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第七十一話 釣りは辛抱が大切

大変お待たせしました!!


本日の投稿になります!!


それでは御覧下さい。




 この世に生まれ二十と二年しか経過していないこの体は自分が考えている以上に疲弊していたらしい。


 昨晩。


 淫靡な蜘蛛さんの襲来こそあったが、温泉である程度の疲労を拭い去り。夜営地に到着すると同時に寝入ってしまった。それが良い証拠です。



 任務や移動、その他諸々の心配事は此処では無用ですので。久しぶりに何も考える事無く眠りに就けた。


 此れこそが休暇本来の姿なんですよっと。




 毛布の上で寝返りを打ち、体の上に被せてある毛布をキュっと抱く。



 真夜中は意外と冷えたんだよねぇ……。


 海に囲まれているからかな?? だけど、そこまで寒くはない。


 季節外れの寒さに肌がちょいと驚いた、と呼べばいいか。



 このままずぅっと眠っていたい。



 超久し振りの安眠に蕩け落ちていたのだが。



 ズ……。ズズ……っと。



 何かが地面の上を這う、いいや。何かが引っ張られ、砂とその物体が擦れる重低音が響き始めてしまった。



 何、この音……。



 その音に違和感を覚えて薄っすらと目を開けるとそこには、暁の光さえも打ち消してしまう笑みを浮かべている彼女が居た。




「おはよう!!!!」



 朝も早くから元気な事で……。いや、まだ夜かな??


 そして、先程の音の正体は彼女の右手の先にあった。



「ん――……。んんぅ――……」



 マイが右手に持っていたのは陽気な狼さんの尻尾。


 つまり、あそこの天幕からルーを引きずって態々こちらまでやって来たのだ。


 可哀想に。


 只眠っているだけなのに無理矢理引っ張り出されて……。



「――――。何??」



 毛布の中へ潜り込み、頼むから起こしてくれるなと言葉では無くて態度で示してやった。



「釣りに行くわよ!!!!」



 無人島に上陸して二日目。


 本日は釣りに興じようとの事ですか、元気一杯で何よりです。



 ですが、生憎自分はもう少し眠っていたいのですよ。


「……」


 毛布の中で何を話す事も無く一切動かないでいた。



「おらぁ!! 起きなさい!!」



 耳元で凶悪な声が毛布越しに響く。



「――。まだ日の出じゃないか」



 毛布をそっと押し退け。


 薄っすらと目を開けて空見上げると、東の空に赤い日が映し出される。そして西の空にはまだ黒さが残っていた。



 こ、こんな朝っぱらから釣りって……。


 勘弁して下さいよ。こちとらまだまだ眠っていたいのですから。


 此方の安寧を妨げようとする笑みから逃れるように体を丸める。



「魚が私を待っているのよ!! 寝ていられるかって!!」



 それは貴女の主観です。


 きっとお魚さん達も俺と同じ想いを抱いていると思いますよ??



「んもう……。マイちゃん五月蠅いよぉ」



 流石にこれだけ大きな声だ、周囲にも響くだろう。


 徐に起き始めたルーが素晴らしい角度で顎を開いて欠伸を放ち、前足を器用に動かして両目を擦る。



「おはよう!! 釣りに行くわよ!!」


「釣りぃ?? ん――……。どうしても行きたいのぉ??」


「あたぼうよ!! 滞在時間一杯使って楽しむんだから!!」



 それは子供の考えです。


 賢い大人は日々の疲れを癒す為に何もしないって選択肢がありますからね。



「ふわぁぁぁぁ――……。んぐむむ……。仕方がない、起きようかなぁ」



 体を大きく震わせ、前脚をぐぅぅんと伸ばし。ヤレヤレといった感じで彼女の横暴な意見に賛成してしまった。



「ほら!! ルーは起きたわよ!! あんたも起きるの!!」


「休日なんだ。もう少し寝かせてくれ……」



 俺の疲労度は貴女達よりも数値が高いのですよ??


