第十八話 皆さん、到着です
お待たせしました!! 夜の部の投稿です!!
後書きに、海竜さんの事について少し触れてありますのでご覧いただければ幸いです。
それでは……。お楽しみ下さい!!
遠路はるばる彼の地を求め進み続けた結果。
漸く、その欠片を視界に入れる事に成功した。
太陽が大欠伸を放ち、赤く染まる海に照らされた先に街の姿が朧に浮かぶ。
感無量には少々早いけど。
その姿を捉えると、胸の中に溜まっていた何かがすっと溶け落ちた気がした。
「おぉ――。アレ??」
左胸のポケットから上半身だけを覗かせてマイが話す。
「そうみたいだね。地図上だと……。あそこ以外に街は無いし」
少しだけクシャクシャになってしまった簡易地図を背嚢の中へ仕舞い。
踏み心地の良い砂の上を行く。
「どんな街なのよ??」
小さな顎をクイっと上げて此方に問う。
「人口約二百名、主な産業は漁業と農業。此処から東の街からやってくる船に積まれた衣服、生活品等。交易品を頼りにしている田舎町。出生率は余り高く無く、どちらかと言えば年齢層は高い」
任務の内容として頭に叩き込んだ情報を口に出す。
「ふぅん。じゃあ……」
多分、そっち方面だろうね。
「魚が美味しい街なのね!!」
ほら、当たった。
「それは人が居ればの話です。現在、街からの連絡は途絶えていますのでマイが求めている物は恐らく提供されません」
先頭を行くカエデから少々残念な声色が漏れてしまった。
「わ――ってるって!! ちゃちゃっと!! 問題を解決したらんまぁい魚を食べて、英気を養い。更に西へと向かう。言うこと無いわ」
言う事はありませんが。
諭す事は多々あります。
「人と言葉が通じないのにどうやって飯を強請るんだよ」
ユウが的確な突っ込みをお馬鹿さんに告げる。
「何の為に、コイツが存在していると思うのよ??」
『そうだろ??』
そう言わんばかりに俺の胸とツンっと突く。
「はぁ……。まぁ、任務を終え。向こうにその意思があったら尋ねてみるよ」
「やっほぉぉおい!! お魚さん?? 待っていてね!? 今から行くからぁっ!!」
その元気を歩く力に変えたら如何です??
そう言いたいのをぐっと堪え。
もう間も無く到着する街を視線に捉えた。
「レイド。今、宜しいですか??」
先頭から歩みを遅らせ、ウマ子の手綱を手に取る俺に並ぶ。
「どうしたの??」
「もしかすると……。レイドは人と言葉が通じない虞があります」
「――――――――。はい??」
暫く考えた後。
いや。
茫然としてしまう考えに思考が一瞬止まったとでも言えばいいのか。
意図しない言葉で返してしまった。
「周知の通り。人間と魔物の間には言葉の壁が存在します。しかし、あなたは我々『魔物』 の言葉を理解しています。そして、先日受けた龍の契約により。人としての区分を超越してしまいました。それが指し示す事は……」
「えっと。じゃ、じゃあ。俺はもう人間と会話が出来ないの??」
「あくまでも推測の領域を出ませんが、その可能性は捨てきれません。ここまで『普通』 の人間と会話をしていませんよね??」
そう言えば……。
レイモンドを出発して、不帰の森に足を踏み入れて会話を成立させたのは龍とミノタウロスと海竜のみ。
カエデが話す真っ当な人間とは一切会話をしていない事に気付く。
「そ、そんな!! じゃあこれからの任務はどうすればいいの!?」
任務処か、人間の街にさえ帰れないじゃないか!!
「落ち着いて下さい。私はあくまでも可能性の話をしたまでです」
「そ――そ――。人間と会話が出来なくてもいいじゃん」
「良くありません!!」
任務を放棄する訳にはいきませんでしょう!?
