第六十七話 いざ行かん!! いわくつきの島へ!! その二
お疲れ様です!!
後半部分の投稿になります。
それでは、どうぞ!!
刻一刻と太陽が頂点へと昇るにつれて日の力が強くなる。
太陽の日が大好きな向日葵でさえも、彼が放つ光に思わず顔を反らしてしまう程に強烈になってしまっていた。
甲板上で半ば強制的に陽射しに照らされているのだが……。風の力、そして時折顔に掛かる大海原からの御届け物が顔に掛かると火照った熱を冷ましてくれているのでそこまで苦になる事は無い。
ただ、海さんは悪戯好きの様で??
「どわっ!!」
木箱に腰掛けていたら横着な波飛沫によって上半身を濡らしてしまいましたよ。
『まぁ!! レイド様、お風邪を引いたら大変ですわよ!? ささ、御着替えになられて……』
「この陽射しだからね。態々着替えなくても直ぐ乾くさ」
さり気なく服と体の間に手を差し込んだ彼女から距離を取って話す。
全く……。
油断も隙も無いんだから……。
『うふふ。夏の私は少し大胆なのですわよ??』
夏限定じゃなくてもかなり際どい行為を繰り返しているのは気の所為でしょうかね。
取り敢えずの愛想笑いを浮かべ、船首寄りの位置で寛いでいる皆の下へと移動した。
『あ!! 見て!! 何か跳ねたよ!!』
右舷甲板上。
ルーが煌びやかな目を浮かべて海の先を指す。その指の先へ視線を送ると。
「お――!! 凄いな!! 海中から海面に跳ねているぞ!!」
灰色に近い皮膚の魚……?? いや、動物か。
数体の個体が楽しそうに何度も水中から海面に現れては、海中へと潜って行く。
抵抗力のある水から飛び出るのは相当の力が必要な筈。
あの尾には鍛え抜かれた筋力がミッチリと積載されているのだろう。
ふぅむ……。あの動き、所作。
勉強になるな。
『あれは海豚という動物です』
風に流れる藍色の髪を耳に掛け、俺達の視線の先を追ってカエデが話す。
海豚、ね。
初めて聞く名前だな。
『海の生物の中でも賢い種で人間の言葉を理解出来る個体もいます。まぁ、その賢さは海竜には遠く及びませんけども』
動物と魔物を比べてもいいのかしら??
まぁ、突っ込みませんよ?? 怒られたくないので。
『へぇ!! 賢いんだね!!』
人間の言葉を理解か。
カエデが放ったその言葉が妙に耳に残った。
昔、魔女が誕生する前までは人と魔物は共存していたと聞く。
しかし、魔女の力により意思の疎通が図れなくなってしまった。そして、魔物と人間の間には言葉という高い壁が構築されてしまい。
互いが互いを敬遠。
今も深く残る軋轢を形成してしまったのだ。
諸悪の根源である魔女を倒したらどうなるのだろう?? 果たして意思の疎通は再び可能になるのだろうか。
それとも……。
人と対立してしまうのだろうか……。
そんな結末は悲し過ぎる。魔物も人もこの星で生きる生命体に変わりは無い。只、意思の疎通が図れないだけで魔物達が自然淘汰させる訳にはいかない。
悲しい未来を作らせない為にも全力で抗ってやる。
俺個人の関係性が人間側からが乖離してしまい。その結果、彼等に後ろ指を差されようとも……。
『主。どうした??』
「ん?? いや、別に」
余程険しい顔をしていたらしい、リューヴが心配そうにこちらの表情を覗き込んできた。
『美味しそうな魚を想像してお腹を空かせていたんでしょ』
どうやったらそんな事を考えて険しい顔になるんだ。
いやまぁ、空腹なら険しい顔を浮かべますけども……。
「お前さんと一緒にしないでくれ」
『失礼な野郎ね。私は皆の身を案じ、心穏やかに見守っているっていうのに……』
絶対嘘だろ。
慈愛に満ちた聖母の瞳を浮かべて他者を愛しむ心を持つ人は。
釣り竿を担いで未だ見ぬ釣果に胸を膨らませ、緩んだ口元から零れそうな涎を手の甲で拭き取りませんからね。
『マイちゃん、釣り竿持つの早くない??』
『いいの!! 事前準備よ!! 練習しておかないといざ始める時に遅れを取るじゃない』
『ふぅん。こうやって振るのかな??』
『そう……。じゃない?? 釣った事ないから分かんない。ボケナス!! 教えろ!!』
はいはい。言われた通りに教えますよっと。
俺の心配事を他所にこいつは楽しむ事で頭が一杯のようだ。
噛まれるのも困るし、再び足の小指を踏まれた本当に粉砕されかねん。