 そこを是非汲み取って頂けたらと……。



「休みの日の父親じゃないんだから!!」


「お、お願いします。疲れているんですよ……」


「あはは!! あんたに拒否権は無いんだよ!!」


「いやぁっ!!」



 毛布を被ろうものならお構いなしに引っぺがし。



「おら。起きろや、ダンゴ虫」



 体を丸めようものなら脇腹に爪先を鋭く捻じ込んでくる。



「さっさとおきねぇと。西の海岸まで強制的に吹き飛ばすけど??」



 それでも頑なに姿勢を保持していたが……。どうやら彼女の大変拙い堪忍袋の緒が切れてしまいそうです。



 だ、駄目だ。


 このままじゃ本当に強制移動させられてしまう。



「分かったよ……。起きればいいんだろ??」


「よぉし!! いい子だ!!」



 こいつ……。俺が起こそうとすると激怒するクセに自分以外の奴には容赦ないんだから。



「何よ??」



 此方の視線を感じ取ると腕を組み、片眉をクイっと上げる。



「何もありません。ふぁ……」



 上半身を起こして、最大可動域まで顎を開いて肺の中に朝一番の新鮮な空気を取り込んでやった。




「おっしゃ!! 釣り竿持ってぇ、大漁狙うわよ!!!!!!」



 足の筋力に不安が残るご老人よりも遅い速度で立ち上がると、満面の笑みで釣り竿を此方に差し出す。



「三本あるから各自持ちなさい」



 何でこんな朝早くから釣りをしなければならんのだ。


 もっとこう……。休日の朝に相応しい行動ってもんがあるでしょうに。



「ほら、ルーも持って!!」


「え――。このままがいい……」



 ふわぁぁっと大きな欠伸を放ち、差し出された釣り竿に対してソッポを向いてしまう。


 そりゃ叩き起こされて直ぐに釣り竿なんか担ぎたくないよな。



「いいよ。ルーの分は俺が運ぶから」


「結構!! ほら、行くわよ!! 木の桶とぉ、鞄を肩から掛けてぇ。いざしゅぱぁぁぁぁっつ!!!!」


「「はいはい……」」



 トロンっとだらしなく垂れ下がる眠気眼を擦り、未だ見ぬ魚影を追って意気揚々と歩み出したマイの背に続き森の中へと歩み始めた。




 森の中は夜の余韻がそこかしこに残り随分と薄暗い。


 静か過ぎる静寂が森を包み、朝一番の散歩に相応しい光景だ。



「ふんっふふ――んっ!! あっははぁん!! 美味しい魚ちゅわんがぁ!! 私を待ち構えているのよぉんっとぉ!!」



 この静寂過ぎる森に不釣り合いな歌を奏でる朱の髪の女性。


 これだけを除けば、最高の時間と光景なんですけどねぇ。



「ねぇ――。どこで釣るの??」



 今も襲い続ける眠気と奮戦しつつ、ルーが喉の奥から声を振り絞って出す。



「ん?? ほら。昨日私達三人で西の岩礁を調べたでしょ?? あそこで釣るのよ。きっと爆釣よぉ……」



 釣れる釣れない以前に魚が求めている物を君は忘れていますよ??



「おい、餌はどうするんだ??」



 そう、折角釣り道具一式用意しても。釣り針だけでは流石に魚も掛かるまい。




「ふっふ――ん。あんた達より先に起きて餌用のミミズを取っておいたのだ!!」



 出発する時に肩から掛けた鞄の中から新鮮なミミズを取り出し。



『どうだ!?』



 そう言わんばかりに彼女の手の中でニチャニチャと蠢き回るミミズをこれでもかと此方に見せつけて来た。



「お、おい!! それ俺の鞄だぞ!!」



 しかも親切丁寧に土まで入れてあるし!!


 その中にミミズを入れて運んだのか!!



 ボロボロで使い古した鞄ならここまで声は荒げない。あの横着者が肩から掛けている革の鞄はパルチザンに入隊して初めて頂いた給料で購入した思い出深い物なのだよ。



 まぁ……。


 最近は海竜さんが図書館へ出掛ける時に好んで使用していますけども……。



 何でも??