――――。
いや、それはそうだけど。
問題の根幹が違いますね。
人と会話が出来ない事が非常に不味いのだ。
のんびりとした声を放つユウに思わず噛みついてしまった。
「安心しなって。何処にも行く場所が無かったらあたしの里に迎えてあげるからさ」
快活な笑みを浮かべ、俺の肩をポンっと叩く。
「はぁ……。うん、まぁ。選択肢の一つに入れさせて貰うよ……」
「つめたっ」
そりゃあ冷たくもなってしまいますよ。
もう充分に人を辞めてしまっていますけど、いざソレを目の当たりにすると……。ね??
項垂れつつ、夕日を浴びて赤く染まる砂粒を見ていると。
「到着です」
カエデが目的地へと到達した事を告げてくれた。
柔らかい砂浜から頑強な岩礁へと変わり、それが凹地へと変化。
岩礁の先には古びた桟橋が沖へとずぅっと続いており、陸地側には小型の船が幾つも係留し、押し寄せる波に揺られつつ持ち主の命令を待機している。
対し。
宅地に適した森側には人口に似合った数の建造物が立ち並び、森の奥へと続いている。
直線上の道に立ち並ぶ家々。
しかし、人の営みは一切感じ取れなかった。
人の痕跡が消失した夕闇に浮かぶ街。
この街を見て、受けた第一印象は酷く悲しい印象であった。
「お、おぉ……。人っ子一人いないわね??」
少々上擦った声が左胸から届く。
「そりゃ人が居たら伝令鳥の返事の一つや二つあるだろう。ちょっと此処で待ってて。厩舎にウマ子を預けて来るから」
街の入り口に併設してある厩舎へと進む。
「あ、あ――。あたしも付いて行こうかな――」
「直ぐ帰って来るし。待っていても良いんだぞ??」
他の馬は居るのかな??
「い、いや!! そう!! 気分転換!! だから!!」
何でそこまで慌てるの??
「そっか。カエデはどうする??」
「一人で待つのも退屈ですから一緒に行きます」
かくして。
皆仲良く厩舎へと足を運ぶ事になりましたとさ。
古びた木造の入り口を潜り、厩舎の中に足を踏み入れると……。
「あんれまぁ……。馬が一頭もいないじゃん」
左右に続く十程度の馬房の中は空っぽ。
がらんとした空間だけが俺達を迎えてくれた。
「人口に対して馬房の数が少ない。元々、他所から来た人達の為に造られたのかも」
マイの言葉に返す。
「成程ねぇ……。よいしょっと!! そろそろ私も歩こうかしらね!!」
ポケットから勢い良く飛び出し、光を放つと人の姿へと変わった。
最初からその姿で歩きなさいよっと。
「ウマ子。此処で暫く待ってくれるか??」
彼女から荷物を降ろし、馬房の前の閂を外しつつ問う。
『あぁ。分かった』
すんなりと閂の下を潜り。
ちょっとだけ湿った藁の上で寛いでくれた。
「さて、と!! 原因解明に乗り出すとしますか!!」
荷物の中から弓を取り出し肩に掛け。矢筒を背負う。
短剣は装備したままだからこれで良いとして……。
うん!!
準備完了!!