幸い、時間もある事だし指南でも始めますかね。
隣で五月蠅く騒ぎ立てる深紅の髪の女性に対し、時折掛かる水飛沫を受けながら親切丁寧に釣り道具の仕掛けから説明を開始させて頂いた。
◇
眩い太陽が天高く頭上に昇る頃。
紺碧の海の先に、島の片鱗が陽炎の中で揺らめいている姿が見えて来た。
流石職人というべきか。
ロブさんの言っていた通り、このまま順調に行けば時間通りに到着しそうだ。
「見えて来ましたね」
船を巧みに操る彼に話しかける。
「そうだな」
今も風を読み、そして船体から微妙に伝わる振動によって海流を感じ取り操舵している。
熟練者の為せる技か。最初は飲んでばかりの人かと思っていたがどうやらそれは杞憂に終わりましたね。
『ボケナス!! 見えてきたわよ!!』
船首の龍が喜びの声を上げ、此方に手招きを開始した。
それに従い、ヤレヤレと言った感じで船首へと移動を果たしたのだが……。
「あれ?? ユウは??」
随分と前からあの快活な声を聞いていない気がする。
『ユウでしたら……』
アオイが指差す先、船の縁からもたれかけるように海へ顔を出している彼女が居た。
「ユウ。どうした??」
『あ、あぁレイドか……。何か気分が悪くてさ』
船酔いか。まぁ恐らくそんな事だろうと思ったよ。
軽快な笑みは消失し、代わりにげっそりとした頬が顔に浮かび。
目元は頭上の青空も。
『うわぁっ』 と。 若干引いてしまう程に真っ青だからね。
あの膂力溢れる姿が今や指先一つで倒せそうな程に弱り切っていた。
「大丈夫??」
海面に向かって顔を差し出し、弱り切った女性の背中を擦ってやる。
『ぜ、ぜ、全然大丈夫じゃない。こんな気分初めてだ……。何だよぉ、この気持ち悪い感じはぁ……』
『船酔いですね。地上と違い、船の上は不定期に揺れます。それで脳がいつもと違う感覚に戸惑い気分を害する。それは酒に酔う感覚と似ています。嘔吐感がずぅぅっと付き纏う。そんな気分ですよね??』
ユウは弱々しい背中でカエデの丁寧な説明を聞いていた。
気を抜いたのなら直ぐにでも噴射しそうな雰囲気ですね……。
水筒を用意しておくか。
『そうだな……。い、今説明してくれた症状だよ……』
「無理するな。我慢出来なくなったら吐いてもいいんだぞ??」
竹製の水筒を手に持ち、颯爽と舞い戻って引き続き彼女の背を擦る。
『ありがとう。背中を擦ってくれて大分楽になったよ……』
口ではそう言うものの、顔と体は正直だな。
重病を罹患した患者よりも酷い顔色だし。
『胃液は食物を溶かす為、強い酸性の液体で出来ています。口の中に残る酸っぱい感覚がその証拠です。そして胃液から逆流する時に、食道、喉と様々な臓器を傷付けます。不快感とそれに伴う虚脱感。船酔いは決して軽視される症状では無いと考えています。口の中に残る吐瀉物の違和感と嫌悪感。歯の隙間に残ってしまった日には……』
も、もう少し包んで説明したら??
『あのさ……』
『何です??』
『わざと言ってない??』
ほら、ユウが勘弁してくれって顔浮かべちゃったし。
そして、この機を逃してなるものか!! と。
最強最悪に厄介な人物が颯爽と登場してしまった。
『ユウ!!!! どうしたのよ!!』
この声色、そしてニッコニコの笑み。
どうしたと聞いているのに、既にその先の御楽しみを想像して笑みが止まらないって感じか。
そして、俺と同じ考えに至ったユウが言った。
『今直ぐ何処かへ行け。そして、絶対念話を使用するんじゃねぇ』
『あはははは!!!! ぜぇぇぇぇったい嫌っ!!!! こぉんな超絶最高に面白い機会を逃してなるものですか!!』
船酔いによって立ち上がれないユウの隣にドカッ!! と座って胡坐をかいて不退転の姿勢を取り。
大変憎たらしい口の角度を浮かべて口を開いた。
『いい!? カエデ。吐き出させたい時はこうやって言うのよ……』
すぅぅっと肺一杯に空気を取り込み、凶悪な龍の口撃が開始された。
『ユウ!! 私この前の王誕祭の時さぁ、すんごぉい脂が乗った肉を食べたのぉ――。それはもう舌が溺れてしまうくらいの奴でぇ』
『お、おい。やめろ……』
ぜぇぜぇっと。荒い呼吸をしながらマイを見つめる。