 分厚い本が沢山入るから丁度良いらしいのです。




「いいじゃない。減るもんじゃないし……」


「その鞄に入れてあった書類やその他諸々はどこにやった??」



「あぁ、あれね。その辺の荷物の中へ適当に突っ込んでおいたわよ」


「仕事で使う物なんだぞ!!」



 こ、こいつ……。


 人の所有物を何だと思っているんだ。



「細かい事を気にすると直ぐ馬鹿になるわよ?? ほら、砂浜が見えてきた!!」



 俺の叱咤を聞きたくないのか、徐々に元気を付けて来た朝日が差し込む砂浜へと駆けて行ってしまった。



「ん――っ!! 朝日が体に滲みるわぁ!! 」



 美しい砂浜へ押し寄せるさざ波の音が一定間隔で鳴り響き、ざわついていた心を落ち着かせてくれる。



「ほら、こっちよ!!」



 そして、もう間も無く顔を見せるであろう太陽も嫉妬してしまう明るい笑みで此方に向かい手を振る朱の髪の女性。



 背後に映る青い海と、海風に揺れる朱の髪。



 彼女の素性を知らぬ人はきっとこの光景に思わずほぅ?? っと頷いてしまうだろうさ。



「ねぇ、レイド。マイちゃんって食べ物の事になると見境ないよね??」


「やっと気付いた?? アイツと知り合ってからと言うものの、常に食い物の事で俺達は悩まされているのさ」



「おらぁっ!!!! さっさと歩いて来いやぁぁぁぁ!!!!」



 うるさっ!!


 馬鹿みたいに叫ばなくても十分聞こえていますから。もう少し慎ましい声量で叫びなさい。



 一人と一頭が腹ペコ龍が砂浜に刻みし足跡を辿り始めた。



「大変だねぇ」



 顎をクイっと上に傾け、少々憐れんだ金色の瞳を此方に向ける。



「この苦労を少しでも分かってくれるだけで嬉しいよ」



 サラサラの砂浜の上を暫く歩き続けていると、岩肌が突出した岩礁に辿り着く。



 これは藻かな??


 此方の足元を掬おうと画策した藻が岩肌にこび付き。窪んで凹んだ潮溜まりには小さな蟹や貝が確認出来た。


 きっと打ち寄せる波が此処へと海水を運んだのだろう。



「この蟹、食べれるかなぁ??」



 大きな狼の鼻を蟹に近付け、珍しそうに匂いをフンフンと嗅ぐと。



『それ以上近寄るな!!』



 両腕の先に装備している最大の武器をガバッ!! と掲げ。矮小な姿で精一杯の威嚇を表していた。



「やめときなよ。地味な色に見えて実は強い毒を持っているかもしれないからな」


「ふぅん。でも良い匂いだから食べられるか……。いったぁあぁあい!!」




 蟹の逆鱗に触れてしまったのか。



『ぬ、ぬぉぉ!! 俺は、決して!! この鋏を放さんぞぉぉ!!』



 小さくとも凶悪な鋏が狼の鼻を掴み、それを振り払おうと頭を左右に激しく振る。




「お、おい。大丈夫か?!」


「取れない――!!」



 やれやれ……。


 今も暴れ続ける狼さんの前にしゃがみ込み、強烈に鼻を挟んでいる鋏をそっと指で開くと。小さい暴れん坊の胴体を掴んで遠くへ投げてやった。



「取れたぞ。どれ、見せてみろ」


「う――……。痛かった……」



 これといって目立つ外傷は無いな。



「興味本位が仇となったな」


「笑いごとじゃないよぉ……」


「あはは。まぁ、良い勉強だと思って」



 触り心地良い頭の毛を撫でつつ話してやった。




「おぉおい!! こっちよ!!」



 岩礁の先に陣取ったマイがこちらに向かって大袈裟に手を振る。



「ルー、行こうか」


「う――。こんな目に合うくらいなら寝ていれば良かったぁ……」



 頭を垂らし、あからさまに凹んでいるのが目に見えてしまう。


 そうだろうなぁ。朝早くに叩き起こされ、蟹に鼻を摘ままれ、ろくな目にあっていないからね。



「どうよ?? ここなら釣れるんじゃない??」



 岩礁の先は少しだけ落差があり此方から海を見下ろす形になっていた。大海原から押し寄せる波が岩礁に衝突すると白み。


 矮小な水飛沫が飛び散り、顔面へと飛来する。



 夜営地から西に向かって徐々に土地自体が高くなっているのかな?? 