「何で装備を整えているのよ」
「何が起こるか分からないだろ?? 備えあれば憂い無し。そういう事さ」
何時ものように片眉をクイっと上げるマイへそう話し。
再び街の入り口へと舞い戻った。
刻一刻と闇に包まれて行く風景に佇む無人の街は得も言われぬ不気味さを与え。
耳に届く波音と、巨大な森が奏でる草木の揺れる音がそれを増長させる。
こうして改めて見ると……。
ちょっと不気味かも。
いいや、ちょっとじゃない。
かなり、だ。
「先ずは何処を調べますか??」
背後からカエデの声が届く。
「じゃ、じゃあ!! 伝令鳥の様子を見ようか!!」
手始めに。
そう考え、上擦った声を悟られまいと敢えて声を大にして街の入り口付近に見えた大きな鳥箱へと進んだ。
「ん――……。数羽健在だね。餌箱の中身が殆ど無いのが気掛かりだな」
鳥箱の中は三羽の鳩が羽を休め。
晴れた朝に良く聞く鳴き声を時折鳴らし、俺達の様子を物珍しそうに眺めていた。
「鳩の存在は確認出来ました。では、次はどうします??」
もうちょっとゆっくり観察してもいいんじゃないのかな。
「お、お次は……。そうだ!! 船の様子はどうかな!?」
クルリと振り返り、カエデの脇を抜けようとするが。
「意味の無い行動は好きではありません」
細い手に掴まり、その場で足を止めてしまった。
やっぱり見透かされてしまいましたか。
「分かってるよ。でも、ほら……。いきなり人間の死体とご対面って感じになりそうじゃん……」
真正面で巨大な口を開き、人を丸ごと飲み込んでしまいそうな街へ向かってそう話す。
「お、おい。止めてくれよ」
「そ、そうよ。縁起でもない事言わないでよね」
マイとユウもおっかないのか。
カエデの後方に身を置き、街の様子を窺っていた。
「では、私が先頭で入ります。皆さんは後ろから付いて来て下さい」
「「「う、うん」」」
無表情な足音を奏でつつカエデが街に入ると。
その後を親鴨に続く小鴨の如く。
綺麗に並んで足を踏み入れた。
大きな通りが奥の森まで続き、その脇に民家が立ち並ぶ街作りなのだが……。
「な、なぁ。何で一人も居ないんだよ」
ユウがカエデの肩を掴んで話し。
「それを確かめに此処に来たのです」
「そ、そうよ。何当たり前の事言ってんのよ」
マイがカエデの腰付近の服を掴みつつ話す。
ちょっとだけその姿羨ましく映るのは何故でしょう??
男の癖に情けない!!
そう言われようが、不気味な物はしょうがないと思いません??
化け物や猛禽類、オーク等は攻撃すれば倒せるのだが。
幽霊や人知を超越した者には物理攻撃は通じないのだから……。
前から後ろへ流れて行く一軒一軒を目で追いつつ確認していると。
「この家……。扉が開いていますよ」
数十軒目にして漸く他と様子が違う家を確認出来てしまった。
風が吹くと……。キィッと不気味な音を奏で
「「「…………」」」
扉がゆぅぅっくり戻って行くと更に不快な音が発生する。
「中に入って調べてみましょう」
「「「えぇ!?」」」
おっと。
俺も声を出してしまいましたか。
「はぁ……。ですから。原因を解明する為に足を運んだと申しましたよね??」
それは重々承知しています。
しかし、ですね……。
何が待ち受けているのか分からない民家へ、堂々と入る勇気はありませんよ。
ほら。
扉が完全に開いても不気味さは不変だし。
「私が先頭で入りますから。皆さんは私の『後』 に続いて下さい」
「「「お、おぉ……」」」
何で今、後を強調したんだろう。
俺達の情けない足取りを見て憤りを感じたのだろうか。
カエデが先頭で民家に足を踏み入れ。
『お、お邪魔します』
一応の挨拶を放ちつつ最後方から民家に入った。
声、小さ!!
