 分かってるよ!!」



 あたしと同じ憤りを感じたのか、少しばかり語気を強めたルーが温泉の淵でモフモフの足を洗い始める。



「なぁ。折角だし、焼いて食ってみるか??」



 これなら食いついてくるかな??



「ユウ、料理の心得がありますの??」



 食いついて来る処か、急所を突いてくるではありませんか。



「無いよ!! でも大体の物は焼いたら食えるだろ??」


「どこぞの食いしん坊ではありませんし。レイド様を待ってから行動しなさい」


「向こうがいつ帰って来るか分からないだろ。いいよ、先に戻ってるから」



 ふんっ。


 ノリが悪いんだから。マイの奴なら……。



『大賛成よ!! 毒があろうが、ガッツリ焼けば食える!!』



 そうそう。


 多少無理な考えを放ちながら喜んでノってくるのに。



 ――――。


 流石に毒物はあたしでも食わないけどね。



「待ってよ!! ユウちゃん!!」



 陽気な狼を携え、ちょいとばかし憤りを含ませた歩みで一路夜営地へと進んで行った。

 











「…………。全く、騒がしいですこと」



 折角羽を伸ばしに来ているのに季節外れの筍を食べる人の気持ちが分かりませんわ。



「騒がせたな」



 リューヴが静かに言葉を述べる。



「今に始まった事ではありませんわ。それに、良い事ではなくて??」


「良い事??」


「えぇ。ルーとあなたは初めてなのでしょう?? 他種族と交流を持つのは」


「そうだな。これが初めてだ」



 少しばかり嬉しそうに目を細め、流れる風に乗って揺れ動く温泉の蒸気を見つめた。



「凝り固まった考えだけでは無く。多種多様な考え、知識を持つことは大変有意義ですわ。あなた達は里の長の娘でしょう?? それなら、世襲であるのなら跡を継ぐ筈。その時に今の経験がきっと役に立ちますわ」



 私も人の事を言えた義理では無いですけど。



「世襲では無い。実力で長の地位は決まる。しかし……。アオイが言ったようにこの経験は貴重だ。里の中だけではとても経験できない事が毎日のように起こる。それの対応に追われる日々で多少なり疲弊しているがそれでも……。楽しい」



 へぇ。


 随分と丸くなったものですわね。楽しいという単語がリューヴの口から出て来るとは思いませんでしたわ。



「主が私を導いてくれる。知識を与えてくれる。様々な経験をさせてくれる。それだけで私は満足だ」



 何でしょう。


 レイド様の話をしていると、狼の姿では理解に苦しみますが。随分と柔和な顔付きになっているような。



「言っておきますけど……。レイド様は私の夫になるお方ですからね?? 手出しは無用ですわよ??」



 女の直感という奴かしら。


 出る杭は即刻打ちませんと。



「それは主が決めた訳では無いだろう??」



 溜息混じりに言葉を発する。



「いいえ!! そうなる運命なのですわ!! 私は一目見た時からそう感じました。怪我をした私に……。偏見も種族をも超えた寵愛を授けて下さったレイド様に……」



 あぁ、思い出されますわ。


 私の怪我を癒し、心の棘を優しく抜いて下さったレイド様のお顔。私の少しばかりの可愛い悪戯も笑いながら流して下さる。


 困ったような嬉しいようなはにかんだ笑顔。深い夜を体現したような黒き髪、そして逞しい腕。


 はぁ……。思うだけでこれ程満ち足りてしまうとは。私の愛はこれ程まで深いものなのですわねぇ。



 今すぐにでも彼の胸に飛び込み、流れる時に身を任せ。心行くまで体を重ね合いたい。


 そして、そしてぇ……!!



「何を一人でよがっているんだ」



 あら、私とした事が……。



「五月蠅いですわね。今レイド様に対する己の心を……」


 

 うん??