 そしてこいつが予想した通り、海の中には色とりどりの魚が朝ご飯を求めて泳ぎ回っていた。



「ほぉ。でも、此方から見える魚って釣れ難いだろ」



 昔、そんな事を聞いた覚えがある。


 見えている罠に態々引っ掛かる程、魚は馬鹿じゃないだろうさ。



「そうなの?? それなら遠くに餌を付けた釣り針を放ればいいじゃない」



 ごもっともで。



「じゃあ私はここで始めるわ。あんた達も適当に始めなさい。釣った魚は……。ほれ、海水を張った木の桶に入れて。餌が無くなったら鞄の中からミミズを取り出す事。良いわね!?」



「は――い……」



 ルーが人の姿に変わると釣り竿を持ち、渋々釣りを始めようとする。



「こら!! そんな調子でどうする!! 釣り人が元気無いと釣れる魚も逃げちゃうわよ!!」



「そんな訳無いだろう。餌、付けるぞ」



 変わり果てた愛用の鞄の中からミミズを取り出し、釣り針につけ。


 そして、適当な位置に移動すると竿を振り遠くへ餌を投擲。




「よっと……」



 後は掛かるまでの辛抱。


 中途半端に乾いた岩肌に腰かけ、彼方に広がる青き海を眺めた。




 はぁ――……。


 頬を優しく撫でる潮風が気持ち良いや。



「ボケナス――!! 釣れた――!?」



 そんな直ぐ掛かる訳ないだろう。



「まだで――す」



 ニッコニコの笑みを浮かべる彼女から少々距離を置いているので、魚が驚かない声量で返答してやる。



 あんな大声を出したら釣れる魚も逃げちまうだろう。



「ふぁぁあ……」



 竿を持ち、潮風を受けると。燻ぶっていた眠気が再燃してしまう。


 どうせ釣れないんだし。


 このまま眠ろうかな??




「おらぁぁ!!!! 寝るなぁ!!」



 はいはい。


 龍の目は大変厳しいようですね。すこぉぉしだけ長く目を閉じるとこれだもの。




「ったく。数分程度も静かに出来ない……。んっ!?」



 釣り竿を持つ手に僅かな力を感じた。


 おっとっと……。食いついて来たな……。



 まだ今は竿を引くべきじゃない。


 相手がしっかりと釣り針を飲み込むまで耐えるんだ。じっとその時を待ち、竿を握る手に緊張が走る。



 もう少し、もう少し……。お前の好物を喉元までしっかり咥えるんだ……。


 歯痒い辛抱を続けていると、糸から伝わる力があからさまに増えた!!



 今だっ!!



「でやぁっ!!」



 竿を力強く引き、釣り針を相手の口へと突き刺してやった。


 おっしゃぁ!! かかったぞ!!



 海からの有難い贈り物を逃さぬ様。慎重にしかし、力強い手の力で糸を手繰り寄せる。



「うおっ!!」



 コイツは大物なのか……??


 糸を引く力の強さに驚いてしまう。


 慌てるな、ゆっくりと糸が切れないように。そして釣り針が外れないように慎重に引くんだ。




「…………っ!! よっしゃあぁ!! 釣れたぞ!!」



 銀色と黒の二本の線が目立つ魚が糸の先でピチピチと元気良く跳ねている。


 大きさは凡そ三十センチ程で中々の物だ。



 これは確か……。石鯛だったな。

 

 刺身にして良し、焼いて良しの魚だ。白身が大変美味で重宝される代物に思わず大きく頷いてしまった。



 俺って、もしかして釣りの才能があるのかしらね??



「おぉおぉ!! ボケナス!! 見せなさい!!」


「凄いじゃん!!」



 釣り上げた様子を捉えていたのか、二人が軽快に駆け寄って来た。



「どうだ?? 凄いもんだろう??」



 少しだけ自慢気に石鯛を見せてやる。



「これ何て魚??」



 ルーが懲りずに鼻を近付け、激しく暴れる石鯛の匂いを嗅いでいる。


 また思いもよらぬ反撃を食らっても知りませんよ??