本当。情けなくて涙が溢れてしまいますよ。
窓から射す一日の終わりの光に、目が慣れて来ると……。
家の中の状態は悲惨を極めていた。
「な、何だ。一体、ここで何が起こったんだ……」
家に入り先ず目に飛び込んで来たのは机の上に並んだ腐った料理の数々。
魚の身はグズグズに崩れて蝿が集り異臭を放ち。
乱雑に倒れた椅子に、四方へ吹き飛んだ食器類。
馨しい香りを放っていたであろうスープはドス黒く変色してしまっていた。
その奥。
夕日の明かりに照らされた窓枠はもっと酷い惨状であった。
硝子は粉々に砕かれ、窓枠があったであろう箇所にはもう何も存在していない。四角の枠だけが存在していた。
この家の中で小さな台風が発生したみたいだな……。
「皆さん。来て下さい」
カエデが窓枠辺りでしゃがみ込み、何かを見つけた様子だ。
「何かあった??」
異臭で顔を顰めつつ、彼女の下へと向かう。
「これです」
室内に散乱した硝子の破片を摘まんで此方に掲げる。
「窓の硝子だよな??」
ユウがそれを手に取り、特に珍しい訳でも無いそれを見つつ口を開く。
「その通りです。それが『室内』 に散乱しています」
――――――――。
あぁ、そういう事か。
「は?? どういう事??」
マイが鼻声で話す。
臭いから鼻を摘まんでいるのか。
器用に話すものだね。
「硝子が室内に散乱しているという事は。ナニかが……。この窓枠を破って侵入した可能性が高い証拠です」
「そのナニかって……。何よ……」
相変わらずの鼻声でマイが問う。
「それは分かりません。ですが、机の上に広がる状況から判断すると。食事中にナニかが現れ。この民家の住民は食事を捨てざるを得ない状況に追い込まれた」
そう話すと。悲惨な状況が残る室内を見渡す。
「お、おいおい。じゃあここの住民はそ、そのナニかに襲われて……」
「ちょっとユウ。止めてよ……」
「あくまでもこの状況を判断した結果です。ですから断定は……。おや??」
饒舌に話していたカエデが口を閉じ。
部屋の隅へと進んで行く。
「こ、今度は何!!」
「切り落とされた指とか見せるなよ!?」
「だから!! おっかない事言うな!!」
カエデの下に中々進み出そうとしない二人を尻目に。
再びしゃがみ込んだ彼女の肩口から問題の何かを見つめた。
「「…………。鳥の、羽??」」
お。
見事に声が合いましたね。
カエデが指で掴んだのは、烏の羽よりも二回りも三回りも大きな一枚の羽だ。
茶の色が美しく、根本は白く輝いている。
この景色の中でそれは異様にも見えてしまうのは何故でしょう??
答えは簡単ですっ。
「これが……。住民を襲った正体??」
その通りっ!!
と、話せれば良いのですが。
口の中がカラカラに乾いているので上手く話せないのが残念であります。
「カエデ。何を見つけたんだよ」
「一枚の羽です」
窓枠付近から一切動こうとしない二人へ、大きな羽を見せる。
すると。
「ふ、ふざけんな!! 馬鹿デカイ鳥が襲って来たって言うのかよ!!」
「そうよ!! 焼いて食べたい!!」
いや、それはちょっと違いますよ??
「大事な証拠です。後で詳しく調べましょう」
そう話し。
白のローブの裾へと仕舞った。
「も、もういいだろ。これ以上此処に居られるか!! 臭くて堪らん!!」
そう捨て台詞を残し。
「同感よ!! 御飯が無いのならここに居ても意味が無いもんね!!」
ユウとマイが仲良く家を後にしてしまった。
「はぁ……。原因解明の証拠が沢山残っていますのに。勿体無い」
勿体無い、ね。
よくもまぁ平然として調べられますね??
「カエデは良く平気だね??」
心に思ったそのままの声を放つ。
「私は本が大好きです。昔読んだ御話しの一つに、探偵さんが名推理を発揮して難事件を解決に導く小説がありまして。その影響では無いでしょうか」
今も部屋の隅々を調査し続けている名探偵が小さな口を開く。
「小説、ね」
本を読んで恐れを知らない戦士になれるのなら。
俺は本の虫になるだろうさ。
「後は性格です。気が済むまで調べないと落ち着かない性分なのですよ」
「ふぅん。――――――――。他はこれと言って、気になる存在は見当たらないな」
「その様ですね。表で待っている二人が震えているかも知れません。合流を果たしましょう」
そう話すと、入り口へと向かった。
結構正直に話すよな、カエデって。
今も震えているって……。本人達が聞いたら目くじら立てるんじゃないのか??