『口内で縦横無尽に暴れ回る脂。ギトギトの、ネバネバで、グチャグチャになった肉を噛む……。唾液と脂でベッチャベチャになった肉の塊がツルンっと喉の奥に入って行ってぇ……。脂塗れになった口内の余韻を楽しんでいたのぉぉ、それでぇ……』
想像してはいけない。しかし、今まで己の口が経験した感触を感じてしまっているのだろう。
吐き出してはいけない何かを堪えるように右手で口を抑えている。
『お次はぁ。ほぉらっ、昨日食べた大蒜あるでしょう?? あれがぁ、入った脂のこゆぃ肉の話をしてあ、げ、るっ。 前歯でグチャッ!! と噛んだら肉汁が口の中に弾け飛んでぇ――……。奥歯でゴッリゴリと食むとぉ、肉の中からまだまだじゅんわぁぁってこゆぅい脂が出て来るの――。クッチャクチャと噛めば肉が砕けて唾液と混ざり合い、大蒜の香りが喉を通って鼻から抜けていくのっ。素敵じゃない?? 特濃なお肉ちゃんってぇ――??』
金輪際コイツに弱みを見せるのは止めよう。
こんな恐ろしい仕打ちが待っているのだから。
ミノタウロスの娘さんは龍の波状攻撃に耐え続けていたが……。
「う、うぷっ…………」
どうやら我慢の限界を超えてしまった様ですね。
目をカッ!! と見開き。そして……。
「ぅぇぇぇぇっ……」
海面に夥しい量の液体が流れ落ちて行く音、そしてうら若き女性の悲しき嗚咽音が甲板上に虚しく鳴り響いた。
お疲れ様、ユウ。
沢山もどして、一杯水を摂取して気分を楽にして下さい。
『ギャハハハハ!!!! ほ、ほらね?? 簡単でしょ?? ユウ!! プスス!! は、吐いた方がすっきりするわよ!!!! ――――――。しらねぇけど、多分そうでしょ」
ユウが苦しむ間、背中を擦り続けてあげる。
回復したらとんでもない仕返しが帰って来るぞ……。
「はぁ……。はぁ……」
「ほら、ユウ。これで口を洗い流して」
親の仇を見付けた恐ろしい瞳を引っ提げ、海上から此方側に顔を戻して来たユウに水筒を渡す。
恐らく、口内は不快感で包まれているだろうからな。
『マイ……。て、てめぇ。覚えていろよ……』
『何よ。親切心で吐かせてやったのにっ』
『何が親切心だよ。あ――気持ち悪い――……』
そのまま横に倒れ目を瞑ってしまった。
『ユウ!! その前の日はね。たぁぁくさんのパンを食べたの!! クチュクチュに溶けた小麦と唾液がぁ……』
『…………。も、もう勘弁してくれ』
耳を塞ぎ寝返りを打つと、マイに背中を向けてしまった。
だけど、念話は耳を塞いでも聞こえちゃうし……。懸命な行為の効果が得られない事に一層の不憫さを感じてしまいますよ。
だがマイの言う通り、吐いてしまった方が楽になる事もある。しかし、二度三度と不快な気分にさせるのはどうかと思うぞ??
横になった彼女の背を撫で看病を続けていると、ルーが一際大きな声を上げた。
『もう直ぐ到着するよ!!』
陽性な彼女の声を聞き、立ち上がる。
船首の先には島がこちらを手招きするように海の上に立っていた。
美しい砂浜の後方には生い茂った森が左右に広がり、青と緑の共演に俺は思わず息を漏らしてしまう。
はぁ――……。
綺麗なもんだ。
この外観でいわくつきの島って言われているのが不思議で仕方が無いよ。
「ユウ、喜べ。もう直ぐ到着するぞ」
『あぁ。大地が恋しい……』
青ざめた表情で空を睨む。
「若いの。ちょっと来い」
「あ、はい!!」
「今から船を砂浜に近付ける。船首から梯子を降ろすからそこから島へ上陸してくれ。多少濡れるかもしれんがここ以外からは上陸出来ん」
「分かりました」
レフ准尉から渡された地図で確認したけど、島の南側以外は岩礁で近付けない形だし。
海水で濡れたとしても太陽と風が直ぐに乾かしてくれるさ。
「三日後の正午にここへ来る。遅れないようにな」
「分かりました」
一つ頷くと再びユウの元へと戻り、看病を続けつつ皆へ念話を送った。
『皆聞いてくれ。船首から梯子を降ろして上陸するぞ。各自は荷物を持って梯子を降下。船は三日後の正午にここへ迎えに来る。共に行動していると思うから、はぐれる事は無いけど一応伝えておいたからね』
『了解了解』
マイの能天気な言葉が頭に響く。
コイツが一番心配だよなぁ……。
目を離した隙に勝手気ままに何処かへと向かって行きそうだし。
ロブさんが船首から梯子を降ろし、俺達は彼の指示に従い。重い荷物を背負い海の中へと着水した。
う、うっわっ!!