「えっと。石鯛だったと思う」


「鯛!? それなら美味しいに決まっているじゃん!! くっそぉ……。先を越されたか……」


「ふふん。どうやら俺の方が、釣りの腕は上のようだな??」




 これ見よがしに彼女の前に石鯛を掲げ、勝ち誇った笑みを浮かべてやった。




「ぐ、ぐぬぬぬ……。見てなさい!! その海老みたいに尖った鼻をへし折ってやるんだから!!」



 それを言うなら高くなった、ですよ――っと。



 負け惜しみの台詞を吐き尽くすと踵を返し、元いた位置へと駆け出して行ってしまった。




 彼女とは正反対のゆるりとした足取りで木の桶へと向かって進み。


 苦しそうにパクパクと開いては閉じている口から針を外し、海水で満ちた木の桶へと石鯛を入れてやった。



 これで一匹は釣れたな。ボウズは無くなった訳だし、後は気ままに釣りを続けますか。



「んぎぎ……。釣れろ――。さっさと釣れろ――……」



 アイツ、竿に呪いでも掛けているのか??


 その恐ろしい呪いが海に伝わってしまい、魚達が怯えて逃げてしまう事に気付くのはきっと。釣りが終わってからだろうなぁ。


 無駄な呪力、お疲れ様です。


 ドス黒い呪いが滲み出る背中を眺めつつ、のんびりした歩調で先程の位置へと歩いて行った。























 ◇









 素晴らしい当たりから一転。


 竿から垂れる糸は波に合わせた矮小な動きを見せるだけで、大胆に動く気配を見せてはくれなかった。


 只時間だけが悪戯に過ぎ、太陽が完全に姿を現すと暑さが上昇し。降り注ぐ光が肌を焦がす。

 


