第七十話 急襲、月下美人 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
深夜の投稿になってしまい、大変申し訳ありませんでした。
それでは御覧下さい。
彼女の瞳を見つめると、蛇に睨まれた蛙じゃあないけれども。一切の動きを封じられた様に指先一つさえも動けずにいた。
しかし、このまま蛇。じゃ無くて。美しい蜘蛛さんにムシャムシャと食べられては不味いので……。
「―――――。あ、はい。こんばんは」
取り敢えず、今出せる精一杯の声量の言葉を出して答えた。
挨拶には挨拶を返す。これは大人の処世術ですからね。
違うな……。今は律儀に返している場合では無い!!
『敵襲!! 敵襲――!!』
心の中の衛兵が警鐘を鳴らそうと重い腰を上げ、心の限りに叫んだ。
そうそう!!
警戒態勢を敷いて目の前の強敵の攻撃に備えるべきなのです!!
「えっと……。湯あたりの人達はどうなった??」
服は……。しまった、左後方か。
さり気なく移動しよう。
「皆、静かに休息していますわぁ……」
そうはさせまいと此方の進路を美しい体で阻む。
くそっ!!
甘過ぎたか。迂回して服を確保しなければ……。
幸い、温泉は円状に広がっている。
このまま反時計回りで後退りを始めれば時間は掛るけど、確実に服まで辿り着ける筈だ。
「あ、そうなんだ――。でも大丈夫?? 二回も入ったらのぼせちゃうよ??」
変な方向に話題を向かせまいと軽い口調で話しかけ、それと同時に後退りを開始した。
「大丈夫ですわ。先程はそれほど長く浸かっていませんでしたので……」
ちゃぷんと肩まで湯に浸かり、なまめかしい瞳を浮かべて此方を追走。その目は完全に俺を捉えていた。
『敵は目の前だ!!!! 迎撃態勢を整えよ!!!!』
衛兵が喉の奥から声を振り絞り、威勢よく警鐘を鳴らす。
こ、この目は不味い……。
獲物を捕らえようとする淫靡な野獣の様な目ですからね。
「へ、へぇ。でもさぁ、いくら良いお湯でも長く浸かったら体に毒だよ??」
よし、いいぞ。飛び掛かって来る様子はないな。
美しい野獣からある程度の距離を保ちつつ、反時計回りに移動をし続けた。
「構いませんわ。ここの湯は大変肌に良いのですよ?? ほぉら、こんなに艶々……」
此方に見せつけるかの様に細く嫋やかな腕に湯をかけた。
『……っ』
衛兵が彼女の淫靡な体を見つめると、刹那に我を忘れ。警鐘を鳴らす手を止めてしまった。
衛兵さんよ、しっかりしなさい!!
あんたがしっかりしないとこっちもヤバイんだよ!!
「も、もう充分綺麗だからこれ以上入る必要は無いでしょ??」
『っ!! 敵は前方約五メートルの位置!! 弓兵!! 早く撃てぇ!!』
衛兵に喝を入れてやると、ハッ!! と我に返り。再び警鐘を高らかに鳴らした。
危ない……。魅入ってしまう所だった。
「まぁ!! 私の肌を綺麗と??」
「え?? うん、綺麗だと思うよ??」
「嬉しいですわ……。どうです?? この肌、いえ体を貪ってみては……」
黒き瞳が一際怪しく光輝くと、此方との距離を徐々に縮め。
そして、唾液をたっぷりと含ませた舌で淫らな唇を怪しく濡らしていく。
お、お腹は空いていませんので……。ご遠慮願いたいのが本音で御座います。
「あはは、遠慮するよ。湯を堪能したいからさ」
今も御馳走を平らげる前の準備運動を続ける彼女から、出来るだけ怪しまれない速度で後退を続けているが……。
果たして、あの獰猛な肉食獣から逃れる事は可能なのかしら。
いっその事、裸のままで逃亡を図るか??
でも、それだと糸を放射されて捕獲されちゃいそうだし……。
「そんな事仰らずに……。ここの湯よりもレイド様の心を甘ぁく溶かして差し上げますわ」
その声色は止めて下さい。
体中の肌が泡立ち、鼓膜処か脳まで響く甘美な声だ。
「溶けるのは勘弁してもらいたいかなぁ??」
よっし!!