まぁ、それでもカエデは堂々として迎え撃ちそうだけども。
家を後にし、悲惨な状況から解放された所為か。肩の力がふっと抜け落ちる。
「はぁ――。空気が上手い……」
胸一杯に新鮮な空気を取り込み、腐った空気を体の中から追い出してやった。
「何か見つかったの??」
通りの真ん中に立つマイが話す。
「えぇ。腐った人肉の破片が見つかりました」
「「はぁぁ!?!?」」
「いやいやいやいや!! 見つかっていませんよ!?」
びっくりしたぁ!!
急に変な事言わないでよ!!
「冗談ですよ」
「あ、あんたねぇ。時と場合を選んで話しなさいよ!!」
マイがカエデの方に歩み寄り、恐怖と怒り。
どちらにも受け取れる表情のままで叫ぶ。
「皆さんの表情が硬いままですので。ここは一つ、冗談でもと考えての……」
そこまで話すとユウの後方へ視線を送る。
一陣の風が吹き。何事かと思い彼女の視線を追った。
「は?? 何??」
俺達の視線を受け。
キョトンとした顔でユウが口を開く。
「―――。ユウ、悪い事は言わない。頼むからそのままこっちへ向かって。静かに、歩いて来てくれ」
「私からもそうお願いします」
「そ、そうね。絶対!! 走っちゃ駄目よ!?」
「な、何だよ!! 皆して!!」
快活な笑みが特徴のユウの顔が恐怖で歪み、足元が微かに震え出す。
「も、もう騙されないぞ!! 振り返ってやる!!」
「「「あっ」」」
三人仲良く声を合わせ、引き続きユウの視線の先へと視線を送る。
そこには……。
一人の女性が俯きがちに、そして周囲の空気と同化する様に立っていた。
薄い水色の髪が顔に垂れかかり表情全ては窺えないが、異様な空気を放っているのは十二分に理解出来る。
灰色のシャツの裾は綻びが目立ち、紺色のズボンは至る箇所が破れていた。
埃で汚れた髪に、くすんだ服の染み。
普段はそこへ視線を送るのだが……。
そんな事よりも大切な物が彼女の背から、生えていた。
先程発見した巨大な鳥の羽。
それが彼女の背に生えているのだ。
「よ、よぉ。初めまして。あたし達は此処へ色々と調べる事があって来たんだけどさ」
ユウが言葉を掛けるも、俯いたままで静かに佇む。
「いきなり入って来られて迷惑だった?? それとも、何。何か伝えたい事でも……」
彼女が顔を上げた刹那。
「「「「っ!!!!」」」」
周囲の空気が凍った。
瞳の色は消失し、白一色。
そして、狂った獣の様に口からは粘度の高い液体を零し。指先には鋭い爪が生え伸びている。
やばい!!!!
「ユウ!! そいつから離れろ!!」
俺がそう叫ぶと同時に……。
「グァァッ!!!!」
巨大な翼を広げ、女性がユウへと襲い掛かった!!
「ぐあっ!? やんのか!! 掛かって来やがれぇええ!!!! 鳥野郎ぉおお!!」
組み付かれ、地面の上を激しく転げまわる両者。
「不味い!!」
素早く肩から弓を外し、矢を構えるが。
「……。大丈夫よ。ユウはあんな奴に負けない」
マイがすっと手を翳して此方を制す。
「だけど……。万が一って事があるだろ!?」
仲間が襲われているんだ。
それを看過出来る訳ないだろ!!
「それよりもあんたの誤射の方がよっぽど恐ろしいわよ。ほれ、もう直ぐ決着よ」
マイの声を受け、視線を戻すと……。
「クァァァ……」
ユウの上に馬乗りの状態で圧し掛かる彼女の背を捉えてしまった。
「ほ、ほら!! 不味いじゃ無いか!!」
くそっ!!
動くなよ!?
不殺を心掛け。
距離凡そ十メートルの的を狙う。
「ガァッ!!」
俺が狙いを定めるよりも早く。
彼女の指先に伸びる爪が鋭く上空から振り下ろされた。
「はっ!! 華奢な腕だなぁ!? あぁっ!?」
ユウが左手でそれを掴み。
「ガッ!!!!」
攻撃の手を止められた彼女は、口に生え揃った鋭く尖った牙でユウの肉を食もうと頭を垂直に下ろす。
「お見通しなんだよぉ!!」
待ってました!!