「やった――!! また釣れたぁ!!」



 ルーの陽気な声が青く美しい空へと昇って行く。



 意外と器用だよなぁ、ルーって。


 戦う事は嫌いって言っていたから、寧ろこっち方面の方が得意なのでしょう。



 俺は既に一匹釣ったから、ボウズなのはマイだけか。



「くっそ!! 一体どうなってんのよ!! な、なぁんで私だけが釣れないの!?」



 その怒りと呪いが糸に伝わっているんだよ。


 そりゃ魚も怒りに震える餌に食いつく訳にはいくまい。



 何でも自分の思い通りにはいかない、良い教訓を学んだと思う事だね。




「よぉ――!! 釣れてる――!!」



 ん?? ユウの声だ。



 快活な声の方へ振り向くと、十分な睡眠を取れたであろう大変羨ましい顔色を浮かべいるユウが此方に向かって歩いて来た。



 深緑の髪が太陽に照らされて光沢を放ち、健康的に焼けた肌が青空とこの島に異常なまでに似合っている。



 ユウ程夏が似合う女性はいないよな。



 太陽と海と青空。


 その全てが彼女為に存在していると言っても過言では無い。




「俺は一匹。ルーは数匹。マイは……」


「ぬがぁあああああ!!!! 釣れろぉ――――!!!!」



「…………成程。釣れなくてあぁなっている訳か」



 そういう事です。



「大体短気なアイツに釣りは向いていないんだよ。ほら、やってみるか??」



 隣にちょこんと腰かけたユウに竿と新鮮なミミズさんを渡してやる。



「ん――。よっと……」



 新しい餌を付けた釣り針が美しい放物線を描き、海に投擲された。



「お、上手いな」


「幼い頃は生まれ故郷の近くの川で良く釣りをしたもんさ」


「へぇ。ボーさんとフェリスさんと一緒に??」



 家族三人で肩を並べて仲良く釣り、か。


 絵に描いたような幸せな家族の風景だな。



「そうそう。とうさ、……。コホン。父上がさ、昔馴染みの友人から釣りを習ったらしくてね?? 聞きもしないのにアレコレあたしに指南したんだよ」


「昔馴染みの友人??」


「何でも?? 異常なまでに釣りが好きな魔物だってさ」



 世の中は広いし、釣り好きな魔物が一人や二人居てもおかしくないでしょう。


 彼女はそれに該当するのだろうか……。



「ウッギィィィィ!!!! い、いい加減に釣れやがれ!! 釣れねぇと海水蒸発させんぞおらぁ!!」



 あれは釣りが好きというよりも、その先に待つ魚を求めているが為に発狂しているんだろうさ。




「今度近くを通ったらついでに寄ってみる??」



 ユウが里を出てから約四か月。ボーさん達も愛娘の御様子が気になるでしょう。



「そうだなぁ……。その機会があればね。ふわぁぁ――……」



 ゆっくりと流れる時間を持て余す様に、ユウが大きな欠伸をする。



「ふぁっ」



 俺もそれにつられて堂々と欠伸を放ってしまった。




「何かさ、こうやってダラダラとしていると。休みを満喫しているなぁって思わない??」


「ここの所は忙しくてそれ処じゃなかったのが本音だからね。いい機会だと思って休ませて貰っているよ」



 与えられた任務に、魔物達との出会い、化け物との闘い、そして師匠の厳しい訓練。


 短い期間に多くの事が起こり過ぎた。人よりも多少体力が多いこの体で良く耐えたもんだ。


 いや、龍の契約のお陰かな??




「この休暇が終わったらどんな任務に就くの??」


「ん――。まだ分からない。向こうに着いてからその説明があると思う」


「そっか。しっかし……。暇だなぁ……」


「この暇なのが休暇じゃないのか??」


「それもそうだな。うおっ!! 来たっ!!」




 ユウの目がきゅっと見開かれると、竿の先端がぐぅんっと大きくしなり始めた。


 あのしなり具合!!


 かなりの大物とみた!!



「慌てるな!! ゆっくり糸を引くんだ!!」



「分かってるよ!!」



 少しだけ口から舌をペロリと覗かせ、得意気に糸を手繰り寄せ始めた。




「ユウ――!! 釣っちゃ駄目――――っ!!!!」



 マイが此方の様子に気付き、慌てて此方へと駆け寄って来る。



「へへん!! おっ先――!!」



 あのお馬鹿さん、ユウには負けたくないのか??



「おぉ!! 見えて来たぞ!!」



 眼下の海には上々の大きさを有する魚の影が、口に含んだ釣り針を外そうと必死に暴れ回っていた。



 あの大きさ。俺と同じか、それともそれ以上か……。


 しかし、大物である事には違いない!!




「いただきぃ!!」



 勇猛に糸を引っ張り上げようと、ユウの腕の筋肉がモキュっと盛り上がった刹那……。






「ダメ――――――――!!!!!!」



 大馬鹿さんが龍の姿に変わると同時。


 何と……。ユウが釣ろうとした魚目掛けて海に飛び込んで行くではありませんか!!!!



「「なっ!?」」



 海面から天にまで届こうかと錯覚させる激しい水柱が立ち昇り、それが突撃の衝撃の強さを物語っていた。





「…………。どううふぉ??」



 見事な石鯛を龍の口で咥え、小さな翼を羽ばたかせながら海面から昇って来る。



 盗人猛々しいとは正にこの事。



 海水でビッチャビチャに濡れた赤き龍を呆れた顔で迎えてやった。




「あのなぁ……。人様が折角釣った魚を横からかっさらうってどうなの??」



 ずぶ濡れになっている龍を呆れて見つめるユウが話す。



「これふぁ、私ふぁとったふぉ!!」


「もう何でもいいよ……」



 自分の体よりも大きな石鯛を両手でぎゅっと掴み。


 新しい遊びを見付けた子供の目の輝きを放つ彼女を見てユウは諦めたのか、若干投げやりに話してしまう。



 一応、コイツも釣れ……。じゃあないな。


 魚を掴み上げた事だし。朝食の準備に取り掛かるとしますか。



「さて、そろそろ戻ろうか」



 ピッチピチと跳ね続ける石鯛を掴みながら森の方へ飛翔して行く龍にそう話し掛けたのだが。



「はぁぁん……。この石鯛ちゃん、美味しそう……」



 案の定。


 心此処に在らずでしたね。



「言っとくけど、それはあたしが釣ったんだからな!!!!」


「刺身にしようかしら……。それとも半分は焼いて貰ってぇ……。んふっ。今から楽しみだなっ」




「「はぁぁ……」」



 だらしなく蕩け落ちた声色を放つずんぐりむっくり太った赤き雀の翼を眺め、ユウと二人仲良く肩を落とし。彼女が宙に描いた足跡を共に辿り始めた。



最後まで御覧頂き有難うございます。


深夜の投稿になってしまい、大変申し訳ありませんでした。

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