 何ですの?? 今の強い魔力の波動は……。



「どうした??」



 私が途中で言葉を切ったので不審に思ったのだろう。


 リューヴが顔を上げ、二つの翡翠の瞳でこちらを見つめた。



「強い魔力を感じました。これは……。カエデ??」



 少しばかり怒りにも似た魔力の波動ですわね……。



「魔力?? 主の身に何か起きたのか??」



「それは無いと思いますわ。ん!? 強い力がこちらに……。物凄い速さで向かって来ています」



 憎たらしい程の速さ、そして隠そうともしない馬鹿げた圧。


 これは、恐らく……。


 断崖絶壁残念女ですわ。


 



「だぁぁぁぁっ!! でやぁっ!!」



 ほら、当たりましたわ。


 まるで暴れ牛の様に温泉を飛び越えて現れ、醜い赤の翼をはためかせる。


 視界に入れると私の心までも醜く歪んでしまいそうなので、美しい白濁の湯へと視線を移した。



「マイ。主に何かあったのか??」



 リューヴが体を起こし、宙に浮かぶ生物に話し掛ける。



「はぁはぁはぁ……。ユ、ユウはどこ!?」



 あらぁ??


 余程切羽詰まっているのかしら。


 普段の声色よりも鬼気迫る感じですし。



「ユウ?? ルーと共に筍を調理しに夜営地に戻ったが……」



「う、嘘でしょ!? こうしちゃいられない!! 事情は後で話すから!!」



 まな板が夜営地へと続く森の奥へと飛翔して行くと。



「あ!! マイ!! 待て!!」



 それに続く形でリューヴが深紅の軌道を追い始めた。



 何て速さでしょう。あのまな板さんと共に疾走するのなんておいそれとは出来ませんのに。


 何があったのかは理解し難いですが……。私はゆるりと後を追いかけましょう。



 あ、それとも。


 レイド様が戻って来るまで湯に浸かるのも一考ですわね。


 しっとり艶々になった肌を是非ともご賞味頂きたいのですっ。



 心地良い白濁の湯へと足先をちょこんと浸からせると、先日のあまぁい記憶が蘇ってしまう。


 うふふ……。まだまだ日程は残っていますし。たぁくさん愛し合いましょうね。


 夏の私は大胆なのですわよっ?? レイド様っ。
























 ◇




 夜営地に到着すると、黒焦げになった薪の側にドカッ!! と腰を下ろし。


 手に入れた筍の皮を一枚一枚丁寧に剥いて行く。


 あ、ここ少し削れているな。さっきルーが失敗した箇所か。



 何枚か捲り終えると、まるで金銀財宝の様に黄金色に輝いている本体が現れではありませんか!!


 御風呂上りの赤子の様な肌色の筍を視界に入れると、思わず溜息が漏れてしまう。



「はぁ――。綺麗なもんだな」



 苦労して引っこ抜いた甲斐があるってもんさ。


 まぁ、苦労したのはルーだけども……。細かい事は気にしない!!


 早速調理を開始しましょうかね!!



「綺麗な色だね!!」


「ふふん。そうだろ??」



 十分に水分を蓄えているのか、妙に湿気を含んでいる様にも感じてしまう。きっと育ち盛りだからだろうな。



 荷物の中からレイド愛用の包丁を取り出し、取り敢えず。筍を輪切りに刻んでいく。




「調理方法はそれでいいの??」


「……。多分」


「多分!? 心配だなぁ」


「細かい事は気にするな!! 女は度胸だ」


「それもちょっと違う気が……」




 硬い筍を切り終え、適当に枯れ葉を敷き詰め。その上に薪を組んだらぁ……。



「ルー、火ぃ」



 あたしの所作を興味津々といった面持ち浮かべ。千切れんばかりに尻尾を左右に振り続ける狼さんへおねだりを開始した。



「あのねぇ、ユウちゃん。私はマイちゃんと違って火は吐けないんだよ??」


「はっ、雷狼だか何だか知らないけど。火も点けられないのかぁ。あ――あっ。あたし、ガッカリしちゃったなぁ――!!」



 さぁって、さっきは煽てたけども。


 今度は落胆した表情を敢えて見せてやったら、どんな反応を見せてくれるのかなぁ??