凄い透明度だな!!!!
足の指先に生える小さな毛までくっきりと見える透明度、そして何時間でも入っていられる程の水温に思わず声が漏れてしまう。
「綺麗な海だ……」
これ以外に形容する言葉が見当たりませんよ。
「おい、受け取れ」
「おっと……」
ロブさんが荷物を船首から降ろし、それを受け取る。
『マイちゃん!! この砂浜白くて綺麗だね!!』
『それより魚よ!! 魚!! 海の中で見付けたけど、すっげぇ青い魚もいたし!!』
マイ達は先に上陸し、何やら白い砂浜の上で騒ぎつつ無意味に移動し続けていた。
お嬢さん達。
少しは此方を手伝う素振を見せなさい。
「これで荷物は最後です!! ありがとうございました!!」
「ふん……。いらぬお世話かもしれんが、気を付けるんだぞ」
恐らく以前この島に訪れた者達の噂を聞いているのだろう。
「はい!! ……。意外と優しいんですね」
強面かと思いきや、他人である俺達を気遣う。人はやはり見た目じゃないな。
ロブさんが俺の言葉を聞くと一気に狼狽えた。
「や、喧しい!! 帰るからな!!」
「お気をつけて!!」
俺が手を振るとそのまま船は転進。大海原へと船を進めて行ってしまった。
「さてと……」
荷物を背負い、砂浜へ向かい歩みを進める。
海中の砂を踏む感触が心地良い。それに透明度も抜群に良い所為か魚が泳いでいるのが目に見える。
こりゃ本当にいい所だな。
「レイド――!! 早く早く!!」
ルーがこちらに手を振る。
陽気な彼女に照りつける太陽が異常に様になっていますよ??
「到着っと」
砂浜は流れゆく川の様に砂の粒が細かく、試しに手で掬うと指の間からサラサラと零れ落ちてしまう。
青い空に雲が流れ、時間が止まっているような錯覚を感じる。
ここはそれ程世間からかけ離れている。
簡単に言い表せば。
『地上に出来た楽園』 って所か。
「良い場所じゃないか」
風光明媚な風景に囲まれながら思ったままの言葉を漏らす。
「うん!! 静かで綺麗で……。これならゆっくり出来そうだよ!!」
「早く荷物を置いて釣らなきゃ!!」
「気持ち悪い……」
若干一名はまだ唸っているものの、概ね高評価を得られて光栄ですね。
砂浜に荷物を置き、移動によって凝り固まった筋力を解す為にぐぅんと背伸びをすると。
「「……」」
アオイとカエデが何やら怪訝な顔をして周囲を見渡している事に気付いた。
「どうした?? 二人共??」
「レイド様……。いえ、少しマナの濃度が気になりまして」
「濃度??」
「えぇ。イスハさんの所にいたような……。そんな感覚です」
そう言えば師匠の所も濃度が濃いって言っていたな。
その感覚を掴み取れないから理解してあげられないのがちょいと歯痒いですね。
「少し異常です。濃過ぎます……」
「濃すぎると何か不味いのか??」
「そういう訳ではありませんが……。私達魔物に悪影響を与える訳ではありません」
「それなら大丈夫じゃないか」
カエデの言葉にほっと胸を撫で下ろすのだが……。
「生態系に悪影響を与えるかもしれません。この濃度に当てられ続けたらどうなるか……」
これで安心しては困ると。
続きの言葉を受けて再び背中が強張ってしまった。
ここまで来てそんな心配をしなきゃいけないのか??
「兎に角、森の中を見てみない事には分かりかねます」
アオイが鋭い視線を森に向ける。
「あの中に化け物でもいるって言うの??」
「それは無いです。取り敢えず、島の広域を索敵しましたが私達以外に大きな生命反応はありませんでした」
「何だ。それなら大丈夫だって。ほら、皆待っているぞ?? 取り敢えず、夜営地を探そう。話し合いはそれからだ」
砂浜の上でその存在感を放つ木箱さんを二つ手に持ち、森の方へと歩み始めた。
「私達の杞憂であればいいのですが……。カエデ、行きましょう」
「分かった」
短く返事を返すが心ここに非ず、といった感じですわね。
少し警戒を強めた方がいいかもしれませんわね。レイド様の身に危険が及ばない様にしなければ……。
「おら!! そこの二人!! 早く来い!!」
あの直角で残念な壁の女は一度……、いいえ。死に至るまで何度も痛い目に遭えばいいのですわ。まな板に何があっても手助けはしない。
私はそう心に決め、レイド様の逞しい背中の後を追った。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
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