もうすぐ反対岸に到着するぞ!!
『弓兵!! よくやった!! 相手の勢いは徐々に衰えているぞ!!』
衛兵も心無しか、ほっと胸を撫でおろして警鐘を叩く力を緩めた。
「レイド様??」
「何??」
不意にアオイが語りかけて来る。
「蜘蛛は狡猾な生き物です。網を張り、獲物が罠に掛かるまでじっとその機会を窺いますわ……」
口元に大変怪しい笑みを浮かべこちらの様子を窺っている。
まるで勝利を確信した様な笑みだな。
「そうなんだ」
だが残念でしたね!!
甘い誘惑に惑わされる事無く、そして甘美な声には聞く耳持たず!! このまま愚直に後退するのみ!!
「えぇ……。今宵、レイド様は罠にかかった獲物ですわ。気付かない内に糸で絡めとられその動きを封じられているのですよ??」
糸??
そんな感覚は無いけどな??
温泉の淵に沿って移動し続け。
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべるアオイからかなりの距離を取った刹那。
湯の温度が急激に変化し、猛烈な熱湯が体を襲った!!
「あっちぃぃぃぃ!!!!」
この馬鹿げた熱湯から逃れる為。
思わず前方に飛び跳ねてしまった!!
な、何だ!? こっちは源泉なのか!?
「――――――。んふふふ……。さぁ、いらっしゃいまし」
「へ??」
熱さから逃れる為に無我夢中で気が付かなかったが……。
前方に飛び跳ねた、という事はですよ?? それはアオイとの距離が縮まる事を意味している。自ら首を絞めた様なものだ。
数歩先の美しい顔がペロリと舌なめずりをして此方を待ち構えていた。
『は、はわわわ……』
衛兵は何が起こったか分からず、前方に出現した美しい敵と後方の熱湯に対し右往左往している。
衛兵しっかりしろ!! お前が狼狽えていたらこっちもやられてしまうんだぞ!?
喝を入れるが彼の狼狽えぶりときたら……。
参ったぞ……。
完全に退路を断たれてしまった。
「やっと……。捕まえましたわ」
「およしなさい!!」
首に両の腕を甘く絡ませ、膝の上に何の遠慮も無しに乗りかかって来る。そして、此方の腰に長い足を回すと逃げられない様に体をガッチリと固定してしまった。
柔らかい臀部と二つのたわわに実った果実が密着してしまい気が気じゃありませんよ。
それに……。
すっごい甘くて良い香りがする。温泉特有の香りを越える女の香と柔らかさ。
アオイの体ってこんなに柔らかだったっけ??
「ふふふ、言ったじゃないですか?? 蜘蛛は狡猾だと……」
勝ち誇った笑みを浮かべて俺の瞳の奥を観察する様にじぃっと見つめる。
「のぼせちゃうから離れなさい」
懇願するように語り掛けつつ周囲へと視線を送った。
どこかに逃げ道は無いか?? このままアオイを乗せたまま服の所まで無理矢理移動すべきか……。
それとも邪険に振り払って後先考えずに駆け出す??
あぁ、もう!!
女の香と柔らかさが余計だ!!
考えが全然纏まらん!!
「レイド様は蜘蛛に捕らわれた哀れな獲物です。安心して下さい、魂まで貪り尽くし。一生感じる事の出来ない快楽を与えて差し上げますわ……」
「駄目ですって!!」
此方の言葉を無視し、潤んだ唇を右肩へ淫らに密着させてしまう。
柔らかい女の唇。そして脳を惚けさせるくぐもった水の音が鼓膜を刺激した。
「この右肩の火傷の跡も私が癒して差し上げますわね」
「赤ん坊の頃に負った火傷だから治らないって」
腹と背中の傷に比べれば、そこまで目立つ傷跡じゃないから気にしてはいないけどさ。
「ですが……。レイド様の傷は私の傷で御座います」
大変嬉しい発言なのですが、時と場合を選んで欲しいです!!