「むぅっ!! 雷の力なら点けれるもん!! んっ!!!!」



 ルーが魔力を籠めると、白き雷が体内から迸り。地面の上に組んだ薪の下へと伝わるのだが……。



「いでででで!!!! ちょっと力を籠め過ぎだ!!」



 彼女の頑張りが地面を伝わってピリっとした痛みが足元から駆け抜けて行った。



「あはは!! ごめんね??」


「気にしないって。んぉっ、火が点いたぞ!!」



 オレンジ色の淡い火が揺らめき、向こう側の景色が歪み始めた。


 パチっと弾く乾いた音、鼻腔を擽る煙の香。


 この音を聞いて、匂いを嗅ぐと。今から楽しい時間が始まるんだなぁって感じちゃうよ。



「これ位の火力なら十分だろう。さて、焼きますか!!」



 適当な長さの木の先端へ輪切りにした筍を突き刺して火にくべる。



 焦がさない様にじっくりと焼き色を付けるのがコツだな。


 きっとそうに決まっている。



「おぉ――。なんだかそれっぽくなってきたね!!」


「だろう?? 何でもやってみないと分からないからな!!」



 筍の水分が火で蒸発して食欲が湧いて来る色に変色し始めた。



 これくらいかな……??


 火から外し、筍の表面を確と眺める。



 筍が含んでいた水分が炎で蒸発し、ユラユラと蒸気を放つ。そしてぇ、こんがり焼いたお陰で食欲がググんと湧いちゃう色に変色しているではありませんか!!



「うん!! これなら食べられそうだ!!」



 飯盒で御米を炊いた時は失敗しちゃったけども……。


 失敗を糧にして少しずつ上達すれば何も問題無し!!



「ほほぅ!! いい匂いするね!!」


「そうだろう??」



 楽しそうにぴょんぴょんと跳ねるルーを見下ろし、大袈裟に頷いてやった。


 そうだよ、これだよ。


 拙い知識で何んとか目的を達成して、嬉しい結果を共有する。


 酸いも甘いも噛分ける事が大事なんだ。



「どれ……。いただきま――す!!」



 焼きたてホクホクの筍を齧ろうと、御馳走を待ち侘びて唾液がとめどなく溢れてしまっている口を大きく開ける。



「次私ね!!」



 ふふふ、慌てるなって。ちゃんと後で食べさせてあげるからさ。


 焼きたてのホヤホヤの熱い筍の感触を舌に感じた刹那。






















「食べちゃ駄目――――――っ!!!!!!」



 ずんぐりむっくり太った赤い雀が常軌を逸した速さで飛び掛かって来た!!



「ふぁにお!?」


「おらぁ!! 早く出せやぁぁぁぁああああ!!!!」


「んぶぐっ!?!?」



 あたしの口の中に無理矢理小さな龍の手を捻じ込み、今から咀嚼しようとしていた筍を無理矢理引っ張り出されてしまった。

 



「な、なんだってんだ?? おえっ……。苦い!!」



 筍独特の風味が口内に広がるが……。それは想像していたよりも苦く、そして渋かった。


 ま、まっずぅ!!


 何だよ、これ!! 食えたもんじゃないな!!



「た、食べてないわよね?? 飲み込んでいないわよね!!」


「ン゛っ!?」



 一度閉じたあたしの口を無理にこじ開け、鋭い瞳で舐めるように口内を観察し終えると。



「はぁ――――……。ま、ま、間に合ったぁ…………」



 腐りかけた生卵みたいに地面へと溶け落ちてしまった。




「マイ、一体何があったというんだ」



 息を荒げたリューヴがマイの後を追って現れる。



「ちょっと待って。肺に空気を送ってから話すわ。それより、その筍!! 今すぐ全部燃やしなさい!!!! 皮も実も全部よ!!」



「はいはい……」



 この声色に逆らうと不味いな。


 味もやばかったし、特に不満は無いよ。



 火に筍を入れると。



「ガルルルルルゥゥ……」



 筍が燃え盛って崩れていくのを、犬同士が喧嘩前に放つ嘯く声を出しながら見届けていた。


 コイツが食料を燃やせって言うなんて……。よっぽどの事があったのか??