そう言わんばかりの頭突きを見舞い。
「ギィァッ!?」
「はっは――!! 形勢逆転!!」
後方に仰け反った彼女の隙を狙い、素早く立ち上がると…………。
「仲良くぅ……。壁とぉ!!」
ま、まさかね。
「おねんねしてろやぁぁぁぁああああ!!!!」
彼女の体を軽々と持ち上げ。
勢いそのまま。
常軌を逸した力を利用した投擲で、彼女の体を民家の壁へと放り投げてしまった。
一直線に進む体。
木の壁に着弾すると同時に破裂音が鳴り響き、そこにある筈の壁が砕け。
ぽっかりと空いた穴がユウの勝利を決定付けた。
「おっし。一丁、あがりっ!!」
手に付着した埃をパンッ、パンッと払い。
満足気な表情で人型の穴を見つめた。
「どうよ?? 余裕で化け物退治に成功したぞ??」
腰に手を当て、満足気に己の勝利を誇る。
異様に似合いますけども。
こちらとしてはもう少々優しく勝利して欲しかったのが本音ですね。
「ユウ。折角の情報源を、投擲されては困りますね」
「…………。あっ」
カエデの一言を受け。
しまった。
そんな表情を浮かべると。
「ちょっと待ってて!! 今、引きずって来るからぁ!!」
快活な声と笑みを残して、民家の中へと駆けて行ってしまった。
「しかし……。ミノタウロスという種族は末恐ろしい力を備えていますね」
「あれでも序の口よ」
「え??」
マイの言葉を受け、カエデがらしからぬ表情を浮かべる。
「そうそう。ユウの母さんなんて、拳一つで上空に浮かぶ雲を霧散させたし」
「それはどんな魔法を使用したのですか??」
どんな魔法、か。
俺とマイが腕を組み、暫くの沈黙の後にこう答えた。
「「物理」」
「それは魔法とは呼べません」
はい。
俺もそう思います。
しかし、あれを説明しろと言われたら物理しか当て嵌まらないのですよっと。
「お待たせ――!! 連れて来たぞぉ――!!」
ユウが先程とは打って変わって大事に彼女を抱えて連れて来る。
「よいしょっと」
相手を傷付けない。
そんな優しい所作で彼女を地面に横たわらせる。
「ん――。これと言って……。不審な点は見当たらないよな??」
汚れた服と、投擲によって傷ついた箇所以外に特筆すべき点は見当たらない。
「…………。これ、何でしょうかね」
カエデが彼女の上体を起こし、項に視線を送る。
その視線の先には矮小な美しい紫色の結晶体が皮膚を食んでいた。
「「「あっ」」」
それを見つけた俺達は口を揃え、小さく言葉を漏らした。
そりゃあそうだろう。
あのクレヴィスが持っていた結晶体と瓜二つなのだから。
俺達がはっとした表情を浮かべつつも、それを理解出来ないカエデは小首を傾げている。
不気味な状況下でその可愛らしい姿は酷く場違いにも映ってしまったのだった。
此処迄御覧になられて気付いた方もいらっしゃるかと思いますが。
狂暴龍は何故、狂暴竜では無いのか。それは、後で登場する海竜との区別化を図る為でした。
東洋の龍と言えば、ニョロニョロとした感じ。
対して。
竜はゴツゴツとした西洋のイメージがありますが……。
海竜 海龍
私的にしっくり来る方は前者でしたので。海竜と名付けさせて頂きました。
ゴツゴツして太った雀さんは龍。
ニョロニョロした彼女は海竜。
結構乱暴なイメージの変化を図らせて頂きました。
勿論。
龍は依然として、ずんぐりむっくりした体型のままですので御安心下さい。
安心で良いのでしょうかね??
それでは、明日もお楽しみ下さい!!