「では、手始めに。はむ……。んん……」
「お、お止めなさい!! ふしだらですよ!!」
両手で柔らかい上半身を押しのけ、妖艶な唇を強制的に肩から外してあげた。
「あんっ。もう……。無粋ですわね……」
嬉しそうに嫌がらないの。
「前々から言ってるけど。こういう行為はしっかりとした信頼関係を構築した上、相手の了承を得て初めて行うべきなんだ」
「うふふ……」
聞く耳持たずなのか、俺の胸元に優しく指を這わせる。
「聞きなさい!!」
その横着な指をピシャリと払ってやった。
「レイド様はぁ……。私の体で満足出来ないのですか??」
「そういう問題じゃない。今、こういう関係を持つべきじゃないと言っているんだ」
「そうなのですか……。ふふふ、レイド様の胸。温かいですわ」
淫らな行為を止める処か、体をより密着させ。直に彼女の体温を伝えて来るではありませんか。
まるで聞きやしないな。
その時、いや。
もうだいぶ前からですけども……。もう一人の彼がその時に備えて準備運動を始めてしまっていた。
『ふっ!! ふっ!! ふぅぅんぬぅ!!!!』
準備運動の割には随分としっかりした腕立て伏せですけども……。
何故準備を整えたのか知らないが、その存在感を彼女に示そうと汗を流して躍起になっていた。
彼の形態変化を悟られまいと、変な角度で腰を引いてその存在をひた隠しているのですが。いつまで隠し通せるのか自信がありませんよ。
「もう、そんなに腰を引いていたら座り心地が悪くなってしまいますわ」
腰をそっと上げ、長い両足で俺の腰を引き付けようと画策する。
「ちょ……。止めなさい!!」
今の状態がバレたら不味いの!!
『な――にが不味いだよ。ほれ、偶には己の欲望に身を委ねてみろって』
御黙りなさい!!
性欲の塊め!!
「だ――めですわ。今宵はこのまま体を密着させて甘い一時を……。あら?? 何、かしら……。何やら御硬い物が……」
そこまで話すと彼女は言葉を止めてしまった。
あぁ、何んと言う事だ。彼女はついにその存在に気付いてしまったらしい。
大変柔らかい太ももに当たる彼の存在を確認すると。
「…………っ」
にぃっと妖艶な笑みを浮かべ俺の瞳を正面から捉えた。
「これは……。私を受け入れる準備が出来た。そう捉えても宜しいのですね??」
「ち、違います!! ただの生理現象です!! 御飯を沢山食べたからさ!!」
咄嗟に思いついた嘘で誤魔化そうとするものの。
「殿方は御飯を大量に摂取するとこうなるのですか??」
「え?? ん――……。どうだろう?? 個人差はあると思うけど多分そうじゃないかな」
「まぁいいですわ。この僥倖、見逃す訳にはいきません」
此方の言葉を半ば流してしまい。ゆるりと腰を上げると淫靡な瞳が燃え盛る大炎を帯びてしまった。
や、やっべぇ……。
この眼、本気じゃないか!!
「それだけは止めて!! 責任持てないからぁ!!」
「私が愛を籠めて育てますので御安心下さい……」
そ、そういう問題じゃないって!!
意を決した彼女は、もう一人の自分に狙いを定めて腰を落として来る。
『お――。そのままそのままぁ!! 良い角度だぞ――!!』
こ、こいつめぇ!! 好き放題に叫びやがって!!
「駄目です!!」
「レイド様っ。んっ……」
もう一人の自分が柔らかい何かに接触した瞬間、普段の姿からは想像出来ない程の甘い言葉を漏らしてしまう。
その声は人の頭を魅了するのか、それとも。これから始まるであろう行為に対しての羞恥又は女の至福によって真っ赤に染まったアオイの顔に見惚れてしまったのか……。
兎に角、俺は微動だにせずその姿をまるで第三者の視点の如く。只々見つめていた。
「嬉しいですわ……。今日、私達は結ばれるのですね??」
「……」
温泉の熱気と彼女の怒涛の攻撃に頭が惚けて何も考えられない。
これもアオイの策略なのか。
「それでは……。頂きますわ……」
『着地準備よ――し!! 安全確認よ――しっ!! 良いぞ――!! そのまま降りてこぉい!!』
いよいよここまでか……。もう一人の自分は指差しして周囲の安全確認をしちゃっているし。
蜘蛛の子供は皆女性と聞いたので、きっとアオイに似て可愛い子が産まれて来るさ。
髪の毛はどんな色なんだろうなぁ。
それと、養育費は月々どの程度かかるのかしら?? 俺の給料で賄える額でなければ蜘蛛の里で養うのも悪くはありませんね。
『まぁ!! 初孫!!』
そうそう。
フォレインさんも新しい家族に微笑んでくれ……。
『レイドさん。孫の教育方針は私が担当させて頂きますね??』
『お母様!! 娘の教育は私が担当するのですわよ!?』
『いいえ!! こういう事は経験者が務めるべきなのです!!』
『レイド様!! 黙っていないで何か言ったら如何ですか!?』
残念です。
母娘喧嘩は了承出来ませんので、初孫を抱いての里帰りは物心ついてからになりそうですね。
「――――――――。深夜のお届け物でぇぇす!! くたばれやぁ!! アホンダラ共がぁぁああ!!」
「え?? ぬわぁっ!!」
もう聞くのも飽きてしまった狂暴な龍の声が響くと下らない妄想が吹き飛び。
それと同時に空から闇を切り裂く黄金の槍が降り注いで来た!!