「――――。まな板、事情をお聞かせ願いますか??」



 いつの間にか到着していたアオイが声を放つ。



「誰がまな板だ!! いい?? 耳糞全部かっぽじって良く聞きなさい!! 今後何があってもぜぇぇっい!! 筍を触らない事!!」


「普通の筍じゃないか」



 少なくともあたしには普通の筍にしか見えないけども……。



「マイ!! ユウは食べていなかったか!?」



 おっ、レイドの声だ。



「よ――。お帰り――」



 彼女同様、焦燥した声を放ちながら戻って来たレイドとカエデに対してのんびりした声で迎えてあげた。


 ってか、すっごい汗だよ??



「ギリギリ間に合ったわ!!」


「マイ、筍を触りましたか??」


「ちょっとね!!」


「洗い流しますから、此方へ……」



 えぇ……。


 あたしの唾液ってそんなに汚く見えるの??




「ユウ!! ちょっと失礼するぞ!!」


「へ??」



 真剣そのものの表情でこちらに歩み寄って来ると、いきなり私の顔を掴むではありませんか!?



「ふぁに!?!? ふぇっ!?」


「…………」



 レイドが無言であたしの口をむにゅっと開き、じぃぃぃっと観察を開始。


 そして、口内に異常が無い事を確認すると肩の力を抜いてふぅっと大きな安堵の吐息を漏らした。




「はぁ……。良かったぁ」



 あっつぅ!!


 顔、あっつい!!


 鼻息が掛かる距離に急接近するから体温が急上昇しちゃったじゃん!!



 い、勢い余って鼻頭がくっ付きそうになったな……。


 何気無く、最短接近距離更新だね……。



「な、なぁ。何があったのか、いい加減教えてよ」



 羞恥によって急上昇してしまった体温を悟られまいと、悪戯に前髪を触りながら問う。




「説明します。皆さん、話を良く聞いて下さい」



 いつも以上に真剣な眼差しでカエデがこちらを見渡してくる。


 そしてカエデが徐に口を開けると、とんでもない話を語り出した。






「…………。う、嘘だろ?? 本当にそんな事があったのか??」



 とてもじゃないが信じられない。


 筍に体の養分を吸われ死んじまうなんて。


 もし、それが事実だとしたら……。



「……っ」



 あたしは燃え盛る筍を見て背筋が凍る思いだった。



「えぇ。白骨化した遺体と、彼の手帳から入手した情報から裏付けられた確固たる証拠です」




「今一信憑性にかけますわね。その手帳が語る内容が真実だと言える根拠はありますの??」



 アオイが訝し気な表情でカエデを見つめる。



「状況証拠しか残っていないが。それでも手を出さないのが賢明だ」



 レイドがあたし同様、険しい顔で火の中の筍を見つめて話す。



「あんたもあの遺体を見れば信じるようになるわよ」



「その遺体はどちらに??」



「北側に存在しましたが燃やしました。今から班を二つに分けます。マイ、レイド、アオイ、ユウの班。リューヴ、ルー、私の班に別れてこの島の竹を一掃します」



 これは戦闘時の目だな。


 カエデがそれ程真剣になっているという事は信じた方が良い。

 