太腿の上の横着なお肉さんは余裕を持って躱したのですが、そのお陰で反応が一歩遅れ。
黄金の槍が着水と同時に発生させた大波を真面に食らって吹き飛ばされてしまった。
「ゲホッ、ゴフッ……。た、助かったぁ」
白濁の温泉の中を勢い良く転げ回り、漸く止まった所で立ち上がり。新鮮な空気を胸一杯に取り込んでやった。
「ったく。いつまで経っても帰って来ないと思ったら……」
腰に手を当て、温泉の淵から此方を見下ろす。
もし、マイが来なかったら今頃俺達は……。
「男女の営みを邪魔するとは……。全く、度し難いですわ」
アオイが開けたタオルを体に巻き直して立ち上がる。
「度し難い?? それはこっちの台詞よ。アホな事してないでさっさと寝ろや」
こんなチンピラ紛いの台詞が今は心強いですね。
「仕方がありませんわ。レイド様、本日は虫の邪魔が入りました」
「虫はてめぇだろうがぁ!!」
「この続きはまたの機会に……」
蜘蛛の姿に変わるとそのまま闇に紛れ、姿を消してしまった。
きょ、今日は本当に危なかった!!!!
「マイ、助かったよ」
強張っていた体の力を抜き、ムンっと胸を張る彼女の方へと振り返ってそう話す。
「ふんっ、あんたは隙だらけなのよ。一人で風呂に入るんだからこれくらいの事予想しておきなさいよ」
「無茶言うなって」
仲間が襲い掛かって来るとは誰も想定しませんよ。
「私は帰るから気をつけ……」
何だ??
これでもかと見開かれた瞳が此方の下半身に集まっているけど……。
「――――。ぬおっ!!」
タオルを腰に巻いていると思っていたが、先程の衝撃で外れてしまったらしい。
つまり!!
『よおぅ!! 姉ちゃん!! 久しぶりだな!!』
もう一人の自分が月明かりの下で激しい自己主張を正々堂々と始め。その存在感を他者へと大いに表しているのです。
「ち、違うの!! これには海よりもふかぁい訳があるの!!」
急いで湯に浸かり、彼女の視線から彼を隠す。
「こ、この野郎……。一度ならず、二度も私に気色悪い物見せつけやがってぇぇ……」
「穂先はやめて下さい!!!! 後生ですからぁ!!」
「海よりも深い、地の底で反省しやがれぇぇええ!!!!」
「いやああああああ!!!! アゴス!?!?」
槍の石突が顎を捉えてしまい、紙の様に容易く吹き飛ばされてしまった。
「そこで永遠に寝てろ!! クソ変態めが!!!!」
顔を真っ赤に染め、踵を返し森に入って行く。
何も思いっきり槍を投擲しなくても良いじゃないか。まぁ……。此方の要望通り鋭利な穂先では無くて、石突でしたけども。
痛む顎を抑え、可笑しな角度で腰を曲げつつ濡れた体を拭き。
これまた珍妙な角度でそそくさと服を着用して、大変重い足取りで夜営地へと向かって行ったのだった。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
さて!!
これにて上陸初日は終了です。
二日目を境に環境がガラっと様変わりしますので、それを上手く書けたらなと考えている次第であります。
引き続き暑さが続きますので体調を崩されない様に気を付けて下さいね。