 何より、疑うのが好きじゃない性分だし。



「レイド、マイに地図を渡して下さい。マイはその地図に竹が生えている場所を記して此処へ戻って来て下さい。その印を頼りに作戦行動を開始します」



「了解。マイ、いいか?? 決して取りこぼしの無い様に見付けて来てくれよ??」



 レイドがマイへ島の地図、そして墨を纏わせた羽筆を渡し終えると。



「あったりめぇよ!! 索敵してくっから、ちょいっと待ってろや!!」



 ずんぐりむっくり太った雀が風を纏って上空へと飛び立って行った。



「その話だと……。温泉付近以外にも複数箇所存在しそうだな」



 リューヴがキリっとした鋭い瞳を浮かべてカエデを見つめる。



「その通りです。島全体の竹を滅却させるまで安心は出来ません。皆さん、戦闘態勢と同じ緊張感を持って作戦行動に移って下さい」



 カエデの緊張した面持ちに此方の緊張感も自ずと高まる。


 へへっ。丁度良いや。


 のほほんとした空気で体がだらけていたし、ここらで一丁大暴れして体を引き締めてやるとしますか!!



「うっし!! この島の竹、全部ブチ抜いてやるぞ!!」



 両の拳をぎゅっと握り締め、体の前でガチンっと合わせてやった。



「あぁんっ。レイド様ぁ……。実はぁ、私もぉ。筍を食んでしまった様な気がするのですぅ」


「はぁ!? 嘘だろ!?」



 お、おいおい。


 あんな分かり易い嘘に引っ掛かるのかよ。



「はぁい、あ――ん。ですわぁ……」



 アオイがレイドの顔に向かってクイっと顎を上げ、小さい御口をぱかっと開く。


 もしもぉ、それ以上顔を近付けたらこの拳が火を噴いちゃうよ??



 普段の倍以上の握力で拳を握り続けていると、ルーがレイドの太腿をちょいちょいと突く。


 そして、何やら彼に対して耳打ちすると。



「……」



 呆れた顔を浮かべ。


 甘ぁい口付けを期待して、ちょっとだけ踵を浮かして背伸びを続けるうら若き女性から距離を取った。



「さ、レイド様ぁ。私の唇は此処で御座いますわよぉ??」



 目を閉じたまま、細い人差し指でしっとり艶々の唇を突く。



「――――。それじゃあ、いっただきまぁぁすっ!!」


「はい?? きゃあ!!」



 おっ、アオイが驚く声を出すのは久々だな。


 それもその筈。


 大型犬よりも更にドデカイ狼が視界に映った途端に、ガバっ!! と襲い掛かって来たら誰だって驚くだろう。



「はむはむはむはむっ!! ん――!! アオイちゃんの唇美味しい!!」


「アハハ!! ちょ、ちょっと!! お止めなさい!! 穢れますわ!!」



 白き髪の女性に襲い掛かる灰色の狼、か。


 これが街中だったら大事になるだろうなぁ。


 だけどここは人里離れた無人島ですので、誰も止めには来てくれないさ。


 お惚け狼の所為で高まっていた緊張感が霧散。


 斥候に出掛けた深紅の龍が戻ってくるまでに再び高めておかないとなぁ……。



「はは、アオイ。偶には良いんじゃないのか?? そうやってじゃれ合うのも」


「レ、レイド様……。お、お助け。ん――!!!!」



 う、うわぁ……。


 口の中に鼻頭捻じ込まれちゃったよ……。獣臭いんだよなぁ、狼の時のルーの吐息って。



「ひっでぇな。アレ」


「士気が下がったままだと作戦行動に支障が出るし。丁度いいでしょ」



 そういうもんかな??


 まっ、でもさ。こうして肩を並べて朗らかな光景を眺めるのも悪くない。


 彼に向けた側の肩がぽぅっと熱を帯びているのを感じつつ、一人の女性と一頭の狼が地面の上でしっちゃかめっちゃかに転げ回る姿を温かい気持ちを胸に抱きながら眺めていた。





最後まで御覧頂き誠に有難う御座いました。


中途半端な所で区切るよりも、一気に書き上げてしまおうと考えたらこんな時間まで掛かってしまいました。


大変申し訳ありませんでした。


それでは、おやすみなさいませ。

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